仮想空間

趣味の変体仮名

日本西王母 第三

読んだ本 

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浄瑠璃本データベース ニ10-01903

 

30(左頁)

  第三

一河をしばしむすずだに是ぞたしやうのえんふかき。水のながれと人の身

のしれぬうきよのならひとて。播磨の前司勝海は主君豊舟二いの

君。御夫婦の御ゆくえ尋わびつゝ袖しぼる。小はぎが露の心ざし。女にまれ

なる忠節にて共にお主を尋んと。ちかひし誠を頼みにていつしか夫婦と打

とくる。こほり山の。わうくはんに。むきわらしづや引むすび。其日を上りのかごかき

や。たびのゆきゝにかたをかしつまをはごくみいたはれば。つまはおつとをいとをしみふか

くぞちぎるやきもちい。ちやをにて旅人をよびかけ是申。お茶参れかごやり

 

 

31

ませふかごやろと。いへ共さすがゆみ取のいひもならはぬかごかきことば。なりくだり

たりだりはんどういつかのがれんきりがれんかごやろ。いとぞ涙ぐむ。爰に京

のかたよりうとく人とおぼしきが。十七斗なるようぎふうぞくたぐひなき上郎

をともなひ。下女男少々召つれ来りける。夫婦見かけてかごやりませふ

さきにかごはござりませぬのつてござりませ。先おこしをかけられお茶まいれ。やす

んでござりませいといへばをの/\こしかけやすみつゝ。こりやかごかき。身共はばん

しうむろの遊女屋なるが。此女らうを上がたより大分の金銀出しかひ取

て下る所よ。山ざきまでかこにのせたれば下手なかき手ゆへかゆられてかごに

 

よひたるゆへ。そろ/\こゝ迄ありかせたは。なんとゆらぬやうにかくならばあたひ

にはかまはぬ。むろ迄とをしてやらぬかといへば勝海悦び。其段はお気遣

なされな。此道中にかごかきいくらか候へ共。我抔はあつはれな取のかごかきゆるがす

なとゝは思ひもよらず。いげんではござりませぬが私のかごの中では。皆旦那衆

がこまかなうつし物をなさるゝに。つくえでかくより中々かきよいと御意なさ

るゝ。先日も急ぎのししやのお侍衆私がかこにのらせられ。かみゆひを相

こしにのせさかやきをそらさせられたに。いかなことぎつく共ゆるがせず

まんまとさかやきをそりましたが。其だいにびんぎはゝ山みちなりにそり。さかやきは

 

 

32

なますの子をきざんだやうにといへば。扨々おかしいことをいふ男かな。よき道中の

慰みむろ迄金子五両とらせん。はやかご出せと云ければ忝し/\。しからば上

手の相かたよびに参る其間。見ぐるしけれ共うらのえんにておべんたうそれ

女共。えむしろうすべりしけやとて皆々〽おくに入置て其身はあたりをかけ

廻りはりまへのとをしかご。誰ぞいかぬか与助やい。九介やいとわめきちらせば

小はぎ立出。是こゝな人。お急ぎ成に何と相手はないの。ハテ相かたはいゝたり

もあれ共身共があまり上手故。返事さへしてがない。是程けつかうな乗手衆

を取はづすもきのどく也。ハア何とがなヤ。女共。そちがかたはなかけといへばハテ

 

つがもない。ざれことも時による。どうぞしあんもがなと云所に。さもおちぶれし

旅人のかさかたふけて来りたり是々旅人何とよいかねを取かご有がかた

はなかいてろぎんにせられぬかといへば。旅人かほを押かくし。終にかたに物をい

たることもなし。ゆるし給へとゆき過るいやなふ。四五町何とぞしてか

き給へ。こあげにやすう売付んとむたいにかさを引のけて。みれば主君豊

舟殿ヤア勝海か我君様か小萩成かとけうさめてしばし。涙にむせびし

が。勝海涙ながら君御夫婦御行衛。尋奉らん其ために小萩と夫婦に

罷成。かゝるしわざと申ければ。さればとよ某も。二いの君の行がた又かた/\゛も

 

 

33

なつかしくかなたこなたとさまよへ共いづくに頼ん宿もなく。さればとて東国

へも帰られずと。こしかたの物語つきせぬ。涙ぞ道理成。時に内の旅人サア/\

用意はよし。はやかごゆれといひければ勝海もせんかたなく。とかうは追て申べし

たくはへなくしては御本意もとげられず。もつたいなけれどあのかごをせめて四五

町かき玉へ。あたひを取て姫君を尋のれうに仕らん。ヲゝともかくもと身づく

ろひし。サアおかごよし御出といひければ。いざとて遊君かごにのり既に出んと

せし所に。むかふのはらより女のこえにてなふかなしや人ごろしよ。たすけてたべと

二三才成子をおふて。色ちがへてにげ来るをみれば尋る二いの姫。なむ三ぼうと

 

かごをすて。是々豊舟勝海こしもとの小萩也。扨々ふしぎのげんざん是仏神

の御力と。なきみわらひみ四人の人。天をはいする斗也。姫君やう/\きをしづめ

先々互にながらへて御めにかゝる嬉しさよ。扨先姉の薄雪御前わらはを敵と

おつかけ給ふ。只今是へ来給はんかげをかくしてたべと有。人々とかうの御れうけん

なくかご成遊女を引おろし。姫君を入かへすだれをさげてすきまにはとう

ゆの雨がは打かけたり。かごをかりたる旅人こはりふじん成やつばらかな。町人とて

あなづるかごをやれとひしめくを。まつひら御待下されよと手をすりことはりいふ

間に。あらおそろしや薄雪御前よそめにはひたふる鬼神とやみやま

 

 

34

木の。風にそびへしごとくにて。女共男共。人共鬼女共へんげ共いはんかたなきみ

たれがみ。をしやりかきやりやれぎぬの妻をねとりし我いもうと。みめこそをとれ

我力つもる恨みをはらさんもの。つらしねたまし腹立やとよばゝるこえはいか

づちの。おちかゝるかとおそろしく一もんじにかけ来つて。今迄こゝに有けるがをのれ

いづくにかくれしとてさかし出さでをくべきかと。かきをはねこへをどりこへのきに手

をかけとびあがつてはとび下り。こゝよかしことかけまはるはすさまじかりけるしつと也

勝海夫婦豊舟も草村に身をちゞめ。いきをつめてぞかくれたる。旅人にぐる

にどをうしなひあはてふためく遊女の姿。薄雲いもとゝ見ちがへてたぶさを

 

取てひつすへたり。なふかなしやとなきさけぶをなんのかなしいをのれ故。我おつと

にすてらるれはわらはが敵は此つらと。はだにさしたる守刀をぬき出し情なくも

遊君の。みゝはなそいで捨たりしはあさましなんどもふびん也。旅人大きにいかりを

なし。前代みもんのあふれものからめ取て此所の。たんだいへひけやとて一度にとづ

と取まはす。薄雪ちつ共をくせず何人ちがへにて有けるかや。よし人ちがへにせ

よ何にもせよ。みめよき女はみるもにくし命の有をトリ得にし。つれて帰れかへ

らずは男成とてこはからず。皆ねぢころして捨んものをとおどろくけしきは

なかりけり。むざんやな遊君は思ひもよらぬかたはと成女のきていき

 

 

35

がひなし。なむあみだ仏と斗にてしたをくひ切しゝてけり。旅人主従どう

てんし。すは大事こそおこつたれ。しよせんかごかき相手也かごかき/\とよばゝれば。ぜ

ひなく人々草村かり出る姿を薄雪見て。なふ我妻の民部殿君

こゝにましますからは妹もあるにきはまつたり。さがし出して恨をなさんと

又狂ひ出かけかけめくり。あそこやこゝと尋つゝかごをあやしめ雨かみすだ

れを引ちぎれば。わつといふて二いの君にげ出んとし給ふを。おびをかた手に引

さげ思ひの敵恋ぢのあだ。姉が一念思ひしれとくびすぢに両うで入。えい

やつとしめつくる。両人もたまりかね。かごのいきづえぼうおつとりさん/\゛に打か

 

くる。薄雪けら/\と高わらひし。ヤアすいさん也あく女と生れしかはりには。わ

ごぜたちの五人や十人はへ共むし共思はゞこそ。サアよつて見よけころさんと

四方へあしをふみちらしなふ豊舟殿。御身とみづから夫婦とは。忝くも帝

よりの御仰。ことばのかはしの夫婦でも一世や二世のえんならぬに。ようも/\

情なく一夜の枕のかはしもせず。此妹めに思ひかへわらはを捨させ給ふよな。

御身の心つきなきゆへ。姉が手にかけ妹をこれしめころすを見給へ。エゝ

にくやはら立や無念口おしつらにくし。えいうんとしめつくればきやつと斗を

さいごにて。両がん見つめ四しをしゞめきうけつよりちながれて終に。む

 

 

36

なしく成給ふ。勝海こらへず薄雪にとびかゝつてむずとくむ。さしつたりと

そくびをつきおきつころんづくみあふを。豊舟ぼうをおつとりのべさん/\゛に打すへ

/\のたれをうつてもだゆるを。打物ぬいてさしとをしつきとをし/\。せつなが

間に兄弟はうつてうたるゝじやいんのしにいんぐはの程こそあさましけれ

豊舟刀をからりと捨。アゝかなしきかなた某程ふうんなるもの世には

あらじ。妹はしのびづま姉は又な付の妻。ふたりの妻に一日も思ふまゝに

そひもせず。妹は姉が手にかゝり姉はおつとの手にかゝり。おなじ日のおなじ

時おなじ枕にひごうのしにすくせの程の。はかなさを。思ふに付て此子が

 

ため。ひとりは母ひとりはおば。おなかと思へば母の敵かたきと思へば母の

姉。いか成くはこのあくえんにていんぐはといんぐは敵と敵が生れあひ。夫婦

兄弟おばをいと今のむくひをしらするぞと。人めもわかずこえを上

前後も。わかず泣給ふ。勝海夫婦も諸共に。実御道理ことはりと

ふかくの袖をぞぬらしける。いぜんの旅人けうざめながら是々かごかき共

某はむろの津にてたかがうしの長といふかくれもなき遊女屋也。汝抔

がかごをかり大事の女らうをのせたるに。引おろしてころさせ其ぶんでは

すむまじき。かごをかつてのせたれば乗手は其方へわたしたり。はや/\其

 

 

37

女らうをかへせ/\とねだるにぞ。勝海あやまり御尤/\万事御らんの通

なれば。何共れうけんいたしがたし。お国本へ参上し。何分にもおはらのいる程

御わびこと仕らん。先御帰り下されよといへば長猶々立腹し。ヤアわびことゝ

はふとい云分。身体を打こんで黄金千両に買たる女。此うへは千両と

いふ黄金を出すか一つ。但ころせし女をもとのごとくいけてかへすか一つさなく

ば所のたんだいへことはり。曲事にをこなはんと大ごえ上てひしめけば。アゝ申

/\先聞分て下され候へ。是成はよし有御かた我抔は家来にて候が。此仁

世に出申されば千両が万両も急度わきため申べし。只今さんだいに御ことはり

 

有ては。大事のぶしのなをよごし先祖しそんおちじよくと成。まつひら御

めん下されよと手を合わびけれ共。イヤサぶしにもせよくげにもせよ先只今は

かごかきづれ。何世に出ての千両万両それはさきのみへぬこと。ぜひ上へうつ

たへんとはしり出るを引とゞめ。扨でんかたもなし是非もなき。しからばかはりに

あの女を参らせんが。御かんにん有べきか長は小萩をよつく見て。ヲゝきりやう

かつかうさきの女にをよばね共。ぜひにかなはぬあれ成共とふしやう/\゛に

云けれは。勝海悦びこりや女房。近頃無念千万なから此上は力なし。あの

かたの手に渡りながれを立てくれまいかと。をろ/\涙でいひもあへぬに

 

 

38

女ばうにつことわらひヲゝお主のためつまのためいかほどつらきながれの身とても

命をすつるにまさりなんと。そこにはかなしき涙をつゝみうへにいさめるて

を見給ひ。豊舟刀おつとり既にじがいと見えしを勝海小萩すがり

付。是は物がついて狂乱ましますか。夫婦うき身をくるしむるも君を

大事に存る故。悪人めらをほろぼし御世に出て姫君の後世をとはん

とおぼさずや今しゝ給はんとし給ふは我々が心ざしを無下にせんとのこと

なるか。ムゝ心よはやいひかひなや。御はらめされ本望ならばサア切給へ我々

も。つゞいてしでの御供ぞサア。しに給へ腹切給へ。口惜やかくいひかひ

 

なき主君としらて心をつくせしこうくはいさよとこえもおしまず

なきいたり。豊舟なつとくし給ひげにあやまつたりゆるして

くれよ。命ながらへ若をもり立敵を討て本領に付。長が門に

金をつみ小はぎをむかひかへすべし。去ながらせがれに家はつがする

共。我は男を立るきなし。姫かほだいなんぢらが。げんぜのいの

りにほつしんせん是三ぼうへのみつきものと。もとゝりふつつと切

すてゝ。な無仏な無法な無僧と思ひ切たるいさきよさ。夫婦は

あつと斗にて。けうをさましてなきいたり。かくてじこくもうつる

 

 

39

とて長は小萩をともなへば二人はしがいをかきいだきさらば

/\とよびかはす。主人はつまにしにわかれ下人はつまにいきわ

かれ。わかれ/\てゆく水の袖のしがらみせきとむる。もみぢにま

がふ涙の雨ふるかひもなきよの中やとわつとさけびこえを

たてエゝかく有べしとは思ひきやはらから。しつとにしでの道あくえん

あくごうのめぐる月日も一つなる。いふてかへらぬ此なげきとたがひに

見かへり/\てわかれ/\にゆくそらの。そらにねをなく四つ

のとりわかれは。おなじたとへにもひかば。これをや申べし