仮想空間

趣味の変体仮名

一子相傳極秘巻(いっしそうでんごくひのまき)第二 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554807

 

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一子相伝極秘巻第二

 目録
一白髪を黒く仕様の秘密
一吠る犬をなたむる禁方
一盗人にぬすみを一生させざる妙術
一家内へ盗人のいらざる備(そなへ)の秘伝
一剣術柔術の達者ものをたやすく搦捕(からめとる)秘術
一楠木伝(くすのきでん)小勢を大勢に見する秘伝


24
一隙(ひま)をつひやさず百万遍をくる妙術
一位なくとも諸人恐れ去る程威勢のつく妙術
一松杉を植て五年三年のうちに臼に作る大木に
 する奇術
一手足を動かさずして田畑を耕(たうへ)す妙術
一口を閉(とぢ)てものをいふ不思議の術
一油いらずあんとうあかるき方(行燈の明るき法)
一六月大雪をふらせて見せる放下(ほうか)

一真言秘密二字護身法の秘伝
一鬼神を酩酊(たべらぼう)にする神変奇特(じんべんきどく)の酒の作り様秘伝
一蛇除(よけ)の妙法
一らうそくを中(ちう)にとほす妙術
一奉加(ほうが)を頼(たのま)す経費(ものいり)なく石の鳥居鉄(くろかね)の花表(とりい)を建(たて)
 る秘術
一三絃(さみせん)上留理(じやうるり)の名人になる秘伝


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目録終

一子相伝極秘巻第二

 ○白髪を忽ち黒くする大妙薬
一白髪を黒くするには墨をこくすりてぬるべし 是 斎藤
 別当実盛(さねもり)が秘伝なり 其外に胡麻を用る方もあり
 神農本経(しんのうほんきやう)にも白髪黒きに変じ年を延(のび)て不老(おへず)
 といへる薬多けれど 用て見てはきかず 扨は神農
 のうそと思ふは誤り 即(やはり)商人(あきうど)のかけね売薬(ばいやく)の能
 書きと見てちがひなし


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 ○吠(ほゆる)犬をなだむる妙術
一何成りとも食物(しょくもつ)をあたへてよし たちまち尾をふり
 てなきやむ事妙なり 殊にむすび飯をころばしあた
 へたるは猶よし 古人のいはく怨(うらみ)に報(むくゆ)るに徳を以てす犬
 のよふな根性の人も世にはあるなれば心得有べき
 事にや

 ○盗賊に一生ぬすみをさせざる厭勝(まじない)
一盗人は危(あやふ)き命を助りても しやうこりもなく又ぬ

 すみをするものなり ふびんなれども外(ほか)に了簡も
 なきと見えて 古へより首を刎るなり 早く官(おかみ)に
 訴へて法のことく行へばふたゝびぬすまさる事妙
 なり

 ○家内へ盗人のいらざる術極秘伝
一盗人をおそるゝものは随分困窮なるがよし 家財道具
 も値(あたい)にならぬものを持つべし 戸さゝずといへ共盗人の
 来らざる事妙なり されば貧なるものは心つかいも


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 なく夜(よ)を安くいぬるに 富貴なる人はよもすがら心つかい
 して安くいねざる人も多しと聞ゆ 身を安く
 せん為に富貴を願ふなるにこれ程損なる事はなし
 古へ聖(せい)代には戸さゝずしていねたりといふ 其頃は
 民も質素なりける故驕りをしらず此故に戸も錠
 もいらざるなり 今の代には昇平(しやうへい)の化(くわ)にくらひ
 ふくれし民なれば堯舜(げうしゆん)の出給ふとも戸さゝず
 には寝られず

 ○何程剣術柔術の達者成共容易(たやすく)からめとる秘
 術
一随分足のたゝぬ程酒をのませ 又はねふりたるとき
 首かねか袖からみよふの物にておさへてからめ
 捕(とる)べし

 ○楠木秘伝小勢を大勢に見する術
一五尺の乱杭に笠をかぶせ何千本も立ならべ各(おの/\)褌を
 はづして木の枝にかけて旗と見せてよし


28(挿絵)


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 ○隙(ひま)をつひやさず百万遍をくる秘術
一念物は不浄をきらわずとあれば糞船(こやしふね)の中にてもな
 むあみた仏nしくはなし 然れとも貧しき家には夜
 もそれ/\の夜なべありて いとまなきもの故 秘伝の
 早(はや)念仏の法を設(まう)く 先つあんどうの四面へなむあみm
 陀仏と書付 中へ紙にて数珠を作りて入れ 影とう
 ろうの仕掛にて廻すべし 一時に十万返(へん)つゝ申事
 妙なり 口をうごかさず手をつけずして功徳ある

 事是より外にはなし 是より変して女の糸車
 水辺(すいへん)には水車(くるま)皆百万返を仕掛てよし 古へ頼朝(よりとも)石
 橋山に幡(はた)を揚(あけ)給ふ時出入の尼をやとひて二万遍
 の日課を頼まる 是を念仏日雇(ひよう)の始とす 明遍
 僧都(そうづ)は如来の示現によりて竹の先きに数珠
 をかけてざら/\くりを始らる 何れも菩提
 の縁となる 申さゞるにはまさるゆへ 口にまかせて
 南無あみだ仏


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 ○位(くらい)なけれとも人々恐れて道をひらいて通す程
  に威勢のつく大妙薬
一我が身に威勢をつけて道をひらかせんと思ふ
 には愚痴と無理と喧嘩とこの三味(さんみ)に牛糞(くそ)の
 陰干を加へて温酒(あたゝめさけ)にて二升のむべし 其後(のち)
 悪對(あくたい)をつきながら町内を通すべし 行(ゆき)来る人よ
 けて通る事妙なり 若(もし)是にてきかずは体に
 糞を多くぬりて通るべし 武士もよけて通り

 侠組(きほいくみ)も手を指す事あたわず 是を以て考(かんかふ)るに人によけ
 られる人に恐れらるゝは武家は格別 町人百姓は其身に
 臭気ありてよけらるゝ 牛屎(くそ)の類(たぐひ)なり 自省(みつからかへりみ)
 て恥をしるべし

 ○松杉を植て五年三年の間に臼を作る大木に
  そだてる極秘伝
一地の広き処を見立 松杉を多くうへ 或ははんの木 桐
 の木等のそだち安き木をうへて 五七年の内に伐(きり)て


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 売(うり)て其値(あたい)にて臼になるべき程の大木を求むべし
 古人の曰 十年の謀(はかりこと)は木を植(うゆ)と

 ○手足をはたらかさず牛馬の力をからず鋤鍬を
  用ひずして田畠(でんはた)を耕す妙術
士農工商の働きのならざるものは 口先にて口を糊(やしなふ)
 より外なし 一日口を利(きゝ)ても舌はへらぬが重宝な
 れば講釈師談議僧是より下りては大豆蔵銅
 鑼如来も農業をつとめずして皆米を食ふ 古人

 も是を舌耕といふて舌の先で田をたかやすと
 いへり

 ○口を閉(とぢ)て居てものをいふ不思議の術
蘇秦(そしん)張儀(ちやうぎ)が弁をかりても滅他(めつた)に金は借さず 宰我(さいが)子(し)
 貢(こう)が切口上にもゆだんをせぬ今の世の中 利口自慢に
 鼻を高くしても明通(あけとうし)の鼻からぬける利口は身の益(やく)
 にたゝず 熊野猪(しゝ)は黙心(だまつ)て通つても人が怖るゝ何をか
 言(いはん)や/\天はものいわずして四時行(しいしおこなは)れ百物生(ひゃくぶつしやう)ず 此


32
 故に君子は言(ことば)を以て人を拳(なげず)是巧(たくみ)の言は徳を乱る
 ゆへなり 禍は口からおこる 故(かるがゆへ)に利口の邦家を覆す
 を悪(にくむ)と孔子も叱り給ふ 南容(なんよう)は口より外へ出しては
 かへらぬ事を恐れ 白圭を三復するを孔子は称美し
 給ふ 古しへは躬(み)の逮(およば)ざるを恥て言(ことば)を出さず 今は口ば
 かりにて穴を見出す世なれば 孔子の秘伝にも小人(しやうじん)
 は口を以ていふ 君子は行(おこない)を以ていふとあれば 口を閉て
 居て物をいわるゝ事明(あき)らけし 香厳樹上の話(わ)も是

 より工夫すべし

 ○油いらずあんどうあかるき法
一かわらけは鉄を用て度々みがき 紙の煤は満ぬ内には
 りかへ よき油を求めてあかすべし

 ○六月大雪をふらせて見せる放下
一つき山へくりわたを多くひろげてよし 則(すなはち)雪の如く
 見ゆるなり

 ○真言秘密二字護身法の口決(くけつ)


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一真言宗に伝ふる九字(くじ)は道家より出て貴(たつと)き呪文なりと
 いへ共 毎日の用にたゝず不佞(ふねい)が伝ふる所は日用の肝要
 勤倹なり勤なり 倹は倹約なり 勤めはそれ/\の職分
 を惰らず勤むるなり 倹は倹約の事にて聖人の徳なり
 勤ても倹約をしらざれば功なし 勤倹は車の両輪の
 如し 凡そ家に住もの貴賤ともに此二字をしらざれば
 家をたもちかたし 豪富(かねもち)になる秘伝も此二字より外

 はなし 一生身を護(まもる)の良法なり 但し倹約と吝嗇(しはい)
 は水晶と氷の如し 取ちがゆる事なかれ 吝嗇(しはさ)は身をそこ
 なふのもとひなり

 ○鬼神を酩酊にする神変奇特(じんへんきどく)酒のつくりやうの
  秘伝
一秘事は睫毛の如し 奇特酒とて外にあるにあらす やは
 り平生(へいせい)の酒なり 随分多くのむがきどく酒なり 三
 社の権現の頼光(らいくわう)に給りて酒顛童子にのませたるも


34(挿絵)


35
 いたみ諸白(もろはく)なり されば或人のことばに一盃人酒をのむ
 二はい酒さけを呑 三盃酒人を呑とは尤なる事なり
 酒を多くのますれば忍辱養和(にんにくようわ)の和尚も忽ち放逸 無
 慙の悪僧となり 温柔敦行(おんじyとんかう)の君子も やゝもすれば小
 人の行状(ふるまひ)をあらわす 後世必ず酒を以て其国を亡すも
 のあらんと禹王(うわう)は儀狄(ぎてき)をいましめ給ふ 誠に本草(ほんぞう)数(す)千種
 の中にたちまち人の心を変し狂気せしむるものは酒
 より外はなし 実に神変奇特の物なり

 ○蛇除(へびよけ)の妙法
一なめし皮にて くつを作りて はき 山に入べし 少もへび
 の気づかひなし

 ○蝋燭を中(ちう)にてとぼす秘法
一真鍮はりがねにてつるすべし

 ○奉加をせずして石の鳥居鐵(くろかね)の花表(とりい)を立る
  術
一大願(ぐはん)によりて仏神へ鉄石(くろかねいし)の鳥居を立るには くろかね


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 の鳥居には針四本にて作るべし 石の花表(とりい)は柔(やはらか)
 なる石を小刀にて削(けづり)砥(と)にてすりて小(ちいさ)く作るべし 無
 理なる勧化奉加(くはんけほうが)などして建るよりは功徳勝れり
 貧者の一燈も福者の万燈も同じ功徳也

 ○三絃(さみせん)浄瑠理の上手になる極秘伝
一三絃上るりの名人にならんと思ふものは 始に先つ
 銅鑼といふもの試行習ふべし 此どらより入門せ
 ざれば上手にはならず 其後の手段は 武士は大小

 を捨(すて) 農人は田畠を捨 職人は細工をすて 商(あき)人は見世
 店(たな)を仕廻(しまい)浪人となるまで情(せい)を出すべし 必名人と
 なる事妙なり されば三絃は古へなき器(うつわもの)なり 若(もし)聖
 代に出たらば楽器の列にもいるべかりしが 末世に出て
 銅鑼の道具となりしかは彼が不幸なり 琴や笙の
 たぐひさへ どら物が曲を作れば 鄭衛(ていえい)の淫声とて甚だ
 害をなすゆへ 鄭声の雅楽を乱るを悪(にく)むと格子
 も腹をたち給ふ 音曲の人を感ぜしむる事は


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 弁舌の及ばざる所なり 琴の組さへ淫声なれば どら
 臭(くさく)して聞(きく)にたへず まして三絃に於ておや 百年以
 前には盲人妓女扨は乞児(こぢき)の弄器(もてあそび)と聞へしが 今は貴人
 もひそかに手に取るよふになりしは浅ましき事也 上留
 りもむかしは文句も節(ふし)も今のよふにはなかりしを 今は
 鄙俚(ひり)猥雑に来(な)りて人の前にて歌(かた)るべきよふなし 是
 を感心して聞人は我しらず害をなす 狐と知て狐に
 だまさるゝは害すくなく 狐としらずして狐にだまさるゝ

 は渕に沈む事あるがごとし 或人のいわく悪芸は悪
 縁を引て下(さが)り 上芸(じやうげい)は善縁を引て上るとは尤なり
 三絃上るりが銅鑼の縁となり どらが博戯(ばくち)のみち
 ひきとなり 博戯が盗(ぬすみ)の基(もとい)となり 其枝が不義不
 忠不孝喧嘩闘争(とうじやう)と大酒(しゆ)と我しらずげほうの
 下り坂と下りて よき方へ上る事なし 是甚だ妙な
 り それともに金言耳にさかふなれば若い衆中は
 仍(やはり)初(はじめ)にいふ秘伝の通り情(せい)を出して果は藤原頼(ふじわらのより)


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 兼(かね)幕下(ばくか)に属し 立身して名を天下にあら
 わすべし

極秘伝巻二終