仮想空間

趣味の変体仮名

大塔宮㬢鎧 第一

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
     イ14-00002-111

 


2 (第一)
 太平紀 網目 大塔宮曦鎧 近松門左衛門添削 作者竹田出雲掾 松田和吉
舜に錐を立るの地なけれ共天下をたもち 禹(う)に
十戸の聚なけれ共諸候に王たり 上三光の明
をおほはず 下百姓の心を破らざるは 王者の
術(みち)心の法 国に伝へて九十五代 後醍醐の帝
のしろしめす 御代の治乱ぞ 参差(しんさ)たる
宮々数多まします中 第三の御子大塔の宮


3
二品(ほん)尊雲法親王の座主に補(ふ)せられ 王城の鬼門
を守り三千の衆徒を管領し 兼ては天下の政にも
参(まじは)り謀り給ひしかば 君の招きにかゝるを待たず 衆徒坊
官も連れられず 伺候の武士村上彦四郎 義光(よしてる)一人
扈従(こしやう・貴人に付き従う供)にて参内有こそいみじけれ 御階(みはし)のもとにひ
ざまづき 召しによつて尊雲参内と奏聞あれば 内
より御廉まき上させ 龍眼常ならず忿怒の御髭

逆鱗の御まなじり袞龍(こんりやう・ 天子の礼服につける竜の縫い取り)の御衣まくり手に宝剣た
づさへ 山の座主か珎らしや 御身と心を合せ計るべき旨有
て 召しよせつるとの給ふ御息炎ともえ 右少弁俊基中
納言資朝卿 御座の左右に近侍し 火をはく眼は赤
酸醤(かゞち)只事ならぬ相好 しばしあきれおはせしが 大塔の
宮大音上げ 君の御有様は必定 天魔の邪法を行はせ
給ふいぶかしさよ 儒仏の二法を補佐とし天神地祇


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教を本とし 四海万民を統御し給ふ御身の上 何を足らずとしてか
魔界に陥らんとの叡慮浅ましし/\ 資朝俊基などか諌め
を献(たてまつ)らず 魔道に誘引し奉り 大日本を魔国にせんとは神敵
仏敵 はや/\叡慮を改めらるべしと憚り なくぞ奏せらる 天皇
いかりの龍顔に御涙 朕みだりに魔術を貴(たつと)むにあらず 今鎌
倉の権威天下を呑み 朝廷日々におとろへ 禁中のこと皆六波
羅の下知に任す 口おしさよ無念さよ 此度位を朕が寵愛

今年八歳の乙の宮に 譲らんと思ひし所 六はらより是をおさへ 兎
角鎌倉の下知に任すべしと譲位(くらいゆづり)延引す 此心を案ずるに彼
等に縁有 先帝の末の宮逆仁(さかひと)親王を 位につけんとの所存鏡
にかけて顕れたり 所詮第六天の魔王に組し鎌倉六波羅
亡ぼし 今の恨みをはらさん為の行ひぞや 魔道は此世の地獄なれば
みらいの苦み思ひやると焔にまじる御涙 夕日の前の玉あられ 御いた
はしくも恐ろしし 大塔の宮のび上り アゝ御心せばき勅諚かな 六波羅


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鎌倉を亡ぼさんに天魔の手をかる迄も候はず 我れ諸仏方便の教へを
まなび 無礼講と名付け在京の武士をあつめ 酒と色とを以て打
とけなじみ相かたらはゞ 近国の侍に誰か勅命を背く者候べき 其
時菩薩の折伏門に入解脱同相の衣を脱で 堅甲利兵の甲
冑を帯し還俗(げんぞく)の形と成 一味の大軍どつと押よせ 一時にふみ破
り大将駿河守が首取て 獄門に切かけ宸襟をやすめ奉らんは
尊雲が方寸に候と 詞すゞ敷奏聞あれば いかりの龍顔引かへて

忍辱柔和の御粧ひ掌ろをかへすごとくにて 両卿両座を下がりける
かゝる所へ武家の伝奏坊門の清忠罷り出 鎌倉の御教(みげう)書到来 則
今日御位定め 常盤駿河守逆仁親王を供奉(ぐぶ)し 参内致し候と
奏聞あれば すはや両宮の御運定めと禁中ざゝめき 八歳の若宮も
御しとねにつき給へば 百寮百官左右に 別れ着座有る 駿河守範
貞卿相雲客に礼儀もなく さながら摂政関白の内集りのごとくに
鎌倉の文箱を御前の案にすへさせ 御即位(しょくい)のこと此御教書の文言次第


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何れに御位定まる共両方異論有べからず サア/\御文箱ひらかるべしとあたりを
見れ共威に恐れ 披見と云者もなかりしに 大塔の宮是をよむに何ごとかと
封ねぢ切て箱なげやりさつとひらいて ムゝさこそあらんと思ひつれ 外の
文章は読むに及ばず 先帝の王子逆仁親王を御位につけ申せとのこと
成るぞと 仰もあへぬいに駿河守ひとり悦び 帝は瞋恚(しんい・仏教用語で憎悪の感情)の御涙 伺候の諸
卿詞なく眉を ひそむる斗也 大塔の宮の御供物にこらへぬ村上彦四郎義
光 憚らずつゝと出 ハゝア事新しき御即位 逆仁親王とは もとは先帝の

末の宮なれ共 一度六波羅殿の養子と成 相模太郎時行となのり
角(すみ)前髪ののんこわげ 乱すかばらの相撲芝居の桟敷で 冷麦をかき
込だは諸人の見る前 それを俄に月代のばし逆仁親王 神武以来
当今(ぎん)九十五代迄 一度武家の養子漸五位の諸太夫(だいぶ)に 成かならずの
身を以て 十禅の位につきたる例し終に聞ず 我等が主人大塔の宮の上
につくこと先ず慮外 つゝとさがれ相模太郎但しお手を引き申さふと 立んと
すれば大塔の宮 ヤア宮中成るぞあら気をするなしづまれ/\と 制し


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給へばすゝみもやらず 駿河守範貞エゝ我威勢を恐れぬにつくいやつ
きめてくれんと太刀に手をかけねめ付れば 彦四郎も太刀ひねくつて
何ぞいふたら返答せんと いはぬ斗の眼こざし きやつがつら付きたゞ者ならず
毛を吹て疵を求めんよりと 柄にかけたる手を打はらひ えへん/\と
そらうそふき見ぬ顔してそいたりける 時に春日の社人藤原の仲
業(なり) あはたゝ敷参内し 今朝(ちやう)神前神木の松の藤 かくのごとき花咲候
故 ふしぎに存し時をうつさず 叡覧に備へ候と紫ならぬ紅いの 藤のしなへ

三尺斗成る 今を盛りの一ふさを御前にさゝぐれば 人々是はと手を討て奇異の 思
ひをなし給ふ 駿河守笑つぼに入 ハゝア神慮は疑はれず 何と旁見られ
たるか 春日山に時ならぬ白藤咲し例しはあれど 紅の藤左咲きしとは古今例
を聞ず 惣じて白きは源赤きは平家 逆仁親王は我々平家御取立
申す前 折しも赤き藤の咲くこと 此親王を万乗(ばんぜう)の御位につけ申せとの
神勅 花物いはねど疑ひなし 吉日をえらみ三種の神器 内侍所の
しるしの箱を授けられ 御国譲り有べしと申しもあへぬに逆仁親王 若


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宮の茵(しとね)近くつか/\と寄て けふよりは丸は東宮 無品(ほん)無官の幼稚
の身として 丸が上座は緩怠至極と まだいとけなき御手を取て引おろし
ありし御座にどつかと座すれば駿河守はしたり顔 若宮はおもなげに
御涙ぐませ給ひければ 大塔の宮を始とし堂上堂下村上彦四郎 叡
慮をはゞかり詞はひかへにらみ詰たる斗にて 皆々拳を握りける 天皇
日の御座の御剱を取て高御座につゝ立給ひ 宮中もひゞく御声にて
我国の三つの宝は智仁勇の三徳にて たとへゆづり受ても此三つの理

に背けば 却て神罰を蒙り なかんづく此宝剣のいとく 帝道に
背き私有時は 宝剣鞘袋をはなれ給はね共 難病災難と成
て玉体をなやまし 忽ち国王の命を断つと干将莫邪(ばくや)よりもするどし
見よ/\今いふ詞に験しなくば 天照おほがみの託宣は皆偽り成べ
きぞと 日月のごとき龍眼にて四方をきつとねめ廻し 御廉さつと
おりければ 横紙さきの駿河守範貞も うつがごとく切がごとき勅
諚に気をうばはれ 東宮の御所は六波羅故諸卿の面々六はらへ出仕


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あれと 逆仁親王いざなひ詞もなく退出す 一言ことをやぶり 一人(じん)定む国
津風のへふす 民こそ ゆたかなれ 大塔の宮の講人赤松律師則
祐 春日よりさゝげし赤藤の花にて 逆仁親王御位に極しは 駿河
守と社人が中に物こそあれ 春日山に立越化けの根元見顕さんと 宇治
を流れの小倉堤淀なは手は川風に 柳の髪をみだせ共 其気遣ひ
ない坊主あたま ふり廻す樫丸太に鉄ねのいぼ仕込杖 息杖いらぬ
足の乗物 ふみ出す一足五尺六尺かんはんも 木津川にこそ着にけれ

向ふを見れば六はらの検段高橋九郎 きやつ南都に有と聞しが 今帰るか
逢てはやかまし 陰せんものと引かへせば 駒野の方より逆仁親王 馬上
ゆゝ敷随身白丁 前後をかこみ乗懸たり 是も逢ては猶やか
まし ハテ何とせん木陰はなし家はなし いづくに隠れんそれよ/\ 宮の秘蔵
鐘馗(せうき)の絵に 橋の下にかゞんだ鬼思ひ出した 是くつきやう其まねせんと
つたひおり 渡して仕廻ふ橋柱 貫えおふまへて身をちゞめちいそう成てがゞみ
いる 心の鬼の赤松はいかな鐘馗も手に合じ 程なく両方行きあひの


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橋の上 高橋九郎かうべをさげ こは存じよらず いづくへの行幸ぞふと窺へば
されば此度の位争ひ 春日山に赤藤の咲たる故 まろが利運と成て
位に即(つく) 是明神の御加護 御礼の為社参するはとの給へば 高橋えsw
笑ひ 赤藤の咲たるを 明神の力と思召ての御社参ならば 明神もさぞ
めいわく 遠い春日より近い六はら殿を日本国中の神仏共思召せ 赤
藤の咲すこと御存なさそうな 六はら殿を御大切になさる為なれば
ちよと申上て 惣じて冬の日に藤の花を咲すること 其木の根の土二三

尺よけ まはりを堀ごもく土と云物と入かへ 折々其上にて柴をたき 毎日
酒を根に懸くれば時分にかはらず花をさかす 又赤ふ咲せ様は 藤の花ぶさ
一二寸延びたる時 器物に紅をとき入其花ぶさをつけて置けば のびるにつれ
て花の色まつかいに咲くこと大秘伝 今度春日山に咲きし赤藤も 六はら
殿社人に教給ひ其しかけにて咲たる藤 天下の万民肝つぶせば 物
しりと云は六はら殿一人 あなかしこ人にもらし給ふなと 語れば親王是はと
斗 聞て悦ぶ橋の下 大事の底を打明ける扨もいかい大だはけ 猶々つくせと


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聞いたり して/\高橋は南都より 何故只今立かへる さん候此頃大塔の宮
無礼講と云ことを初め 足助(あすけ)次郎重成多治見赤松村上など 日ごとに
寄合酒宴乱舞と 六はら殿聞召いかさま子細ぞ有らん 某に立こへ
無礼講に入まじつて ことを窺へとの御書によつて罷帰る 君も頓て還
幸あれ早御いとまと聞赤松 にくさもにくしよい気味して腹いんと 橋
げたに両手をつゝはり 腰からうんと持上れば めり/\ぐつと柱をはなれ
橋板ぐるめ馬人共 中にうき橋虹の橋 なふ/\悲しやこりや何ごとゝ

さはぐも川へ落んかと恐れわなゝく橋の上 飛んとするを逃がしも立ず橋板
どうどなげ付れば 残らず水になげ込れ ふちせもしらぬ早川に押流
されてはおよぎ上(のぼ)り うきぬ沈みぬたゞよふたり 赤松陸にかけ上り あふぎを
ひらき大音上 アゝ/\花をながすは吉野川 もみぢをながす立田がは
出家をながす衣川びくにをながすは天のがは 若衆ながす尻なし川
をのれらながすは赤松がは きみよし/\一首の狂歌よつく聞け 木津川
の水いか斗はやければ 高橋おちてながれ逆仁と笑ふて 御所へ


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帰りけり 酒は詩をつり 歌をつりまねかぬ人も来栖野小(を)
の 万里小路(までのこうぢ)中納言藤房卿の遊亭 無礼館と額を打ち
貴賤をわかぬ酒宴の会合 公家は素あたま茶せん髪武
士は丸こし法師は白衣(びやくえ) 歌舞遊君に酌をとらせ琴三味線
のそらあそび 実は六波羅討亡す 計略他事はなかりけり
はや暮わたる袁寺の鐘 をとなふきぬのそらだきもそれとしるけ
き御よそほひ 八歳の宮の御母后民部卿三位のお局 御所を

はなれて来栖野の屋かたにつくる女中の声 中納言藤房卿
出迎ひ 見苦しき山荘ふしぎの御入 君にもかね/\゛御存の通り
武家朝廷を僭(?ひところび) 我まゝ成御位さだめ叡慮やすからず
臣等が遺恨止むことなく候へ共 当時六波羅の勢ひたやす
くは亡されず 味方に心を通はす武士共少々は候へ共 大切成
御企てさふなくはあかされず 一つは武家の聞へを憚り 無礼講と名
付あだ口相談に事よせ 在京のものゝふの底意を計り候へば


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およそ徒党の人数も調ひ計略大半成就せり 今宵は某
当屋にて 二た心なき客人の饗応(もてなし) こよひ諸方の手筈を定め
六はらを討亡し 御いつくしみ深き若宮位にたて 公家一統の世となさん 御心安
かれと頼もしく申さるれば さればとよ 大塔の宮を始め奉り各の心づかひ
天皇様にも御悦び それに付きみづからわざ/\来りしこと かの右近
府の侍所 土岐蔵人頼員(よりかず)此舎合に洩れしとや 彼にはわらはが恩
も有り何とぞ一味させよとの 叡慮に任せ道より使を立ぬれば

頼員頓て尋来ん 待間もうしや奥の間の 人々の氏名乗連判状
には聞され共 どれがどれやらしらぬ顔 教給へとの給へば 藤房卿あないし
て 手あらき武士の無礼の遊び お笑ひ有なと次の襖を明けかけて あれ
/\御覧ぜ上段に形くづさずましますこそ 名ざすに及ばず此連
中の御大将 大塔の宮護良(もりよし)親王 銀燭台に身をそむけ夜食
べら/\喰ふ人は 大原の住職殿の法印良忠(りやうちう)殿 こなたに立る明かり障子
白拍子とつれ三味線はなじみ多治見の四郎二郎国長 酌する禿を


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いやがらす 無礼も無礼ぬれ縁さき 立はたかりしは右少弁俊基と 聞けば
局もおかしさの 袖打おほはせ給ひける しらがまじりがまく歌流多
かはゝ川越播磨守 六々八のひつはりぶた 先六はらのあたまをちよつる
次のかるたは八九三 是もめでたし鎌倉ぶた 根こぎにしやんとかき込し親は
二三四のぼり九寸 錦織(にしごり)の判官代 相撲の手合の力瘤 赤松律師
としろしめせ 四つ手に組しやせ男さがり/\とよついにはさむ下帯は 日
野の中納言資朝 大納言の大盃おさへて師賢(もろかた) 手もとの合は平賀

の三郎 酒は一座のできふ出来 村上義光下戸やらん 菓子盆かゝへ飛の
きて 玄恵(げんえ)の講釈きくりんこんへい洞院(とういん)の左衛門実世(さねよ) 足助(あすけ)の二郎
重成が うたひざゝめく舞あふぎ 其外南都北嶺の衆徒 つど/\名
乗に及ずと語るも 見るもめざましし 三位の君興に乗じ 聞しに
勝る殿原達 頼み有中の酒宴の興 わらはも共にといらんとし給ふ
御袖ひかへ 計略とは申ながら 無行儀のあの中へ三位様と聞ならば
袴よえぼしよと興ざまし御出無用と いはせもあへず是藤房卿


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無礼講を合点しておつかひがねのみづから それをぬかる物かいの
是見給へと 打かけふはとぬぎ給ふ下には賤の赤まへだれ 誰(た)が教
けん縁さきの手拭ちよつと 額にかりのまゝたき風なんと 三位の局
じや有まいがへ お清所の供御(ぐご)かしく おさんであんすと御たはふれ打
つれ おくに入給ふ 召しに応じ土岐右近蔵人頼員 上わらはにいざな 
はれすぐに通る大書院 無礼館と打たる額きつと見上げ ムゝ是そ聞
及ぶ無礼の間 おりめ高なる袴肩衣 心さばけぬ侍と 若公家

原に笑はれんもいふかしと ためらふ後ろの 唐紙おし明三位の局 瓶子かは
らけ三方に顔かくし 夜中といひ御苦労の御出 お気ばらしにさゝ一つと 
たち頼員が膝もとへ 三方おしやりさとられじとさしうつ ふいておはし
ます 色好みの蔵人しりめにかけ 見れば前だれたすきかけ姿に似せぬ
爪(つま)はづれ 首筋もとのくつきりさきやつ一切はよき肴 しかけて見せんと
にじりより 是は/\ 取込の中お心づかひ千ばい/\ しかし酒は不調
法下戸の証拠はそさまの様な 饅頭肌か我等の好物 どれ御めん


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ざう拝せんと しなだれもつれさしのぞけば三位の君 はつと飛のく
後ろの襖 あたつてぐはつたりびつくりはいもう 勿体なやと畳に頭べ
はゝアはつと蹲る 衣紋あらため三位の君 コレ無礼講よぶからは
憚りも慮外もないはいの 其いんぎんで思ひ出す 舅斉藤太郎
左衛門は今にかはらずかたい顔か 妻の早咲血の道もおこらぬか 夫婦
が中の力若も嘸おとなしう成つらん 御所で仕(つか)ひし昔のゆかりはや
咲が噂も聞たし 外に頼むことも有 去ながら自らが 大切な望なれば 

かりそめには噺されず こゝへ/\との給ふ声に頼員漸人ごゝち 冥加に余る
妻子共のお噂 恐れながら我妻も明け暮君のことのみ 今更申すに
及ばね共 早咲御所に有て時忍び契りし不義の咎 御情に命を
つぎ おさしづを以てふうふになし下されし御恩 身不肖の蔵人めにお頼み
と有に違背はなし 御心置き給ふなとうらなき武士の一言 ヲゝよしみを
忘れぬ嬉しい心底 頼まれふ也頼む也先ずかための盃して 其上
でかたらんと三方に向ひ給へば 蔵人頼員お酌にと立よる袂瓶子に


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かゝり からりとこけて打かへるなむ三ほうもかはらけも くだけてはつ
と物思ふ三位の君のきのどく顔 頼員はさわらぬ体 此土器(かはらけ)の六つに
われしは六波羅殿 六はらはたいら氏 たいらは平氏是御らんぜ 瓶子
ころりとこけたれば御気にかゝることあらじと 聞ぬさきより頼みのすぢ
早くすいせし蔵人が心中 敵かみかたをはかりかね どふかかふかと心
おくには鼓のをと 万歳出立のかけえぼし村上彦四郎義光 二人が中へ
走り出万歳にことよせ 蔵人が心をしらべるつゞみほん/\打ならし

   つはものまんざい
とくわかに御まんざいと御代もさかえましまさす 是は
きやうがる有様や 土岐立かへるなあした迄みつ/\はなし
気しつをさぐりたづねんと 思ふはめでたふさふらいける
むかしの京はなんばの京 中ごろはならの京 今の京と
申すは よろづよこしまであの御天子をはゞからず 我まゝ
はたらく平(たいら)の京 京のしおれきはくはんとうまかせみやがた


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ひづめ公家衆たをし 百姓せたげ 町人いぢり 民は又ぎつ
ちり/\ まことにむねんにさふらひけるととひかくる くらんど
ほゝえみ ホゝぶれいこうの御さくい 村上殿の万歳聞所 しかし
ひとりうつたりまふたりぶ勢ではことゆくまじ 数ならね共
頼員が心をあらはす さいはいのさい若よくはやされよ よく聞れ
よとはかまのそば取あふぎをひらき万歳と 有がたかりける
天わうの えいりよもやすくおはしますさつてもぶれいのはじ

まりは むかし二品親王の あか松 むら上 二人の郎等天だい
さんよりめしつれ下らせ給ひて 後醍醐天皇たてについて 初めてむ
ほんをくはたて給ふ まことにゆゝしく候らひける其後に 六はらの
大将のくびはころりと とばせ給ひてをさまる御世は大内の しゝん
でんの柱の数が四十八本に極りて 一本の柱が一味の人々二ほんの
柱が二心なく 三本の柱は三位のお局 コリヤさい若 三位
様のお頼み京の町のうり物づくし 六はらへうつて行くががつてんか


19
ヲゝがつてんじや がてんか がてんじや うん うん うん/\ やしよめ/\
京の町のやしよめ うつたる者は何々 みかたかちぐり悦ぶこんぶ みかんかうじ
たち花 ところこそあれ六はらをうたんとはからいこせう イヤ あまい
こせう からいこせう つんで見やからいか イヤあまいは あまい/\/\は
やしよめ/\ 京の町のやしよめ そばのたなみたれば めでたいはも
こちすゞきあか貝 ふか/\手だてにはまるなはまぐりこ 蛤はまる
な はまぐりこ/\ コレ大夫殿 お望の京の町 一ばんにうつて通りさい若は

仕合せもの イヤ此大夫も仕合せもの 仕合せ 仕合せ 四本
のはしらに しゞうしすまし五ほんのはしらに御うんをひら
き 六ほんのはしらは 六はら めつばう 七ほんの柱が
しつてん ばつとう くやめど わびても ないても
かなはず 八本のはしらは 八さいのわかみやに 御くにゆづりて
九ほんのはしらにこゝのへおさめ 十ほんのはしらは 十ぜんのさつさ
位治る国治る千秋ばんぜいのまんざい らくとまいおさむ


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なふ/\うれしや心底見へた みづからが願ひ成就 サア此上はかための神
文(もん) 料紙是にとさしよする筆をつ取 御謀叛一味の忠誠 偽り有に
おいてはぼん天帝釈 四大天王日本六十余州の神祇 冥罰を
うくべきもの也 土岐うこんの蔵人頼員と書付け さしぞへの小刀小指
つんざきしつかとすへたる血判 ヲゝ神妙候頼員殿 大塔の宮の御披
見にそなへん おめみへは後刻/\と村上 おくに入にける 六波羅の忍
びのいぬ高橋九郎師門(もろかど) あんないもなくずつと通り ヤア土岐殿是

にか 無礼講と聞付け?(すく・煤?)に参つた 是は/\ 三位のお局 はれやれ
願ふてもない仕合と御そばにどうど座し 八歳の宮のお袋なれ共
子持くさい気(け)みぢんもない ぼんじやりとむまそふなお肉合(しゝあひ) 其つや
/\としたおかほに 主人六波羅殿およがるゝも道理/\ おり/\の
参内 天皇尊教と思はるゝははまり 君がお姿見たいばつかり 結
構なほれ手福徳の三位様 よいお返事を承り拙者も御ほうび
是 申 々 わき見してござつては済まぬ いやか おゝか聞きかねばきかぬ男と


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主のいをかるぞんさいくはごん 聞かねて蔵人コリヤ高橋 酒にえふたかねとぼ
けたか 万乗(ばんぜう)の君御ひさうの三位様 無官の身として慮外千万すされ
/\ときめ付れば ヤアさいふわぬしがねとぼけ あの額が目にかゝらぬか ぶ
れいと看板打たるざしき 何の慮外無礼とがめ 但しこよひはいんぎんかう
か ぐつとでもいふてお見やれとやり込/\ とかく情のお返事三位殿 どふ
じや/\としなだるゝ エゝみゝがけがるゝやかましいめんどうなと つきのけいらん
とし給ふ腰にすがり引とむれば エイすいさんないやらしい 引のけてたもなふ蔵

人 是頼員あれ はなしおらぬとつめつゝたゝいつし給ふ程引よせしめ付け動かせず
頼員立より拳をにぎり高橋がこびんさき 砕けてのけとくはつしと打つ ヤイ蔵人
侍の生きづらなぜくらはした 云ぶんあらば刀でせよと反りを打て詰かくる ヤアね
とぼけ あの額めにかゝらぬか くらはしたが無礼講 ムゝ誤つた 無礼講面白
い 無礼ついでに三位殿 六はらへつれ行んと引立出る衿もとつかみ 引かづきどう
ど投る 音は高橋なげられながらへ(遍)らず口 是も無礼か誤つた よつ程
いたい無礼講と おき上る腰ぼねけすへ かうふむも無礼講 ついでに無


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礼まだ無礼 無礼/\と五つふみ付/\ 三位の君おくへ/\と目でおく
り 高橋が腰ぼねつかみ引おこし 無礼講の馳走こたへたか 長いせば頼
員がたいせしほそみ作りの冷や物ひいやりと所望とねめ付れば ふまれ
てもぶたれても 堪忍するか無礼講冷物所望になし 三位殿が所望
/\と 頼員が際(きは)ずつとすりぬけ かけこむおくの明かり障子さつとひらけば
赤松村上ひらかの三郎 籠手(こて)腹巻に身をかため中央の床几には 大塔
の宮護良親王金龍の大口 赤地の錦の鎧ひたゝれ 火おどしのもえ

たつ斗にかな物しげき御きせなが 龍(たつ)がしらの兜を召され御手にさいはい
寛然と 堅甲利兵の御勢ひ曦(あさひ)のかゝやくごとく也 高橋あんごりすね
すはらず膝ぶしがた/\立かへれば土岐蔵人 鍔もとくつろげひかへたり の
がれぬ命と大音上 推量にちがはず 無礼講にことよせ六はらを亡
す工み ヤア高橋がけらい共 六はらへ注進せよとよばゝる声 頼員す
かさず息のねとめんと切てかゝれば心へたりとぬき合せ請つ ほどいつ
切むすぶ 大塔の宮ゆう/\とまたゝきもせず御らんあれば 左右の勇士


23
土岐くらんどが奉公始め手みせのせうぶとかたづを 呑で守りいる蔵人は
手たれの若者 つけ入/\ 九郎が脇腹くはらりとなぎかへす刀に首打おとし
しづ/\と御前に向ひ 怨敵のやからしとめては候へ共みかたの計略いまだ
全(まつた)からず 高橋討れしこと六はらへ聞へなば大望の妨げ 某是にて切腹
当分の口論に取なしことをしづめ申べし おいとまたべとおしはだぬぐを
ヤア無益(むやく)/\とせいし給ひ 高橋がけらいの外 敵にもるゝ気遣なし
平賀赤松義光等 よくはからへとの給へば 三人諸共広間に立

出 高橋九郎のけらい衆 用事有ぞお庭へ廻れ 集まれ/\と
よぶ声に すは旦那のお立 ざうりよ鑓よと若党中間ない/\
/\命がない共しらすの切戸 ばら/\と立出る跡へ廻つて 戸口をはた
と袋の鼠一疋づゝしまふてくれんと三人ぬきつれはさみ立 弓手
馬手へ切ふせうち捨 サアしおほせたあぶなげなし御運つよき我
君の軍は勝利 無礼講も是かぎりと額をてうど切おとせば
日月打たる錦の御はたあけたつ そらにへんほんたり 此御はたをまつ


24
さきだて ぶんどり高名手がらはしかちと どつといさめば大塔のみやアゝ音
高し/\ 天に口あり地に耳あり隠密/\シイゝ /\ 四海なみ風
治め給へる御雄徳 御とんちそなはり勇そなはあり 仁義そなはり
徳そなはり 御うんもそなはり威をそなへ 敵のてつじやうてつ
へきくだく 時は今此持国ざうちやうくはうもくたもん
そろひにそろひし四人のゆう者君は 梵天釈提桓因(しゃくだいかんいん:帝釈天のこと) 修
羅にうちかつ御勢ひ 誠に 征夷将軍とあをがぬ人も なかりけり