仮想空間

趣味の変体仮名

双蝶々曲輪日記 第五

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      浄瑠璃本データベース  ニ10-02245

 

 

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  第五 芝居裏のけんくはに難波のどろ/\

大宝寺町を横切にすぐには行ぬ郷左衛門 業(ごう)をにやして与五郎がたぶさ片手に

引ずり廻す畠中 難義難波や芝居裏 歎くあつまを有右衛門小脇にかい込 郷

左殿手ぬるい/\ ヲゝサ合点 コリヤあづま 此泥ぼうめに何心中立 手附金は百両

渡す 追付跡金も埒明ば身が奥様 それを連て走らふや ヤこな生ずりめ

大盗人めと 両人よつて蹴すへ蹴飛し踏のめせば 与五郎は半死半生ヤレあづま 与五

郎が身はどふならふ共 必短気持まいぞ エゝ思ヘバ無念とよろぼひ立 しがみ付を

 

踏飛し 大地に打付動かさねば あづまはわつと泣しづみ とうよくやむごらしや わしも一所に

殺してとすがり歎くを 突のけ/\両人が 与五郎一人を手玉につき ふんづけつつの打擲に

目も当られぬあつまが思ひ 戎橋筋一文字飛かごとくに長五郎かけり来るより侍二

人が腰骨掴でぐつと指上 大地へどうど首の骨 くだけてのけともんどり打で二人をか

こふて二王立 サア長五郎がきた若旦那 気遣のきの字もない あつま様を手に入ねば第

一にわしが立ぬ コレあるま様こはい事ない 介抱/\と稲村かげに忍ばせ置 サアお侍達 濡

髪がいふ事有てきた どしやうね付てお聞きやれと わめけどさらに返答なく 砂まぶれ

 

 

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に成て起上り 互に自脈顔見合せ 何と有右気が付たか 成程少し付たは付たが かいもくに

首が廻らぬ イヤ身共も御同然 今のは何やつ イヤ私じやおれでごんすと くらがりにすつくと立し

長五郎 そりやこそしれ者油断すな ヲゝサ合点と刀を袂 口は達者にわめけ共 反打所は首の

骨ゆがみ筋ばり立たりける イヤ其様な仰山な事じやない マア下に居て下さんせ サア/\/\ちよ

つと/\とせり立られ だまれ長五郎せはしない なんじや われが様に痛みのない體(からだ)とは違ふそ 仮令(けりょう)

難波道骨接へ行道が近ければこそ シヤほんに痛みおかしい 有右はどふじや 骨が折た卑怯な

長五郎諸侍をだまし投 樊噲(はんくはい)や弁慶てもだましや負る なぜ名乗ぬ 名乗りかけて来る

 

ならば ヲゝ此郷左衛門日頃ならひ置たる剣術秘術 猿の木上り山がらの餌落(えおと)し エゝやかましい其

様な事聞にやこぬ 濡髪がいふ事かいつまんで申 あづま殿の身請の高は六百両 与五郎

殿から親方へ渡した 手附金は半金(がね)の三百両わしが手から渡した 則ち受取が爰に有と押

ひらき 日付の所ナ 見へたか よごんすか 跡金が一両欠てもあづま殿渡さぬはくるわのならひ 夫

を連てのいや与五郎殿 こちも悪いじやけれ共お前方が渡しもせぬ六百両を渡したによつて

あつまは国へ連ていぬ イヤ女房じや奥じや何ぞとせいらしう云しやる故 若人也ふつとしたでき

心 併こちに三百両手附渡して置て 今でも跡金の三百両さへ調へばそつこで受出す三百両 都

 

 

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合(がう)六百両でさらりと埒が明く おまへ方はわづか手附百両 跡金の五百両お国元からくるかしら

ぬが 惣体屋敷方には格式が有て 譬金が有余つても 太夫受出す何ぞと其様なぱつとし

た事は屋敷方ではならぬ物じや こちらは高が町人 山崎では一といふて二のない与五郎殿 夫でさへ金

事といふ物が 其様に五器皿洗ふ様に心安うはない物じや 畢竟お前方は 今度の見受を

邪魔して あづま殿をやりともないが精一ぱい意路の悪いといふ物じや 其意路づく私が貰ひます

申郷左衛門様 申有右衛門様 お取なし一入頼奉ると 親方思ひぞ道理なる 始終を聞手郷左衛門有右衛門に

めくばせし ムゝ成程 屋敷の格式有故 跡金五百両調ふまいとな そふじやイヤ尤 向後あづま

 

が事ふつつと思ひ切たぞ エイ然らば思ひ切て与五郎殿へ事故なう ヲゝサ二言はない思ひ切る ヲゝ切と

抜打に有右衛門切付る 腕首取てはね倒す 間もあらさず突かくる 郷左衛門があばらをてうど脚(すね)

にて蹴上 こりや何するのじや ほで転業ひろぐと うぬらがどすのひんぼ神 相手にや成兼ぬぞ

といふは嘘 どふぞ了簡付けて下んせ そりやもふお前方二人してなら 此長五郎を仕廻付けさんすじや

あろけれ共 又私も手も有り足も有り えいやつとふの道も へゝちつと斗知らぬでもなし すりや互に身上

づく ナ 大事のことじやどふぞ了簡 ナ了簡 イヤ了簡ならぬ もふ破れかぶれじや かはいひあづまは手に

入ず 跡金は才覚ならず せめて儕と拝打 さしつたりと沈で受とめどふでも了簡は成ませ

 

 

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ぬか 了簡ならぬ しかとそふか くどい/\ ならずはかうじやとかいなからみの臂落し 居ながらなぐる

二人が刀 飛鳥のごとく踊こへ 突けば開き なふればしづみ ぬけつくゞつつまつくらかりにひらめく稲妻 是

非に及ぬ濡髪がだん平物の抜打に 有右衛門がまつかう疵道なんば道 畑の畦道踏くぢきう

ねり/\て切結ぶ 跡にあづまがおふい/\と与五郎諸共 うろ/\目玉に下駄の市 野手の三とがおくれ

ばせ 与五郎あづまをほうどだかへ サアしてやつた 郷左衛門殿に手渡しせふ イザほうびしてやらんとかけ行

向ふへ長吉ぬつと立ふさがり のでか 市か ヲゝ兄かえい所へよふ来たぞ ヲゝよふきたと両人が首筋掴

でまつさかさま 腰骨ぽん/\踏のめせば コリヤゆるせ 兄がおこつた/\と 機嫌取顔おくれた顔

 

長吉は只濡髪が身の上いかゞと尋る内 透を窺ひ与五郎あづま 宙に引立て飛で行 ヤアいも

虫めらあぢをやる それ奪はして置ふかと 跡をしたふて追かっくる 長五郎は郷左衛門に渡り合い 有右衛門が片

足片手に引ずり廻す畑中 いらつて切込む郷左衛門が 急所をけられたぢ/\/\ 又切付くる向ふ見ず 性懲

もなき死損ひと すつぱと池の泥まぶれ爰に有/\有右衛門 うろたへ眼の同士討や 芝居にならぶ

茶屋二階かゝるなんぎの時しらぬ 余所は騒の一踊 胸おどらして長吉は 二人をうばひ立帰れば うめ

く声々のた打つ音 長五郎か そふいふは長吉か ヲゝ扨は二人の侍を切たか ヲゝサ今ばらしてもふとゞめをさす斗

わりや又そこにどふしていりや 与五郎殿をつかまへて ヤア夫は コリヤ/\濡髪うとたへたなせくことはない 此長

 

 

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吉とわれとはな けふ大分約束した事が有 ナア合点か かふさすまいと思ふて 姉の手前を抜てきた

コレ侍衆 長五郎と長吉は けふ大分立引をしておいて さつぱりと訳が立て有れば おりやあづまを連ていぬ

おくれずと切た/\/\と 長五郎に刀を付る詞の謎 其間に二人の侍を えぐり/\てとゞめの刀 押ぬぐひ/\

長吉/\二人ながらとつtくりと仕廻たが 二人の衆にけがはないか イヤけがはないが長五郎 わりや大坂にいられま

い ハテかふするからは此濡髪 心はとつくりと落付て イヤ居られまい 追取て与五郎殿の身になんぎがかゝる コレ

与五郎様こはいことはない二人ながらふるはんすな ノウ長五郎夫じやによつて 此衆はわれに成かはつておれが慥に

預つた そまつにやせぬ マア一年と半年が かげしたらよからふとおれは思ふ おち付所はどれ

 

耳寄せ ナ ムゝえいか サアいけ エゝ忝い長吉 与五郎様あづま様随分御無事で 長五郎もふいきや

るか 濡髪様さらばへ 長吉弥 さらば/\の後ろよりいつの間にかは下駄の市 野手の三とが一時に

こりや聞た 長五郎やらぬと取付ば さそくの濡髪身をかはす ほぐれて向ふ頭転倒骨(づでんどうぼね)両人

が膝にかためて口に袖 長吉どふせう ハテどふのかうのとあご聞たらもくがわりよ ソレ毒kはゞ皿

ソレ一寸切られるも 一寸切れるもこりやかうとまつさかさまに千本突き 泥へ乳だけ突込めば こいつ

は下駄でふ断泥 是がよかろと長五郎 こねたる土へ袖しめ木の槌打つごとくにえこまし サアえい

いくぞやいけ/\ やれいそげと 胸はどきつく法善寺 七つじやいけ 足をはやめて〽別れゆく