仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌妓鑑 第二

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

      ニ10-02059


14(3行目)

第弐 橋の段   さして「立帰る
弓は袋に治りて鳥驚かぬ三日月や 濱御殿の鎮守稲荷明神 例年の祭とて
屋敷の四方は提燈に 邊もかゝやく御召の御座 御供の舟の数々も 御舟入にやりつゞけから紅
も水くゞる 神いさめこど賑はしき 参詣の群集押合へし合 ナント見やしやつたか 此火の見事さ
とんと大坂の天満祭 此おやしきの中に御鎮守の稲荷様 お祭迚様々の作り物 町人入て見

物仰付らるゝ あすの晩からは花火が有げな 又早ふおくる様に いんでかゝのらんちうなと見てなのしまふ
と といや/\ 御門出ればちり/\゛に皆大風にはい/\/\ 道を関口内記が提燈片腕と成奴の
事助 音せでしるき轡の紋 さつま源二左衛門齢も中老額の波 嶋蔵に提燈照させ筋
目 正しきあるきぶり いがむを自慢の伴之進 頭陀八召連れ御門を出 内記殿源二殿 殊の外遅い
御登城 サレバ拙者も内記殿も御用日故思はす遅参 伜共はとくより相詰おりまする 中々
日のくれぬ内からめい/\の舟に火をともし 謡やら鼓やら大殿の御機嫌 アゝ器用なわろ達 取分け
たいこの持ち様が名人と 常の悪口関口せかず ナニ事助やいナイ われはちよとやしきへ帰つておくに


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いはふには 今晩は登城も遅く成り お盃何かまだ帰りも遅からふとゆつてこいと 云伝(ことづけ)事助畏る
声より先へ形はない/\内記の使何がな見出す伴之進 扨々 アゝ内記殿には見かけに寄ぬきつい
御内証を大事になさるゝ とかく当世女ゴでなければ 出世がならぬ 此度若殿の吉原狂ひ 江戸
の酒気を大坂迄持てきて 十二日酔の大さはぎ おだて上る御子息の忠勤 御親父のお仕込が
よさ アゝ驚入たと欺(あざけ)る邪腹立嶋蔵 何とやら聞にくいおつしやり様 外のお侍は格別 主
人御親子はさつま生れ どんなことは聞ていぬ お家の風義 そこおつしやつて跡で後悔なさ
るゝな コリヤやい 旦那の詞に何にさし出た 不埒の楽(がく)やは此頭陀八がしつている イヤうぬが何しつ

てと 争ふ奴をしづむる源二 関口内記にが笑ひ 外の様子子息達は存ぜず 身が伜などは 若
殿に少しでも過ちあらば膓を打付て諫言せいと申付けた 夫には事かはる 我子に教訓もなく 君に
媚諂らふ者共が有故 内記迄が思はぬ疑ひ受る事と 当こすられて源二左衛門 実内記殿
の仰の通り 併し壁の崩れは壁土とやら まがつた木を力に任せ 急にため直せば折れて仕廻ふ 気に
さからはぬが則諫言と 拙者などは存る 諫言の仕様もしらず 我斗忠臣じやと思ふているやつも有り
ムゝそりや誰が イヤサ世上には左様なたわけがござらふと申す事 又其元の仰られた媚諂らふや
つは 誰(たが)事 イヤサさ様な佞人共がどこぞに有ふと申す事 とかくいふ内遅なはる 何事も後刻/\


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と詞の破れ 嶋蔵参れと 打連れ立て歩め共 揃はぬ主人の御供し 是非なく御門に入にける うま
い/\ ナントづだ八 今の身共が弁舌を聞たか 両人にけしかけて口論させ 両方一時に仕廻て取がの
鴫と蛤が喰ひあふ所を 二つを一度に引掴むいつぼうの謀 軍法の奥義合点がいたか きよとい/\
申旦那 親に似ぬ子は鬼子と申すが お前様のしこなし 親旦那大学様に生きうつし お血筋はあら
そはれぬ 末々は主の首も切兼そむない御器量と お頼もしい義でごはりまするでごはります   
ヲゝサ/\ まだきつい智謀を見ておけ 兼て汝もしる通 芸子のさゝのにには身が首さげ惚て
居れ共 三五兵衛めに心中立ててなびかず 剰武士の面を 蟇なんどゝ雑言はく 弓矢八まん

まつ二つとは思へ共 とふした縁やらとかくかはゆひ けふの稲荷祭逢にくるは必定 所を彼鴫蛤
の計略を以て 三五兵衛には外に密通の女か有と偽て悋気させ さゝのが大事の蛤貝 こぢ
明る分別 女を奪ふといふ心で 是をしつぼうの謀といふ さい前よりさゝのがくるかと 若党軍八を
遠見に付け置たれば 追付爰へといふ所へ 息を切て蜂須賀軍八御注進/\ 只今げい子のさゝの
三五兵衛が奴事助と連れ立て 是へ参る所とつくと遠見仕る 御油断の所でなし 早々件の計
略を廻らされて然るべし テモ仰山なやつ 軍場へきた様な 儕事助めが付ておるは大きな邪魔 旦那
何おつしやる 邪魔にならば此づだ八が一つまみ ヲゝういやつ さゝのをくどくは軍八が役 仕果せたらばほう


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びは望次第 エゝ忝い やつかれめが望は 近頃こつばつしかけれど おまんにきつい思ひ入 皆迄いふな 上
を学ぶ下でかした/\ つだ八 われも惚た女が有ふ 誰成り共ほうびにやるは イヤもふ拙者は 女ゴといふ
女皆惚ておりまする 御褒美には御紙入のずつしり 金さへ有れば恋は自由 アレ早向ふへ
旦那御門へ づだ八ぬかるな 合点と 手ぐすね引て御門のかげ 暫く忍び松の風 あぶない
ぞ/\ 其様に走らいでもだんない事を サイナ せくまいと思ふても 三五様の顔見る迄は落付かぬ 何
ぞ見せ物を見る様に 珎らしくもない顔を 仮令(けれう)わしがそこで逢たればこそ 大勢の中へ女ゴのだい
たんな よい首尾見て逢してやろ ちとの間そこで待てござんせ といふて突放すのしやない

かへ 又気の悪い などゝいふ詞を覚たも旦那のかげ ドレいてこふと走り行 コレ/\いふてやる事か有 事助
殿/\ ヲイ事助是にとぬつと出る アゝ違ふた誰じやいの イヤ誰でもないづだでえす 悲しや酒の
酔そふなと 逃ぐるを逃さずふさがる軍八 コレ待ておくれ 見しらぬ顔はどうよく お前を爰に待て
いるは 主人伴之進様が いはいでも知れて有 お前を口説き果せて 御ほうびにはおまんを 我等が女房に
貰ふ筈と いふてもなびかねはとふもならぬ 爰が相談 さゝの様(さん)お前どふぞ取持ておくれんか
コレ拝ます ほんにきやつさへかゝに成てくれゝば 大小やめて水も汲ましよ 手鍋もさげま
しよ エゝおかつしやれ 旦那の恋を取持かと思へば めん/\の色事ばつかり おまんより笹粽 一口


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商い 外に色の有三五兵衛に心中立ずと 小短ふ成かならぬか ならねは爰から逆(さか)とんぶり つめたいめ
よりぬつくりと 抱れてねる方がよかろ いやかおふか サアどふじやと さゝのを中に引挟みせちがいかゝ
れば ヲゝいやじやはいな のいておくれと 軍八が首筋つまんで投付くる テモえらいほこな女ゴ こりや
とふしくさると ながめる顔は奴の事助 アノ云なんす事はいな わたしやつよふはないけれど お前がよはい
のしやはいなァ さゝの様 こはい事はないぞへ コレ皆様わしをかはりに伴様の傍へ連ていて下さんせ たんと
いとしぼがつて 朝も晩も しめ殺して上やんしよと かいどり小づますさまじし よはみをくはぬづだ
八が 事助取かけ そんな古い事じやいかぬのじや 四も五も六もない さゝのを伴之進様に抱れてね

さすこつちへ渡せ いやだといふたらえらいぞ 何じやえゝい ムゝゝハゝゝゝ ヲゝこは ヤイなめな 何ぼ落付てもづだ
八が鉄拳(かなこぶし)で こふつかまへたらどふすりやと ぐつとしむれば あいた/\/\ ホゝいたい筈こたへたか イゝヤ
おれが痛いはあんまりおかしうて臍の下が アイタ/\/\あいたしこの是はいなと こふ放した物じや そふ
すりやおれがこふするはいの 所をまつかせどつこいな サアきり/\渡して仕廻はいでな イヤ渡すまい
はい 渡せ 渡さぬ橋の上 さゝのを引立かけ出す軍八 そふはさせぬと引戻され飛損ふて取付く
蜂須賀 其間にかけ出すづだ八が 亀の尾際をぐつと引れてふんどしみをのや コリヤやいしまるぞ
こりや禁物 尻持奴め仕廻ふてとれと 一度にかゝる事共事助 下には水門ひらく音 漕ぎ


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出す舟は謡の切 飛違ひむづと組 蹴られて組付くを 払ふ拳に腕捻上られ ひるむを付込む事
助が二人を組ふせ上に立 下は川波舟の内より 見上る嶋蔵 誰(たそ)とかけ声聞取るさゝの 露よりかろく欄
  第三 屋敷の段                 襉よりひらりと 飛だる