仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 新吉原の段

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856227

 

 

2

 碁太平記白石噺 新吉原段

入相の 鐘さへ早く くれ果(はて)て

郭の中(うち)は万燈会(まんどうえ) かぶの菩

薩の色揃へ わけて全盛宮(みや)

城野(ぎの)が 部屋は上品(じやうぼん)奥二階

 

 

3

たんす長持鏡台の 埃取迄

綾錦福さ成ける有さま也

此君の一字なり共次の間から

宮里宮柴打連れて 太夫

御機嫌はへ ホンニさつきに借本(かしほん)

 

屋がさんじて 先度の曽我物

語の次じやと云て置ていんだぞへ

イヤ申宮柴様 けふのお客は

中の町(てう)の蔦屋から 〆からんだ

二人一座 宮城野様はもとより

 

 

4

お前も早ふ身仕廻して ヲゝせはしな

今身仕廻をするわいな 併(しかし)差し

合な顔はないかへ イエどれも/\

侍衆 一人のお方は器量よし

今(ま)一人は髭むちや 目の大きい

 

熊か人かといふ様な どちらへ札が

落ちふやら いやな事ではないかいな

と 何国(いづく)の浦も客噂 そしるも

廓(さと)のならはしかや アゝコレそんな事

いふてやりて衆が叱ろぞへ ヲゝ

 

 

5

叱つたてゝあたおかしい イヤおかしい

次手にきのふ旦那様が浅草で

かゝへて戻らしやんした奉公人

おかしい物いひではないかいな サイナア

遠い国から姉を尋ねて登つた

 

との咄し 宮城野様の慰みに

連れてきてお目にかけよ お前も

お出と連れ立て 行く後ろかげ見

送りて テモ扨もわざ/\独り物

いふて マアよい気では有程にの

 

 

6

コレ/\しげり そなたはそこらかた

づきやと 云付る間も有やなし

新造二人が伴ひに いやがる者

をむり無体 突出されたる田舎

の娘 傍(あたり)きよろ/\終(つい)に見ぬ 錦

 

の小より三つ蒲団 興さめ顔

に ヲヤ/\女郎さあ達人が寝

そべつて居る所を 用さァ有る

来(き)とらへと 二階さあぶち上げて

こりやマア何なる所だ どこもかも

 

 

7

光り申て かしやかくの櫛さあ

見る様に 塗りこべえた箪笥さァ

其植に夜の物も金切さモしやァ

蒲団も蘇枋染(すをうぞめ)の色のよさ

私らァねまつたら あくとの胼(あかぎれ)さァ

 

引かゝつてうつ切れべい おゆつかな

たまげ申 /\と云ければ 打転(こけ)る程

おかしさかくし コレそこなお小 お前

の古郷国所 爰へどふしてお出た

訳 咄して聞かさんしよば お力とも

 

 

8

ならふにと なふると知らずしく/\

泣き ヲゝやさしな詞かいやりゆ 私ら

国さァ奥州 だゝァやがァまに様子

有って別れゆて か江戸さあは

あらく盛りる所だァと聞き 其うへ

 

姉さァ此吉原で名高い女郎

さァに成て居さるとのはなし

女(おなご)わらじの身として敵ない思ひ

をして 尋ねてくるも海山物

語りの有事 聞て哀を添(そへ)てたべ

 

 

9

ヲゝモ何を云じややらすつきりと訳

が知れぬ そして吉原で名高い女

中を姉様とは 雲つかむやうな

尋ね者 サアそれだから頼み申は 昨日

観音さァで目眼(まなこ)のおつかない

 

人が 連れて行て逢してやらふと

籠さァに乗せてくる所を 是の

御亭(てい)の世話さァに成り申て夕部

から居申 脚(すね)かけ申も他生の

縁 ほんでござるはよ 赤はらはたれ

 

 

10

申さぬちやァ ホゝゝゝゝ聞けばきくほど

おかしい咄 そして今の赤はらとは

あられもないと若い同士糠も

くづるゝ高笑ひ しる人ぞしる

宮城野が 押しづめて申お二人

 

浪花の芦もいせの浜萩所々

でかはる物云 其様に笑はぬ物

今あの子の云てじや有ただゝァ

やがァまといふにはな 爰で云とゝ様

かゝ様 又赤はらといふてじやは

 

 

11

嘘はつかぬといふ事じやわいな

扨てもがをれよに御存じ ヲ知たも

むりか憂き臥しは夜毎日毎に

かはる枕 心つくしの果は愚か奥の

とろくのお客にも馴親しんだ

 

身の一徳 ヲゝ其お客で思ひ出した

奥のお客がやかましかろ 私も

追付そこへ行 先へお出てよい

様に コレ/\しげり 中の町の井筒やへ

いての 昨日の返事聞ておじや

 

 

12

早ふ/\といふ下から やり人(て)の政(まさ)が

例のしやぎり 奥のお客のお待ち

かね 何咄して居さんすぞいのふ ヲゝ

せはし そんならわしらも奥へいて

お客撰(えらみ)のえようもいはず 寝

 

そべる度にアゝ何やらヲゝそれ赤

はらたれて気に入て 日がら頼

もと口/\゛にいふて 座敷へ行ふりを

見ゆる宮城野おのぶがそば

もしやそれぞと摺よつて さつきに

 

 

13

からの咄しを聞けば 姉を尋る人

そふな 奥州はどこらの生れ何と

いふ所じやへ アイ奥州は白坂近在

逆井(さかい)村といふ所 フン其逆井村

といふ所に 与茂作といふお人が

 

有ふがの アイサ 其与茂作といふ

のはめらしがだゝア そんならわしが

妹と 縋り寄るを突き退けて イヤ/\/\

がァまの常に云はしやるには 姉さァ

の方にもしるしが有 それを

 

 

14

証拠に名乗合い 委細心底

打明ろと 云めした それが有なら

早(はよ)つん出し 見せてくんされ姉さァ

と なつかしながら油断なきヲゝ

利口な人 疑やるも尤と 立て

 

箪笥の袋棚襖開けばうや/\

しふ 浅草寺の観世音 扉

表具におしならべ かざり置いたる

筒守り 見るに妹もとし遅し

首にかけまへ壺井の守り コレ/\/\

 

 

15

子の姉が国を出る時 かゝ様が大事

にせいと下さんした此守 とゝ様は

楠家の御浪人故 河内の壺

井八幡様のお守 それを持て

居やるからは妹じや/\コレ/\よふ

 

顔見せてたもいのふ ヲゝ姉さァ

でござるかいの 逢たかつたと

諸共に 嬉しなつかし縋り寄り外

に 詞は泣く斗 斯ぞといざや宮

城野が座敷へ出ぬをふしぎ

 

 

16

さに 来かゝる亭主宗六が

様子有げな部屋の体忍んで

事を立聞共 しらず姉妹あ(おとゝひ)ひそ

/\咄し ヲゝ妹よふ尋ねて来て

たもつた 年端も行かぬそなた

 

とゝ様とかゝ様成りといつれそ

付てお出で有ふ もし道中で

はぐれてかと 問はれてわつと声

を上げ アゝコレ/\/\斯(かう)めぐり逢からは

悲しい事も何もない 泣ては

 

 

17

済まぬ サアどふぞと 尋ねる姉の

心もそゞろ エゝ遠国隔つた

姉さァ それで何にも聞ないナ

だゝァは五月田植の時分 代官

志賀臺七といふ悪(わる)侍に ヤア/\/\

 

何といやる 打切られてお死にやり

申た ヤアと恟り差し込む癪 とつと

モウ悪い時 そしてどふじや其

跡は サアおらだけもすんでの事

殺さるゝ所 庄屋の伯父が欠(かけ)つて

 

 

18

来て りきんで見ても肝心の

証拠なければだゝァは犬死

雉子と鷹なりや敵討の

勝負もならず すごら/\ そんだ

の云号(いゝなづけ)の御亭にも対面したれ

 

共 是も此江戸さァへ帰り申す

跡はおらだけとがァまとばかり

便りない身に下地の大病 ヤアお煩ひ

でも有ったかいの シテ御本復なさつ

たか イエ/\六月十六日に 悲しや終に

 

 

19

お死にやり申た ヤア/\御養生も

叶はなんだか ハア 咄しさァ聞てさへ

そない歎かつしやる物 じきに

見とらへたからだけが心 エゝコレ

泣かつしやるは道理だけれど 便りに

 

思ふ姉さァ 又病気おこしては

猶か済まない イヤ/\ イヤ/\中/\煩ふ様な

事じやない そしてとふじや/\

サアなしよにもかしよにもから

だけ一人 庄屋の伯父さまが

 

 

20

引取て奉公しろといひめす

けど 何の奉公所かい 口惜いと

くやしいで 跡先思はず旦那寺へ

かけこふで 板東巡礼すると

いふて笈摺(おいづる)もらひ 国元をつつ

 

(重複)

 

 

21

(重複)

 

走つたも そんだに尋ね逢ふ

たら兄弟心一致に仕申てだゝァ

の敵(かたき)が討ちたい斗 道中すがら

の艱難も そんだにあはふが

楽しみに がいに苦労とは思は

 

 

22

なんだ 併(しかし)逢たらかつぱりと

しよつ骨(ぼね)が抜けた様な コレそない

歎かつしやる手間で 妹はる/\゛

尋ねてよふ来てくれた めこが

めらしといふてくんさい姉さァと

 

あやも泣入る稚気(おさなき)に長の旅

路の憂苦労 思ひやるせも

宮城野に つゞくはすへ松山を袖

に浪越ゆ涙なり 歎きの中(うち)も姉は

猶 妹が背(せな)を撫おろし ヲゝ其様に

 

 

23

思やるも尤 併そなたは父母に

長にそやつた身の果報 コレ此

姉を見やいのふ 年貢にせまつ

てとゝ様は水牢 其苦を助けふ

ばつかりに コレ此廓(さと)へ身を売

 

たを 思ひ返せば十二年 そなたは

五つ子顔さへ身知らず とゝ様の

御最後や 母様の死目にも 逢

ぬといふ悲しい不孝なはかない

事が有ふかいの 斯した事とは

 

 

24

露しらず 此妹は健(まめ)なか知らぬ

とゝ様かゝ様 お煩ひでも有ふなら

よもやしらしてたもらふ物 便り

のないを杖柱 首尾よふ年を

勤めたら 国へ帰つてお二人に 来させ

 

まして どふしてと 色やうは気を

嗜んで 勤大事といひ号(なづけ)の

殿御の事も そなたの事も

恋しなつかし思ふのを たのしみ

暮らしたかひもなふ 名乗逢ふ

 

 

25

たは嬉しいが 悲しいはなし聞く

姉が心も推(すい)してたもいのと

手を取かはす兄弟が涙/\

を立聞も貰ひ泣きして立

わけの 暖簾もぬるゝ斗也

 

つもる咄しは富士の山 かず/\

多き涙の隙(ひま) こんな事聞ふ

はしか 借(かつ)て読だる曽我物語

兄弟の人/\゛も 終に父御の

敵討 コリヤ泣て居る所じやない

 

 

26

わいの アゝ是 肝心の事を忘れて

居た 此姉が云号の夫 此江戸

に居やしやんすとの咄し 其

お方の名前定めて覚て居や

らふのふ ソリヤせはしさに何にも聞か

 

ない ヲゝモそれを知らぬといふ事が

有物かいの そふいふ事なら敵

の顔も それしらないでよい物か

目眼のでつかな鼻のひらたい

男ぶり モウよい/\壁に耳 御浪人

 

 

27

こそなされたれ 由緒たゞしい

武士の娘 ヲゝめらし兄弟じや

てゝ かのれやれ敵討いで置かふ

か ヲゝよふいやつた出かしやつた

幸い奥の大騒ぎ あれに紛れて

 

此家を立退きそふじや/\と

妹が帯しめ直し我身も供に

小づまかいしよげ身ごしらへ 立

退んとする所を 暖簾引切り

かけ出る亭主 コリヤどこへ ヲゝ

 

 

28

旦那様のいつの間に おりや最前

から アいやたつた今爰へ来た ガ

わがみ達は敵(かたき) サアかたい約束

の男が有故 こゝをかけ落ち コレ

わるいぞや/\ そしてマア其田舎

 

娘を知て居るか アイ イゝエ しるまい

てい/\ 昨日浅草でかゝへて戻つ

たはいのふ 旦那様私らが今の

咄しサア聞たでもなし聞ぬ

でも それ聞れたら赦さぬと

 

 

29

突出す懐剣さすがの兄弟

鏡台の かゞみ追取りてう/\

ぱつしり ヤ何と違ふた物か

違はぬ物はそれ兄弟 ナ此

鏡台のかゞみに移る二人お

 

顔 似たりや似たり花あやめ 杜(かき)

若(つばた)其五月雨(さみだれ)のくらき夜に

敵を討たる曽我兄弟 仮名

本の曽我物語爰にあり合ふ

こそ 幸いおれが読で聞かそふ

 

 

30

光陰おしむべき時人を待たざる

ことはり 日間(ひま)行駒つながぬ月

日重なりて 一まんは十三才に成に

けり ナ此道理河津の三郎

祐重(すけしげ)といふ名有る勇者 大名

 

の息子殿でさへ五つや六つの頃

よりも思ひ立たれた親のかたき

なみ大ていの事でなければ

討れぬ物じや コレマ聞きや 大名

の後室共云れる人が 曽我の

 

 

31

太郎祐信(すけのぶ)殿へ 二度の嫁入せら

れたも 謀(はかりごと) 又息子の箱王丸を

いとしなげに坊主にせうと

云れたも 敵工藤祐経に油

断させふ為斗 其年月(としつき)の

 

憂艱苦 無念口惜い事の

有るふぃやう 是迄何ぼも芝居

狂言に取組でして見せる

継爺(まゝてゝ

)の祐信殿も大名 役に

立たずの貧乏人と 後ろゆびを

 

 

32

さゝれたも兄弟の子供衆に

実父の敵が討たせたい武士の

意気地 こりや是陰徳と云

大義心 其植鬼王庄司左衛門

といふて 伊東家の老臣が有

 

て幼少な子供衆に 昼は終日(ひねもす)

剣術の稽古夜もすがら机の上

忠孝の道を教へ 成人の後に

及んで兄貴を十郎祐成(すけなり)

弟御を五郎時致(ときむね)と名乗し

 

 

33

たも 北条殿といふ烏帽子

親が有たさかい 近いたとへは

おれが様なぶ粋むくつけな

親方でも 親方じやと思ふて

たもるし こつちも又抱への奉公

 

人じやと思へば 何事によらずひけ

を取らしとむない アゝこんな事は

云いでも知れた事じや ガ今の

様な咄しを聞ばおりや見遁し

らい/\ コレ爰をとふ聞きや 首尾

 

 

34

よふそなたが逃げ果(おほせ)てからが

悲しい事は遠国生れ しつ

かりとした心当てもなふて 江

戸中をうろつきやるを 内人の

者共が見付け 何所(どこ)そこに居

 

ますといふ事聞て アゝえいわい

打捨て置とは親方の身で

どぐも云れぬ そりやモわがみ

達斗でもない 此廓(さと)へ来る

奉公人に 親孝行か夫の

 

 

35

為でない物は一人もない あれも

孝行じや これも貞女じやと

それなりけりに仕廻ては こつち

もおやま商売取置かねば

ならぬ おれに成人の息子で

 

も有て胸の新造呼出したり

色狂ひに身を打つと聞けばヤイごく

どうめ ぼいまくつてのける勘

当じやと 強異見(こはいけん)する親の

身が人さまの大事の息子殿が

 

 

36

見へるときやつ放銭(ほうくはん)じやはいの

コレ頼もしそふなお客しや程に

随分大事にかきやと智恵を

付けるマ此様な得手勝手な商

売はなけれど こりや是浮世

 

の身過ぎ世過ぎ そふ云身分な此

おれでも 慈悲と情けといふ事は

不断心に忘れはせぬ マちよつと

云て見様なら此宗六は最前

いふた 鬼王庄司左衛門じやと思や

 

 

37

外に烏帽子親の北条殿と

云様な 後ろ盾でも出来てrから ヤ

さつきの様に思ひ込で突かゝつた

懐剣 おれにさへつい擲き落される

様な事では まさか敵に出合た

 

時 すつぽんの間にも合ぬほどに

おれが云詞に随ひ コレ/\此道をも

稽古して 鍛錬の熟した上では

ぐつと/\と尻持つ合点 コレ欠落の

尻もつて行ふとは云まい せく所では

 

 

38

ない程に 大事の勤 欠落せふ

とは無分別 お客大事に勤めてたも

合点がいたかと つど/\に 曽我物

語の引っくゝり 読切講釈一方を

頼もしげ有る亭主なり 二人は

 

飛び立つ忝涙 身にも胸にも有

余り エゝ有がたふごさんすと姉が

拝めば妹も 只ふし拝む斗也 ヲゝ

嬉しいのは尤 義を見てせざるは

勇みなし わがみ達の様な奉公人

 

 

39

見立てて 召かゝへたといや仰山なが

おれが目鏡もおよそ違はぬ 礼

いふ事も何にも及ばぬ 是 人

の目鏡に悟られぬ様 随分

共けはひ化粧も美しうして奥

 

の座敷へ ソレやり人(て)の政は居ぬか

湯をもつて来てやれいやい しげりは

居ぬかと呼出していひ付けるのも

売物に 花も実も有る轡の

惣六吉粋の 淀まぬ座敷は

 

 

40

大さはぎ 牽頭(たいこ)末社が弾く三味

に 乗て呑やら諷ふやら 現(うつゝ)やはひ

の喜見城(きけんじやう) 異見上手の親方が

こおもる情に宮城野が 妹を部屋

奥座敷引別れてぞ〽入にける