仮想空間

趣味の変体仮名

加賀見山旧錦絵 又助住家の段(『加賀見山廓写本』七段目)

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856580

 

 

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加々見山舊錦繪 又助住家段

後には突穂なま中に
夫も何と云寄らん 詞な
ければ女房も 態とすげ
なふ見せかけて 云れた

 

 

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3
内に長居もみれんな
もふお暇申ます アゝコレ 夫れは
又どふした事 子迄有中
退き去りするが見めでも
有まい 此求馬が挨拶を

イエ/\構ふて下さりますな
退けば長者が二人のたとへ
御縁があらばといひ捨て
ひつしよ 内義は表口
出かゝるむかふへ又吉が

 

 

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4
悪さ遊びの走りごく
爰じや/\とさきに立
後から付て轡の親方
駕をつらせて内に入 イヤコエr
お内義 いつ迄べら/\

待すのじやぞいの 身の
代の金渡したれば もふ
こつちの奉公人 暇乞が
済んだらば サゝ早ふ駕へ乗ん
せと 聞よりはつと女気


5
の 思ひ切ても今更に
胸もふさがる憂きなみだ
扨はそふかと又助が 知る
程せまる胸なでおろし
ムゝそんなら無理隙(ひま)取た

のは お主の為 おれが難
義を救はん為 アノ勤め奉公
する気で有たか コレ又助
殿 有たかとはエゝ聞へぬはい
な ふがひない私じや迚


6
なぜ談合して下さんせぬ
お主や夫の為ならば
勤めは愚か命でも 何の惜しみ
はせぬわいな 村方から預
かつた金 定めてお前の

身の難儀と 思ひ切た
君傾城 私しや何にも
悲しうない 嬉しうて/\
嬉し涙が/\と泣は得
云はずむせかへる 心を察し


7
谷沢がせつなさつらさ
又助も せき来るなみだ
呑込で エゝ過分な女房
何にも云ぬ忝いと
泣かぬ顔する男気は

泣よりは猶あはれなり
親の心はしらぬ子が イヤ/\
大事の/\かゝ様を 他所へ
やる事おりやいやじや
無理もいふまい悪さも


8
すまい コレ どつこへも往て
下さんなやと すがり嘆
けば母親は ヲゝよふ云て
たもつた/\のふ コレ又吉
此からはの 行きとむなふて

も行かねばならぬ 晩から
とゝ様と寝やらふとも
夜るの物ふみぬいで 風
引かぬ様ふしてたも コレこち
の人 虫おさへの桑山を


9
折々呑まして下さんせへ
エゝ坊主が事は苦にせ
ずと 随分そなたも息
さいでと 目にはほろりと
一しづく 思ひやる程我

故と 求馬がつらさ身に
かゝる 涙数添ふ夕ぐれは
いとゞあはれを添ぬらん
親方はのびあくび ハテ
扨死に別れもする様に


10
いつ迄いふても同じ事
じや サア/\きり/\乗て
貰ひませふと せつき
立られさんかたも なみだ
隠して 左様ならば若旦

那様 ずいぶんおまめで
こちの人さらばと斗目
に涙 飽かぬ別れの暇乞
哀れを余所に轡屋が
無理に押こむ駕の鳥


11
ねぐら離るゝ憂き別れ
なふかゝ様としらふ子を
留るも涙ゆくなみだ
おとゞ身にしむ母親は
是非も泣々ゆられ行   (←)

親見送つて主従が
心もくらき角あんど
燈す火影も長の夜も
六つと初夜とを隔てたる
表の方に立派の武士


12
人目をつゝむ深編笠
又助は在宿召さるか 御意
得たしと音なふ声 ハイ
又助内におります どな  
たじお這入なされませ

然らばゆるし召されよと 笠
脱捨てて打通る それと
見るより求馬は驚き ヤア
あなたは安田の庄司様
といふに恟り又助も ムゝ


13
すりやあなたが 御家老
様でごはりますか ヤ是は
したり マ存ぜぬ事とて
無礼の段 真っ平御免下
さるべしと 求馬も供に

身をへり下り礼儀 正しく
敬へば 又助猶も手を仕へ
ハア拙者めは求馬が家
来 鳥井又助と申す者
ガ誰有ろふ安田の御家門


14
庄司様 見苦しき茅(あばら)や
へ 御入来なし下さるゝ段
いか斗りか大慶至極に存じ
奉ります シテ御国は
お変わりなく 大殿様にも

益々御機嫌能御座な
されなすかな ムゝ面色に
実気を顕はし 主君の御
安否を尋ぬるは 本国の
御子存じておるか アイヤ 何


15
事も存ぜぬ我々 ハテナア
ガマア何は兎も有れ 谷沢
求馬へ某が 家土産(いへづと)の
音物(いんもつ) コレ披見仕やれと
差出す一腰 求馬はハツト

にじり寄 押戴いてつく
/\゛眺め ムゝ縁頭に至る
迄 八つ梅の紋所 コリヤコレ
大殿より拝領せし 某が
指し添え ヲゝ夫れよ イヤコレ又助


16
(15と重複)

17
日外(いつぞや)そなたに渡した一腰
何と覚えが有ふがのと 詞
の中に又助は 一腰とつて
とつくと改め 成程/\
ござります共/\ イヤモ

ずんど覚えがござります
わい 今迄は申さなんだが
此刀に付て拙者が働き
イヤ申し若旦那 お悦びな
されませ 早御帰参の


18
時節到来 ハアゝ 忝や嬉し
やと 天地を拝する心の
悦び 求馬は一円合点
行かず アゝコレ/\又助 そなた
斗り悦んで 此刀の訳は

どふじやぞいの ハテモどふ
のかふのはござりませぬ
高が命を捨ててかゝつた
忠義 即ち所は筑摩川で
ホゝいかにも 身共が手に入る


19
サ其釼 アレ/\お聞きなされ
ませ 此刀が手に入からは
拙者が手柄の顕れ時
是といふも天道様のお
影 エゝ忝ふござります/\

わい ハゝゝゝ マア何よりは若旦那
大切ない菅家の一ぢく
片時(へんし)も早ふあなたへと
詞に求馬は懐中より
恭々敷一軸取出し 庄司


20
が前にさし置き ふしぎに
手に入紛失の一軸 イザ御
改めの上 帰参の義を御取
成 偏に願ひ奉ると 主
従共に両手を突き 畳に

頭をすり付る 威儀を
但して庄司友治 一軸ひら
きとつtくと改め ムゝコリヤ
紛れもなき菅家の一軸
慥に落手仕つた しかし


21
左程迄汝等が 帰参と
願ふ大殿は 即ち是に御入り
と 取出す袱紗押ひら
けば 主は誰共しら木の
位牌 求馬はふしんの

顔色にて 加能院殿東
山大居士 ムゝ 此位牌を我
君とはな ホゝ不審尤も 五
ヶ年以前大殿には 人
手にかゝつてあへない御


22
最後 ナゝ何と すりやアノ
殿様には御逝去とな
又助 求馬様 ホイ はつと
斗りに主従は 物をも云は
ず只うろ/\ 途方にく

れて居たりける 求馬は
猶も摺りよつて シテ/\敵は
何者なるぞ ホゝ其敵は
外でもなく 此家の主
鳥井又助 腕を廻せと


23
詰めかくれば マゝゝ先ず/\お待ち
下されい コハ心得ぬ御仰
シテ大殿を害せしは 此又
助と申す 証拠ばしござる
かな ホゝ証拠といつは其

一腰 ソモ一角が逆意の初め
御主君には別殿より 御
帰館有る夜の道 筑摩川
の水中に曲者有って 殿
を失ひ奉る 斯くと世上へ


24
沙汰有ては御家の大事
と望月が 御病気なりと
斗らひて 密かに詮議
致す所 此程筑摩川
下より 我手に入ったるサ其

釼 改め見れば求馬が指し
添え シヤ様子有らんと来りしは
事の実否を探らん為
お恐れ多くも我君を
討ち奉るは又助なれ共


25
云訳立ざる証拠の一腰
罪は遁れぬ求馬も同
罪 ヘエゝ 是非もなき次第
やと 智仁兼備の両眼に
悔みの涙はら/\/\ とゞめ

かねてぞ見へにける
聞く又助は五臓六腑
裂かるゝ如き炎の吐息
求馬はたまらず欠寄って
髷掴んで引付け捻付け


26
アノ爰な人でなしめが 大
切な殿様を おのれが殺して
置きながら 忠義顔する
極重悪人 エゝ何として
祓いんと かよわき拳も

忠義の一図 鼻も分
ずつゞけ打ち うたれて斯う
と一言の 身の言い訳も
あら涙 傍におろ/\又
吉が コレとゝ様 何で其様


27
にたゝかれさつしやる お
りや悲しい口惜しい コレ伯
父様 もふ堪忍して下
されと 頑是泣声又助
は 思はず溜息ほつと突き

ハゝア天なるかな命成かな
此上は何をかつゝまん
筑摩川にて大殿をコレ
此刀にて討たるは こなた
に罪を負せん工み 斯く


28
あらはれし上からは 毒喰ば
皿 又助が死物ぐるひ
まさかの時の足手ま
とひ エゝ邪魔な倅とい以
前の刀 抜く手も見せず

又吉が 細首はつしと
打落せば 扨こそ/\
肉親の子を殺し 主に
刃向ふ大悪人 逃がしは
やらじと有合竹槍 取るより


29
早く突きかへる シヤちよこ
ざいなと打払ふ こなたは
強気(ごうき)のするふぉき白刃
猶も透かさぬ求馬が手
練 付け入り付け込み忠義の一心

いかゞはしけん又助がひる
むを得たりと右手の
脇腹骨も砕けと突き
込む竹槍 うんとばかりに
どつかと座す 直ぐにとゞ


30
めと立寄る求馬 ヤレまて
暫しと押とゞめ 悪事に
あらで悪事と見せしは
真(まつ)其如く討れん覚悟
ヤモ下郎に似合わぬ健気

の最後 又主君の怨敵
又助を 突留めたる谷沢
求馬 ホゝ遖忠臣見届し
と 手負に聞かす情けの
詞 聞くより苦しき目を見開き


31
ハアゝコハ有難き御賢察 大
殿様を手にかけし 申訳
とは恐れながら マゝゝ先ず/\/\
一通りサ聞いてたべ 近頃(さい ころ)お
館にて 主君を讒する

蟹江一角 討って捨てんと
欠行く折しも 望月源蔵
我をとゞめ 今討とらば
変の元 帰りを待受け真(まつ)
斯(かう)と 教への詞に従ひ


32
我が身の運命筑摩川
先へ廻つて川岸に 今や
来たると待折から 車軸を
流す雨雷目ざすも
しらぬ真のやみ 間近く

聞ゆる轡の音 是こそ
慥に蟹江一角 主人の
欝憤お家のあだ 今ぞ
散ずる此時節 天の与へ
と小踊りし川へざんぶと


33
飛込で忍ぶ 水底早
瀬の大川浪を蹴立てて
渡りくる 馬のもろあし
二指し三指し さしもの名馬
も狂ひ立 踊り上つて

真坂さま落つる水ぞこ
あいろは見へず 勿体なや
大殿様とは露しらず 難
なく首をかききりしが
神ならぬ身の是非も


34
なや なぜ其時に此腕が
折れ砕けはせざりしぞ
百万石の太守たる 家を
害せし此又助 日本国
の神々の御罰を一度に

受る共 よも此上有る
べきかと 腕に喰付き噛み
付いて悔み涙に くれ居たる
ムゝ扨は佞人(ねいじん)一角と 思ひ
違ひで有たるか さはしら


35
ずして手にかけしと 返ら
ぬ嘆きに手負は這い寄り
コレ/\若旦那 思ひ違ひで
有たかとは チエゝマお情けない
御一言 間違ひでなくて

殿様が 何と/\討たれま
せふぞいの 今の今まで
手柄した 忠義が立
たと心の自慢 けふは吉
左右申てくるか あすは


36
お国の便りがと 夢にも
しらぬ身の科の 仕置は
眼前コレ 此竹槍 竹鋸の
罪人と しかばねに恥を
さらし 諸人に斯くとサ見せ

てたべ さは云ながら女房
が 後で此事聞きおつたら
嘸ほへおらふふびんやと
我苦痛より堪かぬる
夫の嘆きを門の口 始終


37
立聞く女房が わつと斗りに
声を上 涙と供に欠け入って
ノウ又助殿 始終の様子は
聞きました 嘸口おしかろ
悲しかろ わしもいつしよ

に死にますと 落ちたる刀
取るより早く咽(のんど)にがはと
突立る 驚く求馬又助
も 扨は様子を聞いたる故
供に死ぬるか可哀やな


38
ヲゝお前も覚悟の其深
手 可愛い我子や夫を先
立 何とながらへ居られふぞ
此世の見納め又吉が
顔を一目這い寄て 空しき

首を抱き上げ コレ/\又吉
最(ま)一度かゝと云てたも/\
/\いのふ ほんにおもへば
あぢきない 斯う成る事とは
露しらず 朝な夕なに


39
いつくしみ 手しほにかけし
いとし子を 連れそふ夫が
此様に 殺すといふはエゝマ
何事ぞいの むごいわいな
と取付て くどき立れば

又助も ヲゝ道理じや/\/\は
やい 主殺しの大罪人
親子は一体躮にも 苦し
い最後がさせともなさ
憎ふて何の殺そふぞ


40
やい/\ 長の流浪の其
中にも 貧苦にくらす
悲しさは 一重の物も粗
末がち 頑是なき子心
にも コレとゝ様 余所の子

の着る物は なぜあの様
に美しい わしにもあんな
着る物を どふぞ着せて
下されと せがまれた其
時は コゝゝ此胸が 張り裂く様に


41
有たはやい 親は此儘果つる
共 せめて躮は人らしう
鑓一本も付かそふと 思ふ
た事もくひ違ひ 現在
親の手にかけて 殺すは

何の因果ぞと 嘆けば
女房もむせ返り さつき
の別れの其時にかゝさま
なふと取付て 跡追ふた
のが名残共 知らす最一度


42
逢いたさに 人目を忍び
やう/\と 来たかひもなふ
死別れ 一世の縁と聞く
からは 長い未来で逢ふ事
も ならぬ事かとかきくど

き 夫婦手に手を取かはし
叫び嘆けばほどばしる
血汐は秋の龍田山落ち
て流れて 谷川も紅ひ
染る如くなり 庄司も


43
悲嘆にくれながら 斯くて
は果てじと声はげまし ヤア
懺悔に滅する汝が重
罪 殿御帰館の道をかへ
させ 人手をかつて主君

を害す 誠の敵は望月
左衛門 まつた 又助が白
状は 反逆人の訴人も同
然 功に免じて谷沢求馬
帰参は庄司が刀にかけん


44
ナコリヤ 心残さず成仏せ
よと慈悲の詞にハゝハツト
求馬が悦び是とても
夫婦が節義と忝涙 ハア
コハ冥加なや悦ばしや

我をたばかる謀反の
望月 生きかはり死にかはり
思ひしらさでヤ置くべき
かと 怒りの面色血走る
眼 折からいきせき庄屋


45
の治郎作 足もいそ/\
かけ来たり コレ/\/\又助殿
庄司様のお情けで つゝみ
普請を御免の上 悪
事の元じめ望月が し

ぼり取たるお金迄 五ヶ
村へ下された 其悦びに
扱ひ金を 直ぐに轡の親
方へ 戻していざこざ内儀
の身の代 さつぱり済んで

 

 

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46
もまだ済まぬ お家を茶
せんで掻きさがす茶道
坊主の成上り 望月賃
搗き 臼取りの 粉にしてくれふ
と云い合せ 御家老さまへ

お味方と云もいそ/\
勇み立ち 庄司制してヤレ待て
汝等 事の実否を糺す
迄無事にさし置く望月
左衛門 我は求馬と諸共

 

 

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47
に 謀叛に組せし輩(ともがら)を
密かに今より詮議せん
最早帰国と友治の 下
知に従ふ旅用意 我は
冥途へ旅立と 抜き身

逆手に我腹へぐつと
突っ込み引廻す 今ぞ知死
後と女房も 釼を抜けば
一時に 惜しや此世を秋の
風散りて後なき世の哀れ

 

 

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48
実に忠臣の加賀見山
国の御家老不易の礎
やがて 敵を討ちほろぼす
首途(かどで)を祝する鯨波(ときのこへ)
本国 さして 「立かへる