仮想空間

趣味の変体仮名

大塔宮曦鎧 第二

 

読んだ本 

http://archive.waseda.jp/archive/index.html
 イ14-00002-111


24(左頁)
     第二
臣として不忠成は子として不孝成に同じと 田氏が母の確言誠なる
をや 両六波羅下司(したづかさ)斉藤太郎左衛門尉利行 決断日の外も休み
なく六はらの北殿 常盤駿河守の館(たち)に相詰め退出はいつも暮過ぎる 拍
子木相図に門をしめ出入の札も初夜限り 法度づよきも役がらの外の
やしきにかはりけり やゝふくる夜の表門七つ斗にいやしげなき そだち刀のさし
こなしたゞならぬおのこゞの手を引く女のぼうしまぶかに 息つぎあへずかけ来り


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たそ頼みたい/\としきりにたゝく 門番出がうしにひげづらぬつとさし出し 何やつだ
慮外至極などこたと思ふ 京洛中の御支配斉藤太郎左衛門のおやし
き 願ひごと訴訟ならば定まりの日に参れとことにこんやは六はら殿へお詰なされ
殿はおるす 御門先のけ/\うろたへて棒いたゞくなと 目玉ひからし引こむつら付き
ムゝさいふは門番共か 太郎左衛門様のおやしき成程合点 かう云女は則太郎左衛門
様の娘 土岐右近の蔵人頼員が女房早咲と云者 是は我子太郎左衛門様の
為には孫 そち達が為にも主筋 父上のおめにかゝる大じの急用 忍びにそつと

逢ましたいと通じてくれ 頼む/\の詞の中 北の方より家の提灯さき走り
のかちの者 お帰りとよばゝる声に門番飛出 貫の木扉ぐはつたりひつ
しり八もんじにひらく地にはな 手燭さゝげて扈従(こしやう)近習 式臺におりめ
高成玄関前 月にきらめく鑓印父齊藤太郎左衛門利行 お帰りかいのと
乗物に取付けば おどろきこれは/\ 娘か孫の力若かと飛おるゝ親子の
したしみ けらいもあきれ門番もぶちたゝいたらよい物かと そりさげあたま逆
さまにに土にすり付けひれふせり 夜中に親子かちはだし供もつれず参りしは 密か


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におみゝへ入たいこと もしも夫頼員殿は見へまいか 必々夫始めて此ことさたなし アゝ心
せかれやと聞親は猶心ならず 是何もいふな子細はしらねど 立ながらのさた
では有まじ 家中の上下此こと口外に出さばきつと曲事 いざ先おくへと孫の手
を引入ければ るす居供人それ共いはず互の心にもち月の 駒も厩に門々しめ
家中しづまり更けにけり 心をくばる時も土岐右近の蔵人頼員が 閨にさい子
の行きがたなし みれんの女め天王の御むほんに組せしこと 舅斉藤に内通のぬけ
がけ 心をゆかし大じを女に打明けしは我不覚 ふんごんてしぎにより舅ぐるめに 

生けては置じと 矢をいるごとく一もんじにかけ付 舅斉藤がやかたの高塀 ホゝウ
高しとて五丈七丈はよもあらじと 腕をのばして一躍(いちだく)すれば 土手の垣に手は
かゝつゝひらりと上り内を見やれば 利行がいまの小庭しすましたりと松がえ
を 取よりはやく飛鳥のごとくしらすに そつと折こそよけれ 雨戸もれくる女房
が声舅の声扨こそ/\ 彼等が命は詞のあんひ二つの内と 腰刀ねぢくつ
ろげ あまどに手をよせみゝを付け息ざしもせず聞いたる 物ごしにさゝやくも
聞はちがはぬ女房が声 我らていが口にかけ申すも恐れ多けれ共 鎌倉の悪


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逆いやまし 両六はらの無理非道の政道奢り 天のにくしみ神のいかり 鎌倉一
家の滅亡三年は過ぎまじと 立つ子はふ子取さた 其被官たる我夫父上 身の
果ていかゞとあんじくらせば 夜のめも合ず やるかたなさの御物語第一ふびんは此力
若 子孫長久の御しあんは有まいか 頼みすくなき世の中やと打しほるれば父の
斉藤ため息つき ヲゝ女心にくやむは尤 神国の大日本朝敵と成たる者子孫
つゞきし其例しなし 近くは平相国清盛入道 唐土天竺がせめ来つてもかたふく
まじき勢ひも 頼朝義経の仁義のぶゆうに切立られ 一門の大ぜい西海の波

に沈みし是ぞよきせうこ 今鎌倉の悪逆奢り神仏陀の怒りの矢さき悪(にくみ)の鉾
さき めにこそ見へね八方にせまるゝと思ひ給はぬ浅ましさよ 其被官たる聟舅
六条がはら獄門にかゝらんはあんの内 今更何とせんかたなき 弓矢取身の浅ましさ
只忘るまじきは後生ぼだい アゝなむあみだ仏と云声を外に立聞頼員 ムゝ扨は
女房が内通にてはなかりしな さもあれ何をか口ばしると はな息もせず聞居
たる かくとはしらず女房扨は父上も さ程鎌倉六はらをうとみ果給ふか 其
お心を聞て胸が落着た 大内にも数年鎌倉を御恨み こんど宮様お位に付 六


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はら殿失礼非道の我まゝ 逆鱗以の外無礼講にことよせ 六はら追討の御む
ほん極り 大塔の宮御還俗(げんぞく) 征夷将軍護良となのり 官軍の初大将妻
の頼員殿はもとより 右近府の侍所一方の物頭 舅は敵の侍大将 すは軍に望ん
て先一ばんに望むは舅殿の首 恨とばし思ふな弓馬の家に生れし故 力なしとの
くやみごと 夫と親との敵みかたどちらへせうぶが付とても 悲しき者は自ら一人天めいに
つき果し六はらに組するは 毒としつてどくをのみ渕としつてふちに沈む無分
別 夫諸共天皇の御みかたに参り 六はらさへ亡ぶれば聟も舅も手がらは一つ

天下の為家の為たつた一人の此力若 子孫の為と思召お心をひるがへし下されかし 是を
申す為斗 気のかたい頼員殿に酒をしいてねいらせ けらい共にもかくし忍び かちは
だしのわたしが心御推量遊ばせと かたり詞の中より齊藤大きに驚く面色
眉をしゞめつめを見出し膝押まくり十面作り 返答胸にあぐみし体 外には頼員
扨は女房が舅をみかたに引入ん心ざし神妙(しんべう)/\ サア舅の詞がせうぶの初め 返
答によつて雨戸一重 けやぶるは安かりけりと五音に 気を付け聞いたる 父しあん
を極め座を打て ヤイ儕をさなきより歌学を好み 古歌数多覚しが かの


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はるのゝにあさるきゞすの妻ごひに おのがありかを人にしれつゝと云哥覚つらん 雉の
雌(めどり)が雛をそだてん其為に つがひはなれて春の草にかくれふす 雄(おどり)は雌をしたひほ
ろゝを打てこがれなく 其声をしるべに猟人(かりびと)のわな矢さきにかゝり こがるゝ妻にはあ
はずして 其身を失ふ 是を畜るいの愚か成るにたとへて あたる雉子(きゞす)の妻ごひにおの
がありかを人にしれつゝとは詠じたり まつ其ごとく夫を思ひ過して却間(かへつて)天皇
御むほんをふれありく 鎌倉ふだいのゆうし六はら重恩の齊藤太郎左衛門 孫の
娘の聟のなんどにひかされて 返り忠の悪名を長き世に残すべきか 天皇

組するせぬは返答に及ばず コレ是に釣りたる太鼓を見よ すは六はらの御大事
とあらん時 人数を集むる合図の太こ 預り置たる七百余騎を引率し 短
兵を取ひしぐは我役 其為に過分の所領を給はり妻子をはごくむ栄耀
おのれをそだて土岐が方へ縁に付けしも 皆鎌倉殿より給はつたる所領の
力 其恩をふりすてゝ今更天皇の御みかたに組せよとは 此斉藤が武士道を
捨さするか 土岐右近の蔵人と云雉の妻ごひによつて 天皇の御むほんを知
たる我は猟人 こよひの内大内へさかよせにして忠義をあらはすは此とき うら


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むるな女但しおのれも我娘土岐が妻ならば 今此親が首うつてえい
らんにそなへ 夫の忠節をはげますか組太こを打て人数をあつめ 此はう
より攻めかけふか サア返答いかにしあんはいかにと桴(ぶち)おつ取て立あがれ共 なふ
情なや父の武士のすたること 達てとは申すまじ草木にも心をく帝の御
むほん 我口からあらはれては夫も面目失ふ 何ごとも聞ずしらずがほ隠
密になされ下されと 持たる桴をもぎはなさんとかひなにすがり 太この
面てに立ふさがり なきさけびくどく声聞とひとしく頼員腰の刀すらりと

ぬき ゆん手の小わきにぐつとつき立大音上 天皇御むほん一味の武士右近
府の侍り所 土岐の頼員生害に及ぶ さはがれそ齊藤殿舅殿とよばゝれば
親子驚き雨戸しやうじを引のけ引あけ かけ出るえんさきつゝこむ鍔
もと血はたきつせ 女房是はと取付けば稚なけれ共力若が とつ様なぜ切腹
なさるゝ 侍の立ぬ事で切てよくばわしも腹をきりましよかと 目
には涙を持ながらことばに見へたる氏素性 舅斉藤から/\と笑ひ ヤアラ
ことおかしや 天皇の御むほんに組したる土岐頼員といふ一方の物がしら


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矢の一本も射出さず 此斉藤がぶゆうを雨戸ごしに聞おぢして 腹
きる程の臆病者 両六はらを敵にもち鎌倉殿を亡さんなどゝは
蛍火(けいか)を以て満月の光をけさんとするに同じ ならぬこと及ばぬこと 孫
も娘も此手負つれ帰れと 云捨てていらんとす コレ/\斉藤殿 ぶへんも忠
義も誰におとる頼員にはあらね共 天皇の御かたには御むほんの企てばかり
いまだ人数の手くばりも定まらぬ其さきに 御むほんあらはれ逆よせに
よせられては みかたの敗軍目の前 将の謀もるゝ時は其軍利あらずとは

此こと みかたの為を思ひ過せし女房に恨みもなく 忠を守り義をはけむ
舅殿 武士のならひこれ以尤至極 所詮かゝる大じを ふか/\と女房に
打明かせし我そこつ 一生のふかくぶもんの疵 弓矢神正八幡 摩利支天
の御にくしみをはらさん為の生害 三十年来夢空(くう)々 須弥山砕けて
盤石に花開く一喝と さけんでつゝこんだる刀一えぐり えぐつてぬくより
はやくうつぶしに かつはとふして息たへたり 女房わつと泣々もゆるして下
され頼員殿 みかたの勢の一人も増す為に なまなか女の忠信だて親の


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心を見そこなひ 御大事をかふりし故大じの武士をむざ/\と 殺したる誤りはもと
みづから エゝ曲もないとつ様 侍が侍の道を守るに珎しいことかいの 物のあはれ
情をしるを誠の勇士といひまする 一人の娘一人の聟一人の孫を見ころし
お前一人が義を立ぬき さのみ仁義共忠節共いはれまい かたくなゝとゝ様の
お心とは夢にもしらず 此女が舌三寸の誤りで 大事の/\いとしい男
大じの武士を殺した とが人は此女むごいつらいどうよくしんなとつ様と
うらみ乱れ嘆きしが いざこい力若死手の山へ追付 とつ様へのいひ分けと刀

をつ取引よするを 飛かゝり孫をだき上げ娘をかつはとふみのけ エゝ浅ましい むだ
死したる夫の憤りを さんぜんと思ふ心はなく 一子をころし我もじがいし 親
子三人犬死して 天皇の御みかたに頼れし證(しるし)は何と よし/\無分別の父 
母はともかくも 此伜は我孫養育して長(右?ひとゝ)なし 誠の武士の子をそだつ
る手本を見せん 此斉藤を情もあはれもしらぬ かたくなゝ親と儕が
めにはみゆるかかはいやなあ 昔保元の軍に 源氏左馬頭義朝は内理
がた 父六条の判官為義は院の御所方 親子敵みかたと立わかれ 鉾を


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あらそひ鏃をみがき 終に院がた敗北し 義朝の手にかけ父為義の首をうた
れし をんあい親子の合戦に涙一てきこぼさね共 鯨波矢さけびの音迄
も天道誠の御みゝには 親子愁嘆の悲しみのこえと聞召す 我は主君の為
六条の判官為義の心を持て 現在の聟に敵対す 儕らも君の御為
左馬頭義朝の気を持て 親の首をもうたんと思ふ心はなく うらめしいとつ様
どうよく心なとつ様とは 聟や娘をあはれみて 此斉藤が泣声はうぬらが
みゝへは入るまいぞと はたとにらむめの内の 涙ぞ 声にさき立り 力若かしこく

祖父のめの色見て取 是かゝ様なぜなかしやる けふからはわしも六はら方
わしが首切てとゝ様の名を上て下されと 涙を見せぬ詞付き エゝみれん
至極子共におとつた女め 戦場に望んでは親とてものがさぬと 一言いふて
帰らぬかなんと/\ あい/\申しまする 是敵みかたと成からは 父上とてお用捨は
ない 斉藤太郎左衛門の首は 土岐頼員が女房早咲が取て見せふ アゝ天道ゆ
るして下さんせとわつとさけべば父は猶 おやこなごりとなく声を まぎらす
相図のぢんだいこ哀別 離苦こそ 世のならひ 斉藤太郎左衛門利行が


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注進によつて むほんのこと隠れなく天皇をとり奉れと 六はらの軍奉
行隅田(すた)弾正少弼(せうひつ)に 四十八ヶ所のかゞり在京の勢を付け 七条がはらに
軍立齊藤太郎左衛門利行 床几をならべぐんぜいをてんけんす思ひ /\の家
のはたまつさきに押立る 青黄赤白紫(しやうわうしやくびやくむらさき)や五色あやどり紋の綾 小ばたふき
貫き様々にうつり心や染め色は 柳桜にあらね共 都の錦とうたがはるやた
け心やものゝふ共 手をつくしたる馬かいぐ 物のぐはれに出立しは花やかなりける
ふぜいなり 斉藤太郎左衛門采配をつ取 諸ぐんぜいの仮名(けみやう)実名一々 次第に尋けり

   着到馬ぞろへ
先一ばんに小桜おどしのどう丸に 五枚かぶとをいくびにきなし紅いのほろを掛け 兵庫
鎖の丸ざやだちひばりげの駿(じゆん)足に 夕日いざよふから紅の鞦(しりがい)を 芝打長に
かけなし 足取かろくあゆませしは あつはれ出立や誰候 是は大相国清盛のべう
えい 八條入道清玄が孫 八條右近金吾平の清澄 郁芳門のよせ手候 シテ 二ばんに
からあやおどしの鎧 くわがた打たる柿形(かきなり)かぶと 渋染め手綱にもへぎのほろ 霞にい
ばふ青の駒土ふみ立て花かほるこぼれ桜のまきえのくら 五色のあつぶさ懸けさせしは


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いかに/\と尋ける さん候某は 清のたうのはた頭 かさいの忠太 春国とぞなのりける
三ばんに白黒おどし ごまがらこざねの大鎧 しんくの鉢巻むずとしめ きぼろに木地
のくら置せあさぎ手づなに黒の駒 乗たる武者は誰やらん されば候某は濃(じやう)州かた
縣の城主かしはりまの介貞朝 逹天門の攻め口は我手なりとぞこたへける シテ四
ばんに名にしおふさかの関の いはかどふみならし山立 出る桐原駒 いかけぢのくら置せ もへ
ぎおどしに紅すそご 桃なりかぶとに白のほろ とふに及ばずよくしつたり なごやのぜんし候
な げによくしろしめされたり 此度の我攻口 びふくもんを受取たりと しんづ/\と打て過る

次にするどき懸武者二騎 さびつき毛白の駒 紫手づな紅井手づな もえ立くはえ
なべしりかぶと 折咲く花の山ぶきおどし 卯の花おどしの腹巻に あさぎうこんのほろかけし ゆみ
敷出立はたそやたそ テハ誰ぞとは人がまし 陶山(すやま)時英河野治国 あんかだつちの二門を
受取 ぜんごの争ひ事急也 馬上御めんと乗過れば 弾正二人をよびかへし 互にぬけがけ
御きんぜい 高名有り共手がらにならず そなへを立てて向かはれよと きつといましめ通しける
つゞいて蹄に雪をふむ 月毛の駒に丸びだひ手は 三五の上もなくかみにらんじやの 風かほる
花立花のなしぢのくら 金糸銀糸をさゞ波打 より糸の厚総(ぶさ)かけ ほろは紅井水


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あさぎ 二色がはの小札(ざね)の鎧 足利やうの染手づなかつし/\と あゆませたり まけまじ物と
のりつゞく 同じよはひの勝色おどし獅子に ぼたんのすそがな物打たる鎧 鍬がた打
て龍頭 あやのほろかけ錦のしりがい 金ぶくりんのくら置せ 黒くりげの毛もおさ
ずいかな 野飼ひのあらこまも君が手づなはあふよの床よ なぜ/\ 引よせて ゆらりと
乗るて出たるは 誰人の子成るらん聞まほししと尋ぬれば さん候我々は 陶山が一子太郎
秀平河野が三なん三郎国経 今を初めの軍の供と手づな しづかにあゆませて 大様(やう)に
ぞ通りける 扨其外いせ平氏みの侍 あふみに山本木村姉川 いがに服部みかは

に あすけやはぎ武者 色々の物印もへぎひおどしびやくたんみがき たくぼく花革ふぢ
おどし かた白かた取 染がはおもたかかうじがは黄糸白糸紫おどし 扨又馬はれん
ぜんあしげとらつきげ 四つ白足白ひたひ白 かうじくり毛姫くり毛心々のくら
をかせ 思ひ/\の手づなをかけ てる日にかゝやく物のぐは 一入宮ぞまさりける五
色のほろが入みだれ 乗出したる武者の数以上三百七十騎 雑兵三万
七千人 かはらせばしとのりつれたり さゞ波や/\ はまの まさごはつくる共
平氏のいさいはよもつきじ 万歳楽と悦びのときをつくりて 


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おしよする 朝恩を忘れぶいにほこる六はら勢 内理の四門を打破り 叫(おめき)さけび
たゝかづ有様 濕雲(?じううん)の雨をおび菩山を出るにことならず 君の大じをいたづらにしゝ
たる夫の名字のけがれ 我一せんにあらひがは鎧かろげのの女武者 心も名にあふ
早咲が花に染たるほろ打かけ 六はら勢のうら切し我(が)づよき父にはな明かせんと こんえ
通りの松陰に身を引 そばめ窺ひいる敵は多勢 軍になれて陽明門をせめ
破り 官軍数多討死し 大将大塔の宮護良親王 赤松律師則祐平賀村
上主従四人 虎口を切ぬけ一先南都のかたへ忍ばんと 笠印かなぐり捨あざむく敵

の袖印 是は当手の使ひばん みかたの利運を六はら殿へ注進 各の高名も一々に云
上と 高らかによばゝり/\しづかに 落させ給ひける 早咲きつと見すは 是こそよき
敵と並木の陰よりをどり出 右近府の侍所 土岐蔵人頼員是にありと 名乗か
けて切?るひらかの三郎かけへだて ヤア土岐頼員とや こと/\しい大将よばり 万乗
の君に頼まれ奉りし一大事敵にもらし 宮に向つて太刀ざんまい つらは士(さふらひ)心は畜るい
刀のけがれ捻殺してくれんずと いかりければはつと驚き飛しさり地にひれふし 扨
は大塔宮にて渡らせ給ふか 勿体なや恐れ有 我こそ土岐が女房早咲と申者 恥


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しや情なや 数ならぬ我妻の魂を士と御らんじ付ての御頼みは 名のほまれ身の大
けい ことに自らは若宮の御母后 三位様の御じひにて命を助かり 御媒(なかだち)にてふうふと成し
頼員 ほねをこにはたかれかはねを溝にさらせばとて そもやそも二心の有べきか 君
の御為夫の為ひたすらに思ひ廻し かたいぢの親をかたらひしより御大じ敵にもれ
夫は不覚のさいごといひ さもしい侍ひきやう者 土岐頼員が返り忠と疵なき玉に疵
付て 人にうとまれ笑はれひとりの親は敵と成 世に便りなき女の身 名有る敵のくび
取て 責て夫の修羅道の迷ひはらさせんと 一づにはやる心より 御印を見ちがへ宮にむ

かひ奉り 只今の尾籠まつひら御めん有様(やう)に 取なししてたへ侍達と 大地にかつはと打
ふしてくとき涙くさばの露鎧の 袖をしぼりけり 彦四郎あざ笑ひ ヤア古狐の
こつちやう ぬつへりとは妖(ばか)されず さ程義をしる頼員が女房 などみかたへは参らず
ほろ袖印に有か迄六はらに従ふ赤印 口は官軍形は六はら 思ひがけなく我々
に出くはせ 口さきでぬり付る内股がうやく 其手はくはぬとねめ付れば 其御とが
めは尤ながら 日本ぶ双のかた/\゛さへ 手に余り大軍に女の腕達(だて) 犬死のはくとしやんし
出立を六はら勢に 窶(やつし)似せたる一つの功を御らんぜと ほろ引ほどけば宮の御連


39
枝八歳の親王(みこ) にごりに染まぬ蓮素(はちすば)の汚泥を出る御よそほひ 村上あきれて大
声上 扨もかゝ衆でかされた手がら /\と御手を取御前にうつし奉れば 宮もふしぎ
の御たい向 兄弟(けいてい)二たび相あふこと 女房が忠節 此上の有べきか みかたの勢を逞(もよ)うし
敵を一時に折(くぢ)かん為 親をかたらひ時によつて変化する みかたの天運名将名士も
遁れぬ所 聊かも不忠にあらず 頼員があへなきさいご 思へばあつたらものゝふを 失ひし
残念さよと辱くも御大将 御きせながの袖をしぼらせ給へば てんまをひしぐ赤
松平賀村上も 共に涙にむせびける 女房額を地にすり付 物数ならぬ御

奉公身に余る御かんの詞 末代の誉此上や候べき 迚ものことに夫諸共聞ならば 此嬉しさは
いか斗とつきせぬ涙 くりかへしくらむ心を取なをしずんど立て身繕ひ サア此世に思ひ置くこと
なし 敵陣にかけ入討死しめいどの夫に悦ばせん お暇申すとかけ出るあれとゞめよとの
御声に人々すがり押とむる 大将甚だ御かん有 いさみ有頼もしゝ去ながら かく討なされし
無勢のみかた一騎当千の女 しばらくながらへ我につかへ幼(いとけ)なき弟の若宮おほし立得させ
よと 様々せいし給ふにぞ死するも生きるも君が為 冥加に余る御詞と猶々かんるい
せきあへず 時刻うつれば赤松則祐 宮をいさめはや御ひらき去ながら 御連枝(れんし)一所


40
に落給はゞ行さきあやしみ奉らん コレ村上平賀 御邊達は大将の御供し南都の衆徒を
かたらはれよ 某は早咲諸共此若宮をもり奉り 御父天皇の御あんひを聞合せ
都より追付参らせん ヲゝ尤々四方の御敵いまださんぜず いざゝせ給へとよしてる 大塔の
宮をぐぶし参らせ足ばやに 別れ急ぎける 勝ちほこつたる六はらぜい 網がらみのはりごし
かゝせ声々に 叛逆の棟梁後醍醐天皇を擒(とりこ)にし 六はらへ成し奉るとさきを
はらつてすゝみくる 赤松遥かに見るよりはやくさきに立たるぐんぜい原 はりのけ蹴た
をし立ふさがり はりまの国の住人 赤松入道圓心が三なん律師則祐 天皇の御迎ひ

御心安かれと槍(ながえ)のはなを片手に掴み こりや/\/\と押もどす 輿添ひの帯刀五郎声を
かけ なんの赤松いづばらば打くだき 割り松ばうずにしてくれん急げ/\と数十人 こしに取つき
おせ共/\動かばこそえいや /\の声斗手足はなへて うぞぶるふ 則祐につこと打笑ひ ハゝゝゝ
赤松ごやしのこんにやくめら こたへて見よやと一引二引撞木につかせ 大地へどうど引すゆれば
それ余すなと打てかゝる かいくゞり引はづし 手にあふ者を引づまみ投越し/\ 残るやつ原
余さじやらじと追かくる 早咲嬉しく若宮諸共御こしに走りより なふ勿体ない是
こそ御父天皇様 恐れ多や浅ましや かりそめの行業にも あじろ糸毛の御こし車に


41
召されし玉体 山賊夜盗の召人同然 此なはあみは何ごとぞ サア御たい面遊ばせと網切ひら
く輿の中 天皇はましまさずこはいかに 隅田弾正ぬつと出わか宮ばひ取かけ行くを
かひながらみにしつかと組とめ エゝ腹の立たばかられた 儕にむざ/\と渡さふと引もどせ
ははたとねめ 官軍に組する残党原 かたはしに生捕らんと弾正がちえのあみ
赤松めに一はいくらはせ 小鳥網でつるをせしめた 運つよき六はら殿 のじばらば一かたな
はなせ/\といかり声 ヲゝきらばきれ大体の女と思ふか心は鉄石 儕が首の千や二千にかへ
る様な若宮ならずと もぢつゝ引つ捻あふ後ろに すだが郎等帯刀五郎まつ二つと

切かくれば ひらりはづすはやわざ早咲ぬき合せて切あふひま すだ弾正若宮かい込落う
せたり 南無三宝宮様をうばゝれては もふ命も何も入ぬ 責て儕をめいどの供の小でつちと
無念の切先しんいのはがね なぎ立切込む死物狂ひ さしもの五郎こたへかね ひるめばすかさず
取て捻ふせ首討おとしたつ所に いづくより共しら?(か・箟?)に染羽の矢一つ来つて 胸板にははつし
と忽ちくらむ心を取なをし/\ エゝ是程のへろ/\矢に なんのそのとふみなをす足はよろ/\/\
ふみ立ればどうどふし 又おき上り太刀を杖 無念/\と四方をにらむ眼力も 次第によはる深手
の矢疵 赤松殿 則祐殿はいづくにぞ若宮を取かへしてたべなふと 魂斗は乱れぬ烈女 かたちは


42
ほつきとおれて若木の早咲が えんぶの花はちりてげり 敵を左右に切なびけ 立かへる赤松則
祐余すなやらじとすだ弾正 駒をすゝめ大音上 討もらせし大塔の宮 赤松入道がしつゝ
らん 駿馬の蹄にかけなやまし生捕て拷問せん 騎馬の武者共 かゝれや/\と諸せいを
はげまし乗廻せば 馬づよ成若武者共我組とらんと腹帯しめ 鐙けそらし諸手
づな 馬を競はせかくを尺寸の地も余さずくつばみならべ取まいたり 律師則祐え
せ笑ひ 生捕とはことおかしや たとへば周の八疋項羽が錘 呂布が石兎馬(せきとめ)我朝の
鹿毛なり共 シヤ物々しと大手をひろげ かけ来る馬をゆん手へそむけめてに

はつし をどる馬をかいくゞり くつわを取て引廻せば 鐙にかけんとはたとうつ うてば沈
みひらりととび おづゝを取てはねかへせば おちじとこらゆる腰手づな もぢつてかゝれば
太腹くゞつて蹄をさけ こゝにあらはれかしこに潜み五騎も十騎もはねこへ飛越 
人馬をなやます神通力 輪にかけて組とめんとひた/\/\と打よする 駒の足並
鞭丁々 あをりの音はほんはかしつたんさら/\ さら/\さつとよせ手はひかぬ片手づな
うづまき立る波の紋 左巴右巴くるり/\くる/\/\ くるり くる/\ かけ立る 子
房(ばう)におとらぬ赤松則祐身は山雀(やまがら)の摩耶そだち くるみ返りの飛鳥の術


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あらぬ方にすつくと立て小おどりし あら面白の牧がりや みづのみまきかとりかい牧か
信濃に望月きり原牧 甲斐に黒駒たちのゝ牧 むさしに穂坂(ほだか)小野の牧
生国はりまの家嶋駒の牧狩がや 此赤松が望む馬は弾正少弼(ひつ) やせ馬共に
目はかけじと 太刀ぬきかざし平首前ずねなぎ廻れば そりや馬くづし叶はぬと辟
易してぞさつとひく 大将景任度を失ひ畦道さして逃て行 ヤア逃しは
やらじと走り付 うはおびつかみどうど打付のつかゝり 大塔の宮の御在所責とはんとは
口のこはいじや/\馬め 天皇御父子の御ゆくえ おのれを今がうもんする 赤

松と云名馬の駿足 あばら腰ぼねふみくだかんとつゞけ様にふみ付られ アゝ
申々 天皇様も若宮様も六はらに御座なさるゝ つれましてきて手渡ししま
しよ 馬じや/\と泣さけべばから/\と打笑ひ 君をくるしめ奉る天罰こたへた
か 数多討れしみかたのとふらひ 早咲が追善くやう 律師が布施には取たらぬ
うぬが首は精進料理のまびき菜と ちよいと引ぬきすてゝげり 大将討れ
余さじと又むら/\と寄来る騎馬 くつわをくゞると見へしが 四足を両手にしつ
かとにぎり 馬も人もひとぐるめ 目より高くさし上馬礫くらはせんと むらがる


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中へ投付れば 右往左往に逃ちつたり 相手なければ是迄也 六はら弥天(みてん)の暴逆
なり共 神の御末の天皇御親子つゝがはあらじ 無念を忍ぶはざんしの内 大塔宮の令
旨を給はり 父圓心を始めとし かはちの国には楠正成 びんごに小嶋桜山 四国に
得能土居の族 東に足利新田の小太郎 諸国の官軍調じ合せ 六はらかま
くらふみつぶし 公家一統の世となさんは 決定(けつぢやう)一条大宮通り こゝのへ過て宇治山こへ 大
和路さしておゝ/\/\/\ 大塔宮の御跡したひ行く腰(しね)は赤松 逹師力士が那羅延力
三千せかいを一またふぇ 飛ぶ火ののべの名に高き般若寺へとぞいそぎけり