仮想空間

趣味の変体仮名

源平布引瀧 第五

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース ニ10-01428

 

91(右頁五行目)

   第五       袖をやしぼるらん

柴をかりや/\ 柴かるものとはさつても見事 へ鎌をかる/\゛テモ扨

ても見事へと うたひつれ立年月も重なりて 頃は承安初めつ

 

かさ 所は木曽の山育ち 十六七を頭とし打つれ立た五人連れ 柴をしばし

と腰打かけ マア休めやい わいらはいつでも大柴 親父が又機嫌で有ろ

エゝ次郎がなぶるなやい われは此中での達者もの 一人して五人前 ハテそりや

 

 

しれた事 あの太郎やませめは こちの親仁がどつからやら連れてきて 兄弟

同前にせいといはるゝけれど 気にくはぬはちよつぽりめ 柴はからずにほで転

業(がう) 骨膾喰ふなと いがみかゝればコリヤ太郎が貰づた あれもおれも一時に

来た傍輩 明けて十一まんざらの乳呑まふ 殊にけふは初山 年だけに了簡

 

 

92

せいと押ししづめ イヤ忘れた おれは在所へ柴の約束 内へはいなれぬ是から直ぐに

四郎も三も頼むぞよ 喧嘩せずと中よう/\ イヤ是はさと 柴打かたげ急ぎ行く

跡に三人顔見合せ サア尻持ちの太郎はいんだ ヤイちよつぽりめ 此四郎や三が挨拶

次郎に誤つて今から腕立てひろぐなよ 誤つて手をつけと二人が中に取巻いて サア

下に居よすはりおれとおせどしやくれどびく共せず 事新敷き一言 誤れなんどゝ

いふ事は 武士の降参も同じ事 マアそんな面倒な事いふ様なおれじやない 誤ら

ねば又何とるす ヲゝかうするとひつ居る 沈んで直ぐに二人が足首はね返され 腰

 

骨うんと尻込す 次郎すかさず山朸(おうこ) てつぺい砕けと打付くる 鎌にて丁ど身をひ

ねり 引けば払ひ払へば付込む身の捌き 次郎声かけ待て/\/\ コリヤ四郎よ 三よ わいらは

きよろりと見て斗 おれ一人では手に合ぬ わいらもかゝれ合点と おとなげなくも

三人が中に取まく山朸 こつちも合点と手頃の棒 裾を払へば踊りこへ 又打

かくる山朸の上にすつくり片足立 ひらいて打つ手を柴にて受け 或いは当てられ朸

も微塵 組でとらんと三人が火水に成て取付を ヲゝまつかせと朸のむね打

目鼻も分かずてう/\/\ 打れて三人跡すさり叶はぬ赦せと閉口す 物かげゟ権

 

 

93

の頭(かみ)兼任 つつと出て手をつかへ ハゝア遖成御働き 驚き入奉る 君の先祖を躮共に

云聞かせ 御主人と仰ぎなば 君是に隠れ給ふ事平家に漏れ 捜し出されんは必

定 勿体なくも躮同然に下(しも)様の御住居 いまだ躮も年若 大将の器量

いかゞ有んと試しの今の手並 骨にこたへし三人は今日ゟ 主人と仰奉らさん為 皆

其が申付け 最前帰りし手塚の太郎 我に斯くと告げしらせしより参上せり 躮次郎

四郎はいふに及ばず 是成る二郎と申は根の井の小弥太が躮 是も遁れぬ御家

来筋 お目かけられ下さるべしと いふに三人頭をさげ 先程ゟの慮外我儘 まつ

 

ひら御免と地にひれ伏恐れ敬ひ奉る 若君につこと打えみ給ひ いすくもはかりし

権の頭 御母葵諸共に此年月の介抱 礼は詞に述べられず 我稚く共義賢

が躮 追付籏上げ平家を亡ぼし 源氏一統の代となさんと思ふ折から 能き郎等

を求めしぞや 今ゟ主従中よし/\と 御悦びは限りなし アレ聞たるか躮共 自然と備はる

寛仁大度 中よしと有お詞を直ぐに其儘御名に付け 義は義賢の御譲り 中に当たっ

て敵を砕く 門出もよし吉左右/\ 是ゟ御名を木曽義仲万々歳と祝する

声威光曦(あさひ)の登るがごとく 朝日将軍義仲と武名を 四方に輝かせり 時も

 

 

94

こそ有れ手塚の太郎葵御前負ひ参らせ 息を切てかけ付け 只今麓騒がしく心得ずと馳

参つて候へば 紅の籏颯(ひるがへ)り 押し寄せる軍兵 正しく君を討手に向ふと相見へたり 御台所

の御身も気遣はしく 是迄伴ひ参つたり 御用心とぞ述べにける 兼任騒がず ヤア/\銘

々うろたへる所でなし 敵何万騎寄せたり共此木曽山の案内はしらじ 斯く有らんと思ひしゟ

汝等常々山に登し 其抜け道は知っつらんと 若君御台を伴ひて 片かけにこそ忍びいる

朝には霧夕には雪踏み分くる 行綱夫婦 ふしぎの命助かりて 木曽の隠れ家我身

にも隠れ陣笠陣羽織 待宵姫も諸共に 男形(なり)ふりかいしよげに うそ/\見廻し

 

窺ふ体 手塚太郎きつと見付け扨は討手の忍び者 仕廻てくれんと底工 コレ/\旅人 是

から先は大難所何お尋と立寄れば 是は幸い此方から尋たさに子細は 権の頭兼任といふ御

浪人此辺と聞つるが 早日も暮れて不案住所はしらずか ハア成程所は知ています

が ハテ其許(もと)は何方から イヤ其は都近辺兼任にかくまはれし人に用事有て参りしと

云ゟ早く ヲゝ合点と切付くる コリヤ待てわつぱと抜けつくゞつつ 突きかくる腕首しつかと取 聊爾す

るなとせり合中 星影きらめく鎧通し火縄打ふり ムゝ銘は金刺 若しそちは近江て生まれし

太郎吉ならずや 斯くいふは蔵人行綱 ヤア父上かと詞の中より権の頭 コハめつらしき行綱

 

 

95

公 有ら増し様子承はる いざ/\お出と義仲親子 絶へて久敷き対面に 悦び涙ぞ道理

なる 行綱は心せかれ様子長々申に及ず 其義賢の仰に任せ後白河院に宮仕へ 奪

ひ出さんと存ずる折から顕れ 重盛に搦め捕れ待宵姫も其場で分かれしに 故

有る方に身を隠し居て今の同道 又其は重盛の情にて 縄は赦せど事あで搦め

年月を送りし所に 源氏の運のひらくは爰 実盛熊野に大願こめ 終に命終わりし

故 最早平家に恩もなく 後白河の帝ゟ院宣を申受け宙をかけて来りしと 首

にかけたる錦の袋義仲に奉れば ハアゝはつと押戴き 是見よ旁(かた/\゛)日頃の念願成就せり

 

いで打立たんと御悦び 兼任ぞく/\小踊りし 葵御前の懐中ゟ源氏の白籏取出し 傍なる

松の枝にかけ 先ず手始めに寄せ手のやつばら追ちらさん 併味方は小勢也いかゞあらんと詞の中

二郎さかしく進み出 夫はちつ共気遣なし 案内覚へぬ寄せ手のやつばら 其一人敵へかけ付けほう

び次第に若君の案内せんとたばかり 大谷村のこなた成樋の口に待伏させ すはといはゞ

樋を切て軍勢共に泥水呑ませ 一々に打殺さん ヲゝ潔よし二郎殿 此四郎も川西の松原村

幾尋(いくひろ)となき野中の井戸 此木曽山の抜け道と敵を偽りそびき入 大盤石を井の内へ投げ入れ

/\こな微塵鼠取よりいと安し ヲゝサ此三郎太郎は此組の松かげに隠れいて 銘々の片袖切

 

 

96

て籏差し物松の 小枝にかけならべ松林寺の鉦鐃鉢(どらねうばち)鯨波(とき)をどつと作るならば あんなに知ら

ぬ不覚の寄せ手驚き騒ぐは必定也 其間に次郎四郎も落合れよと心も剛にたくましき

勇士の子供ぞ頼もしき 行綱大いに感じ入 健気成子供の頓智 次郎とやらんが樋の口

の謀(てだて)は直に軍慮の手本 今ゟは汝が名を樋口の次郎兼光 弟四郎が今井の内の

計略 是も同じく今井の四郎兼平と名乗るべし 手塚の太郎はいふに及ばず 術(てだて)を廻らす伊達

の三郎 木曽殿の四天王と末世迄も名を上げよと 仰もいまだ終わらぬに 麓にひゞく人

馬の足音 サア四郎 サア次郎 合点と點(うなづ)き合い麓をさしてかけり行く 程なく寄せくる飛騨

 

高橋 宇佐美の六郎同じく五郎何どゝいふ 平家に名有る軍勢共雲霞のごとく

馳せ参り 中にも高橋大音上げ ヤア/\旁権の頭めが館をさがせど行方しらず 是

より先は不案内敵は小勢と油断すな 最前の柴かりわつぱ呼び出せと 下知に

従ひ次郎四郎お召しいかゞと手をつけば 其方共は所の案内しつつらん 此山を越す道

引きせよ 木曽が伜を討取れば一廉(ひとかど)の褒美くれん心得たるかといはせも果ず 成程

此山奥へ逃げ込みし者共を慥に見請け候へ共 彼等は所の案内知 何国へぬけるもはか

られず 我々両人に軍勢を指し添られ下さらば 召捕るは安い事 ナア四郎よ 我は井

 

 

97

の中おれは樋の口 両方から責めたらばたゞ取やうなうまい事と 皆迄いはせずうまい/\

究竟の謀(はかりごと)然れば是に高橋飛騨様子を残らず見分せん 皆々は彼に付き 急

げ/\とおろかの大将愚かの雑兵 四郎次郎を先に立手柄はしがちと進み行く 是が此世の

別れとは後にしられて不便なり 時もうつさず 山の手に色々の籏指物 嵐に連れて

颯(ひる)がへり 松林寺の鉦饒鉢 一度にどつとときのこえ 兼任行綱松かげに走り廻り泊まり

烏を追立れば 籏に恐れ鐘に恐ればた/\/\の羽音足音 高橋飛騨は膝

わな/\ 是なんじや隠し勢ごさんなれと刀をぬきはぬきながら 胸もすはらぬうろ/\

 

眼 伊達三郎手塚太郎両方より追取まき ヤア/\高橋判官 義賢の忘れ

筐初陣の曠軍(はれいくさ)勝負せよと呼はつたり 左衛門いらつて扨はさつきの伜めも

一つ穴の狐共 エゝたばかられし残念と切てかゝるを事共せず東西へこそ〽追て行く 兼

任行綱見送り小腕にて仕損ぜんいでかけ行かんといふ所へ 高橋飛騨は逃げ帰り

向ふに行綱跡には手塚 三郎が追取まいて切付くれば 刀も太刀も打落され御免/\と

手を合す エゝ死に損なひのうつそりめと どうど蹴倒し銘々が 膝に堅める向ふゟ 樋口兼平

大木に敵の首を指し荷なひ 一人も残らず打殺し 門出よし義仲後といさみ立れば御

 

 

98

大将 飛騨高橋が首打落とし 是より都へうつ立て平家の奴原一々にみな

殺しと 行綱兼任待宵葵御悦びは限りなし 四天王と呼れたる 樋口金井伊達

手塚 揃ひも揃ふ武勇の誉名の誉 動かぬ君が末繁昌千枝の

柳に雪折れなく 初(うい)冠の子四天王 松の洛(みやこ)の万々歳難波の 里ぞ栄へける

 

寛延貳年巳十一月廿八日 作者 並木千柳 三好松洛

 

 

右之本頌句音節墨譜等令加筆候 

師若鍼弟子如縷因吾儕所傅泝先師

之源幸甚 竹本義太夫高弟

予以著述之原本校合一過可為正本者

也  竹本出雲掾清定

 

京二條通寺町西ヘ入町 正本屋 山本九兵衛版

大坂高麗橋二丁目    山本九右衛門版

江戸大伝馬三丁目    鱗形屋孫兵衛版 

 

 

義仲寺(ぎちゅうじ)

 

 

実盛の首洗池と実盛の首を抱く手塚太郎の銅像