仮想空間

趣味の変体仮名

御代参丑時詣(ごだいさんうしのときもうで)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9892579

 

 

4

かまくらかめがやつといふ所に

松山

かげゆと

いふ人あり

御ほふこふを

たいせつに

つとめしび

よくいんきよの

ねがいかなひ

ひとり

むすめの

こいむこ

新之丞に

かとくを

おふせ

つけ

られこのうへもなく

よろこひよをゆるやかに

くらししちりがはまの

とりたてのさかな

びち/\するので

御酒を

あがりて

たのしみ

給ふ

 

鎌倉亀ヶ谷という所に、松山勘解由という人あり。

御奉公を大切に勤め、首尾よく隠居の願い叶い、

一人娘の恋聟、新之丞に家督を仰せ付けられ、

この上もなく喜び、世を緩やかに暮らし、

七里ヶ浜の獲りたての魚、びちびちするので、

御酒を上がりて楽しみ給う。

 

(下)

明日わか

とのさま

ごと

ぜう

なさり

ます

明日若殿様御登城なさります。

 

5

かまくら

いちの

ふうりう

おとことは

かぢわら

源太ばかりかと

おもへは

之丞は

いわん

かたなきふうぞくにて

やくしやならば

さぞひいきの

ありそふな

事なり

きふばのみちを

こゝろがけ

こふしんのこゝろ

ふかくやしき

ぢうの

とりさたも

ま事に

せにの

かん

 

じやうも

おしり

なされず

ほんの

との

さまだと

よろこび

ける

 

鎌倉一の風流男とは、梶原源太ばかりかと思えば、

新之丞は言わん方無き風俗にて、役者ならば

嘸贔屓のありそうな事なり。弓馬の道を心掛け、

功臣の心深く、屋敷中の取り沙汰も、

誠に銭の勘定もお知りなされず、本の殿様だと喜びける。

 

 

6

御ふうふのおんなか

むつましく

まいよ/\九つすきまで

およづめにておつぎ/\の

おわかいしゆ

おこしもとおさたまりの

おあいてになり

やどさがりにまいり

ますとほんざへ

まいりますといふものも有

ふきや町へまいりますと

いふものもあり

まいよ/\その

あらそひ にて

おつぼねさまに

しかられ

だまる

とこ

ろを

たの

しみに

した

まふ

 

御夫婦の御仲睦まじく、毎夜毎夜、九つ過ぎまで御夜詰めにて、

お次お次(お注ぎ?)のお若い衆、お腰元、お定まりのお相手になり、

宿下がりに参りますと、本座へ参りますと言う者も有り。

葺屋町へ参りますと言う者もあり。毎夜毎夜その争いにて、

お局様に叱られ、黙るところを楽しみにし給う。

 

(右頁下)

もんや

さなき

だを

ひかつ

しやい

モン(名前)や、「さなきだ(忠臣蔵?)」を弾かっしゃい

(左頁上)

おさへた

/\

このはこを

チテツン

/\

押さえた抑えたこの箱を チテツンチテツン

(下)

おやを

めすよ

親を召すよ

 

 

7

わかとのは

御ほふこふを

たいせつに

つとめ

ごけらいの

うち

にも

おきにいりと

いふもなし

みな/\しごく

つとめよく

おすきといふ

事もなければ

とりいる事も

なしあるやつ

なれどおそばの

うちにねいじん

ものにてばんばの

忠太がおいに

ばんばの忠二といふものあり

おりを見やわせごむほんをすゝめ申

御ぜんは御かくもんやふげいの

ごけいこばかりあそそばしては きつう

ごこんのどくて御座ります

ちつと

 

ごほよふの

ために

おしのびで

おいで

なさ

るが

よろ

しう

ござり ます

なんぼ

御ほふ

こうが

御だいしでも

御びやうき でも

でましてはと

わたくし

どもはきつうくろふに

なりますとしんじつの

よふにこじつける

 

若殿は御奉公を大切に勤め、御家来の内にもお気に入りというも無し、

皆々至極勤め良く、お好きという事も無ければ、取り入る事も無し。

或る奴なれど、お側の内に佞人者にて、番場忠太(ばんばのちゅうた)が甥に、

番場忠二(ばんばのちゅうじ)という者あり。折を見合わせ、ご謀反を勧め申す。

御前は御学問や御武芸の御稽古ばかり遊ばしては、きつう

御根(こん)の毒でござります。ちっと御保養の為に、お忍びでお出でなさるが

よろしゅうござります。なんぼ御奉公が御大事でも、御病気でも出ましてはと

私どもは、きつう苦労になりますと、真実の様にこじつける。

 

(右頁下)

おふさ

そうた

/\

おうさ、そうだそうだ

(左頁下)

まつおき

ばらしに

つるがおかの

八まんまへ江

御出あそはせ

きた/\では

きがはれ ます

先ず、お気晴らしに鶴ヶ岡の八幡へお出で遊ばせ。

来た来た(?来さえすれば?)では気が晴れます

 

 

8

ばんばの

忠二

とふやら

こふやら

すゝめいだし

たいしやう

そのひの

いで

たちは

とびいちちりめんの三ところ

もんにくろちりめんの小そで

ひどんすのおびくろろのづきん

いくびにきなしいつきどふ

ぜんのもの二三人ひきつれ

大いそへ

おし

よせ

ければ

まい

づるやの太夫

たきかわを

やくそくして

おき

しよ

かいなれ共

ちやや まで

むかいにいで

新之丞が

 

おとこふりに

なれそめ

ふかき中と

なりけり

これより

忠二

おきに

いりと

なり

とふざの

ごほふ

びと

して

しろ

かね

づくりの

おき

せるを

くださり けり

 

番場忠二、どうやらこうやら勧め出だし、大将その日の出で立ちは、

鳶色縮緬の三所紋(みところもん)に、黒縮緬の小袖、緋緞子の帯、黒絽の頭巾、

猪首に着なし、いつき(居着?)同然の者、二、三人引き連れ

大磯に押し寄せければ、舞鶴屋の太夫、瀧川を約束して置き、

初回なれども茶屋まで迎いに出で、新之丞が男ぶりに、馴れ初め深き

仲となりけり。それより忠二、お気に入りとなり、当座のご褒美として、

銀(しろがね)作りの御煙管を下さりけり。

 

(左頁下)

むかしの

もへぎがよに

でた も

ありがたひ

昔の萌黄が世に出たも有り難い

 

うまい

ねへ

上手いねえ

 

 

9

新之丞

ひにまし

ふかきなかと

なり

たき川も

たひ/\

なれども

すこしづゝもとめおきそのうへおくがたの

ある事もしりながらかへろふといへは

しやくをおこし女郎がいに

かふしやくもあれどいろおことは

いちわりがたしやふぶな物

しいよふなれども

かふる事も

はやし

 

かけゆいんきよ

してなにの

ふそく

なきに

ねいじんの

すゝめにて

わかとも

身もち

あしく

なり

給ふ事ひそかに

ひめきみにあひ

かならず/\

おんなのたし

なみは

りんき

しつと

事にしも/\とは

ちかふいろはたんかのよふに

ふうふけんくわはなるまいし

とうじやう寺のやうにつのゝ

はへぬやうにいけんし給ふ

 

新之丞、日に増し深き仲となり、瀧川も度々なれども少しずつも留め置き、

その上、奥方のある事も知りながら 帰ろうと言えば癪を起こし、

女郎買いに講釈もあれど、色男は一割方勝負(丈夫?)な物、しい様なれども、

買うるる事も早し。(?)

勘解由隠居して、何の不足無きに、佞人の勧めにて若殿身持ち悪しくなり給う事、

密かに姫君に会い、必ず必ず女の嗜みは、悋気、嫉妬、殊に下々とは違う

いろは短歌の様に夫婦喧嘩はなるまいし、道成寺の様に角の生えぬ様に

意見し給う。

 

(右頁下)

あしたまた

こよふ

明日又来よう

 

こんやは

おいで

なんし

今夜はお出でなんし

(左頁下)

おんなどもの

いふ事を

ま事に

しやんな

女共の言う事を誠にしやんな

 

 

10

ちゝうへのいけんを

まもりかたくりんきを

たしなみたまへとも

おつぼねとおくからうと

そうだんとゆめを見 給ふ

〽おくづき石山甚太夫

よびおつぎ/\の女中

よりやいあれほどおなかの

よいごふうふ中大いそへ

ばかりおかよひなされ

なか/\わたくしども

なればたいていの

りんき所ではあるまひ

ごふくやへうろこの

小そてをあつらへ

ひたか川なら

ちよきにでものつて

おつかけるにすこしも

おはらもたゝず

いかにしてもけいせいめか

 

にくいやつ

その女郎さひ

なければ

こふいふ

事も

あるまい

にくゝて

なり

ませぬ

どうそ

しやふは

ござり

ますまいかと

そうだん する

 

父上の意見を守り、固く悋気を嗜み給え共、御局と、奥家老と

相談の夢を見給う。

〽奥付き石山甚太夫を呼び、お次お次の女中寄り合い、あれほど御仲の

良い御夫婦中、大磯へばかりお通いなされ、中々私どもなれば、

大抵の悋気所ではあるまい。呉服屋へ鱗の小袖を誂え、日高川なら

猪牙にでも乗って追っかけるに、少しもお腹も立たず

いかにしても傾城めが憎い奴。その女郎さえ無ければ、こういう事もあるまい。

憎くてなりませぬ。どうぞ仕様はござりますまいか、と、相談する。

 

(右頁下)

ひめきみ

くさそうしを

よみかけとろ/\

ねむり給ふ

姫君、草双紙を読みかけ、とろとろ眠り給う

 

(左頁下)

ゆふぢよどもの

たらしをるは

このほうどもの

ふんべつにも

まいらぬ

遊女どもの誑しおるは、この方どもの分別にも参らぬ

 

 

11

太夫かたきこゝろにて

女中ととり/\゛たき川を

にくゝおもひほかに

しあんもなくうしの

ときまいりと

こゝろづき

まつあたまの

うへのらうそく

たてかなくては

なるまいと

かまくらちうの

ふるもの見せを

せんぎして

見れど

きうな事ゆへ

ひとつも

なし

三ほん

あし

まへ

 

ごとくと

まで

こゝろ

づけ

ども

さきか

まかつて

いるゆへ

らうそくが

たゝず

しかくな

ごとくにては

あしがいつほん

おゝしらうそくの

ものいりは

かまわねども

四ほんといふは

きゝおよばす

いくらもふるいのが

ありそうなものひとつも

ないといふものはえんしう

はままつじやないが

ひろいよふで

せまいとおもふ

 

太夫、固き心(仇心)にて女中と共々瀧川を悪く思い、他に思案も無く

丑の刻参りと心付き、先ず、頭の上の蝋燭立てが無くてはなるまいと、

鎌倉中の古物店を詮議して見れど、急な事ゆえ一つも無し。三本足

前(?)五徳と迄心付けども、先が曲っている故蝋燭が立たず、

四角な五徳にては足が一本多し。蝋燭の物要りは構わねども、

四本と言うは聞き及ばず。幾らも古いのが有りそうなもの、一つも無いと

言う物は、遠州浜松じゃ無いが、広い様で狭いと思う。

 

(左頁中)

ぎん三両で

ごさります

銀三両でござります

(下)

むこふの

てつやかんは

いくらだの

向こうの鉄薬缶はいくらだの

(左頁下)

そぐ

なは

ないかの

この足にそぐ〈そぐう〉のは無いかの

 

 

12

いろ/\と

せんぎ

すれども

らうそく

たてに

こまり

ひそかに

かぢやへ

きたり

ねだんは

のぞみ

したいに

つかわす

よなべにでも して

人のめに

かゝらぬ

よふに

たのむと

ちうもんを

見せ

すい

ぶんあたまへらうそくの

なかれぬよふにさらをも

つけかぜかあたつて

きへてはならぬ

 

のんのりも

いつしよに

いゝつけて

くだされついでに

かなづちも一本

とゝのへねば

ならぬと

あつらへければ

あまりたび/\も

なきさいくゆへ

ふかつてなれと

もちはもちや にて

ぐつとのみこみ

うけとり けり

 

色々と詮議すれども、蝋燭立てに困り、密かに鍛冶屋へ来たり。

値段は望み次第に遣わす。夜なべにでもして人の目に掛からぬ様に頼むと

注文を見せ、随分頭へ蝋燭の流れぬ様に皿をも付け、風が当って消えては

ならぬ。雪洞も一緒に言付けて下され、ついでに金槌も一本調えねばならぬと

誂えければ、余り度々も無き細工故、不勝手なれど、餅は餅屋にて、ぐっと

呑み込み受け取りけり。

 

(右頁下)

かよふな

まるい物は

むつかしふ

ごさります

かぢかまるは

いがんだと

いわれては

なり

ませぬ

斯様な丸い物は難しゅうござります。鍛治が丸が歪んだと言われてはなりませぬ

(左頁中)

とんだ

ながつちりな

きやくだ

とんだ長っ尻な客だ

 

 

13

ほと

なく

した

くもできおれきれきの

事なれは

御じしんには

したまわず

ごだいさんにて

明神のもんぜんまで

ひやううちののりもの

しやうふかわのおとも

うしの

上こくに

来り

 

かたへに

とも

まわりを

またせ

しんぼくのそば

までたゝひとり

 

おさたまりの

しろしやうぞくてんきが

よくてもたかあしだにて

九尺ばかりあるうしの

ねている所をちよいと

またぎおもふうらみを

とりこえおさんと五寸

くぎをかなつちにて

とん/\とゝんと

うちこむ

 

程無く支度も出来、お歴々の事なれば。御自身にはし給わず、御代参にて

明神の門前迄鋲打ちの乗り物、菖蒲皮の御共、丑の上刻に来り。

傍(かたえ)に供回りを待たせ、神木の傍迄只一人、

お定まりの白装束、天気が良くても高足駄にて九尺ばかり有る牛の寝ている所を

ちょいと跨ぎ、思う恨みを取り殺さんと五寸釘を金槌にて、とんとんととん、と

打ち込む。

 

(下)

やれ おそろしや

おとこの

てぎはには

いかぬ

事じや

やれ恐ろしや。男の手際には行かぬ事じゃ

 

 

14

ひめきに

とろ/\と

ねむり

給ひ

おそろしき

ゆめにて

めをさまし

ちゝうへの

ごいけん

りんき

しつとははづかしく

うわきにもつゝしみ

給ひけれども

こゝろにこゝとで

あいそかつき

ごきぶなしく

おかほいろあしきゆへ

みな/\おとろき

おくすりよ

おゆよと

さわきけれど

うき/\とも

したまわず

おむづかるゆへあんしける

 

ひめ

きみ

人に

はなし

たま わす

たき

かわが

おもわく

さぞや

つね/\゛

りんき

ふかからんと

おもわんと

おぼしめし

まいづる

までひそ かに

おつかいを

つかわされとのさまの

たひ/\お出あそ はし

さぞなにか

おせわと

れいながら

たづね

来る

 

姫君とろとろと眠り給い、恐ろしき夢にて目を覚まし、父上の御意見、悋気、嫉妬、

恥ずかしく、浮気にも慎み給いけれども、心に心で愛想が尽き、ご気分悪しく、

お顔色悪しき故、皆々驚き、お薬よ、お湯よと騒ぎけれど、浮き浮きともし給わず、

おむずがる故案じける。

姫君、人に話し給わず、瀧川が思惑、嘸や常々悋気深からんと思し召し、舞鶴屋迄

密かにお使いを遣わされ、殿様の度々御出遊ばし、嘸何かお世話と、礼ながら尋ね来る。

 

(中程)

〽はてめつらしいおきやくだおまへ さま

かどちがいては ござり ませぬか

はて、珍しいお客だ。お前様、門違いではござりませぬか

 

 

15

たき川

ひめより

おれいとして

こま/\との

やうすを

きくいかばかり

此ほうを

おうらみ

なんしても

ごもつとも

なれども

いかになかれの

身にても

めんぼくも なし

ふとなれ

そめしより

きんぎんにて

たいせつに

せしといふ

でもなし

たとへ

こいには

いのちも

すつる

 

ものなれど

おこさまへは

ぎりたゝず

けいせいは

人てなし

いづれ

おなし

こゝろかと

おさげすみ

なんしては

おなじ ながれの

かほゝも よごして

いゝわけ なく

いちそもふ

どふしんしやふのふ

からしいと

おもふ

 

瀧川、姫より御礼として細々との様子を聞く。如何許この方をお恨みなんしても、

ご尤もなれども、如何に流れの身にても、面目も無し。ふと、馴初めしより、金銀にて

大切にせしと言うでも無し、例え恋には命を捨つる物なれど、奥様へは義理立たず、

傾城は人でなし。何れも同じ心かと、お蔑みなんしては、同じ流れの顔をも汚して

言訳無く、いっそ、もう、どう信じよう、もう馬鹿らしいと思う。

 

(右頁中)

おやしきはきれいだの お屋敷は綺麗だの

(下)

瀧川さんの

きやふだい

しゆかの

瀧川さんの兄弟衆かの

(左頁下)

たび/\ 御出

あそばし さぞ

御せわに

ござり

ませふ

度々御出遊ばし嘸御世話にごさりましょう

 

 

16

新之丞は

いつもの

とをりに

きたり

瀧川に

あいけれ共

ついぞなく

ふん/\と

してなにか

わからずがてんの

ゆかぬ事と

おもひこいなれは

こそあやまrち

ぐちなんと

いふても

つん/\と

ばかり

もし

また

ほかの

うちへ

でも

いくと

 

いふものでもあるかと

といかゝればなにとも

あいさつもせすくつと

かんしやくをおこし

ふんごぶしのやうに

あとであやまる

つもりにて

したゝかちやうちやく

すれど

うむの

あいさつも

せずさては

ほかによい

きやくが

あつてあいそ

つかしと見へた

そふとは

ゆめにも

しらなんだ

ま事の

ちく

しやう めと

はら たあち

かへり ける

 

新之丞はいつもの通りに来り。瀧川に会いけれ共ついぞ無くぷんぷんとして、何かかわらず

合点の行かぬ事と思い、恋なればこそ誤り、愚癡なんど言うても、つんつんとばかり。もし又

他の家(うち)へでも行くと言うものでもあるかと問い掛かれば、何とも挨拶もせず、ぐっと

癇癪を起こし、豊後節の様に後で謝るつもりにて、強か打擲すれど、有無の挨拶もせず、

扨は他に良い客が有って愛想尽かしと見えた。そうとは夢にも知らなんだ。誠の畜生めと、

腹立ち帰りける。

 

(右頁下)

見さげ

はてたちく しやうめ

見下げ果てた畜生め

(左頁下)

忠二

おとろき

かけきたる

忠二驚き駆け来たる

 

 

17

新之丞

瀧川か所にて

はら

たち

けれ共

すこしも

とめも

せず

かへし

けるゆへ

これまで

いろ/\

たまされ

かよいしが

かないの

ものにも

めんぼくも

なく

おもへは

/\

はらのたつ

もはや

ひとめも

 

見るしよ

ぞんもなしと

大いそ

かよひを

さつはり やめ

うちに

ばかり

とぢ

こもり

四きの

ほつくを

かんかへたり

百いんの

てんとり でも

して

たのしみ

これほど

おもしろい

事をすて

よしなき

事に

おもひたしても

くちおしいと

おもひけり

 

新之丞、瀧川が所にて腹立ちけれ共、留めもせず帰しける故、これまで色々騙され

通いしが、家内の者にも面目も無く、思えば思えば腹の立つ、最早一目も見る所存も無しと、

大磯通いをさっぱりやめ、家(うち)にばかり閉じ籠り、四季の発句を考えたり、百韻の

点取でもして楽しみ、これ程面白い事を捨て、由無き事に、思い出しても口惜しいと

思いけり。

 

(右頁中)

けいせいといふても

女ほうと

いふても

こいさ

傾城と言うても女房と言うても恋さ

(中下)

けいせいといへば

こいになりますか

傾城と言えば恋になりますか

(右下)

おつかい か

かへり

ました

お使いが帰りました

 

 

18

わかとの

身もち

ほふらつは

はんはの忠二が

しわざにて

そのきよに

のつておゝくの

御用金を

ぬすみ

いたしたれも

しらぬと

おもひ

まし/\゛

しやあ

/\

として

いれば

そばの

もの

でも

しら

ぬ共

てんとう

さまは

御そんじ

にて

すこしの

事より

あくが

 

あら

われ

もふ

せん

かぶり

よりかせには

うけとり

にくけれども

わりたけ

にてたゝき

だされ

けれとも

おきの

とくと

いふものも

なく

いつかちう

くちを

そろへて

そうた

ろう/\と

いふもの

ばかり

 

若殿、身持ち放埒は番場忠二が仕業にて、その虚に乗って多くの御用金を盗み出だし、

誰も知らぬと思い、まじまじ、しゃあしゃあとしていれば、側の者でも知らねども、天道様は

御存知にて、少しの事より悪が顕れ、毛氈被りより枷に受け取りにくけれども、割竹にて叩き

出されけれども、お気の毒と言う者も無く、一家中、口を揃えて「そうだろう、そうだろう」と

言う者ばかり。

 

(右頁下)

くさそうしのせりふの

とふりたいぼくの

はへぎはたち ませい

草双紙の台詞の通り大木の生え際立ちませい

(左頁下)

忠二/\

たこの

くわへはじつ

ちやうと

わり竹にて

たゝく

忠二忠二、蛸の桑へは十町(?)と割り竹で叩く

 

 

19

つゝいづゝのもとにてふりわけ

かみのおりよりいもせの

かたらい又かわちの国

たかやすのさとへ

かゝりいければ

そのときおんな

うらむべきを

かぜふかば

おきつしらなみ

たつた山よわ にや

きみがひとり

ゆくらんと

よみければかわちかよひをやめけり

それにひとしく

瀧川をしんせつに

たのみければ

たき川ふり

つけ大いそ

かよひやみける

又瀧川が心もかんじ

やしきへ身うけして

たかいの心ま事あるゆへ

永く松山の言えさかえけるそめてたかりけり

 

筒井筒の元にて、振分け髪の折より、妹背の語らい。又、河内の国高安の里へ

掛かり行ければ、その時女、恨むべきを、

風吹かば 沖つ白波立田山 夜半にゃ君が 一人行くらん

と詠みければ、河内通いをやめけり。それに等しく瀧川を親切に頼みければ、

瀧川触り告げ、大磯通い止みける。又、瀧川が心も感じ、屋敷へ見受けして、

互いの心、誠ある故、長く松山の家栄えけるぞ、めでたかりけり。

 

(下)

あり

がたふ

そんじ

ます

有り難う存じます