仮想空間

趣味の変体仮名

けいせい恋飛脚 飛脚屋の段

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース イ14-00002-258

 

15(左頁)

  飛脚屋の段

百三十里一飛びに時限(ときぎり)六日だらの状 金銀荷物の届け物 自由

自在に大坂へ 通ふ千鳥の淡路町 亀屋といふて飛脚屋の 中でも

古い家がらも 近年内証しもつれし 駄荷の口解く荷を作る 手代は能面

算盤を 奥口供にどや/\と 状取て来る町廻り又届け状持て出る せはしい

中へ鈴の音 門口へ馬引き付け 駄荷が着いたぞ中戸じやと 馬士(まご)が高声男共

転手(てんで)に葛籠(つゞら)かたげ込む 宰領は革財布 明けて取出す三百両 中の嶋のお

 

 

16

屋敷へ 為替の金も添状も 渡せば請取る番頭伊兵衛 ヲゝ嘸草臥れ休

ましやれ 男共も片付たら 一ぷく仕やを呑込で 煙草/\と入にけり 忠兵衛

が母妙閑 為替と聞て娘連れ 立出れば番頭は ハイ中の嶋のお屋敷へ為

替金三百両 添状もござります ヲゝ忠兵衛が戻りやつたら持たして

やらふ 添状は大義ながら そなた先へ一走り 金は爰へと金戸棚 引出し明け

て取り納め 錠前しやんと番頭は 添状持て出て行く 此家(や)の別家甥

の利平 しぶ/\顔の懐手 伯母者人けふも大分荷が来たげな 拍子まん

 

が直つて来たの シタガなんぼ設けても アノ養子の忠兵衛では爰の

身体(しんだい)はもてぬ/\ 親父は勤定一件(いちまき)で 十八軒の飛脚屋の 鑑と云

れた堅い人 其苗跡の忠兵衛が 商売の事は手に付かず 新町

通ひで身を持ち上げ 仮初にも黒羽を重ね 油壷の中で杉立ち

した様な天窓(あたま)つきで 髪結ふ度に小椙(すぎ)の紙 手に当り次第五枚

七枚 ぴつぴと遣ふ世帯しらず こちらはマア塵紙より 洟(はな)かんだ事

もないが てきめはどんな尊い洟か 三折(みおり)四折持て出る紙戻りには壱枚無(な)

 

 

17

大仏が風引きやつても あれ程鼻はかまぬ筈 本家大事と異見す

りや いけもせぬ太草果 アノお諏訪と祝言せぬ中(うち) 早ふ在所へぼいまくつ

て 鼻の先に実体(じつてい)なよい聟も有そな物 思案さつしやれ伯母者

人と 儕が得手へ引かけて 喚讒(わんざん)口ぞ憎てい也 お諏訪は耳に手を当てて

聞かぬ気な母妙閑 よいもわるいも親が見て居る 若い吾儕(わがみ)の入らぬ世話

元忠兵衛は大和の新口(にのくち)勝木(かつぎ)孫右衛門殿と云大百姓の独り子 実の

母御は死にしゃつて 継母がゝりを否(いや)がると 爺(てゝ)ごぜの頼み故 幸いお諏訪

 

に聟もほしさ 四年前に大和から 一生不通の養子聟 気立ても能ふて

孝行で 読み書き算用何一つ 云ぶんのない生質(うまれつき) 折々の曲輪通ひは若い者の

皆有り中(うち) 隔てた子には義理も有り 血をわけた甥子の喚讒 聞く様な

伯母じやない 重ねていふな嗜めと 呵り付けられ頬(つら)ぶくらし是は甚だ情け悪し

じや どりやまん直しに台所で 鶏卵(たまご)酒なとせしめうと ぼやきちらして入る

跡へ 忠兵衛殿在宿ならば御意得たいと 供をも連れぬ侍一人 母も娘も

手をつかへ どなた様か存じませぬが 忠兵衛宿におりませぬ 御用ならば私共へ

 

 

18

アゝイヤ御慇懃迷惑至極 拙者梅川忠兵衛と申す浪人者 是の忠

兵衛殿とはずんど懇意に致す者 他行ならば待ち合して 左様ならば爰へ端

近 見苦しく共奥へお出なされまして 然らばおやかましくとそふ致さふ 必ず

お構ひ下されな イザ御案内 こなたへと母は打連れ奥へ行く 跡にお諏訪

は只一人 此忠兵衛様何してぞ 内には水も築く様に 出たら出儘の夜泊まり

日泊まり 嚊様の機嫌損ねぬ中 ちやつと戻つて下さんせいでと 気を

もむ後ろへ従弟の利平 こりやよい首尾と抱(いだ)き付き エゝいやらしいとふり

 

放し ちつとマア嗜ましやんせ 忠兵衛様といふ男の有る身に 又しても/\

転業(てんがう)斗 そふしつこふさしやんすと 嚊様にも忠兵衛様にも告げ

ますぞへ ハゝゝゝこりやおかしい 貴様は男じやと思ふて居ても 忠兵衛は身

ふるひにぞゞかみを少々加へ 嘔吐(えづき)廻つて居(いや)かるぞや そんな男に惚れて居

るは 近附きでもない役者を贔屓するも同じ事 夫(それ)よりおれと女夫(めおと)になるが

マア御徳と申者 コレ利平の利の字は徳利の利の字 平はたいらか

容易(たやすく)本望遂げたい/\ 第一達者で根(こん)もよし 床(とこ)よし請け合い泣く事尤

 

 

19

鵺(ぬえ)のごとし 風味合いは忠度(たゞのり)/\ 薩摩芋程なほこ/\を ちよつと/\と

手をとらへ 否(いや)かる者を無理やりに 引き摺り引っぱる折も折 色と酒との千鳥

足 うつら/\と門口へ 戻る忠兵衛がから呑酸(おくび) 恟り飛び退きヤア忠兵衛か まつ

と遊んで来たがよいに エゝ早い戻り様 イヤ/\よふ戻つて下さんした とつともふ利平

様の アゝこれ/\/\/\ 役にも立たぬ事いふ手間で 塩茶して来てやつたが

よい あの酔(えい)で母者の前へ出たら 噛まれるはいの/\と 其場をくろめる

お客顔 お諏訪を勝手へ追い遣って ヤけさ番頭がいふには 丹波屋の

 

八右衛門へ届けた 五十両の受取が有りそなものと きつふ吟味して居たが

ありやマアどふじやいの ヲツト騒ぎ給ふな 其請取是にありと懐ゟ

取出し かけ硯の引出しへつい入れ置くも若気と酒 ころりと横に肘枕

コレ風ひくわいの寝やんなと起こすふりして目顔を覆ひ 脚(すね)を伸ばして

かけ硯 引出し明けて件の受取 指に挟んでちやくぶくし跡を繕ふ其ところへ お諏

訪が汲んでくる塩茶 アゝいや/\ 塩茶位ではつい醒めまい たつた一ぱい

でつい醒める よい薬が爰に有ると 一ぱい喰ふたも知らぬ毒薬 有切り茶碗

 

 

20

へ打ち込んで サア一息にぐつと呑みや ヤ是はついにない御深切 忝いと戴いて

ぐつと一度に呑みしまへば 利平はぞく/\独笑(ひとりえみ) 今の薬皆呑んだか 貴様

の志じやと思ふて 一雫も残さずたべた/\ エ忝いよふ呑んだなァ/\と 心いそ

/\小踊りし どふじや忠兵衛 心持ちはどの様なぞ 扨薬も有ふ物じや 今

のでさつぱり酔が醒めて 気がすんずりと成た様な ヤアあの心持ちも悪ふ

なし そしてどこも痛みもせずに サア結構な薬じやはいの ヤアめんよふな

其筈ではないがと忠兵衛が顔 ためつすがめつ眺めても ちつ共かはつた様

 

子もなし ハテめにょうなと軻れる中 忠兵衛は顔しかめ アイタ/\ アイタゝゝゝ そりやこそ/\其筈じや/\

どこが痛い 心持ちはどふじや/\ ヤ何じやしらぬが肋(わきばら)がくしや/\と ヲゝ其筈じや/\ そふなふ

てなっらふかい アゝイヤ/\気づかひしてたもんな コレ/\是見や こちのお針程麁相なわろはない

脇壺にこんな針が一本有た ヤそしたりや今の痛かつたは サア此針の先がさはつたのじや

大きな怪家(けが)せいでまだ仕合せ エゝ何の事じやい 何の役にも立たぬ物を五十両とは エゝ情

ない ヘエゝ高い物 ヤゝ五十両で高い物とは何がいの サイヤイ 今呑ましたのが五十両 エ高い物を能ふ

呑んだなァ/\ ヘエ聞へた 道理で結構な薬じやと思ふた シタガ五十両とは高い物じやなふ ヲゝ其

 

 

21

高い物を よふ呑んだなァ/\と 吼頬(ほへつら)かいてむしやくしやと 腹は立て共雲を闇 ねだり所もないがふ

り 折角当たった一の富 握って戻る百両を 沈酔(めれん)で落とした心地也 表へ来かゝる八右衛門 門口からやん

ぐはん声 十日も前に届けた江戸金 どふしてけふ迄届けぬのじや 飛脚屋はせずに盗人の問

屋ひろぐか 忠兵衛の胴ずりめと わめくどつてう聞き取る母 家内の者も立出れば 忠兵衛

が身は冷や汗 コレ/\/\八右衛門 貴様筈じや有まいかの 尤けさ逢に行くのが ちつとゝそつとゝ遅

なつた迚 盗人呼ばはりは余(あんま)りじや 其五十両はのソレ渡して置た ハテ渡した金を届かぬとは

エゝ麁相な人では有るはいの ナソレ/\ アゝ是忠兵衛 渡したに違ひがなければ せり合ふ事も何に

 

もない 受取が有ふ程に夫(それ)出して あいつが頬(つら)の皮むきやいの 尻持は此利平じやぞ そふ

じや受取出して見せふとかけ硯の引出しあけ 捜せど/\有ばこそ コレ利平 たつた今吾儕

の見やつた通り 此引出しへ入れた受取 どふ尋ねても爰にないが 若しや吾儕が コレ/\/\忠兵衛

そりやマア何云ふのじや おりや何にも見やせぬぞや 入れもせぬ請取を爰へ入れたと 間に合い

の尻が熱なつたで おれに迄様々の事云かける 五十両といふ大まいの請取を 何の爰へへ貴様

が入れふ アゝ悪い仕内じやぞや 忠兵衛どふじや サア受取見よかい 此八右衛門はまだ老耄する年

じやない 書いた受取を忘れてたまる物か 元来(もとより)受取らぬ金に 何で受取やる物 サア五十両今渡

 

 

22

一寸も半寸も待たぬは ハテそふいやんないの 受取がなふても 五十両の形(かた)には預けた証文 ヤゝ

何じや証文 形じやとは何の証文 サどんな文言の証文じや サ夫いへ/\ どふもいへまい云はぬ筈 ねっ

からない事じや物 よいは大かた其金は新町へ蒔たで有ふ 所詮逆様に震ふても出やせ

まい 金が出ぬから腹いせに 代官所へ引ずつて 直ぐに牢へぶちこんでこます サアうせ上れ アゝコレ

申し八右衛門様 なるほど其金は十日も前に届いて 忠兵衛に持て行きやと渡したは此母 夫

がけふ迄届かぬは 云はいでも知れた忠兵衛が横道(わうだう) お上沙汰に成てはあれが命 遅なはつた所

は 妙閑がつむりにめんじて御了簡 死金にと退けて置いた五十両 忠兵衛が為には惜しふ無い

 

今お渡し申ませふ程に 世間で此沙汰せぬ様に ハテ金さへ受けとりや後生気な八右衛門

人の痛む噂はせぬ そりや忝いと妙閑は こて/\開ける箪笥の錠前 引出し明けて

又恟り ヤア此中へ入れて置た五十両の金がない エゝと驚く忠兵衛お諏訪 利平は立

寄り引出しの 中を捜してコレ伯母者人金はないが こんな書いた物 合点が行かぬと引き明けて 何

じや此方抱への傾城梅川が身の代弐百五十両の内 手附金として五十両受け

取り申候 跡の小間事は入らぬは 亀屋忠兵衛殿へ 新町槌屋次右衛門 ヤア サア/\/\/\ 又事じやぞ

/\/\/\ コリヤ忠兵衛 われはマアえらい事をする者じやなァ 八右衛門が金はくすね アノ箪笥にも

 

 

相鍵して いとしぼなげに伯母者人の死に金迄 むごたらしうよふいがめたな コレ利平 八右衛門が金

の事はわしが悪い斗じやない 五十両の値はやつて有れど 証拠がないが運の尽き 勿体ない相

鍵して 母者人の死に金を 盗む様なおれじやない/\ アレ又盗人たけ/\しいと われが盗んだ証拠

はれそじや 亀屋忠兵衛殿と名当ての証文 アゝ天道は恐ろしい物 金を盗む時うつかりと

是を引き出し 入れて置いたは悪の報ひ コレ伯母貴も見やんせ お諏訪女郎も御覧有れ そもじ

の殿御は斯(かう)した心底 おやまを受け出して女房にするのじやぞや こんな入口が有るによつて親の金

も 八右衛門が金も ちやいまいつかした物じや有ろ 是が仲間へしれるがさいご 忠兵衛が首はころり 落る

 

ぶんは構はねど 此亀屋の身体限り 上り物に成るのがつらい ヤイずならめ おのりや家を

もみ潰すのか ヨ是でも金を盗まぬのか 言訳が有かぬかさぬかと 首筋掴んで畳

に捻付け 恋路の意趣の握り拳 お諏訪はハア/\立っつ居つ 言訳なければ忠兵衛も 無念

涙にくれ居たる 母は忠兵衛が膝近く こりやマア何とした 情ない事してくれる 親の物は

子の物と わしが金は厭はぬが 八右衛門様の五十両 今渡さねば身体も命も 棒に振て

仕廻にやならぬ いかに若いてゝ 余り弁へがない情ないと 畳たゝいて悔やみ泣き エゝそんな談義

聞きには来ぬ 忠兵衛弥よ金は出ぬな 出ずば直ぐに代官所と 小腕(こがいな)捻上げ引立る マア/\待て

 

 

24

と母娘取り付き留めるを邪魔する利平 奥ゟ出る以前の侍 八右衛門が腕もぎ放し 死に入る斗投げ

付る 是はとかけ寄る利平が膁(よはごし)てうど蹴られて頭転倒 母娘は嬉しさ驚く忠兵衛 ヤ申

お前様はどなた様 コレ/\忠兵衛殿 日頃入魂(じっこん)に致す中の拙者 ナ其其許(そこもと)の難儀と見

た故 ちちょつと爰へ罷り出た 其元と拙者はずんど懇意な中 ナ合点かと眴(めまぜ)で知らす間見付け

る利平 ヤア儕は夕部の大衒(がたり)ナゝゝ何と 武士をとらへて麁相をはけば手は見せぬ 夕部の品が

何とした そちが頼んだ一部始終 子の座席でぶちまいて仕廻ふか アゝコレ/\/\めつそふな 夫云て

たまる物かいの コレ是じや/\と袖の下 拝んでしゆつと消へ居たる 八右衛門は腕まくり コレ侍

 

譬へ忠兵衛が兄弟分にもせよ 理非も分けずに何で投げた 盗人の肩持つのか 一所に牢へ入りたい

のか ヤイ/\コリヤかさ高に何をさは/\ 忠兵衛が身分に 盗賊らしい事はないぞ イヤおかしい事いふわろ

じや 現在伯母貴の箪笥に 此手附証文が有からは 忠兵衛が盗んだといふが誤りかな

サレバサ 其証文が入て有たが 忠兵衛が盗まぬ証拠 エゝ紛らはしいどふ云のじやい ハテ金を盗んだ

其跡へ 証拠に成る証文を 入れて置く様なあほうが有ふか ヤア 此盗人は外(ほか)に有る フウ外にとはトゝ

どこに どこ迄もない利平 盗人はそちじやいはい ヤゝゝゝこいつがどめつどふな事云出した おれを盗人とは

又何を証拠に ヲゝ証拠は是と 懐中ゟ金子の包取出し ナニお袋此金ちよつと御吟味なされ ハイ

 

 

25

と包をほどく金 利平はもぢ/\しかみ顔 妙閑は金改め 金子の極印包紙 アノ箪笥に

入れて置いた 私が金でござります ガ此金がどふしてあなたへ アゝ是伯母人 問はいでも知れた事 忠兵衛

が手からあなたの方へ廻つたのじや 金さへ戻りやよい程に もふ㗂(だま)らしゃれ/\ イヤ㗂られまい

お袋 ソレ其金の上包に 淡路町三丁目亀屋利平と書付けたは まがいもない甥めが自筆

扨は儕が盗んだな 大かたそふで有ふと思ふた よふ忠兵衛に塗付けふとしおつたな アゝ伯母貴けつ

そふな そりや贋手じや/\ おりや微塵も盗んだ覚へは なくば夕部の一部始終 お袋

の耳へ入ふか アゝコレ/\/\/\ 夫云てたまる物かいの/\ 然らばおぬしが盗んだな アイ伯母は親 親の物は

 

子の物と 盗みはせぬが断りなしに終(つい)借ったの ハゝゝゝ先づ一方は片付いた 八右衛門とやら お身五十両の登り

金 忠兵衛から請取たで有ふがな ヤとでもない事いふ侍 受取らぬからのわつぱさつぱじやはい イヤお

いやるな 最前忠兵衛が受取を尋ねたが渡した証拠 侗(あほ)つくせ 尋ねたぐらいが証拠に成るかい

ヤない受取が証拠に成かい イヤサ受取が有 ドレどこに有る見やふかい 見せふか 見様はい 扣へておれ 利平

ちよつと爰へ/\ アイ来たがナニじやへ 出せ ナニをへ 五十両の請取を イゝヤこちや何にもそんな物

出さねば斯ともんどり打たせ 懐中の紙入奪(ばひ)取 忠兵衛此中(うち)改め召され はつと取り上げ引明け

て いかにも爰に八右衛門が請取 また外に手附証文 ヲゝ二色共取て置きめせ イヤ夫はと八右衛門

 

 

26

寄る所を爪取(つまどり)投げ ひらりと抜いてりう/\/\ 膂(せぼね)も折れよと二人をむね打ち ナントお袋 是でさつぱり

忠兵衛に 曇り霞はござるまいがの ヘエゝ有がたふござります お世話故に金も戻り 悪者共

も知れるといひ 八右衛門が受取迄 何も角も思ふ存分 ヘエゝ忝いと親子三人家内も供に

悦び勇めば 八右衛門利平は吼え頬 アゝ此様に手番(てつがひ)よふ仕くぢる物か 八右衛門 吾儕請取書たが誤り

何をいふても糊(のり)立はせぬ もふ諦めてちやつといにや サイヤイ貴様はじゞむさいからしくちり内 おれは

取もせぬ金に 受取書いてどやされて 質に取った証文迄 入らざる貴様の左平次で 引たくられたはえ

らい壺 ヲゝソレ/\ こんな拍子の悪い時じだもだ云ふ程時分柄の塩鱈で どんな藁か出

 

やうも知れぬ サアおじや逝ふと謀判の 尻こそばふて両人は二重三重仕くぢつてごう腹にやし

立帰る 侍も塵打払ひ何角事なふ相済めば お暇申すと立出る アゝイヤ申思ひも寄らぬ

今のお情 お礼申為なれば せめてお名やお所を ハテよそ/\しい 親共が名は梅川忠太夫

拙者は同苗梅川忠兵衛 エゝスリヤ其元が忠兵衛殿 そちや梅川が ハテ扨梅川とは身

が家名 川の流れと人の行末 廉直な人もつい横道になるは色故 以来を急度嗜む

が身の為斗が親孝行 ナ合点が行やぁと云捨てて しづ/\出る門の口 新町の槌屋の抱へ

梅川殿の兄様忠兵衛殿 マア/\待て下さんせ フウ拙者を傾城梅川が アイ兄様の名は梅川

 

 

27

忠兵衛殿といふ 元は堂上のお侍 今親子共浪人して 爺御は六條数珠屋町 こな様は大坂

住居 慮外な事じやが 其日過ぎの働き人の身で五十両 涙もかけず戻すといひ 難儀を

救ふて下さんした礼も云たし 又利平めが心腹 心得の為尋ねたい事も有り まだ其上に忠兵衛

に 異見がして貰ひたい 梅川殿の身の上を 何も角もとつくりと 聞て置いたも忠兵衛が

可愛さ シタリ 妹が名を 梅川と付けて貰ふたも 先祖の苗字を捨ぬ心 委しうお知りなさ

れた上は もふ侍は取置きましよと 羽織大小上着を脱げば 下へどてらの木綿侍 着物刀引っくるめ

て けふ一日が四百の損料三日の働き打ち込んだも 衒り取った五十両で 忠兵衛の難儀を救をと

 

来て見た所が思ひも寄らぬ 持て来た内の金 元へ戻す仕合せも 八右衛門が麁相な情

取り あんなやつには損さしても まだ入れ合せが出来てこふ 去ながら 此様に身を入れて働くも 妹め

が不便から ひよつと忠兵衛様の身に凶事が有ると 逆様事に合ふかと ヲゝそりやどこおしも

同じ事 若い子を持た親の身 ハアゝいや/\ 役に立たぬ事いはふゟ 日も暮れた夜食でも参り

ませ サア/\こちへと連れ立って 奥へ行く母忠兵衛も お諏訪も供に打連れて 〽一間の内へ入相を

相図と下女や男共 燈す行燈八方の灯(ひ)は明かかれど 胸の闇お諏訪はそつと 忍び

出 傍見廻し暫くは 涙に暮れも早過ぎて初夜の 鐘の音身にしみ/\゛と 用意の書置取り

 

 

28

出し 箪笥の鏆に結び付け盗み出したる戸棚の鍵 音せぬ様に袖覆ひ そろ/\開いて

為替の小判取出す 身もわな/\/\ 震ふ手先に取落とす 闇にもぐはつたり欠け出る母 大盗

人めと首筋取り引きすへて打つ拳の音 忠兵衛驚き走り出こりや何事と引き分けても 笑止な

様子軻れ果て とかふ詞も出ざりけり 母妙閑は声づるはし 一災起これば二災発ると 儕迄が盗み根性

こりやマアどふした因果な事 いつの間にやら鑰をはづし大まいな此金を 盗んで何に仕お

るのじや サア云おらふぬかさふと せつけど娘は泣き入る斗 忠兵衛目早く箪笥の書置 コレ母

者人こんな物とさつとひろげて灯に近寄せ いとし可愛男の為為替金三百両盗み取り 此内

 

を欠け落ち致し 河口にて身を投げ候 母妙閑忠兵衛殿露程も存じたる事にては御座なく候

間 お咎めお赦し願ひ上まいらせ候 御代官様へ亀屋諏訪 フウ扨はわしや忠兵衛が目をぬいて 忍び

逢ふた男めに此金やらふと盗んだのじやな アレ爰な徒(いたづら)者め 祝言せいでも云号(いゝなづけ)したからは忠兵衛と

いふ男の有る身 よふ密夫(まおとこ)しおつたな アほんに是迄異見した忠兵衛の手前面目ない どれ

程身持ちが悪ふても男には七人あてがい 形(かたち)は生んでも心は得生まず 親の顔も男の顔も汚し

おつた不曦者め 何として腹がいよふと 箒追っ取り丁/\/\ 擲(たゝ)く手元に取付く忠兵衛 マゝゝゝゝ待って下

さりませ お腹立ちは御尤じやが最(もふ)打った擲いた迚取かへされぬお諏訪のじだらく ばた/\する程世間へ

 

 

29

聞こへ お前も私も頬(つら)汚し ハテ知った者は此座切り噂せふ筈もなければ 以後を屹度嗜ませ御了簡

なされませ コレお諏訪 青柿が熟し柿弔ふと 身持の悪いおれが口からいふはいな物なれど 日頃

の気にも似合ぬ 大それた事仕出しやつたの まだ祝言せぬが仕合せ 母者人さへ了簡なさりや

おれはちつ共云分ない 好き合ふた事ならば世捨して女夫にしもせふが 此金遣ろとは悪い思案 是斗は急度

異見せにやならぬと 𠮟る男の顔つく/\゛見れば見る程胸せまりわつと涙に むせびしが やゝ有

て顔ふり上げ コレ忠兵衛様 不義密夫をする気なら是程心は痛めぬはいな 是迄むぎ胴欲なお

前なれ共 けし程も悋気恨みも得云ぬを よい気で云ぬと思ふてか 悋気あいその尽きる元嗜み

 

事と嗜んでも 私も女の切るじや物心ゆかしに袖褄を 引てもぴんあしやん刎ね切られ適(たま/\)

内に寝やしやんす夜着(よぎ)へ這入れば踏み出され 朝夕膳の給仕さへ否な顔して嫌(きら)はるゝ 其

度々には仏でも 腹が立たいて何んとせふ 夫(それ)でも色にも出す事か やつぱり機嫌取て居りや

折々には五両三両 そつと工面してくれと頼ましやんすは女房じやと 若し思ふてかと嬉しうて かゝ

様(さん)の目顔を忍び蔵の箪笥や長持の 着類着そけをほつ/\とやつても惜しいと

思はぬは 余所へ嫁入する身じやなし 男の為なら着の儘に 成るも厭はぬけれど 友達

衆に誘はれて物見遊山や芝居行 晴れな座敷で我一(われいち)と 衣装競べの其時は 恥しいやら

 

 

30

しよげる気を 男故じやと取直し辛抱しても影の舞 大事の男を梅川殿に吸い取られるが

口惜しい せめてあつちの十分一可愛がられる顔立に日親様へ参つた下向 きのふ生玉の

水茶屋で立聞きすれば忠兵衛様 梅川殿としみ/\゛愁嘆 見請の金が出来ぬ時は互に

死なふと云約束 聞て腹の立つ所かはつと胸は板に成り 可愛ひ男を金故に殺しはせまいと

思案をして 此金盗んで曲輪へ走り梅川殿の見請して せめて死んだ跡でなと可愛

やおれ故死んだかと 忠兵衛様の一言を聞かふと思ふが未来の楽しみ 迚も添はれぬ中ならば 生き

てまじ/\人の鼻まぶらふゟはとはかない覚悟 苦しみは私がして 他のS身はお二人にさせます為に醜(おそろ)し

 

い 盗みするのもお前がいとしさ 是程に思ふ女房をまだ祝言をせぬのが仕合せ 好いた事なら世話

せふとはよふもごたらしう云しやんした 聞へぬはいなと溜め/\の日頃の恨み一時に諏訪の氷も解け行く

涙 袂を絞る斗なり 忠兵衛は道理に迫り差?(うつむ)いて居たりしが 母は涙の曇り声 ヲゝ出かしやつた

/\夫でこそわしが娘 コレ何を皆にしても男の為 わしや呵りやせぬぞやと そふ云事とは露

知らず 産み落としてけふが日迄拳一つ当てぬ子を むごたらしう打ち打擲 堪忍してたもこらへてたも

コレ/\忠兵衛アレ聞きやつたか 自慢するじやなけれ共 こんな女房が大坂中に今一人と有りやせぬぞや

梅川斗が女(おなご)でも有るまい ちつとは又可愛と思ふてあいいさには しなつこらしい事もしてやつて下され

 

 

31

頼みますぞや/\と 梅川殿とやらも義理と情の勤めの身 此入訳を聞かしやつたら めつたに堰(せき)も

しやるまいと いふて中を切るのじやない 月の内に五度七度好いた事なら行たがよい 家屋敷を売り立て

たら見受けの出来ぬ事もなけれど 夫では死なしやつた連れ合いや 家の先祖へどふも言訳がない 受け

出す事は是限りにさつぱり思ひ切てたも 頼む/\と親が子に 合す両手に取付く忠兵衛 是は又勿体

ない 譬へ私が大六天の魔王でも お諏訪の真実お前のお慈悲 何と無下に成りませふ 梅川

じや迚斯云義理聞き分けぬ者でもない 明日は此金を蔵屋敷へ持て参り 其帰り足を新町へ

梅川に得心させ 見請はふつつり止まする是迄の不孝不届き お赦しなされて下さりませ

 

お諏訪堪忍してたも 誤つた/\と 先非を悔む男泣き落ちつく母もまだ涙お諏

訪も今更悲しさの涙はやんで嬉し泣き 又も袂を浸しけぢ 兄の忠兵衛も最前ゟ一間に

聞て貰ひ泣き 目を摺り赤め立出て 親子御の御心底を聞て 布子の袖をぬらしました 是

迄何角と忠兵衛様のお世話に成た妹め 叩き付けて二人の中薄ふするは私が請け合い さつ

きに奥で申ます通り 年寄った親共相人に仁体な芝居狂言 和中散を毒薬と

衒り取った五十両 科人に成ても忠兵衛様の難儀を救ふが恩報じ ヤコレ忠兵衛様 母御様や

お諏訪様への恩返し お心を休める為今夜直ぐに内祝言 よもや否でがござりますまい 何が扨/\ 未

 

 

32

来迄もかはらぬ夫婦 サア/\早ふ盃せよふと 初めて聞いた嬉しい詞 お諏訪はいそ/\悦ぶ母親 兄御のいかい

心づかひこつちに入らぬ手附の証文 五十両安ふ付けばツイ受出す人も有ろ こりやお隣へ引出物 ヘエお

志忝いと 戴く内ゟ下女お針 銚子盃三方も時の島台熨斗昆布 作法の通り娘

から 初まる盃取々に 千代も八千代もかはらじの 詞を松の若緑早ふ初孫見ませふと母の悦び竹が

酌尉と姥迄友白髪悦ぶ千秋万歳の 千箱の玉と媒が諷い納る三々九度 扨お目出たい

/\ 媒は宵 夜も更けた最(もう)お暇と出る門口 其証文をと八右衛門むしゃぶり付くを引かづき どんぶり打ち込む用水桶

続いてかゝる利平が腕首取るゟ早く投げ込む庭 外からぴっしゃり立て切る戸 内には利平を押さへる忠兵衛 お媒よふござりました