仮想空間

趣味の変体仮名

中将姫古跡松 雪責の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856690

 

f:id:tiiibikuro:20180924103037j:plain

 

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102524j:plain2
 節章句早覚の事
出のはる節はしとやかに 三字有のはにおくりよ 四字有時は浮おくり
本ぶしのゆりこれとかや はるきんの跡ひろいなり はづみのふしにつきゆりや
跡の三つゆりこれなれや たゝきと云はしめやかに 扨もひさしのれいぜんや
江戸れいぜいに合もあり 四つゆりながし此ふしは かうかたり道雪や ふしと
名にめでゝ古風にかたる五つゆり 表具といへるふしはまた 文弥に似たる
物なれど 其品々の一流と 七つゆりにはゆりながす こはりとあるもうきこ
はり 下のこはりは物すごく はるとはうよく語るべし ひつとり三重跡の
上段切のゆりいさぎよく ぎんにて引もあまたある ふしのかず
/\わくいづみ 竹のしたゝり末の世迄 是ぞ呑とはしられける

(これより本文)
さして入にける 跡打
詠め浮舩は暫し佇み
居る所へ勝手口より桐の
谷(や)が様子いかゞと立出て
コレお首尾はどふじやどふ

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102730j:plain

3
成た テモマアしんきな顔じやが
浮舟様又継母が邪魔
したか我君さまも鼻
卦を延ばしお聞入ないかへ
と云へ共何のいらへなく

背けてつんと見向も
せずアゝ勿体ない仏の
様な御台さまを仮初
にも継母呼はりそもじ
の口がはれふぞや人で

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102754j:plain

4
なしに用はないとつとゝ
逝だがよからふと胸に
あまりし当て言にくはつ
とせき立ち差寄てムウ
そりや誰へおつしやるぞ

こちが問ふのは姫君のお
詫の筋をいくへにも アイヤ
其お侘叶ひませぬ
譬此度の越度(おちど)ない迚
姫君には不義の悪名


5
あは嶋へでも流しやり腰より
下の病の養生こな
たに直してもらはにやなら
ぬホゝゝゝこりやおかしい扨は
継母(けいぼ)とひとつになり

無実で科を重なるのか
姫君に不義有とは何を
目宛何を証拠ヤ過言
で有ふ浮舟殿イヤ過言
でない証拠が有 ムゝ証拠


6
が有ばサ夫レ見よふ ヲゝ見せふ
ガ爰はお上のお耳へ近し
向ふの小庭へ立てもらはふ
必見るぞや ヲゝ見せるぞ
やと 詞詰合両方が一度

におりる縁先は花と花
との桜だい下駄の鼻緒
のしまりよくはきしめ
てこそ立向ふ 指図に
任せお庭へ出たが見せる


7
証拠はどこにどことは
最前姫君よりそもじの
方へ参つた文夫レが証拠
じや夫レ出した ヤコレ/\麁相
いふまいけふに限り姫君

様より文のきた覚へはない
ぞ イヤ争はれまい 桐の
谷殿姫君様と林平の
恋の媒(なかだち)取持たそなた
其上最前嬪が姫君の


8
文届たに隠すは曲者
サ夫レ見たい イヤ文の覚へは
ないとは云さぬ コレ爰に ホゝゝゝ
懐へ手を差入見苦しい
コリヤ何事イヤ証拠の其ふみ

斯して見ると身をかため
右をかくれば左へ刎ね 見せじ
見やうの争ひは桜の
色と梅の香といづれ
おとらぬ柳腰乱れ合て


9
ぞいどみ合 後は互ひに
雪かけ合よはみ見せぬ
折からに藤原の広嗣卿
御入なりとしらせにハツと
立別れしよてい繕ふ

乱れ髪 争ひよどむ其
内に奥より出る岩根御前
始終見届け声あらゝか
につくき女は桐の谷め
ヤア/\家来共有無を云せ


10
ず引立て門前よりぼつ
ぱらへ 浮舟は我部屋へと
己が気儘のえこひいき
時の権威のかさ押に
引立られて両人は是非

なく左右へ別れゆく 程
なく入来る大弐広つぐ
王子御台の人くひ馬
上座にむずと押直り
コレハ/\岩根御前此間は御


11
参内なき故お上にも
殊の外お待かね 扨彼
観音の義其元の願ひ
によつて毎日/\かはらぬ
催促 姫は何と致したと

問ふは御台は小声に成り サア
其観音の事は兼てわし
が盗み取らして置て王子
様と云合せ日毎の催促
其越度を以て中将姫を


12
なき物にせん イヤサアなき物
にせんと思へ共もしや盗
取らした事アノ若党の林平
めが白状したかと姫を
せこめて問へ共云ず又

最前連れ合豊成の詞の
端では どふやらがんづいた
様で気味が悪い 云さぬ
仕様は有る共/\ いつその
事中将姫を殺して


13
仕廻ばアゝイヤ/\殺しては夫豊
成がサたゞは置まいぞへ サゝゝゝ
其仕様こそ様々有 ナア アゝアレ
アノ大雪こそ幸い割竹の
罪(さい)にあはせ 身内に疵

付け雪中(せつちう)に捨置かは寒邪
入て死るは定 さもなく
ては性根乱れ 誠の事は
得いふまじ ソレ中将姫を
引出し召せ ヲゝ ヲホゝゝ是はよい


14
仕様 ヤア/\家来共早く参
れと呼出し コリヤ汝等てん
手にに割竹持て姫を是hw
引立て来れ サ早く行け/\
エゝ行かぬかやい コリヤ/\用捨は

ならぬぞ用捨致さば
汝等も首が飛ぞよ サ
合点かと云付られて
ぜひなくもはつとこたへて
引出すを余所の見る目も


15
あらいたはしの中将姫
七日七夜は泣明かし明くる
八日の朝の雪 我を責
苦の種となり身もひへ
かへる其上に素足に

雪の氷道 釼を踏むが如く
にて よどめば行と打擲く
梢の雪が一つもり背に
打かゝればどうど伏し起きれ
ばたゝく割竹に手足も


16
しびれ身もちゞみ命も
息もたへ/\゛にて赦させ
給へ 母様と声も惜しまず
泣給ふ 広つぐはるかに
見下して ヤア中将姫 観

世音の尊像はいづくへ
たりしぞ 真っ直ぐに白状
せよ 偽ると此上に 骨を
ひしいで云さにや置かぬ
サどふじや/\と尖(するど)なる


17
詮議に姫は顔をあげ
おろかの仰さむらふぞや
自何をや包むべき 勿体
ない父上の咎めにあはせ
給ふ事 いづくへ隠し置べ

きぞ遠からぬ内尋出し
お戻し申さん 夫レ迄の
責め苦を赦したまへやと
泪と供にの給へば ハテ手
延びなる言訳 尋ね出す


18
覚へあらば有り所しつたに
極つたり 家来共上
着を引ッぱき 降り積む雪に
うづもらせぶちすへて白
状させよ 畏つて侍ども

情なくも上着を剥取り
てん手に割竹づり廻し
たゝき立れば姫君はヤレ
心なの下部やな きのふ
迄もけさ迄もいたはり


19
かしづく身成しに浅まし
やけふは又われを責るか
悲しやと大地にどふど
打伏て絶入り消入御有
様よその見るめも哀れ也

次第に雪は降つもり打
割竹で身内はきれ肩
背につもる雪水が五体
に流れしみ渡り五臓
六腑が一時にこゝへるつらさ


20
はだんまつまかしこに倒れ
爰に伏赦してたべ人々のふ
死る末期に一遍の御経
読誦はさしてくれ是が
此世の願ひぞや是のふ

/\と手を合せかこち
給へば心なき下部も割
竹投捨て袂をしぼる
斗なり雪もおだ止む折
からに追払はれし桐の谷が


21
逸参にかけ戻り入んと
すればしをり戸しめたり
打破るも安けれ共 狼
藉者と云れては お助け
申妨げと 小柴垣より延び

上り 申/\お姫様いつ迄
科を御身にかむり責め苦
には逢給ふぞ 失せたる筋
のだん/\をなぜ/\/\いひ
開きをなされぬぞ 但は


22
私が申そふか道立ても余(あんま)り
とあせり嘆けば中将姫
ヤレ未練な事をいふ人や
のふ最前文でもいふ通り
いか成責めに逢ふ共 云は

ぬがわしへの忠義ぞと
くれ/\書たを見やらぬかい
のふ そなたの詞を聞入て
つれない命ながらへるも
どふぞま一度父上の


23
お顔が拝みたい斗じやはい
のふ 若しや此場でせめ殺
され かばねを雪に埋づむ
共 天より受た罪と思へば
たれを恨みる事もない 云やる

気ならば今死る 必いふて
たもんなや アゝコレ申お前を助
けふ斗にいはふこそ申せ
お果なさると有るを何の
/\/\申ませふぞいな 嘸


24
お寒ふも有らふし身内がち
ぎれる様にござりませふ
ヲゝアノいやる事はいの 西風の
吹く時は弥陀の御国(みくに)の
御迎ひと思へば呵責も

つらからず我苦しみを見
やらふなら サイナア申お姫さま
エゝふがいない口惜にござり
ますはいのふ ヲゝ嘸云た
かろ/\ どふぞそなたも


25
堪忍して早ふ爰を逝で
たもとの給へば 桐の谷は
せき上/\正体なく 嘆き
につれてふる雪にエゝ時も
時と此マア雪のふる事

わいの 何をがなと身をあ
せり笠のかはりと脱ぐ上着
申/\お姫様 恐れながら
雪ふせぎは此一重召せ
給へと上着をば切戸の


26
内へ投入れれば アコレ/\自は科
有る身迚此責め苦 そなた
はやつぱり此一重を アゝイエ/\
申私は最前から腹が立て
/\身内がもへて暖ふ

ござります あなたはやつ
ぱり其一重をどふぞお
召なされて下さりませい
な ヲゝやさしいそなたの志
死でも忘れぬ忝いと


27
しやくり上/\押いたゞ
かせ給ふにぞ 桐の谷は
声を上 右大臣家の姫
君様 いやしいわらはが一重
をば いたゞき給ふ心根が

有がたいやら悲しいやら
雲井に近き御身にも
かゝる例しも有る事かと 狂気
の如く取乱し前後正体
泣叫ぶ 理り せめて哀也


28
方人有程逆立つほむら
態と口には岩根御前
しづ/\庭におり立て
コリヤ/\家来共 其方達が
責め様は余りむごふて見

て居られぬ 打様しらずは
教へてうあろ コリヤよふ見て
置と 割竹追取り立寄れば
のふ情なや母上様 打るゝ
杖はいとはねど 母様の


29
お手づから打給へば世の
人の 思ふ手前も情ない
やつぱり外の者の手に
かけて存分にして御心を
お休めなされて下さり

ませ ヲゝアノ マアやさしい事を
いふ子やの 常不便(ふびん)がる
此母が どの様に責た迚
世上の聞へ悪ふはない む
ごふは打ぬサ受て見やと


30
ぐつと引寄たぶさ髪
取て捻付けコレ姫やむごい
しかたと嘸恨みん 必悪ふ
思やるな なさぬ中の子
なれ共 我子にすれば

ヤ又可愛い物いの 包隠
すを此様に 白状する迄
詮議をする 自が心の内
涙がこぼれて悲しうて
胸一ぱいにせまれ共御上(じやう)


31
意なれば是非がないサア
いや どふじや アイ サ云ぬか
アイ エゝしぶとい 云ずば斯し
て云すると 情なくも引
掴み 引廻すを見るよりも

たまり兼たる桐の谷は
しほり戸蹴やぶり欠入ッて
岩根御前の手をもぎ
放し 割竹追取ふり上る
コリヤ桐の谷 主に向ひ慮


32
外なやつ それでも余り
コリヤ 忝なくも当今と仰ぐ
春日(はるひ)の君を育て上たる
此岩根 そちや見事打つか
サア打て サア打て サア打たぬかやい

サアどふしや エゝ エゝお前様は
/\/\のふ 無念か 口惜いか
ヲゝアノアア口惜そふな顔(つら)わいの
ホゝハゝホゝハゝホゝゝゝゝコリヤ/\家来共 妨げする
を見て居るかアノ女めを


33
打ッて/\打ちすへよと いへ共
下部は尻込しそろり/\と
逃て行 廣つく見るより
声あらゝけ ヤア/\誰か有る あ
の女引擦り出せと 罵れば

畏つてかけくる浮舩桐
の谷を取て突退け そもじが
姫君の肩持てばこちも又
御台様の肩を持つ 最前
の意趣ばらし ヤかうして


34
すると打かくる てうど受
留め引ぱつし はつしと打てば
打落し掴みかゝるをめつた
打ち 是のふ待てと姫君の
取付給ふも用捨なく

痛手としらず打つ竹が
急所にや当りけん うんと
斗に息絶へたり 浮舩は
狂気の如く コレ申御台様
広つぐ様 姫君の息が


35
絶へたがどふせふぞと うろ
たへ騒げば継母は恟り
広つぐも 豊成公へ知れぬ
内 拙者はお暇 ヲゝ夫レ/\
自も宿には居ぬふり

しらぬふり コリヤ浮舩 大事
の姫をよふも/\殺したな
夫へ知れた其時に 必ず/\争ふ
なと いひのゝしりて両
人共王子の 館へ走り行


36
桐の谷起き立お主の嘆
浮舩やらぬとかけ寄るを ヤレ
もふよい それには及ばぬ
そもじとわしとが中悪ふし
て見せたので むた/\

と一ぱい参つた猫また
ばゝ サア/\申しお姫様 是からが
お命延ばはるめでたき門
出 気をはつたりと持ち給へ
と抱起こせば姫君は そな


37
た衆の教への通り 死だ
ふりをして居たが 跡で
しれても大事ないかや
ハテお気の弱い事ばつかり
人のこぬ内コレ申し ひばり

山迄いざ/\と すゝめ申
せば姫君は 二人の肩を
力草 縋つて漸立上り
出させ給ふ後ろより ヤレ待て
暫しと父の御声 はつと


38
二人が立覆ひ 隠す間
もなく豊成公打しほれ
立出給ひ姫は最期を
遂げたるとや せめて死骸へ
一言の 云わけしたさに

とゞめしぞよ 継母岩根が
つれなきも けふの責め苦
も知ては居れ共 今かれ
めが邪見をあらはさば
讒をかまへて御二かたを


39
流罪さするは必定 そ
こを思ふて是非なくも
一人の娘をえばに飼い 殺
さば殺せ死ばしねと
余所に見なする我心

コリヤ推量せよや二人の者
親じや者 子じや物 心
の内の悲しさは 鉛のはり
で背筋をば たち切らるゝも
斯くやらん 君の御為 親の

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102919j:plain

40
為 ヲゝよふ艱難をしてくれ
たなァ 親は隠れて血の
涙 浮舩桐の谷頼む
ぞよ ひばり山へ死骸を
連れ行き よきにほうむり

隠してくれ せめては野辺
の見送りと 涙と供に
立給へば 姫は悲しさ物
影より 父の御恩の有がた
さ ま一度お顔をと出

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102852j:plain

41
給ふを 二人がとゞめ押隔て
隠せば遉父君も 延上り
/\涙にむせぶ御声にて
身体ばせをの葉の如し
必ず風にやぶられな 時人

を待たれば何れか先立ち
いづれか残らん あふが別れ
ぞさらば/\ おさらばさらば
と嘆に沈御姿見るに
悲しさ弥増さり 西方弥

 

 

f:id:tiiibikuro:20180924102825j:plain
42
陀の御国にて待奉る
父上様と名残おしげに
出給ふ死を急いだる別れ
路はしやば即寂光(そくしゃくくはう)爰
冥途と勇る人も跡や

先 いづれ遁れず遁れ
ても 後は消えへ行く雪道や
胸は氷と鳴川の御舘(みたち)を
放れ ひばり山いばらの
     里へと急ぎ行