仮想空間

趣味の変体仮名

加ゞ見山旧錦絵 第五

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01093

 

39(左頁)

  第五

秋の山 紅葉の床に男鹿のねたよしほらしや たてぬきに露霜おりし 錦は山のもみちばの 渡らば

錦なかたえん浮世渡りの かづ/\に うきをつもりし雪の舌 藁屋の軒の侘住居娘お来(らい)が賃しごと

ぶんぶ綿くりくる/\と 糸ゟ細きやせ世帯 挊(かせき)に暇(いとま)なかりけり 折から隣の女房が 佐兵衛を連て

内に入 ヲゝコリヤお来様いかふ情を出さんすの ヲゝお市様よふお出 何ぼあたふた情出しても 高が細い此仕業 モ

埒の明物(もん)じやござんせん ヲゝそりや道理 シタガそんな細い仕事せふゟも 此中お前のいわんした其相談が

 

 

40

調ふて 今其お人を連立て来はきたがお来様 内方の首尾合いは アイよい共/\ 何から何迄お市様の モウ

いかいお世話でござんしたと 愛相(あいさう)笑顔に見とるゝ佐兵衛 イヤコレ隣のおかみ様 おまへのいわんした代物はあの子

かへ アイあの子でござんす シタリ見事 そして金の望はへ 夫はおまへの目一ぱいに ムゝイヤモ百両か物は急度有て

百両で手を打(うと)かい アイそんならそふして進ぜて下さんせ 成程/\こつちにも気に入た代物 今半金

渡しましよ 跡金の五十両は親父の戻られしだい 証文に印形さしやれば其時に渡します おれも往て

くる所が有ば 支度して待ていやんせ つい戻りますと詞数 いはぬはすいの商売から 能代物と心には

独(ひとり)えみして出て行 お来様マア/\相談が済でめでたふござんす 様子うす/\きくた所が お前も今はしんや

 

めにならんしたそふなが ぶし付ながら今分のお前の身て大まいの金の入用とは アイ成程ソリヤ合点行んすまい 其

訳といふは外でもない かゝ様のぶら/\病 物喰んすと間もなふもどす かくとやらほんいとやらむつかしい病

じやげな 百日の内に直らねば 死なしやんす病じやと 聞悲しさは身も世もあられず 方々の医者

衆に見て貰ふ度毎に 療治とてもないではないが 迚も貧しい身の上では 所詮養生も届くまい

此病には人参をあく程入て呑せねば 内が衰へて有によつて 療治が届ぬ 時節じやと諦よと

聞て悔しい今の貧苦 大まいの金才覚する当ても手当も内証の詰り 二人の親達にはひしがくしに

此頃中お前を頼み 此身を売て其金でかゝ様の人参代 思ふ程療治して行かねば念も残らぬ

 

 

41

金の入る様子必沙汰して下さんすなと 親を思ひの孝行に お市もきくて貰泣 孝行なお

前の真実 恵みがなふて何とせふ お来様後に/\と門の口 泣く目を払ふて出て行 お来は跡

に一人云 アゝ世の中はさま/\しやな 夫源蔵殿は出世の望で家出さしやんしたが 何所にどふして

いさんすやら よもや出世をさしやんしたら あき別れといふてはなし 便のない事も有まいわしや置去

にあふても さら/\恨みる心はない 神仏(ほとけ)へ向ふてもかゝ様の御病気 一つには源蔵其の出世をば祈らぬ

神も仏もない も世に出なは元の夫婦と 書残さんしたを楽しみに 月日をかぞへ待はいなァ 悪い事が

重なれば又此様に重る物か 人の身の上と水の流れ程定まらぬ物はない アゝ思ひ廻せば廻す程

 

兄弟ながらうき身の上 妹は手越の里に勤の身 此姉も同じ川竹 前(さき)生ゟの約束と

思へば因果な身の上と又も涙にくれいたる かゝる折から表のかた 大小立派の侍一人 内の様子を

窺/\小陰にこそは忍びいる お来はやう/\顔を上 アゝ愚痴な事思ひ出してついないた

我身の事に身を売者さへ有にまして親の為じや物泣まい/\ うき沈みは七度といふを

此身の楽しみと心も髪も取上る勝手へしほれ入跡へ 忍ぶ破(やれ)垣紙崎主膳 続いて奥へ

忍び足 ひそ/\〽として隠れ入る 斯とは白髪の母親は 一間を出てコレハ/\お来も仕事は

しまいそふな わしも今日は又塩梅がいかふ悪いアゝ此親父殿は何してぞ いつゟもおそい

 

 

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戻り 道で持病が發(おこり)はせぬか アゝ気遣なと老の身の案じに胸も休らず そよと吹く

風いとゞ猶 身にしみ渡る高枕の 非業の刃に 道芝が消し魂魄我ながら 形を仮の

しよんほりと かゝ様はそこにかへと いふに恟り ヤアそなたは娘思いかけないいつの間におじやつたと

いふもふしぎの立姿 かゝ様御久しうござんす 様子有てせつない苦しいうきめに逢ふて 心

かゝりな事有故 裏からそつと只一人 とゝ様はお留守かへ ヲゝ親仁殿は今朝商い物持て往

て まだ戻らしやれぬ故案じている ムゝ夫は幸お前に密かに咄したい事が有 奥へ来

て下さんせ ムゝ久しう逢ぬ此母に咄したい事が有 そして夜中に只一人竊(ひそか:窃)に咄したいと有

 

は気にかゝる マアおくへ アイ マアお前から行かしやんせ そんあら娘 サアおじやと 何のけんによも納戸口 打連て

こそ入にけり 色香もれくる破(やれ)障子移す 鏡の柳腰 見かはす斗髪形 木綿似合ぬ女

房盛 ハア短夜のモウ初夜前 今宵四つが内の名残 終に仕やれぬ曲輪の勤 八文字と

やらどふするぞ エゝこんな事なら妹に習ふて置たらよかつたに アゝどふやら小褄(つま)を斯(かふ)取て 口惜いと

はら/\涙雨夜の月と疑がはる折から表に犬渕藤内 うろ/\眼に戸口を覗き 家来共アレ

見たかアノ女めは慥に尋る傾城めそふじや/\と込入る主従 母はかけ出立ふさがり アゝコレ聊尓(りやうじ)せま

いこりや何事 イヤとぼけまい 手越の里の傾城道芝 足利の館へ男に妖(ばけ)て入込し科 首

 

 

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討てとの御諚意 エゝイ アイヤ/\そんな傾城がこつちへ来た覚はない ヤア狸婆め 隠しても隠されぬ

道芝が親里 此内へ戻つている事見届て此詮議と 聞ゟ母ははつとばかりふさがる胸に

思案を極め ハテ此上は是非に及ぬ 迚も遁れぬ娘道芝 いかにも御渡し申そふが暇乞する

間 ヤアなまぬるい叶はぬ願 猶予せば儕共 縄打たふか何と/\とひしめく所へ 申上ます 只今僕(やつこ)の

雪平め 向ふの辻で見付し故 引つかまよふと存じたれど 旦那をさし置き慮外と存 御注進申

上ますと聞て恟り ナニ雪平めがそこらにおるか エゝ邪魔なやつ 引くゝるは安けれ共今出合ふ

ては勝手が悪い コリヤ婆 首は後程受取にくる 家来共 道をかへて斯参れと ひるまぬ顔は

 

長田の裏道 家来もしどろに立帰る 母は吐息をつつくりと お来は何気もナフかゝ様 そん

なら妹は戻つているかへ 何所に居やるへそしてマア ひよんな事受合て 此納りはとふ付く事

わしや気遣な/\と 案じも真身の兄弟思ひ 思い続て母親は詞なく/\顔を上 そな

たにまだ逢さぬが 最前道芝が戻つて身の上咄し 恋故に科人に成た訳 いふに違

はず追人の侍 手詰に成た全(せん)の詰りは お来 そなたに母が頼みか有 親子の中でもこれ

ばつかりは 余り/\云兼た逆様な事なれど 妹道芝が身代に立て死てたも エゝイ ヲゝ恟りは尤

じや/\ 世のせかいに 是程無体な無心はなけれど 胤腹一つの兄弟 可愛さに何のかはりが

 

 

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有ぞいの 分けて妹が殺されぬ訳は 足利殿の弟御 縫之介に思はれ 我々ふせい娘が身は

かるけれど 重いお胤をやどしている 其子が大切さ 今の追人が見違いた程 似たが因果の

此身代 若殿のかはりに立と思ふて母に命をたもやいのと 思ひかけない頼みには思案とかふ

も 涙ぐむ難義は二つ 身は一つに分け兼て 成程尤な様子聞た上 さら/\みれん

じやないけれどな 気の毒な事は渡しもこちらに様子が有て 少し命が入まする 知ての通り

義理有夫(おっと) 別れた時から身に持た 胤は渡しも同じ事 尤お歴々と浪人と位は違つて

有けれど 夫に預るた大切さに違いはない 命一つは惜まねど 貧しい夫を持た故 お中の子迄

 

是程に位か違ふかと思へば 口惜しうござんす とはいへ妹の命も大事 どふぞ仕様はない

事かと 身売の訳も今更に いはぬがましの投嶋田身を投伏て泣居しが アゝそふ

じや 幼いから病じやな私 妹のお宮は傾城になりやつたも 其扱いに入た金 私が夫は

浪人の不自由さ 何角に付てお前方に御九郎かけるも皆わし故 恩の有妹の代り

に成事じや物 成程潔ふ死にませふ 道芝はどこにぞ 逢て一言いひたい事が ヲゝそんな

死でたもるか アイ エゝ忝い 出かしやつた よふ得心してたもつたなふと 死る我子に手を合せ 悦ぶ

親は我なから 嘸気違共人目にはかゝる例は何の罪 何の因果と隠し泣 姉も後へ残る

 

 

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目に涙 包でおくへ行 同じ迷いの親心 眼兵衛はとほ/\と 花の盛を切捨る 子は三界の首かせ

と肩に思ひの枯柴を 荷ふて帰る門の口 可愛や婆めが朝々に 影膳すへて待娘 霊供(りやうぐ)と

かはる世の有様 思へば我家も這入兼彳む 中にも女房が泣声 浮世の義理とは云ながら思へばむ

ごい親の身で 現在我子を殺かと くどくを 門に聞恟り モシも様子を聞たかとあやぶみなから

上り口 コレばゝ今いやつたは何の事ちや 誰か事じやと尋られ ハツトしながら当座の間に合 イヤ ノウ

こなたの戻りが遅さに 思はずとろ/\転寝(うたゝね)に 我子を殺した夢を見て ひよつとアレが本の

事な 悲しからふと思ふて涙が 何しや夢に見たホイ 親子の血筋に知せが有も道理

 

コレ親仁殿 夢に知らせとは何知らせ イヤ夫は アノいのうと道芝 廓へ往てから便もせず 生きた共 死だ共

夢に成り共知らせそふな物じやといふ事 ヲゝ本に親仁殿 最前から妹が来て イヤモウ気遣さしやんす

な 夫は/\達者で今おくで姉と咄ししているはいな ヤアと恟り ドレ/\/\何所にと 覗けば姉とさし向

ソレ能女房に成たで有ふがの ホンニそふじや やつぱりそふじや アゝなむあみだ/\ エゝいま/\しい 達者

で戻つたに念仏な何ぞいの サイノ めんよふ年寄といふ者は念仏が口くせに成て 嬉しい事にも

終なむあみだ 余り妹が大きふ成たで嬉し過て涙がこぼれる ヲゝソリヤ道理いの 嬉しい事さへ

夫じや物 嘸こちらの事を聞しやんしたら ホゝゝゝ ヲゝわしとした事が ひもじかろふに焚付て茶漬

 

 

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進じよと勝手口 泣きに立こそ哀成 イヤひもしい所かおりや胸が一ぱいに成て有わいのと

いふ間泣(なく)々女房が 附け木燈して仏壇に上る御明かしいはね共 心合たる女夫中 花は手生けと

眼兵衛が立つ具足の靏龜も 短い寿命と観念し 妻が撞木を取上れば エゝ是婆 今

夜は仏の日でもなし そなたが看経(かんきん)する事はない 念仏はおれが申わいの イヤこなたの看

経はいつても成 今夜はわしがお念仏の入事が有はいの イヤサ おれも念仏もふさにやならぬ

事が有 ヲゝそんなら共にと同音に鉦打ならし なむあみだ/\/\オン時 唱ふる念仏はかはらねど

いはず語らず二親の涙 くろめん方もなき 一間の内も兄弟が明ぬ心の闇深く ノウ妹 久し

 

ぶりで顔を見て 嬉しいも暫しの中(うち) いふに云れぬ訳有て 此来(らい)は今宵から遠い所へ行か

ねばならぬ いつ又逢やら逢れまいやら お年寄の二親に たつた一人の妹 随分達者てい

てたもや 夫に付けても頼みたいは 親の為に大磯へ身を売たれど夫も行れぬ訳に成 行ねは

かゝ様の用にも立ず 云兼た無心なれど 私が代りに大磯へちつとの間いて下さると 其金でかゝ様の

アノ病が直りさへすりや わしや死でも心は残らぬ 只さへそなたはわし故に 一度ならず二度

の勤 頼むもこつちに何や角(か)や 様子は跡で知るゝ事 一生の無心を又頼みます妹と 今はなき

身の道芝共 知らぬ心根猶悲しく 姉様の為なれば 火に入水にも入けれど 肝心の此體がけふ有

 

 

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て あすははかない世のならい 其上にお前迄そんな便りない事いはしやんす 今からとゝ様やかゝ様は

誰を便りに嘸や嘸 歎きの上のお歎きと 一ばいよはらしやんせふと夫が悲しい お前斗はどつちへも 行ずと

どふぞ二親の御介抱申てたべ 何いふ事も此世では皆仇事と成果る 跡の悔みの悲しさと

親子一世の隔ての障子別れを急ぐ四つの鐘 南無三宝時うつると 母は一腰さし心得 サア今切

ぞと覚悟のお来 ノウ姉様は殺させぬと 覆に成れば亡き人共知らぬ母親 コレ/\大事の妹

怪我しやんなと振上る ヤレ待女房と眼兵衛が姉が手を取引退る イヤ/\切ねばならぬ訳

切しはせじと姉思ふ冥土の魂魄眼兵衛が 今は是迄なむあみだと 女房が刀引たくり

 

すつぱと切たる刃の舌形はきへて仏壇の前に 残るは首斗 ヤア/\/\親仁殿 何で妹を切たのじや

とゝ様是はと泣くお来 軻れ涙お折からに 肝入が高呼り サア/\姉様 金持て迎にきた 泣て居て

はいつ迄も果ぬ 是から勤の大事の體 サア/\爰から直に乗てござれと 泣入お来が手を取て 無

理に連出手を叩けば 声諸共におろせかご 門口に舁据れば コレ/\娘をどつちへ連て行 様子を

聞ふと取付眼兵衛 お来は涙の声を上 コレ/\とゝ様 久しうかゝ様の御病気 其上ふがいない夫を

持た故 お年寄れて冬の御艱難 此身を売てせめてもの御恩ほうじ 此事を夫へもくれ

/\伝へて下さんせと いふ声共に伏しづみ泣くを泣せず イヤサ様子は跡の事 先娘子の身

 

 

48

の代と 投出したる五十両 サア乗んせとむりやりにかごにおし入れ押こんで 道をはやめて

いそぎ行 眼兵衛は金取上 コレ/\婆 ヲリヤ一つも合点が行ぬ 主有姉が勤奉公 定めて

是には様子が有 サゝゝゝきり/\訳を聞してくれと せきにせき立こなたもうろ/\ サゝゝゝわしも

姉が勤奉公に行事は夢にも知あmせぬ 何じや知らぬ ヲイノ こあんたの留守に足利家の

追人が来て 妹を渡せとのつ引ならぬ手詰の難義 一寸遁れに受合しが 縫之介殿の種

をやどせし其様子 わしとても其昔は足利家の恩有者 似たを幸アノ姉を身代に頼みしに

何で又こなたは妹を切たのじや 活かして戻しや 活かして返しやと あやも涙に伏沈む 眼兵衛も

 

むせび入 尤じや/\ ガ妹を切たは様子有ての事 主有姉に身を売らせて 聟へ何と言訳

せふぞ 身の代の此金戻し 姉のお来を取かへすと欠出すを ヤア/\眼兵衛 申聞す子細有

暫待てと一間ゟ 立出る紙崎主膳 是はと斗眼兵衛夫婦更にふいsんは晴やらず 紙崎は二人に

向かい ナニ眼兵衛 姉のお来が身を売しは大磯ではないはいやい ムツ シテ又 姉が身を売し其先はいづく何(いづ)

かた ヲゝ妹道芝をそちに討せたは殿の為 我家来を曲輪の者に仕立身の代をあたへ 買取し

姉のお来は 此主膳が詮議有て我方へ召捕しは子細有 姉が夫の名苗字を聞くに 我推

量少しも違はず 詮議の種の飴が身の上 様子は追って聞さん 先何か差置てふしぎなるは

 

 

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此刀 眼兵衛 コリヤ以前ゟ其方の所持成か ハイ其昔手一合取ました故 今に放さぬ鰹かき

イヤ/\尋常(よのつね)ならぬ名作の証拠 此刀を振上れば最前死霊が消しは正敷武将の家の

重宝 牛王(ごわう)丸の名剣 先年赤松満祐(まんゆう)此太刀を奪取 謀反ならずして亡び失せ 其後行

方知れざる名剣 是を所持する其方は 満祐が余類と見た目は違はじ 名剣只今手

に入と云い 謀反人赤松満祐が倅 赤松三郎といふ者 大将軍に仇をはさむよし 何国に有共

行がた知れず 行衛を知たる者は其方ならで外になし サア真直に白状せよ ちんするに

おいては骨をひしいで白状さす サア/\何とゝ詰寄せられて眼兵衛が 刀引抜き我腹にぐつと

 

突立る コレハト取付女房を 取て突退 女房泣な そちや何にも様子は知まい 謀反人赤松満

祐の足軽 嘉嶋権平といふ者 物数ならぬ者なれ共 魂は誰に負べきや 足利家に仇

せんと心を尽す此年月 我娘道芝が懐胎なせしは足利の種 一刀に差殺し主人へ立る寸

志の忠義 今主膳殿見顕はされしは運の尽 去ながら侍のかづに入切腹するは我本望 モフ

何にも物申さぬと きり/\と引廻す ヤレ待嘉嶋 小身には似合ぬハレうい者 娘道芝を殺し

たも うはべは縫之介殿へ忠義と見せて下心は 足利家の胤を懐胎したる故 水子も敵の

片われと 娘と共に指殺す 夫程の根強い性根 いか程に拷問する共三郎が行衛はいふまし

 

 

50

最早尋ぬ安堵して勝手に死ね コリヤ其方に遣した其刀は 我親紙崎兵庫 赤松満

祐を討取し時 無念こつて刀に喰付たる赤松が最期の歯形 其刀で切腹すれば主従

一所に討死も同然ぞと 聞にいや増残念さ 主人の最期の此刀で 娘を殺し我も死す 因

果の業は今果たす 婆 去た 縁切たれば赤の他人 いかに忠義なれば迚 我子を殺しまだ

顔も見ぬ初孫をさし殺す 婆堪忍して/\/\ 科人のおれが為に 必ほつたいやなど弔

やんな 娘か為に尼に成りと 心任せと一言は 今はの情も情ない 娘は殺し夫に別れ 死に際

に成退き去りとは 何面目もないじやくり 心を察して紙崎主膳 仮にも殿の暫くも 御寵

 

愛有し道芝が 母には詮議のお構なし 姉が身の代百両の兼ては妹が追善供養 跡

弔ふが肝要也 イサ帰らんと夕闇に出るをやらじと犬渕藤内 心得主膳が小柄の手裏

剣 丁と来かゝる雪平が 一人も残らず皆殺し切て捨たる老の髪 未来を契る友白髪

先立無常の鐘の声 風にちり/\散花の盛は雪と消果て 月の出汐に立出る 忍び編

笠夜半なか 不覚の歎き恋故の 其乱れ髪俤に涙の 露を賤が家に置別てぞ〽出て行