仮想空間

趣味の変体仮名

大地震鯰問答

読んだ本 

https://dl.ndl.go.jp/pid/1304010/1/1

 

安政二年
十月二日 大地震鯰問答

「なまづ」
ヤアあめりかのへげたれめ此日本をばかにして二三ねん
あとからおしをつよくもきやァがるうぬらがくるので江戸の
まちがそう/\゛しいやくにもたゝねへかうえきなんぞ
とりかへべいはよしてくれ江戸中あるくあめうりで
たくさんだ用はねへからはやくしりにほをかけて
かぢをなをしてさつさと立され/\

「鯰」
ヤア、アメリカのへげたれ(阿呆:上方言葉)め、この日本を馬鹿にして、二、三年後から押しを強くも来やァがる。うぬらが来るので江戸の街が騒々しい。役にも立たねえ交易なんぞ、取替兵衛(とりかえべえ)はよしてくれ。江戸中歩くアメリカで沢山だ。用は無えから早く尻に帆をかけて舵(かじ)を直してさっさと立ち去れ立ち去れ。


アメリカ」
なにをこしゃくななまづぼうずてまへ
たちのしるところでねへおらが国は
おじひな国でしよく人でもかりうどでも
なんでもじひをするものはけふまで野山を
はたらひてもあすは見だされ王となる
それゆへ諸々のくに/\゛からしたつてくるので
がつしゆこくといふ国だァところがこまつた事には
人がふへてもっくふものがねへから日本へ米や大こん
にはとりをもらひに来てもくれやふがすけねへそれ
ゆへたび/\うるさくやつてくるはへ

アメリカ」
何を小癪な鯰坊主。手前達の知る所でねえ。おらが国は御慈悲な国で、職人でも狩人でも何でも慈悲をするものは、今日まで野山を働いても明日は見出され王と成る。それ故諸々の国々から慕って来るので合衆国と言う国だァ。ところが困った事には人が増えても喰う物がねえから日本へ米や大根、鶏を貰いに来てもくれ様が少ねえ(すけねえ:甲州弁)。それ故度々うるさく言って来るわえ。


「なまづ」
だまれペロリなんぼううぬが口がしこくじひの国だと
いつたとてくらいものがなければびんぼうこくにちがひねへ
あめりかに神や仏があるならば五こくもたくさんでき
そふなものねへとぬかすうへからはまいにち/\のくひ
ものを海ぞくなしてとつたにちがはぬこれをおもへば
わが国の神々さまがあつまつてしなどの風をふき
おこしうぬらがふねをはじめおろしやをうみへ
しづめしもたしか去年の十一月神はひれいをうけ
たまはずたはことつくなきくみゝはもたねへ/\

「鯰」
黙れペリー。なんぼう(いくら:上方言葉)うぬ(お前)が口賢く慈悲の国だと言ったとて、喰らい物が無ければ貧乏国に違いねえ。アメリカに神や仏が有るものならば、五穀も沢山出来そうなもの。無えと抜かす上からは毎日毎日の食い物を海賊為して盗ったに違はぬ。これを思えば我が国の神々様が集まって科戸(しなど)の風を吹き起こし、うぬらが船を始め、ロシアを海へ沈めしも確か去年の十一月。神は非礼を受け給わず。戯言つくな、聞く耳は持たねえ持たねえ。


アメリカ」
おかしくも道をこしらへていふなまづおのれ平日人間に
ひやうたんでおさへられながら去ねん霜月四日のひ
下田ぬまづをうごかしてわれ/\をおひかへさん
とすされどもうごかぬあめりかだましい

アメリカ」
おかしくも道を拵えて言う鯰。己平日人間に瓢箪で抑えられながら去年霜月四日の日、下田、沼津を動かして我々を追い返さんとす。されども動かぬアメリカ魂。


「なまづ」
エゝやかましい毛とうじんたちさらずば
どろのなかへうづめてくれん

「鯰」
エエ喧しい毛唐人達、去らずば泥の中へ埋(うず)めてくれん。


アメリカ」
うづめるならうづめて見よおれもけんづき
でつぽうだぞ

アメリカ」
埋めるなら埋めてみよ。俺も剣付き鉄砲だ。


左官
アゝ両ほうともにしづまれ/\とふからん
ものはひゞきのおとにもおきゝなせへ
ちかくはよつてめにもみますの古義の
やぶれすみからすみまであらうちを
たのむ/\とたのまれておちたるかべも
のしつける小手のきいたる江戸ッ子と
みなさん方のおほめにあづかるもこんどの
じしんのさはぎからこれをおもへばありがてへ
まづ/\/\御両所ともいざこざなしにくびつひき
アゝ見たくでもねへおよしなせへ

左官
アア両方ともに鎮まれ。遠からん者は響きの音にもお聞きなせえ。近くは寄って目にも見ますの古義の破れ、隅から隅まで荒打(粗打:あらうち)を頼む頼むと頼まれて、落ちたる壁も伸し付ける、小手の利いたる江戸っ子と、皆さん方のお褒めに預かるも今度の地震の騒ぎから。これを思えば有難え。先ず先ず先ず御両所ともいざこざ無しに首っ引き。アア見たくでもねえ、およしなせえ。