仮想空間

趣味の変体仮名

人論訓蒙図彙 一巻(公家・武家・僧侶等とその周辺)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592439?tocOpened=1

 

 

3

上(かみ)貴(たつと)き公卿より庶人(しよじん)の賎(いやし)きに

いたるまての其所作をくわしく家々(いえ/\)に

尋(たつね)て来由(らいゆう)をたゝし或は唐大和(からやまと)の

書にあるを考へあつめて人論(じんろん)

訓蒙図彙(きんもうずい)と名付る物なりし

 

 

4

「大臣」摂政関白(せっしょうかんぱく)一人(いちのひと)大臣の上(かみ)に

     座するによつて一人といふ「五摂家」近衛 九條 二條 一條

鷹司(たあkつかさ) 已上五家を摂家といふ也其ゆへは摂政関白を極官と

して太政大臣をば望み給はず太政大臣は清花(せいぐわ)の極官也摂政は

政(まつりごと)を摂(とる)と読(よみ)て天子にかはちて万機の政をつかさどるゆへ也

然は天子御幼稚の御時か又は女帝の御時に摂政は有也。天子

御成人にて位(くらい)につき給ふときは関白斗也。摂政は。唐土(もろこし)にては周(しう)

公旦(こうたん)よりはじまり日本にては推古天皇の御時聖徳太子摂政し

たまへり是は皇子なるゆへに試(こゝろみ)の摂政といふ也。臣下摂政の

はじめは清和天皇の御時忠仁公良房(ちうしんこうよしふさ)也。関白は関白(あづかりまうす)と読(よみ)

て天子の勅使をうけ給りて天下の政をとりおこなふ職也

唐土にては漢宣帝(かんのせんてい)の御時霍光(くはつくはう)といふ臣下是はじめ也 日

本にては陽成院の御時昭宣公基経(せうせんこうもとつね)はじめ也是より摂

 

政関白彼(かの)家に伝(つたは)りて他家にうつる事なし今の五

摂家も此御子孫なり此五家(か)いづれに高下なし時の

官位次第に上座あり摂政関白を三ヶ年づゝ持給ふ也

「静花(せいぐわ)」転法輪(てんほうりん)三条 西園寺 徳大寺 花山院 大炊御門(おほいのみかど)

久我(こが) 今出川(菊亭也) 右七家を清花といふ。又は花族(くはぞく)の君(きん)

達(だち)ともいふ此家太政大臣を極(きはあり)として侍従(じじう)より段々に上りて

大臣にいたるなり右の外に大臣家(け)といふ家有 三條

西三条 中院(なかのいん)是也 惣じて大臣にいたる家十五家有也

委(くはしく)は職原諸抄(しよくげんしよしやう)に見へたり

「卿(きやう)」大納言 中納言家は 羽林(うりん)名家 羽林家といふは先祖より近衛司(こんえづかさ)を経(へて)

少将中将より昇(のぼり)て中納言大納言にいたり。三儀を極と

して武官を兼て劔笏(けんしやく)を帯(たい)する家也大納言にいたり

 

 

5

ぬれば大臣の与奪によりて節会(せつえ)官奏(くはんそう)叙位(じよい)除目(じもく)以

下(げ)の公事(くじ)を行(をこなふ)也

羽林家(うりんけ)」四辻(よつつじ) 中山 飛鳥井(あすかい) 冷泉(れいぜい) 六条 阿野 清水谷

小倉 橋本 松木(まつのき) 姉小路 綾小路 庭田 持明院 川端

滋野井(しげのい) 水無瀬(みなせ) 園(その) 難波(なんば) 白川 四條 鷲尾(わしのを) 山科(やあmしな)

西大路(にしおほち) 油小路(あぶらのこうし) 已上二十五家(か)也。名家先祖より文章をた

しなみ手跡をみがき儒道をまなび弁官を経て節会(せちえ)抔(とう)

の識事(しきし)を兼(かぬ)る家也此ゆへに才名(さいみやう)をもつて家を立(たつ)る也

「名家(めいか)」日野 廣橋(ひろはし) 烏丸(からすまる) 柳原 甘露寺 葉室(はむろ) 万里(までの)

小路(こうぢ) 勧修寺(かんじゆじ) 中御門(なかのみかど) 清閑寺(せいかんじ) 小川坊城(こかはぼうじやう) 竹屋 已上十二家也

「羽林名家之外(うりんめいかのほか)」高倉 高辻 五條 坊城 唐橋 五辻(いつつじ)

竹内(たけのうち) 富小路(とみのこうぢ) 土御門(つちみかど) 舟橋 已上十家也此中(うち)にも名

 

家(か)同し家もあり又は大中納言を極として或は散(さん)二位を先途(せんと)

とする家もあり然とも少中将弁官を経ざる輩(ともがら)は暫(しばらく)名家

羽林の外(ほか)に記すなり

「新家(しんけ)」といふ家あり本家より多く家を立るをいふ也代々に

出来(しゆつらい)する也 松殿(高松家也 今はなし) 藪内(やぶのうち) 堀川 樋口 平松 下冷泉(しものれいぜい)

日野西 藤谷(ふぢたに) 櫛司(くしげ) 東園(ひがしその) 久世 花園 裏辻 岩倉 七條

梅園 千種 塩小路(しほのこうぢ) 倉橋 已上十九家也

「又」野宮(のゝみや) 大宮 伏原(ふしはら) 押小路(をしこうぢ) 裏松 勘解由小路(かでのこうち) 梅谷(むめだに) 池尻

武者小路(むしやのこうち) 桂 田向(たむき) 山本 交野(かたの) 薗池(そのいけ) 芝山 長谷(ながたに) 町尻(まちじり)

若江(わかえ) 亀谷(かめだに) 町口 滋岡(しげをか) 風早(かざはや) 東久世(ひがしくぜ) 小沢 佐々木

中川 細野 葛岡(くづをか) 已上二十九家(か)也

 

 

6

内侍司(ないしづかさ)」尚侍(しやうし)此間二人有

位(くらい)相当従三位也禁中

諸事内証にて御門(みかど)へ奏(そう)

聞(もん)申事又は下へ仰出(いだ)さるゝ

事をつかさどり其外

禁中の礼式命婦(みやうふ)抔(とう)を

えらぶ役也内侍の第一を

勾当内侍(こうとうのないし)といふ也長橋の

局に居するゆへに長橋

の局とも申也勾当内侍勅(ちよくを)

奉(うけたまは)りて書出す文を女(おんな)奉

書といふ出家醫師等(とう)の

官位は大形(おほかた)内侍の取次にて

上卿(しやうけい)へ申伝(つたう)る也 外(ほか)典侍(てんし)

 

四人掌侍(しやうし)四人是もつかさどる

事内侍に同ししかれども

御門へ奏聞申事又勅を

うけて申出す事をはせざ

る也是内侍におとれり上臈(じやうらう)

小上臈(こしやうらう)中臈(ちうらう)下臈(けらう)の品(しな)あり

上臈は二位三位典侍をいふ也

是は御門の御陪膳(はいせん)にまいらる

るなり小上臈公卿の女をば

善悪をえらはず小上臈と

いふ也中臈内侍の外織物類(たぐい)

を着せざる也侍従(じしう)女已下(むすめいけ)也

太夫(たいふ)良家(りやうか)より下醫(しもい)陰道(をんたう)

の女(むすめ)を中臈といふなり。八幡(やはたの)

 

 

7

別当のむすめ凡(およそ)一切者(いつさいのもの)多

くは中臈の品(しな)也下臈は諸侍(しよし)

賀茂(かも)日吉等の社司(しやし)等が

女なり凡女房は上臈小上

臈内侍の外夜の御殿(おとゞ)にいらず

朝餉(あさかれい)の内にいらず只中臈

は朝餉の縁をわたる下臈は

わたらす御服(ごふく)に手をふれず

女嬬(によしゆ)」式法百人あり職原抄(しよくけんのしやう)

御所中(ちう)の掃除さし油等の

役也其外得選(とくせん)采女(うねめ)刀自(とじ)雑仕(ざうし)

上童(うへわらは)下仕(しもづかへ)等さま/\゛の女官(によかん)

の品々職原抄に詳(つまひらか)也こゝに

略す

 

「奥様(おくさま)」御方様 公家の内室

家務(かみ)様といふ也 「御前様(ごぜんさま)」武家

大名の内室 「若君(わかきみ)」若殿公家

武家共に幼少より家督をう

けとらるゝまでをいふ

「御児(おちご)」公家の子息十五よりうち

をいふ 「姫君(ひめきみ)」公家武家同じ

「御料人(こりやうにん)」諸侍(しよし)の娘を云

「御乳人(おちのひと)」公家には名をつけて

よぶ也たとへば久(ひさ)御乳人(おちのひと)誰(たが)

御乳人などよぶ也 「婆(うば)」平人(へいにん)

「御左進(おさし)」公家武家同じ

「茶小性(ちやこしやう)」公家武家同じ

 

 

8

「御腰元(おこしもと)」公家武家平人

とも通じていづ也

「御物師(おものし)」公家武家同じ

「物縫(ぬい)」平人(へいにん)おいま同

「茶間(ちやのま)」公家武家同じ

中どをり 御すえ 御はした

公家武家同じ

「下女(けちよ)」平人 はす葉 京

大坂問屋(といや)の召仕(めしつかい)下女也

女道具(おんなたうぐ)略す 女用訓蒙図(ようきんもうづ)

彙(い)にみえたり

「小児(せうに)」みどりこ やゝ

「嫗(をゝ)」うば 姑 隠居

 

「祖父(ぢい)」翁(をきな)舅(しうと)

「御父(をてゝ)」里の親なり

「乳人(めのと)」乳主(ちぬし)

「烏帽子親(えぼしおや)」名付親

「鐘付親(かねつけおや)」筆親(ふておや)

「師匠(しせう)」師の坊むかしは山

寺などへ学問に上(のほ)る事

法(ほう)也それによつて片田

舎にては俗の師匠をも

師の坊共いふ也

「道具(たうく)」公家武士僧の部

において其道具を図に

あらはす并(ならび)に是をつく

 

 

9

るもの職人の部にをいて是

を除(のそき)其意(こゝろ)はこゝにあらはすを

もつて也 「冠(かふり)」薄額(うすびたい)厚額

といふ事あり浅官(さんくわん)と若年

の人はうす額をもちゆ但(たゝし)

十六已後も薄額をもちゆる

故実也とかや厚額は大臣

の時着す 「烏帽子」にはもろ

額なとゝいふ式法あり惣じて秘事(ひじ)

など有事なればあさはかに

いはぬ事なるゆへ大概を

しるして略の事あり

「袍(ほう)」地(ぢ)はしゝ(しゞ)良(ら)の綾(あや)也 色は

黒し但五位少将中将は緋(あけ)の

 

色なり宿老の人は熨目(のしめ)の綾

をする也 織文(をりもん)は丁字(てうじ)の丸杏葉(まるきやうやう)

たすき也 摂政関白のは雲立(くもたて)

湧(わき)太閤の召(めす)は雲に靏(つる)なり

「下襲(したかさね)」袍の下に着する物

なり表は白綾紋(しらあやもん)にさま/\゛の

事あり白粉張(しろこはり)にしてみがき

たるもの也 うらも綾にて色は黒し

黒色に品々有 織紋は遠(とを)

菱(びし)也 是も竪菱(たてびし)横菱の子細

あり 此外に半臂(はんひ)袙(あこめ)単(ひとへ)

大帷(おほかたひら)大口(おほくち)など皆装束

なり 委(くはしく)記(しるし)がたし

「裾(きよ)」下襲(げりやう)のうしろの裾也

むかしはつゞけたるが着するに。

 

 

10

きにくきゆへにきりはなしてうしろより

腰にあてたるもの也 表裏(おもてうら)地紋(ぢもん)

一つとして下襲(げりやう)にかはる事なし 長

短のかはりは高官程長し 「表袴(うへのはかま)」

色は白く繻線(しゆせん)綾紋(れうもん)にさま/\゛あり

大納言大臣抔の大将を兼ざるときは

竪紋の藤丸を着す 裏は絹色は紅(くれない)

なり 「襪(したうづ)」練貫(ねりぬき)の小袖を着する

ときは練貫をもちゆ 宿老の人は平(ひら)

絹の練貫たるをもちゆるなりと云々

「履(くつ)」鼻切沓(はなきりくつ)浅沓(あさくつ)抔の品あり 靴

是を俗には靴(くは)の沓といふ 赤地の錦

にてつくり帯は塗皮(ぬりかわ)をもてつ

くり黄金の金物(かなもの)あり 是を深沓(ふかぐつ)と

いふ也 節会(せちえ)の弁(べん)或は御幸(みゆき)供奉(ぐぶ)

 

の時是をもちいらるゝと也 「笏(しやく)」木にて作る 象

牙にても作る 忘れましきと思ふ事は笏に書付る

故実なり 「太刀(たち)」鞘にさま/\゛あり或は

蒔絵或は螺鈿或は枕紫檀(ちんしたん)にもする也 其拵(こしらへ)やうに

よつて名かはれり 委しるしかたし 「平緒(ひらを)」太刀を

帯(たい)するとき前につくる也 色にさま/\あり 帯する

所の太刀によりてかはり有。縦(たとへ)は蒔絵の太刀には紺地

よろしきといへり 螺鈿のときは紫を用る也 外

に品々有 中にも鈍色(にびいろ)は凶服(けうぶく)の時用る也 諒闇(りやうあん)の

とき鈍色の平緒なり 「石帯(いしのおび)」記録には只帯

と斗しるせり 有文巡(うもんじゆん)方帯(ほうのおひ)無文巡方帯 有

文丸鞆(まるともの)帯 無文丸鞆帯ほどゝてかわりあり 是

も帯する処(ところ)の太刀によつてかはれり 「指貫(さしぬき)」

紋は藤丸色紫又は萌木色浅黄をも着する也

又下袴(したのはかま)と云ものあり 略す 「直衣(ひたゝれ)」浮紋(うきもん)織物

 

 

11

にうら有物也 色はさま/\゛

あり 烏帽子に直衣(なふし)を

着する大納言以上院に

参るゝ時の装束也 但(たゞし)勅(ちよく)

許(きよ)なくては是を着せすとかや

内証にては子細なし

「狩衣(かりころも)」浮紋の織物 裏は

表の色を用る事故法(こほう)也

色は心に任す 若年の人は

紅梅 萌木とも着ず 又

狩衣(かりきぬ)直衣(なをし)ともいふ也

略す 「水干(すいかん)」紗(しや)にても

平絹生(ひらきぬすゝし)にてもする 色も

何色にもするなり

 

「弓(ゆみ)」蒔絵にする 若年の人

のは紅梅の担紙(たんし)をもて巻(まく)

事あり 宿老の人のは白紙

をもちゆ 行幸(きやうがう)の時は衛府(えふ)

の公卿(くきやう)是を用て供奉(ぐぶ)する也

「故籙(やなぐい:胡籙)」平故籙(ひらやなくい)壷(つぼ)故籙

あり 木地(きぢ)にもし螺鈿にも蒔

絵にもする也 行幸(ぎやうかう)の時是

を用ゆ 壷故籙は譲位節会

抔の時衛府の公卿帯せらるゝ也

「箭(や)」筈(はづ)を水精(すいしゃう)にし鷹

の羽(は)をもつてする也 紅梅の

紙又は白紙を以て巻なり

箭の数平故籙には廿一筋(すぢ)

壷故籙には七筋なり

 

 

12

「車(くるま)」檳榔毛車(びらうげのくるま)檳榔廂指(びらうびさし)唐(から)

庇(ひさし)半蔀(はしとみ)網代あじろ)等の名あり 皆

高下有斗也 小八葉(こはちやう)大八葉と

いふ事もあり 車のかざりによつて

名あり 車の簾(すだれ)錦縁(にしきべり)紫(むらさき)織物

蘇芳(すはう)裾濃(すそこ)繧繝縁(うんけんべり)の帖(たゝみ)など乗(のる)

人の束帯(そくたい)の品によつて車にも

高下あり 簾(すたれ)は小簾(こすたれ)下簾(したすたれ)抔(とう)有

四緒(よつを)五緒(いつゝを)七緒(なゝつを)などゝて簾に

付(つき)たる具(ぐ)あり 委(くはしく)記(しるし)がたし

右の道具訓蒙(きんもう)図彙にあれば

略す

「武将(ふしやう)」大将主君 殿  此官(このつかさ)に居(きよ)する

事 智仁勇の三つをかねたるを

 

善(よし)とす 智は文道(ふんたう)を学びて

利非(りひ)分明(ぶんみやう)に糺(たゞ)し身におごり

なく天道神明をうやまひ政道

くらからざるを智といふ 仁は愛

の理(り)也と注して慈悲心あつて物

を愛育する時は万民よくなつ

き招ざれとも諸人したかふ也 勇は

利にあたつて天命をわきま

え敵をくだき国家を治(をさむ)る事

臆しては成がたし 是勇者の

功なり 是抔(これら)の旨を糺行(たゝしをこなふ)を名将

とも良将ともいふなり

「臣下(しんか)」家老主君につかふは

 

(挿絵内)草り取 馬廻 鑓持

 

 

13

皆臣下なれ共諸卒(そつ)の頭(かしら)を

なし君命を下(しも)に通じ 君主

にかはつて仕置をする 是

家老臣下也 臣の道たる事

君に忠をつくし議を守(まもり)て

邪(よこしま)なきを忠臣と云也

「奥家老(おくがらう)」御内室の家老な

れば律儀を第一と

し給ふなり

「物頭(ものかしら)」武家においては

侍(さむらい)より初(はしめ)一切の物の

具についてそれ/\

の頭(かしら)有(あり)よく其つとめを

 

まもりて聊(いさゝか)私(わたくし)なきを

物頭の最上とす

「奉行(ぶぎやう)」作事(さくじ)奉行より

始て一切の事に奉行

有 聊其つとめ油断な

く主君の費(ついえ)をいとひ さ

ては下知(げち)にしたかふ下(しも)

様(さま)の者に慈悲をめぐら

して依怙贔屓なく無

欲成(なる)を上(じやう)とす

「代官(たいくはん)」主君の領地にいた

りて民(たみ)に下知をなして

所務をおさむる也 是第一

 

(挿絵内)挟箱 歩行

 

 

14

慈悲にして無欲成を

上とす 私欲をかまへ賂(まいない)

にふけり依怙をかまへ民を

貪(むさふ)れば主君をして

悪名(あくみやう)の主(ぬし)となし民つか

れ国やふるゝもとい也

「横目(よこめ)」めつけ 天命をわき

まへ理非(りひ)分明(ふんみやう)成をよし

とす 横目たる道は少(すこし)き

国法に背(そむく)とも人に害

なく主君のためにあしからぬ

事をば大めにみなし

人の告事(つけごと)を用(もちい)ざるを上(じやう)

 

とす 頭(かしら)を大横目と号す

「使者役(ししややく)」は公界(くかい)に出(いだす)す第

一の面(おもて)道具なれは其

器量をえらひ発明に

して弁舌あざやかにて

礼儀をしり文字(もんじ)をしり

て片言(かたこと)をいはざるを上(しやう)と

すへし 奏者(そうしや)又同じ

「大小姓(おほこしやう)」大形(おほかた)使者やくを

する也 依て器量を撰(えらふ)

なり 礼式には長袴を着する

なり 家中(かちう)主君へ目見

の時取次(とりつぎ)役は大小姓なり

 

(挿絵内)駕籠者 家老 奥家老

 

 

15

但(たゝし)家によりて替(あはり)有(ある)

歟(か) 「中小姓(ちうこしやう)」あなかち

器量をえらはず時に

よりて此内より使者

役をする事も有

児小姓(こごしやう)上(あか)りの中小姓は

風俗かくれなし

「児小姓(こごしやう)」能(よき)人のひざもと

にて召仕事主人たる人

には上中下にしたがいて

児小姓有 まして大将

たる人にはなくてかなはず

馬廻(むままはり)」主君騎馬のま

 

はりをかこむの謂(いひ)なり

平世(へいせい)は使者取次役に

はあたらす 番役

なし諸事有形役

又は郡(こほり)奉行代官抔(とう)の

職 馬廻の中(うち)より

つとむるなり

「歩行者(かちのもの)」供奉(ぐふ)を第一

とする役也 普代(ふだい)の侍

筋を撰(えらふ)も有 渡侍(わたりさふうらひ)を

かゝゆる主人もあり 供(とも)

前(さき)の押立(おしたて)なれば背

高く大男をよしとす

 

(挿絵内)大小姓 中小姓 こ小姓 代官

 

 

16

惣じては糸鬢(いとひん)に長羽織

備(そなはつ)て有(あり) 一力身(ひとりきみ)いづれかくれ

なき風俗ぞかし 「茶堂(さたう)」

茶は君子のもてあそびと

して漢家(かんけ)本朝にあり 中

世にいたりて其方式定

りて家/\の伝(つたへ)あり 尤(もつとも)わ

きまへしるを茶堂の道

とす 第一たしなむべきは

爪(つま)はづれ 衣類の麁相

はさもあらばあれ 垢つ

かずして清きをたしなみ

とす 「別当(べつたう)」馬あづかり也

并馬執(とり)の惣大将なり

 

多くの馬をあつかるゆへ

に馬草糠藁薪をは

じめ一切馬にもちゆる

程の物をば主人より別

当の方へ請こむなり 然

ば此役も私欲虚妄(こもう)を

つゝしみ昼夜に馬の安非

を心がけて能(よく)養(やしなふ)を道と

す 「弓者(ゆみのもの)」鉄砲者 つね

番所の番をつとむ

これを持筒(もちつゝ)といふ

其体(てい)百衣(ひやくえ)に木綿羽

織をきる 主人の家風

によりて羽織は主人より

 

(挿絵内)奉行 使者 横目 茶堂

 

 

17

きする也其頭(かしら)五百石(こく)千

石(ごく)まての侍(さふらい)或は弓二十

一鉄砲十人などゝてあづ

かるゆへ羽織には其頭の

紋をつける家老有 又

大将の下にあつかりあり

是を小頭(こかしら)といふ 是は其

中にてかへ切の者をえら

ひて此役にするなり

「駕籠者(かごのもの)」京(きやう)六尺をよし

とす 上(じやう)のかき手といふは

茶碗に水をいれて駕

籠に入置(いれをき)さま/\゛のかき

やうをつくすに其水少(すこし)

 

もうごかぬ程 腰肩

のすはりたるを上の掻(かき)

手とす 六尺といふは乗

物の棒六尺の寸法ゆへ

にいふとかや  「挟箱持(はさみはこもち)」しつと

ふり出すより足取(あしとり)の諸(もろ)拍

子 臂肩腰のすえやう

あり 下馬さきのすへおろ

し是一拍子にして少(すこし)もおと

のせぬを上(じやう)とす 下(げ)の挟箱

といふは山伏の札くばりの

供(とも)藪醫者の下人 草履

取と二役をするたぐひは

かたげる一種の思為(おもわし)なり

 

(挿絵内)別当 船頭 門番 水手者

 

 

18

「鑓持(やりもち)」大鳥毛(おほとりげ)対(つい)の道具

かゝり 第一の者なれば大

男にしくはなく もみ鬚に

毛巾着 足拍子 一風あり

何(いづれ)も丈夫のたぐい達

者を第一とする 道中に

おいて鑓かたげて馬に

乗(のり)たるは面目もなき次

第なり 「草履採(さうりとり)」小草履採

臺笠(だいかさ)草履採 あゆむに

うしろへ手をそらしひげを

重宝せらるゝ 小草履採

主人ちかくめちつかわるゝも

 

あれど白めなるものに

黒き半えり風俗ばし

なり 草履なをす品々

あるよし

「立笠臺笠(たてがさたいがさ)」もみひけに

大男 尻の大きなるを上

とす もちやうにさま/\゛

のならひあるよし

「水手者(かこのもの)」家によつて

立髪(たてかみ)半髪(はんかう)風儀さま

/\゛あり こえよくして歌

にかんあるをよしとす

 

(挿絵内)「勢兵」 丈夫

 

 

19

大将は船大将(ふなたいしやう)其下に

小頭(こがしら)あり 「門番(もんはん)」夜修(よざと:夜聡)

にして目のよきを第一

とす 「丈夫(じやうぶ)」力量の

人なり ますら男(おとこ)とも

「勢兵(せいひやう)」強弓引(つよゆみひき)をいふ也

「相撲(すまふ)」すまふは天竺より

はしまり魔訶陀国(まかだこく)の

切利首(せつりしゆ)と波羅門生(ばらもんしやう)と

いふもの御門(みかど)えめして

とらせらるゝ也 本朝

にては垂仁天皇

年はしめて有也 聖武

 

天皇神亀(じんき)三年に諸国

すもふをめされ大和国(やまとのくに)

蹶速(くえはや)と出雲の野見(のみ)の

宿禰(すくね)と帝えめしとら

しめたまふ 抜手(ぬきで)と申

はそのうちの上手をす

くり御詠覧あるにより

いふ すまふの節会(せちえ)七月

廿五日より廿九日まて

ありしなり 今はなし

「僧(そう)」出家沙門共に別名(べつみやう)也

出家とは親属にはなれ

 

(挿絵内)清相宗 「三輪宗

 

 

20

世事(せし)をするか故 恩愛

の家を出(いつ)るの義なり 僧(そう)

官(かん)の事 大僧正 僧正 権(ごん)

僧正 法印(ほういん) 僧都(そうづ) 法眼(ほうげん)

新発意(しんほち) 小僧 坊主 入(にう)

道(だう)抔(とう)の称名(しやうみやう)あり 新

発意はあた事して弟子と

なりて法(ほう)のみちに入たる

の義也 小僧にかぎらず

年たけても道心おこし

たるをば新発意と云

也 多田満中(たゝのまんぢう)公老年に

 

入道ありしを多田(たゝの)新

発意といひし事有

坊主とは其住居を坊

といふ也 是に住(すむ)故に

坊の主といふぎ也 入道は

俗人はじめて道に入 剃

髪したるをいふ也 僧宗

旨(し)によりて称号のかはり

あり 上人(しやうにん) 浄土(ぢやうと) 日蓮宗

和尚(をしやう) 禅宗 浄土宗。比(ひ)

丘(く)律宗(りつしう) 東堂(とうたう) 禅の

曹洞宗 時宗(じしう) 西堂(せいたう)禅(ぜん)

 

(挿絵内)「倶舎宗」 「成実宗

 

 

21

斎家(さいか) 長老 禅浄土同じ

法印 阿闍梨 天台

真言(しんごん) 「法相宗」天竺

護法菩薩にはしまる。外に

さま/\の説あり 日本

にては玄昉(げんほう)僧正入唐(につとう)

して渡す也 人皇(にんわう)四十

天武天皇白鳳廿年

庚辰(かのえたつ)に諸宗一番に

わたる也 もちゆる経は

解深(けしん)密教大品経(たいほんきやう)抔也

論は瑜伽論(ゆがろん) 唯識

 

なり 寺は興福寺

三論宗」天竺青弁(せいべん)菩薩

の所立(しよりう)也 人皇四十一代

持統天皇の大長(たいちやう)元年

壬辰二番にわたる也

用る所。中論 百論 十

二門論を以て立る也

倶舎宗(ぐしやしう)」天竺世親(せしん)菩薩

の所立也 人皇四十二代

文武天皇の大長九年

三番に渡る也 立る所

倶舎論也

 

(挿絵内)「律宗」 「花厳宗」

 

 

22

成実宗(しやうしつしう)」天竺 跋摩(ばつま)三

蔵の所立(しりう)也 人皇四十三

元明(けんみやう)天皇和銅三年

に四番にわたる小乗(せうじやう)

の宗旨也  「律宗(りつしう)」天

竺 菊多(きくだ)三蔵の所立也

人皇十四代元正(けんしやう)天

皇の養老元年丁(ひのへ :ひのと の間違い)

巳(み)に五番にわたる也

律(りつ)に大乗小乗あり

用る所(ところ)律(りつ)三大部四分(さんだいふしふ)

律 五分律(ごぶりつ)抔なり

 

「花厳宗(けごんしう)」震旦花教(しんだんけけう)和(お)

尚(しやう)の所立也 人皇四十六

孝謙天皇天平宝(ほう)

字(じ)六年甲午(きのへむま)に六番

に渡る也 良弁(ろうべん)僧正始て

興す 用る所 花厳経也

天台宗(てんたいしう)」天竺恵文(えもん)禅師

南岳恵思(なんがくえし)大師 天台

智者大師抔の所立也

異本にては桓武天皇

延暦廿年乙酉(きのととり)に七番

に渡る 伝教(てんきやう)大師是を

 

(挿絵内)「天台宗」 「真言宗

 

 

23

興す 用る所 法花経(ほつけきやう)

并(ならびに)釈天台(しゃくてんだい)三大部抔(とう)也

真言宗(しんこんしう)」南(なん)天竺龍猛(りうみやう)

菩薩の所立也 人皇五十代

桓武天皇大同元年丙(ひのへ)

戌(いぬ)に八番にわたれり 日

本にては弘法是を弘(ひろ)

む 用る所 金剛頂経(こんがうちやうきやう)大(たい)

日(にち)経抔也  「禅宗(せんしう)」達(たる)

磨(ま)大師の所立 人皇

十三代土御門院(つちみかどのいん)御時(おんとき)建(けん)

仁(にん)二年壬戌(みつのへいぬ)に九番に

渡る 用る所 教外別(けうげへつ)

 

伝(でん)不立文字(ふりうもんじ)なり

黄檗宗(わうばくしう)」臨済卅二世

陰元琦(いんげんき)禅師 後光明院

承応二年癸巳太唐福州

黄檗山より来朝にて 山

城国宇治郡に新に黄檗

萬福寺草創(さうそう)して則開

山となる 二代木庵瑫(たう)禅師三

世恵林?(えりんき)禅師 四世独湛(どくたん)

瑩(えい)禅師なり

「浄土宗(じやうとしう)」人皇八十二代

 

(挿絵内)「禅宗」「浄土宗」

 

 

24

後鳥羽院建久五年甲(かのへ:きのえ)

寅に法然上人の所立也

用る所浄土三部経

善導大師観経(かんぎやう)の釈

恵心僧都の往生要

集抔也  「一向宗(いつかうしう)」真鸞(しんらん)

の所立也 依経(えきやう)浄土に

同じ 勤(つとむ)る所和讃(わさん)を用(もちゆ)

る 真鸞の作也

「法花宗(ほつけしう)」人皇八十六代

高倉院(たかくらのいん)承安元年辛

卯 日蓮上人所立也 用

る経釈天台に同じ

 

一家(いつけ)において其法語

数書あり 御書(ごしよ)と号

す 人皇八十九代後深草

院 建長五年三月廿八日

あさ日にむかひてよりひ

ろめたまひしなり

時宗(じしう)」一遍上人の所立也

熊野権現の神勅によ

つて廻国の修行一處(いつしよ)

不住の掟也 依経浄土

に同じ  「沙弥(しやみ)」いまだ

いたらざる若坊主を沙弥

といふはあやまり也 沙弥

 

(挿絵内)「一向宗」「法花宗」

 

 

25

十戒有 律宗にてもち

ゆることば也  「沙弥尼(しやみに)」

あまの沙弥をいふ

「比丘(びく)」律にてもちゆる也

五戒八斎戒より二百五十

戒にいたるを比丘といいふ

なり  「比丘尼(ひくに)」律戒の

尼をいふ也  「優婆塞(うばそく)」

俗の戒をたもち仏道

入るをいふ也

「優婆夷(うばい)」

俗の女戒をたもちて仏道

にいるをいふ也

 

「居士(こじ)」俗戒にして仏道

入(いり)精進潔斎するをいふ

「能化(のふけ)」諸宗に有り学寮

の司にて諸化(しよけ)に教僧(おしゆるそう)

也 博学多才をいふ也

「諸化(しよけ)」学問僧をいふ也

「平僧(へいそう)」無学の僧なり

または芋掘(いもほり)ともいふ

「破戒僧」学者無学者

によらすたとへ万巻の

書をよみしるといへとも

不道第一の邪賢を生

ずるたくひ又は悪をしる

 

(挿絵内)「時宗」「比丘尼」「居士」

 

 

26

といへども煩悩至盛(もんなうししゃう)

のたぐひ信施(しんせ)をうけて

魚鳥酒淫の料となす

是永劫うかむ事な

き無隙(むけん)の罪人也

「妻帯」僧の法に妻

子をたづさゆる法とては

別に有事なし 末世

に至りて仏法衰微の

相(そう)よりおこれり

「山伏」修験道ともいふ

役小角(えんのせうかく)是をはしむ

此人額に少(すこし)き角のか

 

たちあり 此人身に

草木(さうもく)の葉を着 口に

五穀を断ち 苦修練行(くしゆれんきやう)

して孔雀明王の呪(しゆ)を

となえ大行(たいきやう)の人なるゆへ

に役(えん)の行者といふ

なり

(挿絵内)「破戒僧」「妻帯」

 

 

27

(挿絵内)「山ぶし」