仮想空間

趣味の変体仮名

傾城阿波の鳴門 第五


読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     ニ10-01136


46(左頁)

 第五
南無阿弥陀/\ 抑(そも/\)当寺の御本尊目剥の如来と申奉るは 人皇廿六代武烈
天王悪逆無道の有様にて渡らせ給ふ其時に此如来出現まし/\て御怒給ひ 両眼を
剥せ給へば武烈天王眼をまはし給ひしより目剥く如来と号し奉る かゝる尊き御仏ならば
此摂州寺町尊正寺に安置仕給ふ 一度拝する輩(ともがら)は悪事災難をまのがれ 時花病ひ
取つく事あたはずまた盗賊が這入んとっすれば睨み殺し給ふ霊験あらたなる尊像で
ござる 此度つい手に御開帳はござれ共 又御かい帳は稀なる御事でござる 信を取て拝を有


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れませふ 此刀は三條小鍛冶が打たる名剣 義経公よりの御寄付でござる 得と拝なされい
追付け開帳に間もなければ 賽銭を上て御縁を結ばれませふと 縁起坊主の口車 老若男
女押合へし合 奇瑞も取々聞伝へ お百度参りの数取りや投げる散銭ばら/\/\ 早開帳の鉦の音
戸帳も下る七つ過ぎ 思ひ/\に願籠めて 皆ちり/\゛に立帰る 二人の弟子はほつと顔 ナント才覚坊 此
間は無上やたらに夥しい参詣 此如来の奇瑞は 根性の悪い者は眼を剥て睨ましやるの
お情が有りと座頭の眼が明た 膝行が立たのと世上て専らの取沙汰 そこで我等が出たらめの縁
起 何と味やつたで有ふな いかにも貴僧のいやる/\通り 今迄何の役に立ぬ如来じやと思ふて

居たは こちとらが根性の悪いの 是迄貧乏な此寺 和尚も俄に福僧になられて 今夜彼(かの)お梵(だい)
妻(こく)が見へる筈 此様に賽銭の上る時にしこだめて 買い梵妻(だいこく:僧侶の妻)で楽しまふじや有ないか コリヤ
よからふとそゝり立 天窓(あたま)擲いて悦ぶ所へ 奥より和尚立出て コリヤ才覚坊鈍才坊 最(もふ)日も
暮かゝるに何をのら/\ 賽銭集めて仕廻ぬかと 叱られてとつぱかは 賽銭箱を打明けて
転手につまぐ数珠の実の 数は八貫蓮葉(はちす)に浮む小玉や包銀 一つに集めて ホゝきのふより
は銀納(なふ)が多い モウ日も暮れば彼者が来るで有ふ 鈍才は爰掃出し火を燈せ 才覚坊は此残
銀 納戸の内へ運んでたもと 打つれてこそ入にける 既に其日も 黄昏や 身の置所なき花の


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べつたりとした厚化粧 人喰た様な口紅粉でびらりしやらりの冬瓜(かもふり)顔 付添来る浄慶は
門内窺ひおとなへば 和尚は待受け出向ふ コレ/\和尚様 約束の彼(かの)梵州(だいしう)只今同道致しました
それは近頃御苦労千万 先々是への挨拶に 伴ひ座敷に押直り 扨昨日何角お咄し申した
通り是から随分可愛がつてくださりませへ 成程/\ 衣の振り合も他生の縁 可愛がらい
で何としませう 貴僧何角とアいかい御世話でござる コリヤ鈍才 ワレ盃を持て来よと
和尚の目遣ひ取肴 銚子盃持出れば 是は/\御ていねい 然らば先ず仲人役差図致さふ コレ
正貞様 何ぼ天窓は丸ふてもお定り サア呑で差(さゝ)んせ そんならお慮外ホゝゝゝと盃取上

れば ドレお酌仕らふと 三献合せつぎかくれば ずつと呑干し 此盃はどうせふへ ハテしれた事葬礼
迄のお梵妻 其盃は和尚様へ ホゝゝ是は近頃お慮もじ 是から万事御世話がち 兎角
御念もじになされてと お極りなる口上に 和尚ほや/\打笑ひ 盃取上押戴き 世話は互
に此方からも頼みますと 是も三献持て一つ鳴尾の沖過ぎて早住之江に着きにけりと
祝儀の小謡 是で固めは相済んだ 仲人役の我等は茶碗と 手酌に引受けがぶ/\ 肴は酢蛸
か 祝儀を祝ふて酢蛸とはコリヤ出来たと 鉢をかゝへて無息呑み アゝ目立たし/\ ナア和尚様
アイヤもふかう解け合からは云て置ねばならぬ 拙僧が寺号は尊正寺 替へ名は正清と云


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程に よふ覚へて居たが能ぞや アイ/\そんならお前のかへ名は正清様 いかにも正の字は正しく 清
は清僧といふ証拠 す(そ?)もしの名は アイ正貞と申ます 正は正しい 貞は貞女の貞の字でござん
す おまへの名は正清様 そもじは正貞 ハテ思ひ合た名ぢたのふと 坊主天窓をかち合せ抱付
たる有様 蔓をからみて出来もよき 西瓜を見るがごとく也 先々御気に入て大悦致す 仲人は
宵の程最早お暇申させふと 浄慶は庭に下り ひよろり/\立帰る サア/\余程夜が受けた あすは
遠から起ねばならぬ 門をしめて火の用心 正貞おじやと手を引て 和尚は一間へ入にけり
跡に鈍才才覚坊 浦山しげにながめたり ひよんな気になつた よがふけたればぬけそも

ならぬ才覚坊 ヲゝおれも體(からだ)がしやきばつて来た 養ひに抱かれて寝よふか ヲゝ抱れ
ては寝るけれど こなたも悪僧も同じ身の上 エゝこんな事したらば去年おとした前髪が どち
らに有てもよい物を アゝ任せぬが世のならひ サア/\寝よふと帯解きひろげ抱付き 寝るより
早き高鼾 早更渡る夜風に水も寝入し丑満頃 皆一様の忍び頭巾 先に進むは闇の
黒八ばつたり道七 跡に控へし大男 大だら腰に名も高き阿波十郎兵衛 夜盗の一族囁き 點頭(うなづき)
黒八道七 腰のだん平引抜て 手練の早業藪垣一重音もなんなく切破り 三人はそつと忍び
入内を窺ふ門の戸を 開けば十郎兵衛しづ/\と 指図に従ひ両人は指し足抜足納戸の


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内へ忍び入 銀箱かますを引抱へ 出るに和尚は眼を覚し ヤレ盗人よといふ声に 二人の弟子
は飛上り わつと裸で胴ぶるひ 黒八道七睨み付 ヤアあたやかましい おどほね立ると儕等が為に成
ぬぞ 押だまつてけつかれと つかふと声に和尚もわな/\ 爰ぞ大事と胴をすへ ヤイ命しらずの盗人
めら 此寺へ盗みに這入といふは儕等が大きな不覚 爰を何所じやと思ふ コリヤ爰は寺町尊正
寺じやぞよ 忝も本尊は奇瑞の有眼剥きの如来 諸人群衆をなすをしらぬか 儕抔
が様な盗人共が這入り銭銀を盗で往ふとするを アノ如来様がお目玉を剥かしやると忽ち
其體がひり/\/\ ぐにや/\/\と砕けて死ぬるぞよ そんなめに合ぬ中に 盗んだ物を置て 詫言

をして早ふいにおろふ ヤイ/\エやかましいわい アノぬかした面はいのふ おいらが手に入た物を返すといふは アゝ
如来が撥鬢奴(ばちびんやっこ)に成て 泥亀屋をする時節に帰してこまそふ ヤこいつが/\ 生き如来様を勿体
ない事いふたぞよ よい/\コリヤ/\両僧 此上は如来様のお力を借ねばならぬ わいらも供に
祈れ/\ いかにも合点と裸身に 手巾(しゆきん)鉢巻すた/\坊 和尚と供に数珠さら/\ と
押もんで 抑(そも/\)我朝(てう)に尊(たっと)き仏は多けれ共中にも こちの眼剥様一に意路の悪い奴 二に睨み
三に三々なめに合せ 四に死る程な苦しみかけ 五に五体をしやきばらし 六つ夢中になるならば 七つ
泣てもわめいても 八つ役には立ぬ事 九つ爰な大盗人を 十で頓死をさせてたべ 南無


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眼剥の如来様と責かけ/\ 「祈りけり 時に不思議な雲おこらず 奇瑞も更に有ばこそ
和尚も弟子も手持なく うつとりとして居たりける 十郎兵衛高笑ひ ハゝゝゝテモう
まいやつらじや コリヤ皆よふ聞け 手下の者に云付て利くもせぬ如来を願が利くと云て 此寺へ
銭銀を上さすのは 皆おれ仕業 根を尋ればおれが物で おれが取に来たが誤りか ヤア
扨はこちの如来を時花すやうにして 銭銀を上させ其銀を取に来るのじや コリヤ壺じや
ドレそんならほうしやに少し斗りと 取付く腕首引つかみ ヲゝ報謝には丸裸と 和尚の着物剥ぎ取
ば 是は胴欲お赦しと 二人の弟子が取付を 引つまんで打付れば 黒八道七供々に踏付/\

ヲゝもふ能い/\赦してこませ したが宝物の此刀心当の代物と 引抜てとつくと改め エゝ何の役に
立ぬ生くら物 何じやきら/\とした此打敷 是も一しよに盗てやる 又賽銭がたまつたら取に来る
必人に盗まれなよ アノ大盗人めと十郎兵衛勝手下に諸色取持せ 悠々とこそ立かへる 斯と見る
より正貞は庭の隅より走り出 裸和尚に縋付き さつきにから剛(こは)さに味噌部やへ隠れていたが 此お姿は
何事ぞ 今夜漸此寺へ入仏して 寵愛(いとし)可愛と肌ふれた其ぬくもりを冷ましたはあの盗人の胴
欲や 思へば/\和尚様目剥の如来で銀儲け 銀沢山な 此寺へ来ると其儘盗人に あへと云のは
あたすかん よく/\なすびな生れ性 夫が悲しい/\と身欲を 思ひ託ち泣正味の涙交りなし ヲゝ悲し


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は道理/\ 是に付ても聞へぬは 日頃飼て置くアノ如来様 盗人と一味して よふきついめに合したのふ 此
評判が廻つたら あすから参りは一人もなし コリヤまあどふせふ才覚坊 アゝ成程御悔は御尤 いつ迄
泣ても帰らぬ事 明日から鼻の下を養ふ思案が肝心鈍才何と思やるぞ サアレバおれも
それが心がゝり アゝどふしたらよからふと 思案とり/\゛に四人は胸をいためける 中にも和尚涙
をとゞめ よい分別が出たぞ/\ 二人共に聞てくれ かゝるさいあんにあふ不仕合 あすから参りも
有まいし ないとひあがる四人か鼻の下の養ひ様は 幸い普請の時の地車にアノ如来を乗せ
町々へ勧化(くはんけ)に出る思案はどふじや シタリいか様に置て役に立ぬアノ如来 むごいめに合せ

過怠 コリヤよからふと二人の弟子 勝手へ立て引出し 住寺も供に地車へ 乗せる如来に恨み言 いかにしらぬが仏
じや迚あんまりむごい胴欲じや 毎朝こちらが喰ぬ先に 初穂を上るは何の為 こんなめに合ぬ様と
大事にしたかひもない 去とはむごいのら如来 思ひ廻せば廻す程腹が立て身が燃る 今夜始て
枕をかはせし 正貞の手前さへ面目もないわいのと又取乱すしやくり泣 ヲゝお道理と泣たさを泣
ぬ鈍才才覚坊 アレ/\とやかふいふ内に夜明烏のかしましや サア/\出よふとすゝめられ すゝまぬ和尚も
はがか身に 衣手々に二人の弟子 跡に正貞ふくろ持 才覚鈍才声はり上 横寺町尊正寺眼剥
如来直きの勧化盗人に合て尊正寺和尚はつちと口々に 衣の奉加 打連 てこそ「