仮想空間

趣味の変体仮名

双蝶々曲輪日記 第九

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      浄瑠璃本データベース  ニ10-02245

 

 

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  第九  勧心寺(かんしんじ)の隠れ家(が)に恋路のまぼろし

河内の国のかた邊りに幻(まぼろし)竹右衛門といふ親仁有 心にゆがむ節もなく 正直一遍歯に

衣をきせねど付けし里の名は 錦郡(にしきごほり)も詫住居(わびすまひ)近所の若者入込で 相撲稽古の地取

場は 裏の縁先縁がはに きせうくはへて寝はらばい ソレ/\/\腰が悪いぞ 右を指たらなぜにはた

かつてあゆみ出さんぞやい エゝそこじや/\そりやこそな さつきにから見て居るか皆身の構へが

そふでないわい 今の様な時はト矢筈に成てとまつて居る 向ふからしかける所で右へ成りとソレ左りへ

成とこねたがよいと仕形見すれば アゝ親仁殿こなたの様に覚て居れば 大坂へいて土俵の

 

上で取ますはいの さいやい そち達は土俵の上でも恥しうない 春は早々此勧心の開帳 其

時は是非相撲勧進元は此竹右衛門 一方は大坂方 寄りの方(かた)はわいらを関取る 皆おれが世話やいたれ

ば どふぞ大坂方に勝したいがな イヤそりや取て見たいな ヲゝそふじや/\/\ したがおらは名がない親仁殿 姓を

見てえい名を付て下され あいつわい おれをば山伏の様に思ふそふな マア大関を誰におせふぞ ヲゝさつきに

から土すかぬ此次郎吉 おれじや/\ ムゝ次郎よかろ わりや在所はどこぞ ハテ知れた渋川郡 イヤ渋川郡とは名乗

にくかろ どふぞ強そふな何にせふ 大和邊りの縁を取 御所車イヤ/\ 余り名過る 渋川郡の心で御所柹(がき:柿)

/\ ヲゝ其御所柹よかろ マアむまい名じや イヤおれが好じやと口々に諍(あらそ)ふ折から奥ゟも 申とゝ

 

 

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様 風呂がよいおお召なされと立出る娘のおとら ヲゝ客人はいられたか アイ濡髪様は コリヤ/\娘 濡身で

は風ひく 浴衣きせてなぜ背中摺て進ぜぬぞ ちやといけ/\ イヤ此間から江戸の客人 春の相撲の

大関又おらとは違ふて 第一若(わか)し大兵 何と御所柹一番いて見んかい 是はよかろイヤおれじや おらもとらして/\

と ざはつく内に浴衣かけ ゆるぎ出る長五郎 ヲイ綾川殿ふろへ入て 親仁殿辞儀なしに入ました 扨えいか

げんお入なされ ホゝ是は皆若い衆 寒取前で精が出やんしよ イヤ関取 皆若い者共がいかふ貴様を見た

がつて居た 慰がてら教てやつて下されぬか イヤ/\夫は慮外 見れば達者そふな骨組 名乗は皆付やんし

たか アイ わしが名は御所柹此村の大関でえす いやどれも/\丈夫な作り ドレ一番もんで見やう 浴

 

衣ひらりと飛でおり しこ踏かたむる力足 見るより俄に跡じさり マアわれいけ何いふぞい 誰が取ふ

といふたぞいマアいけ /\ エゝ誰のかれのと一時に皆かゝれやい イヤ竹右殿そふでない 渡しも久しう地取もせ

ず サア御所柹とやら もんで見やうと 呼かけられてふるひ/\ 親仁殿行事か後ろからきつと押ていて下はれ

や エゝ卑怯な御所柹 灸(やいと)する様に思ふそふな そりや/\/\ そこじやハア もふ仕廻じや サア/\/\つゞいてかゝれ郡

川の勘兵衛が 目玉いからし取付ば 首じやくり 古市の九十郎が かゝると其儘そつ首落しにやこりやならうと 砂

打払へば そこらは誉田(こんだ)の善助がしこ踏ならし 皆のけ/\/\じたいわいらが関取にぎつちと取によつて今

の通りじや なぜあへて取んぞいやい サア参らふ かゝるやいなやコリヤ/\/\と刎かけられ さしもの濡髪背ける五

 

 

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體 所をすかさず後ろ抱きにしつかとしめ コリヤ見たかと引だかへ 上げても/\地放れせず 幻かけ声 そりや/\

そこじや/\腰入/\合点じやがてんと根(こん)一ぱい りきめば左の片足が 向ふの股へ歩み出 其足取てあをぬけ

に もたれをくふてひつしやりと ぢごく落しのあも重ね 砂に埋れへらず口 テモようした物じや親仁殿 是で

は名乗が付まいかの 付共/\ えい名が有ときせるを上 只今の負け相撲 片屋においてひらた蜘(ぐも)/\ ハゝゝゝ エゝ面

倒な サア/\/\皆一時に組付け/\ヲゝサ合点 皆腰入て エイヤ/\/\おせ/\/\ サアもふえいかと一押されてたまら

れず 将棋倒しにばた/\/\とこけ廻る折も折 村の役人いつきせき 申/\竹右衛門様 庄屋殿より云付 大

坂の濡髪といふ相撲取が 人を殺して此観心寺村へ入込だ くゝつて成と捕(とら)まへておけ あすは早々大坂

 

から侍が見へる筈 今夜中に下相談 竹右衛門所は取分け若い者が入込程に早ふ呼でこいとでござります

ちやつと/\と云さして 次の在所へ走り行 幻はそしらぬ顔 何と皆聞たか 濡髪とやらが侍殺して欠落した事

此商売なれば知ぬでもないがわいらは若ししらぬか イヤ此中から其噂 こちの方へも触が廻ろサアこい 皆い

のかい ヲゝ竹右衛門も庄屋へいて訳立ふ おとらはとこに 娘々と呼出し コリヤ酒でもかんして綾殿へ進ぜ 表もしめ

ておけ 誰じや有ふとうかつに明けな 皆こい/\と打連てこそ 急ぎ行 跡に濡髪只一人 枕引よせたばこ

盆心も済まぬ後ろより おとらはちろりに酒のかん 片手に肴取添て 申/\ 長五郎様サア御酒上れ 申私じや

ナ お前の身のなんぎも皆知ている けれど 呑込やのとゝ様が合点なりやつい済であろ 必苦にして煩ふ

 

 

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てばし下さんすな 幸とゝ様も留主 アノナ わたしやいふ事がたんと有る 長五郎様 日外(いつぞや)か此内へお出の時 一目

見るよりテモ扨もさつとして色白なえい殿御と 思ひ初めては夜もねられず 文でくはしういふて見んと廻ら

ぬ筆て認めた 其文もどこでやらつい落した 恥しいわたしが方からねいまへいきや いやじや/\とかふりばかり

すご/\寝間の一人寝も お前のお顔が幻に見ゆるとすれば にくてらしいとゝ様の車長持恟りし 起れば

現(うつゝ)にちら/\と 暮れば夢に長五郎様 心で心が悟られぬと 娘心のくど/\と悔恨めば ムゝ成程/\ 志は忝

ない 何のそなたの其心悪うは受ぬ去ながら 此長五郎が身は今も知ぬ命じや なまなか情らかしい事いふ

たらすはといふ場にそなたの嘆き マア第一は親仁殿が アゝ長五郎といふ者は我身になんぎ有ながら 人の

 

世話に成る上 一人娘にまで 嘆き悲しむ憂目を見する人でないと思はれては 今まで男といはれた濡髪

がぶんも立ぬ 爰の道理を聞わけて むごい長五郎じやと思ふてばし下さるなと 事をわけたる一

云に サイナ そこを無理にといふわしでもない お身になんぎの有事までしつて居て此思ひ はて

なんとせう 仕廻は尼に成覚悟 必未来で添て下さんせと りつぱにいへどもぢ/\と心残りの

折からに 竹右衛門はとつぱかは門の戸たゝいて おとら/\ちやつと明け/\ あいと娘がかけがねを はづせばかけ入はたと

しめ サア長五郎 大事じや/\ 裏は観心寺の藪道 それを右へ行ば大和へぬけるそれから先はこん

次第サア/\早ふ/\とせけ共せかず 親仁殿何の事 エゝ何の事とはつきが廻つて 侍共が古市に宿

 

 

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取てあすは早々此村へくる筈じやわい 竹右衛門が所に居る綾川こそ お尋の濡髪と村のやつら

が注進 古市へたつた今と聞て顛倒(てんどう) サア/\/\早ふ/\/\/\ エゝ段々の世話 礼は詞に尽しがたし去

ながら 迚も遁れぬ長五郎 母者人の詞を立て 一旦は落たれ共コレ義理有兄の十次兵衛 此人に

搦られねば母への不孝 其外の侍共は 切て/\切抜る気 若其古市に居らるゝ侍が 兄十次

兵衛殿なればと かけ出るを押とゞめ コリヤ/\/\待てゝ其十次兵衛殿とは此中われが咄した 南与兵衛の

事じやあろがな 何の其十次兵衛が 百姓づれを頼にして そちをくゝつて連てこいなぞといふ様なぶしじや

ないわいやい コリヤやい着ておる侍はな われがばらした郷左衛門有右衛門めが兄弟共じやわい 迚もくゝらるゝ気なら

 

なぜ十次兵衛殿にくゝられぬぞやい そこを思ふて一先ず落す気 一つには アゝとふぞして助てやりたい 若爰

で縛られたりや おとらめがほへおろをそれがおりや悲しい 此中縁先でひらふた文何心なう見た

れば 娘が貴様へ付文 テモ扨も 親はなうても子はそだつ 陰裏の豆も見んごとおとなしい気に成り

おつた かゝが居たら悦ばふにと 嬉しい半分悲しい半分 竹右衛門が娘じや まさかの時 みれんな気持

やつじやござらぬ たつた一言コレ女房じやといふてやつて下され さいのかはらへいきをろと夫が悲しい /\/\と

どふどふしてむせ返れば 娘はてゝを伏拝 親のお慈悲と斗にて 忝涙にくれにける ムゝ誤つた 十次

兵衛殿に義理の有身 是から直ぐに和泉路へ 夫から先は又先での分別 ヲゝ聞入有て過分/\ 併

 

 

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余り夜深(よぶか)は又気遣 コリヤ娘ソレ出立拵へ おれもちとの間休まふと 蒲団一枚丸寝の夢 おとら

も夢の夫婦連打つれ 一間に入にける 早ふけ渡る山寺の 鐘も現や九つの 爰ら目馴れぬ大男夜

の編笠大脇指 跡に忍びの侍二人付込くる共しらぬ顔 門口に大声上 竹右衛門殿といふは爰でないか

とつかふごにふつと目覚し 夜更て誰じや 竹右衛門は爰じやが何の用じや イヤ気遣な事じやない 人

を殺して大坂からふけつちゃのじや マア爰明けて下はれ濡髪長五郎じやと 聞より外の侍二人がさゝや

き合 してやつたりと走り行 幻は合点せず てもさつぱりとした長五郎 其様な長五郎に近付はない

イヤ親仁殿 此長五郎に用事有て大坂ゟ長吉が来りし物と戸を明くれば ヤレ長五郎か 長吉か 互

 

に堅固でめでたい嬉しい イヤ竹右衛門殿には初て 咄せば長居つまんでいふ 与次兵衛殿も病気本

復 あつま殿はお妾分 お照殿は御本妻 廓の出入も何もかも 浄閑殿の銀の威光でさら

りと埒明めでたいだらけ じやが埒明かぬは彼郷左衛門有右衛門めが云ぬけ 郷左衛門めが一家とも一つになつて

あす早々此村へ取にくる其噂 聞よりたつた一飛 跡は此長吉に任せて一先ず落よ 元腹したも幸

々 サア/\早ふ/\とせり立る男のいきは格別也 イヤ/\そふでない長吉 濡髪が爰に居ながら こなた衆に

かげ有ては弥立ぬ コリヤやい長五郎 長吉殿の今の程事を分けていはるゝに 此幻が詞も聞ず踏とゞま

つて搦とられ 其十次兵衛殿にや何手がらさす イヤ母への孝が立る 義理が八か ヲゝそふじや 此長吉が

 

 

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折角爰までしらせにきた 志を立てさせぬはエゝ曲がないぞよ長五郎 イヤそれでも爰を逃たといは

れては立たぬ イヤ立つ/\/\ コリヤやい 長吉が詞わりやなんと聞ぞいやい 十次兵衛殿の今宵の泊りは

高安郡 其高安へいて 十次兵衛殿に逢さへすりや 逃たのではないナ落よ/\と両人にすゝめられ

是非に及ず立上り 扨ゝ皆のいかい世話 此礼は未来から 長吉 竹右衛門殿 こなたと此濡髪は

どふした縁でござらふぞ もはやおさらば 女房 おとらもさらば わつと泣出す障子の内 此世の別れ生死(しやうじ)

の別れ 思ひ切てぞ 急ぎ行 程なく入くる人音足音 窺ひ/\此家をめがけ 郷左衛門が弟平岡丹平 有

右衛門か兄三原伝蔵其外捕手数十人 腰提燈に道を照させ 丹平伝蔵に打向ひ 長五郎

 

は聞及ぶ大兵 殊には手練うかつにかゝらば仕損ぜん 貴殿は裏道取まかれよ いかにも左様と三原

伝蔵 供人にしめし合せ ぬかるな合点と云捨て裏道へこそ取かける 丹平下知して村の若者呼

出し コリヤ/\ 最前云付た通り心得ましたと門口たゝき 親仁殿/\爰明けて下され御所柹じや 昼の地取に

腰さげを忘れて置た 中の印判今夜庄屋殿へ持て行ねばならぬ サア/\/\早ふ/\と打たゝく 心得竹右が行

燈さげ 戸口に指寄小声にて 御所柹か よい所へ 庄屋殿へ行なら竹右が云まする たつた今大坂から濡

髪がきて 前後もしらぬ大鼾 侍衆へしらして下され 竹右衛門が注進と早ふいていふてくれと 聞より

表に小踊し コリヤ竹右衛門 かくいふは平岡丹平 其濡髪め召捕に向ふた ホゝ出かした/\爰明け

 

 

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よ アゝこれ/\/\ イヤそふ仰山では仕損じ有 きやつは聞へし大兵事には手利き 寝入ばなこそ幸 どれぞ

捕手の内 二人程おはいりなされ 年こそ寄たれ此親仁 三人前はまだ勝負 然らばふとおろかの丹平 ぬ

かるな幻 込でおりますサアお出と 又跡しめて指足に 二人お捕手も跡に付き窺ひ入たる障子の

内 とつたとかけ声障子蹴放し 捕手を二人が膝に引敷き口をとめ 長吉よむまいなァ いやどふでも

老功きびしい/\ 長五郎も早二三里は行たであろ mのふばれだそふか 勝手にせいとぬき合せ 二人の捕手を

拝打 音はばつさり表には 仕負せたといさみ足 奥もばた/\足音斗 死骸の血汐幻が 體

と顔にべつたりぬり 刀を杖によろめき/\戸を押明て エゝ無念や口惜や 命限りに働きしに

 

手練の濡髪せんを取 二人の衆もあへなき御さいご まだ某老功故御らんのごとく手は負へ共 され

共命に気遣なし 皆ふん込でくゝつてたべ エゝにつくい濡髪遁すなと 大勢一度に切入ば 心得

たりと長吉が だんびら物のまくり切 あなたへひけばこなたへにげ追つかへしつ追まはす 竹右衛門は手

おひの真似 よろめき/\ 捕手の邪魔 思ひ入限り 息限り上を下へと立さはぐ 早明方

の横雲も雪に覆はれ東白 道の草葉にふる雪は我身の上と 観念し 観心寺

出はづれ道 大竹しげるゆん手の方 人音さはげばむなさはぎして立とまり 扨は落行あとへ

捕手かけ付け 長吉がさぞ難義 竹右はいかゞとゆきつもどりつ立やすらふ向ふへ 伝蔵手

 

 

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の者引つれてそれのがすなのかけ声に うしろを取まく平岡丹平 きやつがまことの濡

髪ならん 組手を定め三番手まで極め置き 後詰は伝蔵丹平 うしろは大竹足場

はくつきやう 切ぬけさすなと下知をなし 両人床几に腰打かけ のみ取眼にひかへいる 濡

髪にこ/\打笑ひ ホゝゝ面白い 竹の林の土俵入 組でかゝらば腹矢倉じつていなんぞ

はだんびらでめつたむそうのなげ切せん ことぢさすまたかゝらばかゝれあるひはひねりかい

ななげ やりでお出は突落し 組子捕手のひらひをとらんと裾ばせ折て身構へし 刀提

大はだぬぎ雪のはだか身ふる雪に 捕人(とりて)の首すぢひいやりひアあせ ふぎにまかれ

 

目くるめき みぞれまじりに足ひよろ/\ 入かへ/\取むすぶはやうかりける〽次第なり

なんなく組手を打づせ切ふせ なぎ立れば丹平伝蔵たまられず ことぢさすまた

まいてとらんと両方より 追取かゝれば長五郎 捕人のぬき身我かたな左右に引さげ

上段にくるさすまたを 弓手のかたなにはつしと受とめ 下段にかゝることぢのひねり

馬手に請ては身をかはし 突けばそむけひらけば付けこみ 大竹三本小わきにかい込裾

をはらへばひいわりと 小雀なんどのごとくにてりきめばおもりに又しいわり くんで

とらんと寄所を一はねはぢく竹おむち 伝蔵丹平真剣勝負 切て廻れば事

 

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共せず なんなく刀打落しめつたむしやうのつかみなげ 膝にひつしきサアうぬらびく

とうごかば一打と 刀ふり上ふり廻しすでにあやうく見へたる所に 暫し/\と声をかけ走り

来るは南方十次兵衛 長吉に縄をかけ家来にひかせ跡に付そふ竹右衛門 是も供

人取まいてうごかせず 十次兵衛声を上 聊爾すな長五郎 其方が科はいふに及ばず

合点ならん 其両人を殺しなば科重なつて首ぬけ成まい 元来(もとより)縁者ではない他人の十次

兵衛 其方が心のはれる仕様は是と 長吉が縄引ほどき サア汝が組留し両人も此方へ手

渡しせよ サア/\とせり立られ 忝しと首筋掴で投出せば 両人ほう/\起上り ヤア十次兵衛そ

 

こつ/\ なぜ長吉が縄といたえこ贔屓なさばきはさせぬ 濡髪めと一所にくゝり上なぜ同罪

にはおこなはぬ イヤそふはいはれまい なぜどおいやれ 長吉は竹右衛門方に旅宿せしに 人だかへに

て切立れば彼が科とはいはれまい 皆貴方達が麁相といふ物 又竹右衛門が長五郎といひしも

長五郎長吉 紛はしい假名故 閙(いそ)がし紛れ殊には老人 聞違へまい物でなしと 云ほぐされて二人

共 頬(つら)ふくらして閉口す イヤ長五郎 われも身の欲にせぬ事 主人の為の若気事によつたら御前

へ申上様にて済まい物でなし 山崎与次兵衛はお屋敷のお銀方と 彼是内縁も有なれど爰

では渡しのさた サア長五郎立上つて縄かゝれと じつてい振上打てかゝれば濡髪が 切込む刀も

 

 

97(イ14-00002-708 96参照)

縁の綱むすぼれとけぬ兄弟が 互に心折合に刀蹴落しコリヤとつたと 膝にかためてかご

を持て お上にて言訳済むまで大事の濡髪 縄は追ていざ/\急げと 打連て 大坂さして早駕

にはやる長五郎長吉が 心は直ぐに竹右衛門竹の林に住むとらも 勢もよしいさぎよし 心もよしや

与次兵衛あづま 山吹色の菜種畑(はた) 盛の末繁昌うごかぬ 御代こそ久しけれ

 

 

  寛延二己巳年 七月廿四日  作者連名 竹田出雲 三好松洛 並木千柳