仮想空間

趣味の変体仮名

伊賀越道中双六 第二 行家屋敷の段

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html 

       浄瑠璃本データベース  ニ10-01451

 

 

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  第二 行家屋敷の段

春毎に 詠めは飽かぬ鎌倉山 仁義を守る武士も 旦(あした)に隠す胴が谷 和田

行家が一構へ書院先の鑓取も 打手に靡く嬪仲間塵取役や掃除番 其

役々を割付て 一つ所へ寄たかり 何と玉木とふ思やる 今鎌倉のお屋敷ではどの

若旦那がよい男 アゝコレ/\おきや/\ 迚も男を吟味しても生物は入られぬ 乾物で仕

廻ふておきや 生物をだへ過すとお谷様がよい手本親の赦さぬ徒と親殿様の

御勘当 毎日/\お詫云に御出なさるゝは おいとしい事ではないか追付お越なされ

 

たらそなたの部家に置まして置てたも 思はぬ咄しで隙入た 必晩の宿ほちに

仮寝の床のふつてりと 握りごたへの有のをば 土産に頼むと打笑ふ 一間の襖

明暮に 血を分し子と血を分ぬ 義理のかつらにからまれて 柴垣一間を立出て

何をざは/\嬪共掃除仕廻ば勝手へ行お谷殿を是へ呼や 必々目立ぬ様にと

有ければ ハイと答へて嬪共皆々勝手へ入にけり けふも又何と云寄方もなく 詫に

お谷か綱切てしほ/\として座に直る 心からとは云なから 我内ながら人目を忍び

夫に付添女の道政右衛門事は我夫のお気にも入 天晴の達人なればけふや

 

 

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殿へ御目見へ願はん翌や取次せん物と思し召たも恩が仇 そなたを連て立退し

は不届き者と御勘当 自が身にも成てたも 世継と定るあの志津馬傾城狂ひ

に見を持崩し 万一御沙汰有てはと御前勤の願ひをさけしも我子を思ふ夫

のお情 世間の取沙汰口惜く 継子継母の隔有柴垣とばし思やんなと 夫に

随ふ貞女の道 云聞されて差うつむきとかふ詞もなかりしが 漸に顔を上 何とぞ

今一度父上のお赦し有お詞を お願ひなされて下さりませ ヲゝ其事は気遣ひ

有な 一旦夫婦と成たれは世間を守るが男の役遉の侍を埋れ木となさん様も

 

なし 命にかへて願ふて見ん先それ迄は自が部家へ行きや 早ふ/\といふ折から 沢井様御出と

知せと供に打通れば隔る柴垣お谷をば ちらと見るゟ空うそふき 恟り驚く奥方も お出

と斗詞なく入んとするを アゝコレ/\奥方 挨拶もなく御入なさるゝは 先生の御病気毎日お見

舞も行申さぬ 其様立つ腹が有ての義か 拙者とても病身故 お断りの願ひを立て 御前

勤もとくより引て罷有れば 御無沙汰の段は御免下され 何の/\親御又左衛門様から御懇な

間がら 其御挨拶に及はぬ事 成程/\其懇意について いつぞはお尋申さふと存じたが

其元様は先生の後連れ 先奥方の腹に出生の志津馬殿 今一人お谷殿と申姉様が

 

 

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有たが いつ頃からやらとんと身請申さぬ 嫁入なされた沙汰もないが やはりお家敷にござる

かと 訳知ながら問かける そこに心を奥方は何と返答口ごもる 一間の内より立出る和田行

病気なからも尖き眼中 よくぞ/\沢井氏 心にかけられお見舞過分/\ イヤ先

生存じたよりは顔色も宜しく 珍重に存じます 扨今日参つたは密々にお咄し申たき

事有て 申奥方 ソレ冷るにお蒲団上られいと いふを立端に柴垣は 嬪共燭台持

こいよ/\と立て行 股五郎擦寄て お咄しと申は別義でござらぬ 兼て貴公の家と手前

とは一つ家同前 殊に拙者剣術のお世話に預りし先生 心腹を打割てお咄し合致す中

 

貴公様も御同前 そこを存じて内分にて申上ふと存じ参上致してござる 是は/\お互に

御懇意に致すからは 何事によらず承りたい サゝゝ御遠慮なふお咄しなされ イヤ別義でも

こざらぬが 政宗の刀私に御譲り下さるまいかなと 思ひがけなき一言に 返答なかれば

サゝゝゝ斯申た斗では御合点参るまじ かうでござる 政宗な刀は質物に入てござる ヶ様申

せば 志津馬殿の事訴人致す様なれど 訳を申さぬと御合点が参るまじ 悪ふござる/\ 吉原

の瀬川と申遊女に迷ひ 政宗の刀を質に入れ身請の相談極りしと承る エゝとくにも

拙者存じたなれば 御異見ても仕らんと存じた所が跡の祭り スリヤ政宗の刀は他家の物に

 

 

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成まする そこを存じて拙者方へ申請れば 貴公なり 手前なり 両家に有も同前 御内

談とは此義でござると お為ごかしに云廻す 心の内ぞ恐ろしし コレハ/\日頃御懇意に致す

間 躮めが不届御世話下さる段 コレ/\手を突てお礼申 千万忝ふ存じます 扨々

不届な躮め ヤモ此お世話御無用になさつて下され ソリヤなぜでござる 右の刀は則

私方へ請戻してござる ムウスリヤ政宗の刀は請戻したとな 夫は重畳 シテ志津馬殿はな

勘当致した 若しヶ様の義沙汰有て万一殿様ゟ御尋に預りし時 申訳ないと存るから

右の刀を請戻し御沙汰なき中躮めは勘当致した ハテ気の毒千万 時に外にお頼申

 

たいは 私未だ独身でおりまするが どうぞ姉御のお谷殿を 拙者か妻に下さるま

いか スリヤ聟は子也 行家殿の御家督拙者が預り 其内には志津馬殿 お心も定

なば御渡し申に相違なし 是非お谷殿を申請たい 此御相談はとふでござるな スリヤ御深切忝い

が 其お谷めが事は唐木政右衛門と申浪人と密通致し 家出したは四年以前 か様の

不届者なれば もちろんこやつは七生迄の勘当 貴公も此義は申さいでもよく御存じで

有ながら 何かこりや御座興でござるのと 何をいふても請付けぬ 始めの恥辱に股

五郎 何がな見出し付込んと 白眼(にらみ)廻せば立聞お谷三人一度に見合す顔 立切障子

 

 

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驚く行家 コリヤ悪い/\ 今爰へ出ると身が武士が立ぬ 屋敷に叶はぬ出てうせいと サ

追出して置ましたと 云紛らせば高笑ひ ムゝハゝゝゝゝ行家殿何kはつしやる 娘やること

ならぬならいやで済む事 ナニカコリヤ手前小身者と侮り長老召さるの ヤ恥辱を与へるのか

股五郎は武士でござるぞや 侍でござる 娘は勘当致した 屋敷に居る物を追出した

の勘当のと 貴公殿の名代に一家中を納る役ではないか サそれで御家老職といわれますか

志津馬を勘当仕たといふは偽り 是も屋敷に隠して置 政宗の刀貴公か質に入

たで有と 悪口雑言出ほうだい こたへ兼て膝立直し 慮外なり股五郎 儕が親又左衛門

 

は身共より上座の家筋 其躮と思へはこそ 剣術の弟子ながら礼儀をもつてあらへは

伸し上がる法外者 心得ぬやつと思へ共 何とぞしてため置し親の跡目を継せてやりたさ 鑓の

一手も教てくれた 師の恩を打忘れ 躮志津馬をそゝり上て遊所へ連れ行 政宗

の刀を質に入させ奪(ばい)取って それを落度に我家を滅亡させんと よくも工んだ人非人

め こりや儕が智恵斗てない 政宗の刀に望をかけ 頼んだやつか有ふがな 其頼人(て)も合

点たり サア真直ぐに白状致せ 莫耶が劔も持ち人による 性根腐た股五郎 病労(やみつか)れても

儕らごときに 政宗を出すにも及ばず 身が指し料の此刀 工の腸引出して洗ふて見せふか 何と

 

 

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/\と胸に覚への一々を 見透されたる股五郎 顔(つら)真赤にしよけ鳥の返す詞もなかりしが 面目

なげに顔を上 ハアそうしや誤た 相果た親共が義を思召れ 折節の御異見が耳に当たひが

み根性 弥つのる色狂ひ 放埒の友を拵ふと 志津馬殿を廓の魔道へ引入たは成程拙者 そふ見顕されて

からは一言もござらぬ 好色に魂奪はれ 大恩の師匠を仇に存じた非義非道 只今夢の覚たる心地

御推量の通り政宗の刀 拙者が持て何に致さふ 有様は色遣ひの金がほしさ そこへ付込右の刀を奪取て

くれるならば 金子千両礼物に遣さふと 頼んだ者も外ならず 拙者めが一家ながら思へはこいつが悪智恵の

根本 かう打明て申上るは今ゟ心を改る証拠 アゝ仮にも悪い工みは致さぬ事 もふ/\/\ふつ/\こりはて

 

ました 是迄の不届 最前ゟの不礼の段々 先生真平御免下され コレ/\こふ申た斗では御得心有まい 彼

政宗を望む物 拙者への頼みの書状 御目にかけるが二心ない股五郎が申訳と 取出す一通手に渡し 懺悔

に誠を洗涙誤り入たる有様に 心に油断はなけれ共 良(やゝ)病中の老眼に燭台引寄状の当名 沢井股五

郎殿 同城五郎 ムゝさも有んと長文を つぶ/\棟に畳越突出す白刃と右劔の抜打 真向へ切付る

シヤ国賊め付入て 沢井が扇先切付たり こなたもしれ者請流し 遉名を得し行家なれ共 初太刀

の手疵に眼くらみ 請太刀に成てたち/\/\ 引よと見へしが飛違へ 沢井が眉間丁と切下ゟ付込む

すくい切 脾腹をかけて切込太刀先 きう所にや当りけんとつかと座する縁の下 股(もゝ)の付根を貫く

 

 

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切っ先 立も立せずたゝみかけ 非業の劔に和田行家むざんの最期ぞ是非もなき とゝめの刀引ぬいて 畳あぐ

れば奴の実内 沢井様お首尾は シイ主に見かへて身共へ加勢 遖出かした褒美くれふ アゝ忝しと立寄る実

内けさにずつぱと 辺りを見廻し 兼て工みの股五郎 上段の床の間の刀箱取出し 蓋押開けはこりや

どふじや 刀はなくて状一通 こは心得ずよ星明りにすかし見て ナニ/\政宗の刀一腰 子細有て私方へ預り

申す所実正也 和田行家殿 佐々木丹右衛門判 扨は刀は丹右衛門が預り居るよな エゝ無益(むやく)の骨折口惜しと 手

疵にしつかと腹巻しめ 表は人目飛石伝ひ 裏道さして落て行 曲者が入たるそ明しを持てと奥方

の 声に追々嬪共 折からかけくる丹右衛門 伏たる死骸はヤアコリヤ行家様 先生を何者が手にかけしぞ 今曲者か

 

此小柄 コリヤ沢井股五郎 遠くは行くまい家来共 表をかこへと高股立(もゝだち) 聞とひとしく家内の騒動上

を下へと立騒ぐ 桐が谷(やつ)の裏道つがい御勅使見送り奉る 跡押へは沢井の一党其身は素襖

欠烏帽子 皆一様の御装束君臣の礼義黙止(もだし)がたく 星をあざむく高提燈事厳重に

見へにけり 備への中を股五郎 疵持つ足の裏道を 押分て打通れば それと見るより野守介

股五郎殿ではないか 心得ぬ面体気遣はしと 声をかくれは傍に寄 兼て申談せし通り今日行

家が方へ参り 何角事を謀りにこつちの底意をけどりし上 法外成申分骨髄に徹したれ

と 強敵(ごうてき)の行家なれは 計略をもつて只一対 併残念なは政宗の刀 持帰らんと存じた所 丹右衛門が

 

 

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預をる事 慥な証拠はコレ此一札 ナニ城五郎殿我是へ参りしは一人の母の事なにとぞ御世話頼みたい

為斗 一家のよしみお頼申一日にても生延ては行家一家の奴原に 未練者と云れんは 家名の恥辱

一家の恥 我一人切腹致せば跡の難儀は気遣ひなし此世の名残おさらばと 云捨てかけ出す城五郎声

かけ イヤコレ/\先ず待たれよ股五郎 身に省なれ共沢井城五郎おかくまい申たい 意気地によつて討れしは我々が頼みしゟ

事起こる 聞捨に致しては武士道の表が立たぬ 此上は我々が命にかけてかくまはん 先祖の意根今此時 出かされたり

股五郎 譬和田一家のやつ原 君命を以て来る共 何程の事有ん 一時も早く屋敷へ帰り評議を定めん

油断は不覚の基也 路路(ろじ)の用心気遣はし 気を付られよ近藤殿 其義はちつ共気遣ひなし 帰宅済む迄御

 

役目指でもさらば彼らが家の一大事と 備へを乱さず振出す威光輝く鎌倉山 連て我家へ「立帰る