仮想空間

趣味の変体仮名

一子相傳極秘巻(いっしそうでんごくひのまき)第一 

 

洒落大喜利みたいな秘伝の数々です。わたくしごとですが、手持ちのフライパンが愈焦げ付くようになり新しく買い直そうとは思うものの、今まで通り安いものを頻繁に使い捨てるか、それとも0の数が一つ多い耐久性のある高級品を思い切って買ってみるか、扨どっちにするか思い悩んでいたものですから、 思わず「薪いらずに物を早く煮る秘伝」を真剣に読み、うっかり参考になってしまった。屁理屈に真理を見出すのも一興かもしれませんが、洒落も尽きるのか後半に行くに従い儒教を引いたりして、いつの間にか説教くさい啓蒙書じみてくる気がします。江戸時代の市民はこういった類の書物から頓智を得て、なんとか問答なんど楽しんだのかもしれないなあ。受け売りの薀蓄垂れて「そりゃあおめえ、さては一子相伝極秘巻を読んだよな」「ばれちゃあしゃああんめぇ、えっへっへどうも」なーんてね。

 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554807


4(左頁)
極秘巻序
有がたくも忝(かたじけなく)も。神祖天下をしろし召。牛を桃林(とうりん)
にやりばなし。弓を土蔵に封印してよりこのかた。四海
泰平なること。鼠のなひ家の丑の時を見るよふに。ガツサリ
ともいはぬ穏やかさ。神いくさは千早(ちはや)。ふる本やがかし本をさがし
見るに。神武以来。かくのごとくおさまれる御代やある。され
ばこそ。甲冑(よろいかぶと)の払物(はらひもの)は見世先に積みて累々たり。刀わき


5
ざしの天道物は。簾(すだれ)にあみて連々たり。鬼一法眼三略
は。古物見せにて廿四文。夜鷹と飛で散乱す。九郎義経
銅鑼の巻(どらのまき)は。悪所狂(ぐるひ)に安本たり。百子百家の秘書口(く)
決(けつ)は。板行(はんこう)にすり出して。手みぢかに金もふけ。人焉(ひといづくんば)
?哉(かくさんや)。人焉?哉。さりなから。目明(めあき)千人目盲(くら)千人。神
道者は神秘(じんひ)と名つけ。はした金をとらんとすれは。握り
つぶして衰微の基(もとい)。医者の秘方も金から先キ。仁

術の主意を失ひ。真言秘術浄土の五重。法華の
秘語。禅の枯花(ねんくわ)。和歌の三鳥。しろうなり。ほうめん
のつけ物の塩加減迄。秘事にして。無性に金をとり
の跡。文字言句(もんじごんく)に理屈を付け。地ごく極楽銭したひ。銭な
衆生渡(と)しかたき。御内意演説。秘事奥義。奥方
迄があし引の。山吹色は御好物。黄いろな華(はな)の真
盛り。皆太平の御仁徳。奢りが過ての秘事さがし。


6
穴を見出す好事の徒(と)に。睫の秘事を取あつめ。
礼金なしに授(さづく)れば。是ぞ真実値千金。かけねのな
ひは読でしるべし。
 明和七年寅正月

   奥州半田山人??書於東都蘊奥庵

一子相伝極秘巻第一

 目録
一堂塔伽藍を手を着けずして車のごとく廻す妙術
一金銀何程も望の通財主になる極秘伝
一寒中裸体(はだか)にて少(すこし)も寒からざる秘伝
一寒中川をこへて足をぬらさず凍(こゞへ)ざる秘伝
一一間間口(いっけんまぐち)の裏店(うらたな)にて二千百六十人の客を饗(もてな)す奇術
一諸々の悪鬼目に見へぬ魔障を見出す瞬睫(めかね)の作り様


7
 極秘伝
一牛馬を呑む放下の秘伝
一寒中の烏を多く手捕ろにする妙術
一何時(なんとき)成共望次第百千の雷を鳴せる放下の秘伝
一一生火難にあわぬ秘伝
一一生水難にあわぬ秘伝
一闇夜に刀脇指の目利秘法
一翼なくして虚空に飛あるく妙術

一薪いらずに物を早く煮る秘伝
一唐(もろこし)より渡りたる千年以上の寶を容易(たやすく)手に入る
 秘伝


8
目録終

一致相伝極秘巻第一  奥州半田山人著

 ○堂塔伽藍を手を不着(つけず)して車のことく廻す妙術
一いたみもろはくへ南蛮酒を等分に加へ よき程にあたゝ
 め 首を濡す程随分飲みて しばらくありて 松坂躍り二
 三番おどりて後 座にすわりて見よ 堂も伽藍も山
 も川も目に見ゆる物皆廻る事ぶんまわし
 のごとし

 ○金銀何程も望みの通り財主(かねもち)になる極秘伝


9
一金子(きんす)何万両なりとも望の程紙に書付け箪笥の中に
 納置(いれおく)べし 何程金銀入用の事ありとも箪笥の錠を
 あくべからず ?人には守銭奴とそしらるゝ共生涯
 楽しみて暮すべし 是財主の心也 されば金持つか
 はず槍持ち槍つかはず 弁当持ち先へくはず 醫者の
 不養生 儒者の不忠信 神道者の不正直 坊主の不信
 心は世間おさだまりの事なり 金持が金つかふ気に
 なりては三年と立かたし 此故に或大福長者の詞

 に 金銀は主人か親のことくに思ふべし 奴僕(けらい)のごとく
 思ふてつかふべからず と如此つかはずして一生金を
 守るものは紙に書きて たくわへたるも同じこゝろ
 近年は此伝授より発明して六道銭(ろくどうせん)も紙にて作
 るは尤も至極の事にして 青砥(あをと)左衛門も悦ぶべくそ
 おぼゆ

 ○寒中裸体(はだか)にても少しも寒からざる妙法
一寒中さむさにたへかたき人は 大きなる石を背負ふて


10(挿絵)


11
 から臼を踏むにしくはなし 単物(ひとへもの)を着ても汗の出る
 事妙なり 就中(なかんづく)足の冷ゆる人 気の逆上する人 此術を用ゆ
 れば引下げの灸に及ばず六祖大師の悟りを開き
 給ふも から臼の徳なるべし素問(そもん)にも 動作(はたらい)てもつて
 寒を避くといへり 身を動かして家業を勤むれば
 寒暑もさのみ苦にならず養生の道にかなへり 驕り
 怠るものは寒暑に中(あたり)やすく必ず病多し

 ○寒中川をこへて足をぬらさず凍へざる術

一合羽屋へあつらへて油紙にて象股引を作らせ川をこ
 ゆる時むくべし

 ○一間間口(いっけんまぐち)の裏店(うらだな)にて二千百六十人の膳立の妙術
一夫婦二人住居(すまい)のうら店にても日に三度つゝ食盤(ぜん)にす
 わる事は風雨をきらわずかけめなし夫婦にては一日
 に則(すなはち)六人の客なり 月に百八十人 一ヶ年に二千百六十人
 の配膳積りてはかくのごとし 家業は一日もゆだんのな
 らぬものなり 維摩居士(ゆいまこじ)が方丈の室(しつ)の饗しも右の


12
 術をいふなるべし

 ○もろ/\の悪鬼目に見へぬ魔生(ましやう)を見出す目かね
  の作り様極秘伝
一古(いにしへ)より画工(えし)のえかく鬼を見るに角有り牙有り眉毛と
 髭は氷柱の如く 手足の指たらぬ片輪ものにして
 虎の皮の犢鼻褌(ふんどし)はゆるさず 理学の儒者は滅多
 におろして曰く 角有ものは牙なし 牙有ものは角な
 し 天地の定法也 虎の皮のふどしは日本の鬼に

 あらずと一口にはいへど いまだ鬼の極秘をしらぬゆへ
 なり 鬼は従来(もとより)?化(へんげ)の物なれば定法にもれて
 角と牙とを具す 他に勝れて慾の深きを表(ひやう)す
 殊に方角にては艮(ごん)えお鬼門とす 丑寅の方なり 此
 故に鬼の角は丑の角のごとく寅の皮のふんどしとは
 古しへの画工の頓智より出たるならん 然れ共 後世の
 人有り来れる鬼の人相書を以(もって)鬼を尋(たずね)るゆへ ついに
 鬼を見たる人壱人もなし 古しへの酒顛童子 大


13
 高丸のたぐひは古しへの大盗人にて今いふ鬼に
 あらず 都の人の怖れて鬼ととなへしものなり
 仏説にいへる鬼も牛頭馬頭(ごづ・めづ)等の品(しな)ありといへとも
 凡そ鬼は貪欲・瞋恚(しんい:しんに)・愚痴の三毒を意(こゝろ)として
 放逸邪見のくせもの 人を苦しめ悩し 人の肉
 を餌食とす 爰に於て人々身の行ひを丸く清
 く瞬睫(めがね)の如く 心は水晶の如く くもりなき目かね
 にて当世を見よ 世上に鬼の有る事一百三十六地

 獄の鬼よりも多し 仮令(たとへ)ば国郡の君たる人も無慈
 悲にして民の飢渇をすくわず賦税(ねんぐ)ばかりをき
 びしくし 巳(おのれ)は奢侈(おごり)をきわめて楽しむは 民を食(くら)
 ふ鬼なり 夫(それ)より下の吏(やくにん)も主(ぬし)の威をかり賄賂(まいない)を
 貪るり民を苦しむるは 閻魔王を後たてにして
 罪人を責(せむ)る鬼なり 夫(それ)より町人百姓にも親兄弟
 親類朋友を食ふ鬼も有り 就中憎むべきは主人の
 肉を切りへぎ盗み食(くら)ふ 鬼萬統(ばんとう) 鬼手代 或は


14
 親の辛苦をして作り溜たる金銀を子共の身と
 して惜気(おしげ)もなく色里にまきちらし 或は酒興(しゆきやう)博(ばく)
 戯(ち)につかひすて 懶惰(ものくさ)にして営生(とせい)を勤めず 親に
 まされるよきゝぬ着て遊興にのみ日を暮す 是を
 楽(たのしみ)と思ふ馬鹿は親の生肉(いきにく)を切り片(へぎ)食つて甘美(うまい)
 と思ふに同じ 是に過たる鬼や有べき かゝる輩(ともがら)の
 平生(へいせい)の志が画(え)にかゝるゝものならば 有来る鬼の絵
 すがたより何程かおそろしかるべしと思はるゝ也

 釈尊は銭を以て魚(うを)を買ふも銭を以魚を釣るに同じ
 殺生なりといましむ まして況や親の金銀をみ
 だりについやす其罪 魚を買ふのたぐひならむや
 孟子は厨(くりや)に肥たる肉(しゝ)有るを見て 獣に民の肉をくら
 はしむるなりと そしれり 親を喰(くら)ふ鬼子のはては
 地ごくの人屋を頼んで閻魔城の辻番か焦熱地獄
 の日雇歟 万が一に発心して成仏するとも銅鑼
 如来かとかくに家の尺魔なれば 節分の夜(よ)をま


15
 たず炒大豆(いりまめ)を面(つら)に打つけて曰鬼は外/\

 ○牛馬(うしむま)を呑む放下(ほうか)の秘伝
一牛馬を呑んと思ふには生(しやう)にてはのみがたし 為粉(こなし)て
 のむにしくはなし 其こなしといふは外(ほか)の事にはあら
 ず 牛馬を値段にかまわず売りて金銀にして酒
 を沽(かう)てのむべし 此術にて馬牛に限らず見世
 も店(たな)も田畠(たはた)も のみ尽す事妙なり 何事も種の
 なき放下はならず 魔法つかひが徳利の中へ這入(はいる)

 も同じ術としるべし

 ○寒中の烏を容易(たやすく)手とりにする妙術
一寒中の烏(からす)は俗間(ぞくかん)の薬方に用る事多し 是をとら
 むと思ふには我が體(からだ)に泥をぬり川岸に仰(あをむき)に臥し こも
 を腹にかけ眼をふさぎて居べし 乞児(こぢき)の死骸と見
 て烏むらがり来(きた)るをおさへて取べし

 ○何時(なんとき)成りとも望次第百千の雷を鳴らせる
  放下


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一 二階の上にて石うすをいくつも置て廻すべし 雷(いな)
 光には地鼠(ねつみび)といへる花炮(はなひ)を投(なぐ)べし

 ○一生火難にあわぬ秘法
一冬春は風も多く物の燥(かわ)く節なれは 祝融(ひのかみ)の祟り
 もいぶせく夜の目も寝られぬ程に心づかひして 苦
 しみなやむ人多し 就中富貴の家には財宝も多
 ければ心づかひも多かんめれ かゝる人の為に秘伝の
 術を示す 其法は田舎の家数すくなき在所を

 見立(たて)金掘(ほり)を頼んで穴をほらせ中に住むべし 是上
 代の風(ふう)にて一生火災の気づかひなし 尤秋葉(あきは)三尺
 坊を祈り 或は札守り等にて除(よけ)る事もあれと 運命
 のつきる節(せつ)に当りては 風がかわりてふきつけられ
 念の入たる土蔵も思の外に落(おつ)るなり 凡そ人の住居(すまい)
 する家は皆薪(たきゞ)にて作り立たるものなるに 昼夜火を
 たく事なれば月には二度も三度も焼けそふなる
 ものなるに 田舎にて二代も三代も火難にあはぬ人も


17(挿絵)


18
 多し 思へば竃(かまど)の神の御庇(かげ)にや やけざるが不思議
 焼(やく)るはふしぎにあらず 元来(もとより)此身は裸体(はだか)にて生れ
 たれば 家財は焼けても資銀(もとて)の損はなし 此資銀の
 体ひとつが千万軒の家よりも換かたし 其家の主(あるじ)たる
 人は人をやぶらざるよふに下知を伝へて家財を
 吝(おし)むべからず されば焼くる筈のくぁめもなく焼け
 ざるはづのたしかもなき有為転変の世の中に
 預思(とりこあんじ)に心(むね)を焦すは家財を焼くより損なるべし

 ○一生水難にあわざる秘伝
一水難を除んと思ふものは洪水の節川を渡すべか
 らす 道中にて幾日(いくか)も滞留(とうりう)すべし 路銀につまりて
 後に袖乞をするとも銭を吝むべからず 乗合多
 き舟はいつ迄も待ちてのるべし 長雨の節は地凹(ぢくぼ)の
 處に宿すべからず 凡て川岸には用心すべし 是一子
 相伝の秘事なり 火は烈し気ものゆへおそれて
 焼死(やけし)するものすくなけれど 水はゆるきものゆへ馴(なれ)て


19
 おぼるゝもの多しと古人もいへり

 ○闇夜(くらやみ)にて刀脇指の目利秘伝
一わきざしかたなの鞘を取て こじりをさぐりて見よ 丸き
 はわきざしなり 角のあるは刀なり

 ○翼(はね)なくして虚空に飛行(ひぎやう)する妙術
一拾間四方の凧巾(たこ)を作りて大綱をつけ 綱の元を大木
 に結び置 大風の節人を乗せてあげてよし 下げる
 時はまきろくろにてさげべし 綱長ければ天へ登

 るとも自由なり 秘すべし/\ 雷神より咎めらるゝ
 事有

 ○薪いらずに物をはやく煮る秘伝
一薪は毎日へるものなり 鍋はへらぬものなり 一日に
 壱銭つゝの薪の損は一年三百六十銭 上鍋の求る値段
 なり 随分とよわきうすき鍋を求て毎日なべすみ
 をみがくべし 物の早くにへる事妙なり

 ○唐(もろこし)より渡りたる千年以上の寶を値(あたい)一銭にて手


20
 に入極秘伝
一近年古文辞(こぶんじ)の学 世に行れて書は西漢(せいかん)以上と張肘
 になるは尤なれと 今の書生野郎 頭で唐人風(とうじんふう)を
 もちこみ猪鶏(ぶたにわとり)を無理喰(くひ)に賞翫し 鼻がつかへてめい
 わくながら こつふ盃を握り無性にのむを古学者
 の株と思ひしより滅多に唐物(とうもつ)を好み和物を賤(いや)
 しむ されば外国の器物を弄ぶ事のはやるは外国
 より其国を窺ふの兆なりと京房(けいほう)が点書(てんしょ)にも見

 えたり 然れば不祥の事なり 依て好事の少年の
 為に うちへを省(はぶか)むと爰に秘伝を記す 唐(もろこし)より渡りて
 久しき寶は開元通宝の銭也 年数も先年余(よ)也
 手跡は時の名筆 欧陽詢(おうやうじゆん)なり 裏の三日月は文徳
 皇后の爪印(つましるし)なり 唐(とう)の高祖の宝といひ殊に銭は
 外丸く内四角 丸きは天に象り四角は地に象り 四
 つの文字(もんじ)は春夏秋冬天地の徳をそなへし重宝(ぢうほう)


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 是に過たる宝や有べき 宝くらべの節は貧者(ひんしや)も
 これを握りて座につらなるべし

極秘巻一終