仮想空間

趣味の変体仮名

奥州安達原 第五

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
     ニ10-00558 

 

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   第五
深きを以て浅きに入浅きを以て深きを知る 其源や武将の大度 八幡太郎
家公 貞任が籠りたる小松が柵に押寄らる 付随ふ輩(ともがら)には 舎弟新羅三郎義光
鎌倉の権五郎景政 其外一騎当千の鎧の袖も白籏も風になびいてめざましき
景政御前に両手をつき 両将には暫く木影に御屯(たむろ)と 勧め立たる折も折 とつと寄せ
手の鯨波(ときのこへ) 景政きつと見 ヤヤちよこざい成蠅虫めら 一所にかゝれと大手をひろげ 当るを幸い
ばら/\/\ さながら萩の気の葉武者 勇気に恐れて軍勢共 叶はぬ赦せと逃げ行くを

遁さじやらじと追て行 引違へて陣頭に 踊り出たる安倍宗任 新羅三郎是に有る 望む
所の宗任め 悪事のかたまり打砕かんと ぐつと引ぬく並木の松微塵になれと打かく
る コリヤ/\/\とねぢ合強力(かうりき)とゞまる勇力 いづくよりかは白羽の矢先二人の胸板 はつと
驚く間もなく 貞任義家東西より立出給ひ ホゝ珎らしや貞任 汝命の恩を忘れず 三種
の神器を別条なく此方へ渡し 宸襟を休め奉る上からは 義家が首取て頼時か冥
途の妄執はらせよと さも潔くの給へば はつと二人は頭を下げ ハツア有がたき御一言 日頃の恨み
と貞任が つつ立上つて鞘くちに はつしと兜を打落し 抜くより早く割れと我右手の小脇にぐつと


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突き立て 大将の前にどつかとすはり 三十年来父の敵討たふと思ふ鉄石心 義家公の御恵に
忽とろけし此上は 弟の宗任と 御家来となし下さらば生前死後の面目と 苦しき中にも弟
を思ふ真実 しんみの血の涙 大将に便んと思召いかに宗任 心を改め我幕下に従ひ 安倍の
家を引起せと 恵も厚き御詞 今こそ願ひ達せし貞任 いつれもさらばと勇気のさいご 又
も聞ゆる鐘太鼓敵にはあらで鎌倉の権五郎瓜割四郎をひつ提げ出 主君に敵対ふのら猫め 是
喰て死と打付る 引ぱつして逃行を 衿かみ掴で宗任がぐつと一しめ忠義の手始め かゝる所へ匣
の内侍宮を誘ひ生駒之助 惟時を高手に緊(いましめ)御前に引据 謀叛の張本大江惟時宮

を奪取此国へ落下る 半途に出合斯の通りと 詞の下に一太刀づゝ 朝敵亡びて源氏の
勝鬨 早凱陣とおだやかに国も 治る君が代の 夜に増し日に増繁昌は源 氏と寿けり