仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 第八

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース ニ10-01458

 

 

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  第八

我家に 千尋の影を 榎の木松 牛込邊にゆつたりと 浪人ながらたくはへに 剩る風雅の茶

心や 手前も清き宇治の常悦 心置なき友どちとつれ/\ 晴す夜咄の用意を兼て妾の

おせつ 身の煩ひさへ世を忍ぶとおのぶが名をも改て しなへつか鑓仕合の稽古 かけ声いとゞ

やさしくも流石手垂の閨の友傍に並いる女子共 皆それ/\にかゝへたすき かたづ口紅粉呑込で

脇目もふらぬ おせつが受太刀 付入信夫が八重垣くづし ヲゝ出来た/\信夫殿 彼軍の太刀を四寸

に払ふ利方の工夫 心懸が見へましたと 云はれてはつとよしばむ信夫 女共口々に テモ扨も/\器

 

なお子 モシそふ気てんが利き過ては 追付男持しやんして お寝間の口舌に殿御をば 天井裏へはぢき

あげ 腰抜かさせて拝ますは ア今の間の事で有ろ ノウおすけ殿ヲゝおなよのいやる通り こちとも

男に尻餅を ほつたりこ/\つかす秘術を習ふ心がけ モちつと情に入ておこと才曲れば アコリヤけうこつ

な物の云様人聞も宜ふない かさねて急度たしなめと 行儀も家の躾方 信夫は気の毒取なして

おせつ様のお詞 皆悪ふ聞かしやんすな 夫に付て姫ごぜのたしなみに成稽古のお相手 毎日/\習ふ

ても 心斗の不器用者 必笑ふて下さんすなへ 追付日の暮お客のお出に程も有まい 次へ/\にてん

ば共 あんがう烏明いた口 ア利口なお子やを引汐に皆々〽勝手へ入跡に かゝへとき捨襷をはづし

 

 

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ヲゝ信夫殿 敵志賀臺七らは 常悦殿とは親しい中 鵜の羽黒右衛門殿と云事 そもじも姉様も

知ての上 敵討を急々との思ひ立は尤ながら 鞠瀬様との密事の企て 夫に付て黒右衛門殿

親(したし)ふするも一術(てだて)と 常悦様の奥深ひ御思慮 女(おなご)のわしが問れもせず去ながら 兎角武藝

が肝心かんもん おさへて置敵なれば 今討ふ共侭なれど 稽古がたらねばまさかの時に おくれと成ると

くれ/\゛の御言葉 夫故心はげみの為 わしがけいこになぞらへてそもじの稽古 こなたは嘸かしもどかしう思

はつしやろふ アイわたしもそふは思ふても 放れている姉様と一つにならねば討れぬ敵 御二人様のお情で

受出されてござんしてから 一度文の便も聞ず お爺様共お嚊様共 便に思ふは姉様お一人 此やうに

 

音信のなりのは 若し煩ふてもいやしやんすか 又とゝ様やかゝ様のやうに ひよつとした事でも有かと

あんじて暮す私が心 思ひやつて下さりませと 咄す中にもうき涙 ヲゝ道理じや/\ 道理とせな

撫て 身につまさるゝ露雫 落日の紅にいとゞ照そふほろ酔機嫌 常悦は閑居の障子

吉見勝右衛門にひらかせて 臂打かける脇息褥 ヤナント勝右 今読だ六書(りうしよ)の中 柔能強(じうよくきやう)を

せいするとは 御身よくサ此語をえとく有たか ハアコレハ/\先生の存寄ぬ御尋 成程其語は孫

子が 鶏陽(けいやう)山に入て賊軍を防がせるに 女兵(じよへい)を以打勝たる ためしを引て註せしとは アゝイヤサ/\

其女兵たるといへ共 一致に心かたまらねば 泰山にうつ卵にもおとる理 李氏が野外に虎を

 

 

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射たる弓も矢も 鉄石ならねど心の羽ぶくら岩ほに立 何も案じる事はない 今鎌倉中に名をしら

れた宇治の常得る 受合た敵討 うたさいで済物かと サ酔紛れにむだ云は勝右 御免とそらせし

咄 こなたにおせつか アレ今のを聞てか こつちへ聞と主のお詞 アノ一言を頼にして 何にも案じる事は

ない ヤゝモゝゝ必/\せかぬがよいぞへと 勇めに嬉し悲しさを 信夫が便杖ぞ共 柱時計の音さへて 火や

燈さんとつげ渡る ヲゝ秋の日足の心なふけふも暮たか ソレ今宵は鞠が瀬稀(まれ)人を同道と

云越れた心待 ソレおせつ放れ座敷の床懸物 花も生たか釜も懸たか アイ/\/\あいの襖ごし信夫

を連て勝手口 入さの秋の風ふせく 障子吉見が建て切折から 次の間ゟも咳はらひ鞠が瀬

 

秋夜入来れば あるじ常悦吉見もろとも 夫ぞと出る入魂の挨拶 そこ/\に座も定り コレハ秋夜殿 在

鎌倉の諸侯達へ 日々に出入の隙なき其 いつぞはお招き申入 お咄と存おつたヤモ折に幸 兼

て密事の用談もつゞく積鬱はらし申さふ イサ先ず奥へと饗せば 夫は身共も同じ事 剣

術指南の弟子衆は 皆れき/\の大身故 平外の雑談も差控へ うつさんを心懸しに 今

宵の招きは別して楽しみ 秋の夜長の物語 久しくたへしナソレ御秘蔵の御調(しらべ)でも承はらふ ア

誠に夫よ 琴三味線の連れ引きに 幸の相手を同道 ソレ松田氏おきのを是へ 早く/\の声の下

弥多七連て宮城野が 今は目立たぬ袖頭巾 しみな小袖も愛くろしく切戸ひらいて ヲゝしんき 御玄

 

 

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関に待たして置て いつの間に此お座敷へ ヲゝサ二(ふた)月斗程経ながら まだ宇治殿へは連達ぬ宮城野 ムゝスリヤ

稀人とはおきのが事か ヲゝよくぞ/\ サア/\ こつちにアイ/\と いんす詞もとこへやら町と 廓とをないまぜの

かゝへほどくもなまめかし 常悦の片頬に笑ひ ヲゝ今は廓の勤も引て秋夜殿の世話に成り 芸道

修行と噂に聞て イヤモ何ゟ重畳去ながら 今宵は分けてそなたにも ちと遠慮有る密々咄

能御存の鞠ヶ瀬殿 同道せられしには様子が有ふ イヤ其義は此弥多七が 参りがけにも申おつ

たが 夫にかまはず同道なされた秋夜様の底意はと 云を打けし ハテコレ/\松田殿 ソリヤ身共か胸に有

何は格別常悦老 兼ておきのか頼みおつた 時節は今と存の外 黒右衛門は麹か谷の浪宅を

 

出奔したと様子を聞 こなたの思案も此おきのへ聞せ度 同道したは夫故と いへ共とかうのこたへ

もなく 常悦は傍(あたり)の碁盤 吉見に云付引寄せさせ 外へちらせし囲碁のよそ事何と秋夜殿 先日

勝てかちすへた返報がへし 敵討の気はないか サア一勝負と碁笥(ごけ)の蓋 取共とれぬ宮城野が

心に心おく石も 秋夜も探る胸のはし かけて問はんと膝すり寄せ 一勝負とはおもしろ石 まつは先手と

打石の定石ならぬ常悦か 手まへのすみに控へる黒石 ひかける鞠か瀬遠巻がゝり 宮城野は目

も放さず 願ひの辻占つげの櫛引て見るのも 心のねたば 松田吉見も密事の甲乙) 是なん

めりと差覗く 秋夜が石をはねかける 宇治か一物なげる雁行(がんかう) イヤしてうとお出か してうとは

 

 

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ヘワ事おかしい 尻もむすばぬ両手かけ 是では黒がヲゝ遁れる手段 そこをしきつて追つめる ヤコレ

此白石ナ此白石の敵討 ムゝ敵討/\ 今一打を此席で のばすが上々分別 ソレ黒石が端の手につゞ

かふとするはいなァ ソレ/\黒石は水の色 北朝に渡らせぬはこびが見たいなァ ヤ小さかしい黒石殿 とふ逃たふ

ても此白石 ムゝせきかこうかと此吉見も そこを一目こふ上げては 秋夜様必油断をして下さんすなへ ヲツト合

点油断はせぬぞ イヤまだ早い/\ 油断がよいそ 何早からふこふ追詰め ハア油断せぬか ゆだんせぬとはお気みじ

か 夫ナア向ふを切るはいなと 我を忘れてせき立つ宮城野 ハテ差出過た だまれ 女に習ふて秋夜殿か相済ふか

不躾千万 控へて居よ サア秋夜殿がお手はこなた 早く/\ アゝ手前かなァ てまへがお手は女に習ふ/\ 女/\/\

 

ヲゝ女でも岡目八目助言(じよごん)に付くが当世と 渡る所を渡らせぬ目算違ひに流石の常悦 イヤ秋夜殿

其お手御無用 折角助ける黒石を ヲゝ打詰た白石がち 此間の敵討 念なふ本望とげたりと 聞て一間に

伺ふ信夫 宮城野諸共気もいそ/\ 常悦は気色(けしき)をかへ ヤア差向ひの甲乙を詞の助太刀受るさへおと

なげない鞠が瀬殿 女を頼みに打碁なら常悦が相手に足らぬ 無礼至極とねめ付れば ハゝゝゝゝソリヤ貴公が

おとなげない 尤碁に打入るときんば人事(にんじ)を忘れ礼儀をかく事 前の年の頼時なんど まゝ有る例(ためし)といひ

ながら 夫は格別 コリヤコレ高が女 アゝたしなみ召れとやり込れば 気の毒そふに宮城野が ほんに私とした

事が座席もろくに弁へぬ 不調法は廓の曲(くせ) おゆるしなされて下さりませ ハテ扨かしましいさがれ 育ち

 

 

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いやしい流れの女 常悦に近寄て無礼の助言 たしなめと碁笥おつ取て うたんず能図へおせつが欠け出

すがつてとゞむる一座のしらけ 秋夜手を組み此場の様子 何を知つてとふり切常悦 イヤもぷす左様でござり

ませぬ 様子はあれから聞ておりました 常々のお心ばへに似合ぬ御短気 皆様の思召も気の毒さ 殊更

此子は鞠が瀬様 お世話に遊ばす今の身の上 いはゞ当座のお気慰み 碁にお負け遊ばした恥辱

に成といふではなし 御機嫌直して下さりませと詫る詞に宮城野が 私がたかはぬ心から お師匠様共お主

とも 力に思ふお二人様 お見捨有て是がまあ何と望みが叶ひませふ コレ申秋夜様 お詫申て下さり

ませ/\ コレ申弥多七様 お詫申て下さりませ コリヤマア何と致ませふ コレ申常悦様 堪忍して下りませと

 

願ひ有身の木のもとにもるゝ涙のあやもなき 常悦は立てたるあかり 傍成碁盤を片手あをりやみ

と消れば驚くめん/\ 秋夜横手をはたと打 ハゝア及ばぬ/\ 天に翼し地にまたがる貴殿が所存 さつし入

たは秋夜一人ひし近でさゝいの論 云ちらすもつたなし/\ 奥へ推参仕ふ ナニサ/\ 常悦が火を消たは宮城野が

あばすれの 所作から見るも余り気の毒 くらやみのこは異見 かやは隠るゝ我夫 色をも香をも アゝ秋

夜殿の早呑込 深入ばしし給ひそと わけこもり くもの詞の にべ心 おせつも宮城野も 思案取々常

悦重ねて 秋夜殿イザ一間へ 皆も一所に コリヤ宮城野 必今のこは異見 跡に残て忘れぬ様 得と心を

ノウ鞠が瀬殿 誠に夫が肝心要 常悦老の志 イヤサ譬へ心に忘れても くみやしつらん旅人の

 

 

90

高野の奥の玉川の水 /\ ナ がてんがいたかと底意をば 残す詞の露の夜や 暮に故(数?)有鞠

か瀬が くつせずたゝむ胸の内 すゞ敷宇治の常悦おせつ 松田吉見も諸共に心を〽急て入にけり

跡宮城野が物思ひ 色なる浪の月代や さだかに萩のほに出る かげさへ遅き 願ひの一図 廓で皆

のお咄し有た 常悦様のお情とは どふやらそぐはぬ今のじぎ 合点の行ぬお心を 汲やしつらん旅

人の 高野の奥の玉川の 水とかけたるお詞の 謎かはしらねど とけやらぬ 様子有そなおつしやり様

ハテどふかなとつ置つ 軒端信夫が奥ゟも そろ/\朧月かけに 姉様爰にござんすか ヤアそふ

いやるは妹じやないか アイ ヲゝ息才で嬉しや/\ 逢たかつたと取すがる便り涙のおとゝいが 思ひに

 

やつるゝ哀さは 血筋のよりや もつるらん 信夫は涙の目を拭ひ 申姉様 此東て名に知れた 常

悦様にお頼み申は 仏神の御引合と お前の云て下さんした 詞にいとゞ頼もしくお世話に成内おせつ様

のお情迄 残る方なき稽古の修行 奥州者としれぬ様と 詞付き迄お世話に成り 恩に恩有る常悦

様 され共本望達するは せくな早いと留て斗 其上さつきの碁の腹立 わたしや立聞しておりました

頼み切た常悦様 あいやうにおつしやつては心置れる姉様と膝み もたれてかこち泣 ヲゝそふ思やるはどう

りじやが 浪人ながら大名高家に もてはらさるゝ常悦様 かよわひそなたや此わしに 頼まれさつ

しやる気は金鉄 ガよもやとは思へ共 目ざす敵の黒右衛門 麹が谷を出奔して 行衛知れぬと

 

 

91

聞ば聞く程 いはゞ古主の惣六様の 志も立たぬと云 べん/\と待てはいられぬ 工夫思案も互に女

はかない所存と此世の夫谷五郎様 未来のとゝ様かゝ様の草葉の陰ゟお叱りが 思ひやられて

悲しやと手に手を取て又さめ/\゛ 苔の下行木々の露 涙の隙に懐ゟ 位牌取出し座の面

手向は父の恩に知 須弥山形(かた)の手水鉢 上にとり/\仲津海の 母の位牌を立ならべ 共に

敬ひ手を合せ 栖霞了養(せいかりやうよく)信士 俗名はとゝ様の与茂作様 てうど今宵が御命日 南無

阿彌陀佛/\ 夫から程なふお果なされたおかゝ様 残霧妙養(ざんむめうよう)信女様 おまへの手引ではる/\

爰迄尋迷ふ父の敵 陰(かげ)身に添ふて お守りなされて下さりませと 姉諸共に回向の合しやう

 

つたふ雫に水晶の数珠くりかけし柱かげ 御養育の御恩も送らず 程遠い此地へ来て 隔てゝ

居ればニ(ふた)親の お過ぎなされた月日さへ 七日/\の弔ひも 知らですごした不孝の不孝 重きが上の

かき勤鏡に向ひとく紅も 思へば血の池氷の地獄 罪の有たけしつくした 今更せめてと付け

ねらふ 敵に廻り逢せてたべ さは去ながら女の身の 二人より外便りのない わたしらを娘に持 極

楽世界へ成仏共拝れ給はぬ未来の闇 嘸かし迷ふてござらふと 悲しいはいの/\妹 口惜しい姉様

と位牌の前に身を打伏 涙にすだく虫の音に いとゞ 秋さへ更ぬらん 宮城野やう/\泣目を払ひ

コレ妹 そなたを世話の常悦様 わし迚も受出され 武芸を教へ貰ふたる 恩義の深い秋夜様

 

 

93

譬お心背いても 黒右衛門さへ討おふせりや お二人の世話かいは有と云物 爰を抜出黒右衛門いづくに

居る共尋出し 討ふとは思やらぬか ヲゝそふでござんす共 黒右衛門がいる所 日の中水の底にもせよ 顔は見

しつておりまする さがし出して討ませふ ヲゝ出かしやつたサアいじやと 互に帯しめ裾打合せ 件の位牌

を守りと肌 用意の懐剣一文字にかけ出す跡ゟ 待々女云事有りと声かけしは 座敷に誰も人はい

ぬが 庭づたひに来はせぬかと 月にすかせど定かにしれず ハテどこからと盤垣(たちもとをる) イヤ爰からと庭先

の井戸の中(うち)ゟ水にもぬれず ぬつぽり鵜の羽黒右衛門 だんびら大小長月代さひたる井げた

しづかに踏こへ のさゝ上る縁の上 つゞいて兄弟かひ/\゛敷 面々懐剣抜き連れて 左右にかこへばじはり

 

と見て ムゝ出かす/\ 此黒右衛門をわいらが敵 志賀臺七と知たかしらぬか 腰おして討せて

やらふと 常悦秋夜がかくまふた宮城野信夫 親の敵の此臺七 討て本意が遂げたか

らふなァ ヲゝ云にや及ぶ 思ひ込だとゝ様の敵臺七 ヤそなたを討いて置ふか チ道理/\ 其健気成

我達が所存を感じ 敵討の勝負して 討たれて呉ふと云たいがマアならぬ オヤ/\なつてもなら

いでも 此場を遁して済物か ヲゝすむ コリヤ済む訳を云て聞かそふか 元来常悦秋夜共に

思ひ立た大望有故 此黒右衛門を密々に頼んでナ アレあのから井戸ゟ叶ふ山の宝蔵へ

抜道ほらせ 大望の用に立る金銀を取入させは なれ共 人の聞こへを憚り 麹か谷を

 

 

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出奔させたも ナコリヤ皆常悦と相談づく わいらがこはふて逃たでない こふした密事を頼

まれる黒右衛門 いもけの様な老耄 一疋や五六疋殺した迚何の事 また其上に楠原普伝

か家に伝へし一国殺しといふ毒薬 忍び松明の秘授秘伝 普伝が死後に知た者は

日本に其一人 ムゝスリヤ其秘方こなたかしつて 常悦様に伝へるのか マちよつと小口がこんな物

まだ此胸に大海を呑干す器量兼備へた黒右衛門 わいらから敵といふハゝゝ其頬げた ゆかま

ぬ中に取置と悪迄悪口にくしとは 思へど恩有常悦が 望についている人と 聞ては刃の

手もたゆみ ムゝスリヤさつきの詞のはし/\ 未だ伝授も受給はず 高野の奥の玉川の水に

 

よそへし毒薬の 秘方を知たアノ臺七 お二人望みの叶ふ迄 コレのふ妹此敵討れぬはいの 姉

様コリヤマア何とどふせふとつもる恨みをおとゝいが 恩義にせまるはら/\涙 落たきつせの吹越て

かけ樋も月に照そへり 黒右衛門顔さし覗き ちつとそふも有まいなァ イヤ又廓で見た時

より 格別違ふた其泣顔 生地顕はして美しい コリヤ宮城野 迚も義理在常悦が 為

にならぬ敵討 さらりさつとやめにして 黒右衛門が心に随ひ おゝと云て抱れて寝いと いとゝ

憎ていいらへもせず 無念/\をこたふる二人 ハテ其様に ひこしやくせずとサア身が可愛くば返

事しやどふじや/\をさゝへる信夫引退突退宮城野に ほうど抱付く欲悪ぼんのふ エゝこゝな

 

 

94

大悪人の鬼よ蛇よ そもやそも現在の ヲツト敵は知て有 粋に育た様にもないお ねれ給へ/\と

肌に手を入傍若無人 又取すがる妹を蹴飛し ハテ気の通らぬ見ぬ顔せいと か(う)きを宮城野ふり

放す 手に当つたる以前の位牌 引出してコリヤ何じや 栖霞了養信士 俗名与茂作 ムゝコリヤ

身が手に懸た わいらが親の位牌じやな夫はと両人取付を払ひ退け サア宮城野 おゝといふて

爰で寝るか いやといへば此位牌踏わつて退るぞよ エゝ いやかおゝか いやなら親をふみくだ

かふか サア/\/\/\何とゝ付廻され不便や宮城野泣音さへ 声を信夫がおろ/\顔 いつそ詞も出は

こそ 顔見合して歯をくひしめ口惜涙せきあへず アノめろ/\としぶとい性根 目覚しさせんと位

 

牌打付け踏付/\こなみぢん コレ/\待ても聞かばこそ 位牌と共に縁ゟ蹴落し コリヤめらう共よふ聞けよ

敵なんぞと身が傍へ寄あかれば 此位牌がよい手本 骨も皮も粉に成て ぱつはとちるが大

事ないか 命が物種よしにせいと 不敵の仕業にせき上/\ コレ妹 モウ/\/\義理も情も恩も実気も

思はれぬ様に成た 一度ならずお位牌迄 二度の敵の志賀臺七 覚悟しやと立上る ヤア両人暫し

疎忽すな麁相せまいと後ろの襖引明け/\鞠が瀬秋夜おせつ諸共に四方に一通取乗せ黒

右衛門が右と 左に差置て 貴殿を敵と附ねらふ二人の女 刀を指す役目なれば 頼むに引かすかくへ

共 向後彼らにかたんせず 足下に弓引まじき神文 アイ秋夜様と御一所に 常悦も同じ血判 お渡し

 

 

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申せとわたしを名代 サア御披見あれと両人が 詞に弥鼻高々 ムゝハゝゝ ハテ御丁寧な神文 先ず何かは

差置て ヘゝ見るにや及ばぬ ソリヤ其筈 叶ふ山へ抜道掘明け 軍用に手づかへさせぬ 是一つさへ貴様三方の

守り神も同前 其上に一国殺しの毒薬 忍び松明の伝授迄 覚へぬいた其 貴殿を始常悦殿へ

もいはつしやれ ソレ足も向けて寝さつしやつたら まつかな罰が当るぞやと 上見ぬ鷲のはねかけ

顔(づら) せきのぼす気を宮城野信夫 しつめ/\て手をつかへ 是迄段々お世話に成り 親の敵

志賀臺七 討ばお望叶ぬとは しらぬ願ひもせんない事 お情の御恩報じ わたしらをお手に

懸られ 未来の父へ言訳させて下さりませ コレ申秋夜様 おせつ様 お情お慈悲に殺してと

 

命おしまぬ姉妹打ふし歎くに取まぜて 癪の痛みが宮城野が苦しむ体に妹か 心ほそくも

介抱の気あつかいこそいぢらしし おせつは心思ひやり いとしやなふ 親の敵を討ふ/\と 東の

果から鎌倉へ難行苦行もいとはずに けふが日迄わしらへ気兼 武士の詞に討そふと 請合ながら

此神文 サゝ此神文を書く上は 彼忍び松明の秘伝一国殺しの毒の秘方 サお伝へなされ

下されまいかと おせつも共に余儀なき頼み 黒右衛門大口明 ハゝゝゝゝア貴様達は豪傑/\ヤひどい

物じや いかにも秘方は是々と 残らず身共に云せて置て せんじがりをアノ女らう共に ウゝハゝゝゝゝハゝゝゝゝと

あざ笑ふ ハテ扨ソレは気の廻り ヶ程お頼み申のも 明朝六つには御身上相極り 御目見

 

 

96

有と常悦老御懇意の密談故 是非に今宵と伝授を急ぐも時節から 押推(おしすい)にはつと御

短慮 アゝイヤ短気にござる拙者大きな短気者さ ソレ其お腹立を偏にお直しなされまして マゝ直し

度はアノ宮城野 口説落しておこさつしやるか 夫は成まい いやならこふじやと宮城野目がけ きらり

と手裏剣すかさぬ信夫 路次下駄取てしつかと受 チヤ姉様を何とすると 詰寄ぎせいに

おsrつがかたづ 秋夜見とれて ア天晴/\ ハテ教へたり覚へたりとあたりさはらぬ詞の褒美

ヤきつい褒め様ナア コリヤ小あまめ くすねられちやならぬ其小柄是へ持 アイ 早ふ持て アイ 早ふとおと

なげなく 小柄に事寄せ差出す手先 取らんず気色に宮城野が 笄ぱつしり黒右衛門 腕に当つて

 

払ふ間に 遁れる信夫悦ぶ秋夜 おせつは早業教へ方 心で褒るも互いの目遣ひ ふくれ返つて

黒右衛門 どいつもこいつも能気味おづな眼付(まなこつき) 見度ないぞ 黒右衛門も云がゝり 宮城野口説がいやならば

毒薬松明伝授する事もいやじや 常悦が世話に成 身上かた付き望にない ヲゝ気にくはぬ

いつそ大望鎌倉へ注進するも出世の種 何とうごきはとれまいと 身をかへり見ぬひろ八町

一足飛の横渡し 傍からあぶ/\矢橋(やばせ)船 志賀の浦浪吹こして楫(かぢ)取兼る高ゆすり 秋夜は日頃

の短気の虫 こらへぬ気生に寄ぞと見へしが 蹴落されたる黒右衛門 底へどつさり真逆様 是はと

おせつも兄弟も 驚く中に黒右衛門ほう/\起き立 ヤイ鞠が瀬 重々恩有黒右衛門 脚(すね)にかけた

 

 

97

罰当り目に物ミセンと寄るがんづか 縁先へ引ずり寄せ 人非人めがうごくまい 師匠の悪事の

腰おして 欲にふけり色に迷ひ 立はもない身の上を哀れみ 麹が谷の浪宅迄 お世話有た大

恩の常悦殿 剰(あまつさへ)出入する大身へ お目見へ迄云次だ義理も思はず 抜道掘たを恩にかけ 宮城野を

くどかねば大望を注進とは 身の程しらぬ自滅の悪言 モウ毒薬の伝授も入らぬ うぬがなう迚

此方共 奇術にことをかくべきか コリヤ/\兄弟赦してくれる 今こそ敵尋常に討てよ勝負と突放せば

今更何と宮城野も信夫も共に私ら故 御大望のさまたけに成と聞てはそもやそも イエ/\大事御ざん

せぬ今の様な悪口聞手女の身でさへ悔しいに 秋夜様のお腹立 更々無理とは思ひませぬ

 

構はず勝負とおせつがいさめ 猶逆立て黒右衛門云まい/\ あいつらが荷担せず身共に弓を

引まいと両人が其神文 反故にして武士が立か ヲゝ此神文こそ我々が 大望にかへ力と成り 其ほうを

討たせ呉ふと 宮城野信夫へ遣す血判 最前見ぬが汝が不覚と おせつ諸共押開けば うろたへ眼に

見て恟り エゝ謀られたか残念/\ 此上は破れかぶれ 鎌倉へ注進して 追付ほへ顔(つら)待ておれと かけ出す

後に宮城野信夫 懐剣ぬく手も見せばこそ 伺ひ寄て左右方ゟ がばとえぐられ七転八倒 無念

/\と黒右衛門 狂hぎ死に死たるは心地よかりし有様也 秋夜おせつもあふぎ立て 手柄/\と賞ずる中

奥ゟ出る松田吉見 旅装束に風呂敷たづさへ ハアゝ出来た/\ 様子はあれにてお聞なされ 常悦様の

 

 

98

お差図にてアノ女中を介抱し 奥州表へ送りながら 先途見届け立帰れ 急ぎの使延引すなと

我々に仰付られ取物も取あへぬ此支度 宮城野其信夫殿の支度も道にて調へん サア/\早ふと

せき立は 何から何迄お心遣せめてお礼を皆様へ ヤア礼所でない本国へ 早ふ知らすがこつちの世話がい

関所も気遣臺七が 首は跡より送るべし 早ふ/\とおせつも共/\ お詞背くはかへつて無礼 そんなら皆様

よい様にと 弥多七勝衛に伴はれ まだ明やらぬ出汐や陸奥さして急ぎ行 跡は月すむ客路次の

陰もはるかに見送る秋夜 おせつも共に一間に向ひ 安堵有常悦老 事調ひしと詞の下 障子おし

明主の常悦 白無垢居士衣(え)も祭起(さいき)の着服 出る燈火かゝやく庭先 黒右衛門がのたれし死骸 むつくと

 

起て立よと見へしが 水気忽ちみなぎる白砂(しらす) 見とれる宇治が照月にコハヤダイスの幻法秘印

ほとくに猶も吹く水煙 共に跡方(かた)なま/\敷 血(のり)もかばねも消失せて残るは 以前の眼鏡居士衣

の袖に飛移る 邪術のきどく目の傍(あたり) 神変希代と云つべし二人も不思議と感ずる斗 常悦

指差しアレ見られよ秋夜殿 我兵部の助といつし時諸国を経廻り 洞理軒(とうりけん)に習ひ覚し隠形

分身 奥にて示し合せしごとく 幻法にて此鏡を黒右衛門が形と顕はし 宮城野信夫に討取らせ 彼ら

が切を立たると悦ばせ 本国へ追かへせば 是ゟ後に黒右衛門を親の敵とねらふ者 鎌倉にはよも有まじ 此術な

さんと明りを消し 一反捨たる幻術なれ共 去かたき今月今宵 月陰にワルガンワウウ 観念せしかひ

 

 

99

有て 英雄の士を助しは サンダマルの加護成ぞや アラ心よや悦ばしと 秋夜が持病の

短慮 麁忽の振舞是も幸 とは云ながら いとしいは二人の衆 マダくど/\とだまり召とせいしとゞめて 鏡を

納め襖障子に尻だし轄(くさび) 常悦秋夜は居間の床 常懸(じやうかけ)の大横物掛地を取は壁に隠れ家 戸

びらを内ゟ大の男上下熨斗目青月代 身のしが隠す志賀臺七 正銘大小立派の人品ゆふ/\

として座に直り 常悦秋夜に一揖(ゆふ)し 叶ふ山の軍用故 仕おふせて立帰り 御所望故に天眼鏡を

渡せし上 忍び松明特約伝授御望なれ共 今以お伝け申さぬ某が心底を推量有 宮城野

信夫を追かへされし今宵の幻術驚き入 高が女の事ながらサ油断大敵 是ゟ世間の広く成も云はゞ

 

御両所入魂のおかげ 倒(あまつさえ)今暁明け六つ 御大身へ御目見への御すいきよ迄 なし下されしお世話のお礼

ヤモ詞にも尽されず 此上は毒薬伝授忍び松明秘方の一巻 楠原普伝か家の秘

密を御譲り申 必他見御無用としたり顔に懐中ゟ 出す一(いち)巻を押戴き 秋夜と共にくりひろげ

/\ハア明白/\去ながら 鴆鳥(ちんてう)の生血(いきち)をしぼり 砒石(ひせき)の練(ねり)様射岡(ぶす)の法 水にまじへてにごらぬ迄

全く伝書に顕はしがたき口授口伝有と聞 共に師伝を明かされよと 蛇の道さがす平身低頭

余儀なき詞に ホゝ流石の宇治殿奇妙/\ 其口伝こそ秘中の秘事 申たけれど人や聞 ソレおせ

つ殿硯々 心へおせつが床の間の料紙の蓋を取々や 黒右衛門の筆おつ取 かの一巻へ書き添る 毒の

 

 

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分料蛮味(ばんみ)の寄製(きせい) 残る方なくさら/\/\ 書く度々に常悦が悦喜に連てぞく/\/\鞠か臥竜烽火の陣松明 火箭(かせん)の奇法も序なからと 詞に随ひ文字にはこびて口伝の奥義 残らず

ざんじに書き認め 筆さし置ば一巻を 巻納/\ ハゝゝゝゝ有難し/\ 英雄の士を得たればこそ 粉骨

砕身しても得がたき此一巻 望足りぬる時節も居間 秋夜殿悦び召れ 誠に/\身共迚も 日頃

の心願満足せし 是と云も黒右殿 御懇志故とひたすら礼譲 詞について おせつもいそ/\

是からはいつ迄も お中よふ御立身を致まする マア酒(さゝ)一つとあしらいも 東の空にあかねさし 月も入さの

おし明方 アレ/\最早夜明の鐘 御目見への刻限たがへず 扇が谷の御屋敷へ イザ黒右殿趣き

 

召れと詞に猶も打點き コレハ/\御深切と庭に折から数多の歩立 銘々鉄砲切火縄 左右にこそは

いたらんだり 常悦殿コリヤ何故 ホゝウ御屋敷迄の途中にて 万一今の女が余類 待ぶせなど致しおらば

彼抔に云付たつた一討 ヤモお手おろされるには及ばぬ コリヤ/\旁 黒右殿の前後に引添かための

手配り気を付よと 残る方なき心遣ひに返つて痛み入申と おせつが送りをじたいの式台

臺七郎が出世の門出 追付知行を鵜の羽重ね おさらば/\と見送る常悦 秋夜が実気黒

右衛門 力身返つて出て行 しすましたりと三人が 吐息つく/\次の間ゟ いつの間にかは宮城野信夫

白無垢襷鉢巻迄 用意につれて松田吉見 めい/\出るひそ/\声 御両所様のお心ざし

 

 

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あのお二人に聞まして すくに裏から用意の出立 シテ シイ黒右衛門は何方へ ヲゝ兼て

の場所は扇が谷 所の役所へ届置ば 苦しうない早ふ/\ 我々も跡より後詰

門出の餞別此やい鎌 お気の付た秋夜様 宮城野殿は此長刀 エゝ忝いと兄

弟が いさみすゝんで立出る コリヤかならずおくれを取ぬやう 心の備へは爰成ぞ

と 一句のしめしにはげまされ 思ひ詰たる宮城野信夫 物をもいはず手水鉢

の かたがはすつぱり長刀の 音より妹が飛石を 二つに鎌のむね打割 サ是では討

れますまいかな 出かしたいけを気のはり弓矢たけ心に〽おふてゆく

 

秋深き草葉も半ばてりそめて 露ぞ置く成扇が谷 常悦秋夜か同意の面々 勝負の場所をかため

の手配り立に立たる辰の刻 肩臂はつて志賀臺七 一図に目見へと仕済し顔 来かゝる影に人数の騒ぎ

早押推の小腰をかゞめ コレハ/\御大身ゟ某を御迎ひの旁ならん 嘸お待兼思はぬ隙入何れも御図宜

敷様 お取なし下されよと もみ手を構はぬ堅めの人々 ソリヤ黒右衛門逃さぬ様 取まけかこへと身かまへに 恟り

仰天黒右衛門 扨はうぬらは最前の女めが余類成ん ソレもぬからぬ常悦老 秋夜の差図は此時/\ ソレ火蓋

を切らつしやいと 猶も落付く黒右衛門 中に取込一同に 動かば付んとねらひの筒先 アゝ是身共を討じやないはいなふ

エゝ悪い呑込と 一人気をもむあいも有らせず 宮城野信夫伴ふてかけ付る嶋田三郎兵衛 思ひかけなく出来

 

 

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れは なを/\ふしんのきよろ/\眼 三郎兵衛声をかけ ヤアうつそりの黒右衛門 宇治鞠が瀬の術(てだて)にて 心を赦し

伝授の秘方 得(とく)としられし上からは 我意にほこる汝が自滅 観念して尋常に此両人と敵討 用意の

場所へおびき出せしと 松田吉見がしらせによつて 常悦殿秋夜殿に成かはつて身共が後詰 遁れぬ所

覚悟せいと 聞て臺七じだんだ踏 エゝ又謀られし口惜や モウ此上は死物狂ひ肩持頼みの女郎ども

づた/\に切さいなみ うぬらが大望残ずぶちまけ 注進して腹いんと りきんで見ても鉄砲に よはれど

負ぬぶつちやう顔(づら) わるさ子供に二日灸 逃そゝくれのだゝけ者 追取巻て宮城野信夫 今ぞ誠の

敵討と いさむ人々サア勝負 /\/\とせり立られ ふせう/\゛に上着をぬぎ 白無垢斗に身がるの出立

 

三郎兵衛気色を改め 当所の役人諸共に宇治鞠が瀬も遠巻ながら あれ成仮屋に見物あれば

晴がましき此勝負に 後ろめだき臺七が白無垢の肌付き ソレ/\何れも吟味あれと 差図にみな/\立

寄て 両肌無理に引ぬがせば 眼力違はぬくさり帷子 ソリヤこそ大きな卑怯者と 人前にてはぎ

取られ 面目砂にまぶしける 宮城野信夫もぞく/\に踊り 天へも上る心地して 仮屋の方を伏拝み/\

残る方なき御恩の程と未来の場所へ立向へば 臺七もつぶやき/\ 恨めしそうにねめ廻し 同じく入来る

矢来の内 嶋田も引添声はげまし 仇有者は相互の敵討 勝負の労(つかれ)を太鼓の数 音を究

めてかけ引させ譬討共討るゝ共 互の運に任せよと 常悦の差図なれば 双方共に心得

 

 

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られよと 例語故実の茶碗に水 敵と味方の前に置 イザ尋常にと矢来の外へ引共心は引かぬ

気に息をつめたる斗なり 兄弟すゝんで声をかけ さいつ頃奥州白坂の城下に置て そなたがうつたる

与茂作が娘宮城野信夫 爺様(とゝさん)の敵志賀臺七サア立上つて勝負しや ヲゝ身が手にかけた与茂作が

娘両人返り討だ観念せいと抜身引提げ立向ふ 宮城野は以前の長刀 信夫も共に鎖鎌 互に心を一致

の金気(きんき)殺伐するどき臺七が 秘術にひるまぬ柳が枝 雪折せざる姉芋内 目放しもせぬ三郎兵衛

外の見るまへはげみの勝負火花をちらして 〽いどみあふ 始めの程は臺七がかさにかゝつて見へけれ共 骨髄

覚へし兄弟になやまされるも天命の 石突返しにひばらをかこふ其間に得たりと鎌抜かけ 打落し

 

たる左の腕(かいな) 右へ廻つて又利き腕 ずんぼう立の志賀臺七 無念とあせるを長刀に す手打かけて一すくひ なぎ倒し

あばらかけたる宮城野に つゞいて信夫が逆手鎌 首捨て落し声すゞ敷 親の敵志賀臺七 宮城野信夫が討取たりと

につtこの笑ふて立たる有様 悦ぶ嶋田同意の面々 巣立の小鷹鶻(はやぶさ)が 鷲を羽うつて当てたるごとく かんじ入る声誉る

声暫しは鳴も止(やま)ざりし 息つぎあへず是信夫 兼てそなたに云置く通り 斯本望を達した上は アイ合点で御

ざんすと 一度に一腰抜はなし 我ともとどり切かゝるを 目早に嶋田かけ寄て 二人が刃物もぎ取/\ コハ何故の剃髪

イヤ/\/\お留有なとせり合内 ヤア/\両人早まるな しばし/\と声をかけ 常悦秋夜仮屋ゟ しづ/\出くる悦喜の顔

ばせ 宮城野信夫に打向ひ 密事合体の谷五郎に 所縁(ゆかり)有其方達 秋夜殿と云合せ 本望をとげさせし上は 本国

 

 

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奥州石堂家の領分へ送りかへし 時節を待て金江氏へ添せん計ひ 我々が心をもだし 押てちはつは其意得ずと 秋夜と

共に言葉のかせ 有難涙の顔ふり上 船車にもつまれぬ大恩お心背くでなけれ共 親の敵と云ながら 女のざいに大胆な

人を殺せし罪亡ぼし 親の為敵の為 尼に成のがせめてもの ハテ気の弱い 親夫(おっと)に武士を持 姿をかへて先祖へ立つか おせ

話有た御両所 此嶋田がせんど迄 見届けくれる所存はないかと 理におさへられハアはつと さすが所縁の嶋田がいさめに 思ひ

とまりし兄弟の操違へず常悦が 討死の後體(かばね)の恥 雪(きよ)むる心阿部川やみろくの世にも朽せざる 恩がへしとぞ殊勝

なれ 時刻うつれば常悦秋夜 同意の諸士に打向ひ イカニ旁勝負を見届け当所の役人 仮屋ゟ退出有ば 日も片向きて

遠慮に及ばず 宮城野信夫が勝利を得たる 爰は所も扇が谷 大望成就も末広がり 北朝を打やぶる陰謀

 

評議の場所と定め 嶋田殿と我々二人 桃園(とうえん)に義を結ぶ 牛にひとしき黒右衛門が血汐をすつて盟(ちかい)を立 秋の木の葉の

鎌倉をちり/\゛に打亡す 計策の手始よし 先ず奥州へアノ兄弟 送りの役を和殿に頼み すぐ様軍勢催促をと 引せぬ

詞に二(三)郎兵衛 いつぞや廓でお頼の 鞠が瀬殿も同座と云 辞退致すもおこがまし 奥筋の一味を集め 此鎌倉へ登はあいつ頃

ヲゝ夫こそ毒薬地雷の相図 はつする時を手筈として 南朝の汚名を雪ぐ 籏上の惣大将 鞠が瀬秋夜が心魂にてつしたり

と きつと目くばせ常悦も 心を悟つて上着をぬげば 両勇おとらぬ出立 錦のひたゝれ もへぎ匂ひの小手脛当sて 人集の

中ゟ陣羽織 采配牀几もいつの間に 菊水の籏へんぽんと 揃ふ心の三郎兵衛 同じく上着取捨れば 肌に着込のしげかな物 南蛮

くさりも南朝へ 一味の手始是見給へと 隠し持たるぬり込ざや 抜けば玉ちるやきばもするどく 臺七が一の胴 死骸すつばり血刀

 

 

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を 天晴血祭心地よやと 両将立寄打守り ハゝア見事/\ やきばは愚(おろか)中心(なこゝろ)迄 一目にしるき定宗の 刀は北朝不吉の切先 味方に

有ては吉事の名作 ハゝゝ頼もし/\と はいかん迄も見すかす度量(たくりやう) 神機妙算同意の人々 共に感ずる斗也 宮城野信夫も尽しなき

礼はつど/\おせつ様 情の因(ちなみ)おく筋へ 直に出立三郎兵衛 常悦も安堵の眉 関八州は秋夜殿 嶋田氏をば副将と 頼めば心にあやぶみなし かへ

す/\゛も短慮の振廻(ふるまひ) 心にとめて出されそ 我は是寄り都へ登り五畿七道をかり催し 金江勘平にしめし合 笠置の山に程近き 故郷の井出も

親関にとゞまり 鎌倉の騒動次第 彼地にて籏上せんと 秋夜諸共定宗の刃の血汐三人か口にふくめる 盟(ちかい)の暇 共に宮城

野金江が噂 都の空もなつかしき 奥の心も細布や 嶋田が連て行二人 伯父へのみやげは臺七が 首を信夫がおし包 涙も

今を名残とは しらぬ三人三方へ わかれわかるゝ一味の人数 共に評議の飛鳥山淵瀬定めぬ 〽ならひかや