仮想空間

趣味の変体仮名

御入部伽羅女 巻之一

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554352?tocOpened=1

 

 

3

書中京師大後伊勢オカゲ参ノ事ヲ記シタリ京師ノ火災ハ

宝永五年オカゲ参は其翌年ヨリ此書ノ成ル時マデモ流行シタル

ナルベシ又書中ニ亀屋忠兵衛槌屋梅川カ事ハ当春ヨリ露顕シタ

リト見ユ其他去年疱瘡流行ノコト(四ノ十五 ウ)心中女天満屋初(五ノ 十一)材木ニテ打殺サレシ

早嫁ノ牛ガ事ナド皆其頃アリシ実事ト見エタリ

又伊勢参宮道中ニテ男女交合シテ離レザルモノトテ観傷ニ出シタルコトモ見エ

世ノ俗説ヲトリテ戯虐ナルミセモノ也

                       場庭主人識

此草子ハ高山九左衛門カ事ヲ作レリ

正徳元年五月(宝永八年 四月改元)五月廿七日ニテ所持ノ地所書上ル京都ニテ御代官両替銀ノ

事ニ付彼地町奉行ヨリ江戸へ申来リ一旦高(音?)物ニ封印付

 

御入部伽羅女房序

冨と貴(たっとき)とは是人の欲する處蓋(けだい)其道を以て

これを得ざれば豈自天不降生民(あにてんよりせいみんをくださず)みちを

もつて人性を脈ときんば天運正に循環

す爰に洛陽長者町に大黒屋宗善とて

代(よ)/\繁栄の人あり慈心ふかく仏神を

敬ふ事前代未聞也且其一生を爰に

記これを見ん人琥珀の朽やる塵をそむき

磁石の曲れる針を吸ざる心底(おもむろ)ともなり

なんど是を綴り侍る者歟

于時寛永七寅九月吉祥日 湯清氏翫水書也

 

 

4

御入部伽羅女巻之一 目録

ふしぎは神風しづか丸

(一)津國池田に一番の 一万願寺屋酒くめども

               一つきせぬほりぬき

               一分限者の後生ねがひ

美女車に御隠居一人

(ニ)都に一番大黒屋崇善 一家来斗二百九十人の内

                 一女中が半分のうへした共に

                 一不断鹿子に紅裏やましい身体

 

智恵より根引冬木桜

(三)江戸に一番の材木蔵 一浮世に名高くつれ引の

                 一三味線てうしのよいに

                 一乗たりや京屋の雲居

飛駕(はやかご)いそいで希代男

(四)伏見に一番の御船頭 一むまれは撞木町のあと先

                 一ふみそこなふたり丸た船

                 一以上五人のかくし女郎

 

 

5

御入部伽羅女 巻之一

 (第一)不思議は神風静丸(しづかまる)

姿は。荘(かざる)に艶(えん)有。詞は。すくなきに。愛敬おほし。人常に嗜べき

は。兼ての身持行跡に。虚実見ゆれば。中庸の境を踏分(ふみわけ)仏

神の不思議を知るべし。爰に津国(つのくに)池田の里に。万願寺屋とて。

かくれなき。根来(ねおい)。分限。軒をならへし。酒林(さかばやし)も。むかしより次

第に繁り。年中数万駄の。江戸酒積(つめ)共。ついに。海上にて。船損

なきは。万(よろづ)願(ねがひ)を。神にまかせ。仏に誓(ちかひ)ふかき印は。中山寺にて。

常摂待。不断巡礼の。咽をうるほす。ゆへは纔(わづか)の寄進なれども。

茶一滴万倍の。酒に徳有(あり)、すぎし年。京衆と打見に八丈

嶋の下着。きたる。巡礼。此崎嶋に立より。せんじ茶に思ひで

 

申。施主の處を尋られし折節。万願寺屋の手代。此場に居合。私(わたくし)主

人が心ざし。先年よりの次第語り商売は酒屋のよし申

せば。彼人。信心の。ふかきをかんじ。それがしは上(かみ)京一条辺

に住(すむ)者なるが。少(すこし)づゝの酒も以後は。御無心申べしなど。

いひすての言葉。ちがはず。それより半年(ねん)も過。京

の者とて尋来り日外(いつぞや)旦那西国の節酒の事申され

候よし先(まづ)風味も。考がへる為すこしながら。御念入られ

三拾石御積(つみ)のぼせ。値段にはかまひなし。随分上諸白との

望手代共合点せず。今の京消失のあげく軒端さへ。まばら

がちに。我人勧略を。好(このむ)折ふしお大名の屋敷は。しらず。町

人の身体(じんだい)として。すこしの酒塩分に三拾石の酒。近頃

 

 

6

のみこまぬ。行方(いきかた)但(たゞし)。請酒(うけさけ)にても御商売の御家なるか。よし

それは。詮議に及ず。酒京着(ちやく)の節。すぐに金子さへ

御渡し給はらば。明朝。積上(のぼ)すべきの義。京の手代是

を聞。いまだ。廿一二の若者なりしが成程御不審御尤の事。

しかし其酒。せつかく御登せ候ても。旦那が口に相申さね

ば重てのお為悪(あし)し私爰にて風味を。かんがへ。心にいる

を。望むへきよし。手代共勝手に出(いで)。六段に銚子をなら

べ。皆々酒に相違あれば。六色(いろ)の内にてのぞみ給へと。申

ける時。此男片はしより半盃(はんさん)づゝ。味はひ。見て。二つの

銚子を。一所になほし。六色とは。のたまへど此二種(いろ)は。ひとつ

の御酒。さけは五いろに相極まつたり。中よりも此酒。新

 

酒ながら旦那が口に。相応致せば。とてもの事五拾石御登し有

べし。代銀の義は只今。渡し置べしと。召つれし男が。

懐中せし。打がへ出させ此金(きん)二百両有。内算用して御引(ひき)

との見事さ。手代共。よこ手打。さりとは不思議なる御考(かんがへ)

酒は成程五段なりしが。御心を引見ん為。六いろとの虚言

其所を。呑分(わけ)給ふは。つねならぬ御方。殊に十貫目が酒

一度に調(とゝのへ)給ふ御町人。誰様にやと尋し時。只今是にて名

乗にも不及(およばず)。此後は度々五十石百石づゝ。申越(こす)べし。金子

参らず共。頼入の段々馳走の。礼儀をたゞし。此所へ御登

せと。書つけ見れば長者町大黒屋崇善と印置(おき)。彼(かの)

手代は京へのぼりぬ。扨其晩より酒を積立。手代両人

 

 

7

上乗してほとなく京にほのり。かの書付の。家形(やかた)に

酒あげ。さて風体をながめけるに。住家(すみか)位(い)だかく。美を

つくせしありさま。公家にもあらず。武家にもあら

ず。まつた町人かとおもへば。つとめる商売もなし

軒端高(たか)に切石積上。四方(よも)のかまへ雪より妬。門/\には番

の男。一時かはりに。夜(よ)は寝ずのばん勤るよし

昼は玄関に手代あまた。黒羽二重の定紋あらそひ上下(かみしも)

も折目高に金拵(こしらへ)の一腰づゝにて。町人とはさとりぬ。されば此人

の事隣町(りんてう)にて尋けるに。もと此家太閤時代より今の宝

永まで相栄(さかへ)。当あるしまて六代分限。いつれの頃よりをのづから

この人のすめる町を長者町と。いひならはせしも。本朝に

 

かくれなく。大黒屋の宗善とて。代/\枡かけ。切伝へ

四十(よそじ)過より法体きはめ若隠居して大黒姿。跡取

は。東西子(とうざいご)より。勝久(かつひさ)と名前をつたへ十一歳にて。ふり袖

かくし十三の年半元服。十五歳にて男となり廿一に

て。妻(さい)をむかへ先祖よりの定めのごとくに。嫁も十五の初

馬。生れ。器量と。氏は申に不及手跡。すぐれ。和歌にさと

く。琴。歌がるた。打はやし楊弓(やうきう)香会(かうぐはい)。連俳。茶の湯

碁双六の外(ほか)。一ふしの葉歌。声までを吟味せしにも。

さすが都の廣きしるし。大黒屋の祝言前とて。年

と月日の。相性あらため毎日五人七人づゝ。れき/\がたの

息女云入。何(いづ)れか。おろかの氏(うじ)もなく姿絵に花を。かざり

 

 

8

て此家に市をなしぬ

  (第二)美女手車に御隠居一人

世に。云伝し。優曇華と申は。人寿八万歳の時金輪王

四州をめぐりて。海中にいたり給へば。此花。出現するにぞ。

実(げに)逢がたき。ためしに引(ひき)。すくなき縁には。此花の事をいへ

り。されば大黒屋宗善も。今うどん花(げ)の時を得て。其身

はや四十三歳。先祖五代の例にまかせ。法体姿にさま

をかへ。すえはる/\との楽(たのしみ)。世間体の隠居と。ちがひ此

家の作法と申は。家督。不残(のこらず)請取てより。四十三の暮まては。

我妻(さい)より外。女の手から物をとらず。もとより傾城野郎

は。猶しも。かたき。掟をまもつて後。隠居屋鋪へなほると。

 

其儘妾(てかけ)狂ひ。のぞみ次第に京中の美女を。集(あつめ)。喜見城(きげんじやう)

のたのしひ。十四五より廿(はたち)を・かきつて。随分器量すくれ

艶女廿五人。此女の役目には。二六時中の差別(しやべつ)なく

御隠居の仰に随ひ。皆/\立寄お手ぐるま。あるひは祇園

会(え)。清水(きよみつ)まつり。住吉の御祓も過。秋の夕暮。淋しき折に

は。道中五十三つぎ。移して留女(とめおんな)のたはふれ事。この外

有と。あらゆる慰(なぐさみ)昼夜ともに勤の外。仮にも念仏。

仏法ばなしと。男ぶりの。善悪(よしあし)評判。もとより奉公の

目見へすみ。お隙(ひま)あき。出るまては。男の顔見る事

ならず。かやうのことさへ急度まもれば。給銀半季

に廿両。外に御家の定紋大きに。四季の小袖重(かさね)/\

 

 

9(挿絵)

 

 

10

かたしけなき勤ぞかし。されば一子勝久も二九からぬ年

つもり当年はや廿一歳。自然と当流美男。関をかぎつて

西の国には。まれなる男。あつぱれ大将の器量。そなはり

漢朝の書籍(しよじやく)春秋史記などいふ実録に眼(まなこ)を。さらせば。

仁義の媒(なかだち)の道筋明(あきらか)なる心より。いとゞ詩歌の道に長(ちやう)

たり。よつて歴/\方より縁をもとめ。婚?(ぎよく:門がまえに井?)の云入(いひいれ)あれ

とも。勝久さらに。同心なく下心に出家の望。父母(ちゝはゝ)は。いふに

不及。あまたの家来是をなげき。さま/\と異見申に。

いつの頃より。けつか引かへ。労痎(らうがい)の病性となり。日に/\ま

しに俤薄く。炎にむかふ。氷のごとし。依之(これによつて)京中の醫

家(か)。あるひは大名諸家(しよけ)の典薬。耆婆(ぎば)めが術。華陀(くはた)が醫方も

 

今は。はや頼(たのみ)なきにぞ。いとゞ敷(しく)一家(け)おどろき。氏神へ祈

誓ふかく。大神宮へはだし参り。八幡(やはた)への命ごひ。松尾貴船

へ御湯をまいらせ。諸事霊山の貴僧高僧。護摩を修

し檀に。おどる。中にも。三井寺比叡山王廿一社の。感(かん)

応(ほう)にや。すこし元気に食もすゝみ。十の物九つ九分

迷土(あつち)者を。取かへせば。一家一門出人の男女くらがりよ

り明り障子。神のおちから仏の奇特と。いよ/\貴(たつと)ふ。実(まこと)

より勝久も今ははや。もとの者になりかつかう。つき/\

に手をはなさせ。庭の花見。ひとりあるきも。此

病身はたのみがたし。元は気のとゞこをり内気

なる男女。おほくは。思ふ事人にもかたらず。心斗(ばかり)に

 

 

11

あんじわづらふ。これ労性のこもとなれば若(もし)や心に望こと

色の道は。いるに不及。金銀づくにてなる事ならば

と。いとゞ憂(うき)親の案じ。ある時宗善手代共を近くめ

され。汝らもしるごとく。我此家に生れてより四十三年。かは

らず。蛍花を詠むといへども。いまだ。金銀財宝のかぎ

りをしらず。然るに。我今。たま/\に一子をもてども。病身

なるに。心ひかれ。こゆへにまよづ親の身を。かた/\も。さつ

すべし。かれもし憂世のいとまをとらば。久しき長者

が家も、絶(たえ)うせ。末代まての恥辱なるへし。かやうに労性

に心をなやむも。元内心に楽なく。こゝろのむすぼれ。第

一の少気(しやうき)なれば。何とぞかた/\智恵をめぐらし彼に

 

傾国遊里を見せなば。大気にもとづく。手たて共成。病気

もゆゝし敷(しく)本復すべしと。事を分(わけ)。の給へばあまたの手

代畏(かしこまり)仰のごとく此御慰(なくさみ)肝(かん)もんの御計略。且(かつ)又色里の義は。

末社と申て。傾城の道引。御気を。うかす。役目の者御座

候。かれらを。よびよせ申ふくめ。御小気の療治致さば。

まのあたり。御本復と。目出度吉左右父の宗善。御機嫌

よく。さらば。其道引を。片時(へんし)もはやく呼集。吟味せよ

との仰にしたがひ。京中に。ふれをまはし。末社太鼓

の。あつかはなるを。かぎりなふ。あつめける

  (代三)智恵より根引(ねびき)冬木桜

物には時節到来。有馬の湯女(ゆふ)と太鼓持を夫婦に

 

 

12

して詠めたし。第一に酒よう呑で。唯人より物をほし

かり。取しめもなふ。?(わやく)やな気で。不断仕事に。遊び

たがる癖 無(ない)物を着たがつて。月夜も。闇も鼻に小

歌。いかさま。京江戸大阪の。きさんじ。媚(のら)商売とて。吟味

も。せねば家主へも其分。相応に。家賃を払ひ。年

中の米味噌薪も。春秋(はるあき)二度に買がゝり一銭もなく。

七八人口ゆるりくはんすに。不断茶をたぎらかし。下女

小者が茶台にて。奉る程の末社京中に八十七人

皆大臣の情(なさけ)川。露のいとなみ。虚(うそ)を上手に。夕食(めし)過より

明朝(あくるあさ)まで年中内にねぬ商売。こんな男の女房にはる

事よく/\の因果ふだん。ひとりねの床さぞさびじかるべし

 

こちとは一夜にても夫の。留主には。目のあはぬ癖くせの

わるい事もあるかと。半分は先へ行(ゆく)気な。地女(しおんな)は道理ぞ

かし。すべて末社につれそう女房。大かたは引船鹿恋(かこい)う

れぞこ内証は勤の内より申かはせ。酢(すい)も甘いも喰ぬけ

ての女房中/\人のおもはくとは各別。されば近年京中

の人奢といふは大体(たいてい)すぎれば。をのづから曽我殿

は猶。世間の付合角(かど)を。崩さず。おつとつての一腰金目

貫(ぬき)に。鮫鞘。中は何にもせよ町(てう)髪結さへ是を。させば。気

のはるもことはり。されど過し大火より。めつきり

と。町人いたみ。嶋原はいふまでもなし。祇園八坂に

 

 

13

客絶(だえ)て。隙(ひま)なくせ。長命草(たばこ)いやまし。酒樽に蜘の巣

はれば。亭主も爰は。分別所と清水焼の下地を。拵へ

土人形の。さいしき山衆もをのづと是を手伝。隣の茶屋

には賃紬むかひには紙屑駕張。是に目鼻を書(かき)。げ

ほう頭(がしら)の鑑板(かんばん)。是は。かはつた思ひ付と。商売の品を。聞

ば京中の茶屋。顔が長(なご)ふなつて。内がすいたといふ。判字

物には気を付るか第一。此時嶋原の迷惑。さし当て

振売(ふりうり)にも。ならぬ女郎。いかなる家にも十四五人づゝ。明(あけ)

暮と僫(あくび)の数まいらせそろの。貂泥(てんごう)書より田舎土産。京屋雲居

とて。鹿恋(かこい)ながら。器量。打越。松梅(しやうばい)ならねど此度の

隙(ひま)に。気をつけ。太夫。目付字といふたばこ入の仕出し。奉

 

書一枚に大坂の太夫三十六人を歌仙に作り。是を百人に

目をつけさせ。此方より。其目付字を。あらはすの口伝

也。惣じての秘密事。其品を聞伝授得てこそ。心安

くは。思はるれ。其元を仕出し工夫。編るは。一人前の智恵

にあらず。其折節江戸材木屋の何がし。登(のぼり)都(みやこ)の砌。一文

字屋の小倉に見参の頃松山といふ引船彼(かの)目付字の慰

せしを。大臣見てより。次第をとへば。其女郎の。ちえ

といふにぞ。見ぬ恋の海ふかふ。なつて。其翌日。首尾を

調へ一座の愛敬しめやかなる心底。初会より。身請し

て江戸桜とは。なしぬ。是自然と唯居せぬ冥加なれ

ば。是からは。懐紙らうそく。髪の落にて人形の形

 

 

14(挿絵)

常磐

はんじ物

 

花野屋

狂言人形所

 

 

15

こゝろ有のは櫛に蒔絵数珠をつなげば仏に縁

あり。何を。なさるゝも身のお為。人のしる事にあらず

と。世智の宇八といふ末社太夫にまですゝめしは。此折

太鼓持のがつたり城六といふ男是も類火に。あひの町焼(やけ)屋

鋪へせめてはと。灰かく男に打まじり一日二百の日用

賃。此銀(かね)の緒にとりつき。一日二日こそ人も知らね。三日めよ

り力仕事は。ならずものと。此場もはぶかれそれより

は何がなと元手の。いらぬ商売巾着切も命が物種荷(にな)ひ

売(うり)は。肩がきかず。手先に覚し職もなければ。今と

いふ今。分別きはめ。妻子を態と北野へまいらせ。いさぎ

よく。身つくろひせし處へ。友達の宇八来り。お内儀は

 

といふ下より彼細引に気を付。是は城六。合点がゆか

ずと。あたまから。せめとへば。何をか包まん。かう

した所存只今。留られても。今宵をば。待ぬ心底。い

ち/\道理尤にして。其元とへば。是御覧ぜと質の札三

十三枚。つまり肴に。鍋釜まで揚(あげ)。男が是でたとふかと。小

粒程な涙をながせば。宇八ねめつけ。さりとては白人(しろと)

芸。すべて我抔(われら)が身持と申は。人手にあるを露に請れば

もとより我がものといふはなし。今の京こそ是なれ。二

三年も待給へ。王城にはふしきあつて。しぜんとの悦び来る

三月より内裏御普請。何程だらついてもつかみ。取

とは此事に我等爰へ参るも。苦は色かはる欠落也

 

 

16

次第といつは。去年の春より宿賃積りて三百廿匁此外

飯米薪屋紙屋。愛宕様の。御仏餉(ぶつしやう)米さへ二斗

三升語(かたり)喰(ぐひ)爰をもつて身体不残。渡すと申手形

ともに。廿匁がものあるなしさらりと。仕廻ふての今思へ

ば。此世は。仮の宿。唯今拙者参らぬ時は。御身も此場で死る

覚悟引かへせしは仏の方便。幸質札三十三枚。とても人手に

渡すにあらず。是を巡礼。観音へ打納め重て此世に生れ

ても此札に縁遠く。唯今の此身引かへ。大臣にむまるゝ願ひ

おもひ立日が吉日語れば城六悦び。とてもの事に。おひ

づるの拵へ。宇八顔ふり。それは本まの巡礼。拙者らは。是程

に。借銭を背(せなか)におひづる。仏は見返し。先一番に。札楽(ふだらく)やと

 

いふ。上の区は一度那智へ。参詣の男女は質札の冥加に

つきさせ。永き辛苦を。やめさせんとの。御歌爰をもつて。

札楽とぞ申すよし。二番に紀三井(きみい)寺とは空(うつ)大臣の異名

是も我抔が吉左右。よし田に居る誰もかれもと。同

末社十七人は宝永七年のはる花の都を跡に見

なし伏見の方へぞをもむきぬ

  (第四)飛駕籠(はやかご)に乗て希代男

夫(それ)変易生死と申は。仏神の願力或は助力(りき)により。悪

事も善に替る姿の末社共。大仏海道稲荷も打過はやく夜

舟に法(のり)の道。いそいで。出しやと。口/\に。わめく所へ。四五枚肩に

て歴/\の御駕籠扨はお大名の早追なりと皆/\よけて是を通

 

 

17

すに。先立(さきだち)男夜舟をさかし京より。俄に欠落同前の

巡礼衆は。居給はずやといひしな宇八を見て悦(よろこび)件(くだん)の駕籠

へ。三つ指にて申上れば。内より。しかつべらしき男此舟に

乗移りさも慇懃成口上拙者義は。長者町大黒屋宗善

家来籬架(ませかき)四五右衛門と申者しかるにさんぬる頃より。若旦

那病気に付。近頃おむつかしながら御相談申儀あつて今朝(こんてう)

より御宿所へ相尋候所に此段承り。かくの仕合。何茂(いづれも)御苦労

の御事ながらこれより直(すぐ)に旦那方へ御越くたさるべしと

て京橋の駕籠十七挺借(かり)是非をいはせず。駕籠かきは

大きに悦び船頭は腹をすへかね。一たん乗せし上は六

十づゝの舟賃銀になほして拾四匁。京の人が病気なとて

 

此方(こち)の舟は。頭痛もせずと片肌ぬぐ時京の手代壱角(かく)出して

船頭に渡せば波風たゝずに十七人寝耳へ結構な仕合。飛入乗

事は。のつたれども。どうやら是は夢とおもはれ。ころは

二月(きさらぎ)中旬なりしに何も取合ぬ装束おかしはや二条の。

室町辺より。先ばしりかくとつげれば。彼家形には大門開

せ万灯あざむく大提灯隣町(りんてう)より軒端につゞかせ迎の手代十

四五人御大儀の巻舌のぶるに。かゝはゆさ大方ならず。漸

/\。玄関よりにぢりあがれば。次の座敷へ手代道引車座

に。割膝處へ十四五成小姓四五人。裏付の上下折目高なる。茶

台の持ぶり。幽斎時代の莨菪(たばこ)盆十斗もおなし模様な

唐(から)金の大火鉢。是も揃へて十人前気を付る程箔な詮議。し

 

 

18

はらく。あつて。奥の方より五十斗の位高(いだか)き男是なん長

者宗善かと思へば。此家の家老職盛岡源五右衛門とて万

端此男。支配のよし。一礼ぎゝと絶(をはつ)て後勝久どの病気の

次第。元少気より労性さし出(いで)。皆/\手に汗握る。折節各がた

の配剤にて傾城町にかよひ。そめられ。世間にほしかる金

銀を蒔(まか)るゝ。程の気出来れば。親旦那義は申に不及。家内の

者。出入の男女。およそ四五百人皆浮みあがる事。まして御自分

方の御内証年中の義は。宗前請取。此家あらんかぎり。疎

略に致申さぬ儀也。但大気になられ。金銀を蒔るゝ義は何程にて

もかまひなし。をの/\にも力次第随分と騒を。くはたて所

の者悦ぶやうに心をつけ給はるべし。然共此事いまた若旦

 

那には申きかさず。何(いづれ)も方のやうすも聞。其上と存

ずる事にて先ひかへ置候得共。しゆびを見合申かかせ

同心のいたされなば。諸事引廻し頼(たのみ)度(たき)口上。うけ給

はりし。中にも宇八申様仰のことく労性と申ば醫

家(か)のしる。處に無御座(ござなく)もとより針灸陰陽師たとひ

身をくだくといふ共。かれらが。手にも及がたし。先は十

人の内の人mては。我等が家より療治いたし御機嫌に

預りし御高家大名数をしらず。しかれども其御病人

見ぬ請合も。成がたし御勝手。次第に御脈を。うかゞひ其

上の義と申上れば四五右衛門笑(えみ)をふくまれ御尤の御

事明日(みやうにち)宗善にも申聞。よろこばせ申べし。先おろ

 

 

19

くにと。いふ下より八九人の。美少人(じん)。光かゝやく膳部廻

り。ついに。御げんにいらぬ料理さまゞ馳走の数も

をはり今宵は爰に御一宿と。達ての御意。そむ

くは恐れ候得共。又明日も参上再拝敬て憚なく。以

後は旦那の御影先お暇と申出れば。大の六尺十七人

七の図までうしろ。おしまず。一人前つゝ大提灯に

ておくらるゝに痛入身も少(ちい)そふなりぬ

 

御入部伽羅女巻之一終