仮想空間

趣味の変体仮名

宝永千歳記 巻之二(コマ27~39下段のみ)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554612?tocOpened=1

 

 

(巻之二:下段続けて読みます)

 

27

宝永千歳記巻之二

  智恵鏡文珠の呪諷(まじなひ)

夫(それ)陰陽。昼夜。進退。得失。存亡。是非。

善悪。有無。二つの中に。智者は作罪(ささい)

に。臆病なるゆへ。為(なす)ところ善なり。

愚者は造悪(ぞうあく)に大膽なるゆへ。為所(なすところ)悪

なり。是皆一心猛気。さかむなる故。人

を恐(おそる)るといふことなく。其身情ざるは

愚者也。されば藤兵衛身のうへ。心の

玉曇(くもり)きつて。又殊ならぬ憂(うき)道中。

すえは吉田か。しらすかの。あても荒井

の渡し過。につ坂まで下(くだり)ける。此宿に

 

 

28仙台屋の九平次とて。隠(かくれ)なき旅宿(はたご)

屋有しが。藤兵衛その以前。登(のぼり)下りの

定宿にて。此度もたづねけれは定主

内儀も目かどつよく。久ぶりの御下(くだり)と。

むかしに易(かはら)ぬ馳走ぶり。内儀はなをも

心よく。乳(ち)のみ子を抱(いだき)ながら。誠にお前

の御事は。ふだんお噂申まし。皆々悦?(よろこび)

子細は。私初産。あの惣領を悦ます時。

殊の外大そうにて。折節姥(ばゝ)は見へませ

ず。旦那は留主なり女(をなご)どもが。わや

くやと。近所の内儀を呼たてまし

ても。一つも埒の明ぬ所に。おまへの

 

まじなひ。研鉢(すりはち)をうつむけにして。摺(れ)

木(ぎ)にて彼(かの)事。奇妙といふも不思議

に。何の怪我なく産(うまれ)て後。あくはら

の咒詛(まじない)まで。教(おしへ)給ふ御恩。今年兄め

は。九つになり候が。夫よりうむ度毎に

研鉢を?(わり:搤:搕)候に。いづれも輙(たやすく)。はや当年

まで。八つのうち破(わり)候。証拠は是見給へと。

八九人車坐に並(ならべ)られしに。藤兵衛をか

しく。是はいかい御精が出ました。其上

いづれも器量よく。末に果報のしるし

とて。此耳の大さと。追従の山をかざれば。

夫婦よろこび限(かぎり)なく。幸天気も曇

 

 

29(挿絵)

 

 

30

ますれば。明日は雨にて候べし。まづ二三日

も逗留あそばし。日和も見定(みさだめ)お下りと。

幸なる挨拶。よき首尾を見合。わが身

のうへ有のまゝ語ければ。夫婦ともに

頼母敷。人はおちめが肝腎なり。然は是

に留り給へ。其内にはいかやうの奉公の口

も候べしと。他人には珎敷此心底に力を得。

暫滞留いたし。けれども。幸成よしもな

かりしに。此家の旦那寺。流泉寺といへる

に。同宿坊主の口有て末々(すえ/\)までもた

のもしき事。ひたすらに勧られ。心に

任(まかせ)ぬ青道心。名も霊性(れいしやう)と改め。鬼にも

 

衣の徳によつて。先身命をつなぎぬ。さ

れば此寺に付哀なる物語有。そのかみ

につ坂の宿に。隠(かくれ)なき出女。名をさよと

よばれ。性質(うまれつき)あてやかに。情有女なりしが。

かなやの里に契(ちぎり)かさねし男ありて。行

ける道にて。盗人に逢(あひ)。殺され侍り。其

女。はらみて此月。子うむべきにとあり

けるに爰の少こかげ山の麓に。ある法師

の住けるが。哀がりて此女が腹を割子を

取出し育(そだて)。其子十四五に成ける時。法

師かう/\と物語しければ。うち泣(なき)て。

法師にもならず。寺を忍び出て。池田の

 

 

31

宿に行て。ある家に奉公し。田を作。柴を

樵(こり)て月日を送り。立居寝起につねに

口づさみて。命なりけり。佐夜の中山と

いひけるを。主聞て。日ごろ経て後に

問けるは。常に命なりけり。佐よの中

山と。云歌を口ずさみ侍(はんべ)るは。いかなる

ゆへぞと云。此者うち啼(なき)て。我は腹の

内にて母に別(わかれ)。父も行方なく成ぬと

いふ。主(あるじ)驚(おどろき)て曰。はらの内にて母に後(をくれ)

たりとは。いかなる事ぞと問ば。我母は

其の生月に当て。人に殺されて空く

成けるを。腹を割て取出し。育られしと

 

いふ。主の曰。夫は佐夜中山にての事

なり。其殺せし盗人は。隣の家の主也。

其時母が身に着たりし小袖は。何々

の色なり。不便(ふびん)なる事ぞかし。敵(かたき)を

討なば。我も力を添。侍らんとて。其夜

隣の主を討けり。命なりけりといふ

歌を唱(となへ)て。親の敵を討けり。其子は

出家して山に籠(こもり)。父母の菩提をとふら

ひしは。則(すなはち)此寺なり。但(たゞし)無間の鐘。此寺

に有。昔は撞(つく)人も有しとなん。今は撞

人も無(なし)。いにしへ西行法師。修行の序(ついで)

に。此所を通(とをり)て。かくなん

 

 

32

 年たけて又越(こゆ)べきと思ひきや

  命なりけり佐夜の中山

と読けるとかや。新古今和歌集に記

せり。其外古今和歌集にも。よこをrk

ふせる。佐よの中山など。読侍りき。

  神変(しんへん)不思議鶏鳴(けいめい)の時

夫(それ)日本は始氏国(きしこく)とて。先(まづ)女をば上に饗(もてなし)。

男は下に子(ね)の日の松。飾(かざり)やうに次第あ

つて。男松(をまつ)をば先へ立(たて)。次に女松(めまつ)を立(たつ)る

事。是男女(なんによ)の婚合(こんごう)にひやうし。其作法

有といへば。智恵なる人。口に手をあて。

其式法は。乱(みだら)にても苦(くるし)かるまじ。今の

 

世は。商人(あきんど)。職人によらず。浮世の種をま

き覚(おぼへ)。正直をも望姓(もとで)とし。愛敬を。おもて

に飾(かざり)。しにせをば。朝夕きよめ。帳面に

馳走して物まへの苦患(くがん)をのがれ。子孫

相続して其家の久敷ことを願べし。是

儒仏の眼目なり。天下の万民いづれ

儒仏の二つを漏(もれ)ん。仏者は学文(がくもん)せざれ

ども。浄土宗は念仏唱へ。日蓮宗は題

目となへて。事すむなるべし。儒は仮物

にも学文せざればならぬゆへに。儒法

を満りる人希なりといへは。此男袖に

すがつて。いや/\さにはあらず。天下の

 

 

33

人民。上下とりに皆儒者なり仏者は

魚肉を食せず。酒を飲ず。君臣といふこと

もなく。夫婦と云事もなければ。婚合

の味もしらず。味をしらねば美人をみて

も馬の耳へ風にひとし。愛着(あいじゃく)の心な

ければ。今時の出家を生仏(いきぼとけ)と云也。庶民

いづれか。此禁法をまもるや。然は仏者には

あらず。皆儒者なり。若(もし)僧の外は魚肉。

女犯(によぼん)。くるしあらずと云(いわ)ば。僧も何(なん)ぞ是を

忌(忌む)べき。何故(ゆへ)に誡(いまし)めを行(おこなふ)て人を免(ゆるす)や。

其儀相違(たがう)ことかくのごとし。然は万民其

正道を第一とし。面々の身過を守れば。

 

(挿絵)

むくもと

の女死し

て後霊

性にうら

みをいふ

 

 

34

現世に則福徳来り。災難を脱(のがる)べし。

されば霊性坊。始より出家の心至ら

ねば。もとより後生の種もまかず。

欠(あくび)かたてに抹香のかざ。如何にしても

虫が嫌ふと。仏の事そまつにせしが。

或時住持詮議を仕出し観音堂

散銭。きわまつて月に二貫の内外は。

たれ/\も知(しる)事なるに。去年の秋より

壱貫文もあるなしは。不思議やしかも。

参詣うすきにあらずと。賢(かしこき)小僧に

気を付させしに。案のごとくに霊性坊(れいしやうぼう)

手くせの悪ひ事をみつけ。石こ詰に

 

極しを老僧の侘ことにて漸々と命を

ひろい。又上方へ追戻され是より三界

無縁妨。仏のまねの辻談議。かたこと

まじりに売僧(まいす)をいへども人相がら殊

勝ならねば野宿きへ心に任(まかせ)す今は漸々

伊勢地へ来り。往来に情を請て。其

身命(しんめう)をつなぎぬ。爰に宝永二年。三

月の事也とよ。摂州東成玉造の町。

和泉屋玄左衛門小者。幾之助といへるは。

阿州平野の者にて。其氏(うじ)も拙(つたな)からず。

過し年より。父智恵付にと預置しが。

性質(つき)聡明にて。読書に譓(さとく?)。誠に八歳

 

 

35

にして小学を読。今十二三の年齢に

して。経史(けいし)にいたるゆへ。主人寵愛して

多(おほく)の書(しよ)を求(もとめ)あたへ侍る。爰に二月廿二日

は。天王寺聖霊(れう)会(え)。石の舞台にて伶

人の舞有。貴賤群集(くんじう)袖をつらね。花に

うつすやいろ/\の。物売(ものうり)狂言綺語(ききよ)と違(ちがい)。

伊勢御夢相(ごむさう)の御業。ちかう寄て此由

来を聞給へと。二間四方(よほう)のかけ物に。伊勢

道中の名所をしるし。さま/\の絵説(えとき)を

聞(きく)に。是此所が宮川とて。垢離(こり)をかき身

を清め。扨中河原へ八丁あり。右の方に

山田への道。左の方に御馬(をむま)の社。山田の

 

家数二万軒。宮尻町の左の方に月

横の宮。右の方は神路山。さて其次が

みたらし川。是よりも外宮の御本社。是

豊受皇(とよげくわう)大神宮とも申也。左右に神璽(しんし)

宝剣の宮とて。二つの社わたらせ給ふ。

さて宮廻は左の方より四十末社を廻(めぐる)

なり。是から天の岩戸様。そも此天の

磐戸と申は。昔天照皇大神宮こもらせ

給所とかや。是よりさきが内宮様。間(あい)の

山にはおすぎ。おたまと。口上に花をさか

せば。皆/\尊(たつと)く興を催す。中にも彼

幾之助是を聞(きゝ)。誠に有難き御事。我

 

 

36

過し頃より。参宮の願あれども。幸成(さいわひなる)

つれもなし。いざ思立。腿参(ぬけまいり)を致んと。思

より。はや物ごとの手にそまず。是より

も。路(ろ)銀の才覚。両替屋のならひてて

不断金銀とりなやむ。折を見合金子五

両。銀四五十目手ばしかく才覚し。母より

得たる守袋。道中怪我なく守らせ

たまへと。氏神をふし拝。なを一筆の書

置に。かくなん。

 一私儀。去(さん)ぬる頃ゟ御参宮之望御座候

  所々頃日其混参詣(このごろはひたすらさんけい)仕度(たく)奉存候ニ付

  則(すなはち)金子五両。銀五十五匁七分。為(ため)路銀

 

  借(かり)出申候處。誠ニ此度御願も不申上

  心任(まかせ)ニ仕候段。憚(はゝかり)多(おほく)御座候へ共。諸事

  御免(ごめん)被(され)遊(あそば)。可(べく)被(さる)下(くだ)候。以上

二月廿六日の。夜半の鐘すぎて後。しのび

足にて表へ出。まだ夜(よ)やふかしと詠(ながめ)ける

に。平方(ひらかた)へ行(ゆく)馬の鈴。幸と是に付(つき)て。京

橋へ出ければ。はや夜も明(あけ)て嬉きとき。

菅笠に気が付。片町にてこれを求(もとめ)。只

一筋に参宮を致(いたし)ぬ。跡には主人書

置を見て。是は目出たい。でかしたり。

定てつれが有けるか。假(たとい)連(つれ)がなき迚も

あなたの道は苦(くるし)からず。路銀も是程

 

 

37

用意すれば。定て不自由は有まじ。

まづ御酒(をみき)をば上ませと。自(みつから)清め奉つ。

神酒の滴(したゞり)あなたに届(とゝぉ)。岩戸の前に

酒(みき)の泉有事。これ神道の奇妙なり。

去程に幾之助。今日五日めは。おばた泊(どまり)

と心ざし。金剛坂まで来(きたり)ければ。はや

入逢の鐘をつく頃。霊性も後前(あとさき)へなり。

いづかたへと尋ければ。幼(をさな)心に旅馴ず。

道の案内或は又。路銀持参の次第迄。

道づればなしに語ければ。霊性是を

聞とひとしく。猶懇頃に詞を尽し。

此先に我が在たる能(よき)宿の候まゝ。いざ

 

諸共に参べしと。人影見へぬ頃をひ。

爰やかしことともなひ。剥取んと仕

けれども。旅人の絶間まきゆへ。其

首尾もなし。爰に霊性其以前より。

したしく語りし。山田屋仁平次(にへいじ)とて。い

とまどし(貧し)き宿屋有しが。此所に連(つれ)

行。共に宿を求しばらく。休息して

後。幾之助はよねんなく寝入ぬ。その後

霊性(れいしやう)人しづまり夜更なば。幾之助が

金子を取。何方(いづかた)へも落んと思ひ。その

支度をなしけるが。霊性急度(きつと)おもひ

ける様。さるにても此事。明日(めうにち)詮議有

 

 

38

は仁平次われを能見知れる故。当地

に住居(すまい)は成がたかるべし。假(たとへ)他国へ落行

しとも。仁平次身のせつなるに任(まかせ)。我を

尋る物ならば。終にはさがし出さるべし。

所詮此儀は。仁平次に様子を語(かたり)。両人

して金子を分取(わけとり)。かれめを密(ひそか)に刺ころし。

其影を隠(かくし)なば誰かしる者もある

まじ。殊に夜更て連来れは近所にも

知者(しるもの)なしと。夫より亭主に次第を

かたり。御身の心一つにて。両人ともに

浮(うか)ふる事也。是思案顔がいる事かと。耳

に口寄(くちよせ)さゝやきけるにぞ。欲と云虫

 

おそろしくも亭主合点し。死骸埋(うづむ)

る穴まで堀置(ほりおき)。すでに夜も更。近所

静まりて後。さし足にて探(さぐり)みれば。前

後なきありさま。額髪をちから草。心(むな)

もとを刺通し。子細なく殺て後。金子

さがせと手に当らず。先火をともし

死骸を見しに。南無三宝わが一子。当

年すでに十一なりしを。朱(あけ)の血に染

しぬ。時に不思議や幾之助は。同(をなじ)邊(ほとり)に

臥(ふし)居たりしを。白髪たる老人来(きたり)。爰に

永居(ながい)は無用なり。我が住(すむ)家に来る

べしと。手を引。とある家にともなひ。

 

 

39

是に一宿せよとて。さま/\に馳走を

尽し旅のつかれを良(やゝ)暫(しばし)。うつゝともなく

道の案内。教給ふ。夢心に。夜はほの/\

と明野(あけの)茶(ぢや)屋。起て行末子細なく。幾之

助は御参宮申。十二日めに難波津へ下

向をなしぬ。誠に有難き御加護かなと。

聞人感じ侍りぬ。扨亭主は霊性

恨み。おもわずしらず高声(こうじやう)になり。

我子の敵(かたき)など。夜の中(うち)より口論せし

かば。近所に聞付。すでに此事顕し後。

両人ともに。深く罪にしづみき

宝永千歳記巻之第二終