北斎仮宅之図 露木 為一(つゆき いいつ)画 江戸後期 wikipedia
一か月余り頑張ったが解読できなかった。中途半端だけど降参。
飯島虚心著「葛飾北斎伝」が随分と参考になった。
卍常ニ人ニ語ること我は枇杷葉湯に
反し九月下旬より四月上旬迄
巨燵を放るゝ事無しと如何
なる人と面会なすといへとも
放るゝ事なし 画くにも又かけ
倦く時は傍の枕を取りて
眠る覚れば又筆を取
夜着の袖は無益之とて
不付す
卍常に人に語る事、我は枇杷葉湯に反し、
九月下旬より四月上旬迄巨燵を放るゝ事無しと、
如何なる人と面会なすと言えども放るゝ事なし。
画くにも又かけ、倦く時は傍の枕を取りて眠る。
覚えれば又筆を取る。
夜着の袖は無益なりとて不付す。
(この部分だけは図書やネット上で翻刻が読める)
本所亀岡町はんの木馬場
假宅の躰老人長く
住居故御?にゑかく
本所亀岡町榛の木馬場
仮宅の体 老人長く住居ゆえ?に描く
(三行目がまったく不明)
御物語?(ニ)
御目通てひき
かけ(もうテキトー)
昼夜如斯なる故炭にてハ
逆上なす故炭団を用ゆ
然るゆへ虱の湧ことたとゆるに
物なし
昼夜斯くの如しなるゆえ、
炭にては逆上(のぼせ)なすゆえ、炭団を用ゆ。
然るゆえ、虱の湧くこと喩ゆるにものなし。
画帖扇面
之儀は堅く
御断申候
三浦八右衛門
娘 ゑい
為一 国保
角一畳分 板敷分
佐倉炭俵土産物の
桜餅の籠 鮓の竹
の皮 物置ト掃溜と
兼帯之
角一畳分、板敷分、
佐倉炭俵、土産物の桜餅の籠、
鮓の竹の皮・・
物置と掃溜めと兼帯なり。
蜜柑箱ニ
高(く)祀像ヲ
安置す
葛飾北斎伝 飯島虚心
p196
河鍋暁斎曰く、北斎翁は、酒を飲まざるのみならず、茶も上等の茶は、これを嗜まず、且煙草を吸わず、殊に煙気を嫌い、夏夜蚊帳を用いず、故に翁の所に至れば、煙草を吸うわざりしと。
戸崎氏曰く、翁は酒を飲まずして、菓子を嗜めり。故に翁を訪(と)うごとにかならず、大福餅七つ八つを懐にして、おくりしが、翁大いに喜び、舌を鳴らして食いたり。その頃、大福餅の価は、一つ四文なりし。
p198
関根氏、嘗て浅草なる翁の居を訪いし時、翁は破れたる衣を着て、机に向い、その横に、食物を包みし竹の皮など、散りちらしありて、その不潔なりしが、娘阿栄(おえい)も、その塵埃の中に座して描き居たりし。そのころ翁歳八十九、頭髪白くして、面貌痩せたりと雖(いえど)、気力青年の如く、百歳の余も生きぬべしとおもひしが、俄然九十にして死せり。
p199
清水氏曰く、戸崎氏誉翁を訪いし時、翁机によりも筆をもて、室の一隅を指し、娘阿栄を呼びて曰く、昨夕まで此に蛛(くも)網のかかりてありしが、如何にして失せたりけん、爾ならずや、阿栄首を傾げ、すかしみて、大に怪しみ居たり。戸崎氏出でて人に語りて曰く、北斎および阿栄の懶惰(らんだ・なまけおこたること)にして、不潔なることは、此の一事にても知るべし。
戸崎氏曰く、北斎翁、本所石原片町に住せし時は、煮売酒店の隣家にて、三食の供膳は、皆この酒店より運びたり。故に家には、一の飯器なし。唯土瓶、茶碗二三個あるのみ。客来れば、隣の小奴を呼び、土瓶を出し、茶をといい、茶を入れさせて、客に勧めたりと。
・・・・
p201
過日露木氏、翁が本所亀沢町榿(はんのき)馬場に住せし頃の室内のありさまを画きて、余におくる。図中巨燵を背にし、布団を肩にかけ、筆を採り画き居るは、即北斎翁にして、其の傍らに座し、翁が画くを窺いみるは、即娘阿栄なり。室内のさまは、いづれもあれはてて、翁が傍らの杉戸には画帖、扇面之儀は堅く御断申候、三浦屋八右衛門とかきたる紙を貼りてあり。又阿栄の傍らの柱には、蜜柑箱を少し高く釘づけになして、中には、日蓮の像を安置せり。火鉢の傍らには、佐倉炭の俵、土産物の桜餅、鮓の竹の皮など、取りちらし、物置と掃溜めと、一様なるが如し。
p208
同氏(露木氏)曰く、翁誉自ら謂て曰く、「余は枇杷葉湯に反し、九月下旬より四月上旬までは、炬燵を離るることなしと。されば如何なる人に面会すとも、誉炬燵を離るることなし。画くにもまた此のごとし。倦む時は、傍らの枕を取りて睡る。睡りさむれば、又筆を採りて画く。夜着の袖は、無益なりとて、つけざしし。昼夜かくの如く、炬燵をはなれざれば、炭火にては逆上(のぼ)すとて、常に炭団を用いたり。故に布団には、虱の生ずること夥し。」
p213
北斎翁、本所榿馬場に住せし頃、毎朝小さき紙に獅子を画き、まろめて家の外に捨てたり。或人偶(たまたま)拾い取りて披(ひら)きみれば、獅子の画にして、行筆軽快、尋常にあらず。よりて翁に就き賛を請う。翁即ち筆を採りて、「年の暮さてもいそがし、さはがしし」。或人更に翁に問う。何の故に毎朝獅子を画きて捨て給うや。翁の曰く、「これ我が孫なる悪魔を払う禁呪なり」と。故杉田玄端氏の話なるよし。乙骨氏いへり。奇といふべし。画工翆軒竹葉、誉この獅子の画、数十葉を蔵せしが、日課に画きたるものなれば、一葉ごとに月日をしるしてあり。紙は、皆半紙なりとぞ。又按ずるに、書中一行禅師、一生キンメイ録とあれど、キンメイ録といふ書なし。蓋(けだし)看命一掌金なるべし、禅師は唐の人なり。