仮想空間

趣味の変体仮名

義経記 巻第八

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287999

参考にした本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2567404?tocOpened=1

 

 

2

義経記巻第八目録

 つきのぶ兄弟御とふらひの事

 ひで平しきよの事

 ひて平が子供判官殿にもほんの事

 すゞ木の三郎しげ家たかだちへ参る事

 ころも河かつせんの事

 判官殿御じがいの事

 かねふさがさいごの事

 ひでひらが子ども御ついたうの事

 

 

3

義経記巻第八

  つきのぶきやうだい御とふらひの事

さる程に判官殿たかだちにうつらせ給て後。さとう庄

司が後家のもとへも。折々御つかひつかはあされあはれみ給

ふ。人々きいの思ひをなすある時まさしをめして仰られけ

るは。つきのぶ忠信兄弟があとをとふらはせ給ふべき

よし仰られける。其ついてに四国西国にてうちじにし

たる者共。忠の浅深(せんしん)にはよるべからす。死後なればみやう

ちやうにいれてとふらへと仰下さるゝ。弁慶なみだをながし

尤かたじけなき御こと候。かみとしてかやうにおほしめさ

るゝこと。まこといねんぎ天りやくのみかとゝ申も。いかで

かかやうにはわたらせおはしまし候はん。いそぎおぼしめ

 

 

4

したち給へと申ければ。さらば貴僧たちを請(しやう)じ仏事と

りをこなふへきよし仰付らる。むさしこの古都ひて平に申け

れは入道もかつうは御心ざしの程をかんじ。かつうはか

れらが事を今一しほ不便(ふびん)に思ひ。しきりになみだに

ぞむせびける。兄弟のはゝにこうのかたへも御つかひあり

けり。孫とも後家とも引ぐして参る。御心ざしのあまり

に御自筆にもほけきやうあそばされとふらはせ給ふ。

有がたきためしには人々申あへり。にこう申されけるは

兄弟の者のけうやう。まことに身にをいて有がたき

御心さし。又は死後の名何事か是にこえ申べし。是ほど

の御心さしを此世にながらへて候はゞ。いかばかりかたじけな

く思ひ參らせ候はんと。いよ/\なみだつくしがたく候。され

 

共今は思ひきり參らせ候。おさなき者共をあひつゞき

君へ參らせ候はん。いまだわらは名にて候と申けれは。判官

それはひでひらが名をもつくべけれ共。きたうだいの

者共の名ごりかたみなれば。よしtyね名をつけべしさ

りながらも。ひて平に聞せよと仰られて御つかひ有

ければ。入道内々と申上たき折ふし候おそれ入ばかりに候

と申ければ。さらばひでひらはからひてとの給へばひて

平承と申て。かみ取あげえぼしきせ御前にかしこまる。

判官御覧じれつきのふがわかをば、さとう三郎よしのぶ。

たゝのふか子をばさとう四郎よしたゞと付給ふ。にこうなの

めならずよろこびいかにいづみの三郎。かねて申せし物わが

君へ奉れと申ければ。さとうの家につたはれる重代(ちうたい)

 

 

5

の太刀を進上す。北の方へばからあやの御小袖。まきぎぬ

など取そへて奉る。其外さふらひ達にもそれ/\に入らせ

ける。にかういとゞなみだにむせびあはれおなしくは兄弟

の者共御ともして下り。御前にてまごともにえぼし

をきせなば。いかばかりうれしからまじとりうていこがれ

ければ。二人のよめもなき人の事を一しほ思ひ出し。わかれ

し時のやうにこえもをしまずかなしみけり。君もあは

れにおぼしめし御なみだをながさせ給ふ。御前なりし人々

ひて平は申にをよばす。たもとをかほにをしあてゝを

の/\なみだをぞながしける。判官さかづき取あげ給ひよし

のふに下さる。さかづきのけうはいたうさのえしやく。ま

ことにおとなしく見えければ。つきのぶによくもにたるもの

 

哉なんぢが父八嶋にて義経が命(めい)にかはりたりしをこそ。

源平両家のめのまへ諸人めをおどろかし。たくひあらじと云

じが。まことにわか朝(てう)の事はいづにおよばす。唐土(とうと)天ぢくにも

主君に心ざし深きものおほしといへ共。かゝるためしなし

とて三国一のかうの者といはれしぞかし。けふよりしては

義経をちゝと思へと仰られて。御座ちかく召れてをくれの

かみをなでさせ給ひ。御なみたせきあへ給はす。其時かめ井かた

岡いせわしのを。ましほの十郎こんのかみ。あらきべんけいをはじ

めとして。こえを立てぞなきにける。暫く有て御涙をとゞ

めよし忠に御盃下され。なんちが父よしの山にて大衆を

つかけたりしに義経をかばいて。一人みねにとゞまらんといひ

しを。義経もとゞめん事をかなしみ一所にと千たび百度いひ

 

 

6

しに。さふらひのことばは綸言にもおなじ。なをしあせの

ごとしとてすでにじがいせんとせしまゝに。ちからをよは

す一人みねに残し置たりしに。数百人のかたきを六七き

にてふせき。あまさへきじんのやうにいはれし。よ河の

かくはんをうちとり都に上り。えまの小四郎を引うけ其

所をもきりぬけしに。ふつうの者ならばそれより是へ下

るべきに。義経をしたひ有所をしらずして。六条堀河の

ふるき宿所に帰り来て。義経をみると思ひて爰にて

はらをきらぬとてじがいしたりし心さし。かれといひこれと云

兄弟の者の心さしを。いつの世に忘るべきためしすくな

きかうの者とて。かまくら殿もおしみ給ひ孝養(かうやう)し給ふと聞(きく)。

なんぢも忠信にをとるまじき者哉とて又おらくるい有けり。

 

 

7

判官いせの三郎をめして。小さくらおどし卯の花おどしの

よろひを二人下されけり。にこうなみだをとゞめてあら有か

たの御諚や。さふらひはかうにてもかうなるべき者はなし。

我子ながらもかうならすばか程まては御諚も有まじ。な

んぢらも成人仕りちゝ共がことく。君の御用に立名をこう

たいにあげよ。不忠を仕らばちゝ共にをとれる者とて。はう

はい達にわらはれんぞ。うしろゆびをさゝれ我の疵なるべし。

御前にて申ぞよく承はりとゞめよとぞ申ける。をの/\是

を聞て兄弟がかうなりしもだうりかな。たゝにこうの申

やうさしもたけき人かなとをの/\かんじ申ける

 

  ひてひらしきよの事

ぶんぢ四年十二月十日の頃より。入道重病をうけて日数(かす)

 

 

8

かさなりてよはりゆけば。ぎばへんじやくかじゆつ

だにもあへてかなふへきとも見えざれば。ひてひら女

子息其ほか諸従をあつめてなく/\申されけるは。かき

りあるごうびやうをうけ命をおしむなときゝし事。きは

めて人の上にてだにもいふかひなき事に思ひつるに。身

の上になりて思ひしられたる也。其ゆへは入道此たびい

のちおしく存ずることは。判官殿入道を頼みにおぼしめ

して。はるかのみちをさいしぐしておはしたるに。せめて十

年心やすくふるまはせ奉らで。けふあすに入道死し

いるならば。やみの夜にともし火をうしなふごとくに。山野に

まよひ給はん事こそ口をしく存ずれ。是ばあkりこそ今

生に思ひをくことめいどのさはりとおぼゆれ。されども

 

かなはぬならひなればちからなし。判官殿に参りさい

ごのげんざん申したく存れ共。あまりにくるしく合期(こうご)な

らず是へと申さんは其おそれあり。此むねを御みゝに入

奉れよ。又をの/\此ゆいごんを用ゆべきか。もちゆへきに

あらはいふへき事をしづかにきくへしとの給へば。をの/\

いかでかそむき申へきと申ければ。くしげなるこえにて

それがししゝたらば。さためてかまくら殿より判官殿う

ち奉れとの御教書下るべし。其kんこうにはひたちを

給ふべきとあらんずるぞ。相かまへてそれをもちゆべからす。

入道が身にはではおうしう過分の所にてあるぞ。い

はんやおやにはよもまさじ。をの/\が身をもつて他国を

給らん事かなふべからす。かまくらよりの御つかひなりとも

 

 

9

くにをきれ。両三度にをよびて御つかひきるならは。其後

はよもくだされじ。たとひ下さるゝ共大事にてぞあらん

ずらん。其用意をさせよねんししら河両関をばにしきと

にふせがせて。判官殿ををろかになし奉るべからす。過分

のふるまひあるべからす。此ゆいごんをだにもたがへずは。ま

つせといふともなんぢらかすえのよはあんをんなるべし。

と心得よ生(しやう)をへだつ共といひをきて。是をさいごのこと

ばにて十二月廿一日のあけほのについにはかなくなり

ぬ。さいしけんぞくなきかなしむといへともかひぞなき。判

官殿へ此よし申されければおどろきおぼしめして。

馬に一べんをすゝめていそぎおはしたり。むなしき

しがいにいだきつかせたまひておほせられけるは。

 

 

10

さかいひはるかのみちをしのぎて是まで下る事も。入道

を頼みてこそ下候へ。ちゝよしともには二歳にてわかれ奉

りぬ。はゝは都におはすれ共平家にわたらせ給へばたが

ひに心よからず。兄弟ありといへ共ようせうより方々

にありてよりあふこともなく。あまつさへあはれみをたれ

給ふべきよりともには不和なり。いかなるおやのなげき

子のわかれといふとも。是にはすぎしことかなしみ給ふ事か

きりなし。たゝよしつねが運のきはむる所とて。さしも

にたけき御心をひきかへてふかくぞなけき給けり。かめは

里山にてむまれ給へるわか君も。判官殿とおなじやう

にしろききぬをめして野べのをくりをし給へり。見奉る

にいとゞあはれぞまさりける。おなじ道にとかなしみ給へ

 

 

11

ともむなしき野べにたゝひとりをくりすてゝぞかへり

給ぬ。あはれなりし事どもなり

 

  ひてひらが子供判官殿にむほんの事

かくて入道しゝけれどもかはる事もなく。兄弟の子とも

うちかへ/\判官殿へ出仕して其年もくれにけり。あくる

二月の頃やす平が郎等なに事をか聞たりけん。夜ふけ

人しづまりてひそかに来りやすひらにいひけるは。判官殿

いづみの御ざうしとひとつにならせ給ひ。御うちをうち奉

らんと用意にて候。かつせんのならひ人にさきをせられ

ぬればあしき御事にて候なり。いそぎ御用意有べし

とかたりけるほどに。やすひら聞てやすからぬことにお

もひ。さらば用意すべしとて二月廿一日入道の仏事

 

けうやうをいとなまんと用意しえkるが。仏事をばさしを

き一はらのしやてい。いづみのくわんじちゃを夜うちにしけると

そうたてけれ。それを見て。あにのにしきど。ひづめの五郎

おとゝのともとしのくわんじや。此こと人の上ならずとてを

の/\心々になりにけり。六親(しん)風波にして三ぼうのかこ

なしとは是をいふなり。判官もさてはよしつねにも思ひか

からんとて。むさしばうをめしてめぐらしふみをかゝせらる。

九州のはきくち。はら田。うすき。をかだ。いそぎ参るべきよし

を仰られてざうしきするがの次郎にたびぬ。夜を日に

つぎて京に上りつくしへ下らんとす。いかなる者かいひけ

ん此よし六はらにきゝてするがをめしとりて。下部二十

よ人さしそへてくわんとうへ下されけり。かまくら殿めぐら

 

 

12

しぶみを御覧じて大きにいかり。九郎ふしぎの者かなお

なし兄弟といひながら。よりおtもを度々(どゝ)おもひかへるこそ

ふしぎなれ。ひでひらもしきよしつ。おくもかたふかぬに

せめんになにほどの事あるべきとおほせ有ければ。かぢ

はら御前に候けるが仰にて候へ共をろかの御はからひに

て候や。せんじ成てひてひらをめされけるに。むかしまさかど

八万よき。今のひで平十万八千よきにてかたみちを給

はらば参るべきよし申けるに。さてはかなはずとてとゞ

められついに京を見ずとこそ承て候へ。ひて平一人

にてもさまだげ候はゞ。ねんししら河両関をかため。判官

殿の御下知西多賀否定草を仕り候はゞ。日本国の

せいをもつて百年二百年たゝかひ候とも。一天四海民

 

のわづらひとはなり候ともうちしたがへん事かなひ候まじ。

たゝやすひらを御すかし候て御ざうしをうち參らせ給

ひ。其後御せめ候はゝ然るべく候はんずるよしを申ければ。尤

しかるべしとてよりともわたくしの下知ばかりにてかなふ

まじとて。いんぜんを申されけり。やすひらが義経をうちた

らば本領にひたちの国をそへて。子々孫々に至るまで給べ

きよしなり。かまくら殿御下知をそへてつかはさる。やすひら

いつしか古(こ)入道のゆいごんをそむきてりやうしやう申しぬ

たゝし御せんじを給てうち奉るべきよし申ければ。さら

ばとてあだちの四郎きよたゞをめして。此二三年知行をい

くまみたるらんけん見に罷下るべきよしおほせいださる

る。承候とてきよたゞおくへぞ下りける。さるほどにやすひら

 

 

13

にはかにかりをぞはじめける。判官も出てかりし給ふ。き

よたゝまきれありきて見奉るに。うたかひなき判官殿

にておはします。いくさはふんぢ五年四月廿九日みの時

とさだめけり。此こと義経は夢にもしり給はす。かゝりし所

にみんぶのこんのせうもとなりと云人あり。平治のかつせん

の時うせ給ひし。あくえもんのかみのぶよりの兄にておはします。

むほんのものゝ一門なれはとて東国に下られたりけるを。古

入道なさけをかけ給へり。其上ひて平がもとなりのむす

めにぐそくして子供のあまた有。ちやくし二男やすひら三

お所いづみの三郎たゝむね是ら三人がおほぢなり。されば

人おもくし奉らせうの御れうとぞ申。此子ともよりさき

にちやくしにしきどの太郎よりひらとて。きはめてたけ

 

たかくゆゝしくげいのふもすぐれ。大のおとこかうのものつよ

ゆみせいびやうにて。はかりことかしこくあるをちやくし

にたてたりせばよるべきに。男の十五より内にまう

けたる子をばちやくしにはたてぬ事なりとて。たうはら

の二男をちやくしにたてける入道思へばあへなかりけり。

此もとなりは判官殿にあさからず申承候はれけり。此こと

ほのかに聞てあさましくおもひて。まごともをせいせば

やとおもはれけれども。はづかしくも所領をゆづりたる事

もなし。我さへかれらにあつけられたる身ながらちよつ

かんの身なり。いんぜんくだる上。なにとせいすともかなふま

じ。あまりおもへばかなしくて判官殿へせうそくを奉る。殿を

くわんとうよりうち奉れとていんぜん下りぬ。此間のかり

 

 

14

をばえいようのかりとおぼしめすやいのちこそ大切に候

へ。一先(まつ)おちさせ給ふへく候やらんとのゝしんぶよしともは

しやていのぶよりにくみせられむほんのためにひくわの

しざいにをこなはれたまひぬ。またもとなりとう

ごくにおつるの身となり。御へんもこれに御わた

り候へばちゝのえんふかゝりけるとおもひしられて候

つるに。またをくれまいらせてなげき候はんことこそ

くちをしく候へ。おなじみちに御とも申候はん

こそほん意にて候べきに。としおひ身かひ/\し

くも候はで。かひなき御けうやうを申さんこと

ゆくもとまるもおなじみちと。かきくどきなく/\

つかはされけり。はうぐわんこのふみを御らんじて。

 

 

15

御返事にはふみよろこび入候。おほせのごとくいつかたへも

おちゆくべきにて候へとも。ちよくかんの身としてそら

をとびちをくゞるともかなひがたし。こゝにてしがいの

用意を仕るべし。さればとてさびやの一つもはなつべ

きにても候はず。此御おんこんじやうにてはむなしく

なりぬ。らいせにてはかならず一仏じやうどのえんとな

り奉るべし。是一ごおひきにて候御身をはなさす御

覧候へと。からひつ一こう御返事にそへてつかはされ

けり。そのゝちもふみ有けれどもしがいの用意仕るとて

御返事にもをよばす。さればさんして七日に成給ふ

北のかたをよび出して申されけるは。よしつねはくわん

とうよりいんぜん下てうしなはるべく候。むかしより

 

 

16

女のざいくわといふことなし。他所へわたらせ給ひ候へ。よし

つねは心しづかにしがいの用意を仕るべしとの給へば。北

のかたきこしめしもあへず袖をかほにをしあてゝ。いとけな

きよりかた時もはなれじとしたひし。めのとの名こりをふ

りすてゝつき奉りて下りけるは。かやうにへだて奉ら

んためかや。女のならひかたおもひこそはづかしく候へども。

人の手にかけさせ給ふ御そばをはなれ給はず。判官もな

みだにむせび給ひ御ことばもなく。づぶつだうのひかし

の正面をしつらひいれ奉り給ひけり

 

  すゝ木の三郎しげ家たかだちへ参る事

しげ家を御前にめされ。そも/\わとのはかまくら殿

より御おんを給に。世になきよしつねかもとにはる/\

 

と来りいて程なくかやうの事出来るこそふびんなれと

の給へば。すゞ木申けるはさん候かまくら殿よりかいの国

にて。所領一所給て候しが。ねてもさめても君の御事

かたときわすれ參らせず。あまりに御おもかけ身に

しみて参りたく存じ候程に。とし頃のさいしなどく

ま野のものにて候しをゝくりつかはし候て。今はこん生

におもひをく事いさゝかも候はず。たゞしすこし心

にかゝる事の候はをとゝひつき申みちにて。むまの

しをそんじ候ていたみ候へとも。御うちのあんないいかゞ

と存じ申いれす候。今かく候へばしかるべきこれこそ

期(ご)したるゆみやにて候へ。たとひこれに参りあひ候

はずとも。遠きちかきのしやべつにてこそ候へ。君う

 

 

17

たれさせ給ぬと承候はゞ。なにのためにいのちをかば

ひ候べき。ところ/\にてしゝ候はゞしでの山ぢもは

るかにをくれたてまつるべきに。これにてこゝろ

すく御ともつかまつり候はんとて。よにこゝちよげ

に申けれは。はうぐわんも御なみだにむせびうちう

なづき給ひけり。さてすゞ木申上けるは下人には

らまきばかりこそきせてkづありて候へ。うちじに

のうはぐそくのよしあしはいり候まじく候へども。

のちにきこえ候はんことむげに候はんかと申

ければ。よろひはあまたさせたるとて。しきめに

まきたるあかいとをどしのくつきやうのよろひを取出し

御馬にそへて下さるはらまきをばしやてい亀井にとらせける

 

 

18

  ころも川合戦の事

さる程によせてながさき太夫のすけをはじめとして。三万よ

き一手になりてをしよせたり。けふの討手はいかなる者ぞひ

でひらが家の子ながさきの太郎太夫と申。せめてやす平に

しきどなどにてもあらばこそさいごのいくさをもせめ。あつま

のかたのやつばらか郎等にむかひて。弓を引矢をはなさん

事有べからずとて。じがいせんとの給ひけり。こゝに北のかたのめ

のとおやに十郎ごんのかみきさんだ二人は。家の上に上り

てやり戸かうしをこたてにしてさん/\にいる。大手にはむ

さし房かたをかすゞ木兄弟わしのおましほいせの三郎びぜ

んの平四郎以上人々八きなり。ひたち坊をはじめとしてのこ

り十一人の者共。けさよりちかきあたりの山寺をおかみに

 

 

19出けるが。そのまゝ帰らずしてうせにけりいふはかりなき事

共なり。弁慶其日のしやうぞくには。くろかはおとしのよろひ

のすそかなものひらく打たるに。なるてうを三つ二つ打

たりけるをきて。大なぎなたの真中にぎりうちいたの上

にたちける。はやせや殿ばらたちあづまのかたのやつばら

に物みせん。わかゝりし時はえいざんにてよしあるかたには。

しいかくわんげんのかたにもゆるされ。ぶゆうの道にはあく僧の

名をとりき。一手まふてあづまおかたのいやしきやつ原にみ

せんとて。すゝ木兄弟にはやさせて。うれしやたきの水

なるはたきの水。日はてるともたえずとふたり。あづまの

やつはらかよろひかぶとをくびもろともに。衣河に切ながし

つるかなとぞまふたりける。よせて聞て判官殿の御内(みうち)の

 

人々程かうなる事はなし。よせて三万ぎに城(しやう)の内はわづか

十きばかりにて。なにほどのたてあひせんとて舞まふらんと

ぞ申ける。よせての物もう図けるはいかにおぼしめし候とも三万

よきぞかし。舞もをき給へと申せば三万も三萬による

べし。十きも十きによるぞをのれらかいくさせんとくは

たつるやうのおかしければわらふぞ。えい山(さん)かすが山のふもと

にて五月(さつき)えにくらべ馬をするにすこしもたがはす。おかしや

すゞ木あづまのかたのやつばらに手なみの程をみせてくれ

うぞとて。打物ぬきてすゝ木兄弟弁慶くつはみをなか

へて。しころをかたふけて太刀をかぶどのまつかうにあてゝ。ど

つとおめきてかけたれば。あき風にこのはをちらすにこ

とならずよせての陣へ引しりぞく。口にはにざる者やせい

 

 

20

にこそよれふかうじん共哉。かへせや/\とをめきけれ共かへし

合する者もなし。かゝりける所にすゝ木の三郎てるひの太

郎とくまんとわきみはたそ。御内の侍にてるいの太郎た

かはる。さてわ君が主こそかまくら殿の郎等よ。わ君が主

のおほぢきよひら後三とせのたゝかひの時。らうどうたりけ

るとこそきけ。其子にたけひら其子にひでひら其子に

やすひら。されば我らが殿には五代の相伝の郎等ぞかし。

しげ家はかまくら殿には重代の侍なり。さればしげ家が

為にはあはぬかたきなり。され共ゆみやとる身はあふをかたき

おもしろし。やすひらか内にははぢ有者とこそきけ。そ

れがはぢ有ぶしにうしろをみする事や有。きたなしやとゞ

まれ/\といはれて返しあはせ。右のかたを切れて引(ひき)てのく

 

 

21

すゝ木すでに弓手に二きめてに三ぎ切ふせ。七八きに手

おふせて我身もいたでおひ。かめ井の六郎いぬじにするし

け家は今はかうぞと。是をさいごのことばにてはらかき切

てふしにけり。紀伊国ふぢしろを出し日より命をば君に

奉る。今思はず一所にて死し候はんこそうれしく候へ。しで

の山にてはかならず待給へとてよろひのくさずりかなぐ

りすてゝ。をとにもきくらんめにも見よ。すゞ木の三郎が

おとゝにかめ井の六郎生年(しやうねん)廿三。ゆみやの手なみ日頃人に

しらせたれ共あづまのかたのやつばらはいまだしらじ。はじ

めてものみmせんといひはてず。大勢の中へわつて入弓手

あひつけ。めてにせめつけきりけるにおもてをむかふるものぞ

なき。かたき三ぎ打とり六きに手をおふせて。我身も大

 

 

22

事(じ)のぎすあまたおひけれは。よろひの上おびをしくつろげ

はらかきゝつて。あにのふしたる所におなじまくらにふしにけ

り。さてもむさしはかれにうちあひ是にうちあひするほどに。

のどふえうちさかれち出る事はかぎりなし。よのつねの人などは

ちえひなどするぞかし。弁慶はちの出ればいとゝちそばへし

て人をも人とも思はす。前へながるゝちはよろひのはたらく

にしたがひて。あけちになりてながれけるほどに。てき申け

るはこゝなるほうしあまりのものくるはしさに。前にもほろ

かけたるぞと申ける。あれほどのふてものによりあふべから

ずとてたづなをひかへてよせず。弁慶度々(とゝ)のいくさにな

れたる事なれば。たをるゝやうにてはおきあがり/\。かはら

をはしりありくにおもてをむかふる人ぞなき。さる程にましほ

 

の十郎もうちじにす。びぜんの平四郎もかたきあまた打とり。

我身もきずあまたおひければじがいしてうせぬ。かたをかと

わしのお一つになりてたゝかひけるが。わしのおはかたき打

とりてしにぬ。かたをか一はうすきければむさしばういせの

三郎と一所にかゝる。いせの三郎てき六き打とり三きに

手おふせておもふやうにいくさして。ふか手おひけれはいとま

ごいしてしでの山にて待ぞとてじがいしてんげり。弁慶は

てきをひはらひて君の御まへに参りて弁慶こそ参り

て候へと申ければ。君はほけ経の八の巻をあそはしてお

はしましけるがいかにとの給へば。いくさはかぎりに成て候び

ぜんわしのおましほすゝ木兄弟いせの三郎。をの/\いくさ思

ひのまゝに仕りうちじに仕りて候。今は弁慶とかたをかば

 

 

23

かりに成て候かぎりにて候程に。君の御めに今一度かゝり

候はんずるために参りて候。君御さきだち給候はゞしで

の山にて御待候へ。弁慶さきだち參らせ候はゝ三途の河

にて待参らせんと申せは。判官今一入なごりのをしきぞよ

しなば一所とこそちぎりしに。我も諸共に打出んとすれば

不足なる敵なり。弁慶を内にとゞめんとすれはみかたのをの

/\討死する。じがいの所へ雑人を入たらはゆみやのきずなるべし。

今は力及ばすたとひ我さきたちたりともしでの山にて

待べし。先だちたらはまことに三つの河にて待候へ。御経も今

すこしなりよみはつるほどはしゝたりとも。我をしゆごせ

よと仰られければ。さん候と申てみすをひきあけ君を

つく/\と見參らせて。御なこりをしげに涙にむせびけるか。

 

かたきのちかづくこえを聞御いとま申て立出るとて。又たち

かへりかく申上ける

 六道のみちのちまたにまてよ君。をくれさきだつ

ならひありとも。かくいそがはしきうちにもみらいをかけ

て申ければ御返歌に

 のちの世も又後のよもめくりあへ。そむむらさきの空

の上まで。と仰られければこえをたてゝぞなきにける。さて

かたをかとうしろ合(あはせ)にさしあはせて。一待ちを二手にわけ

てかけたりけれは。二人かけ立られてよせてのつはもの

共むらめかしく引しりぞく。かたをか七きが中にはしり入

てたゝかふほどに。かたもかいなもこらへずしてきずおほく

おひければ。かなはじとや思ひけんはらかき切うせにけり。

 

 

24

弁慶今は一人なりなぎなたのえ一尺ばかりふみおりて

かはとすて。あはれ中々よきものやえせかた人のあし手にま

ぎれてわろかりつるにとて。きつとふんばり立てかた

きいればよせあはせてはたときりふつとはきり。馬のふとば

らまへひざはらり/\ときりつけ。馬よりおつる所は長

刀のさきにてくびをはねおとし。むねにてたゝきおろしな

どしてくるふほどに。一人に切立られておもてをむくるもの

ぞなき。よろひに矢のたつ事数をしらず。おりかけ/\した

りければみのをさかさまにきたるやうにそありける。くろ

はしら羽(は)そめは色々の矢とも風にふかれて見えけれ

ば。むさし野のおはなの秋風にふきなびかるゝにことならず。

八方をはしりまはりてくるひけるを。よせての者共申け

 

 

25

るはさてもみかたもうちじにすれ共。弁慶ばかりいかにく

るへ共しなぬはふしぎなり。をとに聞えしにもまさりたり

我らが手にこそかけすとも。ちんじゆ大明神立よりてけ

ころし給へとのろひけるこそおこがましけれ。むさしはてき

を打はらひてなぎなたをさかさまにつえにつきて。二わう

立にたちにけり。ひとへにりきしゆのことくなり。一くちわ

らひてたちたればあれみ給へあのほうし。我らをうたん

とてこなたをまぼらへしれわらひしてあるは。たゞことな

らすちかくよりてうたるなとて。さうなくちかづく者も

なし。さるものゝ申けるはかうの者は立ながらしする事

あると云ぞ。とのばらあたりて見たまへと申ければ。我あ

たらんといふものもなし。あるむしや馬にてあたりをはせ

 

 

26

けれは。とくより死たる者なれば馬にあたりてたをれ

けり。長刀をにぎりすくみてあれば。たふれさまにさきへ

うちこすやうに見えければ。すは/\又くるふはとてはせ

のき/\ひかへたり。され共たふれたるまゝにてうごかず。

其時我も/\とよりけるこそをこがましく見えたりけ

れ。立ながらすくみたる事は。君の御じがいのほど人をよせじ

とてしゅこのためかとおぼえて。人々いよ/\かんじける

 

  判官御じがいの事

十郎ごんのかみきさんだはやぐらの上よりとんでをり

けるが。きさんだはくびのほねをいられてうせにけり。かねふ

さはたてをうしろにあてゝしゆてんのたる木に取つきて。ぢ

ぶのだうのひろびさしにとび入。こゝにしやさうと申ざう

 

しき古入道判官殿へ參らせたる下らうなれども。きやつ

ばらはしぜんの御用にたつべきものにてそう織る。御めしつか

ひそすら得とあながちに申ければ。別(べち)のさうじきらひけれ

とも馬の上をゆるされ申たりけるが。此たび人々おほくお

ちゆけ共かればかりとゞまりてけり。かねふさに申けるは

それげんざんに入て給べきや。しやさうは御内にてふせぎ

や仕り候なり。古入道申されしむねの上は下らうにて

候へ共。しでの山の御とも仕り候べしとてさん/\にたゝか

ふほほどに。おもてをむかふる者なし下らうなれ共かればかり

こそ。古入道申せしことばをたがへずしてとゞまりけるこそ

ふびんなれ。さてじがいの刻限になりたるやらん又じがいは

いかやうにしたるをよきと云やらんとの給へば。さとう四

 

 

27

郎兵衛が京にて仕りたるこそ後まで人々ほめ候へと

申ければ。しさいなくさてはきづの口ひろきこそよから

めとて。三条こかぢがしゆくくわん有てくらまへ打(うち)て参

らせたるかたなの六寸五分ありけるを。べつたう申おろし

て今のつるきと名づけてひそうしけるを。片眼をさなく

てくらまへ御出の時まもりかたなに奉りしぞかし。義経

ようせうよりひそうして身をはなさずして。さい国の

かせんにもよろひの下にさゝれける。かのかたなをもつて

ひだりのちの下よりかたなをたて。うしろへとをれとかきゝ

つてきずのくちを三方へかきやぶり。はらわたをくりい

だしかたなをきぬの袖にてをしぬぐい。きぬひきかけけ

うそくしてぞおはしましける。北のかたをよび出し奉り

 

ての給ひけるは。今は古入道の後家のかたにても。せうと

のかたにてもわたらせ給へ。みな都の者にて候へはなさけ

なくはあたり申候はじ。こきやうへもをくり申べし今よ

り後さこそたよりをうしなひ。御なげき候はんとこその

ちの世までも心にかゝり候はんづれ共。なに事もぜん

ぜの事とおほしめしてあながちに御なげき有へからずと

申させ給へば。北のかた都をつれられ參らせて出しより。

今までなからへてあるべしともおぼえず。みちにてこそ

しぜんの事もあらばまづみづからをうしなはれんずらんと

思ひしに。今更おどろくへきにあらず。はや/\みづからを

御手にかけさせ給へと取つき給へば。よしつねじがい

よりさきにこそ申たく候つれ共。あまりのいたはしさ

 

 

28

に申えず候今はかねふさに仰付られ候へ。かねふさちかく

参れと有けれども。いづくにかたなをたて参らすべしと

もおぼえすしてひれふしければ。北の方仰られけるは人

のおやの御めほどかしこかりけり。あれほどのふかくじんと御

覧じ入ておほくのものゝ中に。女にてあるみづからにつ

け給ひたれ。我にいはるゝまでも有まじきそ。いはぬ

わきにうしなふべきに。しばらくもいけてをきはちをみせ

んとするうたてさよ。さらはかたなを參らせよと有し

かば。かねふさ申けるは是ばかりこそふかくなるがことは

りにて候へ。君御さんにならせ給ひて三日と申に。かねふさを

めされて此きみをなんぢがはからひなりと仰かうふり

て候しかば。やがて御さん所(しよ)に参りいだきそめ參らせて

 

より。其後はしゆつしのひまだにもおぼつかなくおもひ

參らせ。御せいじん候へば女御きさきにもせばやとこそ存じ

候つるに。北の政所打つゞきかくれさせ給へは。思ふにかひなき歎(なげき)

のみ神や仏に祈る祈りはむなしくて。かやうにみなし奉らんとは

露思はざりし物をとて。よろひの袖をかほにをしあてゝさめ/\

となきけれは。よしやなげくとも今はかひあらじ敵の近づくに

と有しかば。兼房(かねふさ)めもくれ心も消ておほえしか共。かくてはか

なふまじとこしの刀をぬき出し。御かたの上ををさへ奉り右ノオ

わきより左のちのしたへつとさしことをしければ。御いきの下

に念仏してやがてはかなく成給ひぬ。御きぬ引かづけ参

らせて君お御そばにをき奉りて。五つにならせ給ふわか

君御めのとのいたき參らせたる所いつと参り。御たちもかみ

 

 

29

さまもしでの山と申道こえさせ給ひて。くわうせんのはるか

のさかひにおはしまし候なり。わか君もやがていらせ給へと仰候

つると申ければ。がいし奉るべき兼房がくびにいだき付給

ひて。しでの山とかやにはやく参らん兼房急(いそき)つれて参れ

とせめ給へば。いとゝせん方なく前後覚えすに成て落涙にせ

きあへず。あはれさきのよのざいごうこそかなしけれ。わか君さ

ま御たちの御子とむまれさせ給ふも。かく有べきちぎり

かやかめわり山にてすもりになせとの給ひし御ことば

のすえ。まことに今まてみゝにあるやうにおほゆるそと

て。又さめ/\となきけるがてきはしきりにちかづく。かくて

はかなはじとおもひ二かたなさしつらぬき。わつと斗の給ひ

て御ききとまりければ。判官殿のきぬの下にをし入奉る

 

 

30

さてむまれて七日にならせ給ふひめ君もおなじくさし

ころし奉り。北の方のきぬの下にをし入奉り。なむあみだ

仏/\と申て我身をいだきて立たりけり。判官殿い

まだ御いきのかよひけるにや御めを御覧しあけさせ給ひ

て。北のかたはいかにとの給へばはや御じがい御そはに御入

候と申せば。御そばをさぐらせ給ひて是はたれと仰

ければ。わか君にてわたらせ給ふと申せば。御手をさし

わたせ給ひて北のかたに取つき給ひぬ。かねふさいとゞあ

はれぞまさりける。はや/\城(じやう)にひをかけよとばかりをさ

いごの御ことばにて。おkときれはてさせ給ひけり

 

  かねふさがさいごの事

十郎ごんのかみ今は中々心にかゝる事なしと。ひとり

 

 

31

ごとしかねてこしらへたる事なれば。はしりまはりて

火をかけ。おりふしにし風ふきもうくわは程なく御

殿につきけり。御じがいの御上にはやり戸かうしをはづ

しをき。御あとの見えぬやうにはこしらへける。かねふさは

ほのほにむせび東西くれてありけるが。君をしゆごし

申さんとてさいこのいくさすくなくしたりとや思ひけん。

よろひをぬぎすてはらまきの上帯しめかため。つま

戸よりつと出見れば。其日の大将なかさき太郎きやう

だいつほのうちにひかへたり。てきじがいの上はなに事

か有べきとてゆだんしけるを。かねふさいひけるはとうど

天ぢくはしらずわがてうにをいて。御打の御ざところ

に馬にのりながらひかゆべきものこそおぼえね。かくいふ

 

ものをばたれとか思ふ。せいわ天わう十代の御すえ。八

幡とのには四代のそん。かまくら殿の御しやていに九郎

太夫判官殿の御打に。十郎ごんのかみかねふさ。もとは

くが大臣どのゝさふらひなり。今はげんじのらうどう

なり。はんくわいをあざむく度(と)々のかうみやう其か

くれなし。いざや手なみを見世んほうもしらぬやつはら

かなといふこそ久しけれ。なかさき太郎かめてのよろひ

のくさずり半まいかけて。ひざの口にあふみのみつを

がね。馬のおりほね五まいかけてきりつけたり。しう

も馬もあしをたてかへさずたふれけり。をしかゝりくび

おかゝんとせし所にあにをうたせじと。おとゝの次郎

かねふさにうつてかゝる。かねふさはしりちがふやう

 

 

32

して馬よりひきおとし。ひだりのわきにかいはさみてひ

とりこゆべきしでの山ともしてこえよやとてほのほの中

にとい入けり。かねふさ思へばおそろしやひとへにきじんの

ふるまひなり。是はもとよりごしたる事なり。ながさき

の四郎はげんしやうにあづかり御をんかうふり。てうをん

にほこるべきとおもひしに。こゝろならずとらはれて

やけしするこそむざんなれ

 

  ひでひらか子ども御ついたうの事

かくてやすひらは判官殿の御くびもたせかまくらへ奉る。

よりとも仰けるはそも/\是らはふしぎの者共哉。

たのみて下りつる義経をうつのみならず。是はげんざいより

ともか兄弟としりながら。いんぜんなればとてさうなく

 

うちぬるこそきくわいなれとて。やすひらがそへて參らせ

たるむねとのさふらひ二人。其ほかざうしきしもべにいた

るまで一人ものこさず。くびをきりてそかけられける。や

がてぐんびやうをさしつかはしやすひらうたるべきせんぎ

有ければ。せんぢんのぞみ申人々。ちばの介。みうらの介。

さまの介。大かくのかみ。おほしのすけ。かぢはらをはじめとして

のぞみ申けれども。ぜんあくによりともわたくしにはか

らひがたしとて。わかみやにさんけい有けるにはたけ玉む

さうの事有とて。しげたゝをはじめとしてつがう其せい

七万よきおうしうへはつこうす。むかしは十二年までた

たかひける所ぞかし。今度はわづかに九十ヒチのうちにせ

めをとされけるこそふしぎなれ。にしきどひづめ屋(や)す

 

 

33

ひら大将以下三百人がくびをはたけ山が手にとられける。

のこる所ざう人らにいたるまでみなくびをとりけれはかず

をしらざる所なり。古入道(こにうだう)がゆいごんのごとく。にしきど

ひつめの両人両せきをふさぎ。やすひらいづみ判官殿

の御下知にしたがひていくさをしたりせば。いかてかや

うになりはつべき。おやのゆいごんといひ。君にふちうと

いひあくぎやくぶたうを存し立(たち)て。いのちもほろびしそ

んたえて。代々の所領他人のたからとなるこそかなし

けれ。さふらひたらんものはちうこうをもつはらとせず

むばあるべからず。口をしかりしものともなり

 

義経記巻第八終  寛永十二年乙亥正月吉辰