仮想空間

趣味の変体仮名

義經将棊經 第三 しのぶの前道行

読んだ本 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100109445/5?ln=jal

      浄瑠璃本データベース 

 

41(左頁)

  しのぶの前道行  三段目

身をすてる。やぶのをざくがしたすゞめ。羽

がひならべていくとせか。すみしいもせの家を

今。いづみの三郎たゞひらが妻の女房忍ぶの

まへ。いひごと一つせぬ中の一ことふたこといひあがり

。三くだり半の筆のさや。われて〽のくこそ

。あはれなれ。いとまの状の。しるしには。兄の花石

妹の小姫。五つと三つの兄弟を。ねやのこたつの

 

 

42

やぐらにいれて。妻のなごりと。子のかはいさと一荷に

になひ出たるも。やらはら立の秋の野や。袖のしぐれに

染あへて。だての都のみねの松跡に見なせば是も又

。うしろむすびの雲のおび。しやんとしめたよせきの

とは。我になきそか。名こそなこそのせき守もひら

り。ひらけやひらいづみ。道さへしらずつれもなく。あら

。心うとふやすかたとなく。鳥を見よ。母こそ子には。こがれ

なけ父は見はなすあづさ弓。いるのゝ沢のやもめ

 

さぎ身のしら雪ときえはつる。母が思ひを

おもひしれナフ。此母がのうには。あらきにつる

をはぐるがごとく春はひるねのそへぢする。夏

はあふぎの。風をあて秋は。もぐさや冬はまた

まどの雪のあかりにて。けふのほそぬのをると

の。をりたるぬのは何々。すあうはかま十とく

。をどりゆかたんびかたびら。今yほりしては。いつ

をりてきせふなふあら。をさなき人ぞいとしき。あれ/\

 

 

43

なかずとはなを見や。たれかは野辺にべに

さして小はぎ。まはぎいとはぎの。はな

くひにくる。あきのてふ/\とんぼうやんま

。きり/\゛すせみのつばさもうすものゝ

うちわをあげてはた/\/\。エイはたと

うつこしこがねむし。たまむし取てや

らふぞや。けふが日迄も父と母。中よくそふ

て有ならば。それぢいぎみのむかはりと馬

 

乗物に花をかざえいて参らせずもの今の姿を

。何にたとへんはり合人影かざ車ふり/\つゞみにしやう

の笛。さるの木のぼりほしいか/\。もみのつけひ

ぼさたいけ様に。何が月花まさろかののゝ様参り。兄さそ

さそふ。やゝにこ/\や。我身はきぢのつばさかや。右を

。左にひなをだく。袖はもみくさ野はもくさのすゝ

きはかれてすげなきに。おばなやさしくこい/\と招かれ

くるも法のえん。たぐりよりたる善の綱御だうの。門にぞ〽着給ふ

 

 

44

去程に錦戸の太郎国ひら伊達の二郎安ひら。本吉四郎ひづ

めの五郎頼朝の下知を受。ことによせて判官を討とらんろ。心を合せ

目をくばり新御堂にぞ着にける。三男泉の三郎は。義経の御こと

きづかはしく兄弟が振舞に。心を付てみやぎのや萩かきわけて

さをしかの。そよぎにまぎれ身をかくしことの様をうかゞひし。所存の

程ぞ頼もしき。母の尼公は下向とて。門外に出給ひヤア国ひら安

ひら。けふも泉はさおしゃぬか親より受しにくしんの。兄弟ひとつに

えこうくやうなしてこそ。誠の報恩しやとくとてばうこんも悦び

 

給ひなん。七日の法事にけふ迄泉一人はあねのけしは。但三郎が

兄をきらふか。弟の冠者原が三郎にそむきしか。など兄がひに

教訓せぬ。義経公のお前といひかみがたぶしに笑はれん。はづかし

さよ恨めしさよとぶきやう㒵にの給へば。錦戸安ひら詞をそ

ろへ仰なく共申上んと存る所。泉の三郎は父のゆいかいを背き判

官殿をうとみ。つがるがつほうえぞが嶋へも追うしなはんとの逆

心故我々不通仕る。きつと御勘当候べし早速討て捨申さんと

。いひもあへぬに母上アゝさないひそ/\。夫は人のいひなしならん

 

 

45

子共多き其中に。父に似たるは三郎一人道にそむく者にてなし

。勘当せよとは何ごとぞ。親が勘当するとてもたてに成かげに成

。わびことして兄弟がじゆんじゆくするこそ家はん昌。身もあんをんの

きたうぞや。おとゝい中のさが/\敷母にもよしないくをかけて

思ひじにがさせたいか。善にも悪にも今よりは五人一所に出仕せ

よ。アゝいはじやきかしと泪ながら立帰らんとし給へば。安ひら国ひら

袖をひかへ。扨は泉一人に四人を思ひかへ給ふか。御勘当の御意を受

討て捨申さんぜひに/\とひしめいたり。泉は母のじひしんのかん

 

るいきもにしみこたへ。ふしおがみ/\。不忠不孝の兄弟すはといはゞ飛

で出。なで切にせん物と萩すゝき引かづき太刀ぬきかけてぞい

たりける。尼公色をかへ給ひ。父の末期の枕の下。氏神松嶋の牛

王にれん判したる起請文をはや忘れて有けるか。但わらはを

あなどるか。母の親とてかろしめば父上にあはせふぞ。夫々との給へ

ばこしの内より女房達。きちやうのさほをしつらひ立錦の袋

にこめたりし。秀ひらの御影をば高々〽とこそ。かけにけれ わう

あくぶ道の錦戸兄弟一どにひたひを地に付てうやまひ恐れ

 

 

46

をなしにける。母上わつと涙にくれ。浅ましの女の身や子を思ふ親

心。父母いづれかをとらねどさ程にちがふ物かやれ。いきたる母は

あなどれ共しゝたる父には恐れをなす。たとへ子共はあなどる共子の

いとしさは父よりも。母こそまされとこえをあげりうてい。こがれ

給ひしが。うあれ汝ら此度泉とふわのこと母はとくよりしつたるぞ

。鎌倉殿より義経討て参れ。武蔵常陸あはかづさ給はらんと

のたばかり状。汝らそれに組せしを泉一人同心せず。教訓したる

うらみによつて兄弟のちなみ切しとな。泉は仁義のおのこにて兄

 

弟が悪名をつゝみ。とにかくに判官殿を他国へうつし参らせば。討

こともかなふまじ討ねば不忠の名も立ず。親の遺言立ん為態と

つらくもてなして。つれそふ妻にも深くかくし三さい五さいの子をも

捨。二世とかねたる女房にあかでわかれし三郎が。心を少しは思ひ

やれ。それをかへつてあし様に身の悪心を押かくし。誠有兄弟を

只一人はせ出して。勘当せよとは何ごとぞくはじや原には妻子も

なし。兄々はつま子をもつ。よくに妻子は捨る共泉が様に忠孝

と。仁義にはよも捨じアゝ浅ましの世の中や。子はあまたもち

 

 

47

たれ共泉ならで其外は。もたぬも同じ子のよしあしぼんぶの我さへ

しつたれば。天地はなをも知給はん。御影のお㒵はにうわなれど。心のい

かりはいか斗さか罰あたらん汝らが。行末の不便さよと声もおし

まず泣給へば。さすがの兄弟ことばなくえまぜ。袖引そら泣す。イゾ身

は親のあはれみを。思ふ泪と萩の露袖は錦にひらしけり。やゝ有

て尼公泪をとゞめ。御影の前に床几を立させ小袖のそばつ

ぼおつて。近くよれかた/\゛と其身は床几にこしをかけ。つたへ聞諸

孔明五丈原に死て後。木ざうに魂を残しぎの大ぐんを

 

おどろかす。今の秀ひらも孔明程はあらず共。御影にうつす

たましひは六十年のね物語り。此うばがみゝに残つたり。我いふ

ことゝ思ふばよ直に父のさいごの詞。二たび聞と思へとてなみだ

〽ながらにかたらるゝ。抑秀ひらが先祖は。前の下野の守従四位

下。ちんじゆふの将ぐん俵籐太藤原の朝臣。秀さとに九

代のちやくりう権の太夫常清かそうそん。御たちの権太郎

清ひら。其子に小二郎もとひら。秀ひら迄は三代弓矢を取て

私なく。国をだやかに治るも周公孔子の道を守り。神慮を

 

 

48

たつとみ渡世を恐れ。善をつみたるよけいぞかし。然るに此

度鎌倉の下知にしたがひ。判官殿に野心有こと。柱をぬ

けば棟木をのづからおつることはり。秀ひらが子孫はたへぬべし

。重てさいそく有ならば一どの使に返事すな。二どの使を討

て捨よすは三どに及ばん時。鎌倉ぜいが向ふべし。あひづあだ

ちしのぶのこほりしばた白かは十五ぐんは。錦戸が着到二

十万ぎ。いはきいはてしだきくだ。くもいあづかし十五ぐんは

伊達の二郎が下知たるべし。松崎七ぐんしほがま六ぐんのはた頭

 

は泉の三郎忠ひらぞ。たけくま宮城くりや川あこやあふくまな

とり川。十八万ぎのぐん兵は二人の冠者が手ぜいいとせよ。出羽

国は十二ぐん。我君の御馬の馬草かりばにのこしをく。伊達

の大木戸。切ふさぎかめわり坂にさかもぎ引。五人心を

ひとつにして。敵をけんそにおびき入。めざまし軍するならば

袋に入て鼠を。とるよりやすかるべし。しよいくさに深入して

うら切せられな。二どのまけにきをおとすな三どまけて腹

きるな。ぐん兵つきんず其時は高館殿に火をかけて。だん

 

 

49

こくが岩屋霧山がぜん定へ君をうつし奉り。せんぼく金沢

鳥のうみかつたむらたあひだの城。四十八の城郭に追取

こもつて。五年も十年もふせぎたゝかふ程ならば。鎌倉ぜい

の長ぢんは。中々思ひもよらぬこと。じごくうつつて御兄弟わ

ぼくあらんは必定。時には汝ら道有勇士の手本ぞと。くんこう

けでうほまれを取子々孫々の悦び也。たちへ秀ひらしゝたり

共くろがねのたての成て守るべしと。是をさいごの詞にて終に往

生とげ給ふ。其おもかげもいひ置も我は少しも忘れぬに。子

 

共は早くも忘れしな。兄弟中のふわなればくろがねのたての

かひもなく。五十四ぐんもよしなやなうらめしの長いきやと

床几を。かつはともろびおち人めも。はぢずなき給ふ。ばう

じやくぶじんの四人の者母の心をなだめかね。あやまり至極仕る

父尊霊も照覧あれ。悪心をひるがへし兄弟わゆうし判官殿

へ。忠孝はげみ奉らん先お帰りとすゝむれば。ヲゝ其詞の聞た

さにこそ。追付泉も同道あれ。判官殿も申入母が方にて

精進とき。中なをりを取むすばんと御影を治めたづさへて

 

 

50

。立出給ふうしろすがた泉は草のかげよりもさしのぞき/\

。悪人共の偽りとしろしめされぬいたはしや。終には兄弟討

はたしさしちがへんは今のこと。今生の御なごりとあなたこなたへ

すかし見る。めもくれ心みだれはぎ花にこがくれ給ひけり

時にあまたの小鳥共泉が㒵におどろきて。ふもとのもりへ

飛ゆけばくもいにわたるかりがねもつらをみだせる気色也。本

吉ひづめきつと見て。ヤア。野(や)に伏兵(ふくひやう)あればきがんつらをみだる

といへり。人もをはぬに諸鳥のさはぐは此野に人有と御らんぜぬかと

 

いひければ。ヲゝいみしくも申たり。只今のせいごんは老母の心を

やすめん為。一たん頼朝公へおうけ申せし上なれば。かたでかな

はぬ義経一味する泉の三郎。兄弟とてゆるさんや。かれらがおん

しやをふせ置つらんひつ包んで討とれと。四人が四方に手ぜい

をわけおめきさけんでもふだりしは。那須野の原の狐がり

けしやうへんげの神通にものがれつべくは〽(三雀)なかりけり

忠ひら今はせんかたなく二人の兄一人討取腹きらんと。太刀ぬ

きかざしもとあらの萩もおばなもかいくゞりはねくゞり。さは

 

 

51

る者のひざぶしすねくび高もゝかけてはらり/\とない

だるは。あさの中成むらすゞめ。小たかのつかむにことならず

。」ちしほにそめて白萩もみなくれないとぞなりにけり

。錦戸下知して敵は一人けがするな。草に火をかけやき

討にせよといふ所へ泉の三郎あらはれ出。ヲゝ一人まれ共なぎに

むかふ泉の三郎忠ひら。きのふは兄弟けふはしゆらのてきみかた

。悪逆不道の愚人原いとうとの忠ひらが仁義の太刀をうけて

見よと。四人をさうに引受てさん/\゛に切まくり。ひづめの五郎が

 

小がひなとつて引よせ。弓手のわきにかいこふで。残るやつばら

八方へをつちらし。我身もすか所の深手はおひぬ父母に受

たる一めいをのれらにわたさんや。五郎めをのれ弟がひにめいどの

供をせよやとて。思ふ様にさし通ししがいにどうどこしを

かけ。忠孝深きものゝふのはら切様を手本にせよと。ゆん

手のちの下めてのおびしを二王門のこんがうがき。せぼねを

ぬふて切やぶり五ざうをつかんでくり出し。二十八歳みやぎのゝ

はぎの露とぞきえにける。伊達の二郎くびをとらんろかけよる

 

 

52

所へ女房子共を引ぐしとんで出。妻のしがいをかけへだて。忠しん

ともしらずしてよしなき女の道だてに。しばしも別れ参らせし

ゆるさせ給へ。二世迄の契りは必たがへじと。いさめる眼に

涙をうかへ。いかに兄弟の人々。城郭にをしよせて尋常に軍(いくさ)

はせず。泉程の弓取につめばらきらせしひきやうさよ。此御

堂を泉が城と名付。屋ぐらのかはりにこたつの屋ぐら

忍ぶの前が手なみを見よと。琴のかうをこぢはなせば中

に半弓矢を入たり。二つ重ねしやぐらにあがりつるくひ

 

しめす其いきほひ。こう成もことはりかな八嶋にて討死

せし。佐藤次信忠信が妹也。子共が為には親の追善我

妻の。吊の矢さきを見せんとしなしかためて。切てはなせ

ば本吉四郎がたゞ中を。ぐつといぬいて錦戸がめての

高もゝにはぶくらせめてぞたつたりける。矢だねのぎりとさし

取引つめ木のはの雨といかくれば。さしもの大ぜいたまりえず

。皆ちり/\゛に〽おちうせける。是迄也と屋ぐらをひらりと

とんでおり。妻のしがいをだきあげ只今ともにとおもへ共

 

 

53

。花石を我君へ渡す迄。しでのふもとに待給へ乙の姫はそれ迄の。母が

かはりに父上のとぎをせよと引よせて涙ながらにさしころし。おつとの首を

人手には渡さじ物をなむあみだぶと。うつたる首と我子のしがいくは

そうとくはんずるこたつのやぐら城(じやう)にこもつて討死せん。いざや花石いそがれ

とてになひて。わくるみやぎのや露も心も打みだれ。せきくる泪忍ぶの前

いさめる足もよろ/\/\。たど/\/\とたどりながら高舘さし

て参りける おつとはめいど主君はしやば。せつぎはみらい忠義はげんぜ。ぶ

ゆうは男情は女。かたちひとつを二筋に道を。たてしぞたぐひなき