仮想空間

趣味の変体仮名

艶容女舞衣(竹本三郎兵衛・豊竹応律)下の巻


読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      ニ10-00038


52(左頁)
   下の巻 今宮戎の段
年々正月十日には戎の市と大坂の町の賑ひ近国近在歩行(あゆみ)を運ぶ貴賤
男女老も若いも我一に擲く宮居の後ろから 吉慶(きつけう)のはぜ袋 宝を枡で秤り天秤
銭銀(ぜにかね)小判五百目包皆銘々が商売の ぎえん祝ふて利鉢や 笹にぶら/\付けたるはお目
出たい代のしるしかや ヤア吉慶の炬燵/\ 今年の仕出し新物の大当り/\ サア/\/\/\一あたり
づゝあたつてぬくもつてござりませと 松原のかたかげに土邊を掘てしかける炬燵参り下
向が立当り 扨珎らしいは 此野中で炬燵とは 昔なからない図な趣向 これや当る筈じや


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ヤこちらもあたろと四五人か 車座に押当り ムゝウ扨えいは シタガぬるい火じやぞや ハイぬるい筈
でござります 此炬燵の火は 和歌三神でござります ヤア何じや此炬燵び火を和歌三神
とは ハテ和歌三神は 住吉明神玉津嶋明神明石の人丸明神じやござりませぬか そ
こで其三神をひとつにして炭玉赤し炭団の火でござります ハアこりや出来た
亭主はきつい歌人じやはいの 歌人は居ながら名所をしる こちらは又歩行/\炬燵にあたる
ハゝゝゝゝやれぬ/\もつた/\ ムゝもふいにましよと立別れ住家/\へ立帰る 何を種迚恋草の
しげき松山 浪はこす共 かはるまいぞやかはらじと 手を取て二人連 人の笑ひも悪

口も 耳へはいらす聞へぬは戎参りのしるしかや ヤア吉慶の/\ 今年仕出しの野中の
炬燵じや 大当り/\/\ といふにこなたは立留り ヤア爰であたらすのか 女中様聞しやん
したか ほんにマア こんな所で炬燵とはよい思ひ付でござります サレバ/\一あたりあたろ
じや有まいかいな ハテどふなりとお前次第 お前次第とはエゝ忝い コリヤ炬燵や相客
は叶はぬぞ ハイそりや呑込でおります ハアゝ女中とたつた二人連 こりや戎様に負ぬ
気でおめでたいを釣給ふな サア/\おあたりなされませといふに二人は 炬燵へぐつすり 申
女中様 道々もおつしやるた通り ほんにお前は男はないかへ アイ何の嘘を申ませふ 誘ふ


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水有らばてござんする エゝ有がたいと道からお連に成た思へば不思議なえんこう大師と
擽る足の指先はかはく間もなき置炬燵 無量の匂ひや こもるらん 上かんでんがくあん
ばいよし/\ 売声聞てこなたの女中 申しエ ヤア/\ 斯お目にかゝるも他生の御縁 どふぞ
わたしやお盃が戴きたい イヤモ夫レは我等も望む所 幸いの上かんや はつたりかんして持て
おじやと 云より早く上かんやが心得湯(たん)婆 差出せば 肴は何じや ハイ蒟蒻のでんがく
蛸の足にとりがいの刺味もござりまづ 申え ヤア/\ わたしやな 蒟蒻のおでんも好き
蛸の足も好きしやはへ ソレお好きとおつしやる持ておじや/\ そんならたべても 大事ないかへ ホゝお

好きならばいか程なりと サア是を肴に御酒一つと さす盃の 茶碗で四五はい田楽十串に
蛸の足 四五本かぶつて 申えヤア/\ あの鳥がいといふとゝは 尼が崎から貝の中に入てくるとゝじや
ないかへ いかにもそふじや わたしゃ其とゝがたへて見たい ソレ鳥貝と御意なさるゝ ハイ/\/\さらは刺味
と差出す 鉢引かへてむつし/\ ヲゝいしイ 正月やでござります 善哉かやく雑煮 申え
ヤア/\ あの善哉やかやく雑煮はナ それは/\奇麗に加減よふ致すげな わたしや五六膳
宛たべて見たい ハテお好なら あがれ/\小正月やが盛間 遅しと掻込み取込む餅の数 ぜん
ざい雑煮一前かはりに十四五はい 肩で吐息を 泥亀(すつぽん)汁/\と又売歩行をよびとゞめ


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申しえ ヤア/\ あの泥亀汁は 姫ごぜに薬じやげな わたしや一鍋程たべて見たい ヤア
まだ其上に泥亀もまいるか ガヲレ えらひつぎまへの イヤモそふ喰れてはいかな恋も覚め
果る もふお赦しと云捨に 群集に紛れ逃行けば 是気の悪い男づら 何所成と付て
行 まだ腹いつぱい喰にや置かぬとかけ出せば上かんや 餅や火燵や泥亀や コリヤ喰
逃に合したな 逃しはやらじと逸散に跡を慕ふて追ふて行 往来の中に只一人半
七が身の置所定めかたなき世のさまと心細道跡先を 見廻しながら立留り 義
理といふ物は叶はぬ物 三勝と深い中 折悪ふ十内殿に見付られ 逢たふ思へど五十両の金おれ

か方から調へて渡さねば義理が立たず アゝどふしたらよからふと 心に思ひ今宮の 戎の市も目に付かず
一人とぼ/\歩みくる こなたの方より今市の善右衛門 ?(かたげ)し笹も節くれ立つ庄九郎連てのつさのさ 思はす行合ふ
一筋道 半七じやないか そふ云は善右衛門 ムゝコリヤ戎参りしやるか ナンノイノ 勿体ないが戎所じやないわいの
ムゝ此間は親父の機嫌を損ひ勘当しられたとやら聞たが 定めて難儀て有ふ ガ
コレ用が有なら遠慮しやんな 三十両や五十両の事なら 何時成共用に立ふと常
にかはりし詞に半七 アノこなたがおれに金借してくれるか ハテこんな時が友達のよしみじや エゝ
夫近頃忝い 有やうは五十両の金がなければ 男の立ぬ訳が有る故 在所の一家共へ今無心


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に行く所よい人に逢て仕合ぜ サアどふぞ爰で五十両かしてと云たら大かた 三勝を書入の証
文じや有ふ ヤ何のいの 尤三勝に惚て居たれど よふ思ふて見れば吾儕(わがみ)と云ふ虫のつき 子迄有る中
を無理やりに引わけて 女房に持てから所詮面白ふない事故 三勝が事ふつつりと思ひ
切たナア庄九郎 ヲゝ夫々 迚も埒の明ぬ色事さつぱりと思ひ切たは善右衛門の男気 其
気づかひならちつ共ない事 スリヤ三勝か事は ヲゝ思ひ切たといふ証拠に五十両の金借してや
ろ エイ善右衛門殿ソリヤ真実か誠か ハテ疑ひ深い 後共云ず今渡そと 懐より財布取り出し
紐とく/\と五十両庄九郎が指出口 互の念じや半七常並の一札と 腰より天立取出せば

ヲゝ文書は常の通り 併し日書きの所を極月と書てほしいと言訳は 此金は在所の一家共へ問
屋から 便伝(ことづかつ)た金なれば 一月の利をつけめに借して来たと証文を見する為なれば 日
あいは格別 極月からの借ぶんにして貰ひたいと云は心の一工み 夫レとも知らずこなたはいそ
/\ ハテそりやどふなりと望次第と 手早に証文書き認め 年号は明和九年辰の
極月 幸い利も爰に有 是でえいか ヲゝえい共/\ソレ金取りやと包の小判 半七
は夢見し心地 イヤモ義理に詰つた五十両 才覚せふにも親の勘当 手詰の難義
と成た所救ふて下さる此御恩 忝い共有がたい共 礼は詞に尽されずと 手をつかゆ


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れば 何の礼に及ばぬ事 又用が有ならいふておこしや サア庄九郎 是から山の口で一つ呑ふかい
ヲゝそりやよからふ サア半七も行きやらんか イヤニ忝いがマア此様子 三勝にも知らせて悦はさふ ヲゝ
本に夫レもそうかい そんなら半七其内逢ふと二人は別れ歩み行 跡見送つてほつとため息
ヤレ/\思ひがけもないといふか アノ善右衛門が金借してくれふとは 本に狼狽へた神も御存ない
事 兎角人の底意といふ物は上からは見へぬ物 マア此訳を三勝に アイヤ/\ 三十日余りも延引
したれば 若しも又あちらの相談がよもやと思へど 夫から打ちたへて便りをせぬも不審の一つと 思
案途方に暮六つの かねの結びめ解く共なしに押開き 思はず内見て恟りし ヤアこりや

贋小判の拵へ物 ヤア/\/\取違へたか但し又 善右衛門が悪工か 何にもせよ追かけて 訳道
立てんとゆふしでや 神の御前を横切に跡を 慕ふて「追ふて行 も戻りも笹の葉
に 戎大黒宝舩 帆に穂栄へる米俵 えぼし茹で蓮づか/\と 善右衛門を先に立ち庄九郎が小歌
ぶし 土手の細道 あぶない合点じや浮雲(おぶない)合点じや こけて何でも落したら拾ふとアレ閻
魔が眼ばつてじや ハゝゝしたが此合邦が辻へ地獄から出見せして居るゝが能(えい)事もないか
して いつても苦い頬付と 悪口たら/\゛行跡から ヲゝイ/\善右衛門殿と 息もすた/\漸に走り
付き コレ善右衛門殿マゝゝゝゝマア待て下されと 呼とめられて立留り 半七じやないか 何ぞ用でも


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有てか 用か有かとはよそ/\しい 此金はとふしたのじやと小判の包投出せば 取上て
打守り 何やらきつい腹の立つ顔 合点が行ぬと包ほどいてこりや戎の小判 此小判
が何とした 何としたとはたつた今 こなたがおれに借した金 余りの嬉しさに改る事も打忘れ 跡で見
たればソレ其贋小判定めて思ひ違ひか取違へで有ふが こんな事の期(ご)が延びてはどう
やらこつちが心悪い 夫で直くに跡追て来ましたと半分云さず コレ/\半七 貴様ソリヤ何いふ
のじや 訳が知れぬわいの 尤そなたに五十両の金借したれど そりやソレ去年の極月の
事 それをけふ借ったとはハゝゝゝ物覚への悪い男では有はいの サア証文は極月と書たれど 借して

貰ふたは戎の社内で今の事 段々手詰に成た金借して下さる心なら コレ悪じやれなしに頼ますと
いふは血眼こなたは空うそ 半七わりや気でもちがやせぬか 借しもせぬ金を借った/\と アゝ聞へた
此どうみやくを持て来て 此善右衛門が贋金極りましたと 覚へもない悪名付けて 去年借した
十両をすなにせふと思ふのか アノ大盗人めが コレ善右衛門殿 ソリヤ余(あんま)りで有ふがの イヤモ何にもいふ
事はない 五十両の金借りさへせねば事の済む事 さつきの証文戻して下され ホ金さへ戻しや
証文戻さいで何とせふ ドレ金しよか サア其金はそこに有 そこにとはドゝゝどこに有 アノ此
わやひんか アノ戎の小判で正真の金の証文戻せか 洟たれめが コレ/\善右衛門/\マア/\


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待ちや/\ コレ半七ぼう おれはどちらの贔屓もせぬが 去年かつた金の証文を 戎の小判
で戻せとはえらふ悪い/\ デモあの人にかつたは其包 まだぬかすかい けふに限つて金借した覚へ
はない おれが借したは去年の極月 ソリヤ庄九郎吾儕も居やらふがの ヲゝ夫は覚へて居る
/\ ムゝそふ云しやればこrつちも又 極月に借った覚へはない おれが借たはたつた今 ヤコレ/\半七ぼう/\
おれはどちらの贔屓もせぬが 今かつた金に辰の極月といふ証文には何で判しやつた サア夫はアノ人
の望故 ソレさつきにお前もしつての通り ヤおりや知らぬ/\ マわしはどちらの贔屓もせぬが 人が望
みやわりや火でもくふか ヤコレ庄九郎 何のかのといふ事ない 命から二番めの大事の印形でつかり押

た証文が物いふぞよ 大衒(がたり)の泥坊めと 立蹴にどうど踏のめせば 半七は無念の涙 善右衛門
庄九郎コリヤわいらが工んで やり事にかけたのじやな/\ 尤其座で改めなんだはぶ念なれ共 みす/\
な悪工み イヤ悪工とは何のこつちや そしてわれが口から庄九郎じやのわいらじやのとは アタなめ過ぎ
た頤を 蹴裂てくれんと石割の 雪駄で顔を踏飛され もふ了簡がとうしやぶり
付く ?(かよはき)半七強気(がうき)の二人 打つつ擲いつ蹴つ踏づ急所にや当りけんウンと正気を失へば 善
右衛門手みじかに ナ成程合点 人はこぬかと傍(あたり)見廻し 脇指するりと切込む腕先 程よふ取て起上り コリヤ
善右衛門 何するのじや 何するとはしれた事 われが有ては三勝が手に入らぬじやによつてばらしてしまふ


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ヲゝそふ有ふと思ふた 一人は死ぬ覚悟せいと 刃物もき取り?(かたさき)すつぱり そりやこそ切たは人殺し
/\と わめきちらして庄九郎跡をも見ずして逃げ行ば 続て逃る手負はまつかい血みど
ろちんがい 足もがつくり合邦が辻を東へ「せき登る 天神坂の水の哀や善右衛門
逃ても逃さぬ比怯者 観念せいと又すつぱり 坂をころ/\遠近の 立つ足もなくひよろ
つきながら 死なじともみ合ふ我武者もの 切ふせ/\乗かゝりとゞめをさすが半
七が性根すはりし一心寺 勤経(ごんぎやう)の声後夜の鐘 響く所は山の口 死骸は此
儘此場のしぎ 人の知らぬも宵月の 入るさの跡をくらまして遁れ 行く身ぞ「危ふけれ

   上塩町の段
古郷は大和五条に名のみして 今は浪速の上塩町格子作りも小つくりに 三輪の山本
ならね共杉立つ軒の酒はやし 味醂白酒焼酎の 看板もからい渡世也 売場に居眠る
丁稚の長太 酒壺で天窓こつつり アイタゝゝといつじやい 人の天窓を擲きおつたは ハアゝ誰
も擲いたのじやなかつた おれがでに打たのじや アゝ何じや/\又弾くは/\ 隣の須賀都(すがいち)が稽
古じやそふな 何ぞ面白い事を諷へばよいが 可愛らしい前髪を あいそもこつそり坊(ぼん)に せふ
事もなき浮ふしの爰ばつかりに日は 照るまい ハアゝコリヤ万年草をやらかしおる コリヤ面白い よいよ


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様 長ふ頼みますと身を腹ばいに寝はらばい 余念たはいも納戸より 立出る此家の女房 ヤイ
長太よ 其なりはなんじや けふ親父殿を代官所からお召で お年寄や町のお衆と けさから行か
しやつた故 何事がおこつた事と 内でとや角案じて居るに 其気もつかぬ白痴(たはけ)者 嗜み
おれと??られて 俄にしよげりましくしと 水洟すゝる斗也 早日も西に片かげを 歩む姿は一風
有る 二つ三つの子を抱き 酒屋の暖簾押明けて お邪魔ながら酒を少々下さりませと 内へ
はいれば 何じや酒くれ こちの内にやる酒はない 通りや/\ イヤ私は物貰ひではござんせ
ぬ よい酒が一升かいたふござんすと いふに女房立寄て 又してもあほうめが 麁相ばつかり

ぬかしおる お赦しなされて下さんせ よい酒とおつしやるは 名酒でも上ましよか アイ 遣ひ物に
致しますのじや程に 随分よいのを内方の 塗樽に一升入れて下さりませ ヲゝおつかい物
なら相生がよからふと埃りを払ふ塗樽に 上具(じやうご)さし込み小きんのみ よいほどらいに詰
樽の口にべつたり名酒の書付 手早に張て差出せば ヲゝ相生とは目出たい名酒 価
はそこへ宜しうと おあし取出し指出し 近頃わりなき事ながら 内かたのわろ衆に 此樽持たせて
ちよつとそこ迄 雇はかして下さりませぬか アゝ夫は何よりお安い事 コリヤ長太よ 胸前垂
はづして 此女中様に付て往て 樽の明いた時取に行く様に 先様をよふ覚へて戻らふぞ ヤ申し


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どこ迄成と連てお出なされませ ヲゝ夫はマア/\お嬉しや お礼は戻りに申しませふ こな様
いかい大義じやのと挨拶つど/\つの樽を 長太に持たせ 出て行 引違ふて主半兵衛
老の五調(かんどう)気はいらくら 急ぐ足取我家の軒 跡に年寄五人組 打連伴ひ立帰れば
ヲゝ親父殿戻らしやつたか お年寄様どなたも/\いかい御苦労 思ひがけない代官所
お召故 何事がおこつたと けさからわしは案じつゞけ 気づかひな事じやござらぬか イヤお内儀
さして気づかひな事じやござらぬ 高が爰の半七が 山の口で人殺したアゝ申しお宿老様
半七が人殺サア伜めが一頃とは違ふて ぞけ出した故の勘当 御挨拶は忝けれど 先其

分になされて 何にもおつしやつて下さりますな 女房共定めて案じて居やつたで
有ふが 何にも気づかひな事じやなかつた 年の切れた証文の 売り買いすなは畏りましたと
何事なふ済んで戻つたが 皆様は嘸御退屈 御酒でもかんして上ましやと 夫が詞に悦ぶ
女房 夫レはマア/\目出たい事 身に覚へはなけれ共 時の災難でどんな事がおこらふと 案じ
た程は悦ばぬ 皆様の草臥休め 肴はなくと御酒一つと 立をとゞめてアゝお内儀 イヤモ
よしにさつしやれ/\ 下宿で支度して 酒もたんと呑で居れど りに入たかして酔も出ぬ
アゝ気の毒な事では有と宿老のなげ首何とやら様子有げの折からに 上の町から おい/\と


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泣て戻るあほうの長太 片手に酒樽片手に抱く稚子も 供に泣々 我家の内 又あ
ほうが余所の子にせぶらかされたな エゝよい年して何のほへざま 嗜みおれと??られてイゝエ こ
ちやせぶらかさりやせぬけれど さつきの女ごが おれを弁天の内へ連て行て ちよつとそこ迄行てくる
程に 此子をちつとの間 抱て居てくれといふて そしてからどこへいたやら戻らぬによつて 金毘羅
様や 八幡様や 生玉の内を あちらへいたりこちらへいたり尋る中に 此子が泣によつて 夫でおれ
もかなしいエヘン/\ やい/\何をぬかすやら それおのれがあほうじやに
よつて やつはり弁天の内に 待ておればよい事を 定めて爰へ尋て見へて有ろと

泣く子を偽寄(すかし)抱取り ヲゝよい子や 姫ごぜの子じやそふなと 長太が提げし樽打ながめ ハアゝかはつた
書付 進上茜屋半兵衛様と こちの名を書て有 コレ見やしやれ親父殿と 樽差寄すれば
ハテ此広い大坂 同し名も有らいでと いゝつゝ見やつて眉に皺 進上うへ塩町馬場先にて 茜
屋半兵衛様 ムゝ馬場先で 茜屋半兵衛といふはこちの事じやが 見りやこちの塗樽コリヤ
様子でも有る事か イヤ様子といふは さつきに見しらぬ女中が酒買に来て アノ長太を雇ふて連ていかれ
たが 其樽に此書付 ヤ何じや見知らぬ女が 酒買いに来た 其時の訳も云はず あほうを雇ふて
ハテめにょふなと 不思議に立寄る五人組 爰からが宿老の分別といふても詰まる塗樽の


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禿た天窓を傾けり 半兵衛膝をてうど打ち ハアゝよめた/\コリヤ捨子じやはいの ヤア捨子とは
何を証拠 ハテこちの内で買た酒に 進上茜屋半兵衛様と書付 其子をあほうに抱して
何所やら行方の知れぬは 疑ひもなき捨子 此半兵衛を見込に 養育頼む印の酒 サ何
とそふじや有まいか 成程/\云しやればそんな物 何のよしみもない人が 酒くれふ筈がない 是が捨
子ならマア何と 利口な仕様じやござりませぬか ソレイノ 蜜柑籠も入らず イヤモ新しい捨子の趣
向 コリヤ時花(はやり)ませふわいの シタガ捨子の筒もたせじやないかや ハテ何と致しましよ モウ斯つき付けられた
事じや物 養ふてやらさ成ますまい ヲゝ夫々こんな事も縁の物 乳味湯(にうみたう)で成りと育てま

せう ホゝ夫はいかい後生じや イヤ其かはり其子に付いて 違論妨げ有る時は 何時でも町
が証人 サゝゝゝ何と皆の衆 是をはねにモウ逝ふじや有まいか イカニモ左様と立上れば 半兵衛
夫婦つど/\にけふの御苦労御世話の礼 何やら物を云たけに 振向く宿老を目でとゞめ稚
子抱きおぢうばは一間へ「こそは入相の 鐘にちり行花よりも あたら盛りを独寝の
お薗を連て爺親が 世間構はぬ十徳に丸い天窓の光さへ子故に くらむ
黄昏時 主の妻は灯をともし表をしめにいそ/\と 出合頭にホゝ是は
/\宗岸様 そちらに居やるはお園じやないか アイ母様 おかはりもござりませ


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ぬかと いふ挨拶もごこやらに疵もつ足の踏途(ふみど)さへ 低き敷居も越へかぬ
る 宗岸は遠慮なく半兵衛殿お宿にかと 娘を連て打通れば 妻は門の戸
引立ててサア/\先お上りなされませと 奥底もなき詞の中夫と聞より半兵衛が
一間を出るしぶ/\顔 娘を連て逝れたからは こちの内に用はない筈 何の為
にござつた事と 針持つ詞に妻は気の毒 イヤもふ人様に追従云ぬ偏屈なこ
ちの人 必お気にさへられて下さりますな 此間は嫁女の帰つて居られまして いか
ひお世話でござりませふ ナンノ/\ 半兵衛殿の立つ腹は皆尤 三勝とやらに心奪は

れ 夜泊り日泊りして 女房を嫌ふ半七 所詮末の詰らぬ事と 無理に引立て逝
だのは 娘にひけを取すまい為おれが気遣ひ 夫レから思案をするに付け 唐も倭
も 一旦嫁にやつた娘 嫌はれふがどふせふが 男の方から追出す迄 取戻すといふ
理屈はない筈 コリヤ宗岸が一生の仕損ひと 悔んでも跡の祭り 園めも昼
夜泣悲しみ 朝夕(てうせき)も勤まねば 若しや病が起らふかと 見て居る親の心は闇 おれ
も天満に年古ふ住で居れば 人に利屈もいふものなれど 誤りは詫ねばならぬと
年寄の頬押ぬぐふて来ました 何角の事は了簡して 今迄の通り嫁じやと


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思ふてくだされ頼みます コレ御夫婦と 誤り入たる挨拶に お園もうぢ/\手を
つかへ とゝ様の逸徹で無理に連られ帰りしが 一旦殿御と極つた半七様 嫌はるは皆
私が不調法 どんに生れた此身の科 今から随分お気に入る様に致しませふ程
に やつぱり元の嫁娘と おつしやつて下さりませお二人様と跡は詞も 涙なり ヲゝ
何のマア そつちさへ其心なら こつちはかはらぬ嫁姑 ノウ親父殿 そふじやないか イヤそふじや
ない 昔唐にも例しが有 太公望とやらいふ人の妻 夫に隙取り月日を経て 詫言に
来りし時 鉢の水を大地に明けさせ 其水を鉢へ入れよ 元のごとく夫婦にならんと 太公望

いはれたと 日外(いつぞや)講釈で聞て来た 夫レとてうど同し事 こなたの方から
無理隙取て 今さら嫁と思へとあ いつ迄いふても返らぬ事 口詞叩かずと早ふ
連て逝つしやれ/\と にべもしや/\りも納戸 顔を背けて居たりける
ヲゝ其腹立は尤/\ ガ重々不調法は此天窓にめんじ了簡して どふぞ嫁に いや
でござる 伜めは勘当したれば 嫁といふべき者もない筈 サア夫レもこらしめの為
当座の勘当 イヤ 当座でない 七生迄の勘当じや ムゝ其又 七生迄勘当した半
七が替りに こなたは何て縄かゝつた ヤア サア半七とは親でも子でもないこなたが


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けふ代官所て 何の為に縛られて戻らしやつたと 思ひも寄ぬ宗岸が
詞に恟り驚く女房 嫁も供々立寄て 肌押脱がせば半兵衛が 小手を
ゆるめし羽がいしめ ノウ情なや何故と 嫁はうろ/\女房も 取付き歎けば宗岸
が イヤまだ驚く事が有 聟の半七は人殺し 御尋ものに成たわいのと 聞くより
二人は恟り夫レは何故どふした訳 様子を聞せいてコレ/\半兵衛殿ととへどもさらに返
答は 差し?六(うつむ)いて詞なし 宗岸涙の目をしばたゝき 一昨日の晩 山の口で 善右衛門
を殺したは 茜屋の半七と 噂を聞た其時は 驚くまいか恟りせまいか 膝も腰

もぬけ果しが 思へば/\不孝者 よい時に勘当さしやつて 親に難義
のかゝらぬは まだ此上の仕合せと 思ふたは他人の了簡 違ふたこなたの縛り
縄 科極つた半七が命 一日なりと延ばしたいと 人殺しの科を身に引
請け 縄かゝつたとこなたの心は 真実心に子を思ふ親の誠と 知ればしる程宗
岸が仕損ひ 半七の身の難儀 こなたも勘当してしまひ おれも娘を
取戻したら 親にかゝる首綱もなくよい事したと世間から誉る人も有ふが
親となり舅と成が 大ていふかひ縁かいのふ かういふ宜義(しぎ)に成た時は 誉られ


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るより 笑はれるが親の慈悲 片時も早ふと連て来た心はの 一旦嫁に
おこしたれば 半七がいやがるなら ハテ尼にしてなと此内で 御夫婦のなき跡の
香花なり共とらしてくだされ コレ手を合して頼みます 詫言が叶はぬと
内へ連ていぬならば 引放されたとつき詰て 短慮な心も出しおろうと 此
事のおこらぬ先から 案し過して夜の目も合ず 母親はなしたつた一人 あいつを思ふ
おれが因果 こなたの縄目も半七が 科人に成たら猶可愛かろ 譬ば又
勘当が定でも 久離切たが誠でも 真実親子の肉縁は 切るに切られぬ

血縁(ちすじ)の親 おれもこなた程はなけれ共 娘は可愛 まして勘当はせぬ娘
愚痴なと人が笑はふが おりや可愛い不便にござるコレ/\ 聞入れてたべ半兵衛
殿と是迄泣ぬ宗岸が こたへにこたへしため/\を たくしかけたる叫び泣 我(が)強ふ
生れし半兵衛も 舅の心根思ひやり ヲゝ道理じや/\宗岸殿と 跡
は詞もないじやくり妻もお園も一時に 四人が涙高水に樋の口 明かし
ごとくなり 半兵衛涙の内よりもお園が顔を打守り 何から何迄気を
付けて 孝行にしてたもる こんな嫁が尋た迚 最一人と有ものじやない 世間の


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人の嫁鑑 半七が事は思はぬが そなたに別るゝ半兵衛は よく/\の不仕合せ
どふぞいなせとむない かへしともないとは思へども こつちに置ば此儘若後家 お
りやそれが可愛いとしうおじやる 夫レで詫言聞入れぬ 了簡して呼戻
さむ コレ嫁女 必むごいと恨んでばしたもんなや 一人の伜はお尋者 あすより
誰を力にせうぞ 孝行にしてたもつたが今では結句 怖(うらめ)しいとせき上 せき
入る舅の背(せな)さするお園も正体なく伏しづむこそ道理なり 半兵衛漸
顔を上 いはねばならぬ事も有れど 孝行な嫁女の手前 胸につまつて

いひにくひ 宗岸殿 奥の間でいひ明かさん コレおその そなたをさら/\
嫌ふじやない 気にかけてたもるなや 舅殿へ咄す中 暫く爰にと
三人はしほ/\奥へ泣に行 心の内ぞ 哀なり 跡には お園が 憂き思ひ かゝれ
としてもうは玉の 世のあぢきなさ身ひとつに結ぼれとけぬ片糸の
くりかへしたるひとり言 今頃は半七様が 何所にどふしてござらふぞ 
更返らぬ事ながらわしといふものないならば 半兵衛様もお通に免じ
子迄なしたる三勝どのを とくにも呼入れさしやんしたら半七様の身


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持も直り 御勘当も有まいに思へば/\此園が 去年の秋
の煩ひに いつそ死で仕廻ふたら 斯した難儀は出来まいもの
お気に入らぬとしりながら 未練なわたしが輪廻ゆへ 添臥(そひぶし)は叶はず
共お傍に居たいと辛抱して 是迄居たのがお身の仇 今の思ひ
にくらぶれば一年前に此そのが しぬるこゝろがつかなんだこらへ
てたべ半七様わしや 此やうに思ふて居ると恨みつらみは露程
も 夫を思ふ真実心猶いや まさる憂き思ひ あすはとふから爺様に 又連れ

られて天満へ逝 半七様のひよつとした はかない便りを聞ならば 思ひ死にに
死ぬで有ろ 迚も浮世は立てぬ覚悟 嫌はれても夫の内 此家て死は後
の世の もしや契りのつなにもと 最期を急ぐ心根は 余所の見る目も
いぢらしし かゝる哀もしらぬ子の 泣声に目やさましけん 一間を出て乳
飲(もゝ)ふ 乳がのみたいおば/\/\と お園が膝に寄添ふ子の顔見て恟り
抱き寄せ ヤア其方(そなた)は美濃屋のお通じやないか 爰はどふしておじやつたと
不思議ながらも抱上れば 半兵衛宗岸母親も 一間の内を転(まろ)び出


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ヲゝコレ/\嫁女忝い其心 障子の内で聞度に 拝んで斗居たはいの
礼いふ事もたんと有れど 心のせくは此子の事 美濃屋のお通といは
しやつたは 半七と三勝の アイ お二人の中に出来た お通といふは此子じや
わいな ヤア/\親父殿聞しやつたか ヲゝ聞て居る 其お通をナゝゝ何で捨子に
してこちへはおこした こりや訳が有ふ 嬶懐か何所ぞに書た物でもないか
早ふ 尋ねて見やといふ内に わくせき明ける守り袋 内よりぱらりと落たる
一通 取間遅しと封押切 ヤア何じや 書置の事と書て有 ヤア/\これ/\

嫁女そなたのよいめてちやつとよみや/\ アイ/\ ナニ/\ 十度(とたび)契りて親子と
なる 父の御恩は山よりも高きとの世の教へ 我身にもわきまへ居り候
得共 其御恩も得おくらず 儘ならぬ義理にからまれて 心にも有ぬ不
孝の罪 御赦し下され度く候 わけて母様の御養育 申 お前の事で
ござります よふお聞なされませへ ヲゝよふ聞て居ます 聞ていますわいの
聞ているさの 障子より もれ出る月は さゆれど胸の闇 エゝ時も時
と隣の稽古 そして其跡は何と書て有ぞ アイ母様の御養育海より


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深き御恵み 親父様の御機嫌悪しい時には かげになり日なたになり 幾千
万のお心づかひも 泡と消行く我難儀 人を殺せし身と成候へば 思ひ儲け
ぬ御別れ エゝ/\そんならやつぱり 半七様はヲゝ 嫁女 善右衛門を殺しましたわい
のふ ハア あの又善右衛門といふやつが大ていや大かた悪いやつじやあい あんな悪者
でも喧嘩両成敗 我子の命を解死人取らるゝと思へば/\ 宗岸殿
ヲゝ エゝ口惜いわい/\ 鴛鴦のかた羽の とぼ/\と 子に迷ひ行さよ
千鳥 三勝は半七に添に添れぬ十内へ 義理故捨るうき命 又お園

へも立がたき 義理故捨し我子の顔 名残にせめて今一目と 供に戸口
に夜の靍 内にはそれと白髪の母 心ならねば書置を 又取上て読む
文章 人を殺し一日も生きなからへる所存はなく候得共 お通と申娘一人ござ
候て 殊にかよはき生質(うまれつき)不便さあまる親心 夫レに心が引されて けふ迄ながらへ
候得共 所詮助からぬ身に候へば 思し召も顧ず お通を遣し候まゝ 私のちい
さく成しと思し召され 御養育の御世話の程 くれ/\゛頼み上候 子を持て親の御
恩を知と おつうが不便さいぢらしさに 御二人の御恩の程 さら此身にしみこたへ


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有がたくぞんし奉り候 又々心からは 親父様の御勘当 相果候跡にても 御赦し
下され候やう 母様宜しく御取なし 是のみ黄泉(よみぢ)の障りにござ候/\ヲゝ
道理じや/\/\/\可愛やと泣声洩るゝ表には半七が身にこたへ かゝる歎き
も我故と思へば今さら 空醜(おそろ)しく身を悔んだる男泣 袖や袂をかみしめ/\
泣く音とゞむる憂き思ひ こなたはお園が猶涙 なく/\取上る書置の よむも
はかなき世の中に 女は其家に有りて定まる夫一人を 頼みに思ふ物に候所 其
頼みに思ふ我等が身持ち いつしかあいそらしい詞もかけず ついに一度の添

臥もなく候へ共 其色めも致さずして 夫大事親達大事と 辛抱に辛
抱なされ候段 山々嬉しく存しまいらせそうろう 今迄すげなふ致せし事も さら/\嫌ふ
ではなく候へ共三勝とは そもじの見へぬ先からの馴染にて 子迄儲けし
中に候へば 互に退き離別(さり)も成がたく心にはあらで それとはなしに そもじへ
疎遠に打過ぎまいらせそうろう 併し夫婦は二世と申事も候へば 未来は必夫婦にて/\候
まゝ 是迄の事は御赦し給はるべく候 ヲゝこりやマア誠か半七様 ハゝゝゝヲゝコリヤ
娘 未来で夫婦と書て有かいやい/\ アイ/\ 未来は未来じやが 一日なりと此世


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で 女夫にして やりたい/\ 何としてマア此半七は 善右衛門を殺しました
ぞ ドレ/\娘もちつとじやドレ おれが読みませふ 兎角不孝の我等に候へ
共 死後には嘸やお二人や 宗岸様の御歎き 随分/\力を付け 此身に
かはつて御孝行になされ給はるべく候 申残したき事共は数々に候へ共 涙に
字生(じせう)も見へ難くあら/\おしき筆とめ申候 唯々お通は事のみ頼上候
此上はなからぬ跡のお念仏 南無阿弥陀仏/\/\と読みもおはらす宗
岸親子 又臥しづめば半兵衛夫婦 お通を中に抱上 初孫の顔が見

たいと 心に思へど世間の義理で 是迄逢も見もせなんだ 斯いふ
事としつたらば 顔見ぬ内がましで有た あいらし盛の此お通 半七といつしよに
暮すなら よい楽しみで有ふ物 コレばゞ見やいのアレ何にもしらす手打やあはゝ斗り
ヲイノ こりや孫よ モウとゝもない程に 此ばゞといつしよに寝いよ とはいふ物の
乳もなく 今から先の寝起にも 嘸や歎かん親々が 知らずに居るか胴欲者 むこい心 いち
らしやと云声洩るゝ三勝が 思はず乳ぶさを 握りしめ 乳は爰に有物を 飲してやりたい
顔見たい乳がはるはいなふと身をふるはせかけ入らんにも闇の戸に空音もならず羽抜け


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鳥 親は外面に血の涙子はやすかたの安からぬ 悲しさせまる内と外 一度にわつと
涌出る 涙浪花江いづみ川小きんを汲出すごとく也 半七は歯をくいしめかばかり深
き御情是非もなや勿体なや不孝を赦させ給はれと 悔み歎けば三勝も皆我故
の御事そと結ぼれ解けぬ身の上の供に詫入中に半七 いつ迄泣ても返らぬ諄(くりこと)
親父様の御縄目 早ふほどくは身の最期 イザ/\急がんサアおじやと 立上りしが今生
の別れにせめて御顔をと さしのそけば三勝もお通を一目と延上り見れ共親子
隔ての関 何と千万無量の思ひ 両手を合せ伏拝みおさらば/\といふ声も

歎きにうつむ我家の内見返り/\死に行身の成 果ぞあはれなり
内には宗岸涙を押へ 泣て居る所てない 一時も早ふ半七が行衛 夜と供に
尋ん半兵衛殿早ふ/\とせり立折から びゞ敷照らす高提燈 宮城十内声
高く 善右衛門を殺せし科人 茜屋半七を召捕たりと呼はるにぞ 内には仰
天門の戸もとしや遅しと引明れば ヤア驚くまい旁 半七が殺せし 今市の善
右衛門は 国元において銀(かね)役人と相並び 用金を奪ひ立退し 此度悪事残
らず顕はれ 召捕に来りし所 一昨夜半七に殺されたる由 当所の役所へ


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具に断り 此一件(まき) 和州に置いて仕置仕度旨 半七が命申下し 立帰る此道筋コレ
見よ 同類の庄九郎を生捕たれば 半兵衛に科はなしと 禁(いま)しめの縄引ほどけば 夢
でないかと四人(たり?)が手を合せてぞ伏拝む 悦ぶ中にも母親が コレ/\/\親父殿 十内様のお情で
半七が命も助かるといの 書置を残したからは 今宵死に行た半七 どふぞ命の有中に とめて
下され宗岸様 西か東かどつちじやとあせるを聞て十内が 何半七は死にに出たとや
遅かりし残念/\ 役目なれば心に任せず 夜明ぬ内に早お行きやれと 科人引かせ
立上る心は 実にも十内が情ぞ厚き武士(ものゝふ)の やたけ心を張詰て引別れてぞ出て行

花も実も有る桜井の 掟和らく国の名も 大和五条の茜染 今色あげし
艶容(あですがた) 其三勝が言の葉を 爰にうつして女舞袖も豊に竹
の春 唯安らかに永き代の尽きせぬ 程こそ目出度けれ

 

 安永元 壬辰年 十二月廿六日
    
    作者達名 竹本三郎兵衛 豊竹応津 八民平七