仮想空間

趣味の変体仮名

てんぐのだいり 下

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2533223/1/3

 

 

15

  てんぐのだいり 下

さてよりも十はうじやうどをおがみたてまつれば。ぢごくのうきに

ひきかへて。けんぶつもんぼうのしよぶつによらいの御さうがう。あり

がたきとも中/\にたとへんかたなし。中にもすぐれておがまれさせた

まふは。さいはうごくらくせかい。九ほんのじやうどにしくはなし。此九ほんの

じやうどにこそ。御ざうしのちゝよしともは。大にちによらいとなりた

まひ。ちうぞんにたゝせ給ふぞありがたき。大てんぐはきたのかたよ

りまいり。みろくぼさつに御おとづれ申。らいしたてまつりとを

りければ。こともあろかやるりのいさご玊のいしだゝみ。こがねをもつ

てらちをやり。七ほうのうへ木ひかりかゝやき。くどkちのれんげより

もくはうみやうをてらし。そのにほひふん/\たり。天人のあそぶひか

り。はなのいろにかゝやき。かれうびんがのさえづるこえ。なみのおと

にいたるまで。ほうもんならずといふ事なし。こゝに七ほうをかざりしもん

 

 

16

あり。これはいかにととひければ。あれこそしやばにてぜんごんをなし

。しじやうしんにねんぶつしてわうじやうをとぐるとき。此もんをひらき

てむかへ給ふ。そのときはなふりいきやうくんじ。おなくくもにひゞき

。みだによらい。くはんおんせいし。廿五のぼさつらいかうし給ふ也とえおしへ

けり。くうでんろうかくはすぎすぐれどもつくることなく。こん/\゛るり

のいさごは。ゆけども/\きはもなし。おんがくのおとはじねんとひゞき。は

た。けまんやうらくかゝるところもあり。おがみ申にくはんぎのなみだ

せきあへず。御ざうしをばこれにまち給へとて。わが身は大こくでんに

まいり。大にちによらいへ申けるは。しやばにまします。御子にうしわか君

ふしぎのえんにて。これまで御とも申て候。一めおがみ申たきよし

おほせ候と申上れば。大にち聞召。こはむねんおしだいかな。していは三ぜ

のちぎり。ふさいは二世おやこは一世のちぎり也。かなふまじとおほせける。

大てんぐかさねて申けるは。仰はさこそ御入候はんつれども。此わかぎみと

申は。三世をさとらせ給ふなれば。あはれ御たいめんとぞ申ける。大にち

 

(挿絵)

「うし若」

「大天くわかきみともない」

 

 

17

仰けるは。ふつほうの三ぜのりやくのちまたはいかにとゝはせ給ふ。天ぐ

承り。それこそ天上天げゆいがどくそんと申ても。一きやうもくらか

らずと申ける。大にち聞召。あら有がたやさらばこなたへとめされける

。御ざうしは御ざになをらせ給ひ。ほとけはれんげにざし給ふ。あらいたはし

や三世をさとらせ給へども。まだぼんぶにてましませば。まうしうのくも

おほひ。御こえばかりはきこゆれども。御すがたはみえ給はず。いかにうしわか

。もろ/\のきやうのなかに。第一めうほうのほつたいをばなにとさたし申

けるぞ。うしわかこたへていはく。それめうといつは。めうすなはちたえな

るのりととき給ひ。ふたつもなくみつもなし。只一ぜうのほうのみと。かや

うにさとり申也。其とき大にち。天ちわがうとふるたひちんとはい

かん。うしわかこたへて申さく。天ちわがうとふるたひちんといつは。天

には九千八かい七ながれ。ちにも九千八かい七ながれ。天には四千八天のくも

をはき。ちにはまた四千九せのせきをすへ。天ちわがうとふるたひち

んかくらいぶつそくたいざ一めいかくのごとしと申されける。大にちまた

 

とそつの三ぐはんとはいかん。うしわかこたへてまうさく。とそつの三くは

むといふは。やましもやまもひきよせて。むすべばしばのいほりなり

。とくればもとのはらなりけり。しふのしんとあかやうにさたし申けり

。大にちきこし召。こんがうのしんとはいかん。うしわかこたへていはく。こんがうの

しんとは。あじ十はう三ぜぶつ。みじ一さいしよぼさつ。だじ八万しよや

うげう。かいぜあみだぶつとさたし申候也。又とい給はく。こんがうのしやう

たいとはいかん。とく申せ。さん候こんがうのしやうたいといつは。木のおんに

て木に入。ひのおんにてひに入。水のおんにて水に入。かねのおんにてか

ねに入。つちのおんにてつちに入。きるもきられず。やくもやかれず。てに

もてられず。めにもみえず。たゞそのまゝのしやうたい也。大にちのた

まはく。此どよりしやばへむまれしとき。五のかりものあり。いづれの仏よ

りなにをかりたてまつりしやばせかいへむまれけるぞ。さん候五つ

のかりものと申は。ほねは大にち。にくはやくし。ちはくはんおん。すぢはあみ

だ。きはしやかの御まへよりかりたてまつりてむまれ候。しやばのえ

 

 

18

んつきじやうどへまいるそのときは。ぢすいくはふうくうとさだまる也

。かさねて大にち仰けるは。しやばのえんもつきはてゝ。じやうどにまい

るとき。五つのかりものをばなにとかへし候ぞ。さん候きのとくにて木に

かへし。ひのおんにてひにかへし。つちのおんにて土にかへし。かねのおんをば

かねにかへし。水のおんをば水にかへし。木を木ひをひにかへすとき。かぜふ

きゝたつてもとのつちぐれとなる。かやうにさとり申也。大にち又の

たまはく。いかにうしわか。けんにんでうの一くをはなにとかさたし申ぞや

。さん候けんにんでうの一くとは。こほる一てんのゆききえてのち。とく

ればおなじ。たに川の水。川は五つ。水は五しきにながるゝ也。五かいのしやべ

つはさていかに。うしわかうけ給り。五かいは。せつしやう。ちうたう。じや

いん。まうご。おんじゆ也まづ第一。せつしやうかいと申は。にんげんは申に

をよばず。ちくるい。てうるい。むしけらにいたるまで。ものゝいのちをころ

す事也。そのいましめのうたにいはく

 むくふべきつみのたねをやもとむらん。あまのしわざはあみのめごとに

 

とかやうにいましめ申也。ちうたうかいと申は。人のものをぬすみし事

。たとへはかみ一まい。ちり一すぢあんりとも。くれぬにとるはぬすみなり

。さればうたにいはく

 うき草の一はりともいそがくれ心なかけそおきつしらなみ

又じやいんかいとはつまのうへにつまをかさねず。そうじて人のつまを

おかすをじやいんかいのいましめとす歌にいはく

 さなきだにおもきがうへのさよごろもわがつまならぬつまなかさねそ

かやうにいましめ申也。まうごかいと申は。なきことをうそをつき。人

をたらすがまうでなりうたに

 花ゆきをこほりと人のながむるはみないつはりのたねとなるかな

さておんじゆかいは酒のむ事をいましむる

 酒のむとはなに心をゆるすなよえひなさましそはるのやま風

五かいかくのごとしと仰ける。又といたまはく。こそくすいめつとはいかん。こた

へてまうさく。かげんとうみやうぶつ。ほんくすいかくのごとし。大にち

 

 

19

とつての給はく。くはこげんざいみらい。三ぜふかとくとはいかん。こたへて

まうさく。くはこにてなせしせんごんは。げんぜのぜんと也。これ一せのふか

とくなり。げんぜにてごしやうぼだいをおこし。yほくほつしんすれば。み

らいにてぶつくはをうる。かやうにとりおこなひ申候と。ことばにはな

をさかせ。さもいさぎよくの給へば。大にちによらい大きにくはんぎし給

ひ。あふぎを天になげさせ給へば。有がたやまうしうのくもはれて

。たがひにめとめを見あはせ給ひ。むかしもいまもしやばもみらいも

。おやこのちふぃりはむつまじや。あらせいじんや。さてもゆゝしのうしわか

やと。御よろこびのなみだれん/\たり。御ざうしはゆめうつゝとも

わきまへず。御なみだせきあへず。うしわかこれへ/\とありければ。よ

しはゞかりはさもあらばあれ。御まへちかくまいり給へば。をくれのかみを

かいなでゝ。ぜんざいなれやしやなわふ。ぜんざいなれやうしわかと仰ら

る。さるほどによしとも。くどき給ふぞあはれなる。くはほうすくなきわ

どもかな。みづからいまのころまでも。よにあるものならば。かくうきめを

 

(挿絵)

「大天く」

「うしわか」

「大日わかきみたいめん所」

 

 

20

ば見すまじきに。くはこのかいぎやうつたなくて。よをはやうせしその

あとに。かひなきはゝ一人をたよりとし。かなたこなたとまよひしこと

のふびんさよ。さりながらみつから。草のかげにてあだなるかぜをも

あてじと。かげ身にそひてまほりしも。なんぢゆめにもしらまゆ

み。ひきかへげんじのよになすべきぞ。御ざうしは聞召。ながるゝなみだ

のひまよりも。それはともあれかくもあれ。かやうにほとけにならせ

給ひておはしませば。よにくるしみは候はぬか。ほとけ此よし聞召。へちに

くるしびはなけれとも。こゝにひとつの思ひあり。みやこにへいけのも

のどもが。あくきやうなせしおり/\は。みるにめんぼくなきまゝに。しゆ

らのくげんはのがれがたし。千ぶ万ぶのきやうもいらず。かたきをうちて

たび給へ。御ざうしは聞召。われら七のとしよりも。くらまの寺へ上り

がくもんきはめ。日々に御きやうどくじゆし。御ぼだいのためとえかう申

。さやうにおぼしめさるゝならば。けふよりしてしゆつけのこゝろうちすて

て。おうしうに下りつゝ。ひくはんけらいをいんずつし。かたきをうちて

 

まいらすべし。まほりのかみとなり給ひゆみやのみやうがあらせた

まへとこともなけにぞの給ひける。よしともなのめに思召。さらは

こしかたゆくすえを。あら/\かたりてきかすべし。なんぢよく/\ちやう

もんせよ。そも/\われらと申へ。せいわ天わうのそん。又せんぞの八まん

太郎よしいえは。十五のとしかど出なされ。とういをたひらげなを天か

にあけ給ふ。御身も十五になるならば。おくへ下りひでひらさとう

をたのみて。みやこにきつてのぼるならば。なにのしさいも候まじ

。まづらいねんは十四也。ちゝが十三ねんのけうやうに。五でうのはしにて

千人きりせよ。九百九十九人きつてのち。くまのゝべつたうたんそう

がちやくしむさいばうべんけいがきたるべし。うつなたすけてひくはんにせよ

。のち/\までも御身がようにたつべきぞ。それよりやかたに立かへり

ちまつりせよ。それより吉次をたのみ。あづまにくだるものならは十

ぜんじこまつばらにて。みのゝ国のちうにん。せきはらよ一といふ者

が。三十六きにきばうたせ。みやこへのぼるとて。なんぢにあふてくはん

 

 

21

たいすべし。あひかまへてかりそめごとゝはおもふとも。げんじのかど出な

るあひだ。のがさずきつておとせ。ゆんでをなんぢうつならば。めてをば

われらうつべきぞ。こゝにひとつの大事あり。なんぢかあづまへ下ると

きかば。はゝのときはがおつかけとめんそのために。あとをしたひて下る

とて。みのとあふみのさかひなる。山中といふところにて。くまさか

といふよたうのやつばらに。がいせらんぞあさましき。よしそれとても

ちからなし。これもぜんぜのしゆくこう也。さりながらやがてかたきはうた

すべし。そのときなんぢはみのゝくに。たるいがしゆくちうこうばうとい

ふものがところにとまるべし。吉次がたからをとらんとて。よたうどもが

入べし。あひかまへてはゝのかたきであるあひだ。のがすなあますな

きつてすてよ。思ふほんいをとげちまつりせよ。それより下るも

のならば。するがのくにばんばのしゆく。ふぢやたゆふといふものが所

にとまるべし。あらむざんやなんぢはふしぎのやまふにをかされて。あとま

くらともわきまへじを。吉次はうちすて下るべし。ふちやはやさしきもの

 

なるが。にようばうはじやけんほういちのものにて。なんぢをふきあ

げばま六ほん松にすつべし。そこにてなんぢむなしくならんむざん

さよ。さりながら三河のくにじやうるりひめを下し。よきにかんびやう

するならば。やがてへいゆなるべきそ。それよりのちはなにのしさいもなく

。おうしうに下りつゝ。ひでひらさとうをたのむべし。其のち四こくさ

ぬきのくにほうけんいつたはる。いしたまるたじんづうといふまき物

あり。ほうげんがひとりびめ。みなづるをんなにちぎりをこめ。かのまき

ものをぬすみとり。それよりかへり。又日のものよちうしとらにあ

たりて。きまんごくといふしまは。おにのしまにて有けるが。おにの大し

やうは。八めん大わうと申は。四十二くはんのとらのまきものをもちてあ

りけるぞ。かのしまにわたり。大わうかむこになり。ひとりひめのあ

さひ天によにちぎりをなし。此まきものをひきで物にとり。それよ

りも立かへり。ひでひら五十万ぎをいんぞつし。なんぢ十八と申に

は。みやこへさしのぼすべし。そのうちにはいづのくに。ほうでうひるかこ

 

 

22

しまに有つる。なんぢがあにのひやうえのすけもにんじゆもよほ

し出べし。一どうに心をあはせみやこにおしてのほるならば。へいけはかなら

すほろぶべし。さいかいにおひ下し。やしまのだんのうらにてたがひにい

くさをはげむべし。そのときへいけの大しやうのとのかみのりつね。なんぢ

にあふてやつぼをこふべし。あひかまへておくせずうけよ。これをもわれ

らはつすべし。さりながらおうしうのぢうにんに。さとうしやうじが二

人の子に。あにのつぎのぶが。なんぢか身がはりにたち。此やにあた

りてしすべし。これもぜんぜのしゆくぼうにて。それまでのいのちなり

。そのゝちいけはほろびつゝ。なんぢ廿一と申には。かならず天かをおさ

むべし。しからばひやうえのすえくぉば。くはんとうに御しよをたて。かま

くら殿とあがむべし。なんぢはみやこほし川の御しよとてあふかれ

なん。そのときはなにのしさいもあるまじ。さりながらかちはらがな

無地が事をあにのひやえのすけにざんげんし。きやうだいふわ

になるべし。其しさいをかたりてきかすべし。さきのよにらいてう。じしや

 

(挿絵)

「大日?

 

 

23

う。けいじばうとて。三人のひじりあり。らいてうといひしは。いまの

ひやうえのすけじしやうとは。ほうでうの四郎ときまさ也。けいじ

ばうとはかぢはらがことなり。そのときなんぢはやまとのやしろ

にこもりしねずみなるが。おひのなかにとび入て。六十よしうをめ

ぐりしくどくにより。いまうしわかとむまれをなす。さればきやう

のもんじをもつてなんぢとし三十二の四月廿九日には。おう

しうたかだちにてむなしくなるべし。かくのごとくぜんぜのいんぐはく

るまのにはにめくるがごとし。かまへて人をも身をもうらぬなよ。な

むぢかしゝてまいるじやうどをおがませんとて。あひのしやうじを

さらりとあけて。あれおがみ給へとてみせ給ふ。ありがたやこん/\

なり七ほうをもつてのべしき。やうらくにてかざり。二十五のぼさ

つしやうじゆ。おんがくをなしてまひあそび給ふ、あはれふたゝひしいや

ばへかへらずとtも。かゝるところにとまらはやなんど思召こそ有

 

がたけれ。大にち仰けるは。いまだしやばのえんつきず。かへり給へうし

わか。かまへてごしやうぼだいをかなしみ。へんしがあひだもねんぶつをわ

すれず。しじやうしん。ごんしん。えかうほつぐはんじんをむねとすへし。いと

まごひのはなむけに。しやばを見せ申さんとて。とあるしやうじをあ

け給へば。三千大せんせかいに。いつのなんどきいかさまのことありとも

。わが身をかゞみにうつすごとくに一めにこそみえけれ。かゝるきどく

はさすが六つうのぶつぼさつにてましませば。申もなか/\おろか也

。御なごりおしくは候へども。いとま申てさらばとて。御もんをさし

て立出給へば。大にちもしばしがほどみをくらせ給ひ。たがひのなみ

だせきあへず。大てんぐとうちつれて。だいりにかへらせ給ひ。しゝ

むでんのれんちうに入。みだいに申給ひけるは。御身のおほせにて

。ちゝの御めにおかゝりありがたさぞかぎりなし。いとま申て大天ぐ

いとま申てみだいとて。おもてをさして出給ふ。大てんぐもみだい

どころも。御なごりおしのわかぎみや。今しばしとありければ

 

 

24

又こそまいり候はめいまよりしてしていのけいやく申なりとて

いで給へばこかねのもんまでをくり申。さらばといふとおもへば

とうくはうばうの。なかのざしきへかへらせ給ふ。かやうのことをき

くからに。此よのうちはじんきれいちしんをおもてとし。うちにはご

しやうぼだいをねがふべし。これもけんじすえはんじやう百代

のごくはほうゆへとぞみえたりける

 

  萬治二年仲夏吉辰  「松會開板」