仮想空間

趣味の変体仮名

伊賀越道中双六 第十 敵討の段

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html 

       浄瑠璃本データベース  ニ10-01451

 

 

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 第十 敵討の段

されば唐木政右衛門股五郎を付け出し 夜を日に継で伏見を出伊賀の上野と心ざし 先廻りして代官

所の届けも済みて北谷の 四つ辻に主従四人 我劣らじと入来る政右衛門声をかけ 孫八武介は我に構はず

志津馬をかこい 我兼て聞及ぶ 股五郎には付け人有由 目さす敵は只一人 譬助太刀何十人有迚も 何程の

事有ん 最早来るに間も有まし 身拵へをとせいすれば 志津馬はけふを一世の晴業 心得たりと片はだ

脱ば 南蛮鎖の差込に鎖り鉢巻拝領の不動国行覚への名作 同唐木も立附くに渋の鉢

巻信國のねた刃は兼て合言詞 いつれ劣らぬ古今の勇士池添石留引添て 日頃の念願さす敵を

 

今や来ると 待かけたり 程も有せず 股五郎悪党に前後をかこはせ 一番手林左衛門 ざゝめき渡り我

一と 小田町筋へと打通る 斯と見るゟ和田志津馬小影ゟ飛で出 向に立て大音上 ヤア/\いかに沢井股五郎

汝が手にかけし和田行家が一子同苗志津馬 此所に待受たり 尋常に勝負せよと声かくれは政右衛門 ホゝ

久しや桜田林左衛門 郡山にて真剣の 勝負を望し其方今日に成つたり サア覚悟せよと呼はつり

心得たりと林左衛門馬上ゟ飛下るを 走りかゝつて政右衛門 豁(あばら)ゟ肩先かけて切付たり ソレ遁すなと

声/\に 一流を得し附人共志津馬を目当切かくる 心得たりと池添石留四人を相手に切結ぶ 股五郎志

津馬は一騎打兼て手練の和田志津馬 爰に顕れかしこに切抜け飛鳥(ひてう)のごとく早業に 股五郎も

 

 

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あしらい兼突かける鑓先を 鍔ぜりに請留られ 跡しさりに成てたぢ/\/\ 坂の下へと引て行 こは心へず

と團四郎 股五郎を救はんと勢ひ込でかけ行所へ とつこいやらぬと政右衛門 仁王立につつ立たり シヤ邪

魔ひろぐなと打かくる 心得たりと受流し打込む所を身をひらき 飛よと見へしか團四郎 から竹割に切伏

たり 返す刀に助太刀共一人も残らずすくい切 志津馬が身の上気遣はしと 二人の家来を跡になし

坂の下へと飛で行く孫八武助は死物狂ひ 数多の付人相人に取 切つ切れつ戦ひしが 数ヶ所の手疵に

目もくらみ同じ枕に死してけり 股五郎相人に和田志津馬手利きと手利の晴勝負 いづれ抜目はなき

所へ 政右衛門か韋駄天走り助太刀の奴原は一人も残らず討留しぞ 残るはそやつ只一人 ソレ踏込で討留いと

 

声の介太刀百人力よろめく所を付け入て肩先ざつふと切付たり こは叶はじと股五郎死物狂いと

働け共 動ぜぬ武士の太刀風に さしもの沢井も切立られ しどろに成を畳かけ 尖き一刀大地へどつさり 起しも

立ず乗かゝり 年来の父の敵 舅の敵 主人の仇一度に晴る胸の月 空に知られし上杉の 家の誉れと悦ぶ

唐木 武名は世々に鳴ひゞく 和田が手疵も日を追て頓て全部十冊物 此上もなき敵討今に誉れを残しける (オワリ)

 

 天明三 庚卯 年 四月廿七日    作者 近松半二 近松加作

 

 

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 浄瑠璃太夫役割

(上段)

第壱 靏が岡の段 竹本和太夫

第ニ 行家屋鋪の段 竹本友太夫

第三 圓覚寺の段 竹本和太夫 中太夫

第四 郡山宮居の段 竹本浅太夫

第五 郡山屋鋪の段 竹本関太夫 染太夫 住太夫

(下段)

第六 沼津の段 竹本男徳斎 染太夫

第七 新関所の段 竹本友太夫

第八 岡崎の段 竹本関太夫 住太夫

第九 伏見の段 竹本中太夫 男徳斎

第十 敵討の段 竹本宮太夫

 千秋萬歳楽叶

 

右語り本の通り正本にうつし畢ぬ

節墨譜は和歌より出ゝて発声甲乙の

秘密を受伝へたる竹本の末葉に創りたれ共

猶おのれ/\かふし付の心いきは其人によりて

知るへし秘事はまつ毛とやかしく

「大坂堂島新地ニ丁目 御書物所 枡屋安兵衛」

 竹本義太夫遺弟 竹本染太夫

  江戸大伝馬町三丁目 鱗形屋孫兵衛版 伝法屋源七郎版

  大坂 大坂嶋之内中橋筋 寺田吉九郎版