仮想空間

趣味の変体仮名

宝永千歳記 巻の三(コマ3~13上段のみ)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554613?tocOpened=1

 

 

(巻之三:コマ13まで上段を続けて読みます)

 

3

▲「参宮山瀬の奇瑞」

信州水内郡(みづちこほり)河合町(かわあいまち)に

有徳の町人あり。一人の娘

をもつ。生質(うまれつき)数万に勝れ

その容色たぐひなし。

猶し心だてやさしく。

手などつたなからず。唐(から)

やまとの文にかしこく。田(でん)

舎(しや)には。ためしなき女なりし。

其年もはや十七のころ。

出雲の神の御むすびにや。

其町つゞき。さまでもなき

商人の一子に。廿二三の男

有しが。是もやさしき心よ

りいつしか此女と互に。む

 

 

4

つましく契かさなりし

所にはや露顕して。父母の

耳にも入。其いきどほり

深きといへども。此所のなら

ひとて。一度かわせし新枕。

たとひ父母。ゆるさずとい

へども。他に嫁(か)せしむる事。

かなはざるゆへ是非なく此

おとこと。夫婦となさしむ。

爰に此家のほとりに。かぎ

りなく福貴(ふくき)の人あり。未

妻女もなかりしが。此によう

房を見しより。道ならぬ

恋にしづみ。身はありや

 

なし。かげろふに。見へて。うつ

つに。わすれもやらず様々

と心をくだき、れんぼの道

をあんじけれども。さすがに

主ある女たよるべきやうも

なく。此中つく/\思慮をめく

らしけるは。とにもかくても

此おとこ有うちは我思ひ

かなふまじと。其後しゆび

を伺ひ。かの男を殺さんと

たくみき。爰にやきし男

は。ぬけ参宮の心さし有て。

二月十六日に只一人さん詣

をなす。其道をうかゞひ山

 

 

5

せのとうげにて。かれを闇

??にぞなしぬ。一家一門

深くかなしみ猶し。女の愁

たん同じ道にと身を悩(なやみ)

しを。親族やう/\申なぐさめ

ぬ。其後ころせし者さま/\゛

に御詮議あれども終に其

ぬししれがたく殺され損

にぞ成にき父母いとゞむ

ねんながら。なきからを頼

みし寺にほうむり七日/\

の忌日をとふらひすてに

命おわりてより廿七日め

に此おとこ下向す人々き

 

異のおもひをなし彼つかを

ほり返し見る。是も御祓(はらい)

をうづめたり。所の人此奇

瑞をかんじ。貴賤老にやく

のわかちなく。家内のるす

をもまもらせす。家ごとに皆

参詣をぞなしめ。たとへば

有徳の人。戸ざししめずと

いへども器財少もふん失

せず。盗賊もうぼふ事あ

たはず。其後よこしまを

たくみし男は。わが家より

失火にて。財宝をやきすて。

身にも怪我をかうむり。終

 

 

6

なやみ死す。誠に神明の御

かご?つとみ。よこしまを。

つゝしむへき。事にぞ

▲「参宮けつさいの訓(いましめ)」

夫(それ)人たるもの。形見にくしとて

かならずいやしむべからず。すがた

容(かたち)みにくうして。其徳ある

もの。世に多し。爰に長崎万

貫町に年久しき。小林の下女

に。きわめてかたち見にくう

して。色くろくせい高く。い

ぎたなく。ふつゝかなれども

心はふしぎの志あり。たとへば

女のすなるげい能は。いふに

およばず手跡つたなからず

 

して。からやまとのふみに

かしこく。和歌の道なを。く

らからず。きく人これを感

しぬ。ある時此おんな。参ぐう

をいたし。近江なるかゞみ山

の。ふもとを通るとて

 いかにけふ。くもりてもがな

  かゞ見山。たひのつかれの

   かけをかくさん

かやふに詠じ。おの夜は土

山といふ所に。一宿せし夜

つぎなる間に。都の人とて。み

そじあまりのおとこ。これ

もいせ参宮なりしが。一間を

 

 

7

へだて。かの女と。一つふたつ

物がたりせし時。女のいわく

御身此たび。はじめての御

参ぐうなれば。是より。み

やこへの道清浄に目出度

下こう。したまへといふ。おと

こきく。いや我身さんぐう

せし事。一とせに二度三ど。此

三四年も。年をかさね。此

たびともに七度なり。など

はじめてとは。のたまふやと

いふ。に かの女さればとよ。おん

身此年ごろ心ざし参り

たまふたびごとに。道なる

 

やどに。知音(ちいん)して。女を犯(おかし)

けがれ給ふゆへに。いつとて

も。其心ざし請たまはず。

路銀のついへばかりなり。此

たびは。其女をおかし給はず。

御ゆあびよく清浄なる

ゆへ。其心ざし受たあmふべ

し。しかれば此たび。はじめ

ての御参ぐうなりと。かた

りぬ。おとこふしぎして。

仰のとをり。少もたがはず。

此たびは其女他所へゆき

しと?おもてだに。合せず

此のちは。つゝしむべしと。かた

 

 

8

りぬ。まことにおそるへし。

日本より。あゆみをはこび。

まいにち。いく千万か限り

なき参詣。此みちを。つゝし

めばこそ。宮川のながれき

よく。御本社にもかうぞかし

もし同志どし。ふぎあれば。

戸板に。ふたりのせながら。

其くに/\につれ廻り。一家

一門よりあつまり。さま/\に

わらひのゝしりて後別座

する事。むかしは折ふし此

類もありしとなん。又無ち

の人下向にはやどなる女を。

 

おかしてもぐるしからずと

いふ人有。くちずさみに

も。もつたいなき事にぞ。

右女のいへるごとく。路銀を

ついやすのみならず。却て

罰(ばち)をこうむらん。つゝしみ

おそるべき事にぞ

▲「盲人宮川のきずい」

京西ぢん。すみや町に。さゝ

や治左衛門とて。とろめんや

あり。一子三才の年盲目

となる。父子さま/\に薬(やく)

力(りき)をつくすといへども。しるし

なくて月日をかさねける

ほどに。当年十一才にぞ成

 

 

9

にき。家まづしうして朝夕(てうせき)

のけふりたへ/\に。くらす

中にも。一子が宿業の程

こそつたまけれと。旦(たん)夕

なみだの床にふしぬ。しか

るに此たび一子の盲人ひと

のうけ参宮をうらやみ。我

もまいりたき望ありて。

人のあとさきにつき纏(まとい)。

たのむつへのみたよりにて。

二条寺町邊まてきたり

しころ。父母きゝつけ。かれ

が心ざしをあわれみ。わづ

かの路銭を調(ちやう)のふし。父母

 

共にかけつけ。盲人をつれ

参りぬ。すでに五日めに。

両宮つゝがなく御参宮申。

おの/\宮川へ出ければ。たち

まち盲人両眼ひらくに。

父母きいの思ひをなし。

是より又引かへし。両宮へ

御礼申。京都にかえりき。

まことにふしぎの。れい

けんかなと。きく人かんじ侍(はんへり)き

▲「暇(いとま)状白紙と成」

京六条うをのたなに。

戸羽(とば)屋喜右衛門と云うを

屋ありしが。ちかきころ五

条さや町より。妻(さい)をむかへ

 

 

10

其日かず。やうやく三十日を

過しける時。此内婦にも脱(ぬけ)

まいりをすゝむる人有。内

儀かざりなくよろこび。其

つれ六七人。いづれも女づれ也

やうやく下かうの道。すゝかの

坂より。此魚やの内儀。つ

れにはなれ。あとやさき

と尋けれども。天ぶんの

くんじゆなるゆへ。二たび

あい得ずして。是より

は一人となる。すでに土

山に来りしころ。わがおや

ざとの町内。つばや勘七

 

郎とて。心だていとやさし

き男に出合。かれも下向

なりしかば。うちつれ京と

に下こうす。先さや町みち

なれば親もとへ立よりけ

るに。父母のいわく。跡にて

おつといと。ふくりういた

されしかば外の事にも

あらざれば。やう/\にし。な

ためき。いそぎかへるべしとて

母親むすめをつれ。夫の

家にいたるに。おつとよろ

こはず。殊におほくの女

づれをわかれ。わかき男と

 

 

11

只両人下こうせしこと。猶

もつて。あるまじき事也

と。もつての外にいかり。ず

でにいといまをつかわす也と。

女のてうどなど。あららか

に。なげ出しぬ。女ぼう限り

なくかなしみ。我つてにお

くれし事は。はからざる。わ

ざわいなり。まつたく好(このみ)

し事にもあらず。殊に

わかき男と下向せしこと。

これわが。あやまりなれば。

御うたがひはことわりなれ

ども。つゆ不義らしき

 

ことばだにかわさずと。

さま/\に誓詞(せいし)なと書(かき)。

云わけせしかどついに

きこへず。なんぢ神明を

かすめ。ふぎをおこなふ程

の。ものなれば。誓詞も。しんし

がたし。いとまの状をつかはさ

んと硯にむかい筆をそめ。

三くだり半に書ども/\。

あとよりしらかみに成

ければ。男あやしく思ふ所

に。ふしぎやいづくとも無。

御祓(はらい)ふりくだり。女の頭(かうべ)

にやどりたもふにぞ。女に

 

 

12

ふぎなき事あらわれ是

よりしておつときいの

おもひをなし二たび女を

つれ又御礼まいりをいたし

ぬ閏四月十一日のことなり

▲「参詣縊の奇瑞」

大坂道修町にかゞ田や喜平

治とてすゞや有しが小

者に伝吉とて十四才同

し年ごろのわらは五六人

云合ぬけ参りをなしぬ す

てに片町にいたりしころ喜

平次きゝつけもつての外

いかりをなし自(みづから)わしり行

に町の?にておいつき小

 

がいな取て引つれかへりき。

伝吉いとまんぼくなく。心に

うれい。かゝる時節さわ一

人。引もどされし事。友たる

ものに。かさねておもてを

だに。あわされずと。一瑞(ずい)

に口おしく。其夜一まに

入。くびくゝり死す。よく朝(てう)

是を見て。家内おどろき。

生国たんばなりしかば。

おや里に人をつかはす。此

とき丹波の父母も。さん

ぐうをなし。るすなるゆへ。

しがい。ほうむるべきやうも

 

 

13

なく。おや下向のせつまで

まちにきしかるに伝吉。

さそひあわせしつれ八日

めにげかうせしかばた

ちまち伝吉よみがへり。

身心つねのことし。喜平次

此奇瑞を眼ぜんに見し

かば無道(ぶたう)なる心をやわら

げ伝吉をともなひ家内

のこらず参宮をぞなし

ぬ。是は閏四月十六日の事

なりまことに神明の

御きづいあらたなる事

にぞはんべる

宝永千歳記巻之第三終

 

(コマ3に戻り下段へつづく)