仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 第三

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      浄瑠璃本データベース ニ10-01458

 

 

13(2行目)

  第三

六尺(りくせき)の孤(こ)を託すべし 大節に臨んで奪はさるは君子の人也といへり 石堂大領の後室寄波(よせなみ)御前 過

にし夫の遺言を守りも堅き岩手の館 鎌倉ゟの上使を請若殿家督の御詮議とて 三宝土器(かわらけ)

熨斗昆布 上下賑ふ斗なり 浮気盛の嬪共 一つ所へ寄こぞり コレ早苗殿 此の間から鳴騒だ御上使の

御入 九献も御膳も首尾よふすみ 追付お立に間も有まい 嬉しや明日から隙(ひま)になろ 何いやる歌木殿

又是からが御一家方御振舞のお能のと 大体いそがしい事じやない わしらは今年で丁ど五つ 宿下の

 

未進が殿様へお貸に成た 盆にはきつと取立て芝居も見よふしよい男の見あきしよ ソレハそうと

御草履取の伊達助殿 との様と云てもよい品(ひん)な色男 千束(ちつか)様のきつい御贔屓 わしらおちつ

とおすべりでも戴(いたゞき)たきと思ひ 文迄書ても待ごろし どふでこちとへお鉢は廻らぬ いつそアノしつ深(ふか)

な臺七様へやつて見よ おかんせ/\ あの臺七のにくて顔(つら) くさい者の身しらずと お姫様を付けつ廻しつ

色取かけるがおかしい あのさまな男い思はりよより 能男持迄の心ゆかし ソレたとへの通り 高枝迄は

牛の角細工物て間に合そ ハゝゝゝと高笑ひ 奥は祝儀の献々も 目出度納る千秋楽 上

使の顔もうす紅(くれない) 立出る赤橋将監(あかはししやうげん) 跡に続て寄波御前 志賀臺七楠原普伝 其外

 

 

14

家中の諸侍敬ひかしづく広間上 将監も会釈して 御念の入し御馳走満足の至り弥厘綸旨の

改は鎌倉にて御沙汰有べし 家督の祝儀首尾能済 後室の悦び察し申 何れも心を一つにし

小次郎殿を守立(もりたて)召れと 厚き詞に皆/\ひれ伏 御前宜しくお執成 遠路の所御苦労と 武家

行儀の厳かに 上使は旅館へ立帰る 後室御機嫌うるはしく 何れも此程の心遣 鎌倉の御請も

首尾能済嘸かしの悦び 自らか嬉しさ推量しや コレ小太郎 けふからは石堂家の主(あるじ) おとなしうせにやな

らぬぞや 皆の者へも挨拶しやと仰に随ひ 普伝臺七皆大義母上様有難ふござります コレ

臺七 姉上様は岩手の社へ御参詣 ぼんがすきの伊達助もお共じや 帰つたら追付侍にしてやると

 

云てくれ 普伝も目を懸てやれと 舌も廻らぬ一声も 育ち隠れぬ雛露の 素性あらはれ愛

らしき アレ聞きやつたか ほんに胤は争はれぬ 今の詞は先殿様に其儘じやと 嬉し涙もなき夫

を 思ひ出したる其風情 当座の挨拶志賀臺七 イヤモ仰の通り大人も及ばぬ御発明石堂

の家は万々年 又今日は千束(ちつか)姫にも岩手の明神へ御参詣 イヤ追付御下向でござりませふ ガ マ

後室には先づ御入 扨今晩はわつさりと ヘゝゝゝ カノ女中交りの御目出た酒 おねだり申上ますと 己(おのれ)が恋

路の得手勝手 成程/\打揃ふて後程ゆるりと逢ませふ サア皆おじやと夕なぎの 寄波

御前は若君の 手を引連て入給ふ 跡は一組人喰馬 相口同士が打くつろぎ ナント先生 此程

 

 

15

ちらとお咄の天眼鏡 百里二百理隔ても 手に取様に移ると申は 実(まこと)の事でござりますか

成程先師呂洞賓(りよとうひん)ゟ伝りしトンクルケリキヤ 漢(ぞく)字には天眼鏡 見たいと云方角へ鏡を向け秘

文を唱へて是に向へば 世界の内扨置 地獄天堂迄あざやか 行法成就の門弟へ 付属

する了簡 其外にも忍び松明毒箭炮弩(いしゆみ)の軍器の伝授 手柄は仕勝(しがち)精出されよ コハ有

難し/\ 此臺七も追付伝授して見せませふ 此頭上の御用で稽古も懈怠(けだい) 丹下松兵衛イザ

お来やれと 竹刀しなへ取寄て庭におり立一盃きげん袴の傍取(もゝたち)襷がけ ヤア/\トウ/\互の勝負 普

伝も悦びはげみのかけ声暫く時をぞうつしけり ほだしなき 身の気散じは野山越 何国泊(とまり)と

 

定めなく 人め飾らぬ麻羽織 網代小紋も藍はげて刀を纏し宇治兵部の助 門外ちかく

立留り 竹刀の音 居合のかけ声誠に爰は石堂家の屋敷 主君は幼稚と聞つるが 後室

の操正しく 武備おこたらぬはハアゝ奇特/\ 我武者修行の志も ヶ様の家に因でこそ 由縁

なき身の残念と 好める道を過がてに暫し彳(たゝずむ)折から 臺七は姫君の戻りおそしと門の外

そこに居るは誰じやい イヤそこに御ざるはアゝ旅人か 是へお出の道筋 女中乗物はそと見給はずや

ガ又其元は何故そこには休足と 咎めに兵部は小腰をかゝめ ハゝイヤ拙者義は上方邊ゟ武者

修行に出たる者 ガ余り御稽古の声羨しく 思はず足を留めしと 語れば臺七是は/\

 

 

16

御奇特の御志傍輩共人も申聞かせ くるしからずと申なば ヤモ未熟の稽古御目にかけん 夫は

大慶仕るとわらじとく/\其用意 臺七は内に入 イヤノウ何れも アレ外に浪人とおぼしきやつ 武

者修行と名乗り片腹いたさ 何と呼入てなぐさまふではござらぬか いかさま大そうにぬかすやつに ヤモ業(わざ)

のろくなはない物さ 日永(なが)のなぐさみぶつて/\ぶちすへん コレ斯(かう)々と囁て 小陰に松兵衛心へ丹下

伺ひいる共白菅(すげ)の 笠ぬぎ置て威儀繕ひ しづ/\通る妻戸の陰 声をかけず左右ゟはつし

と打を沈んでつま取り 二三間につこと笑ひ ハゝゝゝコハ旁(かた/\) 拙者義は片田舎ゟ罷出たる宇治兵部の

助と申者 私しきても刀を帯せば武士の数と思し召 御当りなされて御覧とは ヤモ一分立て

 

過分の義 以来は御入魂下さるべじと 直ぐに座に付く丈夫の眼中 二人は元より臺七は手持ぶ沙汰に

見へにけり 普伝は始終手を拱(こまね)き 見上見おろす一工夫 兵部の助は顔ふり上 座上におはする御老

人の御姓名はイヤ愚老は楠原普伝と申 御見しり下されよと 詞に傍からタ臺七が 則是は拙者

の師範と頼む博識の先生 自分は志賀臺七 唐崎松兵衛と 互に会釈打おわれば

宇治は横手を礑と打 ハゝ先生には御見忘れ候か 其は宇治兵部おn助 西国経廻(けいくはい)の折から 御門

弟の烈(れつ)にもならびし者 其時の御名は ヲゝ成程/\ 旅労(やつ)れ見違申た 今に出精(しゆつせい)頼もし/\ ヤコレ

各 腹心めさるゝな 聞るゝ通りあの仁も身が門弟 是は/\と斗にて 挨拶取々なるおりふし

 

 

17

姫君様お帰りと先走りの若堂が しらせに普伝はヤコレ臺七殿 アレ早姫君にお御帰りとや 得と

申度義もあれど今はサ云はれぬ 兵部殿を伴ひ先奥へ 後刻/\と式礼に 返答志賀も

唐崎も 宇治はそなはる兵部の助打連て〽こそ入にけり 家の気味の心には有らでほんしやうは 大領の

娘千束姫 つもるは雪か玉笹の一夜は寝たき品かたち 氏神詣の帰りかけ乗物止めて道草や 伊達

助と云下部 月代(さかやき)表に繻子鬢(しゆすびん)も紺に匂ふや花かつらぎ さしもりつはな柄前の鍔は角(つの)でも物云は

角(かど)のとれたる色奴 申お姫様 モウお屋敷でごわります 嬪衆もお気付られ おしとやかに御入と 申上れば

コレ伊達助 けふの様に面白い楽な物詣は終にない そなたはそふも有まいなふ お屋形へ帰つたら すぐに

 

小庭へ廻つてたも いろ/\頼む用有 又部やへついと往て 気をもましてたもんなや エゝにくひと一つひつ

しやりは 打殺さるゝ道具なり ハア是は/\何の是が気をもむのもまぬのと お主様の御意とござれば

憚ながらたとへ手鍋を提よと有ても 夫こそもふ下郎めが身の仕合 冥かない義て御わりまするでごはります

ムゝそしたらァノとんな心苦をする迚も そなたはしんほうする気かや 何のマアつがもない お前様に下郎めが

偽(いつはり)申てよい物てごはりますか ヲゝ夫て落付た 必やいのと目でしらせしづ/\上る書院先草履取る手

を人目のすき ちよつてお戴くしり目て見る 冥加ないやら嬉しいやら嬪共にいざなはれ奥と勝手へ別

行 引違へて志賀臺七 普伝を誘ひ立出て 席を改めイヤ何先生 今奥にて談ぜし通 御印(いん)

 

 

18

可伝授相違なく 頼上ると手をつけば 楠原ほく/\打點(うなづ)き 先刻ゟ見られし通り 兵部の助は懇望の幻

術 貴殿は矢眼鏡(がんきやう) 御両所へ引分て 秘密残らず伝へ申た 元来拙者西国にて 一つの嶋に閉籠り 呂(りよ)

洞賓(とうひん)ゟ授りし秘法を以て土民を語(かたらひ) 時節を待て南北朝 左右に握る我妙計 東国へ赴しも 豪

傑の士を求めん為 先此鏡の奇特を見せんと 雲気の鏡台錦のふくさ 敬(うや)/\敷かさり立

西に向つて咒文(じゆもん)を唱へ差出せは 漫々たる青海原 煙も雲もひとつの嶋 城塁民屋(みんおく)整/\と

時を松浦の沖つ波 あまのたく草 藻塩草手に取如き鏡の内 是はと斗手を打て暫し 感ずる

斗なり 臺七は悦びの 天へも上る其心ち かゝる秘術を授け給へ尊師の御恩報るに所なし 夫に付

 

其兼て松兵衛と示し合せ 千柄姫を婦妻(さい)にせんと いろ/\てだてを廻らせ共 見かけに似合ぬ木

娘木ぞう 堅きをくたく我軍学 大小衣服にきらを尽し 髪月代摺磨(すりとぎ) 口中の掃除迄 備へをまう

けて待かくれと今以て埒明ず 先生の妙計あらば忽ち出世 其時こそ御厚恩謝し申さんと

真顔のやくたい 普伝はかたほに笑を含み 千柄姫を木娘なとゝはふ目利/\ あれは彼お草

履取の伊達助めと ほてくろしい色事 性悪の徒(いたづら)娘 せめ落さぬ抔(なと)とは アいやはや愚で打笑へば

臺七はあつく成そふ聞ては堪られぬ カ併拙者にさへないbかぬ姫 中間つれに何として/\ コリヤ先生の

御悪口に 左様な義はござるまいと 合点せねば猶も摺寄り ハテサテ貴殿人がよい 疑敷は証拠を見せんと

 

 

19

件の鏡押直し奥座へ指差し アレみられよ小書院につくはふて 人待顔は千柄姫と 云に摺寄

差覗き ハゝ成程/\ コリヤ奇妙 色鏡で見る故か一倍見事 コリヤたまらぬと 余念正体目も

綾に見とるゝ影は奴の伊達介 切戸を明て 水手桶 提て入体こなたの姫何かはそばへ寄添

影 爰こそと目も放さず 肩で息して守り詰 アレ/\先生何か物を申様なが エゝ声迄は移らぬかい

はゝなふ悲しやア抱付ましたはいの アゝイヤ/\ついと立たは奴めが 小気悪さに ハアゝコリヤ逃るそふな アゝイヤ/\

逃はせいて アあれ又傍へよりました エゝアレ見さつしやれ小胸の悪い姫は後ろで衿に顔 アレ膝で

背中を突きながら やいの/\と云様に見へます エゝそふして何だほてくろしい アレ/\/\互に肌へ手を入て エゝ

 

けちいま/\しい アゝイヤ/\/\ もふ/\/\ 此鏡は見ますまい 見るに目の毒障るにぼんのふ モウ見ませぬ/\

ハテ扨埒もない 何先生 扨此鏡は馬鹿/\しい鏡でござるの ムゝ何鏡が馬鹿/\しいとは エゝ

扨は貴殿のお心に 偽り事と思召か 左様ござらば其鏡 ドレ此方へ先づ納ませうと 立んとすれば

ア イヤ/\/\何先生 エゝとんともふ 見まいとは申たが 何かそこに エゝちと心がゝりな事も有り 最一度ちよつと拝

見を致そふ やはり夫にと押治り 見ればあり/\座の面 移る二人がアレ/\/\あの美しい顔べたへ奴へ

が髭をすり付頬摺は エゝ夫がいたくてこたへらるゝ物かいやい エゝ是じやによつて見まいと云物を ヤアゝ/\アレ

又二人が何か逆様に見ゆるが ハア柄杓の水を ハアゝエゝ情ないアレ口移しにしけつかりくつさるわいのエゝ

 

 

20

腹の立/\ コリヤたまらぬ/\ モウたまらぬと抱付 普伝は恟り鏡はばつたり 臺七は小鼻いからし

を見つめ 両手で前をおさへなから 鏡に向つて突く息は めう火といはんかあほらしゝ 普伝はあきれて

コレナア志賀殿どふてこざると 声かけられて臺七はくるしげなるこはねにて エゝとふよくなぞや千束

姫是迄下拙かくどく時は 七里けんばい寄せ付けず さま/\傍へよろとすりや き猿の様な爪立て 両

手と顔に生疵の 本に/\絶る間とてはなけれ共 爰が恋路と明暮に こたへ/\し甲斐もなく

アノ奴めにほう摺をさせつといふはうらめしい あんまり聞へぬ/\と傍なる人に云ごとく たわけのせいらいつつ

立上り 恋の敵の伊達介め まつ二つにしてくれんと 勢ひ込で欠出す ハテ扨一興先待たれよ ひらに/\と

 

とむるも聞す欠込臺七楠原も 続くてこそは入にけり 最前ゟ物影に 様子窺ふ兵部の介 手を

こまぬいて歩出 ハテ心得ぬ両人が振舞 殊に普伝が始終の有様 南朝を慕ふ義兵成か アいや/\

彼が詞のはし/\゛ 利欲に溺るゝ奸邪の相 天子を補佐の才にに有ず 北朝の不義の軍か ハテどふがなと

首かたぶけ 見ゆるそなたは夕陽(せきやう)の 影入はてゝ遠山に 幽に浮ぶを雲かと見れば 雲にはあらで 不祥の気 アゝ

心へず 時は五月日は井宿(せしゆく) 赤狗(しやっく)のごとき雲気の下には 血ながるゝ事千里といへり 正に天市宮(てんしきう)にぞくせば

候(こう)太夫にあらず ムゝハゝ七草の一揆起らん 矢のしらせか ハゝゝゝハテ怪敷(あやしき)雲の有様じやよなァ イヤ/\無道にこりし百姓

原 一揆の企て頼みなし良禽は木を撰みて棲む 危邦(きほう)に居らぬは聖人の戒め 匹夫の勇は学ぶに足りず

 

 

21

南朝恩顧の味方を集め 時節を待て籏上せん 夫よ/\と打うなづき 立出んとする塀の上 見

越の松を 伝ひ来る忍びのくせ者 すかし詠て兵部の助 様子あらんと身をひそめ息を詰てぞ伺ひいる

奥庭伝ひ出来る普伝 相図と思しき呼子の笛 夫と聞ゟ忍びの者 さぐり寄て 普伝様 彼御朱

印は ヤレ音高し/\ 暫く夫にて相図を待 盗出して手に渡さん 必傍(あたり)に気を付よと 鼻息もせず

奥の方 忍びの者は打點頭(うなづき) しすましたりと一人笑(えみ)今やおそしと待いたる 始終とつくと兵部の介 探りよつて

曲者の 首筋掴んでぐつと一しめ うんとたをるゝ死骸の装束 手早に着替るそく座の頓智 猶もひそみ

て待共しらず 普伝は奥ゟ御朱印の 箱を難なく盗出 さぐる 庭先呼子の笛 時分はよしと兵部

 

の助 以前忍びと見せかけて 探り寄てさゝやき声 首尾はと問へば 上首尾/\ 一刻も早く此御朱印

件の方へ急げ/\ 畏たと押いたゞき 天のたま物有難しと 闇は綾なし五月(さつき)の空 行方しれずに成にけり 影も

まばゆき 銀燭の光照そふ千束姫 恋しき人のもしもやと 奥ゟ忍び出給ふ 松兵衛は姫君のそ

ぶりに気を付いたりしが 何気なき体後ろゟ コレ/\申お姫様 何をそは/\遊ばすぞ 先々コレへと膝摺より

今日は峯の社へ御参詣 御神拝も相済又若殿様にも御跡目相続 ヶ様な目出度義はござり

ませぬ いつぞや申上やうと存ました能折から 別の義ではござりませぬ アノお前様にはいつ/\迄もお一人

でお御ざられますまい 畢竟ヶ様申もあなたへは 御手習の水上を致して上た唐崎松兵衛 ヤどふそ

 

 

22

な 能聟君を 夫に付志賀臺七様 にがみのはしつた能男 手跡は拙者 兵法は普伝が

高弟 御家中での器用者 其上お前様にきつい執心 若しお心が厶ますなら拙者がそつとお

仲人致しませふ 申こりやどふで御ざりますると云われ姫はおもはゆくあの松兵衛のいやる事ハイ

の そんな事はこちやしらぬ 夫に又臺七が噂聞共ない耳が穢る モウ/\重て云てたもんなハテナ左様

ならば ぐつと下がつてお草履取の伊達介めサゝゝゝゝコリヤどふかお気が有様に見へます 何と是にてもなされ

ませぬかと 口から引も胸に一物とはしらずしてコレ松兵衛 あの伊達介が様な賤い者でも女夫にもアノ

ならるゝかや ハテ扨夫が外見ずの懐子 コレ申 エゝおまへ様は隠す/\と思召ても とふから ヘゝゝゝしつておます

 

はい ハテ何と致しませふ お前様のおきらいなさる臺七殿 拙者めがよいさまに申ませふ ハテ私も後からの

野夫(やぼ)ではさら/\ござりませぬと おかしみ交ぜて姫君の 得手にほの字へ持かけて のせる詞にすいたのは

つい乗安くにつこと笑顔に恋の糸口も顕はれそうな折からに 申/\松弁様 若君様が召ますと

奴の伊達助出来り 扨申 私めは御庭の掃除山程御用がごはりまするに いかに御意なれば迚

歩(ぶ)中間の身分で高上り 部屋におるとは違つて 行も/\備後面 すべるまいと致すので 一生覚ぬ身は冷

汗 もふ下郎めはおゆるしと もみ手をすれば道理/\ 身共が参つて其趣若君へ申上 其方にも休足させん

暫くコレに控居て 若姫君の御用があらば 何おつつしやらうとナイ/\と ナ イヤ申お姫様 彼内々の御用を ナ夫

 

 

23

しつかと仰聞られ然るべしと 底の心はしらね共 すいとぶすいの紛れ者奥の間〽にこそ入にけれ 跡に

二人はさし向ひ たがひに心おきのふねことばのしほによりそへばちやつと摺退き エゝ モお嗜

なされませ 物堅ひお屋敷で マこんなじたらくな事 後室様のお耳へ入たらヲゝこはと立其手をばじつと取

そなたをふつと見初てから いとしらしいと思ふても 人めの関に隔られ つい云事も岩つゝし 色をも香

をも知る人は そなた一人と思ふて居て 胸は千束の錦木の 朽ぬえにしを松嶋の神に誓ひし我願ひ

どふぞ首尾していつ/\と 思ふているいるにあんまりな心づよいと斗にてわけも 涙のくどきごと ハイヤなんぼ

左様おつしやつても 私は歩中間(ぶちうげん)お前様はお主様 どふして見てもみんな嘘 軽い者でも心は一つ 上下のしや

 

べつはござりませぬ 私はとふからあきらめておりますと 云はれてはつと差點さし(うつむ)き 暫しいらへもなかりしか 顔ふり上てコレ

伊達介 其疑ひを晴す為 嘘か誠か見やいのと 用意の懐剣小指をばつたり アゝコレ夫は イゝヤ驚く事はない

お前へ立る此心中 女夫に成て下さんせ 伊達助とは世を忍ぶ仮の名 御本名は シイ イヤ申お姫様 疑ひは晴ました

ガ私か心もまつかうと 脇指抜かけ小指の血汐 幸爰い有り合銚子 コレ二世も三世も 替らぬ盃 そん

なら疑ひ晴たかへ 晴いで何と致しませふ イヤ申お姫様 あれ又あんな事斗と  詞をしほに抱き付 こちら

もえてに帆を上て色の湊を出船の恋風受しごとくにて 何れわりなき風情なり 不義者見付た

動くなと 一間を出る楠原普伝 二人ははつと消入心地 ヤア下主下郎めが高上り 主人を相手に不

 

 

24

義ひろぐ 言語道断につくいやつら 不義はお家のきつい御法度 姫君迚も是非がない観念せよと

云声の もれて奥ゟ寄浪御前 つゞいて臺七走出 スリヤ何じや 姫君も此有様 ハテかゝる事が有故に

ヤイそこなかす奴め なまじらけたしやつつらいま/\しい イヤ申後室様 此お捌は何と遊すと 何がな恋の

意趣ばらし ヤイ控へよ臺七 二人か不義と仰山に 夫には慥な証拠が有か ハイヤ証拠は則伊達介め

が 爰に居るのが慥なせうこ イヤ夫は証拠には成ぬぞよ 常から若が気に入のアノ伊達介 若か伽して

夫で爰に サア夫が証拠に成物か サア夫は サア/\何とに行つまり 返答しかなの志賀臺七 イヤ慥

な証拠は普伝か手に入し此縁書(えんしよ) 国取の姫君が下主下郎と不義徒(いたづら) モ隣国の聞へも

 

いかゞ コリヤ家の掟は背かれまいと てつべいひしぎの折もおり 息を切て若侍 最前何者共しれず

宝蔵を切破り御綸旨を奪ひ立退しと しらせにハツト驚く人々 後室千束は重る難儀 コレ/\申

母上様 コリヤ何とせうどふせうと 立たりいたりうろ/\と 中に普伝も臺七も 惘れて詞もなかりけり

寄浪御前は当惑の 胸押さげてイヤノウ普伝 今聞きやる通りのいち大事 ゆるがせに詮議せば

仕様も有ん ガ自は女の事 其方は家の補佐 家国を納むる了簡そなたの思案は ハア其

とても過急の場所 御家中烈座の其中なれば 思案あれば遠慮なふ申上るも一つは忠義

アレ/\あのつゝじは当家に名高き岩手山 アゝ花に似たる花つゝしとやらヲゝ切しまつゝじの花も

 

 

25

切しまに アゝよきシアンも有たき物と 底意は何と楠原が 詞はなぞ過眉に皺 寄浪御前

思案を極め ヲゝ普伝の詞で自が心の覚 イヤノウ小治郎 幼けれ共石堂の家を継 譲りを請

れば一国の主 綸旨の紛失鎌倉への申訳 是非に及ばぬ此場の時宜 用意を何と白小袖たづ

さへ給ふ手もふるひ 御目もうるみ コレ小治郎 のゝ様へ参る程に 此べゝ着やと御手づから 上着の小袖

引かへて無紋の小袖死装束それと いはねど心にぬぎし 上着の靏亀も 千代万代と

祝ひしに かはれば替る有様と喰しばるのも人々の 手前包めど せぐり来て隠せどしるゝ

息づかひ ヲゝコレぼんはよいべゝ着たと稚子のいまはとしらぬいぢらしさ有にもあられず千束姫

 

エゝ御心強い母上様 何ぼう武士の子じや迚も腹切の自害のとは成人した人の事五つや六つで

何の其 あの子の業では有まいし 思案してたべ母上と 身を打臥て泣詫れば 母上涙の顔を上

そなたも武士の娘でないか 家の為に侍の子が腹切るに マ未練なくりこと 自は覚悟極て コレ介錯

するはいのふとりつぱに云も諸士の前 イエ/\何ぼ立派におつしやつても 子を思ふは親の常 少しの事の

煩ひでも神や仏を頼む身に いかに言訳なき迚も幼気(いたいけ)なあの若に 腹切らすとはどふよくな死な

いで叶はぬ事ならば あの子の替りに私を殺し言訳立てたべ 母様申拝ます拝むはいのと 身を打伏弟を

思ふ真実に 頼む身ゟも頼るゝ母の思ひは百千万包むマミだは 五月のはれては曇るごとくなり 寄浪

 

 

26

御前は気を取直し 未練の歎きに時移る ヤア/\誰か有 切腹の用意せよ 早く/\と仰の中 ハツト答へて唐崎松

兵衛 三方に腹切刀御傍近く直し置 座を隔てぞ控へいる 母上涙をおしかくし 若君の御手を取 口に称名九寸

五分 手に取は取ながら流石恩愛別れの涙 胸一ぱいに突つめて くらむ心を取直し思い切て我子の腹 突んとすれば

楠原が何か心に唱る秘文 しびるゝ腕(かいな)寄浪御前 コハおくれしと取直し待た突かくれど叶はぬ手先 コハ/\いかにと後

室も軻あやしむ斗なり やゝ有て寄浪御前 イヤのふ普伝 そなたを始人々も嘸かし未練と思やらふが 子故

の闇に手もづるひ 切ても切れぬ恩愛 そなた頼む 介錯していさぎよふ若の切腹 アイヤ夫は御免くだ

さるべし 勿体なくも主人の若君様 エゝ亡君に別れ參らせしゟ 何卒若君を守立 国家を納んと思ふ我

 

心 夫に付後室様へ申上度お願ひ有 此場の御生害を暫く御猶予有たき物 しばしの内は若君諸共

何れも共い先一間へ必早まり給ふなと 様子は何と楠原が差図にいなと 志賀唐崎皆々〽伴ひ

入にけり 跡見送りて寄浪御前 普伝の傍へ差寄て 今そなたの思案か有といやつたか どふ

やら心有そな事 サア早ふ聞たい聞せてたも ハア仰御尤の至り 最前申上しつゝじの謎は つゝじに似たるきり

嶋 つぼみのきり嶋 憚りなから女義のさいはつ 夫故に斯の仕合 御身替りを拵へ首打て鎌倉への

申訳 イヤそりや偽り 自か心を引見ん其為に 夫てそなたの ハイヤ忠義に凝たる此普伝 若し御身かはり

顕はれて 言訳なくば腹切て鎌倉への申訳 イヤモウ腹切上もない コレそなたに見する物有と 取出し給ふあやしの

 

 

27

絵像 コレハト普伝か恟り仰天 ムゝゝゝハゝゝゝゝこりやコレ唐土呂洞賓か絵姿 サアコレ忠義に偽りないならば

此一軸を足にかけ踏て疑ひ晴してたも イヤ其義は真平 ナニ踏ぬは逆心 サア /\/\ ハア ヲゝ踏事は成まい 其

証拠はコレかうと 有合銚子絵像の上 さんぶとかくればコハふしぎや さしもに猛きくすはら普伝 もがきくるしむ

懐中ゟ 小蛇の形あらはれ出ればはたかゝみ 轟雷いな光り形は消て 失にけり 寄浪御前はかひ/\敷

者共来たれと詞の下 ハツト答へて組子の面々 用意は兼て鉄砲の筒先揃へ取巻は 伊達介千束も走

出 後室かこひつつ立は ヤア其に何科有て ヤア何故とは愚々 最前ゟの立ふるまひ 合点行ずと思ふ

所に若を助て家を立んと 表に見する忠義立 弥不審と手に入し 呂洞賓の一軸を踏せしに

 

邪法の印踏事ならず 其上小治郎を腹切せんとつつかけし 刀持手の働かざるは儕が術 最早遁れぬ

尋常に名乗/\ サア名乗と千束も共に詰寄れば ヤア斯迄仕込し我大望 女童(わらべ)のあざとき手便(てだて)に

見顕はされたか ヤアゝ残念去ながら 我伝へ置妖術を以て 譬(たとへ)十重はたへに取巻共 物其数共思はぬ其

見よ/\一つのきどくを見せんと 印を結んで唱ふる秘文 日頃の幻術消失て 一つも印の有ざれば ヲゝさこそ/\

汝が工み邪法を以人をなづくる 此術をくぢかんには まんじゆしやけに男女の生血をそゝげば 忽邪法やぶるゝとは コレ

時至る天の告 ハツア仰の通 辰の年辰の日辰の刻に誕生の女 未年未の日未の刻に生るゝ男 互

の血汐は幸に お姫様と拙者が生血 一ぱいまいつて重畳/\ 覚悟ひろげとあざ笑へは 普伝は無念の

 

 

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歯がみをなし エゝきつくはいや腹立や よし是からは妖術も何かせん後室始小治郎千束 奴こめもひねり殺して我大望

一天下を平均せん事まのあたり 迚もいけては置ぬやつら 我本名を語り聞せんよつく聞 我は九州七草に洞理軒といひし者 先祖は唐土ヨウカクとてこうきんのぞくと呼られし者 故有て日本へ押渡り 習覚へし幻術を

以て日本を切随へ 其虚(きよ)に乗て唐日本(やまと) 魔国になさん我大望軍勢催促の其為に 石堂家の綸

旨を奪ひ 小治郎を人質に先手始は此家を押領せんと思ひしに 見顕はされて残念/\ まだも工は其に

一家中も大半味方 術は失ても計置相図を印館も残らずちり灰同前 しかけし地雷火(いしびや)是見よと 云間に立出る

志賀臺七 ひらりといなづま楠原が首をはつしと打落せば 驚く人々伊達介は詰寄て ヤア詮議の有

 

楠原普伝何故首を討れしぞと せけば落付志賀臺七 後室に打向ひ アイヤ最前ゟ普伝がふるまひ

合点行ず心付るに普伝が工(たくみ)魔術を以て 又此上計り置んもしれがたく 憎さがこつて思はずすつはり

去ながら コリヤ拙者が不調法 譬(たとへ)楠原生(いけ)置ても 綸旨の有家安々と白状も致まい謀でも不義

の科人が仕廻いを見物と 空うそ吹たるいがみ顔(づら) ヲなる程尤じやが家の政道正すのに そなたの

差図は受ぬ自 不義と浮名の立上は 二人ながら勘当じやと 仰に伊達介千束姫 身の過に いらへなし

ヲゝ姫が歎きをさつしやる 去ながら紛失の綸旨 尋出すはそなた二人 ヤ合点がいたか其時はもとの

親子主従 ふたゝび帰参の時節を待と 情もこもる御仰 夫を力の有難涙 マア/\臺七綸

 

 

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旨の日延よき様に申上よ 普伝に一味の者共も そこらあたりに有ふもしれぬ是ゟ直ぐに臺七はかま

くら表へ早急げと 詞に疵持つ足の裏底気味わるく立上りふせう/\゛に出行しが ヤイ家来共

二人の科人用捨はならぬ門前より追はらへと 詞するふぉにいひはなし 立切る襖コレのふ暫し母上様

せめて今一度お顔をと立寄姫をとゞむる伊達助 長居は恐れへんしも早く館を放れて

綸旨の詮議 目出度対面待給へと しほるゝ姫を伴ふてたち上る向ふの方 大勢引ぐし切(きり)

石丹下 ヤア伊達助の糸だて野郎め 似やつた様に食焚(めしたき)のお玉じやくしを引込で 三百

店でも持ふとはしおらいで 館の姫君千束様を女房などゝはおごつたやつ 罰(ばち)があたつて

 

此丹下が 刀に息を引取りせうもん死骸は店受葬礼は投込寺へお布施はころり 首を渡せと呼はつたり

伊達介にこ/\打笑ひ ヤアぬかしたり裏店武士 此僕(やっこ)があら世帯 心祝ひと赦して置ば なみにはづ

れたわるみそを ぬかしたる代のしがはりごまめのはぎしり腹の皮 寺受状の一番筆 切石丹下御座

なく候 宗旨は代々笠の台離れぬ中に臨終の 念仏申せとあざ笑ふ ヤア物ないはせそ打

て取 かゝれ/\に家来共 有合手桶おつ取て 火水に成て〽打合ける 手練の働き根限り なし

割立わりまくり切 まくり立たる太刀風にむら/\なつと小鳥武士 逃出す跡を追て行 心へ丹下が

くり出す鑓 ひらりとかはして伊達介が 鑓首掴んでコリヤ/\/\ 傍にハア/\あやぶむ千束 かゝへほどいて

 

 

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即座の気てん 結んでひつぱる心の助太刀 ひらいて付込切石か思ひがけなき帯のわな 転ぶ

とたんに投出す鑓 出合頭の家来かどう腹 二人かさねて鳥さしづき 倒るゝ丹下をかい掴みぐつと

さし上投付くれば 目玉飛石切石が みぢんに成て死てけり 外に相手も なまめきし 姫に付添

伊達介やつこ 是も一つはけふの沙汰あすは 女夫と塩竈や 出世を松嶋 まつ山の 御恩は母様

御主人へ おほくま川もならぬ身の 心のたけくまなごりをは岩手館を〽出てゆく