仮想空間

趣味の変体仮名

国性爺合戦 第五

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      浄瑠璃本データベース イ14-00002-299

 

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   第五
たいさんをわきばさんてほくかいをこゆることはあたはず
王の王たらざるはあたはさるにはあらずとかや 延平王国性
爺兵を用ることたな心にまはすかごとく 五十余城をほぶり
武威日々にさかんにして 妻の女房古郷よりせんだん皇
女を供し参らせ 九仙山よりこさんけい太子を御幸なし申せ
ば 十善天子の印授をさゝげ永暦(えいりやく)くはうていと号し奉り

龍馬が原に八町四方の木城をからくみぢんまくとまく
にしきのまく 陣屋の上には日本いせ両くうの御はらひ 大
ぬきをくはんじやうし 太子を別殿にうつし参らせ 其身は中央
の床几にかゝり しば将軍ごさんけいさんき将軍かんきおなじく
左右の床几に座し たつたん大明わけめの勝負いくさ 評
定とり/\゛也 ごさんけいだんせん取直し およそはかりことはあさきに
出て ふかきにたるにしくはなしと竹筒一本取出し 此筒に蜜


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をこめて山ばり多く入置たり かくのごとく数千本拵へ先手の
雑兵に持せ 立合の軍するていにて筒をすてゝ逃のかば
とんよくさかんのたつたんぜい 食物と心へひろひとらんは必定
口を抜とひとしく数万の山ばちむらがり出 そく兵をどく
つうせしめ たゞよふ所を取てかへし八方より討取へし 是御覧候へと
口をぬけば数多のはちなり羽ぶいてぞ出にける そく兵
あざ笑ひ あさはか成わらべおどしのはかりこと やきすてゝ恥かゝせ

よとつみかさねて火をつけん其時筒のそこにしかけたる
放火のくすりなし渡り飛ちつて 十町四方の軍兵にいき
残る者は候ましと 火なはを筒にさしつくるとひとしくとん
だる乱火のしかけげにもかうとぞ見えにける 五じやうくん
かんきくた物入たる花折一合取出し ごさんけいのきけい尤候
又某が陣 かくのごろく折籠二三千合も拵へ 様々のくはしかれ
いひ酒さかなしたゝめ 各(おの/\)是にちんどくを入陣屋にたくはへ


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ならへ置 陣所近く敵を引うけ 戦ひ負けたるていにして十
里斗引とるべし たつたんが例の長追 勝ほこつて陣屋に込入
此食物に眼くれ 宝の山に入やりと軍将雑兵我さき
にとつかみくらはんはひつぢやう くちびるにさはるとひとしくかたはし
にどくけつはき 刃にちぬらずしてみなごろしにしてしてくれんと
面々ぐんりよ心をくだき評議とり/\゛まち/\也 国せんや打
うなづき いづれも一理有計略 ひはん申に及す去ながら 国

性爺が玉しいにてつし忘れがたきは母がさいごの一句の詞
たつたん王は汝らが母の敵 妻の敵と思ひ込て本望とげ
よ 気をたるませぬ其為のじがい成との詞の末 骨にしみ
五臓にてつしせつなも忘るゝことはなし 千ぜんばんくはの謀(はかりごと)
も何かせん 只無二無三にせめ入てたつたん王りとうてんに
おしならべてむずと組 ずだ/\にきざんて捨ずんば たとへ国
せんやが百千万のくんこうも 君の忠も世の仁義も 母の為には


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不孝のつみと 鏡の御成両眼に涙をはら/\とながしけれ
ば ごさんけいかんきを始め 一座の上下諸共に皆々 袖をぞぬらし
ける 殊更女の身ながらも 古郷を忘せす生国をおもんじ さいご
迄日本の国の恥を思はれし 我も同じく日本のさん生国は
すてまじと あれ見給へ天照大神をくはんじやうす 某ひつtふ
より出て数ヶ所の城をせめ落し 今しよこう王と成て
各の傅きに預ること 全日本の神力によつて也 然れば竹林に

てしたがへし嶋夷共 日本あたまにつくり置 かれらをまつ先
に立日本のかせいとひろうせば もとより日本弓矢に長じ
武道たんれんかくれなく たつたん夷聞おぢして二の足に成所
を畳よせてのつとらんと 此頃我女房にしめし合せたり
ヤア源の牛わか 軍兵卒し是へ/\と団(うちわ)を上れば あつとこたへ
て立出る小むつがかみの初もとゆひ 緒軍ぜいのげんぶく
あたま やまと浅黄にからにしき花やか成ける出立也 かり


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御殿のまんまくより姫みや走出給ひ なふ/\国せんや 此はた
は御身の父一官の籏印 此書付も一官の筆心もとなき
文言と 出し給へば床几をさがつて読上る 我なばじいに
みんてう先帝の朝恩をほうぜんと 二たび此どに帰参し
こうもなくほまれもなし 老後のよめいいくばくのたのしみをか
期(ご)せん 今月今夜 南京の城にむかつて討死をとげ
びめいをわかんにとゞむる者也 ていしりう老一官 行年七十

三歳と 読もおはらず国せんやすつくと立 敵に念か入
て来た 母の敵に父の敵 ちりやくもいらずぐん法も何か
せん 旁(かた/\゛)はともかくも身にせまるは国せんや ただ一人南京の城
に乗込 たつたん王りとう天が首ねぢ切 父がさいごのばを
かへす討死して父母が めいどの旅を同道せんこん生のおい
とまごひと とんで出れば 両将袖にすがつて アゝきよくもなし
かんきが為には妻の敵舅の敵 ごさんけいが為にも妻の


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敵みどり子の敵 ヲゝそれ/\いづれも敵にかるめなし 天下の
敵は三人一所 サアこいとかけ出る 此三人の太刀さきには いかなる天
まやく神も面をむくべき「方もなし ていしりう老一官 夕霧
くらきくろかはおどしすゝどけに出立て 南京城のとぐるはの
大木戸たゝいて 国せんやが父老一官と申者 年寄膝骨
よはつて人なみの軍叶はず されば迚若殿原の軍はなし あんかんと
聞てもいられず此城門に推参して すみやかに討死し素意を

たつし度候 あはれりとう天出合此しらが首を取てたべ生前
の情ならんとぞよばゝりける 城の中より六尺ゆたかの大男 やさ
しゝ一官相手に成てとらせんと 木戸押ひらき切てかゝる 心へ
たりと二打三打うつぞと見へしが つゝと入て首打落し大きに
不興し大音上 一官年よつたれ共か様の葉武者にやる首指ず
りとう天出合れよ外の者が出たらば いつ迄も此通と城をにらん
で立たりけり たつたん大王寿陽門のやぐらにあらはれ出 国せん


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やがてゝ老一官とはきやつめよな 問ふべきしさいあまた有殺
さず共からめ取て引て来れ 承ると四五十人棒ずくめにとり
廻し すきをあらせずめつた打ねぢふせ/\しばり付 城中さして
引て入無念といふもあまり有 程なくかんきこさんけい国せんや
をまつ先に 大手の門にかけ付ればひつつゞいて六方余騎 小
むつを後陣の大将にてけふを死戦と押よせたり 国せんや下
知をなし いまだ生死もしれず殊に此南京城 四方に十二の大門

三十六の小門有 一方にても明たる方より落うせんは必定 四
方に心をくばつてうてと相詞に手をくばり えびらをたゝき時
の声天もかたぶく斗也 小むつが嗜む剣術の 牛若流の小太刀を
以て一陣にすゝみ出 相手えらはず時えらはず 所もえらはぬ此わか
武者しにたい者が相手ぞと 思ふさまに広言し 多せいが中へわつ
て入 火水をとばせて「たゝかひける ぞく兵あまた討るれ共 七十
万騎たてこもつたる南京城落べき様こそなかりけれ 国せんやは


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いかふもして 父の生死(しやうじ)をしるべしとかけ廻つても詮方なく 陣
頭に大声上 我もろこしへ渡つて五年の間 数ヶ度のかつせんつい
に無刀の軍をせず けふめつらしく劔の柄に手もかけまじ 馬上
の達者剣術えものゝたつたんぜい よつてうてやと招きかくれば
につくいお広言討殺せと 我も/\とおめいてかゝる 引よせて劔
ねぢ取たゝきひしぎ打みしやぎ ほこやり長刀もぎ取/\ ね
ぢまげ押まげ折くだき 寄せくるやつ原脚(すね)にさはればふみ殺し

手にさはるをねぢ殺し しめころしては人礫騎馬の武者は馬共
にひとつにつかんで手玉に上 四足をつかんで馬礫 人礫馬礫石
のつぶても打まじり 人間わざとは「見へざりし さしものたつたん
責よせられ すは落城と見えたる所に 一官を楯の表に縛り付
たつたん王を先に立りとう天すゝみ出 ヤア/\国せんや 己(おのれ)日本の
国よりはい出 もろこしの地をふみあらしすか所の城を切取 剰へ大王
の御座近く けふのらうぜきくはんたい千万 これによつて親一官をかく


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のごとく召取たり 日本流に腹切か但親子諸共 すぐに日本へ
帰るにおいては一官を助くべし 承引なくばたつた今目前にて一官を引
はり切にせん とくの返答はや申せと高声(こうしやう)によばゝれば 今迄いさ
む国せんや はつと斗にめっもくらみ力も 落て打しほれ 諸ぐんせい
も気を失ひ陣中ひつそとしづまりける 一官はがみをなしヤイ国
せんや うろたへたかおくれたか 七十に余る此一官命ながらへ何に成
母がさいごのけなげ也迚 父にも語りふいちゃうせしを忘れしか 是程

迄しおほせし一大事 此しはぢいが命一つに迷ふて仕損ぜしとい
はれて 末代のちじよく古郷の聞え 日本生れは愛におぼれ
義をしらぬと 他国に悪名とゞめんは日本の恥ならずや 女な
れ共汝が母は生れ古郷をおもんじ 日本の恥といふ字に命を捨し
を忘れしか 是程の手詰に成 此親が目前に八つざきにせらるゝ共
めもふらず飛かゝつて本望とげ 大明の御代になさんと思ふ根性は
どこで失ふた エゝみれん也浅ましとじだんだふんでせいすれば 国せん


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や父に恥しめられ思ひ切て 大王めがけ飛で出ればりとう天
父に劔をさしあつる はつと気もきへ立とまりすゝみかねたるしど
ろ足 かうべの上にしゆみ山が今くづれかゝつても ひつく共せぬ国
せんやぜんごにくれてぞ見えにける かんきごさんけい互にきつとめく
ばせ つゝと出てたつたん王のまへにかうべをさげ かく迄しおほせ候へ共御
うんつよきたつたん王 一官からめとらるゝこと国せんやがうんも是迄
末猶なき大将我々両人が命を助け給はらば 国せんやが首取てさし

あげん 御せい言にて御返答承はらんと 云もあへぬきたつたん王 ヲゝ/\
神妙(しんべう)/\と云所を 飛かゝつてはつたとけたをししめあくれば すきを
あらせず国せんや 飛かゝつて父かいましめねぢ切/\ りとう天を
取ておさへ父を縛りし楯の面 まつ其ごとく高手小手にしばり付
三人目とめを見合せて アゝ嬉しやと悦ぶ声国中ひゝく斗也 緒軍ぜい
いさみをなし太子姫みや御幸なし奉れば 御前にてきやつ原則ざいくは
におこなふべし 夷国とは云ながらたつたん国の王なれば 縛りながら鞭打し


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て本国へおくるべしと 左右にわかつて五百鞭 半死半生打すへ
て引のけたり サア是からがりとう天 もtのおこりの八逆五逆十
悪人 かたみ恨のない様子 国せんやは首引ぬかん 両人は両うでと
三方に立かゝり 声をかけて一時にえいや うんと引ぬき捨 えいしやく
くはうてい御代万ぜい 国あんせんとことぶくも大日本の君が代
神徳武徳せい徳の みちてつきせぬ国繁昌 民繁昌の
めぐみによつて 五穀豊穣に打つゝき万々 年とぞ祝ひける


   (おしまい 以下略)