仮想空間

趣味の変体仮名

宝永千歳記 巻之三(コマ3~13下段のみ)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554613?tocOpened=1

 

 

(巻之三:コマ13まで下段を続けて読みます)

 

3

宝永千歳記巻之第三

 神明奇瑞の御祓(しんめいきずいのおはらい)

夫(それ)生(しやう)は始(はじめ)死は終(をわり)なり。共に陽陰の

儀にして。昼夜四季行はるゝと。異(こと)な

る事なし。然るを談議まいりの禅門

世の中に立かねたる比丘尼(びくに)など。人

死するを無常と云。なんぞ死する

がつねなきことにや。是を聞なれ愚者

は迷(まよひ)てみな無常と心得あるは福有(ふくゆう)

なる人説法の坐につらなるて談議

聴聞せしに。一念名号に百千無量

の功徳ありて。たとひ五逆十罪人

 

 

4

も臨終正念まさに極楽うたがひ

なしと。富楼(ふるな)の弁にすゝめられ。頓て

宿人かへりても此世はわづかの假の宿

長き来世こそ大事なれと。一しん

不乱にかねを鼓(たゝ)き。念仏に入し人も

其身に病出れば醫師(くすし)をたのみ験(しるし)

なければ。爰の御祈祷あしこの御

封(ふう)。つまる所は神々に立願(りうがん)こむる是。

かなしき時の神たのみ。さぞおかしく

やおほしめさん。かやう成愚(をろか)の人に。

寿(いのち)は生(いk)どをし。楽(たのしみ)は常楽(じやうらく)。空に春(しゆん)

秋(じう)なく時に昼夜も。日月も。なしな

 

どゝすゝめば実(まこと)とやおもふべし。かゝる

人世におほきゆへ。我国天照大神の民

として。日月陰陽の徳をかろしめ眼前の

御きすいきゝても。いぶかしく思ふ人あり。

舎(いへ)人親王のたまひしは我朝(てう)の人とむま

れ。天照大神をあがめ奉りてこそ王道

の政(まつりごと)もたち。武運も長久に百姓冥

理も商(あきない)冥加もあるべきに。神道をあざ

けり。あなどりて。外の教(をしへ)を専らにせば。

我親をうとみて他人の親を愛する

がごとしと。のたまふ。誠に神明の御奇瑞。

露兎(つゆう)の毛の先程も疑(うたがふ)べき事なし。爰

 

 

5

宝永二年卯月朔日のことなり。洛陽一

条通。万年町に。松屋文左衛門とて指物

屋あり。然るに一両年めしつかへる小者。

名を長八とよぶ。生国伏見の者にて当

年十二歳とかや。此家に過し夏生(うまれ)し

小児あり。此小者が役として不断外に

つれ出あそびぬ。内々此わらは参宮の

心ざし有。漸(ようやく)百文の銭をもち。彼小児

を負。そとに遊ながら。直に脱参を

成ぬ。跡には且て此ことをしらず。朝飯(いひ)の

過しより。日昼(ちう)まで帰らざるゆへ。家(け)

内の人其邊を尋けれとも。さらに

 

(挿絵)

おいの山

 おどり

 

 

6

かけなし。爰に隣町(りんちやう)の人云。其童(わらは)は小(せう)

児(に)をば負(おひ)ながら。三条通を東に行と

おぼへしが。いかゞ慥(たしか)見知り侍らずな

ど。語りけるに。父母おどろき扨は脱(ぬけ)参を

致せしにや。いかに思慮なきとて。幼き

ものを負ながら。悪(にく)きわざなり。いさ

追かけ留侍らんと。主人と手代いき

まきして。大津の方へ走(わしり)。道すがら。か

れが事尋るに。今朝其わらは通し

など咄ければ。疑(うたがふ)べくもあらずと。既(すてに)

大津に出。船場にて是を聞に。船には乗

も得ず。直様行しといふ。猶是より一

 

あしして漸草津のやぐらといへる在所

にて。かけつけ。先は小児を懷取(いだきとり)。さん/\に

童を罵り。いそぎ帰るべきよし。申ける

にぞ。小者涙をながし。我久敷もねかひ

達し。漸此所まで参りし事。せめての

御情に。我ばかりは。参らせ給はれとて

無をわかたず。小者は参宮をなしぬ。主人

もつての外いかり。我子をつれ京に帰りき

其時はや夜の五つに過ぬ。小児今朝より

乳食(にうしよく)せざるゆへにや。いたう泣しが。眠(ねむる)が

ごとく死す。父母おどろき。醫薬手をつ

くすに。甲斐なし。是皆長八めがわさな

 

 

7

りと。深くうらみ。翌日わが頼し寺に

埋(うづみ)き。かくて父母歎(なげく)事かぎりなし。小

者帰りなば。敵(かたき)を取べきなど。さま/\と

かこちぬ。去程に長八は。九日といへる日(につ)

昼(ちう)に。恙なく小児を負て下向し。彼町

内に入る。町の者さわき出。奇異の

おもひをなし。頓て父母につぐる。父母お

どろき駈出て此子を懐(いだく)に。はたして

我子なり。人々餘りに怪(あやし)み彼寺に行。

うづめし塚を堀出しみるに。御祓を埋

たり。前代よりためし希(まれ)なる。御奇瑞

なりと。聞人感じ此家に市をなして。

 

 

8

祈(いのる)。此明神を出。二三町も過行しころ。

跡より。六十ばかりの老人。われに詞

をかけ。何方へととふ。しか/\のよし答ふ。

老人曰。いざ暫しの程は。道を同うせん

と。是よりつれだち折々浪人。道がたの

家に入。乳汁(にうじう)を乞(こう)て小児にあたふ故。

少もうゆる事なし。程なく草津の。

やぐらとかやにいたりし頃。彼人いわく。

汝はさきに行べし。我は此所に用事有

と跡に止(とゞま)る。其後より。老人の致せし

ごとく。折々乳(ち)をこひ与ゆるに。何方に

ても。心よsく。小児をやしなふ。泊り/\

 

も。自然としるなり。路銭も亦(また)たへま

には爰かしこにて得さする人有。少も

道中くるしき事侍らずと語けるに。

きくひと感じ侍りき

  洛陽あまべ村。祓(はらい)の奇瑞

夫(それ)世の人神に祈は。智福、寿福、貴福、

財福、行(ぎやう)福、子孫繁盛の福。、天下安全

の福。右七福なり。しかるに後代(こうたい)に誤り。

えびす。大黒。ほていなどを。七福神と名

付。是を尊祭して福をいのる人有。然

らば外の神々は。福をあたあへ給はずや

すべて神と云かみに。道理にかなふて

 

 

9

祈(いのる)に。福の神にあらざるはなし。亦道理

に違(ちがい)て福を祈れば。貧乏神にあらざる

神もなし。中にも目の前に必定たし

かなる福の神は・天照大神(しん)なり。爰に

洛陽白河ばしの東。あまべ村。一向寺(こうてら)に。

十二三の新発意(しんぼち)あり。つねに読書

に哲(さと)く。その心すなをなりしが。此度

参宮をのぞみ。所存の程かたりけ

れども。住持(じうじ)なる人これをゆるさず。

夫わが法は一向一心とて。もろ/\の雑(ざう)

行(ぎやう)をねがはず。殊に法師の身として。

俗人には事かわるべしと教訓をなし

 

(挿絵)

 

 

10

ぬ。しかれども新発意さらに承いん

せず。住持(しうし)の命(めい)をそむきて脱(ぬけ)参宮

を心ざし。三条通を東にいたる時。家来

かくとつげしかば住持人をして走ら

して。新ぼちをよびかへし汝此あいだ

教訓せし法を用ひず。抜出まいらん

とせしこそ。きつくわい也と。両手を

かたくいましめ。一間に入置。いりくちに

錠(ぢやう)ををろし暫くこらしめとなす。やう

やく一時もすぎて後。近所の人此寺

に来り。しんぼちを能(よく)参宮なさし

めたまふ。大津京町にてあい見しが。

 

きげん好(よく)参られしなど。語りける

にぞ。住持ふしぎの思ひをなし。一間を

明これを見るに。新発意は影なくして。

御祓(はらい)をいましめをきたり。住持おどろ

き頓てほどき奉り。是より尊祭を

なしぬ。此奇瑞をきゝつたへ。寺にあゆみ

をはこび。御祓を拝し奉る人幾千万

の限りなし。それより六日といへるに。

しんぼち下向なりしかば。住持よろ

こび右の子細をかたり。急ぎはいし

奉るべしと。納(をさめ)置たる箱を見に何方

へか。はらひは飛(とび)行たまふ。かゝる奇

 

 

11

瑞(ずい)より。都の人。神ばつをおそれ。一に君

二に父母。三に賢師。四に身を修め。心を正

しうする。五に欲うすくして。此度の品。

乞はざれども金銀米銭(べいせん)を人にほどこし。

善をこのむ。六におのれをつゞまやか(う?)にして。

人をめぐむ。七つには其身たゞしく神

明を尊さいするゆへまねかざるに

さま/\の福来る。是すなはち七福神

なり。よくたつとみ。たまふべきことにぞ

  追剥初瀬(はせ)越(こへ)の奇瑞

花になく鶯。水にすむ蛙(かわづ)。いきとしい

けるもの。自然の和歌をよみ。それ/\の

 

智徳をうけて。身をやしなふ中にも。

人は万物の霊とて。たつとく。道は千者(しや)

萬別(まんべつ)なれども。里は一つにして。其元は

皆身を立。いへをおさむるより外なし。

この中に善あり。悪あり。善をなせば。

家久し。悪を好めば家をやぶる。人に倶生

神あり。いへに三戸有。是善悪をたゞさ

んため。鉄(てつ)帳鑑の二つをひかへて。天帝へ

訟(うつとう)る。爰をもつて。中庸にも君子は其

見さる所を戒(いましめ)慎み。其聞ざる所を恐(おぢ)

懼(おそ)るとなり。是は人のきかぬ所。是は人の

見ぬ所なりと。ことを行ひ。せけんに

 

 

12

露顕する事有て。後にくゆるもの多

し。是愚者のなす所なり。爰いすぎし

弥生のころ播州姫路。本堀町の人。参宮

を心ざし。はせこへにまいりぬ。同者も六

七人なりしが。路銀おほくたくはへkるを。

道より盗賊つきそひ。我も参宮なり。

御供いたさんなど申ければ。姫路の人

はだをゆるし。此うへは心をおかず。同宿も

致べしなど。道すがら語りき。此盗賊

心によろこび。今宵やど同じうせば。夜

ふけて是を取。いづかたへも走るべしと。

猶したしく交(まじは)りゆく時。にわかに雷電

 

にあひて。雨はしのつくごとく。からかさ

ほどの光。間もなくひらめき。山も崩(くずれ)

川もさけなんと思ふほど。鳴ひゞき

ければ。何れもおどろき。小(ちいさ)き辻堂

の内へ。こみ入けるに。堂の軒ちかく雷(らい)

おち。おびへて皆々一同に死(しゝ)たり。あと

より往来する人これを見て哀なる

事なかと。いづれもつぶやき。此まゝに

ておきなば。炎暑なれば死骸も

腐爛(ふらん)せん。あさましき事なるべし。何(いづ)

この人はしらざれども。火葬にして

骨をあつめ。しるしを立(たて)て置なば。いか

 

 

13

が侍らんと里人に訴(うつたへ)ければ。いみじこ

慈仁(じじん)なるべしと。いふより。二人まで火葬

せしあとは。一人づゝ皆よみがへれり。両

人を。たづぬれば。かくこそ有つれと。里

人ども答ふ。いかにとせんも。かいなし。

此火さうせし両人は。盗賊なり。ひめぢ

の人。七人ともに。別条なく参宮をなし

ぬ。是悪人雷にうたるゝといふ。説(せつ)古へ

より多し。陰陽の博撃(はくげき)は怒気なり。同

気相求(あいもとめ)同声(せい)相應ずる故に必(かならず)。悪人

うたるべき也。是を思ふに假借(かりそめ)の 旅にも。

道連をよく斗(はかる)べき事にぞ