仮想空間

趣味の変体仮名

義經将棊經 第二

読んだ本 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100109445/5?ln=jal

      浄瑠璃本データベース 

 

 

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   第二

荘周(そうしう)が胡蝶丁固(ていこ)が松きのふはけふの夢ぞかし。前の

陸奥守入道秀ひら。やまふの日数ふる時雨神無月の

霜ときえ。一国の四民はいふに及ばず。りん国のしんそへだて

なく歎きしたはぬ者はなし。五人の男子の其中にも三男い

づみの三郎は。孝行深くしんそうあつくし昼夜朝暮(ちうやてうぼ)におこたら

ず。廟参(べうさん)して帰りしが白かは口の鉄(くろがね)門より。飛脚と覚しく

魚のすまきをかたにかけ。足ばやにぞ来りける泉の三郎きつと

 

 

30

見付。あの者とゞめよ承るとかちの者。忠ひら殿の御用有待ま

せいとぞとめたりける。忠ひら近々と召よせ。先づ其方は当国者か

他国者か。当地は秀ひらが中隠にて一国殺生をきんぜいし

。魚鳥の往返はふち人町人百姓迄遠慮せしむる刻(きざみ)。なま

ぐさ物をたいし城下を徘徊す。但見付の番所にてはとがめ

ざるかとあれば飛脚さはがず。是は鎌倉殿より秀ひら殿の御

弔(とむらひ)。梶原の承りにて兄弟の人々へ御奉書の御使に罷下り。其返

礼として兄弟の衆よりけん上有り。奥州の名物さけの塩引候と

 

云捨て通らんとす。こりやまて/\其意をえず。父秀ひらが

御悔(くやみ)にはさいつ頃あだち左馬允(さまのかみ)をくだされたり。重ね/\御こん

せいの御弔有にもせよ。鎌倉殿の御奉書をどろずねの足

軽が持参せしも心へず。父が中隠に魚類のけん上ふしぎといひ

。兄弟中へといへ共我かつて始終をしらずかた/\゛ふつがう千万也

。然らば兄弟がお受の返状あらん披見せんと云ければ。イヤ弔にて

候故か御返事は是なしとこたふ。それさがせとをつ取巻き帯とき

髪ときえりふくろばし。様々せんさくしけれ共返状はなかりけり。エゝ

 

 

31

さること有すまきをといて魚のはらをせんぎせよ。承てすまきを

切塩引のはらをひらけば。たかんなのかはに包(つゝみ)ふう付の一通有。扨こ

そ/\さぞ有らんとふうねし切てをしひらき。よみて見れば兄錦戸が

手跡にてぞかきたりける其文にいはく。臣錦戸抔重而。源君(げんくん)

亜相(あしやう)ばつかの仰を蒙て。厳命にこたへ奉る返状。仰先日御舎

弟予州判官殿を討進ずるにをいては。房総武常(ぼうさうぶじやう)の四ヶ国

加増あんどせらるべき旨仰下さるゝといへ共。弟泉の三郎忠ひら不

同心によつて。台名にそむき奉る段たざいよんどころなく恐れ入候

 

者か。父か遺制おもしといへ共黄泉(くはうせん)はるか也。君の厳命高ふして

恩賞近きに在。君父の両命損益かんが見れば父が教に損有て

。君の詞に益有子孫の栄華は宗廟の悦ぶ所亡父なんぞうれ

へんや。是によつて判官殿を始。武蔵坊弁けい并にじうえの逆

臣残らず討取。首を鎌倉にけんずることくびすをめぐらず此旨

。宜敷御披露に預るべし臣。錦戸抔誠恐。誠惶謹而申と

読みもをはらずくる/\と巻て懐中し。そいつ討てすつべけれ共。中隠(ちういん)

といひきやつが知たることならず。なはをかけかみそりこぼしをつはらへと

 

 

32

有ければ。けつきの者共立かゝり高手小手にからみ付。あたまをそる

やらむしるやらちまじりにそりこぼしたゝき立てをつはらへば。秀ひら殿

の後の世は。此道心が請取たとにげぼえしてぞ失にける。此こと何

者か告たりけん。錦戸の太郎国ひら伊達の二郎安ひら。馬にものら

ず手廻り少々一さんにかけ来り。ヤア忠ひら。おことは先日頼朝公の

御意にしたがはず。去によつて此度は我々斗お請を申になん

ぞや御飛脚にらうぜきし。御奉書の返事をうばひ取こといはれなし

。礼儀をしらぬくはんたい者しさいを。申せといかりける。忠ひらちつ共

 

おくせず。いや礼儀を存じたる故にこそ。返状をうばひ取飛脚

にもせつかんをくはへ候。こと新敷候へ共。鎌倉にしたがひ判官殿を

討給はゞ。先父の遺言は何とか守り給ふべき。親にそむくは礼儀

にそむくに候はずや。さの給ふ兄達こそ礼儀しらずの道しらずと

。此忠ひらは存ると。詞をはなつて申ける。錦戸以の外に腹を立

。それこそをのれせわにいふ杓子ぢやうぎといふ物よ。今をさいごの病

苦にせまりねつきにおかされうはことたはこと。差別(しやべつ)もなきを遺

言とて守るならば。父のさいごに城郭をも打くづし。国を捨家を

 

 

33

捨。道心づだの身となれといはれたも遺言とて。兄弟がこじき

主に成べきか。遺言はともかくも家わおおこし国栄へ。子孫はん

昌ならんこそ誠の孝行成べけれ。いや只論はむやく己一人四人の

者にさからふて。義経がたにならばなれ鎌倉の御意を受。たつた

義経をかきくびしせんずる時ほえづら見んがふびん也。兄弟のちな

み是迄ぞ罷達下郎めと。はつたとにらむを泉の三郎。ヲゝ此只ひら

がほえづらかくか。御へん達がにらむめから栃程の涙をながさすか

。口ばし過して後悔するを見る様な。五年先に生るゝか。三年跡に

 

生るゝか。兄とてもこはからず弟とてかるしめな。二つの首をぜひ

一つは只ひらが入札エゝ。うてがかいゝとこぶしをにぎりはがみをなすぞ

道理成。伊達の二郎をどり出ヤアだまらぬか推参者。兄弟五人の頭(かしら)

をふまへし太郎殿父入道殿同前たり。誰に向つて其悪口此やす

ひらは聞ていぬ。せいばいせんと刀のつかに手をかくる錦戸すがつて先

待れよ。御意我らが手をおろす迄もなし。中間原に云付首討た

するはやすけれ共。母たる人のてうあい深し。大事の前の小事きやつ

らていのやせ男。千手観音の手を付ても物の数にあらばこそ

 

 

34

。いけてごうをはたかせん兄のじひに命を助る。今日より兄弟の列

座無用とねめ付/\立帰るはばうしやくぶじんといひつべし。忠

ひら今はたまられず追かけて討て捨ふか。君に注進申さん

かと立出ては立もどり。とつゝ置つしあんをくだき。いや/\是はけつき

の勇。ことをやぶらず始めてこそ忠孝有て兄弟に心ざしも立へ

けれ。所詮其はかりことをめぐらし。判官殿を当国中追はらひ

参らせん。時には討こと思ひもよらず。討ねば兄弟不忠不孝の恥

辱もなしと。とつくとしあんしヤア家来共。手廻りより末々迄只

 

今のあらまし故さた堅(かたく)きんぜいぞ。はうばいづからも他言せばきつ

としをきにをこなふべしと。くづれしえもんを引つくろひびんかきなでゝ

㒵持も。ゆたかに変える分別もちえもしあんも正直の。心より皆

わき出る泉が。情ぞ〽頼もしき。あさにつれおふ蓬(よもぎ)の矢

。弓取の妻なれや忠ひらの北のかた。忍ぶの前は二人の子を。教そだ

てゝおつとにも。つかふる道の浅からず。ようぎたいはい心ばせ。十人なみ

を打こして末の松山二ばよりいくよをこめし中なりし。おもてつかひ

の女房達おくに参り。申高舘様より御使に武蔵殿の

 

 

35

御出故。殿様はおるすの由申候へばお帰り迄待んとて鑓の間に

と聞もあへず北のかた。アゝ夫は無礼やな常さへおくへよび参らする。こと

に君のお使とや殿のおるすなればとて。何かくるしかるべきこなたへ

通し参らせよ。畏て女房達。おもてに立出こなたへと請すれ

ば弁けいは頓而おくにぞ通りける。是はよふこそ珎しや。我君

にも御きげんよく御家中も何ごとなく。おめでたさよと有ければ

。ハアいかにも/\。かた/\゛にも御勇健三郎殿には朝暮父御のはか

参り。孝行の切成こと国中の是ざたエ。子供衆。ちつとのま見ぬ中

 

にハアいかふ成人でござるよ。なんとくろいおぢ見しつてか。や。それいつ

ぞや親仁殿とごをうつたなんだべんけんじや。ムゝナント/\。少高舘へこざ

れやとこまやかにてうあいし。扨参る段の義にあらず。古ひで

ひらのかいほうにて君安住をすへ給ひ。末頼もしう存ぜし所に

。無常せかいと云ながら秀ひらのせいきよの段。我君のしうたん力

おとし朝夕のかんきん報恩にたらずとて。法華一部自筆に書き

新御堂にこめられ。うち/\の御心ざしはかたのことくに候去ながら

。秀ひらの追善を判官がいたされふば。千部万部の大法事も

 

 

36

有ふべき様にりん国共に申なす。され共しれた御牢人。其身さへ各

のふじよを受る仕合なれば。大法事迄手がとゞかず。第一は鎌

倉の聞へも有りとはぎしみしての無念がり。錦戸伊達は兄御

といひ知行がさなれ共是へはいひともない。談合するは三郎殿ばつ

かりじや。どふぞ三千貫斗恩借に預り物の見ごとな弔致し

諸人にはつと手を打せ。わる口きゝの鎌倉武士のおどがひが

とゞめたい。一つは御内室のお取なし。ねやの咄しの次手を見てよい

様に頼みますると。鬼をあざむく弁けいもかる時の地蔵㒵。アレ

 

子共衆が何聞てか。にこ/\と笑るゝはて扨りはつなめもとやと

ついしやう。いふこそ哀なれ。北のかた聞給ひいたはし共殊勝共御尤

成御咄し。兄々達を指し置妻の泉に御頼み。何かいはい申されん。自

がはからひにて。家老共に申付御用に立せ申さんも。いとやす

きことながらそれも女のいかゞ也。帰られ次第お請の使者にて申さる

べし。夫はわらはに御任せ片時も早く御法事の御用意あれとあり

ければ。弁けい悦び。サアざつと埒あいた。然らば帰りて我君にも悦ばせ

奉らん。子共衆さらばや。こんどみやげをもつてこふはれやれりこふな

 

 

37

㒵付や。大名所がそなはつたとけいはくいふて立所へ。殿様のお帰り

とよばゝるこえして泉の三郎おくにいれば武蔵坊。ヤア三郎殿お帰りか

。扨/\きとくのはか参り。君もかんじ思召すといへ共泉へんたうなく

。つゝくすんでどうどなをり。是弁けい。さほうしらずはしらぬふん人には遠

慮も有物也。常々いまへ通るさへぞんぐはい成に。おつとのるすにおく

へふんごみ女の中にぶさほう千万。惣じて判官といふのさはり者。我々

かふちを受ながら主筋㒵が見ぐるしゝ。父入道が存生とはちがふ

た此国にはかなはぬぞ。はや/\当地をつれてさりつがるがつほう

 

そとの濱へも立のくべし。うろたへて逗留せば忠ひらが人を遣

はし高舘を。追はらふてのけんずとにが/\敷ぞいひ出す。弁けい

きよつとどうてんし。御内室是は先どふでござるそ。よのことはともあ

れ一生ふぼんの此武蔵を。女の中にふさほうとは此あかぬかね

ば御内室へ思はぬなんぎをかけ申近頃めいわく致したといはせ

もはてず北のかたヲゝ御尤仰迄もなし。是はわらはがたゝすこと是忠

ひら殿。くまじき人をよぶにこそさ程ならば常々など打とけて

ねや帳だいへはよび給ふ。但自と武蔵殿と。色有せうこを見給ふ

 

 

38

かと気色をかへて申さるゝ。ヤアうろたへ者。せうこあらばそれかぎり

二ごんと詞をかqへさすべきか。判官といふ好色者主有ないのへだて

はなし。其使すいる太こぼうず。色くろ/\゛と油ぎり女たらしの主従

。心のけがれし者共奥州の地はふませぬぞ。はや/\他国へ出

てうせと詞をあらゝげしかるにぞ北の方なを心へず。アゝうたてや

の御酒ばし過しか気遣や。我君よりのお使にてぢいさまの弔

なされん為。法事の料用御無心に御越なされた武蔵殿ぞや。心

をしづめ聞とゞけお返事をし給へ。ナフきがあかつたか情なやと

 

せなかをさすればつきのけて。なんといふ人の物で秀ひらが弔

したいとや。弔にかこつけてかねをかたつて手かけ置ふでの。奥州

者めがくろいよし何にもせよ。けがれし心のえかうを受る秀ひら

にあらざるぞ。其はまだ口でいふ。錦戸などが聞たらばいけて置ふと

よもいふまい。とつとゝ他国へ立のけ他国へならば忠ひらが。合力でも

みつふぃでも望に任せしてくれんと。心に思はぬ悪口雑言是真実の忠

孝と人はしらぬぞぜひもなき、弁けいもこらへる程はこらへしが是迄也と

腕まくりたちをつとれば北の方。お道理/\去ながら。乱心に極つたり

 

 

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とかくわらはがよい様に。君に恥辱はあたへまじ一先御所へお帰り有。はう

ばい達へも御前へもをんみつ頼み参らする。御さたあらば忍ぶの前がみらい

迄もお恨ぞや。お帰りなされくだされよと手を合すれば武蔵坊。ハテ帰れ

ならかへらふずさたするなゝら致すまい。エゝ無念口惜い。牢人の我君故

一ごに聞ぬ無念をきく。こりやひきやうなぞ忠ひら無念聞ずは聞ぬ

迄。かさぬ物を弁けいが無理にからんといふにこそ。わづか千貫二千貫を

十万石の大名が。くれたればとて何程じや。心のむさい侍と向後参会け

がらはしと。つゝと立て出けるgは。何がな悪口いひたさに玄関よりふり

 

返り。泉三郎のしはんぼやあいとわめいてこそは出にけれ。忍ぶの前たまり

かね是忠ひら殿。狂気かと思へば本気也。身を捨て諌むるは婦人の道。御身

左様の心からは弓取の名はすたつたり。責てわらはがぢい様の御遺言を守り。義経

殿のおみかたするなれば。夫婦のてきたい二世も三世もかはらじと。契しもあだ

ことゝ成が合点がいかぬかと。すがり付声を上泣くどきてぞ諌めける。いや/\

妻はおろか。一人の母父秀ひらがよみがへつてもひるがへす心ならず。其方は義経

を当国に置たいき。其は置ぬき夫婦の心うらおもて。そふてえきなし此上は

かつ手しだいぞりべつしたと。いひはなす両がんに泪をつゝむ斗也。ヲゝそれで万事

 

 

40

かよめました。色の道には昔より不忠不孝もなすといふ。此頃のはか参

りにあぢなことが出来てきてかみの長いみめのよい二八斗の狐がついて大

じの武士をすてたよな。是りべつするからは乙の姫はもとよりも。兄は男

の子なれ共そなたの様なちく生のそばに置子ではない弓取にそだてゝ親の

恥をすゝがする。つれていくが合点か。いふ迄もなし己が腹より出たる世

がれ。つれまいとぬかいてもどうぼねにくゝり付。一所に追だす出てうせとな

をつれなげにいひければ。ヲゝ其はづ/\。親女房はすつれ共子には心がひくといふ

其子を思ひきる人にあんにも二ごんといふことない。サアおじや姫とふところに

 

かきだき。花石をおはんとすればわつとなく。やれをさなけれ共侍の歎く

泪は一生に。二どか三どかじせつが有女ながらも母を見よと口はりつ

はにいひきれ共。胸は泪にこもりごえきもよは/\とぞ成にける。め

のとこしもと女房達先しばらくととゞむれば。是下々の夫婦いさかひ家

出かど出と思ふかや。大名の妻成ぞわらべしいことないひそと。いへ共さす

がいもせの中よそ見るふりにて妻のかほ。見とめ見かへるめになみだかど

よりわつと泣出す。声にかなしむ二人の子ともに〽泣つれ出給ふ。忠ひら

はつと心みだれ。エゝ浅ましの浮世やな。かくとかたれば兄の恥いはねば

 

 

41

夫婦のわかれ。我胸中をさとらずしてうらみしは尤はつかしや不便

やな。追かけて子細をかたり二度つれて帰らんと。立あがりしがまてしばし

。なまなか女のさかしだて。兄弟中をなをさんと方々へ披露せば。君の御

為あしかりなとせきくる泪を押しづめをしかくし。暇をくれたる女のこととや

かく取上いふ者は家内にはかなはぬぞ。ヤアたいやのかんきんをそなはる仏殿

の花立かへよ。燈明けすなかうつげと口に御経心には。つまの

行末子のなげき思ひわすれず思ひやるなみだ。こほりて手にた

まるたまをねんじゆにくりまぜて持仏。堂にぞ入にける