仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(四十三)紅梅

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567602

 

1

紅梅

 

2

所の(その)ころ。あぜちの(按察使)大納言ときこゆるは。こちし(故致仕)の

おとゞの二郎なり。うせ給ひにし衛門督のさし

つぎに。わらは(童)よりらう/\しう花やかなる心ばへ

物し給ひし人にて。なりのぼり給ふ年月にそ

へてまいていと世にあるかひあり。あらまほしう

もてなし御おぼえいとやんごとなかりけり。北の

かたふたり物し給ひしを。もとよりのはな(亡)くなり

給て。今ものし給ふは。のちのおほきおとゞの御む

すめ。真木ばしらはなれがたくし給ひし君を。式

部卿の宮にて。こ兵部卿のみこにあはせ奉り給へ

りしを。みこうせ給ふてのち忍びつゝかよひ給し

 

 

3

かど。とし月ふればえさしもはゞかり給はぬな

めり。御子は故北方の御腹にも二人のみぞおはし

ければ。さう/\゛しとて神仏にいのりて今の御

はらにぞおとこ君ひとりまうけ給へる。こ宮の御

かたみ女ぎみひと所おはす。へだてわかずいつでをも

おなじごと思ひかはしきこえ給へるを。をの/\御

かたの人などはうるはしうもあらぬ心ばへうちまじ

り。なまくね/\しきこともいでくるとき/\゛あれ

ど。きたのかたいとはれ/\゛しく。いまめきたる人にて

つみなくとりなし。わが御かたざまにくるし

かるべき事をもなだらかにきゝなし思ひなをし

 

給へば。きゝにくからでめやすかりけり。君だちおな

じほどにすき/\おとなび給ぬれば。御裳など

きせたてまつり給ふ。七けんのしん殿ひろくお

ほきにつくりて。みなみおもてに大納言殿おほ

きみ。にしに中の君。ひんがしに宮の御かたとす

ませたてまつり給へり。大かたにうち思ふほどは

ちゝ宮のおはせぬ心ぐるしきやうなれど。こなた

かなたの御たから物おほくなどして内々のぎ

しきありさまなど心にくゝけだかくなどもて

なして。けはひあらまほしうおはす。れいのか

くかしづき給ふ聞えありて。つぎ/\゛にしたがひ

 

 

4

つゝ聞え給人おほく。うち春宮より御けしき

あれど。うちには中宮おはします。いかばかりの人

かは彼御けはひにならび聞えん。さりとておもひ

おとり。ひげ(卑下)せんもかひなかるべし。春宮には左の

大とのゝ女御。ならぶ人なげにてさふらひ給ふは。

きしろひにくけれど。さのみいひてやは人にまさ

らんと思ふ女子を。みやづかへに思ひた(絶)えては。なに

のほいかはあらんとおぼしたちてまいらせ奉り

給ふ。十七八のほどにてうつくしうにほひおほかる

心ちし給へり。中の君もうちすがひてあてに

なまめかしう。すみたるさままさりておかしう

 

おはすれば。たゞ人にてはあたらしく見せまう

き御さまを兵部卿宮のさもおぼしたらばなど

おぼしたる。このわか君を内にてなどみつけ給ふ

ときは。めしまつはしたはふれがたきにし給。心

ばへ有ておくをしはからるゝまみ(眼)ひたひ(額)つきな

り。せうと(弟)をみてのみはえやまじ(見るだけでは駄目)と大納言に申

せよ。などの給ひかくるを。さなん(こうです)と聞ゆればうち

えみていとかひあり(よかった)とおぼしたり。人にをとらん

宮づかへよりは。このみやによろしからん女子はみせた

てまつらまほしけれ。心のゆくにまかせてかし

づきてみたてまつらんに。命のびぬべき宮の御さま

 

 

なりとの給ひながら。まづ東宮の御事をいそ

き給ひて。春日の氷の御ことはりもわが御世に

やもしい(出)できて。こおとゞ院の女御の御事を。む

ねいたくおほしてやみにしなぐさめの事もあ

らなん。と心のうちに祈て参らせたてまつりた

まふつ。いと時めき給ふよし人々聞ゆ。かゝる御

まじらひのなれ給はぬほどに。はか/\゛しき御

うしろみなくていはいかゞとて。北の方そひてさふらひ

給ふはまことにかきりもなく思ひかしつきうし

ろみ聞え給ふ。殿はつれ/\なるこゝちして西の

御かたはひとつにならび給て。いとさう/\゛しくな

 

がめ給ふ。ひんがしの姫君もうち/\しくかたみ

にもてなし給はで。よる/\はひと所におほとの

ごもり。よろづの御事ならひ。はかなき御あそび

わざをもこなたを師のやうに思ひ聞えてぞた

れもならひあそび給ける。物はぢをよのつねな

らずし給て。母北のかたにだにさやかにはおさ/\

さしむかひたてまつり給はず。かたはなるまでも

てなし給ふ物から。心ばへけはひのむもれたるさ

まならず。あいぎやうづき給へる事は。た人(他人)より

すぐれ給へり。かく内まいりやなにやと。わがかたざ

まをのみ思ひいそ(急)ぐやうなるも心ぐるしなど

 

 

6

おぼして。さるべからんさまにおぼしさだめての

給へ。おなじことゝこそはつかうまつらめと。はゝぎ

みにも聞え給ふけれど。さらにさやうのよ(世)づきたる

さま思ひたつべきにもあらぬけしきなれば。中々

ならん事は心ぐるしかるべし。御すくせ(宿世)にまかせて世

にあらんかぎりはみたてまつらん。後ぞ哀にうしろ

めたけれと世をそむくかたにても。をのづから人わ

らへにあはつけき事なくて過し給はんなんなど

うちなきて。御心ばせの思ふやうなることをぞき

こえ給ふ。いづれもわかずおやがり給へど。御かたちを

みばやとゆかしうおぼしてかくれ給ふこそ心う

 

けれと恨て。人しれずみえ給ひぬべしやとの

ぞきありき給へど。たえてかたそばをだにえ見

奉り給はず。うへおはせぬほどはたちかはりてまい

りくべきをうと/\しうおぼしわくる御けしき

なれば心うくこそ。などきこえて。みすの前にい給

へば。御いらへなどほのかに聞え給ふ。御こえけはひ

などあてにおかしうさまかたち思ひやられて哀

におぼゆる人の御ありさまなり。わが御ひめ君た

ちを人にをとらじと思ひをごれど。この君にえ

もまさらずやあらん。かゝればこそ世の中ひろきう

ちはわづらはしけれ。たぐひあらじと思ふに。さる

 

 

7

かたもをのづからありぬべかめりなど。いとゞいぶか

しう思ひ聞え給ふ。月ごろなにとなく物さはが

しき程に。御こと(琴)のねをだにうけ給はらでひさしう

なり侍りにけり。西のかたに侍る人はびわを心に

いれて侍る。さもまねびと(取)りつべくやおぼえ侍る

らん。なまかたほにきゝにくき物のねからなり。お

なじくは御心とゞめてをしへさせ給へ。おきなはとり

たてゝならふ物侍らざりしかど。そのかみさかりなり

しよにあそび侍りしちからにや。きゝしるばかり

のわきまへはなに事にもいとつきなうは侍らざ

りしを。うちとけてもあそばさねど。とき/\うけ

 

給はる御びわの音なんむかしおぼえ侍る。故六条

院の御つたへにて左のおとゞ(夕霧)なんこのごろよにのこ

り給へる。源中納言兵部卿宮。なに事にもむかしの

人にをるまじう。いとちぎりことにものし給ふ

人々にて。あそびのかたはとり分て心とゞめ給へる

を。て(手)づかひすこしなよびたる(弱い)ばちをと(撥音)などなん。

おとゞにはをよび給はずと思ふ給ふるを。この御こと

のねこそいとよくおぼえ給へれ。びわ(琵琶)はをして(押手)し

づやかなるをよきにする物なるに。ぢう(柱;じゅう)さすほど。ば

ちをと(撥音)のさまかはりて。なまめかしう聞えたるなん。

女の御こと(事)にて中々おかしかりける。いであそば

 

 

8

さんや。御ことまいれとの給。女房などはかくれ奉るも

おさ/\なし。いとわかき上臈だつが。みえ奉らじと

思ふはしも心にまかせていたれば。さふらふ人さへ

かくもてなすがやすからぬ。とはらたち給ふ。わか君

内へまいらんと殿いすがたにて参り給へる。わざと

うるはしきみづらよりもいとおかしくみえて。いみ

じくうつくしとおぼしけり。れいけい(麗景)殿に御こと

づけ聞え給。ゆづり聞えてこよひもまいるまじく

なやましくなんときこえよとの給て。笛すこし

つかうまつれ。ともすれば御まへの御あそびにめし

出らるゝかたはらいたしや。またいとわかき笛をと

 

打えみて。そうでう(双調)ふかせ給ふ。いとおかしうふい

給へば。けしうあらず(悪くなく)なりゆくは。このわたりにて

をのづから物にあはするけ(練習したから)なり。なをかきあはせさ

せ給へ。とせめきこえ給へば。くしとおぼしたるけ

しきながら。つまびきにいとよくあはせて。たゞす

こしかきならひ給ふ。かは(皮)笛ふつゝかにな(馴)れたるこえ

して。このひんがしのつまに軒ちかきこうばい(紅梅)いと

おもしろくにほひたるを見給て。おまへの花心

ばへありてみゆめり。兵部卿の宮うちにおはすなり。

一枝おりてまいれ。しる人ぞしる。とて。あはれひかる(光)

源氏といはゆる御さかりの大将などにおはせし

 

 

9

頃。わらは(童)にてかやうにてまじらひなれ聞えし

こそ。よとゝもに恋しう侍れ。此宮たちを世人

もいとことに思ひ聞え。げに人にめでられんとな

り給へる御有さまなれど。はし(端)がはし(端)にもおぼえ

給はぬは。猶たぐひあらじと思ひ聞えし。心のな

しにや有けん。大かたにて思ひ出たてまつるに。

むねあく世なくかなしきを。けぢかき人のをくれ

奉ていきめぐらふは。おぼろけのいのちながさ

ならじかしとこそおぼえ侍れ。など聞えい(出)でた

まひて。ものあはれにすごく思ひめぐらししほ

れ給ふついでのしのびかたきにや。花おらせて

 

いそぎ参らせ給。いかゞはせんむかしのこひしき御

かたみには。このみやばかりこそは仏のかくれ給になん

御名残には。あなん(阿難)がひかりはなちけんを。ふたゝ

びい(出)で給へるかとうたが(疑)ふさかしきひじりのあ

りけるを。やみにまどふはるけどころにきこえを

かさんかしとて

 (大納言)こゝろありて風のにほはすそのゝ梅にまづ鶯

のとはずやあるべきとくれない(紅)のかみ(紙)にわかやか

にかきて。この君のふところがみにとりまぜ。をし

たゝみていだしたて給ふを。おさなき心にいとな

れ聞えまほしとおもへば。いそぎまいり給ぬ。中

 

 

10

宮のうへの御つぼねより御とのい所にいで給ふ

ほどなり。殿上人あまた御をくりに参るなかに

みつけ給ひて。きのふは。など。いとゝ(疾)くはまかでにし。

いつまいりつるぞ。などの給。とくまかりいで侍り

にしくやしさに。まだ内におはしますと人の

申つれば。いそぎまいりつるやとおさなげなる物

からなれ聞ゆ。内ならで心やすき所にも時々は

あそべかし。わかき人どものそこはかとなくあつ

まるところぞとの給ふ。この君めしはなちて

かたらひ給へば。人々はちかくもまいらずまかで(それぞれ)

ち(散)り(散会)などしてしめやかになりぬれば。春宮に

 

はいとま(暇)すこしゆるされにためりな。いとしげう

おもほしまとはすめりしを。ときとられて人

わろかめりとの給へば。まつはさせ給へりし(お側を離れられない)こそ

くるしかりしか。おまへにはしも。ときこえさして

いたれば。われをば人げなしと思ひはなたる(見限った)と

な。ことはりなり。されどやすからずこそふるめかし

きおなじすぢにてひんがし(東)と聞こゆるは。あひお

もひ給てんやとしの(忍)びてかた(語)らひ聞えよ。などの

給ふついでに。この花をたてまつれば。うちえみて。

うらみてのちならましかば。とてうちもを(置)かず

御らんず。えだのさま。花ぶさ。色もか(香)もよ(世)のつね

 

 

11

ならず。その(園)にゝほへるくれないのいろにとられて。香

なん。しろき梅にはをとれるといふめるを。いとかし

こくとりならべてもさ(咲)きけるかな。とて御心とゞめ給

へる花なれば。かひありてもてはやし給ふ。こ

よひはとのいなめり。やがてこなたにをとめしこ

めつれば。春宮にもえまいらず花もはづかしくお

もひぬべくかうばしくて。けぢかくふせ給へるを。

わかき心ちにはたぐひなくうれしとなつかしう

思ひ聞ゆ。この花のあるじはなど春宮にはうつ

ろひ給はざりし。しらず心しらん人になどこそ聞

侍りしかなどかたりきこゆ。大納言の御心ばへ

 

はわがかたざまに思ふべかめれときゝあはせ給へ

ど。思ふ心はことにしみぬれば。このかへりことけ

ざやかにもの給ひやらず。つとめてこのきみのま

かづるに。なをざりなるやうにて

 (匂宮)花のかにさそはれぬべき身なりせば風のた

よりをすぐさましやはさて猶今はおきなども

にさかしらせさせで。忍びやかにとかへす/\゛の

給て。この君もひんがしのをば。やん事なくむつ

ましう思ひましたり。なか/\ことかたの姫君

はみえ給ひなどして。れいのはらから(兄弟)のさまなれ

ど。わらは心ちにいとをもりかに。あらまほしうお

 

 

12

はする爰とばへを。かひあるさまにて見奉らばやとお

もひありくに。春宮の御かたのいとはなやかにも

てなし給ふにつけて。おなじ事とはおもひながら

いとあかずくちおしければ。このみやをだにけぢかく

みたてまつらばやと思ひありくに。うれしき花

のついでなり。これはきのふの御かへりなれば見せ

奉る。ねたげにもの給へるを。ゆるし聞えずときゝ給ひ

て。右のおとゞわれらがみ(見)たてまつるには。いと物

まめやかに御こゝろおさめ給ふこそおかしけれ。あだ

人とせんに。た(足)らひ給へるおほんさまを。しいてま

 

めだち給はんもみ所すくなくや。あらましなど

しりうごちて。けふもまいらせ給ふに亦

 (大納言)もと(本)つ香のにほへる君が袖ふればはなもえ

ならぬ名をやちらさんすき/\゛しやあなかしこと

まめやかに聞え給へり。まことにいひならさんと

思ふ所あるにやと。さすがに御心ときめきし給て

 (匂宮)花のかをにほはす宿にとめゆかば色にめづ

とや人のとがめんなど猶心とけずいらへ給へるを。心

やましと思ひい給へり。北方まかで給ひてつい

わたりのことの給ふついでに。わか君の一夜殿いし

てまかり出たりし匂ひのいとおかしかりしを。人

 

 

13

はなを(猶)と思ひしを。みやのいとおもほしよりて

兵部卿宮に近づき聞えにけり。むべ。我をばすさめ

たり。とけしきとりえんじ給へりしこそおかし

かりしが。こゝに御せうそくやありしさもみえざり

しを。との給へば。さかし。梅の花めで給ふ君なれ

ば。あなたのつまの紅梅さかりなりしを。たゞな

らでおりて奉れたりし。うつりがをげにこそ心こと

なれ。まじらひし給はん女などは。さはえしめぬ(あのように焚きしめられない)

かな。源中有納言はかうさまにこのまいすはたきにほ

はさで。人かこそ世になけれ。あやしう先の世の

契りいかなりけるむくひにかとゆかしきことに

 

こそあれ。おなじはなのな(名)なれど。むめ(梅)はおひい

でけんね(根)こそあはれなれ。このみやなどのめでた

まふさることぞかしなど花によそへても。まづか

けきこえたまふ。宮の御かたは物おぼしる程

にねびまさり給へれば。なに事もみしり聞

とゞめ給はぬにはあらねど。人にみえよづきたらん

ありさまはさらにもおぼしはなれたり。世人も時

による心ありてにや。さしむかひたる御かた/\゛

には心をつくして聞えわび今めかしきことおほ

かれど。こなたはよろづにつけ物しめやかにひき

いり給へるを。宮は御ふさひのかた(自分に似合いの人)に聞つたへ給ひ

 

 

14

て。ふかういかでとおもほしなりにけり。わか君(匂宮)を

つねにまつはしよせ(傍に呼び)給ひつゝしのびやかに御

ふみあれど。大納言の君ふかく心がけ聞え給て

さも思ひたちての給事あらばと。けしきとり

こゝろまうけし給を見るに。いとおしう。ひきたが

へてかう思ひよるやうもあらぬかたにしも。なげ(かりそめ)

のことのは(言の葉)をつくし給かひなげなることゝ。北の方

もおぼしの給ふ。はかなき御かへりなどもなけ

れば。まけじの御心そひておもほしやむべくも

あらず。なにかは人の御有さまなどかはさてもみ

奉らまほしう。おひさきとをくなどはみえさ

 

せ給ふになどきたのかたおほしよるとき/\゛

あれと。いといたういろめき給てかよひ給ふしの

びところおほく。八の宮の姫君にも御こゝろざい

あさからでいとしげうまかでありき給ふ。たの

もしげなき御心のあだ/\しさなどもいとゞつゝ

ましければ。まめやかにはおもほしたえたるを。

かたじけなきばかりに忍びて。はゝ君ぞたまさ

かにさかしらがり聞え給ふ