仮想空間

趣味の変体仮名

火水風災雑輯(一)55~59コマ

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592140?tocOpened=1

 

 

55

「  くらの開扉

 落涙山非常明王(なみださんひじやうめうわう)

  念仏題目等

 当十月二日夜四つ時より翌朝迄

 一同令難渋者也 地震院  火事  」

そも/\なみだ山非常明王は御救の小屋山町法大事の御作にして

地震雷火事親父を具足し奉る本尊なり悪魔降伏は

もちろん世上の人気をなほし放蕩惰弱を止たまふとの御せいくわん也

地震と現じ給ふ時は強欲いんあくの土蔵をおとし雷鳴とあら

はるゝときは聾の耳を貫魂を天蓋にとばして無慈悲の心

中をかはらしむ火事身を現じてはつぶれし家より火をはなち

消人(けして)なければやけほうだい夜の明るにしたがひていつしかきえてあと

かたはなきの涙の箸もたゝぬまでになりても命さへあれば一法かき

かへてだますとすれば親仁身それかけ出して野宿の雨津波

くるとだまされて逃たあとから盗みする極悪人はいざしらず浪心を

直にもつものは誓て助けまいらする非常明王の御劔は

おやの異見の剣なるべし片手にぎる財布尻しめし守る

子孫へあたへたまうふとの御つげなればつぶれ

 しんで後悔あられませう

(下)

さいなん

けんのん

らいよけ

火なんよけ

こゝ゛とよけの

御守は

これより

出升

 

こんがり

どじ

 

(左頁)

やう/\

安堵し

たてまつる

本尊の由来を

くやしくたずぬるにむかし

地震王またかど焼亡のきこえ

ありて商売ださだまりかねて命をかうむり田原俵(へう)だ

火出たと御すくひとして二合半のもつそうにておめしに

かりふくれがはらにおしよせたり此ときなみだ山毎日大そう

不そうおおうをいのり施し米のはかりをもつて又門(またかど)の崩れと

なりしもこの尊像の御いとくなり此ときのうたに

 またかどでこめかみよりぞうたれける

 かはらおちたがさはりこそして

 

  せいたか

   とうじ

 

 

56

(上段)

「御救小屋場所附 并出火類焼場所附」

「大江戸 関八州 大地震

「石坐子先生撰 武陽 能調堂」

「大江戸八百八町四里四方の他にあまり

新地代地門前地を加へ当時五千六百五十余丁

 但し里数にて百五十八里三十弐町也

此度の地震

  崩候土蔵数は

御大名方 一万四千五百八十七戸前

御旗本方 二十五万千六百二十九

御家衆方 三万弐千四百二十人

寺院方土蔵堂宮 五千八百十八戸前

町方土蔵類致御共 拾一万四千四百六十九

(地図)

千住 小つか原 はしば 山谷 今戸 ●吉原 田丁 芝居 うまみち

根岸 浅草寺 上野 しのばず 根津 こま込 スカモ 小石川 白山 ゆしま かや丁 浅草

明神 御いなりみち すじかひ 外神田 神田 ばくろ丁 両こく はま丁 人形丁 小あみ丁

小川丁 (上の平仮名読めず)かん田はし 田ヤス

(川)すみだ川 東ばし

こまかた すは丁 くろやね 三よし丁 両ごくばし 大はし

向シマ 中の郷 石はら 本所 たて川 六けんほり もり下 高はし 小なき川

やけばの印

■御やしき

  • 町かた

(下段)

惣土蔵数 〆八百四拾五万 九百七十六也

かゝる天才火難の

中に御城内をはじめ

両山御用屋敷等

一つの損亡なくしつまり

候事喜ぶにかぎりなし

猶諸国文音の為くわしくしるし

衆人のあんどをつぐるのみ

御上より御救に小屋御立被下置▲

▲その場所三ヶ所

浅草広小路

幸橋御門外

深川海辺大工町

上野山下

火の用心 安政日記

天地の変動は陰陽の病苦にしてその気混し濁り蟠(わだかま)り久しく屈して発する時は

上(のぼ)りて雷雨電光ひらめき下りて地中大ひにうごめき念魚(ねんぎよ)怒りて首尾を発せば

蒼海も洩(もれ)しとし須弥山も軽しとす就中(なかんづく)御府内は大都会の繁昌地にしてけ諸国の

人民招かず数集(あつまり)これに依て遠国他邦の親類縁者へ過急の存亡を告知らし

めて安危を一時にはからんが為に天災火難の来歴を巨細するに頃は安政二乙卯

十月二日夜四つ時すぐるに北の方は千住宿を大半ゆりくづし小塚原町残らず焼失

夫より新吉原は地震の上江戸町一丁目より出火し五丁町残らず焼る大門外は五十

間西側少しのこる田中崩れ田町山川町焼る山谷通り大崩れ北馬道より南馬道は

寺地共のこらす焼る花川戸片側のこり片かは半余焼る山の宿聖天町は崩れ芝居

町は三丁共焼る浅草観音は御堂つゝがなく雷神門いたますして雷神ゆるきてる地

 

 

57

京大坂伏見

地震

 

頃は文政十三

七月二日ひる

 七つ時ゟ

ゆりいたし

京大坂伏見

らく中落かへ

にし東本かんし

町家土蔵此へん

へつしてつよく

牛馬命うしの

事かづしれず

 

 

58

于時嘉永六癸丑二月二日辰の下刻豆相の国さかへ

箱根山の絶頂より地震ゆりいだし追々はげ敷

通路とまり樹木家蔵堂宮をゆりたをし田

畑はゆり崩(くづれ)道筋山中箱根宿は不申及姥ヶ平

てうし口斉かち坂柏木湯本笠松象ヶ鼻祖

師堂早川辺をゆりくづし夫より小田原御城下は足

軽町始山角丁すじかい橋大手御門通らんかんはしは

ういろう虎屋此辺悉くつぶれ出火二ヶ所夫より横

丁青物丁一えんにゆりたをし此辺出火四ヶ所大通万

町にて出火すヶ所大工丁出火すヶ所御城御見附一ヶ所

矢倉二ヶ所ゆりたをし出火は都合八ヶ所其余水

のゆりつぶれじミス満々と押流老若男女の一同に打

驚(おどろき)四方に散乱して其有様目もあてられず翌

三日丑の上刻にやう/\しづまりかゝる天災有といへ

ども人馬共つゝがなきは全鹿島の神の神恵に

よる所并に当所道了大権現の守らせ給ふ故成ねし

と諸人安堵の思をなしぬ

(下段)

ころは嘉永七とらどし六月十四日のようしのこくやつどきごろ

おわりいせあふみみの四かこくおゝじしんのしだいとうかいどう

すじなるみじゆくこやじゆくなごやかいどうはいはつか

ばんばかもりさやじゆくつしま五づてんわうもつとも卅日

御さいれいにておこんあzつどうしよはじいんその外かまちや

はもうすにおよばすあいたおれ候またきたのかたはいぬやま

小まきへんみなみのかたはのまうつみもろさきへんまで

さや川のにしいせのくにはながしまくわな四かいちおいわけ

へんのこらずあいくつれ候そのうへ出火にあいなりしにん

けがにんあまたなりおなじくいしやくしせうのかめやま

せきさかの下じゆくへんのこみずあふみのくにはつち山みな

くちいしべじゆくへんにしきたはみのゝくに大がきなんぐうたか

すかしはばらさめがいたかみやえち川むさへんまで

そのほかにしきたのやま/\もうすにおよばすたい

はんおゝしんとうにてくづれ候もつとも十五日あけ六つ

はんごろにやう/\しづまり候それより日々しやう/\

づゝのぢしんこれあり候ここんまでなるおゝぢしん

ゆえにあらましをかきしるししよにんあん

どのためかきしるししらしむるものなり

 

 

59

十一月四日朝五つ時大地しんにて

府ちうより先宿においてい

まりこ岡べうつのや峠あれる

にし枝しまだ宿大井川其

外川/\留るかなや日坂峠大に

あれる掛川御城下ゆりつふれ

やけるふくろ井見附辺つよく

はま松まい坂辺迄も大かた

ならずこゝに同日五つ半時

伊豆七嶋下田津なみは

五丈ほど大山のくずるゝ

ごとし家千軒ほど打なが

され大舩五十そう小舟は

其数をしらす

浦賀大津金沢又沼津の濱手いづ

れも大津

なみにて人家の損

亡大かたな

らずおうご

よりししん

つなのるい聞

伝ふといへども

かゝる大いなる

を聞ずよつて

いさいをこゝに記す

○信州大地震

信州松本大ぢしん

にてくずれ大はん

やけ飯田松代

ぜん光

じ辺

まで其

ひゝぎ

大かたな

らず人馬

けが有

こと其

かづを

しらず

(下段)

同月四日朝五つ時昼夜何ヶ度もなく

大きに震天満天神大きに崩れ堂嶋

辺西寺町金比羅さまくつれかなく?(五?)百らかん

堂くつれらかんさま堂外に飛出し浜津

はし人家大きにくつれ両御堂大きに

そんし天王寺しろ?堂こつ堂前花立いし

大きにそんし高津辺くつれ玉造口二軒茶屋一丁

斗り東にくつれ此辺東西南北そんしたる処その数

しれす道とん堀芝居大きにそんし住吉の石とうろう

残らす崩れ天下茶屋堀廻りくつれ長ほりさのやはし東に入

長屋大きに崩れ住家ならす順慶町井池人家大くつれ成

二間斗り残り住家ならす帯屋町大土蔵鳩くら

大くつれなり見る人めもあてられぬありさまなり

其外町々崩れ神社仏かくくつれし処おひたゝし

中にも諸々大名様は蔵やしき大きにくつれ夫ゟ

日暮六つ時大津波西南方より泉尾新田勘

介嶋ちしましんてん木津川すし安治川口とみ

しま此大津なみ?丈程の大山の崩しことく往来

に打上り大舟小舟かち合くつれる事おひたゝし

流れ死する人幾万とも数しれす落たる橋は

かめ井はし安倍川はし国津はし水分はしくろ

かねはし高はし日吉はし汐見はし

金谷はし大黒橋にて留る夫ゟ大和路奈良

町々大きにそんし春日様社くつれ鳥居

金とうろうくつれ落なり兵庫は家七

八軒くつれ伊丹池田の辺大ししんなりな

れともくつれし家はなし柏原村大きに

くつれ出火におよふ西宮なたは大坂に同

し誠に前代未聞の珎事成ゆへ諸方

の文通にしならんとこゝにくはしく記す

○四国大地震

  大津浪

播州

四日五つ時四

国辺不残大

ちしん大つ

浪そんし

中にも阿波

徳しま城下

大きにそ

んし須磨

明石あこ

ふの濱大

津浪なり

姫路城下

そんし其

外くつれし

処津浪

にて流

されし処

数し

れす

「とくしま」