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趣味の変体仮名

義經将棊經 第四 軍法将棊經 

読んだ本 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100109445/5?ln=jal

      浄瑠璃本データベース 

 

53(左頁)

  軍法将棊經  (第四)

義経将棊の陣と申は。九丈四方に臺を

きつき。黄漆(わうしつ)にて四方木目にぬりたて。八十一に

もつたる目は八卦八陣のそなへたて。四の足は地の四

神おもてのほしは四天王合せて八幡大𦬇(菩薩)。しゆごの

ぢんばとさし向ふ相手によつててんくはする。馬のかけ

引はかりことたとへば八さい九さいのわらんべが。大の男

をほんだづめ是にぜいをもつて大てきを破るのことはり

 

 

54

。我馬ぐみの中に有とたてこもつたる駒箱や。あけなば

錦戸義経が一生の金か歩かと王の座にぞ立給ふ。あら

手の相手は鈴木の三郎。鎧は上より給はつて将棊頭の金

小ざね。権頭兼房はぼくせうながら玉将にて。わしのお源八

くまい太郎亀井はこうにて手を見せず。片岡に片馬はゆつくり

。ちがふて見へにける。御だい所は都人。出立も花の都づめ。あづま

のはてになりこんで奥がたのぐん兵に。角道ふさがれ王手

飛車手にかゝる共。君と我ろが中飛車の手なみを見せん

 

一間もひく。なひくまじひかせまじ手見せきんとぞかこはるゝ

。鈴木いさみの色をなし。扨はなやか成駒立やお相手にたつ重

家が。名乗しらぬもいかゞ也つゞいて見へし女武者。男出立の立

えぼし こや。深草の少将棊こはたのさとに。馬はあれどあす

のいくさに。かちと見へしは誰やらん。とはれてもかずならぬ。身もは

むもれ木の花ならず金にもならぬひとりねの。秋のつき

ぶのむかしがたりおこがましう候へ共。一とせ八嶋の浦

龍王。君の御馬の飛車さきにて。名をばんしやうに上たりし

 

 

55

其あひ馬の次信が後家。たとへかたきが馬ずくめこゝに

歩をつけかしこに歩を打なりこみ。/\あひもきかせず

せめ入共。おつとにはなれてかひなき我身にしきど兄

弟が命とは。二枚がへならかへどくと。につことわらふて立にけり

。同じくすゝむ武者ぶりもかほも姿もみよしのゝ。みやまおろし

や馬おろし。小桜おどしの物のぐ同じ毛の。三枚つよきかぶとを

ぬいで馬ひほに。かけて出たる女房のお手は何ぞととはまほし

。とはゞとへ。とばたの秋の神祭神にそなふる。かいもちい。佐藤庄

 

司が二なんとは。京わらんべもことわざの。ごばん忠信ごばんより将

棊の陣のほまれ有。忝なくも我君とせいわのがうを馬

がへして。よかはの角行といふ悪法しすみからすみになりこみし

を。中院谷のたにぞこの雪の深さも四間飛車つめたる。こゝ

ちよしの忠信其忠信ににぶはせまいがおつとに持し我な

れば。こゝに兄よめ忘れがたみの歩三兵かたき手に

手をつくす共かたすみにほつこんでヲゝおふ/\/\/\王の一手も見

せまじものと。ゆう/\としてひかへしはゆゝしかりけるふうぞく也

 

 

56

。是も一きははな/\敷其出立も金銀に。ならびの岡のかる

かやの。さもかる/\゛しきふるまひは桂馬とび共いふべからん。御

内にをいては誰人の内婦ぞや。さればとよこぞ迄は。両馬

そろひし身なりしに父の助言に君をおもんじ不忠の兄弟

見そこなひ一年さき見ぬきうばの家。おとゝい四人が立かはり

四ばんを二ばんさしわけにして銀のよこばらかきやぶり。つい

にしやばをいづみの三郎たゞひらが女房忍ぶの前。六道のち

またにてさぞ待馬の我妻に。あはんと思ふやたけ心いはれぬ

 

桂馬の高あがり。御めんあれとぞ立にける。跡よりつゞいて出

舟の。ま一もんじに十もんじの。鑓ひつさげてわきひら見ずなまめき

わたる小女郎。いかさま是は御そばのお小将棊にて候な。さん候

みづからは御だい所のちおとゝいかねふさがをとむすめ。名は濱

菊の花車にほひぐるまの。香車とは持し長えを。御らん

候へ姿ちいさく世の人の。歩兵にひとしくあなどる共跡へかへ

らぬ鑓さきは。飛車の代にもなり金の思ふかたきとさし

ちがへ。打ちんちがひのお手ちがひの討死とげて候はゞ。将棊

 

 

57

の一へんも御えこう頼み存るとばんの。はしにぞひかへたる。こゝに又へん

けいは。好む所のくろかはおどしなし打えぼしをつこんで。そりにそつ

たる大長刀ひらり/\。ひらりひらめくむさしのゝ三日月に。えをつけ

たるがごとく也。さき見ず将棊のにしきど兄弟すみきか

ず跡さかず。それぞやすひら手には金銀将棊だをし

にしてくれんと。飛車の座にこそつゝ立けれ。扨其他佐藤が

子どもいづみが一子又は御ぜんのめのわらは。花と出立もみ

ぢをよろひ。さき手の歩兵に立ばよきつるの。のしばもかくやらん

 

夜も明行ば錦戸がぐん兵かひかねならしときの声をぞ上にける

。待もうけたるみかたのせい。とてもいきず命ならずあづまえびすに城

中をふまするな。門外にて討はたせ弁けいがあら切れん。跡をこなせ若

者とまつさきにかけ出れば。かた岡わしのお鈴木兄弟くまい太郎

せんをあらそひつゞいたり。かゝる所に源八兵衛広綱。あけにそみたる太刀

ふりかたげくび二つひつさげ。大手の軍まつさい中。わしのおの三郎よき敵

とおり合せ只今討死仕る。其も今生の御なごり討取所の首二つ

。しやばせかいの置みやげと申捨てぞ出にける。くまい太郎は弓手のびん

 

 

58

に矢を受ながら取たる首を太刀につらぬき。からめ手のいくさみかたばつ

くんいしらまかされ。かた岡太郎びぜんの平四郎討死をとげ候。其も矢疵

を受たうの矢仕つてくびとつて候と。云捨とんで出にけり。権のかみかね

ふさしらが髭もくれないに長刀にすがつて。みかたの合戦今はかふよと

見へ候。兼ふさがしらがひげ首鎌倉殿のげんざんに。いれぬもほいなふ候へ

ば腹きらんより。錦戸とくまんとかせぎ候。くびは敵に渡す共。こんは

めいどの御さきばらひ。六道の辻がためとよろぼひ。すゝみ出てげり。佐

藤靏若是を見て。いそがれ乙若。君一生の御かせんよそに聞て有べ

 

きや。かつちうは何の為いざ一軍せまいか。ヲゝ好む所とつつたつたり。泉が

ちやくし花石丸君といひ父といひ。我にはおもき敵成をまけまじ

物と小太刀をぬいてひたひにあて。をとり出るを人々は待よ/\との給へ共

。弓矢取身の戦場よりひつかへす法や有。御用あらばめいどにて承らんと力

足えい。/\/\えい/\えいいとふみならしすゝみ出たる其いきほひ。父どもに

見せたやな。あつたら兵の花のわかめを折ことよと各わつとぞ。ばげ

かるゝ。武蔵坊弁けい馬のくらにくび十四五。長刀に四つ五つもとゞりゆひ

付打かたへ。ヤア何とて御ゆだん候ぞ。源八くまいも討死す亀井が矢先

 

 

59

に高野の五郎。柴田の四郎を車切。兄の鈴木は丸田の藤次。むねとのぐん兵

あまた討取深手をおふて兄弟は。そこで腹きれ。亀井とてさしちがへうせ候

。弁けいもあまた討取もどりがけのだちん馬。力しだいの付たれ共討ずては

数しらず。日頃のぐん法此時也はやとく/\とすゝめ申せば判官も。えびら

かきおひ出給ふ御だい所は物のぐの袖に泪をかけ。はなれじ我もつれ給へ

と女武者。ともに出るを武蔵坊つまどの口にたての板。おしからぬ六十

余州三国無双の義経が。一生のなごりの将棊兄頼朝にせうぶなし。さか

馬に入を見よと打出給ふ御こつがらあらすさましやあらすくどし。あら/\/\

 

あら人神共〽いひつべし。時に文治五年閏四月廿九日。ひごろふつ

たる卯の花くだし衣がはの見ずかさまさつて白波岸をたゝきしに。我にふり

くる夕立はけんこんひとつの水となつて。天のがはをまつさかさまにくつがへ

すかとあやまたる。よせ手の大将てるいかなさは鳥のうみかはばたに

たむろして。雨のまぎれにおち行は討とゞめんとぞさゝへたる。ふてきの

義経あさせをもとめて立給へば。すはや物ぞとてるいの太郎中

ざしつがひ引しぼる。ふしぎや馬屋に立られしするすみに乗たる

は次信とこそ御らんずれ。かたきは義経と矢おもてにしづ/\とたつ

 

 

60

か弓かなぐりばなしにはなつ矢が。あたると見へてばうこんは

雨に。きえつゝうせにけり。よせ手いさみの色をなし判官をいとめ

たり。くびをとれとひしめく間にするすみにひらりと飛乗

。ざんぶと打いれさしもはやせの高水に。せまくらかへす衣川馬の

ふとばらむながひづくし。さんづに波をたゝかせひつたり。ひたりひた

/\/\。さかまく波を乗こして向の岸にかけあがり。行がたしら

ず〽落給ふ。弁けいは女性わらんべなだめおとして心にかゝることはなし

。なん条ひとへの衣がは我らがせんすいごさんなれと。くさずりつ

 

かんではいだてかき上がはと入てぞわたしける。よせ手の大ぜい又弁

けいがおちけるはいとれや。いとれと両きしに矢ぶすまつくつていかけ

しは雨の足よりなをしげし多いしながるゝ早かはにふみもためずおち

くる矢を。さしもの弁けいはらひかねすい中へつゝといりすいれんは心へ

たり。そこをくゞつておよぎける。あますなもらすな人ぜきして

。すいれん入よと川の上下高いかだ。くま手ないがまうちいれ/\

さがせしは玉嶋がはにあらね共小あゆすなどるごとく也 百年

以来のこうずいにて大くまがはのつゝみきれ。寺社みんおくをつきな

 

 

61

かす弁けいそこよりながるゝ柱(はっしら)棟木たる木おけからふと。をつ

取/\なげかくればうたるゝ者こそ〽おほかりけれ。秀ひらのぼ

たい所新御堂の二王門くだけながれて来りしを。さしつたりと

弁けいながるゝ二王をいだきとめ。こしに付たるえぼしをば二王

にしつかとからみきせ。長刀持そへ両そく取て水の面にすつくと出し

いきたるサマにぞつかひける。よせ手の大ぜいきもをけし弁慶こそ

あらはれたれ。此水にこたへしはおにか人かあなおそろし近くよるな

遠矢にいよとゆはづをならべていたりけり。みの毛のごとく立たる

 

矢も。木ざうなればちもながれず弁けいもおかしさに。少しかた

ふけよはるていに見せかくる大将てるいえびらをたゝきあれ/\武

蔵はしんだるぞ。功の武者は立わう生といふこと有。弓のほこにて

ついて見よと五十き斗ざつと打入おづ/\ついて見る所を。長刀取のべ

まつさきかけしのまだてがくび打おとせばなむ三宝又弁けいがいき

出しとにぐる所を二王を持て打立/\なぎ立られてうきぬしづ

みぬ〽ばつとぞのいたりける・其隙に弁けい向ふのきしにかけあがり

 

 

62

。ぬれたるあふぎをさつとひらいて乱拍子。うれしやとう/\と

なるはたきの水。日はてる共。たへずとうたりおもしろや。いかだを

ながすは大井川。花をながすはよしのがはもみぢをながすは立

田がは。にしきどがぐん兵を弁けいが長刀にて。きつてながすは衣

かはもみえぼしの一曲をふみながしふみもどし。あふぎをかはへ

ひらりとなげ。あふぎがはやいか足がはやいかはやせの水にをとらじ

と。君の御跡したひゆく人間ならぬ弁けいは。もつともおにゝ衣がは

立わう生と末代の。屏風絵馬扇にもえかきて。是をもてあそぶ

 

 

 

宇治加賀掾により近松の原作を編纂。所々端折っており、本来は五段もの。