仮想空間

趣味の変体仮名

絵本百物語 桃山人夜話 巻第四

 

読んだ本

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100226243/16?ln=ja

 

 

3

桃山人夜話巻第四

  

  第廿七 手負蛇 (だいにじうしち ておひへび)

蛇は陰地に生じて陰気をすく(好く)がゆへに執念深し

依て手を負はせ なま殺しにするときは かなら

ずあた(仇)をむくふものなり むかいより草むらに追(おひ)

入れて打(うち)たる人の眼中に毒気をふきかけて

病となし 頭(かしら)wぽうち落したる者の釜のうちに

とび入て食毒になやませしも其(その)生根(せうこん)をたゝ

 

 

4

ざるがゆへなりとぞかたり伝ふ 其ゆへいかにとなれ

ば こなたに念を残すがゆへに其念に応じて

来(きた)る 此(この)念はものゝ心をしりたる者のたつことあ

たはざるところなり 去(され)ば蛇にかぎらず一切の悪

念も己(おの)れに出(いづ)る時はかならず己れに帰るより

外(ほか)はなしとしるべし 子供などは数(あま)たへびを

もうちころし または生殺しにすることあれども

其心無念無想なれば た(仇)をむくふ(報う)ことなし

只(たゞ)是(これ)を見て恐れぬる者に取附(とりつき)たる例(ためし)はま

 

ゝあることなり 東武の東在所さかさい(逆井?)といへる村

にて いなりの宮を建(たつ)る時 地を掘(ほり)てければ其

丈(たけ)一丈(いちでう)ばかりなる蛇をほり出(いだ)したり 子ども多く

集りて是をとらへ(捕え)石の上にて小刀を以て二(に)

三寸づゝに切(きり) 竹の串にさして もて遊(あそび)とせり

村長(むらおさ)此ところを とをりかゝり見て 大いに恐れ

ければ其夜一丈ばかりの蛇 村長がねま(寝間)に入(いり)

て枕のもとに息をつきいたり 村長大いにおど

ろきて人をして追(おは)はせけるに他(た)の者の目にはかゝ

 

 

5

らず それよりして病となり久しくなやみけるが

医療を以て後に癒(いえ)たり されども子ども抔(ら)が家

には蛇のたゝりすこしもなかりし 是己れに感じ思

ふが故に応じて来れり 求めざれば鬼神といへ共

来(きた)ることなし もろこし(唐)に東坡(とうば)といふ人の子 庭

に出(いで)たるとき蛇の大いなるが雀の子をくはへ(咥え)たる

を見て哀(あはれ)に思ひ 竿を取(とり)て蛇を打(うつ)に 蛇は其

儘落て雀の子は危(あやう)きを逃れたり やがてその

蛇をうちころしつゝ をのれは不仁(ふじん)のものなり

 

凡(およそ)いけるたくひ(類)に子のなきものや ある子をもつ

親の子を思はざるはあるべからず おのれももとは蛇

の子にて また子をもたざるといふをあるべか

らず さあらば何(なん)ぞ雀の生(おひ)たつを喰(くら)ふことや

あるべき 今よりしてかゝる悪事をなすに於(おい)ては

わが手にかけて打殺すべし 雀のゝしりて ふた

打(うち)三打(みうち)うちたゝきければ 蛇は頭(かしら)をたれて いづこ

ともなく逃失(にげうせ)たち 此こと さらにしるものもなか

りけるが 其夜母の夢に一つの蛇来りて すゞ

 

 

6

めの子を取らんとせしことを詫(わび)たりと見て夢

は覚(さめ)たり 母此ことを語り出けるに みな/\思ひ合(あは)

せて奇異の夢なりと感じたりと 蘇轂子(そこくし)

が筆談にのせたり また楚(そ)の孫叔敖(そんしゆくごう)がころし

たる両頭の蛇なんども 仁心をかまへて人に禍(わざはひ)

をさせまじと思ひ詰たる善事(ぜんじ)なれば へびは

をろか(愚か)にして鳥獣(とりけだもの)たりとも其仇(あた)をむくふ

べき所もなく また わざはひをいたすべきの

なきまもなしければ 勤(つと)へきは只善の一つや

 

  手負蛇(ておひへび)

蛇を半(なかば)殺して

捨置(すておき)しかば

其夜来りて

仇をなさんとせしかどを

蚊帳(かちやう)をたれたりしかば

入るを得ず翌日蚊屋の廻(まは)り

紅(くれない)の血しほ したゞりたるが おのづ

から文字のかたちをなして

あたむくひてんとぞ

 書(かき)たり

 

 

7

此(この)鷺(さぎ)五位の

くらいをさづかり

し故にや夜は

光りありてあたりを

 照(てら)せり

 

   第廿八五位の光(だいにじうはち ごいのひかり)

五位鷺(ごいさぎ)の息つくを闇夜(あんや)にみれば火の青く

光るが如し すべて鳥けだものゝ息は夜中(やちう)に光れ

り 猫の眼虫の目何(いづ)れも同じ 魚(うを)の鱗をみて光物(ひかるもの)

なりと恐れ 朽たる木をみて光明(くはうみやう)なりといふこと

まゝ有(ある)ならひなり すべて陰に生ずるものは陰気

に応じてうるほひ(潤い)をまし 陽(やう)に生ずるものは陽

気に感じてうるほひをそふ(添う)ること 一切のもの常(つね)

 

 

8

なり さらに驚くにたらず 昔河内(かわち)の国内野(うちの)と云(いふ)

ところに 夜(よ)な/\光り物有(あり) 見届んとて行(ゆき)ける

もの其土中より古刀(ふるきかたな)を得たり 鉄気(てつき)の土にうき

たるが星の光りに映(えい)じたるなりといへり 遠江(とを/\み)に

西島といふ所あり 山のすそに夕ぐれより二つの

火出(いで)て狂ひ 夜中には其火合(がつ)して一つとなりて

はうせ(失せ)けり 里人(さとびと)も何の火と云ことをしらず 往来

の旅僧(りよそう)見て いたちなり といへり いたちの毛はよ(夜)

に入ては光るものなりとぞ 鷺も是と同じ

 

  第廿九塁(だいにじうく かさね)

下総(しもふさ)の国 羽生村(はにうむら)の百姓与右衛門(よえもん)が妻の かさね 実(じつ)

名(めう)を おつわ といへり 性淫乱にて邪見なるがゆへ

に たび/\嫁(か)すれども離別せらるゝこと九の度(たび)

なり 依て里人あだ名して 塁(かさね)と呼べり 夫(おつと)与(よ)

右衛門(えもん)をりんき(悋気)して みづから井に投じて死し

其霊後妻に取附(とりつき)なやませしことは与右衛門が

因果ものかたり(物語)に出(いで)たれば こゝに略せり 世にうた(歌)

 

 

9

絵ものがたりと云ものありて おつわ与右衛門に

ころされしと書(かき)たれども作意(さくい)なり そも/\此死

霊(りやう)のお菊といへるに取附たるは与右衛門おきくが

身の誤(あやまり)より出たるなり すべて生霊(いきりやう)死霊と

て人に取附て わざはひをいたすことは覚(おぼえ)あるの

身よりして思ひまうけるが故に 是をまねく也

己れにおもひむかふる所なければ生霊死霊の

中にありといふとも取つかるゝことあるべからず 去(され)

ば霊のことはなきが なきにもたゝずしてあるが有(ある)

 

 かさね

かさねが死㚑(しりやう)の

ことは世の人の

しるところ也

 

 

10

 お菊むし

皿屋敷のことは犬うつ童(わらべ)

だも知(しら)れゝば こゝにいはず

 

にもたらずとしるべし 狐たぬきにたふらかさる

るも是と同じ 䏸(祐?)天大僧正(ゆうてんたいさうせう)の詞(ことば)にも一念の

無益なる心を發(おこ)すがゆへに無き妄想を

呼(よふ)なり 念なきものに たゝるべき霊なしと

と(重複?)有(あり) 妄念妄想のこゝろは無学文盲ゟ(より)

出と説けれたれば 学(まな)ばるべきほどの分際(ぶんざい)に

於て書(ふみ)に眼(まなこ)をさらして道をしり 己れが心

の善悪(よしあし)を弁へ 孝悌忠信仁義礼譲(こうていちうしんじんぎれいぜう)を知(しり)

たゞ人には愚(おろか)なることに迷ふこと有べからずと思(おも)べし

 

 

11

  第三十於菊虫(だいさんじう おきくむし)

皿屋しきのお菊むしは おきくが怨念虫となりしと云伝

ふ すへてかゝる怨(うらみ)のことゞもは 其所に止(とゞま)りて年をふる

に随い 草木(さうもく)鳥虫(とりむし)抔(とう)に化(くは)して怨をみする

こと多し 赤間が関(あかまがせき)の蟹は平家一門の人の怨

霊也とぞ 化すべき物も有し人に蟹と成(なり)たること

笑ふへし 婦女子はともあれ物の部(ふ)たる者 死して

かゝる物となること此頃平家には愚人のみ多かりき

 

  第卅一野鉄砲(だいさんじういち のてつほう)

まみ(狸?)と云ものゝ功をへたるを野てつほうといへり ある説

には こうもりの年へて 野ぶすま と云ものになり

たるをも いへりとぞ 夕くれの頃より出て人の面(おもて)にあ

たり 目をふさぎて生血(せいけつ)を吸ふ 巻耳(なりみ:おなもみ)と云(いふ)草を

ふところに入れば これにさまたげらるゝことなしと云(いふ)

深山(さん)に野かげと云もの有 名はかはれども是と同

じ 野かげにもなもみをきらふよし 深山(やま)の人はいへり

 

 

12

  第卅二天火(だいさんじうに てんくは)

天火(てんひ)にて家をやき焼死せし人所々(しよ/\)にあり 去所(さるところ)に

て代官を勤(つとめ)し者すこしも仁心なく 私欲をかま

へて下々をしいたげ 主人にも悪名を負はせけるが

退役(たいやく)して ひと月過(すぎ)火気もなき所より火出(しゆつくは)

て家をやき 身も焼死(やけし)し むさぶり たくはへたる

金銀財宝衣類抔(とう)一時も烟(けむり)と立登れり 其

日 ひとむらの火 天より下りしをみ(見)たる人有(あり)恐るべし

 

  野鉄ぽう

北国(ほっこく)の深山(しんざん)に居る獣なり 人を見かけ蝙蝠(かふほり)

のごとき物を吹出(ふきいだ)し 目口をふさふぃて息を止(とゞ)

め 人をとり食(くら)ふとなり

 

 

13

  天火(てんくは)

また ぶらり火といふ 地より卅間(けん)

余(よ)は魔道にて さま/\゛の悪鬼

ありて わざわひをなせり

 

  第卅三野狐(だいさんじうさん のぎつね)

野干(やかん)は蝋油漆(らうあぶらうるし)ならびに女の気血をこのむもの

なりと心要論(しんやうろん)に出(いで)たり 疑(うたがひ)ぶかきものにして日の

光りを恐れ 刃(やいば)をきらふものを守らするに 一旦

は信を失はずといへども其うむに至りては是をわ

するゝといへり おろかなる人をたぶらかして ものをう

ばふ 気をしりて人に近(ちかづ)くことなし 牛馬のほね

を得ざれば化(ばけ)ること能はず 位の望むを未詳(いまだつまびらか)ならず

 

 

  第卅四鬼熊(だいさんじうし おにくま)

鬼熊(おにくま)は人の目にかゝらぬものなり 木曽にては とし

へたる熊を「おにくま」とはいへり 夜深(よふけ)て民間に

で(いで)牛馬を引出(ひきいだ)して喰(くら)ふ 小人の如く立(たち)て あゆ

めり 猿などを取て手のひらにて押(おす)に忽(たちまち)死す 穴

よりおにくまをとり出すを「おぞく」と云なり 大木

を井がたの如くに組て藤づるを以て穴の口を

ふさぎ種々(しゆ/\゛)の木を入れば取て おくのほうへつめ

 

  野きつね

きつねの提燈の

火をとり蝋燭を

食ふこと今も

まゝある事に

なん

 

 

15

 鬼くま

 

こみ遂には身の置所(おきどころ)なくして穴の口へ出(いづ)るを鑓

にてつき てつほうにてうちとるなり 其力の

つよきこと何人力といふことをしらずといへり わたり

六七尺もあらんかと思はるゝ大石(たいせき)を山中にて

手をかた/\して谷底へ熊の落(おと)したるを見し人

有(あり) 其石を十人して動かしけれども すこしもゆる

がざりしとぞ 鬼熊石とて木曽の山奥に今に

有とぞ云伝ふ 享保の始(はじめ)に鬼熊を獲(え)たる

かりうど有 皮の大いさ六畳に足らずぞ有ける

 

 

16

  第卅五 かみなり

下野の国筑波の辺には雷獣とて山にすむけもの有

夕立雲の起らんとする時 勢ひ猛くなりて空中

へかけるに其いきほひ当るべからずといへり 常にはやさし

くして猫の如し 作りをあらす時は所の人是を狩る

里民(りみん)呼で「かみなり狩(がり)」と云よし 二荒山(につくわうざん)あたり

にては折ふしみ(見)たる人有 白石(はくせき)にも随筆に此事

をくわしくしるし置(をき)あり

 

  神(かみ)なり