仮想空間

趣味の変体仮名

絵本浅紫

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ro09/ro09_04452/index.html

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2

絵本浅紫序

花は上野月は隅田川の流れに影ひろごり

て猶前編にもれたるを寝問(ねどひはどひ)の童我(わらんべ)の

詞につきて紅翠軒(こうすいけん)の答(こたへ)にまめやか

なれば又も二冊子の慰めぐさとはなれり事の

巧ならざれはとて自(みづから)浅紫と題せるを其まゝ

書肆(しよし)も媒介(なかだち)して浅からぬ朝紫と言葉を

そへ侍ることしかり

          浪花散人 玄々齋述

 

 

3

正月はじめの

ことばに

寝る事を

いねつむと云

寝(いね)るを

稲に とり なし

積(つむ)は

たのしきを

つみ かさぬる

 

にして いへり

古今 大歌 所(おほうたところ)の

御歌の なかに

あたらしき

年のはしめ に

かくし こそ

千とせと かねて

たのしきをつめ

 

 

4

根元 は

あさ くさ

金 龍山

聖天(せうてん) の

ふもと

靏屋(つるや) なり

此家に

およね といふ

むすめあり

 

才知

なる 生れ なり

此女

はしめて

これを

製す ゆへ

およねが 

まんぢう といへり

根本は

ふもとの

つるやうみ

つらん

米(よね)まんぢうは

玉子 なりけり

 

 

5

象棋(しやうぎ)は日本にて

織田信長

ころはじまり

其頃(そのころ)は

宗桂(そうけい)

宗古(そうご)

上手(しやうず)なり しとぞ

宜(よろしく)陣法を

 

かたとるもの

なるゆえ

士(し)のならひ

知りて

益(えき)ある

もの なる よし

されば

今も

その家を

たてゝ 禄を

たまふ

 

 

6

蕎麦切(そはきり)は

とりわけ

江戸を

盛美(せいみ)とす

中にも

浅草

道好庵(とうこうあん)の

手うちそばは

第一の

名物 なり

 

又これを

鬻(ひさく)ものを

けんどんといふは

給仕も

いらず

あいさつ

するにも

あらねば

そのさま慳貪(けんどん)なる

こゝろか 又 無造作にして

けんやくに かなひたりとて

倹飩(けんどん)と

書(かく)よし

 

 

7

胡鬼子(こきのこ)は

日光山(につくはうざん) あるひは

筑波にのみ

あるゆえに

これを

つくはねと

いふか

木の高(たかさ)

八尺に

すきず

夏花(なつはな) ひらく

其実(み)

 

小豆(あづき)ほどに して

上に葉つきて

そのさま

はごの子(羽根つきの羽根)に 似たるゆへ

またかくいふか

塩漬(しほづけ)にして

これを売(うる)なり

後水尾院御製

つくばねの

それには

あらで

こぎの

この

こよひの

月は

そらに

すめ/\

 

 

8

猪牙舟(ちよきぶね)は

明暦のころ

はじまるよし

其形(そのかたち)

猪(いのしゝ)の牙(きば)に

似たり

ゆえに

名づくるか

遊里(ゆうり)へ

かよふ人

はやく

いたるに

 

よきもの

なれば

これに

乗る

その早きこと

矢を つくが ごとし

はじめは

艫(ろ)二挺(てう)

立(たて)たる よし

これも

江戸の

名物か

 

 

9

伽羅(きやら)の

あぶらは

正保(しやうほ)

慶安(けいあん)の頃

京都にて

売(うり)はじむる よし

江戸 には

芝(しは) 大好庵(たいこうあん)

いがらし

 

下むら

ならざくら

中嶋(なかしま)

百介(ひゃくすけ)

など

製する を

佳品(かひん)とす

其外(そのほか)

名家(めいか)

あれども

江戸の

ひろき ことゆへ

しるすに

いとまあらず

 

 

10

田楽(でんがく)は

でんがく法師(ほうし)が

曲の かたち より

名を せり

かの きよく は

七尺ばかりの

細き棒に

下より三四寸上に

ちいさき貫(ぬき)を通し

此(この)小貫をあしかゝり

 

にして両足(りやく(う)そく)を

のせ

両手に

して

棒の上を

にぎり て

飛ぶ曲あり

其象(そのかたち)に

よく似たれは

とて

名とせり

江戸 真先(まつさき)の

田楽は

其味(そのあち)

他(た)にこへたり

 

 

11

江戸ざくらと

いふは

あえて 花の

名にも あるべ からず

江戸は

人のこゝろ ばえ

りつぱ にして

且(かつ)やさしき こと 

さくらに

たぐえ

たる もの か

 

夜着(よぎ)といふ事は

ちかごろのものなる

よし昔は小寝巻(こねまき)

とて常の衣服

のすこし大(おほき)なる

を下に着てその

うへに蒲団を

かけて

上つかた も

これを

めしたる よし

また蒲団は

かま(蒲:がま)の穂(ほ)

を団(まるめ)て入(いれ)し

ゆえに

名とする とぞ

 

 

12

水車(みつぐるま)を

作らしめ

農業の

たすけを

なし給ふは

良峰安世(よしみのやすよ)

といふ人

はじめて

工夫し

給ふ

安世は

桓武帝の

皇子

淳和帝の

 

御弟(をとゝ)

なり とぞ

万代(よろづよ)と

亀の

おやま の

松かれ を

うつして

すめる

宿の

池水(いけみづ)

 

 

13

静(しづけ)き 御代(みよ)の

繁昌 につけて

山海(さんかい)の 珍美(ちんび)を

目に 見るすら

御江戸の

有難き

殊(こと)に 卯月の

 

はつ 松魚(かつを) は

日本一の

産(さん)にして

其ころ

毎日/\

魚家(ぎよか) へ

入来(いりく)る

船のかず さへ

おそろ しき

ほどに侍(はんべ)る

 

 

14

慮橘(はなたちばな)のかげ

青きすだれは

ほとゝぎす

まつ一樹(じゆ)

の邊(もと)とも

見め

これは

民家の

かひま 見

する

管簾(くだすだれ)

 

青丹(あをに)の

色を

もて

染(そめ)

なしたる

其影(そのかげ)

夏は

ことさら

すゞし

 

 

15

隅田川(すみだがは)の

ながれ いよ/\

澄(すみ)わたる

浅草河(あさくさかは)

春は 白魚の

網引(あみひく) 舟の

この逍遥(せうよう)は

 

また

外(ほか)舟

あるべからず

かの 魚(うを)は

寛永(くはんえい)

の ころ

胤(たね)を

まかせ

られし よし

ありがたき

事にぞ

 

 

16

浄瑠璃(しやうるり)

といふことは

もと矢作(やはぎ)の

浄るり女(ひめ)が

事を 十二段に

つくり

はじめ たる

ゆえに

その名と

するよし

その

歌曲(かきよく)を

 

もて

人形に

振(ふり)を つけ

翫(もてあそ)ぶ

頓(とみ)の

興(きやう)には

碁盤(ごばん)

づかひ の

手練(しゆれん) など

辰松(たつまつ) より

起(をこ)るよし

 

 

17

女中(じよちう)の

髪を

そろゆるに

品(しな)あり

勝山結(かつやまむすび)

といふは

吉原(よしはら)の

遊女

かつやまが

風(ふう)に

はじまり

 

また 娘風(むすめふう)の

嶋田は

東海道

嶋田宿(しまだのしゆく)

おぢやれ(おじゃれ、と言って客引きをした女中) が

手より

出(いで)たるを

今は 高貴まで

その風(ふう)上(のぼ)りしは

ほまれなり

 

 

18

三味線(さみせん)は

元(もと)琉球(りうきう)より

渡るよし

それは

蛇皮(じやひ)にて

張(はり)たる とぞ

そのyふえに

じやび せんと

いへる 云かへて

さみせんと

 

称するなど

説なり

今はことに

此(この)曲

時流(はやり)て

名誉の

人多し

とりわけ

鳥羽屋(とばや:常磐津?) 流(りう)の

狂弾(きやうびき)は

又他国(たこく)に

あるべからず

 

 

19

常陸国(ひたちのくに)

鹿嶋(しま)の

御神(おんかみ)は

関東第一の

大社(たいしや)なり

此(この)神職(しんしょく)

諸国を

めぐりて

鹿島(かしま)の

神勅(しんちよく)を

 

告(つげ)しらせん

おどりて

人をよろこは

しめ

且(かつ)疫難(やくなん)を

さくる(避くる)の

行事を

なす

これを

かしま おどり といふ

誠(まこと)に

目出度(めでたき)

神慮(しんりよ)也(なり)