仮想空間

趣味の変体仮名

加ゞ見山旧錦絵 第四

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01093

 

32(左頁)

  第四

花の名所は エソレ都に芳野 エズトセノセイ 井手の山吹 エソレ杜鵑に花萩よ エズトセノセイ 何と徳笠 花崎の花

問屋迄は余程遠い 休んで一ふく飲ふかい ヲゝいかにも そんなら休もと荷をおろし 堤に腰かけ摺火燧(すりひうち) ナント眼

兵衛殿 けふの花はよかろがや ヲゝサ能代物じや アゝしたが日和が堅いので花畑の水の世話 としが寄てはしん

どい/\ サア何所も夫でめいわくなと 煙筒(きせる)をくはへて商咄し かゝる所へ仁木が家来犬渕藤内 手の

者引連出来り ヤイ/\両人 足利殿の御舎弟縫之介殿 細川家の御息女操姫 又 傾城道しば

 

 

33

若し此道へ来なんだかと 聞ゟ眼兵衛耳そば立 イエ/\そんなお方は見へませぬが 其道芝とおつしやり

ますは 手越の里の傾城でござりますか ヲゝサいかにも/\ ハテナアして又 其三人は何でお尋なされます

ヲゝ子細有て密に尋る 身は仁木将監が家来犬渕藤内といふ者 大杉源蔵が家来原田

軍平といふやつ こいつも供々尋る由 先を取られては身が一分が立ぬ 見付次第早速に注進せば ほう

びは望に任せん 必ぬかるな 家来参れと目を配別れてこそは立かへる 跡に眼兵衛済ぬ顔 ムゝそんなら

手越へやつた道芝は 欠落をしおつたかと いづを徳兵衛が聞咎 コレ貴様は其傾城と近付かと とはれて

はつと イヤ/\近付でも何でもなけれど 今ひどふ時行(はやる)太夫と聞た故 名はとふから知ている ヤ何の役にも立

 

ぬ咄しして隙入ては互の損 サアおじや/\と咄しをば花でちらして花崎の問屋をさして急ぎ行 世渡りも儕が心の

儘ならぬ 面も異名も一対の 上見ぬ鷲の善六が 何か工面の工御顔 肩で風切向ふゟ 歩み来る原田

軍平 邊り見廻し コリヤ/\善六 約速の時刻を違へてよふ待せたなと いへば善六 ヲゝ軍平様其お叱は

我等がかくご 俄事が出来ました故に 思はぬ隙り入 扨お頼の一通り 仰聞られ下されませ ヲゝ其丈夫を

見込し上は咄して聞さん 大膳公ゟお頼の筋といふは 今御病気と披露して有大殿の持氏殿は とふにごねて

しまふたはやい エゝ病気分にしておくねば 家督願の妨げ 時に二人の息子達の中 惣領の花若殿は花

の方に出来た子で 正銘正真の殿のお子じや 月若殿は雪の方の腹に出生 是が伯父御大膳様と

 

 

34雪の方と密通なされてもふけられし御子故 惣領子を追退て 月若殿に此家国をやりたいといふが伯

父御の願 実家老の和田左衛門 新参の大杉源蔵此二人か六ヶ敷さに 色々と工夫なさるれど花若殿は御

実母の 花の方の御殿にこざれば仕様しがくの手段にあぐみ 所を我等枕を割 あんじ出した其趣向は 花

の方の上屋敷へ往来しやる其折から 溢者(あぶれもの)をかたらふて無二無三に切ちらし 花若の母御をしまへは 跡はすきに

かき廻される 供廻りも女斗 ひよろ/\侍五人か十人お身の手には行きそな物 かく大事をかたつて聞す上は是

非しおふせてくれねばならぬ ナントちえでは有まいかと 取〆(とりしまり)なくはつとした謀とは見へにけり 善六は跡先も

敵の一字にふはと乗り お気遣なされますな 子分子方を此指で かぞへて見れば三四十人 命しらずの

 

下駄組なれば きつと勤てお目にかけふと 受たこなたもめつほう弥八 安受合の欲のくまたか 胸をすへて

云放せば ヲゝ心地能お身の一言 夫聞てあんどいたいた いさいは追てさたに及ばん 夫迄は何善六 軍平様互に

秘すべし/\と 邊見廻し善六は別れて〽こそは急ぎ行 跡見送て原田軍平 ヤア/\者共 道芝が行

衛尋さがさん イサこいやつと云捨てかけ行んとする所へ 思ひがけなき雪平は走りかゝるて軍平が 首筋

掴で二三間 投付られて砂まぶれ ヤアうぬは僕(やつこ)の雪平め 又しやゝり出て邪魔ひろぐか ソレ遁す

なと主従が 切てかゝるを事共せず なぎ立/\切立る するどき切先狼狽(うろたへ)眼 コリヤ叶はぬと軍平始め

ばら/\/\と逃行を ヤア比怯者遁さじと 追かけ行後ゟ 雪平待てといふ声に はつと恟り振返り ヤア

 

 

35

お旦那 紙崎主膳様 ヲゝ最前ゟ木影にて 様子は残らず見届た ホゝでかした/\ ハ様子御存じの上

なれば 早お暇と又かけ出す コリヤ待て雪平 そちやかけ出していづくへ行 道芝を追人のやつ原 切ちらさん

其為に ホゝ尤ながら先控へよ 大杉が手をかつても尋出し 持氏卿へ道芝を差上ずば御立腹 兎角

妨に成は傾城道芝 不便ながらも手にかけずば成まい ハテどふかなと主従はしあんとり/\゛成所へ イヤ

其お役目は私に 仰付られ下さりませと 木影を出る眼兵衛親仁 様子有げに見へにけり ヤア終

に見なれぬ其方 何をしつてこしやく千万 アゝイヤ其様にお叱なされまするな 私は其傾城道芝が親

でござります 道芝事は幼い時奉公に遣しまいsたが 今では全盛の太夫に成おつて 勿体ない

 

若殿様が可愛がつて下さりますとの噂 よふ聞ておりまする 今お咄しを聞ば 若殿と娘と

えんが深い故 姫君様と御祝言もなされず 又御大将へさし上いではやつぱり縫之介様のお身の

なんぎ ハテ娘さへ得心して 持氏卿様へ参りますれば 何所もかしこもよいじやござりませぬか

ジヤニよつて娘に得心させます程に此役目を私に 云付さしやつて下さりませと 理非を

分けたるさつぱり親仁 思案も深き眼兵衛なり 紙崎主膳打うなづき スリヤ其方は道芝か

親じやな ホヲゝ神妙成一言 併女の一途の了簡 いか様に申ても聞入なき其時は ハテそ

りやモウ是非がござりませぬ とふで助らぬあいつが命 人手にかきよゟ私が手にかけて

 

 

36

殺しまする ムゝしかと其詞に相違はないな ハテ親が子を殺しまするに誰何と申ませふ

ホゝウ出かした/\ 此一腰は当座のほうび エゝ此一腰を サ百姓の魂を 武士の性根に入

かへて しつかとナ 得心さすが国の為 又娘が為 合点がいたか ハアいかにも なるならざれは刀の

鯉口 切がきらぬが生死の境 合点でござります 其方が宅は雪の下 名は眼兵衛と申

ます しかと詞をつがふぞと 心残して紙崎は雪平 引連達帰る 跡打詠め眼兵衛は しばし

思案にくれけるが アゝ儘ならぬうきよの中 せつないは身の難義 人手にかけさすまい為 おれが

殺すと一寸遁れ 併欠落したといへは何所をせうど 余人の目にかゝらぬ中に アゝ早ふ逢たいと

 

案じる親の心が通し血筋のえんか道筋を尋くるわの道芝は 殿に放れてうろ/\とはしり

つまづき小石道 ばつたり当るも縁の綱 ヲゝ是は/\ 余り道を急ぎまして思はぬ麁相

お赦しなされて下さりませ エゝめつそふな人ては有はいの 思案しているどふぶくら どふやら能(よさ)そふ

な思案も 恟りで引込だ 麁相なわろでは有はいの ヤ娘じやないか そふいはしやんすはヲゝとゝ様か 娘

か はつと刀を後ろへ廻し 互に驚く斗也 ヲゝ娘そちに逢たふて/\ならなんだに 能所へよふきてくれ

たなァ サア私もおまへに逢たふて アイヤ此中ふしきに姉さんにも逢ました かゝ様もおまめなそふな マア

おまへも御無事で嬉しうござんす 久しふりで逢ましたれど きつう気のせく事が有 緩(ゆるり)と

 

 

37

お目にかゝりませふと 行を引留 コリヤ/\/\/\/\マゝゝゝ待ちや/\ そなたにはとつtくりと咄さねばならぬ大事の/\

用が有 サア私もたんと咄したい事が有れど どふも叶はぬ事の用 其内緩りと聞ませふと 行んとする

を又引留サゝゝゝゝマゝゝゝ待ちやといふならマア待やいの コレそちが大事の用といふは 若殿を尋るのか エゝヤコレかく

しやんな知ている/\ まだ其上に わりやアノ廓を欠落したで有ふがな ムゝ合点の得ぬ 成程

私は欠落しましたが 様子を知ての其訳を サ咄して聞して下さんせと いふ顔詠め涙組どふていは

ねばならぬ事 がアマ是はかふして置て そなたには此親が 改て無心が有聞てたもるか ムゝ久し

ぶりで逢たとゝ様 無心とは何でござんすへ ヲゝ外の事でもない おsの無心といふは 縫之介様の事を思い

 

切て 持氏卿様の御殿へ お伽に上つて貰いたい エゝかはつたことをいはしやんす どふでも是にはヲゝ様子が有/\イヤモ

様子がなふてなろかいやい コレ若殿縫之介様は そちと深ふ云かはしてござる故 姫君と御祝言なく

夫故細川家へ申訳立ず 二つには持氏様 お心をかけなされたと有 差上ねば是も又 縫之介

様の身の難義 そちが心を取直し 若殿様を思ひ切て持氏様のお心に随へば 我か身の為

おれも出世 殿様も又御祝言なさるれば お家も納るどつこも能 サ爰の道理を聞訳て 得

心してくれ コリヤ娘 モこんあむりな事を頼む親 嘸むごい物じやと思はふが 何ぞ訳がなふては

頼まぬ 第一はわれが身の為 どふぞ聞入て下されと 頼むも涙聞涙供に涙の渕ならん

 

 

38

思ひがけないお頼 定めて是には様子がござんせふが とゝ様 是斗は堪忍して下さんせ 殿

様の事思ひ切 姫君との御祝言をどふマア夫が見ていられふ 外の事なら何でも聞ふ

此事斗は赦してと くどき歎けば エゝ聞訳のない わりや親への孝行忘れたな 行かねばそ

ちが為にもならぬ コエイヤ泣す共得心してくれ コリヤ泣くな/\サゝゝ娘 賢い者じや サ聞訳てくれ

コリヤ手を合せて親が拝 コリヤ拝む/\ エゝ是いな勿体ない/\段々の入訳を聞入ぬ憎いやつと

思ふてじや有ふけれ共 外の男を持つ事のならぬといふ其訳は 何を隠さふ殿様の お種をやどし

ておりますると 聞て恟り ヤアそんならわりや懐胎しているか アイしかも左孕み子 アノ男の子か

 

ハアはつと斗にどうと伏しばし詞もなかりける 道芝は面慚(おもはゆ)く ウト勤に誠はない物と いへ共深い互

の縁 若殿様に思はれていく夜さ かはすむつごとの其きぬ/\゛も重りて 可愛さつもるお

情のやゝをもふけた二人が中 とゝ様申 ヘエゝ余(あんま)り難面(つれない) どふよくな私が心も思ひやり こらへて

くだんんせとゝ様といふも涙の淵瀬川 恋のしがらみせき留てかこち歎くぞ道理なれ 親は胸

迄せぐりくる 涙のみ込み呑込で コリヤ娘 ヲゝ夫(それ)なら我かのが道理じや/\/\尤しや ハテモウ其身

に成たら何とせふ 様子を聞は聞程不便 是非かないと諦めて可愛けれ共切ねば エゝ アゝいや

サイノ 縁を切ねばならぬ所じや けれ共 モウ切ぬがよからふといふ事 ムゝそんならアノ聞届てくだ

 

 

39

さんしたか エゝ忝ござんすと 知らす祝ふ子の心 親は不便と血の涙 とかふいふ中モウ日くれ

今夜はこつちに泊つて久しぶりじや 婆めや姉に逢たが能 アイ/\そりや猶嬉しうござんする

そんならそふして下さんせと いそ/\悦ぶ道芝が 先へすゝむは無常の風早誘くるくれ六つの

ハアもふ鐘が鳴 幸人の通りもなし 向ふの土橋で一思ひ エゝとゝ様 何いはしやんすぞいナア アイヤ

あの向ふの土橋はの 人の渡る度毎 浮雲といふ事 エ何の浮雲(あぶない)l事が有 わたしが

先へ渡るはいな ヤ何じや 先へ渡る ヲゝそふしや/\ どふて渡らにやならぬ其身 とつくりと

覚悟して お念仏申て渡たがよい ヲゝ仰山な 橋一つ渡る事を 何の苦にする事が

 

有 サござんせと先に立知らぬが仏眼兵衛が心は鬼の 目に涙堤伝いの野辺送り消る間 近き道芝が

                        うき身のはてこそ〽