仮想空間

趣味の変体仮名

吉原細見序文集

読んだ本 https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he09/he09_03009/

 

2

詩云(しにいわく)倬(たく)たる彼(かの)雲漢章(うんかんしやう)を天に為(なす)と

是秋の物日の始(はじめ)にて 昔郭幹(くわくかん)といへる

者は廿(わかく)して清標(せいひやう)あり 或時乗月(つきにぜうして)庭中に

臥すに空中を視れは美人在(あっ)て倩々(せん/\)

として下(くだ)れり 則(すなはち)云(いわく)吾(われ)と天の織女(しよくぢよ)也

天帝賜命(めいをたまはつて)人間に遊ばしむ 願(ねがはく)は神(しん)

契(けい)を乞(こはん)乃(すなはち)升堂(とうにのぼり)共枕(まくらをともにす)云々 見ぬ唐土(もろこし)の

雑譫(?)(はなし)より名もなつかしき黒河(こくが)

は銀灣(?)(あまのかはかせ)の一葉に押せやれ男の声

高く日本堤の後朝(きぬ/\)東宙(ちう)を走らす

掛声(かけこへ)は二星(じせい)を渡す烏鵲(うじやく)の橋亦

天上の歓楽は七宝の枕に臥して長寿

 

 

3(左頁)

の冨(とみ)を得(え)実(げに)や一夜の春情(そのなさけ)は千歳の

思ひ出に媚(いろ)を競(あらそ)ふ洞房(くるわ)の繁栄(はんえい)善(ぜん)尽し

美(び)尽して檐(のき)を並べし蕃笆(まがき)の内に咲(さき)帰(かへり)たる

道の假名に和(やわ)らぐ例(ためし)によつて直(すぐ)に

這婥観玉盤(このふみづき)とは題する而已(のみ)

 安永二癸巳仲秋

       金花縣遊民

         千秋観   文祇識

 

 

4

(右頁)

年中月次もん日

正月 ○松の内 七くさ えびすかう(以下略)

二月○はつ午 朔日(以下略)

大かたは十二月廿日頃よりみせをひくなり

 

(左頁)

細見嗚呼御江戸序

女衒(ぜげん)女を見るに法あり 一に目 二に鼻すじ

三に口 四にはへきは 膚(はだへ)は凝(くわ)る脂(あぶら)のことく 歯は

瓠犀(ひさこのさい)のごとし 家々の風(ふう)好々(すき/\゛)の顔 尻の見

やう 親指の口伝(くでん) 刀豆(かたまめ)臭橘(からたち)の秘術あり

て これを撰(えら)しむこと等閑(なをざり)ならねど

牙(きば)あるものは角(つの)なく 柳の梁(てすり)なるは華(はな)なく

知(ち)あるは醜(みにく)く 美しきに馬花(ばか)あり 静(しづか)なる

ははり(張り)なく 賑(にぎやか)なればきゃん(粋)なり 顔と心と

風俗と三拍子揃ふもの 中座となり立者(たてもの)

 

 

5(左頁)

と呼(よば)る人の中に人なく 女郎の中に女郎まれ

なり 尊(たっとき)かな得がたきかな 或(あるひ)は骨太(ほねぶと)毛むく

じやれ 猪首(いくび)獅子鼻(しゝはな)棚尻(たなっしり)虫喰栗(むしくいぐり)のつゝ

くるみも 引け四ツの前後に至れば 餘(あま)

つて捨るは一人もなく ひろいところかアゝ

お江戸なり

 午のはつはる  福内鬼外戯作

 

 

6(左頁)

 名華選序

花は千(ち)もとの中に美を争ふ 其(その)位(い)

自然とさだまり 色を愛し 薫(かほり)に

好(すけ)るは其人の気(き)/\によれり 形容(けいよう)の

香(かうばし)きを 巻中(かんちう)に分(わけ)て見やすからし

め?(ん・む?)と 名花選(めいくわせん)と題し梓(あづさ)に寿(じゆ)す

  安永五申孟春    柳栢山人述

 

 

7

  序

遊客(ゆうかく)の古風は常盤(ときは)の色かへぬ松に比(ひ)し 遊君(ゆうくん)

の古風も又向上にして梅が香(か)の遠く人に

匂ふに等し されば五(いつゝ)の町のとし立(たつ)旦(あした)に

うかれ出て ある宗匠(さうしやう)のことの葉(言葉)に

 すかきや春のあふきをひらめかし と作れか

も かの桃の法(?)に分入て 流れの源にいたりし 老(をい)

せぬ人にとことならんか 其界(そのせかい)に遊ぶ 若々し

き君たちの名匂ふ冊子(さうし)を あらためて何と呼(よば)ん

それよ末ながくひらくことの愛(めで)たきによりて 彼(かの)

ひしめかしたる扇の的となん 題することを

 亥のなか/\゛しき春  柳栢藤人筆を記

 

 

8

朝日如来の由来

えしん僧都つとめし給ひし時 日の影うつりしに みた(弥陀)の尊えい(影)

にて有ければ 手づから其姿をうつしきざみ給ふによつて あさ日

によらいと号す ゆへ有て京町二丁メ丸屋甚右衛門方にあんちす

九郎助稲荷の由来

和銅四年のころ千葉九郎介と云人の地両(地領)田のくろ(田の畔)へくわんじやう(勧請)して

田のくろいなり とあが(崇)む 慶長年中 吉原開基の節 此地へ?寺とす

これより九郎介がいなりと号す 此神へ縁たん(縁談)の願かけかなはずと云事なし

 耕書吉原名物

(上段)

吉原細見 あき人の家々に あり

つるべそば 五十間道 増田屋半次郎

巻せんべい 中の町 竹村伊勢

介六日和下駄 五十間道 てうや次御(郎?)兵衛

(下段)

袖の梅 あき人のいへ/\ にあり

豆腐  あげや町 山や市右衛門

大通焼 甘露梅 水道尻 山口屋半四郎

安寧湯 ふり出薬婦人第一の妙薬 中の町 みなとや権兵衛 

うんとん豆腐 其外色どうふ 御誂御好次第 江戸町弐丁目 やまや市兵衛

 

 

9(左頁)

 よしはら さいけん たつたひめの序

よつのうみなみしつかにおさまる 御代の

しるしとて五てうのいえいはとしことに

はびこり月々にさかんなりなんどいまさ

ら久しいせりふをならべたてるもやぼなり

されとも此細見の序としに二度づゝの大改にて新し

いしゆかうもないものなればむりやりにこぢつ

けてもしよせん面白くは出来ずつまるところがな

んでもよいやうなものにして正直ほねをおつ

たところがきついむだなれども又はんもとの

つたやがこゝろは少しもおもしろけれはそれだけ

たくさんうれるやうにをもをもふも又むりともい

ひがたしなどゝ口にまかせ筆にまかせて書きおさ

め此むだのかしら字を此本の名とするのみ

   辛のうしの文月  朋誠しるす

(読み下し)

吉原細見 竜田姫の序

四つの海、波静かに納まる

印とて、五町の家居は年毎に

蔓延り、月々に盛んなりなんど、今更

久しい台詞を並べてるも野暮なり。

されどもこの細見の序、年に二度ずつの大改にて、新し

い趣向も無いものなれば、無理矢理にこじつ

けても所詮面白くは出来ず、詰まるところがな

んでも良い様なものにて、正直骨を折っ

た所がきつい無駄なれども、又版元の

蔦屋が志は少しも面白ければ、それだけ

沢山売れる様に思うも、又無理とも言

い難しなどと、口に任せ筆に任せ、書き納

め、この無駄の頭字をこの本の名とするのみ。

  辛の丑の文月  朋誠記す

 

 

10

  序

謝安(しやあん)が驕(をごり)といへど。伽羅(きやら)の下踏(げた)はいた例(ためし)なく。鄧通(とうつう)が

富(とみ)といへど。黄金(こがね)の大豆(まめ)まいた噂もしらず。さりや高尾の

名いよ/\高く。薄雲の情(なさけ)うすきにあらず。玉菊の

光りは燈籠に輝き。濃紫(こむらさき)の色は白井に深し。奥州(をうしう)か

てゝなんいつはりなしの張燈(てふちん)は。此廓(さと)のいきぢを照(てら)し。

勝山かいもせ山流るゝ川の詠歌は。女郎のまことを述(のぶ)。今や

物換(ものかはり)星移(ほしうつり)て。御なも、みな名のみなれど。人情はいにしへ(古)に

たかはす(違わず)。娼妓(じよらう)の意地(いぢ)遊洛(きやく)の葉手(はで)自(をのづから)そなはりて。たえぬ流れ

の恋の淵(ふち)に。一度(ひとたび)ははまりても。命の洗濯し玉へ(給え)かし

  寛政ふたつ戌のふみ月  山東京伝

 

 

11

細見記序

意休(いきう)が面(つら)の朱(あけ)奪ふ。江戸紫の鉢巻を。

今朝ひきしめし春霞。五葉(ぎよえう)牡丹の五つの

町に。初廓(はつみせ)開く君が名寄(なよせ)は盛(さかり)ひさしき

あさがほせんべい。朝な/\の身仕(みし)じまひに。

鉄漿(おはぐろ)あれば粉錫(おしろい)あり。黒酒(くろざけ)ならぬ(努)白

ざけを。粋(すい)も不粋(ぶすい)もをしなへて。みなさい

けん記とやがておのれが家桜に鏤(ちりばめ)て。

しんぞ寿(いのち)をながふすものはれいの蔦(つた)の

唐丸なり

 寛政みつ亥の春  山東京伝

 

 

12(略)

 

 

13

  楽籍叙(よしはらさいけんのじよ)

きれてみれんで。又立かへるトツチリトとは。元稹楽天(げんちんらくてん)が風調(ふうてう)に

して。晩(ばん)唐妓(じよらう)の口ずさみ。ソリヤおわなからう。ちよつとみやとは。于鱗(うりん)

元美(けんび)が気格(きかく)にして。未明奴(ばつみんやつこ)の言(ことば)なり。手子割(ゆびきり)。香雲剪(かみきり)。刺(いれぼくろ)。起(き)

承転合(しやうてんがう)春すぎて。夏きにけらし。素暑衫(しろかたびら)の文月の節句には。

燈篭(とうらう)のひやうそくをならべ。五言絶句(ごごんぜっく)の五節句(ごせちく)にも。晦日みそか)豆(とう)

腐(ふ)の韻字を押(ふみ)。掌中詩韻箋(しやうちうしいんせん)あれば。夢中でしりんせんもあり。

フツクチキに平字(ひやうじ)なく。ウツクシキに平気(へいき)あり。平字の○印を

昼となし。仄字(そくじ)の●印を夜となし。平仄(ひやうそく)かまはぬ丸記号(縦に白黒半々)印をは即(すなはち)

雑(まざ?り)とさためたり。されば起句(きく)の初会に転句(てんく)の裏。合句(かうく)の閨(ねや)の

睦言も。義理一へんのあだつきは。結句(けつく)志のもめる種。人ももめれば

和(やわ)らかく。酒ももめれは味(あちは)ひよし。李白一斗詩百篇(りはくいっとしひゃくへん)。吐逆一升(ときやういつしやう)素(す)

百疋(ひゃつひき)。いづれ命の薬ならずや

  旹(ときに)癸丑(みつのとうし)に汗する書(ふみ)ひろげ月

  対句(ついく)の対(つい)の禿筆(かふろふて)を走らす  山東京伝

 

 

14

本舞台三間(さんげん)のあいだ。新吉原の春の

景色。軒に霞の簾(すだれ)をかけ。翠(みとり)の春竹(はるたけ)柿(かき)

暖簾(のれん)去年(こぞ)の口舌(くぜつ)を酒にして。さつぱりと

捨床几(すてせうき)大臣柱(はしら)にとりつけて。雪の総花(さうばな)降(ふら)すか

仕かけ。梅の武道は深編笠(ふかあみかさ)。裲襠(うちかけ)すがたの柳は

ぬれ事。若い衆(しゆ)仕着(しきせ)のこしらへにて。見へよく

ならぶ中の町。通り神楽(かぐら)のはつ雷(かみなり)。清撹(すがゝき)こと

聞(きく)春雨(はるさめ)にて。正月二日の幕明(まくあき)

     倣櫻田左交文法(さくらださこう ぶんぽうに ならって)

  甲寅春狂言

 

 

15

葭原(よしはら)を吉原と書改(かきあらため)し頃は。駄賃(だちん)売尻(からしり)の花街(さと)通ひに。

馬道(むまみち)も馬道なりしが。天水桶(てんすいおけ)の星移り。大門口(おほもんぐち)の霜を経て。た

そや行燈(あんどう)のたそや誰(たそ)。人目堤(ひとめづゝみ)のかし編笠も。京町の猫なら

ぬ。手拭(てぬくい)で間に合(あわ)せ。揚屋(あげや)差紙(さしがみ)の手おもきも。暁(あかつき)傘のさしつ

けて。茶屋が送りの箱てうちん。思案のほかげにこがれよる。

さん茶船(ふね)戸なし駕(かご)。ともに早き光陰の。移り替(かわ)るにつけて。

君が十年(とゝせ)の春秋(はるあき)も。あへるありつき出しあり。霧の籬(まがき)の袖留(そでとめ)

あれば。秋の時雨(しぐれ)に葉を染るあり。替らぬ色の根引(ねびき)の松。丈(たけ)に

越(こへ)し禿菊(かむろきく)。折(をり)/\同じからず。其頃(そのころ)は亦(また)遊君(ゆふくん)の名寄(なよせ)も。細見

の絵図とて。一まいすりにて事足(た)しが。いつしか数の綴(とぢ)ぶみとなれるも。

弥(いや)増(まし)に栄(さか)ふる。江戸紫の御ゆるしの色町ぞかし。

                         未のはつ秋     三和しるす

 

 

16

柳ばしからよし原かよひ いさむ駒形 花川戸

かわらぬ色の瓦町 えんの橋場や 今戸橋 たへぬ

流(ながれ)の隅田川 こがれよるべの さん谷堀(さんやぼり) 首尾の

まつち(待乳)の山々に 姿つくらふ衣紋坂 くれて

色ますとふろふ(燈籠)の 光源氏を待合(まちあい)の 外(ほか)に

たぐひも仲の町(なかのてう)の夕げしき仇(あだ)と情(なさけ)の二(ふた)

筋(すじ)に 浅茅(あさぢ)が原の明(あけ)の鐘 別(わかれ)をおしむ きぬ/\゛

は 袖や袂の菊の露 こぼるゝほどの愛敬は 籬(まがき)に

ならぶ玉(たま)たちの いづれおとらぬ花の吉はら

                    菱花堂 鯛糸依

 

 

17

  序

子房(しばう)が鶴よりも。四つ手駕の飛(とぶ)事はやく。琴高(きんかう)が

鯉よりも。猪牙舟(ちよきぶね)の走る事速(すみやか)也。されや爰(こゝ)は蓬莱

の仏都(せんと)にして。万客(ばんかく)ともに三千年(みちとせ)の齢(よはひ)を延(のぶ)る百(もゝ)の

媚(こび)。酒の泉を湛(たゞへ)つゝ。金(こがね)花咲(さく)曲中(くるわ)の活計(くわつけい)。見世すが

がきの揚音(ようをん)に悪魔をはらふ。名越(なごし)の翌日(あす)の文月は。

初秌(はつあき)の封じめひらけし。五大力叶(かなへ)福介(ふくすけ)が重ね

蒲団(ぶとん)の君が名寄に。千世(ちよ)を寿(ことぶ)く五葉松(ごようのまつ)と

祝して筆を採る事しかり

    初秋    水府 立波静丸誌

 

 

18

吉原細見

門松の霜を重ねてば奉書足袋しる人

稀(まれ)に暁の傘売らぬ世となりて二

挺櫓(ちやうろ)は長吉(ちやうきち)の工(たくみ)に蹴おされ小室節(こむろぶし)は

四會(?よつで)のかけ声にしるすいなや揃ひに

揃ふた此(この)柳巷(さと)の繁栄書(かく)べき事も

あらひ朱(しゆ)の三盃(さんばい)機嫌の早請合(はやうけあい)に

のみこんでちよつと序す

  乙丑春          後(?)江

 

 

19

吉原細見五葉松序

よき人の。よしとよく見て。よしといひし。吉原に増(まさ)りし

花の吉原。移植(うつしうえ)たる梺(ふもと)より春の山辺に咲(さき)かへて。此(この)櫻(さくら)月

に開きてよりこのかや。全(まつたく)盛りの色をあらはし。咲(さき)まさり

たる花の山。千(ち)もとを一目に見わたせば。一夜(ひとよ)に千々(ちゞ)をもまき

ちらす金(かね)の御嶽(みたけ)の花細(はなぐはし)。櫻の愛(めで)の愛たしとて。彼(かの)よき人

のよしと見て。よしといひけん吉原の。花の色香と慕はん

人は。よしとよく見よ吉原の。花の名よせの此細見を。

          式亭三馬戯題

 

 

20

唐土(もろこし)の姑蘇臺(こそだい)望辺臺(もうへんだい)よりも青楼(せいろう)に

名たゝる㐂の字屋の臺に集(あつま)る西施(せいし)あり

褒姒(ほうじ)あり 秦王(しんわう)是が為に十五城(じやう)をかたぶく

るは北方(ほつほう)の佳人(かじん)居ながら名所を見るにひと

しき芳野龍田(たつた)の花紅葉(もみじ)色どる軒の燈(とう)

籠會(ろうえ)星の一夜も百(もゝ)とせの契(ちぎり)を結ぶ草(くさ)市

に千秋萬古(せんしうばんこ)の月の秋 五(いつゝ)の街のすみわたる君が

名寄(なよせ)の細見記あら/\目出度かくのごとし

 丑の初秌  水府 立波しつ丸誌

 

 

21

池の凍の東頭(とうとう)は土堤(どて)の朝風度(わたつ)てより。解(とく)とは下紐をやいゝたらむ。窓

の梅の北面(ほくめん)は中田圃(なかたんぼ)の雪封じて。寒うざんすの閨(ねや)の中(うち)。おしげり南枝(なんし)花始(はなはじめ)て。

開くは廓(くるわ)の初紋日(はつもんび)。今も庭燎(にはび)のむかしを廃(すて)ぬは。通ふ神代(かみよ)の春ともいふべし。

鶯は初買(はつがひ)の人来(ひとく)と告(つげ)て。初衣装の丽(うらゝ)かに門礼者(かどれいしや)の春色(しゆんしよく)を含み。梅は総花

の魁(さきがけ)を急(いそい)で。初仕舞(はつじまひ)の賑(にぎや)かに枩(まつ)の内景色を整ふ。一坐(いちざ)の客の表徳(へうとく)めきたる春(しゆん)

風(ぷう)春水(しゆんすい)誘ひ連れしは。恵方の蛤大黒舞。一時(いちじ)に来(きた)る繁花(はんくわ)の色街(いろまち)。連理(れんり)の門(かど)

枩。軒を並べ。比翼(ひよく)の鳥追(とりおひ)。袖をつらねて。うかれよりくる大門口(おほもんぐち)。くゞればしぜんと

気はざんざ。いよさの水道尻までも。曲輪(くるわ)は色の大極上代(だいごくじやうだい)。江口(えぐち)神嵜(かんざき)の野暮ならず。

白女(しろめ)檜垣(ひがき)の全盛にも。遥(はるか)にまさりて時花曲(はやりうた)。予にうたはるゝ遊君(きみ)が名寄(なよせ)を。又

あら玉の春の細見。五葉(ごえふ)の枩の木陰から。おいらんおめでたうとしかいふ。

 文化戊寅の初春   式亭三馬戯題

 

 

22

春霞立(たつ)るやいづこみよしのゝ花をかざりし

初買は四つ手に三布(みふ)をしき始(ぞめ)の七布に

ねの日の松の位(くらい)贖身(ねひき)の黄金(こかね)を羽子板に

うつし手まりのつき出し数(かず)多くひいふ

うみいよういつもかわらぬ二日の道中(どうちう)まだ

見ぬ恋めのすごろくの其(その)細見を松の葉の

五つの街の君が名をこゝにうつすや鏡餅かざ

れる華(はな)の桜木(さくらぎ)に尽(つき)せぬ里の全盛を壽(ことぶ)

きしるすことしかり

 

 

23

不老の大門にいりては。長生殿(ちやうせいでん)の例(ためし)をや

契りなん。楼上(らうじやう)の月には二千里の外(ほか)まで。深き

志を照(てら)しつべし。軒端(のきば)の燈籠はかさしの

鼈甲(べつかう)にかゞやき。八朔(はつさく)の白無垢は鶴羽衣(つるのはごろも)に勝りて。

ともに千世(ちよ)萬代(よろづよ)やさかまくべき。あるは俄(にわか)の全(ぜん)

盛(せい)遊(あそび)に。秋の千草(ちぐさ)の錦(にしき)を錺(かざり)て。謡(うた)ひ出たるは。

松虫の風鈴(ふうれい)のちりからとゝもにおとづれ。いつの

紋日もきくの花。さきあらそふて千秋萬歳(せんしうばんぜい)

めでたくもあらたまりたる婦(ふ)美月(ふみづき)に。祝(いはひ)の心を

そふるになん

 文政二卯年文月 橘樹園 早苗いふ

 

 

24(略)

 

 

25

道のほとりの一本(ひともと)柳とうたひたる古廓(こかく)のむかしはさらにも

いはず髪のつとえりをこえたる君達が六尺袖をつらねたる新廓(しんかく)

天和の賑(にぎはひ)さへ闇(やみ)にも吉原の月を称し暁傘(あかつきかさ)の末廣(すへひろ)

がりて歳々(とし/\)茂(しげ)る五葉の松の品さだめしるしの富士の山形に

北斗の星を輝(かゞやか)すは南山の寿にも比すべしされば禿(かむろ)が手玉

のさゞれ石も嵓(いわほ)となりて老(かたい)実心も立地(たちまち)に和らぐ里の遊(ゆふ)

仙境(せんきやう)鶴は千とせの巻羽織(まきはをり)で霞の籬(まがき)をぞめき衆は

蓬莱の臺(だい)の物をさゝげて錦の浦の敷染(しきぞめ)を祝ふ是(これ)

ぞ昌平(せうへい)の楽国(らくこく)なりといふはくだ也

 文政戌の文月 山東庵京山題