仮想空間

趣味の変体仮名

御入部伽羅女 巻之五

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554353?tocOpened=1

 

 

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御入部伽羅女巻之五  目録

願は垂愛?(門に由)害(あほうらせつ)じまん

(十七)泉州貝塚に一番の夫殺(おっところし) 一すきに赤えぼし着詰(きせづめ)の入聟

                           一十一人までもつともひのへ

                           一美(むま)そうなる御息女

開帳は本の仏こかし

(十八)見世物の内一番の 一おもひつれにて久しい恥を

                 一さらし着た女男は備後の

                 一福山ほととる銭はもどり

 

 

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義理よりふかい蜆皮のゆふぐれ

(十九)茶屋一番の名取女 一幽霊のないことば質(しち)

                 一不残(のこらず)ながれの身を

                 一すくひ取阿弥陀池大施行

金が敵(かたき)のすえ/\゛まで語り草

(二十)太夫一番の見世破(そこな)ひ 一それでも梅松(しやうばい)さまたげ

                       一まいといふ約束ちがひ

                       一世間に是沙汰のかぎり

 

御入部伽羅女巻之五

  (十七)願は十人めの蒔銭(まきせん)

いにしへ嵯峨の天皇は。忠仁公(ちうしんこう)をえらひて。御子を預け給

ふ事有。是世を治(おさめ)給ふかりに。聖王ならしめんとの御

計(はかり)こと。今の都宗善は。たはひなしの末社ども。随分あほう

の司(つかさ)をえらんで。一子勝久をあづけしかば。いまだ廿日も

立ぬうちに。めつきりと智恵をくもらし。金銀は天から

降やら木に就(なる)物やら底のしれぬ大気男。あほうかと見

れば。どこやらによいとこあり。色好(ごのみ)かと。おもへば。すきと

床にいらず。只大将に相極り。京よりふだんつけとゞ

け。大坂よりも日に/\飛脚朝夕の事申のぼせ御酒(こしゆ)も

 

 

26

今朝は。をりべに二つ。今夕が又床入の御番一昨日より

ことにおこゝろすぐれまいらせ。茶屋なども御巡見遊

ばし。ずいぶんぬからぬ我/\。御大臣にと仕入もりたて

候ゆへ。わづかなる日数(ひかず)の内に。見かはす程の御顔色(がんしよく)

今程は。五斗俵も。あげ給ふべき御ちからづき。もは

や慥(たしか)に此世に取とめ候条。すこしも御気遣被成間敷候と

いふ状。家老圓右衛門まで。宇八かたよりのほせしかば。あ

またの手代大きに悦び。宗善まへにて読立(よみたて)ければ。機嫌と

申は大体(さいそ?)の事。まつ氏神(うふすな)上御霊(かみこりやう)へ三寸(みき)を上られ。伊勢

神明への御礼まいりも。手代どもに仰付られ。いよ/\

息災延命にて。女郎狂ひ致やうにと。両宮(みう)様へ大(だい)/\

 

神楽百廿末社へも不残壱角(かく)づゝはらり/\と。いねぶりし

てい給ふ。安(やす)禰宜達肝をつぶし。土の箔をきじんちう

かとおぼしめすはことはり。当年廿一に成京の男。末社様がた

のちからによつて。病気本ぶく仕りし御礼。壱歩のぶんは

都で。あらたまり入あいさつして。手代は下向致しぬ

跡では。禰宜達寄合給ひ。日本初つてより此方。毎日数

万の参宮人。せめて小宮へ人別に。一銭づゝなげれは。たか

まがはらに生魚(ぶえん)を。たやさず。雨風(あめかぜ)の日は爰へ出ずに

天の岩戸に引こもつても八百萬(やをよろづ)の事。くらい事なし

此前長崎の大船屋娘なりとて。銭百文づゝのべに包(つゝみ)

両宮の小宮へ不残。女には珎敷(めづらし)と中をあけて見れば頼(たのみ)

 

 

27

まいらせそうろうとの書付。扨は恋かと跡にさがりし下女に。とへは

さん候長崎にて一番切のひとり娘去年阿蘭陀より

上りし唐人の若衆に恋をして。八千貫目の跡しきすて

あつちにて。そいたいとの望親達一門あきれはて。日本よ

り唐(から)への縁組。知(ち)くらが沖。気遣なりと。両親是を呑こみ

給はず。そんなら。日本に留置聟にしてとの願ひ。只今

其談合最中におもひ立との御参宮。皆唐人(とうじん)の若

衆ゆへにと下女さへ。吹こぼす程。おかしがりぬ。其後泉

貝塚より有徳成人の息女とて。壱匁づゝの小粒。まかれ

しなのねがひはきこえず。是も跡なる下人にとへばされば

私の在所は。四国西国の船づき。せばひとこても。あるじは。

 

ついに蔵の内見ぬ大酒屋。碓(からうす)さへ九十唐(から)日本にはまれ

なる身体よふても去年の秋旦那三十一にて無常に趣か

れしともに九人迄の入聟。皆々ニ年とはこたへずやせ

がれての病気相手はあのお内儀一人の料理。いま

だ廿九なれば。十人めを。詮議すれどもいかな/\十五の

年より。ころし初(そめ)五十里四方にかくれなく此度は

平戸の船頭が肝煎後藤の。鯣(するめ)屋の息子首尾成(なり)。そう

で。先は。大坂見物がてらに。女房も見てからとの事然(しかれ)

ば雲に汁が付たと是ゆへの御参宮何程金銀蒔き

ても神も請合給ふまじ。せめて夜斗の御用ならば品に

寄て五年はこたゆべきかと。大坂堺の賊(すり)がらし。巾着切より。ましか

 

 

28(挿絵)

 

 

29

そんかと。算盤入ての評定にも。昼過より床をとつて夕飯

食ふ間もせはしなく朝食(あさめし)の出来た時漸/\おきて人並

に膳にすはれど。どうやらかみづりになり。胸(むな)づかへせしに

も命(めい)は食にありと。あまたの菜を。せゝり仕廻に箸下

に置(をき)たばこ呑んで。髪を結すこし肩骨(かたぼね)隙(ひま)とおもひ

腰の廻りを。ふところから。手を入。さすりかゝれば。はや旦那殿

/\と自身によび立られ。いきとむない顔すると入聟の

かなしさ。これでまんニ年こたゆる物かと。雪踏なほし

さへ。がてんせぬ女房を。其身。金鉄にてはあるまじ。和泉の

土にならふより。所にて鯣の得食(えじき)になりおrくぁいてと。麦ま

のやうな男さへ尤の一言。それより二年過いづみの貝塚

 

有ぬけまいりが笠をひかへて。此事を尋しかば彼男

が申せしごとく。其入聟は祝言してより。九十三日目に

哀や此女房の顔を詠め。だまされたと。最期の一言十一

人めを今尋る最中といふにぞ。おそろしき。身ふるひ

して烏帽子を落せしこと今に。わすれず。其後は人

もせちにて。十二灯さへ。まくは。なきに。金子壱歩づゝ

請ながら。祈念せぬも勿体なし。そのおやたちの望

の通り。ずいぶん色狂ひに理發になり。幾久しく

つくすやうにと。百廿末社禰宜たち。それより朝

夕勝久。あほうの祈念しげく。いのり給ふ印にや

一日ましに分里(わりざと)の品よく大臣姿ぞつのりぬ

 

 

30

  (十八)開帳は本の抜参(ぬけまいり)

金銀もつておもしろいといふは。人の命さへ自由自在

に金で。ならぬ事五つの外無間地獄も眼前に極

楽となす此威勢。先達て。かゝる大臣くだり給ふと

生玉の万歳楽助。勝曼(しうまん)の徳屋。清水利兵衛方にも。

浮瀬(うかむせ)の中をみかいて。松むしといふ。となりの娘に肴

まてうたはすがてん誕生時の御開帳圓光大師の御

影(えい)あらたなるは此方(こなた)の寺にて中将姫の曼荼羅をち

則幡(はた)はむかし当麻(たえま)で織らせ給ふ。しやくせん段々つもりし

ゆへに当寺(たうじ)へ先年質物(しちもつ)に。置ながし結縁(けちえん)のため拝み給へ

三銭づゝの心ざしまんだらに織りこみたまへは。いづれ

 

冥途(あのよ)へおかへりの時。六道銭かおゆるしと大芝居の木

戸のごとく。大音に人くづれして。六道銭三文なれ

ば目に見えて。半分徳(どく)と。爰でも欲を第一の仕

出し毎日銭の山をかさねて。百四五十貫二百貫づゝ

何事も此津の大きさ。猿の狂言。鬼の生捕。銭

はもどりと。鑑板(かんばん)を見まはる中に。大きなる枕絵書(かき)。

女はふり袖生国は備後の福山。れき/\なる人の娘

参宮の道で。仕ぞこなひ。男は廿五見ぬ事は。はなしに

ならずと。えいや/\の大見物。また。まんだらより。ひときは

すくれ若い女中のながめにあらず。あるは歴/\裄(かつぎ)の

娘子。お袋らしいがさきに。たつて。こんな事も。見たがよいと

(上欄外)

宝永千載記 宝永三年 云ゝ 参宮けつ

さいの訓 (上四九)もし同者どしふぎあ

れば戸板にふたりのせながら其国

につれ廻り一家一門よりあつまりさま/\

にわらひのゝしりて後列座する

事むかしは折ふしこの類ひもありし

となむ」コレハオカゲ参流行リシ時ノ冊

子ナリ

 

 

31

助兵衛と。いふ手代くるめに。さし合もいとはゞこそ。宇八弥

四郎も。此見せ物は咄の種と。むりに。大臣いざなひ

見れば竪嶋(たつじま)の。大夜着(よぎ)むすめと男を上にして。片ほ

とりに。参宮の手みやげ。見る女中の分。いづれか上気せぬ

もなく。うたてと。いひて見かへすめもと。是をおもへば。

都にまさり。ずいぶんと。いたづら顔と。見る程の女に

讃(さん)付。すぐに勝曼清水拝し。天王寺の七ふしきも。知

れて有西門の額小野の道風(どうふう)。釈迦如来の縁起。のこらずお

かへりには谷町北へ。藤の棚の御望。妹背町の西がはに

て。まつた喧花(けんくは)と町中どやくや昼中に。きやうとい。今

年は寅の年とてはやい事と。家/\の内儀むすめ

 

くりわた片手に。もたして飛出鼻つき合さゝやくを宇

八きけば。中にも家持らしい女房。皆様も。内にあら

ふがゆだんのならぬは。女の下地。いかに。印がならぬ

とことて。夫の目をば。しのぶずり。かりぎする身で

密(ま)男は。家ぬし借屋の男。表家(おもや)を取ても。堪

忍は致さぬとて只今。御前へゆくに。なつての

身ごしらへ値打のしれた。三百めで。あつかへば。済事なが

ら。ないかねは。ほつとも出ず。おもへばやすい命といふ時

宇八きゝ。其家を渡すといふに。堪忍せぬ理屈はいか

に。成程御尤の御不審。三間口で。漸/\二百九十匁の

家質に。去年より入て有。ことに当二月切の約束。す

 

 

32

ふぃれば。先様より。せかむ最中漸/\丁内のあは

れみ。一日暮しの家を持て。めんぼく灰売(はいうり)。商売なれ

ば。ほこり程の手だてもなし。去ながら。此春より

当町に密夫(まおとこ)五人。それ其となりな米屋を御覧ぜ。

家財かけて拾五貫七百九十五匁の身体よしこの

ほとりの。那波(なば)屋なれど裾貧乏は是非なし。毎晩百

づゝが米買女房に。おもひ懸(かけ)商(あきなひ)は。伯母にさへせぬ男が。彼

女房に鼻毛をのばし。わづかづゝが。かさなつて。九匁七分。

せがむ片手にくふぉきかけ。ちよつとのしゆびに帳面けす

はづ。先月の五日の晩に此女房のかへるに付行(つきゆき)横町の

門のあはひで帯までとき。落着た最中に。やらぬといふ

 

男は則。利屈崎弁野右衛門とて。薩摩浪人まづふたりをば

引しばり此丁への届。きびしく明日。御屋しきへと申に驚き。

扨三百目のあつかひかゝれば。此男いとゝ腹(ふく)立。武士の女房を

値打する。丁の年寄めを。相手と横に出る車を留

かね。壱貫目より。段々あがりに。あの家渡して。事が

相済。明後日から入かはるはづ。筋むかひの。鳥屋には

舅が嫁を。埒もないせんさく。こと/\゛く吟味すれば丁内

半分のうへおかしい事とも。大臣も聞(きこし)召され。其米屋

は。すんだ事。けふの男が命もらへと宇八弥四郎に

仰付られ。二両二歩にて。ことをすましぬ

  (十九)義理より深い槌屋の梅川

 

 

33

五月雨は難波堀江の澪標(みをづくし)と忠季卿のよませたまふ。

芦屋の里見て。まわれとの。おほせかしこまつて宇八申

はさん候。芦吹(ふく)こやの軒端と申は。只今の阿弥陀

が池より西のかたを申よし。子細は古歌にも

 人かよふ難波の芦は海ちかみあま乙めらが乗れる船見ゆ

と読候よし申せば実にさもあるへし。いそぎ其里御見物と

て。末社不残。お家の定紋。ひぢりめんに大黒ぬはせ。西口

さし御出の時。かけまくも。つちやの梅川。くもりなき其

身の仕合。仏神の御加護にて世間ひろき。御めぐみ

にあひに相生(あひをひ)の。松よりすぐれしはやり女郎。都へかへる

名残とて。あなたこなたへいとまごひの折ふし勝久

 

此むめ川をほのかに御覧し。宇八めされ。仰けるはいづ

かたの。女郎なるぞ扨愛敬あり。きりやうよしけふは

名所も引かへし。まづあの女郎と一座をなし堀江は

かさねて見物すべしと。これより。また扇風(せんふう)かたへ

かへらせ給へば。あまたの末社よろこびいさみ。さあ我君

の恋はじめ。あのよね様は御果報仁。へんしもはやく

いさなひ参れと。扇風かたより。つちやへの人橋かつて

是に取合ぬ梅川の水。すいちやうかうけいに。かしづかるゝ

ことさら/\に。のぞみなし。我は。待人ありそ海の

底(そこ)しんより。ふかき。心中。やあら。いさぎよき御女郎靏は

先年。亀は忠(たゞ)。目出度。寿命(ことぶき)万年まても。かはらぬ

 

 

34

ちぎり。色里ひろしと申せど。三ヶ津に。是程の心中女。い

まだためしにも。きこえず。十七人の末社も。もがき。宇八

弥四郎つちやに来り。梅川に。げんざん申君御思案の瀬戸

は爰也勝久。こゝろにしたがひたまへは。一生大黒屋の御奥様。

おそらくは。京江戸大坂に。我抔が、旦那にかたをならぶる。

町人もなければ。まのあたり。生(いき)如来と。そゝつても。す

かしても。一念みだれず。即身上々きつすい。のわけよ

し勤め。おんなの。うぶすなはち手本なるへし。宇八

弥四郎も道理を。ふくし勝久へ申。あぐれは。是非も。情を

知た女郎此里にも。ありけるよと。此恋。さらりと

 

めふんにまた。色もあるべし。先此頃おもひ立し後。名所

を。尋んと。又堀江さしおもふきたまふ。しかるにふしぎや。

御池(みいけ)の邊にて。昼中と。おもひよりなく。にはかにたそ

かれ時の鐘。つきし風身にしみ。心ぼそき。折しも虚

空に。あはれなる声のみ。きこえいかに勝様大臣さまとよぶ

音きこゆ。宇八弥四郎。何者にやと。急度白眼(にらめ)ばその

ときいとやさしき、こはねにて。さん候。われ/\は。此世を

さりし心中女て候ぞかし。過し頃千日寺にて御こと様の

あはれみゆへかりの御礼ことに又茶屋女の浮身申さば。

くるわのごとく御情あつく。死(しに)下地の。お矢間たちとまら

るゝ。此うれしさ十万日の御廻向(えかう)より。ふかひ功徳まつ

 

 

35

しや様たちたのみますと。いふは。天満屋初か声其跡へ

親父の幽霊。はづかしながら私義は。いつぞや。横堀に

て。打くだかれし足嫁(そうか)が親かた。牛(ぎう)蔵と申者世界に

色の道柴おほく勤め女はあまたながら夜發(やほつ)に

ました無常も情も。しつた男はよりつかず。大かたは

西の宮尼崎の。海老じやこ。船頭。木津難波(なんば)の芋助か

扨は。鍛冶屋。檜物やの弟子にむしられ。冬の夜は雪

を。しとねに茶碗酒一膳。そばきり。親かたの。目をぬすみ

しとて。つらくあたりし其報ひ。今は三途の川はたに

て。此世のまねび。思へばかなし。姉も妹も貧(ひん)よりお

こる。つじ女。母親伯母の。わかちなく。死なれぬ命客

 

なき時は難波(なには)のはまを夜すがら。あるきて。あかつ

きがたは。じやこ場のうを舟。鳥貝舟の礒をせゝれど。

損料がりの。身のまもり。銭百文をまうけかね。かなしき

泪が雨となつて。ぬけるほどふりやまず是非なくうり

物ぬらしてかへせば又二匁のまどひ。まて。其身のあぶら。

紅白粉(ねにおしろい)此ほかの入目も候。あはれ茶屋より先へまづ。足(そう)

嫁(か)のぶんに御情といふこえともに夜が明(あけ)見れば。ふし

ぎやあみだの池堤。これなん仏の御をしへ幸この

地に高札(たかふだ)打て。大坂中の茶屋白人呂衆(ろしう)椋(くら)やへ金

拾両づゝ。夜發のぶんは鳥目(てうもく)ひとりに拾貫づゝの御情

一日一夜にふれをまはし明(めう)卯月の朔日より八日までの

 

 

36

御きはめあみだが池にやらひゆひ大半切四五十斗

に小判をうつしぐるりには御池頼末社。かさねる

やら包むやら小判の矢間を目前になかめ侍りき

  (二十)金が敵の末/\までならぬ行儀

鶯の花にねぬは色香を。ふかふしとふゆへなり。人のな

さけもはしめ終就中はたがひに打とけいやなこと

見たり聞たりまことに色遊びのおもしろいといふは親

のせつかんつよひにつのつて。ぬけつかくれつきうり

切せんさく。まへより座敷篭(らう)にて。きしかたゆくすえ

おもひめくらし。金やあらん銀やむかしのかねならば

と。不自由な。うちにも猶その敵衆を。恋わぶる

 

(挿絵)

 

 

37

こそ命なれとめるそうの甚吉といふまつしや。大臣の

聞耳もしらずに申せば飛あがりの雲(うん)八といふやつ

雲をつかむやうな返事に貴公が粋云(すいげん)五体もほと

びる程おもしろし。さりながらおなじなぐさみなら

その不自由は。いらぬ物なり。今の旦那が身に拙者一

日ならばまづあの太夫のぶん不残(のこらず)太平記にある無

礼講は手ぬるし昼中(はくちう)にゆもじもとらせて。その風

景ながめ/\歌かるた勝た女郎のぶんからさきへゆ

もじをゆるすなぐさみか。扨はふりわけ貧乏鬮(くじ)とて。女

郎の数ほど宝引縄との様御近習立傘臺がさ

鑓もちの供(やつこ)を書付其役人の縄取あたりたる女郎を。やつ

 

こにしてつり鬢尻を七の図まてからげさせ棕櫚箒(しゆろばゝき)

を鑓にしてふらす事大わらひの随一かやうの曲座も

一日二日それすぎたらば皆/\請出し東山霊山(りやうざん)近

所か又は六原安井のほとりに清盛の例にまかせ。けつ

かうに家形をしつらひ。祇王祇女が舞ををしへ其

身も朝夕髪かづるもむつかし入道して平相国清松(へいそうこくきよまつ)

となりとも名乗て。ふだん京中を一目に此艶婦

にながめさせ酒を呑ば。つみもむくひも火に入事も

大仏やかねば気遣なし。是凡母の胎内けちらかし出し

より楽(たのしみ)貴方(きほう)が舌弁(ぜつべん)吹こめと。耳をたゝけば甚吉虚

空によろこびされば。天地も広いやうでせばひ気から智恵

 

 

38

があれば末社役。愚(とろ)ければ。大臣足手そくさいなら

ば。いづれしたい事してみたし。むかしの道長はかくれ

もない太政大臣家形には。八十七人振袖の艶(えん)女を

並べ明暮との遊興つもる年五十四にて剃髪この

よろこびとて石清水へ参詣の時都の遊女を不残めさ

れて淀川にて舟遊山上下五十余艘の内十八艘は

遊女舟たり此外御一世の内あるとあらゆる御たのしび

も皆/\好色ひとつにきし赤染衛門の作文四十巻の

物がたりは此道長の栄花を。しるせり長生(ながいき)のむかしさへ

かくのごとし。まして今のわれらが旦那。四十二の役までは請

合がたしそのゆへは床入不得手。此内ぢんの血気すく

 

なく短命のしるしなりと影口をきこし食(めし)過ると

そのまゝ宇八弥四郎をめされ。明日のなくさみ。昼

まへより太夫のぶんのこらずよびよせゆもじはづ

させ。つい松とらせよ。なんぢらも打ましりに。それがしも。

見物すべし扨明後日になりしかば宝引縄三十六

筋と。しゆろばゝきを用意いたせ子細は其時申

付べし扨又都の六原へんに四五丁の屋鋪をもとめよ

是はまづ追ての事。歌がるたのこと吟味せよと藪の

中から棒とまうそか。とひやうもない御仰。先かしこ

まつて。次に出十七人鼻つきあはせ。何とも是はけし

からぬ御望なれ共先亭主へ談合すれば伊兵衛

 

 

39

も是には。あぐみ。とうがな。智恵のほぞにも落入

ず。末社と。ともに内証たのめど。口きゝの太夫たち

深山三五吾妻をはじめ。是は皆/\ゆかし給へ

いかに金で売身とて。夜でもあるか昼中にをの

/\様の粋(すい)役には。わたしらにきかさぬさきに。

申上よも。あらふ事と実めいての返報爰はをの/\

尤にして。我抔が身になりたまへ此御のぞみ醫師(いしや)

といはゝ。付る薬もなふ機嫌そんじ。おもしろからず

と。のほらるゝは。しれた事。さすれば我抔大ぜい身あがり

親旦那も腹立(ふくりう)あるべし爰の手相(てあい)。かしこの不首尾。さ

つし給ふが高職の御役目なる事をかなへ給ふは小豆粥(あづきかい)

 

の。もりさまし。にやついたこと。きかぬ男と宇八弥四郎。急

度出れば揚屋の亭主。中にたつて。おふたり様の仰も

尤爰は。わたくし。もらひまして。世間へ沙汰する事に

あらず。是非太夫様おれたまひて。君の望をかなへ

たまへ。ゆもじの事は其場になつて御あいさつも。あ

らふ事と。両方とつての下知に。まかせこのうへはどう

なりともと四十余人の太夫そのあくる日はだかに

なつて。大臣まつしやうちまじりに。ゆもじのぶん

もおゆるしなく。雪をあらそふ。膚(はだへ)あらはに。よしない

處のおくまで。見えすき。物はかくすこそ命な

るに。げぢ/\がねぶりさし。五色(しき)の黒痣(ほくろ)。灸(やいと)の数

 

 

40

/\いやな事お目にとまり。この遊宴さへほかに

なればましてほうびきなはのばらりと

三五の十八御思案ちがひ。身うけのことはさて沖(おき)

より吹秋風。そろり/\御身にこたへて此里の興

つきしは。太夫様がた。しぞこなひ。ひよんなとこを

見せ給ふ事の

 

五入部伽羅女巻之五終