仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 第一

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース ニ10-01458

 

 

2

 姉は宮ぎの

 妹はしのぶ 碁太平記白石話  座元 豊竹新太夫

誰か知る盤中の飱(ぞん) 粒々(りう/\)皆辛苦すと農を憫(あはれ)む言の

葉も 仁に止(とゞま)る君と民 君々たれば神国の さればあゆみの賤(しづ)の

女(め)も孝を守り義を知て 婦人脱兔(だつと)の勇力は石に立つ矢

の虎と見つ 龍の勢ひ南北朝 頃は建武(けんぶ)の春の山 

〽吉野の内裏 時めけり けふは弥生の三日の空 上巳(じやうし)の節会桃

柳色香争そふ鶏(とり)合せ 南殿の御簾巻上させ 龍顔殊にうるはしく

 

 

3

玉屋の左は坊門の宰相清忠卿 邪佞の冠巾子(こじ)高く 右座も

同じ我慢の相 智慧は纔(わづか)に左少弁隆貫(たかつら) 其外月(げつ)卿居ながれ

て 今日の節会を拝賀有る 陛下は町人商人のおとな子供も打

むれて 入来る日の門日花(じつくは)門拝見門共いひつべき せいする北面(ほくめん)

めん/\にかゝえた鳥のけびいしが はげた天窓(あたま)にたら/\と汗の

玉敷鶏合せ つめもたゝざる賑はしさ まづ一番に白しやぼの地

すりは地下(じげ)と御垣守(みかきもり) 衛士が自慢の籠の中(うち) よるはもえ立

 

とさかの色横ひらりと左折は 烏帽子屋の黒せうこく 互に目と

目を ねらひよるその糸毛の車毛 牛飼舎人も涎を流し 勝負は付

ねば和気(わけ)丹波 御医者の鳥は薬喰 かやかしはに合すは献立の 平野の

禰宜が秘蔵鳥 逃れば跡を追鳥の 一羽ならず二羽三羽 なんばもけるは

鞠の家 奥を催す飛鳥井の お家のせうこく大臣家 爰をせんどゝ

鎧毛のおどしの大鳥泥ずねは 衞りの志(さくはん)としられたり しやむは住吉

三位の飼鳥 中将のとり丸にくり毛の鳥は右馬(うま)の頭(かみ) 身の上しろきは

 

 

4

陰陽師 黒きは四位殿赤きは五位の はう/\逃るを追懸追つめ 東天紅

羽打羽たゝき勝時は目ざましかりける御遊なり 闘鶏終る頃しもや楠

判官正成 参上と披露して優美の袂たぶやかに 智勇兼備と菊水の

流に随ふ家の長(おさ) 恩地左近召ぐして御階(みはし)のもとに拝伏(はいふく)しけふの天気を伺はる

清忠卿遥に見下し ヤア判官正成 けふの節会に遅参はいかに 今迄何してお居

やつた 御不審の勅諚も有たれど其よきに奏聞とげた 雛酒でも呑すごし

昼寝てもおしやつたかと 藪から突出す坊門宰相 正成猶も色をたゞし

 

今両朝と立別れしのぎを削る戦国の衢(ちまた) 其いやしくも勅命を蒙り南朝諸軍

 

の采配たれば 昼夜軍略(ぐんりよ)の工夫をめぐらし 諸陣の手配(てくばり)出張(ばり)の進退 其上今日

注進有て 敵兵摂州湊川迄押寄る条捨置がたく 兵糧運送彼是(かれこれ)と

心に任せず 只今の参代恐ながら貴卿の執達(しつたつ)天聴宜敷乞願ひ奉ると

恭謙辞譲の詞を打消左少弁 ヤ口利根にやつたりな 昼夜軍略に隙(ひま)なし

とは何事 此程つゞく味方の敗北十に八つは北朝勝鬨 負ける様の軍術なら

工夫もへちまもいらぬ/\ 楠でも樫の木でも とちめんほうをふかぬが肝要

 

 

5

笑止/\とあざ笑ふ こたへ兼て恩地左近憚もなくずつと出 我々が主人を嘲弄の

一言聞いられぬ 十をハッツは北朝の勝ときとは何のたわごと 目に余る寄せ手の

大軍何の苦もなくほつしらした 千早(ちはや)赤坂金剛山(こんごうせん) 釣塀からわら人形の計略も

神仏はいざしらず よの常の人間の胸からは出来ぬ事 御自分様の冠あたま打わつて

四五年案じてもあくびより外出る事でない 似合た様に鞠でも蹴つぶし 腹の

へる様工夫なされと すつけり云出す主思ひ ヤア公家に向つて尾籠の一言すさりおらふ

イヤすさるまい 身が主人の謀清忠殿といひ合 又してはちやいれる 北朝びいき ごみ

 

溜へ鳳凰がおつた様な 万里(まで)の小路藤房(ふぢふさ)卿は あほう烏の付合がいやさに高飛をなされた

はい ヤア重々の過言 彼引立よと清忠隆貫 なたも反打血気の若者 正成中を立隔ヤア推

参なり恩地左近 高官に対し無礼の振舞庭上なるぞと押しづめ イヤ何両卿其追打の

宣旨を蒙れば軍の事はお任せあれ 勝も負るも時の運 君の御為国家の為 何条

疎略有るべきぞ 武の道は武士ぞしる公事(くじ)有職は殿上人 けふの節会の鳥合せも

早事終れば是ゟは 御溝()みかはの流れに曲水の宴を設けて詩歌管弦 君の御心慰る是ぞ

貴卿の職ならずや 早とく/\と良将の詞は優々管弦の 調べにつれて入御なれば 清忠

 

 

6

隆貫ぶつてう顔(づら) 恩地も尻目にかけ橋や堂上深く入給ふ 見送りて判官正成 今に

始めぬ宰相といひ隆貫の放逸 ヤヲ恩地 若気とは云ながら慎むる則忠義 汝はゆく

館に帰り 明朝湊川へ出陣のふれ長瀬 和田の源秀 志貴源八 手筈は兼て談じ置 早く

はやくと主命に 座を立花の正成か 譜代の恩地左近の桜 跡に見なして出て行 正成も

奥御殿入んとし給ふ大紋の 袖をしつかと町人の麻上下もしほたれて 用有げにぞ さしうつむく

顔は正くヤアそちは佐々目の兼房(けんぼう) ハゝゝゝゝ先以御案内の尊顔排し奉る兼房が悦び 御賢

察下さるべし 幼少ゟ御侍に育(そだち)しかひもなく さいつ頃天王寺の戦ひに手筈を違へし

 

我誤 切腹と覚悟極めし所 命ながらへ次節を待てと 君の諚意におめ/\と 浪々の今の此ざま

何とぞ帰参の御願ひと御館の御門迄 行通ふたは幾度か 誤有身の悲しさは 御門の敷居は

目ゟも高く 流浪の有様古傍輩の手前を恥 すご/\と通る斗 幸かな今日も鶏合

諸人拝見の群集にまぎれ入込 久々にて尊顔を拝せんと 待に待たるけづの優曇華

三千年に成てふ桃の弥生の寿 花咲ぬ身を不便共思し召れて今一度 御勘気御免の御詞

殊に御不便懸られし妹か懐胎 彼是思し廻らされ 御宥免の御一言御訴訟願ひ奉ると思ひ

込でぞ 泣いたる 正成も心根を不便とは思せ共 私ならぬ官軍の掟 仮初にも赦されす

 

 

7

やゝ打うるみ給ひしが ヤアいかに兼房(けんぼう)軍慮に心をくだくといへ共 宰相清忠なんど我をねたみて讒

言まち/\ 計略もはる/\゛しからず 迚も微運の正成 大切なす事思ひもよらず 今度摂州湊

川の合戦討死と覚悟極めし上なればとにかくそちは生残り我亡(なき)跡も弔へかし 今も今とて

宰相のさかしら 町人の体の汝見咎められては其方斗か 我迚も為よからじ 早々出よとふり切

袖 隔つ思ひは千里の外 勝利を計る大将も流石主従恩愛の 泪の大敵ふせき兼歎きに

時も移りけり 折から宰相左少弁其外公卿ばら/\/\とおつ取巻 ヤア正成の二股武士 御殿

間近くあやしき男とさゝやき點頭(うなづく) うぬは慥に北朝の廻し者 楠と一味して吉野を亡す計略に

 

極つた 腕を廻せとねめ付れば 判官正成取あへず イヤ全く胡乱(うろん)の者ならず 此者は其が家来ヤアヤ其

家来がなぜ丸腰 楠家には町人の家来が有か サア何とゝ のゝしる隆貫清忠目早く

うぬはどふやら見た顔(つら)付 先年天王寺の戦に逐電せし兼房ならずや 弥以て心へず ソレ使(し)の

廳(てう)の官人共 きやつに縄かけ是打はなせ 畏たと下知につれ 捕た/\と打かくる 兼房も一期の瀬戸

むそう返し膝車 柔術 体術 秘術を尽す無刀のあしらひ 正成声かけ ヤレ官人に過ちすな

穢(けがれ)有ては弥重罪 禁廷成ぞと主人の詞 はつとたるみへ付入捕手(とりて) 折重り/\おさへて縄をで

懸にける ソレ正成も同罪叶はぬ所なはかゝれと宰相隆貫 いらつて下知する声の下 勅諚

 

 

8

そふと御簾巻あげ 主上は御声 さはやるに 忠勤無二の正成何条さる事有べきぞ 只此上は湊川

に立越 不日に吉事を奏せよと 花も実も有桃柳 色をも香をも知る人ぞしる勅諚に

ハゝゝゝゝはつと難有涙 ソレ咎人を引立よとゆがむ冠のこじかける 殿上の二人の佞人に庭上の二人の忠

義と忠義 命を的の湊川空しく討死し給ひし 名は末代に有時の 月と見る迄三吉野ゝ花の御

         殿や春の風 袂にかほる橘の民の 栄へぞ