仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌妓鑑 第十一

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

      ニ10-02059


78(右頁5行目)
  第十一  新廓の段
虎猫また猫灰猫三毛 おだれの上にさかるも有 下には犬めがきつと見付 にらんでも上と下
猫は命ひろた 犬骨折 うたふぞめきも姿繕ふ鏡山弐部太夫の領分迚 大学が屋敷に双(ならべ)

新たに赦す遊女町 殊更秋の最中迚良夜一刻千金を つかひ費やす月見の遊び 暮
待兼てどら打客 夜番太鼓もどん/\/\ 火の用心もなまめきて 取分け賑わふ夕部也 揚や
より中居共 コレ進(?)六殿もふ何時じや サアレバおれも昼から 番屋に寝て居てしりませぬが モウ
何時じやいの ヲゝめつそふ今が日暮 こなたは何が役じやいの ハテ知た事 夜六時を廻る役 夫
でおれが名も進六 祖父から三代の夜番 此新廓へ抱へられたも夜番の習ひ事覚て
居る故 先大事は限りの太鼓 何がしつぽりとむつ言の最中 めつぽう弥八に打立ると こぢ放す
鑿できよと/\して つい去(いぬ)気に成者じや そこを離れ際の悪い様にコレ 此様に音をかすめ

 


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てどん/\/\ そこで客の心がぐにや/\と成てつい?込み 是はマア伝授の太鼓 常用心の太
鼓は浪の音の様に打 火の廻りも水調子 是が陽をしづめる利決 ヲゝよい口な人では有 女郎
様方になぶられても腹も立てず 其気を見込ていて居さんすのが有ぞや したがお内儀が有
げな イヤ有が有にも立たぬ 贋人魚の見せ物で 傍へ寄ばはつぱゝくさい女房 惚人(ほれて)が有らば去りこ
くつて指構ひない此進六 夜番の揚銭一夜さがたつた百 ちよんの間の盆やは あの番所 ア
又あんなおかしい事 ほんの事は後に/\と走り行 しどけないのが里のならひなり コレ/\揚詰なれば値
を負ます サアまけふ/\ さつま芋まけふ六文/\/\ 一荷(か)かたげて小行燈も油にまどふ夜商 サアま

けふ/\ 六文/\/\ めつそふな ろちの内迄芋売 さつまとは耳寄幸今夜は名月なり 夜食のかはり
百匁ではこそばかろ 二百匁では腰がはる たばこ買た銭の残る真田の紋程有ればよいが コレ目を
りんと貰はふと 目とめを見合す頬かぶり ヤ三五兵衛様か 嶋蔵が さつま芋とはよい思ひ付 イヤ私も
おまん様に用が有故 いつも相図の此芋売 シテ/\そつちの工面はどふじや コレかふ/\と小行燈の油煙
で様子 書付くれば フウよし/\して源五兵衛も江戸から登て ホゝできたよい手筈 扨マア此大学
が奢りを見よ 屋敷の廻りに廓を建て 夜昼の大騒ぎ 去ながら我々が忍んでいる事見咎められ
な ナイ/\/\万事夜更て/\と 太鼓提どん/\/\ どんな身過ぎも御奉公 サアまけふ/\ さつま


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芋まけふと 荷を打かたげ別れ行 不便やおまんは 親夫の為と憂目に近江路の 鏡山へ売られ
きて 名も其儘に万太夫 つき出しなれど場うてせず 水際の立はで道中 室に育ちし徳ぞかし
守山屋の亭主中居 ヤア万ぷ様お出/\ 跡の月から指込で漸けふの来隣 扨々きつい御全
勢 けふ御引合申お客は 高宮の腹はれ大尽お金は貧乏人の子の様に いやが上には出来/\ ヲゝ又
さもしい金咄し 金に廻るとお見立てに逢て恥しい わしや半年も一年もとつくりと客の気を 見定め
ねば逢はせぬ コリヤ気疎い 夫ならばマア奥で 御酒のお相手サアお出 ヲゝせはしない 小千代たばこと
せかぬ顔 心はせけど 年寄の二日路にたるたらず 三日泊てべら/\と 長生き憂恥を晒村の

五々作 孫を背中に日ぐらし旅門行燈も目に付かず 道で問ふたる家作りとあてづつぽうに門口から
守山屋といふ揚屋殿は爰かなと とつてう声に亭主中居 コリヤお客様のおぶりマアおはいり イヤ
客ではない津の国の晒の者 是の内に 大伴(ども)やのおまんといふ女ゴ衆は居ませぬかの イヤそんな名はご
ざらぬ ハテめんよふといふ声は 慥にとつ様 コレ/\わしは爰にいる ヤアおまんかヤレ嬉しや 旦那殿?(ゆる)さしやませ
ヤレしんどやと孫をおろせば ヤア源太かと飛立斗 ハア万夫(ぷ)様のお近付きか マア/\是へと亭主中居 気転
きかして入にける コリヤ源太よ かゝはそこにいるはちやといけ/\ エゝ今迄逢たがつておつて 大きな家へくりや
モウ人おめして泣おる ヲゝ道理/\ 久しう逢ねば恨み泣 どりや抱てやりましよと 寄れば源太も嬉し


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げに なふ嬶様と懐に手を指入て余念なき ヲゝ嬉しい筈 コリヤしゝがしたくばしたいといへ かゝが結構な
べゝよごすなよ ヲゝとつ様の色々の世話 マアお前も日外の難義から 持病でもおこりはせぬか
イヤノウずんど息才な そなたも無事で嬉しい 扨おじやつてから二月誠ちよつと孫を連て顔も見
せたかつたけれ共 年寄ては十七八里が大義で とふ/\けふ迄 イヤ此様な事いふてわがみの奉公の
邪魔にならぬか 何のいな 栄耀に勤する者有まいし 貧しいは知て有る ヲゝそれ/\そふいふて
置ねば咄す事咄しにくい 扨マア聞たいは源五ヲゝそりやもふよいはいなァ ヲゝそふじや 云事といはぬ
事と有てや とかくかはいは此孫め 起るにも寝るにも只かゝ様/\と尋おる そこでおれが才覚で 寝しな

と起きしなとに地黄煎玉を一つ宛(づゝ)夫を添乳(そへぢ)に寝る顔のいぢらしさかはいさ おりや夜まんじり
共せずに 泣て斗いたはいのふ 死だかゝが逮夜にも 仏へ燈明も上ず お題目自我偈(じがげ)も唱へず
人形廻しや祖母は川へ洗濯の昔咄 せめてお祖母の居やつたら 祖父一人此様に 悲しいめは見まい
物としやくり上/\ こぼす涙は晒灰汁雫したゝるごとく也 おまんも我子のかはいさと 親の歎きに人め
をも思はず せき上泣居る ヲゝわがみも悲しい筈 扨けふえざはざと来たはの 坊主がたんなふす
る程 そなたが顔が見せてやりたさ ヲゝそふであろ コレひもじはないかや イヤ/\おれはさつきに道で よそ
の伯父にまゝ?(もら)ふて 何にも喰ひたふない 夫ならわがみはくる道で まゝを貰てくやつたか イヤ貰や


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やせぬ銭で買た ハテ扨子供といふ物はいはれざる問ず語り われも一日おはれたりあるいたり 草臥れて
ねむたかろ ねぬ中にそろ/\と隣の宿迄いこふかい イヤ年寄の夜道はあぶない まだ咄したい事有れど
わしも奥へ行ねばならぬ 暫しが中あの小座敷に そんならそふせふヲゝ合点 サア源太よと手を引
て打連一間へ入にけり 奥へねじめを引立て しんくしやるか顔のやせ初めのうはさとこへやら 今は
ふたりが裏に落て 歌の唱歌もよそならず 身に曇り有る鏡山月にあこがれ桂之助 揚や
の暖簾ひらりと上 誰そ頼ふの声に亭主は走り出 是はどなたじや 夜の編笠は粋のこつぴ 
若し徳様か イヤそんな者ではないと 編笠取て内に入 聞けば此家に初めの名はおまんといふ女郎がき

て居るげな 客に断り今夜一夜 どふぞ貰ふてもらひたい 成程夫は万太夫様 私が所にお出な
れど 初対面のお客なればとふも貰ひはなるまいか 聞及んではる/\゛と買にきた女郎 一夜が
ならずば暫しが中 盃なとして帰りたい 恋は異な物待がコレ 手を合すとよぎなき頼 どふでなりは
致さねど お心晴しに借(かつ)て上ませう コリヤ中居共 おたばこ盆お盃 早ふ/\と鳴りわめき 次の
座敷へ走り行 わつぱさつぱに五々作は 孫が手を引座敷を出 火かげにとつくと顔見れば 客といふ
は桂之助 こらへ性なき年寄気 つか/\と傍に寄り お前は若殿様 ヤア其方は五々作か 遠い所を能ふ
きいたの よふ来た所か 孫が嬶に逢たがる故さましたが こな様はおまんを買にきたか ハテ扨々


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お前様はのふ かはい子を捨てて勤するは何の為 源五兵衛殿に苦労さすは何の為 皆こな様故じや
ぞや 其女房に惚て買にきたとは よふも/\/\いはれたのふ 道をいはふなら おら故に女夫の者が苦労
して 傾城迄してはごくむ忝いと 人なれば思はにやならぬ コレ大名畜生人でなし ほんにやれ/\
あつい涙がこぼるゝと畳たゝいて泣わめく てゝ親の声と聞 おまん奥より走り出 何にもかも皆
聞た 聞へぬ殿さま とうよくなお心と恨み嘆けばヲゝ尤 もと某が放埓から 子迄有る女房を勤め
奉公 どふも傍から見ていられず とやかく思へど金銀の才覚ならぬ桂之助 思ひ付たる我
思案聞てたもと 表へかけ出其かご是へとかき入させ 簾上れば小紫なふなつかしやと立出れば

親もおまんも恟りして ヲゝよふこそマア是へと 余の事いはず身の上の 悲しさつらさ取交ぜて供に涙
にくれけるが サイナ其難義を聞た故桂様と談合して こなさんの奉公がはり小紫が勤にきた
サア親方へ断り立て 公界(くがい)のくげんを早ふ遁れて下さんせと いふに親子は手を合せ 勿体なや若殿の其
御心とは夢にもしらず 恨たはわたしが誤りいやのふそち斗じやない此五々作 腹立紛れに在所口えづう
いふたを御堪忍 娘がかはりにお前が何と売かへられふ ヲゝ主に此まんが何と云訳する物ぞ 是斗
は殿様の御意でもならぬ 夫では二人の志が仇と成 是非共に小紫を アイわたしも其覚悟 イヤ/\
おらがそりやさせぬと 互にせり合い詞の中 究竟の徒若党 捕縄提かけ出 お尋者の桂之


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助 搦捕んと追取まく 桂之助屹度見 搦捕るゝ覚なし 聊爾せば撫切と鍔元くつろげ立給へば
一間の襖くはらりと明け 覚ないとはいはれまい ヤア大学 勘当受ても主は主 何科有て搦とる
ハゝゝ親一門に見限られたる扶持放れ 何科とはとぼけまい 其方が傾城狂ひに 外龍の甲を盗
取て売たる故 親殿も大方追放 夫故に大学が搦捕て白状さす ソレと頬(つら)で教ゆれば
心得たりと組かゝる 二人が腕首丁ど掴で身をひねり 右と左へ投退くれば 大学たまらずとび
かゝり 首筋掴で捻付る のふどうよくなとすがり付く小紫 ぐつと引寄せ膝にかためて動かさず
捕り縄たぐつてぐつ/\と 二人を小手にしめ上ぐるおまんはこりやマアどふせうと うろたへ廻れば五々作も

孫が手を引逃じたく ヤアどこへ おのらば源五三五が 所縁の者と見ぬいて置た 甲を奪ひ取たる
も此大学とぬかすげな 詮議の手かゝりとつちへもうごくな 此縄付は大庭の樹木にしつかとくゝり
上 拷問の用意せよと引立さすれば桂之助 儕をば此ことく搦とらんと思ひしに 却て此身を縛り
縄 天罰思ひしらさんと 無念の涙はら/\/\ 小紫も泣しづみ殿の仕落はわたし故 私斗を
科に落しあなたの憂めを赦してと 歎けどかひもあらけなく引れ 行こそ是非なけれ ナア是か
らはおのらが詮議 おらは何にもしりませぬ しらぬとは贋よほけと 下緒たぐつて椽柱にぐる
/\巻 おまん親子はかけ寄て 此人は私がとつ様 此子を連れて在所から逢に見へたはたつた


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今 何にもしらぬ年寄をコリヤまあむごいと 取付を腕捻上 鳥井を越た売女めが 商
売のてれんをぬかす サア源五三五が由縁(ゆかり)のやつか 有様にと斗ではぬかすまい 何責かよか
らふぞ 水責火責も手延びで悪い ヲゝ此用水井戸こそ究竟の責道具小伜共にくゝ
り上 血を吐さずばぬかすまい ヤア家来共 其くるまきとあら縄を早ふ/\ はつと答て持
出れば 此松が元にくゝり付け女めを縛り上てくるまき責 又一方へは此伜 なふ責るなら私斗
此子がしつた事かいの ヲゝ孫のかはりに此祖父を 責て/\責殺して 其子を赦して下されと
身をもみ歎く其中に 親子を左右へ縛り付させ ソレ家来共責よ/\ 畏つてくる巻縄

ぐはら/\と引上るナフ祖父様かゝ様 いたい/\と泣さけべば まんは身も世もたまられず コレつらかばたゞ
一筋に筒井筒 いづゝにかけて此子迄悲しい責にあふ事ぞ 譬此身はづだ/\に刻まれても大事
ない 其子の苦痛を助けてと 歎き侘ぶれば ヲゝ助けてやらふが 有様にぬかし上るか サア/\/\ 源五兵衛も三
五兵衛も しらぬといふが有様 ヤアむかさずば責よ/\ぐはら/\と引くるまき 祖父は気も消へめも
くらみおらが云ます コレとつ様そりや何を ナア夫レでもあの孫がいたいめするが 何と見ていられふぞ
ヲゝよい分別サアぬかせ 今娘がいふのが有様 エゝしぶとい親仁めと刀引抜き ぬかさば一刀と胸先へ
突付る のふ悲しやとかけ寄れば ぐはら/\/\とつるべ縄 廻る因果のくるまきに釣上られ 一声さけぶ


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子の苦しみ 驚き跡へたぢ/\/\戻れば供にぐはら/\とさがれば八かん井戸地獄 祖父は刃を指付け
られ 責付らるゝ釼のう尼かけ出してはかけ戻る おまんが悲しみ子の泣声 くるまきの音大学が ぬかせ
/\のうなり声 獄卒が責さいなむあびけうくはんの苦しみも斯やと 見へていぢらしき 大学
はむくりをにやし アゝ手ぬるふてはいかぬやつら マア伜めから 井戸へ切込片付んと 刀提立上れば 表
に立聞三五兵衛かくと見るより飛で出 親子が縄を切ほどけば 思ひがけなき井の内より ぬつと
出たる忍びの武士甲頭巾に黒装束 驚く親子大学も 胸にぎつくり仰天顔 コレ舅殿
女房といふ声はヤア源五兵衛様か聟殿か 是は/\と二度恟りに三五兵衛 ヲゝよい所へ源五兵衛と

大学をかなへに取巻 是迄の汝か悪逆 此方より云聞そふか 其方より白状するか 何と/\ときめ付くれば
ハゝゝ大学が思ふ坪 白状とはわいらが事 殿桂之助に悪性根を入 外龍の甲を質物に入させ 国を乱すは汝等両
人搦捕る覚悟/\と 聞もあへず源五兵衛 国を乱すは其方親子 われと三五兵衛を追放させ 伴之進に云付け内
記を討ち 其科を父源次兵衛にぬり 外龍の甲をばい取て 尾上の家を押領する我工と 云せも果ずぐつと睨め
色に迷ふうぬらが目から 大学が工などゝは存外 ヤアけつぱくには云はさぬ 甲を奪取たると伴之進へ内通状 三五
兵衛が手に入しは天命/\ サア返答はと詰寄/\云まぐれど 大学はちつ共ひるまず 書簡が有ふが何か有ふが 外
龍の甲はうぬらが盗だ腕廻せ イヤ盗人猛々しい 其盗人の膓を井戸へかへして 源五兵衛が見抜てきた 大義


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なから井戸堀殿是へ/\と呼れて井戸より飛上る黒装束 コリヤ大学 身は三五兵衛のさうり取事に馴たる事
助 汝が屋敷ふしんの時 日?(ひよう・日傭?)の中へ交り人やしきから此揚やへ すいといふ時抜道の案内者は此事助 覚悟/\と
きめ付れば ヲゝそつちに工めば此源五が きたる頭巾のひだの下 飛騨の内匠が細工は流々 我居間へ忍込ばい返せし
を是見よと 甲頭巾を脱ぎ捨れば 天下の重宝外龍の甲 朝日と輝斗也 大学はへらず口 佐々木が藤戸の
先陣に浦の男を切たるごとく 日傭めに気の付かざるは我誤り かふ顕るゝ上からは絶体絶命 ヤア者共 両人を搦取
外龍の甲をばい返せと 奥をさしてかけ行を 遁しはせじと切入れば 五々作親子はうろ/\と 跡を慕ふて「行く先の
座敷/\の客女郎 引舟禿も騒立上を下へとかへ銚子とさん盃踏み立/\ 燭台きらめく中座敷 あれにあ

れたる三五兵衛 刀小脇に引そばめ襖小立につつ立てば 後詰に控し組子の大勢 前後左右を追取巻く 三五兵衛はこと
共せず 右を支へ左を拒み 手を尽してぞ戦ふたり 数多の組子叶はじと むら/\ばつと逃ちるを 遁さじやらじと大座
敷 勢盛んの源五兵衛に大学も追ッ詰られ なげしにかけたる鑓追取返し合して戦たり 血気の源五手だれの大学 す
引きして突掛る心得たるの身のすきや 壁をこだてに切払ふ太刀先 鑓先 軒を削り踏込みふん込む源五兵衛 頻りて切を
塩首にてはつしと受け 払ふ者突く急所を当と 突出す鑓の柄蓮にずつぱと切落せば 遉の結城が勇気も労(つかれ)
かいふつて逃げ行を いづく迄もと源五兵衛 かけ行く向ふ群がる捕人(とりて) ばら/\と追取巻くを左右へなき立秘術を尽して「追て
行 三五兵衛は大童(わらは)のつたる刀を踏直し 伴之進に出くはさんと眼をくばつてかけ廻る 大学親子声をかけ アレ討取にかけ寄る


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多勢 真甲竪割(たてわり)車切 秋の木の葉のばら/\/\幾重の襖を西東 押詰/\火花をちらして切結ぶ 多勢は叶
はず引返す どつこいやらじと三五兵衛刀打ふり「大庭の 人数を頼みに大学親子 築山の勝負いかにと待つ所へ 追々
に馳帰り 源五三五手ひどく働き同ゼ勢大半討れしと しらせに大学はがみをなし 此上は伜諸共一先ず此場を切
抜けん 実尤と伴之進切て出んとする所へ 源五三五いだ天走り 親の敵伴之進遁さじと切付る 心得たりと受け
太刀を受けはづし/\ 肩口切れてどうど伏 おこしも立ず三五兵衛 とゞめをぐつと返す刀 首はころりと落方
より御教書(みげうしよ)指上げ源二左衛門 息を切てかけ付け 大学が悪事関東の上聞に達し 屹度罪科に行へと有厳
命 又外龍の甲再び御手に入悦び 若殿二人の子供等が御勘気御免の御教書と高々と呼はれば

大学今は是迄と胸押くつろげ刀逆手に取直し 腹に突立て引廻す 源五兵衛立寄て天罰主罰お
もひ知れと 首宙に打落す 桂之助小紫おまん笹野も諸共に 二人の奴が誘へば桂之助 ヲゝ手柄出来
せしと悦びいさみて帰国の門出道を照らすや鏡山 雲らぬおまん源五兵衛 笹野三五がさつま
歌語り 伝へて興じける
              
 千前軒(二世竹田出雲)門人
作者 吉田冠子
   近松景鯉
   竹田小出雲
   近松半二
   三好松洛