仮想空間

趣味の変体仮名

御所桜堀川夜討 第四 道行伊勢みやけ

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

       浄瑠璃本データベース  イ14-00002-308

 

 

62(左頁)

   第四 道行伊勢みやけ

思ふ事 内外(うちそと)の宮に ひく鈴のならずばよもやさばかりの 参宮同者は

よもあらじ 義経の北の方卿の君御くはいたい御さんのひもをやす

/\と 時忠の見だい所むすめ思ひの御願立 ふたり見たりの御供に

てどれがしうやら下部やら 皆一やうの染ゆかた きつれて笠の

ヤアこれのかたにおはらひいせみやげ つゝむ人めやふろ敷や旅立つ

頃はあかつきの明星が茶屋を跡に見て なれし都へ下向ある

 

 

63

櫛田の宿はなのみして 髪にまかへるぬめぼうし 其色つやも行人

の 袖にもつるゝいせびくに 今のめもとはなるめもとへ ばんにかならす松

坂と しなだれじやれて行雲出 是ぞ津の町かうの見だ 大神宮と御一

体仏心すいはとわかれ共 へだても浪の水たまる 窪田もこへて

嬉し野やはてし長野も 打過て都の方へむくもとの こかげにしばしやすら

ひ給ひ 参りのときは一足も早ふ願ひのかけたさに とこがどこやらわく

せきとせく心より此関の とうとき地蔵もそこ/\に おがみし事

 

のおろかさよ あれ/\そこへのりかけのまごか小歌も外ならぬ 関の

お地蔵は おやよりも ましじやにあいあのつまたもる 其一ふしも御じひの

あまりてふかき其中にわけて 女のいはた帯 五月めを守らんと此御

仏のちかひなれば 心に願ひかけまくも かたじけなしとふしおがみ心も

足もいそ/\と 坂の下より鈴鹿山 山又山のつち山に さそふや嵐

ちるや紅葉のみだれ/\て 空にちりぬるちらしがき こゝはすゞりの水

口や 田面(たおも)におりる雁金の一行(つら)つらなるごとくにて 跡や先や

 

 

64

と子供の参宮おかげでの ぬけたとさ えい/\/\ さつ/\さ さつと流るゝ

横田川 あさく渡りてふかきをしる 神の恵のうごきなき石部の宿より

梅の木村薬も花の香に匂ふ よふ所風となぶられて人目

まはゆく袖おゝひ 忍程猶こへ/\゛に あれは慥に都の上臈 すがた

やさしくしほらしく そふいふてはでならず うつりぎな人心かい取妻のなり

ふりにしんぞ此身を打込た ヲゝせうし/\ うたふを聞ばこへのあや さすがに都遠からず 心

いさみの花すり衣 ちくさの錦古郷(ふるさと)に かへすも暫しなにたかき草津の 宿にぞ〽着き給ふ

 

ことしや世の中よいとの/\ 浦々里々参宮同者の家々の家印 こざれ/\是につい

てござれのよいとの/\ 長閑に治る 君が代の お礼参りの人くんじゆ鎌倉参勤京登り

往来(ゆきゝ)の人に荷なひ売り 目川仕出の田楽あんばいよし/\と売る声に 物見だけいは道者の曲(くせ)

我も/\と立集り なふ/\皆の衆豆腐の始り田楽の由来聞まいか コリヤよかろ所望

/\と有ければ 頓作云も商い口しかつべらしく団(うちは)を上げ 東西/\豆腐の因縁かたく共 耳を

すまして聞し召せ 昔々天竺の達磨大師と申せしは 顔に似合ぬ豆好きで座禅豆と名付 常に賞

翫給へけるが 初めて豆腐を思ひ付とて 壁をにらんで九年めに悟をひらき なむおみたう

 

 

65

ふ/\と奈落の鍋へ落入たる湯どうふも 終にはうかみ上る所を なむあみ杓子のすくは

せ給ふ請願也 扨唐土廿四孝の唐夫人といふ嫁御は 豆腐のうばに孝行者 それより和国弁

当にひろまつて にしめに成竹輪に成 縮緬だうふは細きをいとはず おかべとは白きを誉たる大内言

葉 おくげ方には小野の道風(どうふう) ぶけ方には敵陣へ寄せたうふ 名を万天に揚だうふ わきて此/\/\

田楽と申奉るは忝くも白河院より始つて 都にぎをん二軒茶や 難波(なには)に生玉嶋の茶

や なめしに田楽ひんよよいと神諌めにも成で(ぞ)かし それにまさりし目川の田楽けん/\したる

お方には 雉焼にて参らするいつかな不食なお人でも 此たいこめしつぎの底をたゝいてでん/\

 

田楽 唇にさへるやいなやすい込飛込咽は鎌倉海道の名物也としやべりける 有あふ人々

どつと笑ひたうふのいんえん聞たれば 心もはれやれよい慰みと皆々 別て帰りける 卿の君の御

母上伊勢参宮の帰り足 姿は地下にやつせ共供の女中の取なりも ほんじやりとしてかあい

らし 荷(にな)ひかた付田楽やはふしぎそふに立寄て ヤアいつれもはなみ/\のお人ではなさそふな

が 男ぎれもつれずいせさん宮でこんすかと とひかけられてみだい所 さればとよ はるか西国方の者

にて侍ふが 是成二人を伴ふて 抜参りと半分いはせず ぬけ/\とした嘘つかしやんな 尤身の

廻りは田舎めいた参宮に見へれ共 物ごしつまはづれは都も都 だいり上臈のひんぬきと

 

 

66

星をさゝれてはつと三人顔見合せてためらふ所へ 先ばしりの侍鉄棒(かなぼう)ひきすり御上

使梶原殿義経の北の方卿の君 めのと侍従太郎主従が首持たせ お通り成ぞかた寄

ませいと呼はらせ鎌倉へ帰るえぎの道中みだいはかくと聞よりも 梶原が前にまろび出こへ

も涙にせぐり上 自らは卿の君が母 平産祈りのかいもなく身二つになりもせで 刃にかゝり死ると

は 天照神にも捨られしか 宿世いか成むくいぞや 娘と侍従が死顔を此世の名残に只一め 見

せて給はれ梶原殿と消入斗に歎かるれば 平次景高ぐつとねめ 卿の君が母めとはよい所で

出くはせた 儕も一つ首にして鎌倉へつれて行 あれ引くゝれ家来共 承ると一度に寄をどつ

 

こいさせぬと田楽や 荷ひのおうこ追取てなき立/\たゝき退け みだいの世話を焼だう

ふ 後ろにかこふて立たるはあんばいよしとぞ見へにける ヤアいはれぬみそめがかた持だて あいつから先(まづ)

なはかけいと声でおどせばせゝら笑ひ 商売の豆腐屋が田楽料理のあんはい見よ

と おうこのつく/\ならんたる 主もけらいも一くるめぶちなやされてせんかたなく一度にはつと逃ち

つたり みだいを始めつき/\迄思ひがけなき田楽やが身にひつかけての働はしるべの人かどう

ぞいのと いふ間程なく大わらはに成て立帰れば コレ/\こなたは何人で みだい様の御かいほう名は何

といふ人ぞとせはしげにとひかくれば エゝ急な所で名の穿鑿いふ間もござらぬ 義経様の

 

 

67

ゆかりと聞て せはするからは何ぞで有ふと思はしやませ アレ爰へ敵のやつばら一度でこりぬてご

みのあんばい 二はい三ばい八はいたうふさく/\豆腐にきざんでくれんと 追まくりぼつぱらひ又立

帰つて コレ/\/\爰にはいられぬ早お退き 跡は拙者が受取た早ふ/\とせき立る いやコレ重て礼いふ

為 そもじの名をばついちよつと エゝ此せとぎはにねどいはどい ぜひいへならかいつまんでかく申其は

義経様の妾(てかけ)静が為には現在兄 親磯の前司に勘当受し藤弥太と申者 是こら

跡は追付て道すがら申ましよ一足も先へお出/\ 扨は静の兄御よの 静所じやござりま

せぬ急に/\と主従三人都の方へ落しやる 平次景高取てかへし ヤア下主めやうも/\邪

 

魔ひろいで三人共に逃したな かはりには儕が首こそげ落すくはん念せよと 一文字に切てかゝる

シヤまつかせ心へしとおうこで丁と受とむる ぎせい斗に梶原が刀を其儘とうふやが おうこも動

ずしばしが程 相手と相手が顔見合せ 前後を見合せ両人が 耳と耳とに互の口 何やらさゝ

やきうな付合 できた/\此上を仕負ふすれば コリヤ藤弥太約束の通り大名じやぞ 都には

身がけらい番場の忠太を残し置 いひ合せえて首尾よくせよ ハア天晴梶原様 かう

した仕組て付込からは義経の首は我手の内 都の首尾を気遣ひめされな ヲゝそうじや

/\此上ながら人にふるじやとさとされな 心へたりと又立向ひ二打三打 義経をたばかる為に

 

 

68

仕組の切合 とをいてだてを藤弥太に 追れてわざと逃て行 梶原平次が恐ろしき工の

程こそ 〽天下泰平 ちやう久の弓も袋に納ればやたけ心の武士の 敵に

後を見せいで 恋に腰をぬかした名にあふ静か一かなで秘曲の底を姉川の 御所は酒宴

の表座敷いつにすぐれて賑はへり 御酒の機嫌も義経公 静か膝に寄添給ひ いつ聞

ても美しい器量につるゝ琴の音色 取分けふより義経が北の方に直すれば 琴の

調子茂市きは勝れ我つま琴の位の高さ 母を呼寄悦ばせいといひ付しがまだこぬか

早ふ/\めい/\と重ていそぐ召使 しき浪にする礒の前司只今是へと立出る 京に名う

 

手の扇の指南 妻に離れてつともなき ひつこき髻の二つ折 色はなけれど香は残る

昔を思ひやり梅の 花の姿のあたら物 おしや老木とひねぬらん 母様お上りなされたか

我君のお待兼と水入すの親子の取次 礒の前司参上と 手を付ば義経公 アゝかた

いは/\ 女の三つ指にたとへて見る時は のべに書たる一筆啓上かたいも断 神代此かた承

はらぬ女の名に礒の前司 其かたみを取置て向後は義経か姑御れう かふ斗ては合点

がいくまい おしりやる通頼朝のとかめによつて あつたら花の卿の君ちらされた閨の淋しさ

静を今より北の方本妻と定めねば 鎌倉殿の疑ひはれぬと 家老共がすゝめに

 

 

69

よつてけふより静は奥様 此めてたさを云聞せ老の身の悦びに重ね/\の悦びを 静

咄せと有ければ 申母様 自が身の上は冥加に余る君のお情 また此上のお情はお前

の勘当遊した 兄藤弥太様 縁といはふるふしぎといはふか 卿の君のお袋様御参宮の

下向道 梶原が見とがめてあやうき所を身にかへ ひるいもなき大手柄 おけがもさせずお供

して此館へお帰りなされ 顔見た時の恟り嬉しさ 思ひがけなき対面も 兄弟の縁のふか

さと聞に驚く母前司 フウ何といやる 兄の藤弥太か此御所へきているとや アイ戻ら

しやつたはおとゝひ 此度の働も底の心は勘当か赦されたさ 我君もかんじ給ひ 親子の

 

中を直せと有て刀迄下さりました なんしや刀迄給はつた 是は/\冥加ない して其兄

はどこにいるぞ サア兄様は刀の冥加武士にかえりつた身の悦び 神まふてしてこふと今

はお留主 追付下向なされう程に勘当赦してしんぜてと 静が願へは義経も赦して

やれと御あいさつ ハア恐れ有や我々敷の世伜が勘当 あつと申筈なれど そこを得いはぬ

此母が礒の前司と申名は 死別れし夫の本名 つれ合も古へは武士の数にも入し人

あの兄か悪党にて武士を忘れしばくち好 世間をうそで云かすめる其おともりが

親にもかゝり 浪人さした不孝者 かたはな子は猶かあいと親のひんくはいとひもせず 七

 

 

70

年前のりんじうにも念仏は申さず 此のらめはどこにおる性根を直しなば 爺が勘

当悔しかろと思ひ死がいとしさに ハテめんじさつしやるな つれ合の死後に此母が 礒の前

司と名をよべば夫婦此世にいる同前 心さへ直つたら二親一所に赦すも同前 ヲゝそふじや

嬉しうおじやると夫で浮世の思ひをはらし 迷はぬ正念大往生つれ合に約束の詞も

反古にならぬから 女にあられぬ男の名礒の前司と世にうたはれ 今様指南のいと

なみに 静はそだて上たれ共 兄が性根はまだ直らぬか詫言にはなぜこむと 待ちに待た

母なれど立帰つて見る時は 詫の仕様が気にいらぬ 静なぜといふて見や 我君のおゆか

 

りへ御奉公申せしも そなたや母へつながる縁 何かさし置き先母が方へきて 今度の様子

はかう/\と云たらおれが叱らふか 待つ所へはきもせいでお館へ来て手柄顔 殊に前司がくる

をしつて爰にいぬは出違ふたか なんほ父(てゝ)親の遺言でも 性根を見ねば赦されぬ かふ

念入るもそなたが大事 又あいつが無法ださば 兄にかゝるて妹迄君のあいそもつきやうか

と あなたこなたを思ひ子の性根をしかと見る迄は お返事暫く御用捨と 女ながらも跡

先思ひ道理を立て申せしは 礒の前司と男名をよはるゝ器量としられたり ホゝウ

母が詞尤/\ 此義経かいはれざるあいさつより 落ぶれたる昔の咄座もめいつて気も

 

 

71

浮ぬ 今云通静は本妻姑の礒の前司重て舞も望まれまい 何と此座をわつ

さりと其儘一さし扇の手 所望/\と有ければ アゝつがもない此年寄 まふた迚うたふ

たとて何がわつさり致ませふ ぜひ御所望なら装束して いしやうでばかす老の舞 こゝ

ではお赦し下されとじたいも聞ずいや/\/\ 装束の舞は奥で見る 年寄ばとて捨ら

れぬ伊勢物語の兼平は 九十九に成ばゝとさへねられた例も有ば有 ひらに/\のお詞に

静もそばから是母様 御じたいは返つて慮外 さあ/\とせり立られ せひもないそんなら

舞ましよ 色もかもない此母が扇取る手もおしはだらけと つゝと立て押ひらき 北さがの

 

踊は つゞらぼうしをしやんときて踊ふりが面白い 吉野はつせの花よりも 紅葉よりも 恋し

き人は見たい物じや 所々へお参りやつてと下向めされとがをばいちやが ホゝゝゝゝ ヲゝ恥かしや

お笑ひ草 此舞直しはあれにてとほゝえみ行ば義経も 打つれ〽奥に入給ふ 跡に静が兄

弟思ひ母様お出はしれて有に 此兄様なぜ遅いと気をもみあせる後より 北の方様静

様 我君の召ますと嬪姿見すぼらしく 立出給ふ卿の君 静ははつと恐れ入 涙と共に御手を

取 定た御本妻卿の君様共有ふ身が 鎌倉の聞へを憚り しのぶが名をかりそめに 嬪す

がたの勿体なさ お身の為とは云ながら賎しい静が上に立ち しのぶどふせいかうせいと 人めをつく

 

 

72

らふ主顔も 只ならぬお身の上お腹にござるやゝ様を うむ迄のしんぼうとかんにんして下さ

りませ なふ断に及ぶ琴かいの 弁慶の心つれなくば今は世にない我命 誠をいはゞ尼法

師共様をかへ 先だちやつたしのぶの跡を弔ふが道なれ共 りんえきたない女の心夫迄は得

思ひ明らめぬ かふして殿のお傍に置て下さるが 皆の衆の情忘れはせぬ たへて/\遠慮

なしに押こなして しのぶ/\と頼ぞや かく云内も人め有北の方様いざこなたへと 座をたち

給へはいだきとめ 其お心ねが猶おいとしい 上々様に苦はない物と思ひしに こんなさいなんも有

物か 人の名も多いにしのぶとは誰が付て今では北の方様のお身をしのぶ世をしのぶ いま

 

/\しい名て有はいと かへらぬ事をかきくどく やり戸口にせき払ひ兄藤弥太が立帰れば

静は色目をきとられしとコリヤしのぶ 兄様の今お帰りと母様へおしらせ申せ アノといらへて

立給ふを アゝ是/\/\ 先まつたしのぶ殿 母への詫言は早ふても遅ふても いやおふいはさぬ義

公取持 理屈くさい母人も今度の鼻が手柄を聞て 四も五もいはず合点で有ふ

イゝエおまへやわしが思ふ様に合点なりやよけれ共 物事に念入る母様 たとへ大将のお詞

がかゝらふがどんな手柄をなされうが 夫にはのらぬ日頃の気しつ ぬらりくらりの間に

合者 心のなおつたをとつくりと見とゞけ 其上の事とおつしやつた ハテ小むつかしい 心の直る直

 

 

73

らぬは かいでしれるか見てしれるか 其かたいぢにこりはてゝ今朝からの神参り 上加茂下

加茂ぎをんの社 母のかたいぢやめ給へと祈る程にける程に 日脚もかたむく腹もかたむくさ

いはひの二間茶屋 立寄る鼻ももとたうふや 田楽串から出世した三本指しの身 祝ひ酒

俄武士の尾も見せず ほつ酔(えい)きげんで立出れば おい/\と跡から呼ぶかへつて見れば面目な

や 指し付けぬ悲しさとんと刀を忘れて置た 何もかも殿が下され此様な侍になつたれ共 なふ

/\同じ指す物ても田楽ぐしとは違ふて 刀脇指は指にくい 是しのぶ殿此脇に身の恥を

打明て云正直男 恥のついでに心の思はく 恥かゝそふとかゝすまいとしのぶ殿のお返事次第

 

此屋形へきてちらりと見るより 首だけほれていますると ほうど抱付き振袖のはだへ手

を入しなだるれば こりや兄様てんがう斗勿体ないと引放せば いやてんがうじやない真実ほ

れた 妹のつかふ嬪に兄の惚るが勿体ないとはどふしてしのぶが勿体ない 勿体ない訳聞ふと 問詰

られてなむ三と驚きながらさあらぬふぜい エゝとが/\しい詞咎め 勿体ないといふたはな おや

の勘当願ふ身が其そせうはほつて置て 脇道の小いたづら 親の冥加につきさしやろ 勿

体ないといふたが誤りでござんすか 母様へ奥の間で御所望の今様一さし お装束も出

来たやら笛もなる鼓もしらべる おまへも余所から拝見して 舞も済だ其上め

 

 

74

でたふ親子の御対面 わしもしのぶも三弦(しやみせん)の役人 心もせけばお先へと云まぎらして急ぎ

行 藤弥太は両人が詞のはし/\゛そぶり迄 ぐつと呑込むつゝ魂 鎌倉よりのしのび共 奥に

はしらがの母の舞 声のほそりも今様当流琴三弦の音も恋に ねまきのきぬの

はだうすし つらいぞういぞなんとせふ フウ扨は卿の君をしのぶにして しのぶが首をけう

とい/\ やつちやしてこい此通り注進せふか いや/\/\ まだくれきらぬに御門の出入 とがめられ

てはむつかしい ハアゝどふせふな ふかき思ひの渕となる ホウそれよ せいては事を仕損ず

る 此藤弥太を犬共しらず うまふまいつた判官殿 マア奥へいて勘当のいや/\/\

 

妹が今のそぶり 見るに付け聞に付 胸にせまりし数々の 袖もかはかぬ沖の石 歌の

せうがに引かへて一筆しらせの硯石 床の料紙を幸とふた押明けてする墨より ゆが

む心をためさんと三弦たづさへ 静御前の 空酔(そらえい)つくる千鳥足 よふたとさ/\ 土手の細道

あぶない合点じやあふない/\ 兄様何をかゝんとすと 声かけられて恟りしあたふた袖に状押か

くし そなたは三味の役ではないか 爰へきては間がかけうサア/\奥へ イヤ大事ござんせぬ 母

様の舞も一番すんで我君の御機嫌 酒一つのめも一つ呑めとひらじいにしいられて 酒の

あげくに乱るゝかたをなみあなたへさらり こなたへざらり あなたよりはこなさんのざらり

 

 

75

/\さら/\ざつと かゝしやんした今の文隠すは曲者夫見たい いや其文とはあの物よ 隠し

た訳は彼しのぶに思ひまいらせそうろうげく候 いよし御けんと書たるは ほだしの種か 花薄 ほんにせいもん

恋じや有まい欲と見た 欲とは妹何を見た まだ直らぬ心を見た 人にはもらさぬ兄弟

中 サア有様にいはしやんせ ヲゝいへならばいおふ我もいへ わしにいへとは何の事 ヤアとぼけまい

/\ しのぶといふは卿の君に事寄せ抱付て 腹帯を慥に見た 夫見付てどふさしやる

鎌倉へ注進する エイ フウ扨は勘当の詫言とは ヲゝうどじや梶原と心を合せ 伊勢

道から付込で静が兄が味方顔 釈迦でもくはすあんばいよし かふした思案はまたでんがく

 

義経の首を串ざしと かけ出すを引とゝめ エゝ曲もない兄様 悪事に組して身か立ふ

か 恐ろしい工の段々聞た者は妹斗 外へは聞へぬ奥のはやし 鼓や歌にまぎるゝもおまへ

の仕合せ親のじひ サア舞の終らぬ内に悪心をひる返し 善心に成て下されと 兄を

思ひの真実心涙は詞に先立てり ヤア兄が出世に不吉のほへ頬 ぞつこんしみ込此大もう

いつかないかなひるがへさぬ ばれ出すからは一時勝負いて注進と又かけ出す 先に静が立

ふさがり やらぬ/\とこへもやらぬ エゝめんどうなめらうめとずはとぬいて切かくれば えたり

やしたんの述ざほにはつしと受け 妹を殺そふとは人でなしの猫の皮 不孝のうはぬり撥(ばち)

 

 

76

当りとはらふ刀を 又付込 此世のいとまきとらさんと 太刀筋血筋の遠慮もなく

兄は強(がう)力刃物わざ 妹はかよはき無刀(むたう)のあしらひ 三味と白刃のつば音筒鳴(どうなり) いらつ

かけ声二上りに 心もめいる三下り 二世の縁の糸筋もきれてふたゝびかへろふび てんじゆ

糸蔵さん/\゛に乱れちつてあらそひしが 終には三弦切おられ逃ぐる静を藤弥太が 取て

引しく膝の下ひつく共働せず サア此兄とひとつになるか いやといへはつきころすと胸に

刀を指付る 物音奥へ聞へてや母は装束ぬぐ間もなく はしり出てぬき打に兄が

肩先ずつぱと切 うんとのつけにそりながら 死そこないの老ぼれめと親に刃向ふ極

 

悪人 寝ながら静か諸足かけは どうどたおれて立上らんと うごめく藤弥太おこしも

立ず どう腹ぐつとさし通す 老女の手なみ早業に手足をはつてくるしみは心地よく

こそ見へにけれ 母が心ははり弓の藤弥太がたふれ片手につかみ ぐつと引上げ頬(つら)打守り コリヤ

此刀を抜ば命がない 息の有中いふ事有 眼(まなこ)もいまだくらますば此親か出立を見よ

えほし水干男の装束 母と思ふば父親の礒の前司 エゝ儕浅ましい 本心に立帰

らば爺(てゝ)が勘当悔みおろと 母に前司か名をゆづり 侍に侍ったかいもなく悪に悪を

つみ重ね 現世後生を迷はす故 礒の前司がそせいして手にかけたを覚へしかと えぼし

 

 

77

装束かなくり/\ 藤弥太にはたと打付けて 是迄は父の役前司といふ名を力に

て 思ひ切は切たれ共 母が身にもなつて見よ げんざい我子を手にかける母も因果

儕も因果 にくけれど仏になりおれとわつとさけび入を見て 静も共に泣くつ

おれいふてかへらぬ此有様 せめてはさいごに心を直し親子兄弟むつまじい 詞をかはして

しんでいのと取付歎く其声の 藤弥太が耳にや入たりけんむつtくとおきて眼を

ひらき 誤つた/\ 親を親共思はぬ我を 親は我子と思召父の名を母にゆずり

勘当を赦さんとの御恩をむけにするのみか 天の冥罰二親の 御手にかゝる

 

不孝者 もと此館へ入込しは 梶原と心を合せ 卿の君の実否(じつふ)をたゞし 義経

をとがに取て落さん為 二つには番場忠太京都に残し置く間 しめし合せて

夜討の手引大将の首とらば 梶原が取持にて大名に仕てやらふと 欲心に親

の慈悲を忘れ 御手にかゝりし今此時 一生のひを改め善心になつたれば 最期にせ

めて寸志の忠義 是静今宵鎌倉武士共が 夜討にせんとのしたく有 必お

油断なさるゝなと義経公へ申あぎや 云置事も是迄とつらぬく刀に手をかけ

て 抜けば絶行息の往来(わうらい)生死(しやうじ)の道ぞ定めなき エゝしなしたり残念や 其

 

 

78

根性をまあ三寸 はやふなをしてなぜくれなんだ 弁慶殿の娘御は女なれ共

父の手にかゝつて忠義の死 我も母が手にかゝつて死るに二つはなけれ共 根性の

なをり様がおそさに 犬猫の死だやうに此死ざまは何事と むなしきしがいに取付て

老のくり云親と子のわかれはつきぬ歎きなり 静は涙の隙よりもいふて返らぬ

御悔 鎌倉勢よすると有ば歎きは無用是母様 もふ何時でござんせう 今宵

も夜半あのたいこは 時うつ数共思はれぬ ほんにせはしい鐘太鼓どふやら世上

も物さはがしひ必定夜討に疑ひない 此次の間に釣て有鐘をならせば 御家

 

来衆がかけ付る 兼ての相図めつたむしやうにつき鐘は 此母が心へしと 走り行より

相図の鐘ごう/\とこそひゞきけれ 静につまをからげりゝしげに声を上 夜討

が寄せて候ぞ起き合給へと呼びはれば 奥口取々女中のさはぎ 何ぼおこしましてもさゝの酔

殿様のおめがさめぬ さめいで是がよい物かわしに任しやと立かゝり 御具足箱の

ふた押明鎧取出しおもたげに さげるやら引づるやら御寝所の障子押明させ お枕元

へ投やれば 天性其器(き)備はつて武勇にさとき御大将 御鎧の金物のからめく音に忽

然と 御めも酒の酔もさめむつくと起き 鎧引さげ端近く立出給ひいかに/\との

 

 

79

給へば 有し次第をこま/\゛と申内からてつとり早く鎧直垂小手脚(すね)当金作りの

御はかせ 弓矢甲の次第よく取てあてがふきてんの静 天晴御身は弓取の持

べき妻よと御たはむれ さはやかに出立給ひ 誰々も休足せよと私宅にかへせば

とのいの武士も有合ましよし 義経が手をおろさば何万騎有共皆殺し 馬引け

と呼はつてえんの上につゝ立給へば 静長刀かいこんでおそばをはなれず引そふ所へ

時も移さず夜討の大将法師武者表門を込入て広庭に駒かけすへ 義経

の首給はらんと土佐坊昌俊向ふたり 最早のがれぬ御腹と声々にのゝしるにぞ

 

ヤア義経を討んとはしほらしき土佐が夜討よな 相手には不足なれと 此世の暇

とらせんと太刀抜そばめ廣縁より ひらりと飛鳥の早業さそく 静長刀かい

/\゛しく 切はらひなき廻る 勢ひにへきえきして 寄せ手もたやすくすゝみ得ず

しばしさゝへている所へ 武蔵坊を始として源八兵衛いせするが 追々にかけ来り御大

将にひつそひしは 天帝修羅の戦ひにしゆみの四列(しう)の四天王 帝釈天をしゆご

せしも是には過じと云つべし 寄せ手は臆せぬ土佐坊昌俊さいはいふり太刀緒軍の下

知 弁慶いらつてすゝみ出 坊主の相手は坊主がよい 引くな昌俊逃ぐるな土佐と声

 

 

80

をかけて飛かゝれば ぎせいにもにぬ土佐坊昌俊一足出して逃げ行を いづく迄もと

おふて行源八駿河もぬきつれ/\ 残る軍勢一人も余さじ物と切立れはさしもに

広き堀川御所ちりはいもなく逃ちつて 御所もひるそとじづまつたり かゝる所へ御

門の脇より武者一人寄せ来り 土佐坊昌俊是に有と弓矢たづさへつゝ立たり いせ

の三郎とつくと見 弁慶にぼつかけられ跡も見す逃さりし 其昌俊とは出立のそ

くはくかはりし鎧直垂 但鎌倉殿の御内には 土佐坊二人有やらん 実否を申せ

と詰かくる ヲゝふしん尤なり 先達て我名をかり寄せ来りし土佐坊は 梶原が

 

郎等番場の忠太 只今向ひし其こそ左馬頭義朝公より 鎌倉殿一二代

の忠臣渋谷土佐坊昌俊なりと 直平(ちよつぺい)頭巾ぬぎ捨ればげにも疑ふ所なし 伊

勢ノ三郎えせ笑ひいかめしき忠臣呼はり 日外の岡にて出合し時 つつひきならぬ

親の敵 討つ場を討ぬは判官殿お為/\を誠と思ひ 義をしる武士と思ひしに偽

をもつて命を助かり 今此所へ寄せ来るは取所もなき表裏者 刀よこしと思へ共義

盛が親の敵 一歩(ぶ)ためしてくれんいざこい勝負と身つくらふ ヲゝ義

盛が疑ひ尤千万それにこそ子細有 先此一通大将の御覧に入てくれられ

 

 

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よと 鎧の引合せより取出し指出すを取次て 義経に奉れば いぶかしながら押開き

見れば牛王に血判せし 野心なき起請文大将猶もふしんはれず ヤイ昌俊 此起請

の文云は 義経に弓引きてきたはゞ 日本大小の神祇の御罰を請んと書ながら 今

宵夜討に寄せたると起請とは相違せり 心底いかゞと仰ける さん候鎌倉殿 梶原

父子が申に任せきやつの君の討手と有る もとよりとがなき義経公 梶原斗

のぼしては御大事と思ひにゆへ 其さへぎつて望しは 討手に事よせ罷のぼり御兄

弟の御中 日月のことくせんものと 思ふ心を梶原に見すかされ 其場のあらそ

 

ひ武士の意地 義経の首取て罷帰るか さなくば昌俊かかばねを姉川の土

に埋(うづむ)か 二つに一つはたがへしと一通の神文 鎌倉にて書し故 頼朝卿は申に及ず梶原

迄疑ひはらし はだゆるさすより工を聞かれが盗む平家の廻文 先へ廻つて奪ひ取り

義盛へ渡せしは君に難義をかけまい為 我は渋谷金王(こんわう)とて義朝公よりふだい

の家来 頼朝卿も判官殿も頭(かう)の殿の御形見 大切に思ひ奉れば 何れにひ

いき依怙もなし 鎌倉殿へも起請文判官殿へも起請文 二通の起請を

反古(はうぐ)にせじと 夜討に寄せたる昌俊が心を見する此えびらと 重藤(しげどう)と共になげ

 

 

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出すを伊勢三郎追取て 見れば弓には弦もなく矢尻をぬいたるえびらの矢

がら げにてきたはぬ証拠ぞと 大将を始めよし盛も心をふかくかんじ入る 昌俊重ね

て 是伊勢三郎 日の岡にての約束たがへず親の敵 土佐坊昌俊討て本望

とげられよと 襟押くつろげ待かくれど義盛は中々に 昌俊が忠義をかんじ

討んず気色はなかりける 義経づかくかんしん有 かく迄我に忠義の土佐坊いせ

が討ぬも断也 此上は存命(ながらへ)て義経に仕へよと 仰も果ぬにから/\と打わらひ

昌俊が主君は鎌倉殿 討手に向ひし判官殿刃向はざるは義者の道 奉公せ

 

よとは愚かの御諚 昌俊が此からだ姉川の土とならずんば 鎌倉殿の誓紙は

反古 生きては武士の名の穢れ 此御所の庭をかつて義盛の手にかゝれば 不忠と

呼るゝ事もなく 二枚の起請も武士も立つ 去ながら判官殿我を我と思召

存命と有お詞は 生々(しやう/\゛)世々に忘れまし 心にかゝるは御兄弟御中わほくを此世に

て 見奉らぬ残念/\ 此上ながら御中よく未来の御父義朝公 我にも見

せて給はれと 目にては泣ぬ武士の詞がすぐに涙なり 大将御目うるませ給ひ

今の世の人心士農工商に限らず 誠に立て誠に書く誓紙誓言皆背く

 

 

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に 汝は夫に引かへて偽りに誓紙を書 誠に命を捨る事 なからん跡迄汝が誉

れを残す為 祇園のお旅に隠れなき 官者の宮に相殿せさせ 誓文の神にあ

がむべしと 御かんの詞末の世に十月廿日の誓文払 此昌俊を祭るとかや ハゝゝゝ恐

れ有や有かやし 人数ならぬ昌俊命一つ捨ずんば 古今無双の御大将のかゝる情を

聞へきか 未来のほまれ此上なし サア義盛 首取て父に手向年来の本

望をとげられよと すつとよつてどつかと座す義盛も此上は しだい申に及ず

と太刀ぬき放し後に廻り 伊勢左衛門俊盛が一子同名三郎義盛 親の敵只

 

今討昌俊殿御免有 弓矢おうごの八千鉾(やちほこ)の神ゆるさせ給へとふり上れば 首はあへな

く落かたに重てつくる鯨波の声 敵かと見ればさにあらで源八兵衛駿河

次郎 鎌倉勢を追払ひ勝どきあげて立帰り 今夜夜討の大将を討もらして

は候へ共 武蔵が追かけ候へば追付召つれ参るべしと 申上れば御大将 今夜は鶏望(けいほう)喜

速の日 戦ひを急ぐべからず夜は何時ぞ明方ちかし 一番鶏の鳴を相図に軍(いくさ)を

出し逃かゞむやつばらを かたはしより切つくせ是 義経が軍慮の大事旁其旨

心へよと 御下知智謀は呉子孫子張良(ちやうりやう)陳平(ちんぺい) かんしんに諸葛が術をそ

 

 

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らんじ給ひ しかも剣術早業は雲にもかけり水にも入 龍につばさや虎の

巻 七書を胸にたゝみこむ 御大将の御勢ひ恐れぬ 者こそなかりけり