仮想空間

趣味の変体仮名

大塔宮熊野落 第四~第六

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539732


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(三行目) 
       第四
其後 兵部卿しんわうは 権現の御おしへ
にまかせ くま野山を立出て 十津川さし
て入給ふ 宮をはじめ奉り 御供の人々をは
とある辻堂におき参らせ 光林房たゞ
一人 とある在家を見てあれは さりぬべき

家有 げんそんやがて かの門外に立より
たからかにこえをあげ 抑是は 三十三所
の巡礼に 罷通る山ふし也 ときりやうたべ
やつとこふた 内より下女の出けるが げん
そんを見るよりも 其まゝ内へはしり
入 なふ山ふしの 御入とぞ申ける あるじ
聞て悦び 頓ておもてへはしり出 げn
そんに打むかひ よくこそわたらせ給ひ


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たれ それがしの女房 ものゝけになやまされ
万事かぎりに罷有 ねがわくはきやく僧
一かぢあつて たばらせ給へと申ける げん
そん聞てそれがしは かち山ふしの事なれは
何とて叶ひ申べき あれに候先達こそ
こうげん第一の人ぞといふ 兵衛いよ/\
喜び 其儀にて候はゝ 何とぞ御身のはから
ひにて 先達の御坊を 御供ありて給はる

べし 万事はたのみ奉ると ひたすらにいひ
けれは 言尊よきさいわいと思ひ 安き程
の御事と 有し所に立帰り 宮をいざなひ
奉り 兵衛がたちにぞ入給ふ 宮は兵衛に
ちかづき 扨病人はいづくに渡り給ひけん
あれにこそ候へとて ともなひ内にぞいりに
ける 宮はよしを御らんじて もつての外の
じやきにて候 去ながら ぐそうが信じたてまつる


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くわんおんひほうの力を以て じやきをしり
ぞけ申さんと病人のかたはらに やがてだんをそ
かさらるゝ 本よりも 此宮は 山門の座
主として けんみつ二つにくらからず だんじやう
にさしむかつて とつこさんごれいしやくぢやう
みめうの声をおどろかし 先一かぢをそな
されける それ十万の諸仏さつた くわうだい
じひのちかひのうみ いづれ浅きはあらね

とも 中にも観音妙智力 しめぢがはらの
さしもくさ さしもかしこきちかひのすへ一せう
一念なをたのみあり 先とうごくには ふた
らくやきしたつ浪は 三熊野の なちのお山
やこかわてら 又こそかへりきみ井寺 高野の
山にはみねのたう 大和の国には白たへの
花のよし野も青根がだけ ひばら杉はら
ふみわけて いのるちぎりは初瀬山 おのへ


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のよそにさく花も いまだつぼ坂みむろ寺
ならに名高きなんえんどう 春もなか
ばや二月堂 まきの尾おか寺 藤井でら
和泉の国にはまやがだけ さて王城の地
に入ては ちかひにごらぬせいすい寺 おくのいん
はぎうび山 南にあたつて今熊野 同じく
かうだう六角堂 よしかみね六条だいご山 比
叡の山には正くわん音 あふみの国には竹

生嶋 森山のくわんぜおん ひこねのふもとにこん
きさん ちかひの海の きし高く みのりのふねも
よりくるや こすいにちかき石山寺 美濃になに
ぐみ越前に あさ井の観音ばんしうには
新清水 法華寺しよしやは丈六の によい
りくわん音 いせにあのゝ ばちうくわんおん
三川の国にはあめつゆの めぐみもふかき
笠寺也 さがみの国に至ては 千とせを


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よばふつるが岡 むさしの国に打こへて ちかひ
はふかし浅草寺しなのゝ国には 善光寺
さう/\゛一くわう三尊の えんぶだごんの観世
音 同木その法ぜん寺 あなうなれあひしどじ
の観音 だざいふにあんらくじ 大友みつの観
世音 びぜんの国に立給ふはうき世のさがの
くわん音也 惣して日本六十余州に一千余ヶ寺
の観世音 おの/\大悲の門を出 りしやうの

道にやうがう有 げにもかれたる木なり共 花
さかせんとの御せい願なんぞあやまり有べき
と 先年のだらにをよみ給へば 御供の人々も
各々力を あわせけり あら有がたや 誠に
大悲のちかひにや 今迄は草の葉の 色に
ひとしき病者のかほ たちまちにうるほひいで
惣身にあせをしつほとかき あら心よやうれし
やと 身ふるひすれば物のけは 夢のことくにさめ


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にけり あるじの兵衛手を合 ひとhに行
者うばそくの 二たび出世ましますぞと
あふぎうやまひ奉る けに有がたき
かぢのだん きせん上下おしなべて皆かん
ぜぬものこそなかりけれ
      
      第五
其後 兵部卿親王は ふしぎのかぢの縁
により 戸野の兵衛がたちにして しばらく

つかれをはらさるゝ あるじの兵衛は 人々と
打まじはり いかにめん/\聞し召せ 大たうの宮
尊雲 山門を出させ給ひ くま野へ落さ
せ給ふときく かのみ山の別当 浄弁僧
都と申は 無二の武家かた成けれは かし
こにおわしまさんより われをたのませ
給へかし 身命をなげうつて 御味方仕らん
かく申せば何とやらん じまんかましく候へども


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紀伊国の住人 竹原戸野の兵衛とて 弓
矢取てさるもの有とは 聞し召及ばれ
なん 身ふせうには候へ共 それがし一人
かゝる事ぞといふならは 十八郷が其内に 手
をさすものも候はしと 言葉すゞしく申
けり 宮はいよ/\ 悦ばせ給ひ こでら相模
に きつとめくばせ有けれは さがみやがて
心得 今は何をかつゝむべき それにまし

ます先達こそ 宮にて渡らせ給ふといふ 兵
衛大きにおどろき 扨はきみにてましま
する さればこそはじめより 只人ならず
覚へつれ 此ほどのぶれいの段 まつたく御
めんなさるべしと かうべを地につけそんきやう
す 宮はいよ/\御きげんよく しんめう
なる次第也 此上ながらの事共を 万事
たのむと仰けり 兵衛承り かゝる大事を


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引うけさせ給ひて 其御すがたにてましま
さば 人や見とがめ申べき 其うへぶけの
大将と ならせ給はん事なれは 御げんぞく
しかるべしと やがて御ぐし取あげ ういかふ
むり奉る もりよししんわう是なりけり
くろ木の御所をしつらひ 宮をうつして参らせて
よきにかしつき たてまつる こゝにまた
戸野ゝ兵衛が弟に 竹原太郎すへたゞと

申は 三山の別当 浄弁僧都にないえん有
くわんとうひいきのものなれは みやのかたう
ど申せしを よしなき事にとへ共 とゞむるに
力なく 此うえっは何とぞして 親王を打ちえう
関東へまいらせ われ一人くんかうに 預らんと
?心して 宮をねらひまいらせし 心の内
こそ むさんなれ さるほとに しんわう
は ひがしおもてにしゆつぎよ有 山のはわけ


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てもれ出る 月かけを御らんじて さても世におる
いにしへは かくもくまなき月の夜は 歌をよ
み詩をつくり えいきよくけんがたへなるに あ
け行夜半をおしみしに かゝるうき身と成ぬ
れば 月はむかしにかわらねど心をよせん
わさもなし 過こしかたの恋しきを ひとりわび
させ給ひ蹴り かゝる折ふしつま音けたかきこと
のねの kすかにこそは聞えけれ 宮はふしぎに

思し召 御心もうき雲のそら定めなき 其かたへ
忍ひやかに立よりて ついがきのかげよりも さ
しのぞき見たまへは 竹原がおとの姫 とし
は二八の春なれや 花もあざむくよそほひ
を 見るに心もたと/\゛しく おぼらずながらしば
の戸を ほと/\とおとづるゝ 姫は是に打おど
ろき ひとりのみひく琴の音に峯の松風
かよふらし いづれの御かた成やらんいぶかしさよと 


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あやしむる 宮はよしを聞し召 み山のおくのもみぢ
はの 人こそしらね色にのみ こかれて是迄
来りたり 姫はよしを承り さずがに君は雲の
上 ひなのなさけの仕らん もつたいなしとぞ仰ける
色はよしを 聞し召 なさけの道にさのみやは 高(かう)
下(げ)をへだつるためしなし そのかみ源氏の大将はものゝ
あやめも わかさりき 五条あたりのあばらやに
白くさきたる夕かほの 花に心をとらわれて

きしる車をよせけんは そこはかとなきなさ
け也 大内山の山もりの 人しれぬまの手枕を
たれかはみやばとかむべき あさまのだけに立けふり
おもわぬかたの風にさへ なびくならひはありあけ
の つれなく見へし物かなどかきくどかせ給ひけり
姫は此よし承り 仰はさにて侍らへど 君
はさしもの御大事を 思し召立給へは もしもちぎり
にむすぼれ てうてきたいぢの御けいりやく 御さま


34
たけと成もやせん はやく帰らせ給ふべし もりよし
絶かね 我はもとよりけんみつの とぼそをとぢし
身なれ共 てうてきたいぢのせんじをかうむり
くんめいのがれかたくして 法衣をぬいで?に かつ
ちうをたいしつゝ 今竹原がはからひにて ぞくたいと
成けるを 道にたがへる心にて さのみには云けるか 忍
びし事もはづかしのもりて人にやしられなん よし
/\命のあれはこそ まよひの雲もおほひつれ 死

しなははれんむねの月住かひもなきうき世にし
あきはてたりな我心 是まで成やさらばとて
立帰らんとしたまへは 姫は夢ともわきまへず する/\
とはしり出しばしは待せ給へとて しほりつま戸を
おしひらき 御たもとをひかふれは こゝはそもいかに
うつゝかも 夢の内成ふちよの花 木陰に折へし
思ひにて打つれうちにそ いり給ふ 去程
に 竹原太郎末右は 宮をねらひ参らせし


35
が きんてつのめん/\ きびしくしうごし申ゆへ
とかふもだす所に おりふしこよひは よしてる
をはじめ むねとの人々 戸野と兵衛がたちに
して 打よりあそびたりけれは 太郎よきさい
わいと しんわうのおわしますくろ木の御所へ
忍ひ入る赤松のそくゆう 御とのいの番とし
て つぎのでいにふしけるが 何かわしらずぬき
あしして 忍び入るくせものあり そくゆう はつと

思ひ えゝ夜のまにかわる人心 たのみてもなを
たのみなし 若しもみうらの人やらん 又竹原が
一ぞく 我君を討取 くわんとうへうつたふべ
きけつかうかあゝ心得たしと思ひ なをも
ふしたる風情にて事のよしをぞ うかゞひける
竹原本よりあんないしや つま戸のかけかね
打はづし そくゆうがふしたりし 枕のうへを
おどりこへ 御しん所につつといり よるの物の上より


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も 二つ三つさいたりけり そくゆうもとより 忍
び出させ給ふを さつしたる事なれは 此太刀
風にもおどろかず かしこのかげに引そふて 帰る
所を待にけり 竹原太郎はしんわうを し
とめたりと心得 つぎのでいに立出 そくゆう
がふしたりし よるのものにのりけり いぜんのごと
くつきにけり そくゆうえたりかしこしと うし
ろよりとびかゝり たぶさを取て引たをし 抑 

おのれは何ものぞ なのれ/\とせめたりける 太郎
はつよくくみしがれ かなふべきやうあらざれは
我は竹原太郎也 酒きやうゆへにて候へは
ゆるし給へと申ける 赤松聞て にくきぐにんが
詞かな 命おしくはとく行て えんまにそせう
つかまつれと くび中に打おとし 大いきついで立
たちけり 尤あやうき次第とてきせん上下お
しなへて皆かんせぬものこそなかりけれ


37
     第六
其後 赤松りるしそくゆうは 宮の
御まへにかしこまり 右の次第を申あげ
戸野ゝ兵衛がしんてい 尤たゞなく候へ共 一ぞ
くふわに候へは 此所にはかなふまじ よし
のゝ方へ御こしあり 然るべしとがて申ける 宮尤と
思し召 其事ならば此所を 忍びやかに出ん
とて むねとの人々御供にて よしのをさし

てそ おちらるゝ 爰にまた いもせのせうじ
といふもの 大せいにてひかへたり 宮此よしを
御らんじて いもせがありさま我をうつべきた
めならん てき大せいの事なれは とかく思ふ
とかなふまじ 打たのんで通らんと 立よらせ
給ひ 我は是 兵部卿しんわう也 それにひかへ
見えたるは いもせのせうじと覚へたり すみやかに
ぢんをひき 通すべしとぞ仰せける いもせのせう


38
じ承り 御?尤には候へ共 去ながらそれがしも
武命をふくんでくわんとうの みかたを申事な
れは 此道よりそうなくも 通し奉らん事共
こうなんいかゞに御座候 しからはあれ共 宮を
とゞめ申さんは そのおそれ候へは 御供の人々
いづれにても名あるかた 一両人給わつて
ぶけへわたし候か さなくは御もんの 御はた
を給はり かせんいたし候ひたる せうこをのこし

申べし いづれにても此内 かなひがたく候はゝ 力
なき次第なり 一矢仕候べしと 又よぎも
なくぞ 申ける 宮是を聞し召 いづれもなん
ぎの事なれは 御いらへもなかりし時 赤松のそく
ゆう すゝみ出て申やう あやうきを見て めい
をいだすはしそつのほう いづくにて御供
にて 死するも君の御ためなり そくゆうじ
がい仕り 御大事にかわらんとすでにかたなに


39
手をかくる 平賀の三郎おしとゞめ いかにそく
ゆう えんしんを御たのみ有べきも 御身有
ての事ぞかし 又いもせが申でう もだしかたく
候へは 事のやすきについて 御はたばかりを下
さるべし せんじやうにてはたをおとし 馬もの
の具をすつるゝの ちじよくとさらに云がたし
もし御かきんと 覚し召れ候はゝ それがし 申出せし
事なれは 御命に智るべしと 理非あきら

かに申けり 宮げにもと思し召 金銀にて 日月を
うつたる にしきの御はた いもせのせうじに給はり
けり いもせ御はた請取 とく/\通らせ給へ
とて れい義をのべてそ 通しける かゝる
所へ村上のよしてるは はるかの道にさがり 宮
に追付申さんと もみにもふで来りしが いもせ
のせうじにはしたなく みちにてはたと行あふ
た 本より村上 人を人共おもわねは 大勢が其


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中を おしわけ/\通りしが 諸にあゆみし大男の
持たるはたを見てあれは まさしく 宮の御はた
なり 村上あやしみ袖をひかへ 事のよしをいゝけ
れば しか/\とぞこたへける よしてるいかつて やあ
かたじけなくも一天の あるじにておわします
ばんじやうの君の御はたを おのれらごときの
ぼんげとして もつたいなきしだいとて 御はたを
うばひ取 はたもちたる大男を 中につかんで

引さげ はるかの谷へ取てなげ きしよくほう
たるありさまは あら人神のことく也 此いきほひ
にやおそれけん 一言のへんじもあく 是はら
にけて過行ける 村上から/\と打わらひ さも候
いそぎける ほとなく追つき奉り 御はたを
さし出して はじめおわりを申せは 宮をはじめ
奉り ありあふめん/\一同に 舌をまいてぞ


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かんしける それより人々御供にて かすの谷
みね こへ給ふ かゝる所へいもせのせうじ
あまりむねんに思ひ 玉きのせうじをさきと
して 八庄司をもよほし 宮を追かけ奉る
宮は是を御らんじて 今はのがれぬ所なり
きよくはたらきうち死せよ 光林房を初め
として 木寺赤松矢田平賀 ぬきつれて
切て出 友をせんとぞたゝかひける はやりをの

もの共を その数あまた打取て いはらくいきを
ぞ つきにける され共かたきは大せいなり 又いり
替りせめかゝる 村上が是を見て そこのき給へ
人々 われ一いくさいたさんと むらがる中にわつて
入 つらぬきねぢくび人つぶて じうわうむじん
にかけまわれは あたりにちかづくものもなし かく
る所に うしろの山より はたふたながれ 松の
あかしにひるがへし 紀の国の住人 竹原八郎
入道 おなじく戸野の兵衛のぜう 宮の御みかた


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に参りたり あれうちとれと下知すれは 八庄司
の者共 ぜんごのてきに取つゝまれ かなふべきやう
あらざれは かぶとをぬいで下人にもたせ かう人にぞ
出にける 宮はそれより 戸野玉きをいんぞつし
都合其せい二千余騎 花のよし野にたてこもり
かまくらほろびて後 天下を納め給ひけり
千秋万歳めてたしとて貴賤上下おしなへて皆
あをがぬものこそなかりけれ

大塔宮巻之終