仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(五十四)夢浮橋

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2565785

 

1

夢のうき橋

 

3

山におはして れい(例)せさせ給ふやうに経仏など供養

せさせ給ふ 又の日はよ川(横川)におはしたれば そうつ(僧都)おど

ろきかしこまり聞え給ふ 年こと御いのりなどつれ

かたらひ給ひけれど ことにいとむつまじき事はな

かりけるを このたび一品の宮の御心ちのほどにさ

ふらひ給へるに すぐれ給へるけん(験)物し給けりとみ

給ひて よりこよなうたうとひ給ふて今すこしふ

かきちきり(契り)くはへ給てければ おも/\しうおはする

殿のかくわさ(態)とおはしたる事と もてさはぎ聞え給

御物かたりなどこまやかにしておはすれば 御ゆづけ

 

 

4

などまいり給ふ すこし人々しつまりぬるに をの(小野)ゝわ

たりにしり給へるやと(宿)りやはべると ゝひ給へば しか

侍 いとことやう(異様)なる所になんなにがしか母なるく

ちあま(朽尼)侍るを京にはか/\゛しきすみかもはべらぬ

うちに かくてこもり侍るあひだは 夜なか(中)あかつきに

もあひとふ(訪)らはんと おもふ給へをきて侍る など申給ふ

そのわたりにはたゞ人ちかき頃ほひまで 人おほくすみ

侍けるを 今はいとかすかにこそなりゆくめれ などのた

まひて 今すこしちかういよりて忍びやかに いとう

きたるこゝちもし侍り 又たづねきこえんにつけ

 

ては いかなりける事にかと心えず おぼされぬべきに

かた/\゛はゞかられ侍れど かの山さとに しるべき人の

かくろへて侍るやうに きゝ侍しを たしかにてこそ

はいかなるさまにて などももらし聞えめ などおもひ

給ふるほどに 御弟子になりて いむことなどさづけ

給てけり ときゝ侍るは まことか まだとしもわかく

おやなどもありし人なれば こゝにうしなひたるや

うに(私が死なせてしまったように) かこと(託言)かくる(隠る:亡くなる)人なん侍らん などの給ふ 僧都され

ばよ たゞ人々みえざりし人のさまぞかし かくまで

の給ふはかろ/\゛しくはおほ(思)されざりける人にこそあ

 

 

めれ と思ふに ほうし(法師)といひながら心もなく たちまちに

かたち(容貌)をやつしてけること ゝむねつぶれて いらへ聞え

むやう思ひまはさる たしかにきゝ給へるにこそあめ

れ かばかり心え給ひて うかゞひたづね給はんに かくれ

あるべきことにもあらず中々あらがひかくさんに あ

ひなかるべし など ゝばかり思ひえて いかなる事にか

侍りけん この月ごろ うち/\にあやしみ思ひ給ふる

人の御事にや とて かしこに侍るあまとも(尼ども)のはつせ(初瀬)

に願はべて まうでゝ侍(帰り)けるみちに 宇治の院といふ

所にとゞまりて侍りけるに はゝの尼のらうけ(労気) にはか(俄)に

 

おこりて いたくなんわづらふとつけ(告)に 人のまうできた

りしかば まかりむかひたりしに まづあやしき事なん

とこゝめきて(さざめきて)おやのしにかへるをばさしをきて もて

あつかひなげきてなん侍し この人もなくなり給へるさ

まながら さすがにいき(息)はかよひておはしければ むかし物

がたりに玉との(魂殿)にをきたりけん人のたとひをおもひ

出て さやうなる事にやとめづらしかり侍て 弟子ばら

の中にけん(験)ある物(者)どもをよびよせつゝ かはり/\にかぢ(加持)

せさせなどなんし侍ける なにかしはおしむべきよは

ひ(齢)ならねど 母の旅の空にてやまひ(病)おもきをたすけ

 

 

6

て念仏をも心みださずせさせんと仏を念じたて

まつり思ふ給へしほどに その人のありさまくはしくも

見給へすなん侍しことの心をしはかり思ふ給へるに

てんぐ こだま やうの物のあざむきい(率)て奉りたりけるに

やとなん うけ給はりし たすけて京にいて奉りての

ちも三月ばかりはなき人にてなん物し給ひけるを

なにがしかいもうと(妹)故兵衛のかみの北の方にて侍しが

尼になりて侍るなん ひとりもちて侍し女子をうし

なひてのち 月はおほくへだて侍しかど かなしび(悲しみ)たえ

ず なげき思ふ給へ侍に おなし年のほどゝ見ゆる

 

人のかくかたちいとうるはしく きよらなるを みいでたて

まつりて観音の給へるとよろこび思ひて この人い

たづらになし奉らじとまどひいら(焦)れて なく/\いみ

じき事ともを申されしかば のちになんかのさか

もとに身づからおり侍りて こしん(護身)などつかうまつり

しに やう/\いきいてゝ(生き出でて)人となり給へりけれと なを

このらうし(領じ)たりける物の気 身にはなれ(離れ)ぬこゝちなん

する このあしき物のさまだけをのがれてのちのよ

を思はんなど かなしげにの給ふ事ともの侍しかば

ほうし(法師)にては すゝ(勧)めも申つべき事にこそは とて

 

 

7

まことにすけ(出家)せしめたてまつりてしに侍る さらに

しろしめすべき事とは いかでかはそらにさとり侍らん

めづらしき事のさまにもあるを 世かたりにもし侍ぬ

べかりしかど 聞えありて わづらはしかるべき事にも

こそと このおい人とものとかく申て此月ごろ をと(音)なく

侍つるになんと申給へば さてこそあなれ とほのきゝて

かくまでもとひいで(問い出で)給へる事なれと むげになき人

と思ひはてにし人を さは まことにあるにこそはとおぼ

すも 夢の心ちしてあさましければ つゝみもあへず

涙ぐまれ給ひぬるを僧都のはづかしげなるに かく

 

までみゆべき事かは と思ひ返してつれなくもてなし

給へど かくおぼしける事を この世にはなき人とおなし

やうになしたる事とあやまちしたる心ちして つみ

ふかければ あしき物にらう(領)せられ給ひけんも さるべき

さきの世のちぎりなり思ふに たかき家の子にこそ物

し給ひけめ いかなるあやまりにてかくまではふれ

給ひけんにかと とひ申給へば なま わかんとをり(王家流:わかむどおり)など

いふべきすぢにやありけん こゝにも もとよりわざとお

もひし事にも侍らず 物はかなくて みつけそめては侍し

かど 又いとかくまでおちあふるべききは(際)とは思ふ給へ

 

 

8

ざりしを めづらかにあと(跡)もなくきえうせにしかば 身をな

げたるにやなど さま/\゛にうたがひおほくて たしかなる

ことは えきゝ侍らざりつるになん つみかろめて物す

なれば いと心やすくなん身づからは思ふ給へなりぬるを

母なる人なん いみじくこひかなしふなるを かくなん

きゝ出たると つげしらせまほしくはべれど 月頃

かくさせ給ふけるほい(本意)たが(違)ふやうに物さはがしくやはべ

らん おやこのなかの思ひたえず かなしびにかへてとふ

らひ物しなどし侍なんかし などの給ひて さて いと

ひん(便)なきしるべとはおぼすとも かのさかもとにおり給

 

へ かばかりきゝてなのめにおもひすくすべくぞ思ひ侍ら

ざりし人なるを 夢のやうなる事ともゝ今だにかたり

あらせん となん思ひ給ふる との給ふけしきいと哀と

思ふ給へれば かたちをかへ世をそむきにきとおぼえ

たれど かみひげをそりたるほうし(法師)だにあやしき心は

うせぬもあなり まして女の御身はいかゞあらん いとおし

う つみえ(得)ぬべきわざにもあるべきかな とあぢきなく心み

だれぬ まかりお(下)りん事 けふあすはさは(障)り侍 月たち

てのほどに御せうそこを申させ侍らんと申給ふ いと

心もとなけれど なお/\とうちつれにいられんも さ

 

 

9

まあしければ さらばとてかへり給ふ かの御とうと(弟)のわら

は(童) 御ともにいておはしたりけり ことはらから(異兄弟)どもよりは

かたち(容貌)もきよげなるを よび出給ふて これなんその人の

ちかきゆかりなるを これをかつ/\゛物せん 御文ひとく

たり給へ その人とはなくてたゞたづね聞ゆる人なんある

とばかりの心をしらせ給へとの給へば なにがしこの

しるべにてかならずつみえ(得)侍りなn ことのありさまは

くはしくとり申つ 今はたゞ御身づからたちよらせ給て

あるべからんことは物せさせ給はんに なにかのとかく侍らん

と申給へば うちわらひ給て つみえ(得)ぬべきしるべとお

 

もひなし給ふらんこそ はづかしけれ こゝにはぞく(俗)のかた

ちにて今まですぐすなんいとあやしき いはけなかりし

より 思ふ心ざしふかく侍を 三条の宮の心ぼそげ

にて たのもしげなき身ひとつをよすがにおぼしたる

が さ(避)りがたきほだしにおぼえ侍て かゝづらひ侍つる程に

をのづからくらい(位)などいふこともたかくなり身のをきて

も心にかなひがたくなどして 思ひながら過侍るには

又さらぬ事もかずのみそひつゝはすくせとおほやけ

わたくしにのがれがたきことにつけてこそ さも侍らめ

さらでは 仏のせいし給ふかたのことをわづかにも きゝを

 

 

10

よばんことは いかでかあやまだじとつゝしみて 心のうち

はひしり(聖)にをとり侍らぬ物を ましていとはかなき事

にけてしも おもきつみう(得)べき事はなどてか思ふ給へ

心さらにあるまじき事に侍り うたがひおぼすまじ

たゞいとおしきおやの思ひなどをきゝあきらめ侍らん

ばかりなんうれしく心やすかるべき などむかしよりふか

かゝりしかたの心ばへをかたり給ふ 僧都も げに と

うなづきて いとゞたうときことなど聞え給ふほどに 日

もくれぬれば 中やどりもいとよかりぬべけれと うは

の空にて物したらんこそ 猶ひんなかるべけれと思

 

ひわづらひて けり給ふに 此せうとのわらはを僧づ めと

めてほめ給ふ これにつけてまづほのめかし給へとき

こえ給へば 文かきてとらせ給ふ とき/\は山におは

してあそび給へよ すゞろなるやうにおぼすまじき

ゆへとありけり とうちかたらひ給ふ この子は心もえ(得)ね

ど 文とりて御ともにいつ(出づ) きかもと(坂本)になれば御ぜんの

人々すこしたちあかれて 忍びやかにをとの給ふ 小野

にはいとふかくしげりたる あをみの山にむかひて ま

ぎるゝことなく やり水のほたるばかりを むかしおぼゆる

なぐさめにて ながめい給へるに れいのはるかにみやら

 

 

11

るゝ谷の軒端より さき(前駆)心ことにをひて いとおほ(多)う と

もしたる火ののどかならぬ光をみるとて 尼君たちも

はし(端)に いでいたり た(誰)がおはするにかあらん 御ぜんなど

いとおほくこそみゆれ ひる あなたにひきほし(引き干し)奉れたり

つる返事(かえりごと)に 大将殿おはしまして御あるじ(饗応)の事

にはかにするを いとよきおり(折)とこそありつれ 大将殿と

はこの女二の宮の御おとこ(御夫)にやおはしつらん などいふ

も いとこの世とをく いなかびにたりや まことにさにや

あらん 時々かゝる山ち(山路)わけおはせし時 いとしるかりし

すいしん(随身)のこえもうちつけにまじりて聞ゆ 月日の

 

すぎゆくまゝに むかしの事のかく思ひわすれぬと今

はなにゝすべきことぞ と心うければ あみだ仏におもひ

まぎらはして いとゞ物もいはでいたり よ川(横川)にかよふ人

のみなむ 此わたりにはちかきたよりなりける かのとの(殿)

はこの子をやがてやらんとおぼしけれど 人めおほく

てひん(便)なければ とのにかへり給ふて 又の日 ことさら

にぞい(出)だした(立)て給ふ むつまじくおぼす人の こと/\し

からぬ二三人ばかり をくりにて むかしもつねにつかはしゝ

すいしん(随身)そへ給へり 人きかぬまによびよせ給ひて あこが(吾子が:お前の)

うせにしいもうとのかほは おぼゆや 今は世になき人と

 

 

12

思ひはてにしを いとたしかにとぞ物し給ふなれ うとき

人には聞せしと思ふを いきてたづねよ 母に まだし

きに(未だしき=まだ)い(言)ふな 中々おどろきさはがんほどに しるまじき

人もしるなん そのおやの御思ひのいとおしさにこそ か

くもたづぬれと まだきにいとくちかため(口固め)給を おさなき

こゝちにも はらから(姉弟)はおほかれど この君のかたちをば

に(似)る物なしと 思ひしみたるしに うせ給にけりと

きゝて いとかなしとおもひわたるに かくの給へばうれし

きにもなみだのおつるを はづかしとおもひて をゝ と あ

ら(荒)ゝかに聞えいたり かしこにはまだつとめて そうつ(僧都

 

の御もとより よべ(昨夜)大将殿の御つかひにて小君やまう(参)

で給へりしことの こゝろうけ給はりしに あぢきなくか

へりてなん と ひめ君に聞え給へ 身づから聞えさすべ

きこともおほかれと けふあす過してさぶらふべし と

かき給へり  これはなにごとぞ とあま君おどろきて こな

たへもてわたりてみせたてまつり給へば おもてうちあ

かめて 物の聞えのあるにや とくる(苦)しう 物かくしける 

とうらみられんを思ひつゞくるに いらへんかたなくてい

給へるに 猶の給せよ 心うくおぼしへだつることゝ いみじく

うらみて ことの心をしらねば あはたゞしきまで思ひいたる

 

 

13

ほどに 山よりそうつ(僧都)の御せうそこにて まいりたる人なん

ある といひいれたり あやしけれどこれこそは さはたしか

なる御せうそこならめ とて こなたにといあらせたれば

いときよげにしなやかなるわらは(童)の  えならずさうそ(装束)き

たるそ あゆみきたる わらうた(円座:わらふだ)さしいでたれば すだれ

のもとについいて かやうにてはさぶらふまじくこそ

僧都はの給ひしか といへば あま君ぞいらへなどし

給ふ 文とりいれてみれば 入道の姫君の御かた 山より

とて名かき給へり あらしなどあらがふべきやうもなし

いとはしたなくおほして いよ/\おくのかたにひき

 

いられて 人にかほもみあはせず つねにほこりかならず

物し給ふ人がらなれど いとうたて心うしなどいひて

僧都の御ふみみれば けさこゝに大将殿の物し給て

ありさまたづねとひ給ふに はじめよりありそやう

くはしく聞えはべりぬ 御心ざしふかゝりける御なかを

そむき給ふて あやしき山がつのなかにすけ(出家)し給へる

事 かへりては仏のせめそふべき事なるをなん

うけたまはりおどろき侍る いかゞはせん もとの御ちぎり

あやまち給はで あひしう(愛執)の?つみを はるかしここえて

給ふて 一日のすけ(出家)のくどくは かひなき物なれば なを

 

 

14

たのませ給へとなん こと/\には身づからさぶらひて申

侍らん かつ/\゛このこきみ(小君)聞え給ひてん とかきたり

まがふべくもあらずかきあきらめ給へれと ことに人は心

えず この君はたれにかおはすらん なをいと心うし今

さへかくあながちにへだてさせ給ふと せめられて すこし

とさまにむきて見給へば この子は今いと世を思ひ

なりし給ふ 暮にもいと恋しと思ひし人なりけり

おなじ所にてみしほどは いとさが(性)なく あやにくにおこ

りて にくかりしかど はゝのいとかなしくして宇治

にもとき/\゛いておはせしかば すこしおよすけしまゝに

 

かたみに思へりし わらは心を思ひ出るにも夢のやうなり

まづはゝのありさま いとゝ(問)はまほしく こと人々のうへは

をのづからやう/\きけと おやのおらすらんやうは ほの

かにもえきかずかし と中々これをみるにいとかなし

くて ほろ/\となかれぬ いとおかしげにてすこしうち

おぼえ給へるこゝちもすれば 御はらからにこそおはす

めれ 聞えまほしくおほすともあらん うちにいれたて

まつらん ちいふを なにか今は世にある物ともおもはざら

むに あやしきさまにおもかがりして ふとみえんもは

づかし とおもへばとばかりにためらひて げにへだてあり

 

 

15

ともおぼしなすらんがくるしさに 物もいはれてなん

あさましかりけんありさまは めづらかなる事とみ

給てけんを さてうつしこゝろもうせ たま(魂)など

いふらん物も あらぬさまになりにけるにやあらん いかに

もいかにも過にしかたのことを われながらさらにえ思ひ

出ぬに きのかみとかありし人の よの物がたりすめりし

なかになん みしあたりの事にやと ほのかに思ひいで

らるゝ事ある心ちせし そのゝち とさまかうさまにお

もひつゞくれど さらにはか/\゛しくもおぼえぬに たゞ一

人 物し給ひし人のいかでと をろかならず思ひためりし

 

を まだや世におはすらんと そればかりなん心にはなれず かな

しきおり/\侍るに けふみれば このわらはのかほは ち

いさくてみし心ちすrるにも いと忍びがたけれど 今さら

にかゝる人にもありとは しられてやみなむとなん 思ひ

侍る かの人もし世に物し給はゞ それひとりになん

たいめ(対面)せまほしく侍る この僧都の給へる人などには

さらにありとしられ奉しとこそ思ひ侍れ かまへて ひ

がごとなりけりと聞えなして もてかくし給へとの給へ

ば いとかた(難)い事かな 僧都の御心はひじりといふなか

にも あまりくま(隈)なく物し給へば まさにのこ(残)いては

 

 

16

聞え給てんや のちにかくれあらじ なのめにかろ/\゛しき

御ほどにもおはしまさずな といひさはぎて よにしら

ず心つよくおはしますことぞ とみないひあはせて もや(母屋)

のきは(際)に木丁(几帳)たてゝいれたり この子もさは聞つれど

おさなければ ぐといひよらんもつゝましけれど また

侍る御ふみ いかでかたてまるらん 僧都の御しるべは

たしかなるを かくおぼつかなく侍るこそと ふしめに

ていへば そや(そそや)あなうつくし などいひて御ふみ御らん

すべき人はこゝに物せさせ給ふかり けそう(見証)の人なん

いかなる事にかと心えがたく侍るを なをの給はせよ

 

おさなき御ほどなれど かゝる御しるべにたのみ聞え給ふ

やうもあらん などいへどおぼしへだてゝ おぼ/\しく

もてなさせ給ふには なにごとをか聞え侍らん うと(疎)く

おぼしなりにければ聞ゆべき事も侍らず たゞこの

御ふみを人づてならでたてまつれとて侍りつる いかで

奉らんといへば いとことはりなり なおいとかくうたて

なおはせぞ さすがにむくつけき御心にこそ と聞えうご

かして 木丁のもとにをしよせたてまつりたれば あれ

にもあらでい給へるけはひ こと人にはにぬ心ちすれ

ば そこもとによりてたてまつりつ 御かへりとく(疾く)給はり

 

 

17

てまいりなん とかくうと/\しきを心うしと思ひいそ

ぐ 尼君御ふみひきと(解)きてみせ奉る ありしながらの

御手にて かみ(紙)の香など れいのよつかぬまでしみたり

ほのかにみて れいの物めでのさしすぎ人 いとありが

たくおかしと思ふべし さらに聞えんかたなくさま/\゛に

つみをもき御心をば 僧都におもひゆるしきこえて

いまはいかでかあさましかりし世の夢かたりをだに

と いそがるゝ心のわれながらもどかしきになん まして

人めはいかにとかきもやり給はず

 (薫)法の師とたづぬる道をしるべにておもはぬ山に

 

ふみまどふかな この人はみ(見)やわすれ給ひぬらん こゝにわ

ゆくえなき御かたみにみる物にてなん などいとこまや

かなり かくつぶ/\とかき給へるさまのまぎらはさんかた

なきに さりとてその人にもあらぬさまを思ひの外

にみつけられ聞えたらんほどのはしたなさなど おもひ

みだれていとゞはれ/\しからぬこゝろは いひやる人にかた

もなし さすがにうちなきてひれふし給へれば いとよ

つかぬ御有さまかなと 見わづらひぬ。いかゞ聞えんなど

せめられて 心ちのかきみだるやうにし侍るほど ためら

ひて今きこえんむかしの事おもひいづれど さらにおぼ

 

 

18

ゆることもなく あやしういかなりける夢にかとのみ 心

もえ(得)ずなん すこししづまりてや この日ふみなどもみ

しらるゝ事もあらん けふは なをもてまいり給ひね 所

たがへにもあらんに いとかたはらいたかるべしとて ひろげ

ながら尼君にさしやり給へれば いとみぐるしき御事

かな あまりけしからぬは 見たてまつる人もつみさり所

もなかるべし などいひさはぐも いとうたてきゝにくゝ

おぼゆれば かほもひきいれてふし給へり あるじぞ こ

のきみにものがたりすこし聞えて 物のけにやおゝす

らん れいのさまにみえ給ふおりなく なやみわたり

 

給ふて 御かたちもことになり給へるを たづね聞え

給ふ人あらば いとわづらはしかるべき事 と見奉りな

げきはべりしも しるく かくいとあはれに心くるしき御事

ともの侍りけるを 今なんかたじけなく思ひやベルる 日ご

ろも うちはへなやませ給ふめるを いとゞかゝる事ども

におぼしみたるゝにや つねよりも物おほえさせ侍ら

ぬさまにてなん とき(聞)こゆ 所につけておかしきあるじ

などしたれど おさなき心ちして わざとたてまつれ

させ給へるしるしに なにごとをかは聞えさせんとすらん

たゞひとことをの給はせよかし などいへば げに など

 

 

19

いひて かくなん とうつ(移)しかた(語)りけれども 物もの給はねば

かひなくて たゞかくおぼつかなき御ありさまを聞え

させ給ふべきなめり 雲のはるかにへだゝらぬほどに

も侍めるを 山風ふくとも又もかならずたちよらせ

給ひねんかし といへば すゞろにいくら(居暮)さんもあやし

かるべければ かへりなんとす 人しれずゆかしき御

ありさまをも えみ(得見)ずなりぬるを おぼつかなく口おし

くて心ゆかずながらまいりぬ いつしかとまちおはする

に かくたど/\しくてかへりきたれば すさまじく

中々なりとおほす事 さま/\゛にて 人のかくし

 

すへたるにやあらん とわが御心のおもひよらぬくま(隈)

なく おとしをき給へりししならひにとぞ