仮想空間

趣味の変体仮名

加賀国篠原合戦 第一

 

読んだ本 http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0084-000907

 

3

白鬚実盛

黒髪実盛  加賀国篠原合戦 作者 竹田出雲 長谷川千四

 

道は元来一(いつ)也 衢(ちまた)多きゆへに南北に迷ふ 絲(いと)は

元来白く染(そむ)るによりて色変る 人の心も相同じ 忠

孝礼儀の八(や)ちまたや恩愛恋慕のみだれ糸 結び

とゞめて末長き雲井の都照輝く 姓(うぢ)も平(たひら)の弓張

月 六波羅殿の権勢こそ 心も詞も及ばれね

年は寿永と改(あらたま)る日数も既に霜ふり月 ためしもなれに

 

 

4

めぐりあふ朔旦(さくたん)の冬至とて 祝儀も異なる悦びもうし 当

家の棟梁内大臣朝臣宗守公 梅がえの殿(でん)に出給へば

中納言知盛 小松三位維盛 両卿を始として家門の

累葉(るいえう)枝をつらね 実(げに)も一陽来復の気色もしるき花の袖

今をさかんの時とかや 近江国の住人高橋判官長綱 出勤の

為在京せしがいさましげに参上し 只今五條の橋をt通りしに

けしからぬ人の群集(ぐんじゆ)何ことゝ存ずれば いか成知恵者(ちえしや)のさいくにや

 

珎(めづ)らしきはんじ物 高札のごとくに立置て候が 某是を考申すに

平家の御代をことぶきて民百姓の悦びを 書あらはしたる工夫

物 たはふれごとくは申ながら御上覧に入ん為 即持せ候と絵馬

にひとしき尺余の板 御前に立て置くにぞ 御代をことぶくたはふれ

とは何ごとやらんと人々立より 板の面(おもて)を見給へば筆もあやなき浮

世絵に 嶋田曲(わげ)なる髪形(かたち)慥に女と見へながら 袴を着し大小

よこたへ 雲の上に書付たる安きといふ字に指さすてい 公卿

 

 

5

各眉をしはめさもふしん成御気色 長綱憚る色もなく 殿

上のもてあそび 詩歌管弦とは又格別 下様のことなれば御合点

は参らぬ筈 此はんじ物のめでたいといふ講釈を仕らん 先此女の

袴をきせ 男の役を女にさすは俗に申とゝかゝ とゝは上かゝは下

上下(かみしも)共に相和す心 雲をかきしは即天 墨でかいたる安(やすい)と云字

今の天下は上も下も住安いといふ心 御代万歳のしるしなりとし

たり顔に相述(のぶ)る 新中納言知盛卿 長綱かたはこと御(をん)耳にも入れ

 

給はす 気毒の御顔ばせ つゝみ隠すと思へ共千里を走る平家

の暴悪 人を以ていはしむる天の怒(いかり)疑ひなし 国家の乱れ遠

かるまじと 苦々しげに仰有る 宗守公聞召 心へぬ知盛の一ごん 平

家の悪行露顕とは 何を以て申さるゝいぶかしさよとの給へば

さん候 か様に申せば 亡父入道殿の不善をあらはし 血で血をあらふ

に似たれ共今更何をはぢらふべき 先帝高倉院の御時 中宮

建礼門院主上の種を御懐胎 太子誕生有ならば一の宮に押

 

 

6

立んと 権威に座する御産の祈詮なく出生ましませしは あんに

相違の姫宮なりしを 太子誕生といひふらし 小督局(こがうのつぼね)の御方にも又

は別腹(ふく)の御方にも まします太子を押のけて 誠は女体の安徳

天皇 父浄海のはからひにて 程なく位に即(つき)給ふ 入道のほしいまゝ

一門の悪行を自然と知たる天運冥利 詞には出されずなぞらへ

のはんじ物 御免候へ雲の上に安(やすい)といふ文字をかいたるは 取もなをさず

安徳の安(あん)の字 宇冠に女とかけば女に冠を着せたると 指をさし

 

て笑ふ心 同じく女に袴をきせ大小をさゝせしは 上を学ぶ下万民 男女

の礼儀もみだりなりと 平家を世上にうとませ置き兵乱をおこ

さんと東国の源氏ばらが謀(はかり)ことに疑ひなし ゆゝしき大事に候と

仰もいまだ終らぬ所に 信濃国郡代会津弥七郎元重(もとしげ)あはたゝ

敷参着し 扨も木曽のおく山に源氏の余類とおぼしきもの

諸浪人をかり集め峯深くとり篭り 城を築く其用意

杣人共か委細のしらせ 剰さへ此間は根井の小弥太 滋野の行近(しげののゆきちか)なん

 

 

7

どをみつ/\にかたらふよし 是によつて早速の言上と恐れ入て相延れば 一門

の諸卿驚き給ひ知盛卿の詞の端 実もと思い合されて東国と云

北国と云 一方ならぬ奇怪のさた 片時も猶予叶ふまじと取々に評諚

あり 宗盛公さはぎ給はず 弥七郎が注進神妙/\ 信州におひて

平家へ対し 野心を起さんと欲する者は 木曽冠者義仲ならん 然

ば討手を急々に差向くるにも及ばず ヤアいかに誰か有 斎藤別当

実盛を召出せと仰有 御声に随ふお次の詰番それ/\と呼次ぐ

 

にぞ はつと答る坂東声老の足取かろ/\゛と みぢんもほれけは七十(なゝそじ)

のしるしを見するは鬢と髭 白書院より立出て 斎藤別当実盛

御前に候と 申上れば宗盛公こんど信州のおく山に取籠り 源氏の余

党宗盛がさつする所 木曽義仲に疑ひなし 彼らがことは木曽仲三(ちうざん)

権頭(ごんのかみ)兼遠に縁有る者 汝は又兼党に水魚の因み無二のこんい 探り入て義

仲が謀叛の実否(じつふ)を聞届け 兼遠が心底源氏に加るきざしあら

ば 搦捕て糾明させよ おのづから義仲が人質となつて味方の勝利

 

 

8

心へたるかとの給ふにぞ 実盛慎で畏り 人も多きに某に仰付らるゝ有

がたさ すぐさま彼がやしきに立こへ対面のうへ 善悪にて兼遠が老

ほれからだ 此皺腕にてくゝり上 御見参に入申さんと詞すゞしく領掌

申し罷立んとする所に高橋判官すゝみ出 ヤア/\実盛 其御使い御辺

には叶はず 無用/\とさゝへるにぞ 心へぬ判官の一ごん此御使い叶はぬとは 兼

遠が武勇に実盛はおとりしと あぶながつての気遣か いはれぬことに世

話やかれなと白髪天窓を打ふれば ヲゝ其兼遠とぶゆうくらべが

 

猶以其意得ず 此高橋が知るまいと思ふか 彼義仲が俗姓(しやう)は 悪源太

善平に討れたる 帯刀先生義賢(たてわきせんじやうよしかた)が世伜 駒王といつしやつ 其時は

二さいの乳呑子 捻り殺しても仕廻ふ筈を御辺が懐に守りそだて 権頭

兼遠に養育頼むと預け置し 養ひ子も同前の木曽義仲

むほんの実否は兼遠よりわごりよが知ている筈 此高橋が詮議

にかゝるサア 有やうに白状/\やといはせも果ずヤア愚か也高橋 駒王を

助けし時は某いまだ源氏の家臣 今又平家の縁を給はり宗盛公に

 

 

9

仕(つか)ゆれば 源氏の世伜になんの容赦 義仲に由緒有某をえり出し 兼遠

が心腹せんぎせよと 御諚有天将軍の心はな 実盛に義を励しあく迄も

此せんぎ 仕ぬかせんとの御賢才 高橋づれが知る事ならず 御辺がそばから何

のかのとさゝへをいふもがてん/\ 寿といふ身が娘を妻(さい)にくれよと頼め共 某も

得心せず娘も又そちをきらふ 其無念をはらすのかききたなさよさもしさ

よと嘲笑ば コレ宗盛 縁辺のことは内証づく 口がしこういはれても義仲

とは縁有中 此せんぎはいつ迄も高橋がさせぬ/\ イヤして見せふイヤ

 

させぬと 声もあらゝにいろかを結び柄に手をかけ詰あふたり 新中納

言知盛卿双方共に差控よ しづまれやつと御諚あれば 両人はつと頭

をさげ詞をとゞめ恐れ入る 知盛重ねての仰には 斎藤が申す条武士の節

義の道 さもありなん/\ 又高橋が一通り疑ひとはいひながら 是以僻こと

ならず 所詮両人心を合せ権頭兼遠を 実盛がやしきに呼入れ逐一に

詮議すべし 兼遠もさる者なればよも二心は有まじきぞ 疑ひはらす為

なれば天罰の神文させよ 双方共に罷立てとことを破らぬ厳命に 二人も目(もく)

 

 

10

礼そらえしやく老木もえめる冬至の梅 至日の文もくらからず 武威も

しげるや位山櫟(いちい)の枝の手にみちて 直衣(なをし)の袖もたぶやか成平家の時

代ぞ〽こゝのへに 住ばおのづと鄙人の 詞づかひも垢ぬけて水にやはらぐ

品貌(しなかたち) 寿姫とて実盛が 秘蔵姫の爺(てゝ)そだち 二八に余る振り袖も 殿

御えらみに風通す お部屋勤めの其中にもつとも役の山の井は 年かさといひ

才発者 ナフ皆の衆 けふは此おやしきで権頭兼遠様 高橋判官長綱様

こちの旦那とお三人何かはしらず みつ/\の御相談が有といの いつものやうに

 

ひらしやらと見られたそふにのぞきやんな コレいひ渡して置ましたぞ アノ山

のい様としたことはいの なんぼ男とぼしいとて 権頭様は七十余り 年若な

判官さまは色気のないにくざう顔 頼まれしやつてものぞきはせぬ ほんに思へば

思ふ程アノ高橋判官殿が寿様を女房にしたい 妻にほしいとあたしつ

こふ望づらは何ごと もしもひよつと実盛殿が やろふとなどおつしやつたら天

地はくらやみ泥たんぼ あんな男にそふよりは がは太郎とだかれてねるが まし

であろとの悪口に寿姫は気の毒がり コレなふ人も頼まぬ男のしなず どれ

 

 

11

からどふぬけてもれ聞へまい物でもない 高橋ざたやめてたも けふ

父上の談合の様子は何かしらね共 権頭兼遠様お出と聞くより嬉しうて

待かねるみづからぞと心に深きひみつごと 恋のほころび袖口のしつけの糸

をひねりいる 山のいは興さめ顔 それはまあ何を御意なさる あの年寄

の兼遠様どこに見込がござんすか ざけうもよつ程 日あしもたけた九つ

との御約束 昼には間もないざしきの掃除 お前もお部屋へござりませ

台子の酒はたぎつて有かおたばこ盆の火はよいかと 角がすみ迄気を付け

 

てえさしばふきのしやん/\/\ 手がるにしまふはき掃除爐路の切戸の

表より 頼みませふといひ入る あれはやお客が 傍衆は何してぞ 待しまする

も気の毒な どれお迎ひにと飛石つたひ いざを通りと戸をひらけば 廿(はたち)

斗の器量の若者 両手を白砂に巻舌にて 拙者めは権頭が若党喜

六太と申やつ 主人申入まするは ムゝかた 旦那殿かと思ふたに子細らしいなん

じやの 権の頭が若党喜六太でござりますとまき舌せいでもしれてある

幸いこゝに人はなし 何かなしに山の井か女房共かといはしやる筈 人につゝむこい

 

 

12

中のもとのおこりは互の御主人 お中のよいからお出会も月の中には五度

三度 其お影で顔も見るうさをもはらす首尾もあれ 此間は打たへて御

参会も遠ざかれば 天(あま)のがはの渡り程はづみ切て待かねた 後の首尾は

覚束ない ちょつとござれと手をとれば ヤアこゝな者 餓鬼が水を見付た

やうに かつえさしても置かぬはい 楽みは内証ごと 是の旦那と身が旦那は竹馬

からの御入魂 平生の出会にも あられ酒の到来 権頭殿ちよつとお出 醍

醐の蒸笋(むしたけ)やはらかでお歯にも合ふ 斎藤殿ついおこしと慇懃づくを

 

打やめて心置れぬ御挨拶 それにけふはあらたまり 午の刻に御出ときつと

致したお使者の口上 ことに高橋判官殿御一座と有からは 旦那を始め身

共迄何とやら気遣はし 御こんいの上なれば内証を承はれとそれゆへの

お使い 実盛様へ此わけをとつくりと聞てたも ハテそれはついとはるゝ こふした

守備は又ないこと わしがいふよにアレまだいの まあ口上wpソレまだいな そふ

いふ中には人がくるハテかたいぢな イヤ こなたがかたいぢなとあらそふ後ろ

もぬれ縁の障子押明け寿姫 コレ山の井 /\とよぶ声にはつとおど

 

 

13

ろきエゝ お前はいつから なん時からそこにお入遊ばすと手持ぶさたにひ

ねくり廻す猿戸のかきがねおとがひもくひちがふたる不守備なり イヤ

たつた今きたはいの 父上の御用が有とお尋なさるゝちやつといきや

アゝそれを聞て落付た コレ権の頭様のお使い 御口上の趣き旦那斎藤実

盛様へ お取次申まするでござりまするでござんするする/\/\と走り

行 寿姫は山の井が行を待かね走りより コレ喜六太 よふ嘘をつきやつ

たの そなたをちよつと見てそめしより有るにもあられぬ思ひのふち そこの心を

 

もしほ草 筆に伝へし千束のふみ 跡にも先にもつれない返事 此身には

のぞみも有 今やなどの妻持ては体毛の妨げ 思ひ切て下されといふた下から

今のは何ぞ あの山のいが体毛か 人に恥をあたへてもそなたはなんともおも

やるまいが わしが身はもふすたつた いやな女子にほれらるゝ苦のない様に

してやろと 袖に隠せし守り刀 きらりと光るにあはてゝ取付きアゝ申お

短気な お前を殺し実盛様へどふ立ふ そんなら叶へてたもるかや いや

まあそれは いやならはなしや はなして是がよいものか 殺しともなか

 

 

14

おふといや アイ アイ 慥にあいじやの アイ アイ あいでござります 嬉しや

望が叶ふたと抱(いだき)つゝくり山の井が 後に立てコレ申 爺御様がめしま

すと 突抜く声は喜六太が 肝にこたへて飛のくをじつととらへてこれどこへ

まあ 大たんにならしやりました 盗人の隙はあれど守り手の隙がない せど

かどに男もほされぬ ヤア男とは誰を男 アイ 慮外ながら此男と

 

喜六太はむしやぶり付き よふも/\目をぬいてぬつくりと味やりやるの

コリヤヤイ ぬつくりかひいやりか そこらへはまだ手も付ぬ アノ 抱付ても手

を付ぬか にくや/\とふり廻す寿ふたりを引はなし 人もなげなあんまり

じや 侍の内に仕(つかへ)る者が徒(いたづら)してもだじないか イヤこりやおかしい 徒ごと

のせんさくするお前は 親御のゆるさぬ男かちおとしてもヲゝだじござら

ぬ 寿様はそちがすき次第と父上の印可を取た 娘の権柄主の威光

アイ 其威光にも歩(かち)若党 山の井は先の妻 こつちへござれと引よする

 

 

15

ヲゝ先でも後でも喜六太は 此寿が恋男 そこはなさぬかイヤならぬと

はおりもえりもちや/\むちやこ あなたへひつはりこなたへひかれ 木に成る

喜六太手を合せ 是がしれると首が飛ぶ おがむ/\も聞入なくもてあつ

かふている所に 表げんくはの客もふけはや御入とひしめくにぞ 三人驚き

立さはぎ見付られじと忍びいる 権頭兼遠高橋判官同道にて 一間へ

通れば斎藤別当威儀をあらため出向ひ 御両所共に御くらうと互の

挨拶ことおはり なふ高橋殿 宗盛公の御諚の趣き其方申渡さるゝか

 

イヤサ詮議の当役は御自分 其は横目役 ちつとでも容赦はさせぬ

胸を定めてさあせんぎ ホゝウ御前でと申御念の入た御一ごん 容赦致

すか致さぬか みゝの垢をほせりだし とつくりと聞れよのふれ ナニサ権の

頭殿 此度木曽義仲と云者東山道(とうせんだう)にむほんの企て 彼義仲を何

者と存ぜしに 過つる久寿(きうじゆ)二年 鎌倉の悪源太義平に討れなふ 故(こ)

帯刀先生(たてわきぜんじやう)源義賢の忘れがたみ 其時纔(わづか)二さいの孤(みなしご)ともに殺せと有

つるに 身が了簡で助け置 帯刀どの尾によしみ有貴殿に養育頼む

 

 

16

とて 遣はした此斎藤 養ふたは権頭 其孤の駒王丸 木曽義仲と名

を改め 平家を亡す義兵を企て 隣国よりも訴るに知らぬ顔は心に

くし せんぎせよとの御意なればちんずるに所なし 速やかに御返答承はらんと問

かける 権頭はつと思ひ扨は木曽殿のおぼし立ちことあらはれしと驚きしが

元より聞へる古兵(ふるつはもの)も変ぜずさあらぬてい ホゝウ何ごとかと存ぜしに

子細を聞て先あんど いかにも/\駒王を養つて 人らしうもならふかと

十二三迄育てしがのふ聞れよ 帯刀殿の忘れがたみ源氏の乙(ふたば)といはるゝ

 

身が 生れ付た手長蛸 人の見ぬ間はたゞ小盗み 撮(つまみ)ぐひ悪(わる)ほたへ 小路

隠れのしね悪者 ほつとりとあいそがつき ぼいまくつてのけたれば其後

はありかもしらず ごくに立ずが謀叛などゝは針を棒に取なす虚説

とかく評議に及ばぬことゝ 打なぐつたるそらとぼけ 高橋判官せゝら笑い

是権頭あまいこと尽されな ごくに立ずの木曽義仲 追出したといふ

せうこが有か はて其せうこには追出したが慥なせうこ ヤアぬらりくらり

とぬけまい/\ 証拠がなければむほんの加党人(かたうど) いかに/\と詰かくる 実

 

 

17

盛は兼遠がなんぎをさつしいや是判官殿 兼遠程の侍がよも嘘

言は申されまい 右の通り申上 其上での御了簡ヤア手ぬり/\ 大事

のせんぎを承はり かれがしらぬといふ任せに御前が済ふと思はるゝか 此うへは

せんぎもいらぬ 義仲が討手に向ひ ひつくゝつて拷問し嘘の化けをあらはさん

と いたる所をずんど立つ権頭しばしと留(とゞめ) 覚なき御ふしんを蒙るも義

仲殿余人を討手に遣はqしては其が一ぶん立ず ホゝウ一ぶんが立zyは 身の云

わけさつはりと立やうのしあんをめされ ムウ聞へた/\ 権頭が心の潔白

 

神文せよといふことな ヲゝ其神文が遅い/\ 二心なき趣 くまのゝ牛王に書き

あらはし 血判させて請とらねばいつかな此場は動かせぬ 則ち牛王も懐中

せりと兼遠が前に押ひろげ のつひきさせずせりかけしはぜひに及ぬ

手詰めなる ホゝウ疑ひをはらさんは いとやすき御所望とそばなる硯引

よせて 墨もするどきものゝふの節義にせまる起請文 是ぞ乞索(きつそ)

厭状(あふでう)なれば神罰ゆるさせ給はれと 心中にきせいをなし筆を立る

文言は 義仲が討手を蒙り 即事に搦め出すべし 若し偽り申においては

 

 

18

梵天帝釈四天王 日本六十余州の神祇(じんぎ)冥罰を請る者也

権頭中原の兼遠と書き付け 指しぞへの小刀にみけんをつんざき血判すへ

是見られよと差出す ホゝ誓紙の上はいひぶんなし 御前はよろしう

高橋が申上んと巻おさめ 是実盛殿 昨日と申し只今迄ことばを

あらしお腹が立ふ イヤなに権頭殿 ものでござる あぢなことが根に成て

聞へぬと存るから不調法も申たもの こふことが相済む上は貴殿にも

遠慮はない 実盛殿の御息女 拙者が女房にしたいが高 かふ三つ金(がね)

 

輪でいひ出せば世間だつた結納(たのみ)も同前 今日来たは則ち聟入 いやおふ

いはさぬ証人は兼遠殿 拵も何も入ぬ寿姫を身がすぐに 同道していに

たいが邪魔な物は誓紙 御前迄いてくる間 女房共を預け置く 詞を

つがふた斎藤殿とたべつ納めつ独りの料簡 権頭も実盛も相手にならぬ

よそ見顔 コレサそこな舅殿必詞をつがふたと 押付わざの聟ぶりして

鼻高橋が立かへる 実盛は長綱が存外は耳にもかけず 心に深く木

曽殿の御身の上の気遣はしく とはんと思へど眼前に誓紙をかきしごんの頭

 

 

19

問も麁忽問ぬもいかゞ 兼遠も又実盛が底意を押てとはれもせず

日頃は無二の挨拶も互に心を置き合いて 口を閉づるは平家の聞へ心は源氏

にかたむきし 小首に頬杖つくねんと座席しらけて見へにける 権頭兼遠

生け花をしろりと見やり 是ぞ幸実盛が所存を尋る能き使いと 花に

詞をよせがまち床(とこ)の前へにじりより 入たりいつたり見ごと/\ 水仙のあしらひ

寒紅梅のずつとやりやう 茶心なふてはいかぬナフ斎藤殿 此水仙

花形(くはぎやう)もよし中中々見ごと ぶこつながら所望致し やしきへ帰り生様(いけやう)の

 

くふう思案致したい ホゝ何が扨お安い御用併し 今人のもてはやす紅梅

の真盛り 赤花は目にとまらず 手前のみばへそと致した 其水仙の白い花

お気に入て御所望とは ムウ フウ ムゝ すいせん仕つた 拙者が育てし専(せん)も立つ コレ

花首(はなくび)の落ぬやうに生けおほせて下されよ すりや 白い赤いに気が付て

貴殿のみばへを兼遠に生けさする合点よな ハテ花にもせよ人にもせ

よ 元は拙者がしんぜた物 いけふとあれば満足/\ ハゝ御料簡で申請る

一本の水仙は 花にとつてもめでたき物 中はこがるゝきがね色外は清(きよ)げに

 

 

20

白かねの 色をまじへし金盞銀臺(きんさんぎんだい) 家の宝を申受罷りかへろと押いだき 一

礼述て立出る 斎藤も送つて出常とはかはるけふノ辞儀 態とゞめも仕らぬ

何が扨/\ 重ねて緩りと御参会 次手ながらお庭の景色 一見して罷かへろ

お入/\と立別れ炉路口さしてあゆみ行 喜六太は最前より我身を

人に水鉢の 陰にくゞなりいたりしがずつとよつて申旦那 様子やれにて承は

れば 木曽義仲が身の上しらぬとの御誓言 神文をなされてはしまひの

付ぬお身の上 イヤ 御心底はいかゞぞととふをねめ付けヤア儕は何しにこゝへ出た

 

此権頭は 宗盛公の疑ひ受 二心なきをあらはさんと血判をしたはやい ムウ扨

は 源氏を見限つてか ヲゝサ 其が木曽殿を搦出そふと請合ねば高橋

か承はり たとへ信濃にいやらふが または都にいやらふが終にはさがし出さるゝ 其討

手をやめさせ 兼遠が承はればぎんみの仕やうが又格別 平家の為にも

たがいにも 成やうのしあんから其一人は平家のみかた 樋口次郎兼光 今井の

四郎兼平 二人のせがれは誓紙もかゝず 血判もさせねばな ナ ナ合点が

いたか 親は親 子供は子供 源平に引別れし例は是に限らぬこと 此兼遠が

 

 

21

心底実盛も得心にて 囉(もらふ)ていぬか此水仙 子供共に生けさす所存なん

と 喜六太 呑込だか ハツア有がたい御仁心 一天下の草木迄平家にな

びき随ふ時節 世になき源氏を取立んと年月の心遣ひ それ程迄此

義仲をヤアちまよふて何をいふ 人が聞くうろたへ者 若黨の喜六太が 身

がらを忘れて馬鹿つくすか 其やうにうろたへては 出世も望も叶ふまい 召

仕ふも是限り 身が手をはなれ行くとても 必ず短気だすまいぞ 主従の

よしみには 今別るゝが不便なと 詞に世間は憚れど 涙をつゝみ兼遠が

 

忠義の心ぞ切なけれ 義仲も目をすりあかめ 幼少より厚恩受け

親とも主共思ひしに 只今別るゝ身のつらさ 此世こそあれ来世

では もとの主なり家来なり 忘れてばし下さるなと袖にすがつて

歎かるゝ サア来世を忘れまい為に 大事のそちを忘れて行かん 無事

で/\とかほ見合せ 詞につきぬかず/\は 胸と/\にこたへ合い なきわかれ

行ものゝふの身の上あはれあぢきなき 山の井は小隠れよりつか/\と走り

出 男の心は深いもの よふ名をかくしていさんした 女房に過た氏系図

 

 

22

義仲様とだき付けばきよつと驚きコリヤヤイ 若党づれを義仲とは

つがもない何をいふ すねにはく足半(あしなか)なら此方に覚が有 あれまだ

深い わしになんの遠慮が有 二度聞たりや地獄耳 義仲様に

ちがひはない ハテ無理いふな覚はない ムウ 打わつていはぬ気は 寿様と

ふうふになる心じやの ハテそふじやないはいの 旦那が先へ帰られたヤレ

追付んとかけて行 おびに取付きぶらさがりやらぬ/\と引もどせば 放せ

/\と又かけ出し ひいつひかるゝ後より実盛つゝとねらひより 氷の刃

 

山の井が脇ばらぐつとさし通す あつとさけぶに義仲も驚き出る寿

姫 父上何ごとあそばせしむごやこはやとふるひ居る 山の井くるしき目を

ひらき エゝひけうにござる実盛様 姫御と義仲様 ふたりの恋の

じやまになる わしを殺してそはせふとは むごいつれない親子衆 主には

かたれぬ家来でも 恋路にへだてはないものを どうよくな人々とうらみ

歎くぞいぢらしし ヤア姫が為に殺すとは其方が料簡ちがひ 実盛が

心底も権頭と同じこと 平家につかへる其が姫をあなたにそはされふか

 

 

23

なま中そちが木曽殿の お名をしつたが身の不運 コリヤよふ聞け 汝が

兄の岩村平内 高橋が家に奉公すれば もれ聞へては一大事と 古主(こしう)へ

立る我寸志 せんかたなさに手にかけた いとしう思ふ男の為 死ぬると

あきらめ成仏せよと いひきくすれば打つなづき 兄弟故の疑ひとは

しらぬことゝて山の井が 浅くも人をうらみしぞや 義仲様を大切にお

ぼしめして給はれば わたしはしんでも本望ぞや 執着輪廻はもふ残ら

ぬ 此上の願ひには 寿様と義仲様 ふうふになつて給はれと くるしき中

 

にも貞女を立るさいごの詞に恥入て 姫も父も義仲もふびん/\と

歎かるゝ 実盛もく/\打うなづき いかにも望を叶へてくれん ヤイ娘

勘当じやぞ エイ 何故の勘当 コリヤヤイ 実盛が娘といへば 木曽

殿にそはされぬ 勘当したは此女が 願ひを立る身が料簡 今より

後はおことが名と 山の井が名を一つになし 山の井の山と ことぶきのぶきを

合して山吹と名を改めてふうふになれば 山の井もつれそふ道理 一人

の夫と思はすと御大切に仕れと かなたこなたの思ひをはらす斎藤が

 

 

24

情の程あつとかんずる斗なり 山の井は嬉しげに 願ひの上の願ひも叶ひ

心にかゝる迷ひもなし 味来の道も迷はじとつらぬく刀ぬき捨れば

人々今が臨終ぞとすゝむる功徳称名に息はむなしくたへ果たり

高橋が郎等岩村平内 姫を迎ひの乗物もたせどや/\と入来り

主人が約束致されしおく様を迎ひにきた はや渡されよと罵りける

ヤア渡せとは誰を渡せ 実盛が娘は子細あつて勘当 高橋殿の奥

とやら口とやら 此方に覚はない 門(かど)違へかなしたであろ平内 大義じや

 

休んでいけ コリヤいけ/\と義仲に心を付けて奥に入 ヤア舅あしらひ

めんどうなに 勘当とは旦那が仕合 親なし故いざござれと 無体に姫を引

立て行く 義仲こらへず岩村が腕首取て捻上 海蜻蛉(うみとんぼう)がちよこざいをと

突飛されてひよろ/\/\ 後のしがいに行当り ヤア 身が妹とはどいつが切た

扨は毛二才めが殺したな 主人の用より私ごと 敵をとらんとひしめいたり

ホウ妹が敵は却て儕 追善首を捻きらんと小踊りして立かゝれば あれ

ぶち殺せと追取巻 つばな薄(すゝき)と乱るゝ劔 もぎ取捻取さそくのはやわざ

 

 

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五十人一抓み しめ付け打付け投ちらすは膊多王(はくたわう)の鬼狩も かくやと思ふ斗なり

ヤア/\きやつめは強敵(がうてき)者 近よつてけがするな 長柄にかけて突通し 田楽料

理にさいなまんと 岩村が大身の鑓上段下段に突かゝり ひらりとはづしし

ほ首握り たぐりよれば叶はじと刀をぬいて切はらふ きゝ腕しつかとひつ抓み 鑓

の柄にもじり付け くるりとひねればひつくり返り うごめくせぼねを只一つき

ぎやつ共岩村平内が下人は恐れて逃ちりける サア此上は此所にしばしも足

はとめられず 実盛に今一度あふて何角の一礼を イヤ/\それも義仲がいはぬ

 

はいふにます/\よい首尾 サアおじや寿一所に行ふ ハテ是申自らは寿ではない

はいな それよ/\ 山吹と名を付くかへしも親のじひ 勘当願ひは又重ねて 都の門

出手始めよし 吉凶は人によつて日によらず 思ひ立つ日が吉日吉祥 此気に乗

て帰国を急ぎ 我木曽山にきびしき城郭 切り峯高くきづきあげ

きめうのぐんじゆつ希代のけいりやく 数万の敵の気を取ひしぎ

喜悦のまゆをひらかんは此義仲が方寸にあり 有がたき君が代

めぐみにひらく武運の花山吹諸共打つれ立 本国さしていそぎける