読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567596
1
鈴虫
2
夏ごろはちすの花のさかりに。入道の姫宮(女三)
の御持仏どもあはらし給へる供養せさせた
まふ。此たびはおとゞの君のみ心ざしにて。御
ねんず裳のぐども。こまかにとゝのへさせ給へる
を。やがてしつらはせ給ふ。はたのさまなどなつ
かしう。こゝろことなるからのにしきを。えら
びぬはせ給へり。むらさきのうへぞいそぎせさせ
給ひける。花づくえのおほひ(覆い)など。おかしき
めぞめもなつかしうきよらなるにほひ。そめ
つけられたる心ばへ。めなれぬ様なり。よるの
御帳のかたびらを。よおもて(四面)ながらあげて。うし
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ろの方に法花のまだら(曼荼羅)かけ奉りて。しろかね
のはながめ(花瓶)にたかく。こと/\しき花のいろを
とゝのへてたてまつれり。名香にはから(唐)の百歩
のくぬえかう(薫衣香)をたき給へり。阿弥陀仏。けうじ(脇士)
のぼさつ(菩薩)。をの/\びやくだん(白檀)してつくりたてま
つりたる。こまかにうつくしげなり。あかのぐ(閼伽の具)は。
れいのきはやかにちいさくて。あをきしろき
むらさきのはちすをとゝのへて。かえう(荷葉:かよう)のほ
う(方)をあはせたるみやうがう(名香)。みつ(蜜)をかくし
ほゝろげて(ぼろぼろに崩して)。たゝきにほはしたる。ひとつかほりに
匂ひあひて。いとなつかし。経は六道の衆生の
ために六部かゝせ給ひて。みづからの御ぢ経は
院ぞ御てづからかゝせ給ひける。是をだにこの
世のけちえんにて。かたみにみちびきかはし
給べき心を願文にうtくらせ給へり。さては阿弥
陀経。から(唐)のかみはもろくてあさゆふの御手な
らしにもいかゞとて。かんや(紙屋)の人をめして。ことに
おほせ事給ひて。心ことにきよらにすかせ
給へるに。この春のころほひより御心とゞめて
いそぎかゝせ給へる。かひありてはしをみ給ふ
人々。めもかゞやきまどひ給ふ。けがけたるかね
のすぢよりも。すみつきのうへにかゝやくさま
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などもいとなんめづらかなりける。ぢく(軸)へうし(表紙)
はこ(筥)のさまなどいへばさらなり。是はことにぢん(沈)
のけそく(花足)のつくえにす(据)へて。仏のおなじち
やう(帳台)のうへに。かざられ給へり。だう(堂)かさ(佐)りはてゝ。
講師まう(参)のぼり。きやうがう(行道)の人々まい
りつどひ給へば。院もあなたにいで給ふとて。
宮のおはしますにしのひさしにさしのぞき
給へれば。せばき心ちする。かりの御しつらひ
に所せく。あつげなるまでこと/\しく。さう
ぞきたる女房五六十人ばかりつどひたり。北
のひさしのすのこまでわらはべなどはさま
よふ。火とりどもあまたしてけふたきまで
あふぎちらせば。さしより給て空にたくは。い
づくのけふりぞと思ひわかれぬこそよけれ。ふ
じのみねよりもげにくゆりみち出たるは。ほ
いなきわざなり。かうぜち(講説)のおりは。おほかたの
なりをしづめでのどかに物の心もきゝわく
べき事なれば。はゞかりなききぬの音なひ。人
のけはひしづめてなんよかるべきなど。れいの
物ふかゝらぬわか人ともの。よういをしへ給。宮は
人げにをされ給て。いとちいさくをかしげにて
ひれふし給へり。わか君らうがはしからん。いだ
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きかくし奉れ。などの給ふ。北のみさうじ(御障子)もとり
はなちて。みすかけたり。そなたに人々はいれ
給しづめて。宮にも物の心しり給べきしたかた
を聞えしらせ給いと哀にみゆ。おましをゆづ
り給へる仏の御しつらひみやり給ふもさま/\゛
に。かゝるかたの御いとなみをも。もろともにいそ
がん物とは思ひよらざりしことなり。よし
のちの世にだにかの花のなかのやどりにへだて
なくとおもほせとて。うちなき給ぬ。
(源氏)はちすばをおなじうてなとちぎり置て
露のわかるゝけふぞかなしきと御すゞりに
さしぬらして。かうぞめなる御あふぎにかきつ
け給へり。宮
(女三)へだてなくはちすの宿を契りてもきみ
が心やすまじとすらんとかき給へれば。いふか
ひなくもおもほしくだすかなと打わらひな
がら。なをあはれとものをおもほしたる御けしきなり。
例のみこたちなどもいとあまたま
いり給へり。御かた/\゛よりわれもをもといどみ
いて給へる。ほうもち(棒持)のありさま心ことに所せ
きまでみゆ。七僧の法服などすべておほかたの
事どもは。みなむらさきのうへをさせ給へり。あ
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やのよそひにて。けさのぬいめまで。見しる人は
世になべてならずとめてけりとや。むつかしう
こまかなる事どもかな。かうじ(講師)のいちたうとく。
事のこゝろを申て。このよにすぐれ給へるさかり
をいとひはなれ給て。ながき世々にたゆまじ
き御ちぎりを。法華経にむすび給ふ。たう
とくふかきさまをあらはして。たゞいまの世に
さえ(才)もすぐれ。ゆた(豊)けきさきら(才気ら)を。いとゞ心し
てゆ(言)ひつゞけたる。いとたうとければ。みな人しほ
たれ給ふ。これはたゞ忍びて御ねんず裳のは
じめとおぼしたることなれど。うちにも山の
みかどもきこしめして。みな御使どもあり。御ず
経のふせなど。いと所せきまで。にはかになん
ことひろごりける。院にまうけせさせ給へりけ
る事どもゝ。そ(削)ぐとおぼしかど。よのつねなら
ざりけるを。まいて(まして)。今めかしき事ども。くはゝり
たれば。ゆふべの寺にをき所なげなるまで。所
せ(狭)きいきほひになりてなん。僧どもはかへりける。
いましも心ぐるしき御心そひて。はかりもなく
かしづき聞え給。院のみかどは此御そうぶん(処分)の
宮にすみはなれ給なんも。ついのことにてめ
やすかりぬべく聞え給へど。よそ/\にては
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おぼつかなかるべし。あけくれみたてまつり聞え
うけ給はらむ事。をこたらんに。ほい(本意)たがひぬべし。
げにありはてぬ世いくばく有ましけれど。なを
いけるかぎりの心ざしをだにうしなひはてじと
きこえ給つゝ。かの宮をもいとこまかにきよらに
つくらせ給ひ。みふ(御符)の物共こまかに。(国々の)みさう(御荘)。みま
き(御牧)などより奉る物ども。はか/\゛しきさまのは。
みなかの三条の宮のみくらにおさめさせ給ふ。
又もたてそへ給て。さま/\゛御たから物ども。院の
御そうぶんにかずもなく給はり給へるなど。あ
なたざまのものは。みなかの宮にはこびわたしこ
まかにいかめしうしをかせ給。明暮の御かしづき
そこらの女房の事ども。かみしものはぐゝみは
をしなべて。わが御あつかひにてなんいそぎつかう
まつらせ給ける。秋頃西のわたどのゝまへなかのへい
のひんがしのきはををしなべて野につくらせ給
へり。あかのたななどして。そのかたにしなさせ
給へる御しつらひなどいとなまめきたり。御でし
にしたひきこえたるあまども。御めのと。ふる人
どもはさる物にて。世をつくしつべきかぎりはえり
てなんなさせ給ける。さるきほひにはわれも/\と
きしろひけれど。おとゞの君きこしめして。有
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まじき事也。心ならに人すこしもまじりぬれ
ば。かたへの人くるしうあは/\しききこえいで
くるわざなりといさめ給て。十よ人ばかりのほど
ぞ。かたちこと(異)にてはさふらふ。此野にむし(虫)どもは
なたせ給て。風すこしすゞしくなりゆくゆふ
ぐれにわたり給つゝ。虫のねをきゝ給やうにて。猶
思ひはなれぬさまを聞えなやまし給へば。れ
いの御心は有まじき事にこそあなれと。ひとへに
むつかしきことに思ひ聞え給へり。人めにこそ
かはることなくもてなし給しが。うちにはう
きをしり給ふけしきしるく。こよなうかはり
にし御心をいかでみえたてまつらじの御心にて。
おほ(多)うは思ひなり給にし。御よのそむきなれば。
いまはもてはなれて心やすきに。なをかやうに
など聞え給ぞくるしうて。人はなれたらん御す
まいにもがなとおぼしなれど。およすけてえさも
しい申給はず。十五夜の月のまだかげかくし
たるゆふぐれ。仏の御前に宮おはして。はしちかう
ながめ給つ。ねんずし給ふ。わかきあま君たち
二三人はな(花)たてまつるとて。ならすあかずき(閼伽坏)のをと(音)。
水のけはひなど聞ゆる。さまかはりたるいとな
みにそゝきあへるいとあはれなるに。れいのわたり
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給て。むしのねいとしげう(繁く)みだるゝ夕べかなとて。わ
れもしのびてうちずんじ給ふ。あみだのだいす
いとたうとくほの/\゛聞ゆ。げに声々きこえたる
なかに。すゞむしのふりいでたるほどはなやかに
おかし。秋の虫のこえいづれとなきなかに。松虫なん
すぐれたるとて。中宮のはるけき野べをわけて。
いとわざとたづねとりつゝはなたせ給へる。しるく
なきつたふこそすくなかなれ(よく鳴くのは少ない)。心にはたがひて
命のほどはかなきむしにぞあるべき。心にまか
せて人きかぬおく山。はるけき野の松ばらに。こえ
おしまぬもいとへだて心ある虫になんありける。
すゞむしは心やすくいまめいたるこそらうたけれ
などの給へば。みや
(女三)おほかたの秋をばうしとしりにしをふりす
てがたきすゞむしの声としのびやかにの給ふ。い
とあてになまめいておほとかなり。いかにとかや。い
で思ひのほかなる御事にこそとて
(源氏)心もて草のやどりをいとへどもなをすゞ虫の
こえぞふりせぬなど聞え給て。きんの御ことめし
てめづらしくひき給ふ。みやの御すゝ(数珠)ひきおこた
り給て。御ことに猶心いれ給へり。月さし出ていと
花やかなるほどもあはれなるに。空をうちながめ
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て。世中さま/\゛につけてはかなくうつりかはる
有さまもおぼしつゞけられて。れいよりもあ
はれなるねにあきならし給。こよひはあの御あ
そびにやあらんとをしはかりて。兵部卿宮わたり
給へり。大将君殿上人のさるべきなどぐしまいり
給へれば。こなたにおはしますと御ことの音を
たづねてやがて参り給。いとつれ/\゛にてわざとあ
そびとはなくとも。ひさしくたえにたるめづらしき
物のねなどきかまほしかりつるひとりごとを。いと
ようたづね給けるとて。宮もこなたにおましよ
そひていれたてまつり給。うちの御まへにこよ
ひは月のえんあるべかりつるを。とまりてさう/\゛し
かりつるに。この院に人々まいり給ときゝつたへ
て。これかれかんだちめなどもまいり給へり。むしの
ねさだめをし給ふ。御ことゞものこえ/\゛かきあは
せておもしろきほどに。月みるよひのいつとても。
ものあはれならぬおりはなき中に。こよひのあら
たなる月の色には。げに猶わが世のほかまでこそ
よろづ思ひながさるれ。故権大納言(柏木)なにのおり/\
にもなきにつけて。いとゞしのばるゝ事おほく。
おほやけわたくし物のりふしのにほひうせ
たる心ちこそすれ。花鳥の色にもねにも思わき
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まへ。いふかひあるかたの。いとうるさかりしものを
などの給。いでゝみづからもかきあはせ給。御こと
のねにも袖ぬらし給つ。みすの内にもみゝとゞめ
てや。きゝ給はんと。かたつかたの御心にはおぼしな
がら。かゝる御あそびのほどには。まづこひしう内な
どにもおぼしいでける。こよひはすゞむしのえん
にてあかしてんとおぼしの給ふ。御かはらけふた
わたりばかりまいる程に。冷泉院より御せうそこ
あり。御前の御あそび俄にとまりぬるをくち
おしがりて。左大弁。式部太輔。又人々ひきいて
さるべきかぎりまいりたれば。大将などは六条院
にさふらひ給ふときこしめしてなりけり。
(冷泉院)雲のうへをかげはなれたるすみかにも物忘れ
せぬ秋の夜の月おなじくはと聞え給へれば。な
にばかりところせき身のほどにもあらずながら。
今はのとやかにおはしますに。参りなるゝ事も
おさ/\なきを。ほいなきことにおぼしあまり
て。おどろかさせ給へるかたじけなしとて。にはか
なるやうなれど参り給はんとす
(源氏)月影はおなじくもいにみえながらわがやど
からの秋ぞかはれることなる事なかめれど。たゞ
むかしいまの御ありさまのおぼしつゞけられ
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けるまゝなめり。御つかひにさかづき給ひて。ろく(禄)
いとに(二)なし。人々の御車しだいのまゝにひき
なをし御ぜんの人々たちこみて。しづかなり
つる御あそびまぎれいで給ぬ。院の御くるま
にみこたてまつり。大将。左衛門督。藤宰相など
おはしけるかぎりみなまいり給。なをしにて
かろゝかなる御よそひどもなれば。したがつねばか
り奉りくはへて。月やゝさしあがりふけぬるそら
おもしろきに。わかき人々ふえなどわざとなく
ふかせ給などして。しのびたる御まいりのさま
なり。うるはしかるべきおりふしは。所せ(狭)くよだ
けききしき(儀式)をつくして。かたみに御覧ぜられ給。
又いにしへのたゝ人さまにおぼしかへりて。こよひ
は。かる/\゛しきやうにふとかく参り給へれば。い
たうおどろきまちよろこび聞え給。ねびとゝ
のひ給へる御かたちいよ/\ことものならず。いみじ
き御さかりの世を御こゝろとおぼしすてゝ。しづか
なる御有さまにあはれすくなからず。そのよの
歌ども。から(唐)のもやまと(大和)のも心ばへのふかうおもし
ろくのみなんれいの事たらぬかたはしは。まね
ぶもかたはらいたくてなん。あけがたにふみなど
かう(講)じて。とく人々まかで給。六条院は中宮
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の御かたにわたり給て。御物語など聞え給。い
まはかうしづかなる御すまいに。しば/\も
参りぬべく。なにとはなけれど。すぐるよはひに
そへて。忘れぬむかしの御ものがたりなどう
け給り聞えまほしう思ひ給へるに。なにゝ
もつかぬ身のありさまにて。さすがにうい/\
しく所せくも侍るてなん。われより後の人々に。
かた/\゛につけてをくれゆく心ざし侍るるも。いと
つねなき世の心ぼそさのとめがたうおぼえ
侍れば。世なれたるすまいにもやとやう/\
思ひたちぬるを。のこりの人々の物はかな
からんたゞよはし給など。さき/\も聞えつ
け心たがげず。おぼしとゞめてものせさせ給へ。
などまめやかなるさまに聞えさせ給ふ。れい
のいとわかうおほとかなる御けはひにて。こゝ
のへ(九重)のへだてふかう侍るし年ごろよりも。おぼつか
なさのまさるやうに思給へらるゝ有さまを。いと
思ひのほかにむつかしうて。みな人のそむきゆ
く世を。いとはしう思ひなることもはべ(侍)ながら。
その心ちのうちを聞えさせうけたまはらねば。
なにごともまづたのもしきかけ(蔭)には聞えさ
せならひて。いぶせく侍ると聞え給。げにおほ
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やけざまにては。かぎりあるおりふしの御さと(里)
い(居)も。いとようまちつけ聞えさせしを。今は
なにごとにつけてかは御心にまかせさせ給。
御うつろひも侍らん。さだめのなき世といひながら
も。さしていとはしきことなき人の。さはやかに
そむきはなるゝもありかたう。心やすかるべき
ほどにつけてだに。をのづから思ひかゝづらふ
ほだしのみ侍るを。などかその人なめにきほふ(競う)
御だうしん(道心:出家?)は。かへりてひが/\しうを(推)しはかり
聞えさする人もこそ侍れ。うけてもいとある
まじき御ことになんと聞え給を。ふかうも
くみはかり給はぬなめりかしとつらう思ひき
こえ給ふ。宮す所の御身のくるしうなり給らん
ありさま。いかなる煙のなかにまどひ給らん。な(亡)
きかげにても人にうとまれたてまつり給。御名
のりなどのいできたりけることゝ。かの院にいみ
じうかくし給けるを。をのづから人のくちさがな
くて。つたへきこしめしけるのち。いとかなしうい
みじくて。なべての世のいとはしくおぼしなり
て。かりにてもかの。ゝ給ひけなりさまのくは
しうきかまほしきを。まほにはえうちいでき
こえ給はで。たゞなき人の御有さまのつみかろ
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からぬさまに。ほのきく事の侍りしを。さるし
るしあらはならでも。をしはかりつべきことに
侍るけれど。をくれし程の哀ばかりを忘れぬことに
て。物のあなた思ふ給へやらざりけるが。物はか
なさうぇお。いかでよういひきかせん人のすゝめをば
きゝ侍りて。みづからだにかのほのほをもさまし
侍りにしがなど。やう/\つもるになん思ひしら
るゝこともありけるなど。かすめつゝぞの給。げに
さもおぼえぬべきことゝあはれに見たてあmつ
り給て。そのほのほなんだれものがるまじき
事としりながら。あさ露のかゝれるほどは
思ひ捨侍らぬになん目連が仏にちかきひじり
の身にて。たちまちにすくひけんためしにも。
えつがせ給はざらん物から。玉のかんざしすてさせ
たまはんも。この世にはうらみのこるやうなるわざ
なり。やう/\さる御心ざしをしめ給て。かの御
けふりはるくべきことをさせ給へ。しか思ひ
給ふる事侍りながら。物さはがしきやうにし
づかなるほい(本意)もなきやうなる様にあけくらし侍
つゝ。みづからのつとめにそへて今しづかにと思ひ
給ふるも。げにこそ心おさなき事なれなど。世
中なべてはかなく。いとひすてゝまほしき
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ことを聞えかはし給へど。なをやつしにくき御み
のありさまどもなり。よべ(昨夜)はうち忍びてかやすか
りし御あり(歩)き。けさはあらはれ給て。かんだちめ
なども参り給へるかぎりはみな御をくりつかう
まつり給ふ。春宮の女御の御ありさまならび
なく。いつきたて給へる(丹精してお育てした)かひ/\゛しさも。大将の
又いと人にことなる御さまをもいづれとなくめや
すしとおぼすに。猶この冷泉院を思ひ聞え給
御心さしはすぐれてふかくあはれにぞおぼえ給。院
もつねにいぶかしう思ひ聞え給しに。御たい
めんのまれにいぶせうのみおぼされけるにいそ
がされ給て。かく心やすきさまにとおぼしなり
けるになん。中宮ぞ中々かかで給ふ事も
いとかたうなりて。たゞ人のなかのやうにならひ
おはしますに。いまめかしうなか/\むかしよ
りもはなやかに御あそびをもし給ふ。なに
事も御心やれる有さまながら。たゞかの宮す
所の御ことをぼしやりつゝ。聞え給ふまじき事
なれば。くどくの事をたてゝおぼしいとなみ。い
とゞこゝろふかう世の中をおぼしとれるさまに
なりまさり給。