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風来六部集 弐
2
放屁論後編自序
倭学(わがく)先生曰(いわく)。夜はおよるの上略(じやうりやく)
にて。昼とは諸人目を寤(さま)せば。小便
をたれ屁を撒(ひる)故。夜昼の倭訓(わくん)
起(おこ)れり。或は鯨浅き所に寝入たる
3
内。潮(うしほ)引くとなる時は。大に困り
て無術𥧔(じゆつなべ)を撒故に潮の引をも
干(ひる)といふ。此道を好ませ玉ふ御神を。
蛭子(ひるこ)といひえびすといふ。えびすは
へびすの間違にて。あいうえを。は
ひふへほの通韻(つういん)より誤り来たれり。
又日本武尊(やまとたけのみこと)東夷(とうい)征伐の時。夷(えびす)
ども草に火をかけ。大勢一度に
尻をまくりて抜(ひり)ければ。焔(ほのふ)尊(みこと)の方へ
吹靡(なびき)。御身に火掛(かゝ)らんとする時。
4
御劔をぬいて投付給へば。夷の臀(しりべた)
をしたゝかに切られ八方へ逃し故。
逃(にぐ)る事をへきえきといひ始め。(へきえき
とは屁消益なり。屁消て 尊の為に益あるといふなり)十束(とつか)の御劔(きよけん)
を得て臭薙(くさなぎ)の宝剣と号(なづけ)給ふ。
臭き物を薙(なぎ)ちらせしといふ詞也。
大将入道清盛は火の病を煩ひ。
初は居(すへ)風呂桶に水を入て體を
浸(ひた)せば。即時に湯となる故。後(のち)は
大なる池を掘(ほり)。加茂川の水を堰(せき)
5
入(いれ)這入(はい)れけるに。水火激(げき)して頻(しきり)に
屁を撒(ひり)しにより。屁池の大将と異名
せられ。記せし記録を屁池物語と
いふ。後世平家と書(かく)るは。當(あて)字なり。
また兵衛佐頼朝卿(ひやうへのすけよりともけう)伊豆の国へ
左遷の由。貧乏にて常に芋飯
を喰(くひ)。好んで放屁なされける故。其
所をひるが小島と号たり。野にて放(ひる)
を野邊(のべ)といひ。山にて撒(ひる)を山邊といふ。
古今集(こきんしふ)の歌に
6
霞立(かすみたつ)春の山屁(やまべ)は遠けれど
ふく春風は花の香(か)ぞする
海邊といひ磯邊といひ。澤邊(さはべ)の蛍
は尻に縁あり。奥州(おふしう)に一の戸(へ)二の戸(へ)。
古(いにしへ)戸(と)の字をへと訓せしも家あれば
人あり。人あれば撒(ひる)故なりと倭訓の
講釈(がうしやく)聞取(きゝとり)法問(ばうもん)。出まかせに放出(ひりだ)し
て。此書(しよ)の序(じよ)とはなりけらしブツウ。
風来山人誌
7
放屁論後編
世の諺に。剪逕(キリドク)するも浪人の習ひと御所桜
の伊勢(いせの)三郎。風俗太平記の日本左衛門なん
ど。浄瑠璃本にある時は。さも手強(てづよ)ふ侍(さむらい)らし
く聞(きゝ)ゆれども。夫(それ)は血臭ひ時節の事にて。かく
治(おさま)れる時世に。そんなけびらひが有(ある)や否(いなや)。とんだ
目にあふ故に。今時の浪人は紙子羽織(かみこばおり)に破編笠(やぶれあみがさ)
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御子孫も御繁昌猶いつまでか活延るほど耻(はぢ)
の上(うは)ぬり。但し浪人のみにあらず。春さきの華臍魚(あんかう)
と目出度御代の侍は段々に値が下り。工農商(こうのうしやう)
の三民(みん)に養れる素饗(くらひつくし)の様に思はれ。まさかの
時は侍でなければ世は治らず。日本は小国
でも。唐高麗(から・かうらい)から指もさゝせぬは。皆武徳な
りといふ事を。思ひ出す者もなきは。是ぞ
誠に太平の世の御恩澤(こをんたく)。井を鑿(ほり)て飲(のみ)耕(たがやし)
て食(くら)ふ。提燈借りた礼はいへども。月日に礼は
いはざるに等し。段々太平の化(くは)にあまへ。世上
一統金銀にのみ目か付く故。先祖はお馬の先
に進(すゝみ)。義は金鉄よりも堅く。命は塵芥より
も軽(かろ)しと。踏(ふみ)止て高名を顕したる家柄の
子孫でも。又君を諌(いさめ)万民を教え。国家の
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礎(いしづへ)を堅(かた)ふせんと。心を砕く忠臣ても。算盤の桁(けた)
に合(あは)す。見(けん)一無頭(むとう)早急(さつきう)に金子ならねば。二一天作(てんさく)
言語道断。六沈(ろくちん)が二進(ちん)。雪隠(せつちん)が決ちん。穴(けつ)の
せまい仕送り用人(やうにん)に乗越れ。扨はお家に由緒
ある数代(すだい)出入の町人でも。不如意になれば安く
あしらい。昨日今日まて手代奉公。年季
野郎の成上でも。今さへ持(もて)ば追従軽薄
御賢勝(けんしやう)御安全。様の字までとひねくり
廻して六ヶ敷認(したゝめ)るは地獄の沙汰も金次第
金か敵(かたき)の世の中。されば歌よりも。鉦敲(かねたゝき)金か
ないゆえ鉦たゝく。金があるなら鉦はたゝかじ
又。それに付ても金のほしさよといへる下の句
は。いづれの歌よりも連属(れんぞく)すると卑劣千万に
覚え。富十郎が鐘入(かねいり)も。金の供養と
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いふ故に。若才覚の計策(てだて)にもと。味な所へ
目のつく世の中。此間さる方にて。段々と不
如意に付。一家中槍(やり)の稽古を止(やめ)にして
鈴の稽古が初りしとの噂。よく/\聞けば。
鑓(やり)といふ字は金を偏に遣(つかふ)といふ字鈴が金篇
に今(せしめる)といふ字なれば。遣ふ事を止にして。
只々今を今(ひろめ)よと。あて字ながらも主命(めい)は
黙止(もくし)がたし。いかなる名人達人でも金なき
衆生は度(ど)しがたしと。仏(ほとけ)もあちらむくと見
えたり。いつの頃にか有けん。江戸神田の邊
に貧家銭内(ぜにない)といへる見る陰もなき痩(やせ)浪人
あり。抑(そも/\)彼が系図といつば忝くも天児屋(あまかつや)
根命(みこと)の苗裔(べうえい)。大織冠(しょくはん)鎌足公の御子。藤原
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かの面向不背玉(めんかうふはいのたま)を採得(とりえ)給ふ時。一日を六十四文
で人足に傭(やと)はれ。浦人よろこび引上たりけり
と。謡(うたひ)にも作られ。戯場(しばい)でしても名もなき
はい/\役者のする浦人の嫡流んsり。母夢に
渋団扇を呑と見て懐胎し。此者を産し
して。故郷を去て江戸の住居。されば諸芸
弐百石。無芸高なしとやらいへども。此男
何一つ覚(おぼえ)たる藝もなく。又無芸にもあら
ざれば。どちら足らずのちくらが洋(をき)。磯にも
よらず。浪にもつかず。流れ渡りの瓢箪(へうたん)で。
鮧(なまず)の樺焼(かばやき)鰻鱺魚(うなぎ)を欺(あざむ)き見識は吉原の
天水桶よりも高く。智恵は品川の雪隠より
も深しと。こけおどしの駄味噌(だみそ)を。千人に一人
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は実(まこと)と聞込(きゝこん)で教化的(はつちぼうず)の報謝米(ほうしやまい)で召抱(めしかゝえ)ふ
と相談すれば。いや/\女は美悪(びあく)となく宮(きう)に入て
妬(ねたま)れ。士(し)は賢不肖(けんふせう)となく朝(てう)に入て悪(にく)まる。
比喩(たとえ)を鳥で申さふなら。孔雀錦鶏(きんけい)鸚哥(いんこ)の
類(たぐひ)。高金出して弄(もてあそべ)ども。外飾(みえ)のよいばかりで。
鳥も捕らず。晨(とき)も司(つく)らず。葱線牛蒡(ねぎせんごぼう)の
相手にもならず又烏(からす)の男ぶりは悪(あし)けれども。
朝は早く起て人をおこし。吉凶を能(よく)しりて
豫(あらかた)告(つげ)しらせば。忝いといふべきを。烏鳴が悪(はる)ひ
の。いま/\しい烏めのと。悪(あく)まるゝを見るにつけ。
良薬は口に苦く。出る杭は打るゝ習ひ。され
ども御無理御尤。君々(きみ/\)たらず臣々(しん/\)たらず。
八幡大名太郎冠者(くはじや)。脱活(はりぬき)の虎見る様に。
己(うぬ)が性根は微塵もなく。風次第で首を振(ふつ)
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て。一生を過(すご)さんは。折角親の産付(うみつけ)た睾丸(きんたま)を
無にする道理。浪人の心易さは。一箪(たん)の
ぶつかけ一瓢(へう)の小半(こなから)酒。恒(つね)の産(さん)なき代(かはり)には。
主人といふ贅(むだ)もなく。知行といふ飯粒が足の
裏にひつ付(つか)ず。行度(ゆきたき)所を駈(かけ)めぐり。否(いや)な所
は茶にして仕(し)舞ふ。せめては一生我體(わがからだ)を。
自由にするがもうけなり。斯(かく)隙(ひま)なるを幸(さいはひ)に
種々の工夫をめぐらして。何卒(なにとぞ)日本の金
銀を。唐阿蘭陀へ引ったくられぬ。一つの助(たすけ)に
もならんかと。思ふもいらざる佐平次にてせめ
ては寸志の国恩を。奉ずるといふもしやら
くさし。其位(そのくらい)にあらざれば其政(まつりごと)を謀(はか)らず
身の程しらぬ大呆(たはけ)と。己(うぬ)も知(しつ)ては居るそふ
なれど。蓼食う蟲も好/\と。生れ付たる
14(挿絵)
仮塚春武十七歳画
「四国八十八ヶ所 同行三人」
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不物好(ふものずき)わる塊(かたま)りにかたまつて。縁の下の力持
ひた骨たらけの其中にえれきてるせえり
ていとゝいへる人の體より火を出し。病を治
する器(うつはもの)を飛り出せり。抑(そも/\)此(この)器(うつはもの)は西洋の人電(いなづま)
の理(り)を以て考(かんがい)。一旦工夫は付けれども。其身
の生涯には事成らず。三代を経て成就し
けるといへり。阿蘭陀人といへども知る者は至て
少く。固(もとより)朝鮮唐天竺の人は夢にもしらす況や
日本開闢以来創(はじめ)て出来たる事なれば。高貴
の旁(かた/\゛)を初(はじめ)として見ん事を願ふ者夥し。
或日去(さる)屋敷の儒官(じゆくはん)。石倉新五左衛門といへる
人来りて。観る事良(やゝ)久(ひさしう)して曰(いわく)。天地人の三才
に通達するを儒(じゆ)といふ。我天下の書に眼(まなこ)を
さらし。理(り)を以て推す時は。森羅万象(しんらまんざう)明(あきら)
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かならざる事有べからずと思ひしが。今是を
見て始(はじめ)て驚く。それ燧(ひうち)と石扁柏(ひのき)と扁柏
相激する歟。又は日輪の水精(すいせう)硝子(びいどろ)を照(てらし)。
或は鏡に映(えい)ずる時は火を生じ。時に臨(のぞん)では
目からも出骹(すね)からも出。扨又貧(ひん)なる家内へは。
火の降(ふる)事も有とは聞(きけ)ども。かゝる事は思ひも
よらず。いかなる理(り)にて火出るや。後学の為
承んと。其時主人うち點頭(うなづき)。書を読斗(よむばかり)を学問
と思ひ。紙上の空論を以て格物窮理(かくぶうきうり)と思ふ
より間違も出来るなり。さらば火の出る根元
をお目にかけんと。取出す小冊(せうさつ)に。昔語(むかしがたり)花咲(はなさき)
男放屁論(をとこほうひろん)と題号せり。主人笑て申けるは。抑
此放屁(へひり)といつは。四年以前両国橋の邊(ほとり)にて。
花咲男と号(なづけ)。見せものにて近年の大当り。
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諸(もろ/\)の小戯場(こしばい)を撒潰(ひりつぶ)せし趣は此放屁論に詳(つまびらか)
なり。今年また采女原(うぬめがはら)も出て三国福平(さんごくふくへい)と
名乗る。扨此者の身の上を尋(たづぬ)るに。父は大和の
国吉野の郷の狩人。佐次兵衛といへる者なり
しが。年来(ねんらい)多(おほん)の猪(しゝ)猿(さる)を殺せし罪亡(つみほろぼ)しとや
思ひけん。近所の者両人といひ合せ四国巡礼
に出けるに。彼(かの)殺生の報(むくひ)にや。伊予の国に至りて。
佐次兵衛生(いき)ながら猿と成(なっ)て林の中へ逃
入ければ。二人の連(つれ)はあきれ果(はて)。是非なく国に
帰りけり。今童謡に。一つ長屋の佐次兵衛(さぢべ)
殿。四国をめくりて猿となな(る)んの二人の
連衆(つれしゅ)は帰れとも。お猿の身なれば置(おい)て来(き)
たんのとは。此事因縁なり。さて両人は国に
帰り。伜(せがれ)福平は此訳を語れば。一ト方(ひとかた)ならぬ
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歎(なげき)なれども。なすべき様(やう)もあらざれば。せめては
父が現世未来畜生道の苦患(くげん)を免(まぬかる)る為に
とて。一切経を供養せんと思ひ立。鳥が
鳴(なく)東屋を銭がなく/\たどり着(つき)。本銭(もとて)の入ら
ぬ金もうけを工夫して。いつとなく屁を比類
なき。親孝行の奇特にや。両国橋の屁撒(へっぴり)と
江戸中の大評判。夫よりも浪花津(なにはつ)に咲(さく)や
此花咲男。今を春屁(はるべ)と咲や此。花の都に
匂ひ渡り。再(ふたゝび)江戸へ帰り咲。三国福平と
名乗て。采女原の春霞。立子(たつこ)這子(はうこ)も
しらぬ者なし。扨佐二兵衛と連(つれ)になり四国
をめぐりし両人も目前かゝる不思議を見。且(かつ)は
福平が志を感じ。佐二兵衛が追善供養。共
に力を合さん為。空也上人の鉢叩(はちたゝき)。茶筅賣(ちゃせんうり)
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より思ひ付(つき)。歌念仏を趣向して。六字を
飴にねりまぜ。うまひだ。うまひ陀仏(だんぶつ)うまいだ
より様々の替唱歌(かへしやうか)。扨当世の立者(たてもの)は仲蔵
幸四郎三五郎また半道(はんとう)のきゝ者は。時に
についての親父分(おやぢぶん)。其癖年は若いだ。若い
陀仏(だんぶつ)若陀(わかいだ)と賣歩行(うりあるき)。大評判に預りし
も。皆福平が孝行のなす所。古今にまれなる
屁柄者(へがらもの)と語(かたり)ければ。新五左衛門一円に呑込(のみこま)ず。
不思議の事を承るものを。いかにも彼撒?(穴冠に氣)(へっぴり)
漢(をとこ)先年両国にては流行(はやり)しかど。此度采女(うねめが)
原へ出たれども。其後は聲(オト)もなく臭(か)もなく
今は世間に沙汰もなし。当時諸方にて評判
の所々は。飛んだ霊宝(れいほう)珎(めづら)しき物。十月(とつき)の
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胎内(たいない)千里(り)の車。鹿に両頭あれば猿に曲馬
あり。穢銀杏(よごれぎんあん)が弁設(べんぜつ)に。蘇秦張儀(そしんちやうぎ)も
裸足で逃げ。友世(ともよ)綱世(つなよ)が力には。巴(ともえ)。板額(はんがく)干鱈(ひだら)
持て礼に来る。源水が独楽(こま)は魂あり之(?)動(うごく)
がごとく靏市(つるいち)が声色はその人そこに在が如
し。新之助は一身に骨なく。どう突(づき)請身(うけみ)
は臓金鉄(ざうきてつ)にや有ん。大(たい)魚出れば大蛇骨(たいしやこつ)
出。硝子(びいどろ)細工牽絲傀儡(なんきんあやつり)古きを以て新しく
田舎道者(いなかだうしや)の目を悦(よろこば)しめ。鳥娘(とりむすめ)は名にてくろめ。
人魚は人をちやかすなり。子供角觝(ずまひ)の取組(とりくみ)
は。河津(かはづ)股野(またの)が俤(おもかげ)を握る。馬の立合狛(いぬ)の
藝。仕込に馴(なれ)教に順(したが)ふ。是を思へば人並(ひとなみ)に
人別帳(にんべつちやう)には付(つき)ながら。畜生に劣(おとり)たる無芸の
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者は心にて。己が耻を思ふべし。あるが中にも
険竿(かるわざ)の大当り。小桜松江(こざくらまつえ)が笑顔には。弘法大師
筆を捨(すて)。韓退之(かんたいし)涎を流す。無三飛(むざんとび)新蔵が
體は龍骨車(りうこしや)のめぐるがごとく。早飛(はやとび)梅之丞
一本綱は。五体を天へ釣(つる)かと疑ふ。是等(これら)をして
珎しともいふべけれ。何そや古き屁撒(へつぴり)を。こと
/\敷長物語。拙者屁の講釈を聞には参ら
ず。彼(かの)えれきてるよえい火の出る道理を聞んと
こそ望みしに。以の外の屁あいしらい。さては
我らを屁の如く思ひ給ふやと。真黒になつて
立腹す。其時銭内詞(ぜにないことば)を和(やは)らげ。えれきてる
より火の出る道理を聞んとお尋あれども一天
四海引くるめての大論(たいろん)にて一朝(てう)一夕(せき)に論じがたし
能(よ)く近く譬(たとへ)を取て教(をしへ)ん為。扨こそ屁論に
22(挿絵)
「うまいだ」「いた」「あまい」「まま」
「あまいだ」
春武画
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及(および)たり。夫(それ)。地水火風空(ちすいかふうくう)を五輪(りん)といへども。
空と風とは体用(たいやう)にて。つまる所は四大なり。此
水火土気(どき)は天地の間に満(みち)/\たる故。固(もとより)人
の体中(たいちう)に備(そなへ)たれは。四(よつ)の物皆体中より出る也
日々の食(しよく)物糞(ふん)と成て五穀の肥(こやし)となる。これ
人間の體より土の出るにあらずや又小便と
なり汗と成は。体中水を出すなり。上に在て
は呼吸。下に在ては屁と号(なづ)く。是体中気の
出るなり。あるが中にも火といへるか萬物造化(はんぶつぞうくは)
の座元にて。その本を体用と号(なづけ)。その末(すえ)を火
と号く。日と火の倭訓同しさも天地自然
の道理なり。されば神に天照(あまてらす)大神。仏に大日
地下をさす。十万億土(おくど)無量寿仏(むりやうじゆぶつ)。返照自己(へんぜうじこ)
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本来空(らいくう)。秘密も悟道(ごだう)も引くるめて。此日輪まし
まさゞれば。土は皆本體の石。水は皆本體の
氷なる故。草木を生ずる事なく。魚鼈(ぎよべつ)を育
すべき道なし。役者あつても座本なければ
戯場(しばい)の出来ざるに異ならず。かゝる道理を知る
時は。糞(ふん)と成とも汗となるも。屁の出るも火の出る
も。同し體の小天地。固怪に足らざれども。理
にくらき輩は燧(ひうち)より出る火は常となる故怪(あやし)
まず。えれきてるより出る火は。飯綱幻術の
様に心得。又は関捩(かふはり)手づな人形と一つ事に覚え
慰(なぐさみ)に呼で見る旁(かた/\゛)も多き中に。天文歴数(れきすう)酸(すい)
も甘も呑込だ親玉をはじめ。理に通達せる
人々は。問(とう)に骨ありて答(こたふ)るにはづみあり。人の
分量智恵の程をしらざる人は。僅(わづか)の藝をいひ
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立に。口過(くちすぎ)する浪人者や。日流月流に召々て。
雑劇(ざつげき)の芸者同様に心得たるぞ苦はしく。凡
天地の間に。火程尊(たっと)き物なく。その火道理
を目前に喩(さと)す故。えれきてるほど尊き器なし。
又吾 日本
神武帝より今年まで。二千四百三十九年死
で生て入替る人其数かぞへ尽されず其
大勢の人間の。しらざる事を拵(こしらへ)んと。産を
破り禄を捨(すて)工夫を凝らし金銀を費(ついや)し。
工(たくみ)出せるもの此えれきてるのみにあらず是まで
倭(わ)産になき産物を見出せるも亦少からず。
世間の為に骨を折ば。世上で山師と譏れども。
鼠捕る猫は爪をかくす。我よりおとなしく人物
臭き面な奴は。却て山師はいくらも有。人は
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藝を以て山の足代とし。我は山に似たるを以て
藝の助とす。顕るゝと隠るゝとは。譬(たとへ)ばあん餅と
あんころ餅の赤小豆の如し。まこと金をほしく
思ふて。是までの精力を一図に金銀斗に凝(こり)
て。一生鼹鼠(むぐらもて)見る様な親父と成。生爪はもがれて
も。握(にぎっ)たる金は放さず。徒然草にある通り。仮にも
無常を観(くはん)すべからず。人は悪かれ我善れ。義理
も絲瓜(へちま)瓢箪も。沈香(じんこ)も焚(たか)ず屁も撒(ひ)らず。
上手名人といふは扨置。下手といはるゝ藝もなく
食(くふ)て屎(はこ)して寝て起て。死だ所で残る物
は。骨と證文ばかりなりと。いふ様なわかちもしら
ず。弥出るなら無間の鐘の。蛭(ひる)は扨置蝮蛇(まむし)や
龍盤魚(いもり)を糞(くそ)でこくせうに煮て食せても。含
気に成てためる時は。盲(めくら)でさへも出来る金。出来
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ざる事もあるまじく。近ひ例(ためし)はえれきてるを。
両国か浅草へ見せ物に出す時は。押へ付たる
大金。豪猪(やまあらし)綿羊(めんよう)なんどの例jもありと。すゝむる
者も多けれど。陰陽の理を尽せし物を勿体
なしと合点せず。されば曽子(そうし)は飴を見て老
を養ん事を思ひ。盗跖(とうせき)は錠(ぜう)を明ん事を思ふ。
それ相応の了簡。我は綿羊を見て
日本にて羅紗らせいたごろふくれんしよん
とろめんへるへとあん。さるせ毛氈(もうせん)類の毛織(けおり)を
織らせ。外国の渡りを待(また)ず。用に給(きう)せんと心を砕(くだ)
き。人は手短(みぢか)に銭をせしめんと計る。いかに物
いはぬ畜類じやとて手を織(おり)て国家の益に
もなる物を。らしやめんなんどあてじまいな名
をつけ。絵具(えのぐ)で體(から)を塗りちらし。引ずり廻し
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て耻をさらす。綿羊の手前も気毒(きのどく)なり。世に
ある人は銭をほしがり。銭なき者は意地をはり。
渇(かつ)しても盗泉(とうせん)の水を飲(のま)ず。道理で南瓜(かぼちや)が
唐茄(とうなす)にて。いらざる工夫に金銀も。費(ついや)す故に
銭内(ぜにない)なり。夫(それ)。熟(つら/\)推(おもんばかれば)。骨を折て譏(そしら)るゝは。酒買(かふ)
て尻切(きら)るゝ。古今無双(ぶさう)の大だはけ。屁の中落(なかおち)
とは是ならん。けふよりえれきてるをへれき
てると名をかへ。我も三国福平が弟子となり
故郷(ふるさと)をかたどりて。四国猿平と改名し。屁撒(へつひり)
藝のあらん限り。撒り習はばやと存るなり
臭い者の身知らす。以来御用捨下さるべし
と。屁撒て後の尻すぼめ。まじめになつて
いひければ。新五左衛門あきれた顔にて。兎角(とかく)
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是は古方家(こはうか)に下させずは。此肝癪(かんしやく)はなほる
まいと。つぶやきながら帰ると見て。眠らぬ
夢は覚(さめ)にけり。
放屁論後編終
追加
去る申の歳(とし)。菅原櫛(すがはらくし)といへるを工出し。世に行(おこな)はれ
ける時。好人(すきびと)より狂歌を給ひし。その返歌并に序(じよ)
を爰にしるす。
用いれば鼠の子も上尖竿(かるわざ)をおほえ。用いざれ
ば虎皮の褌(ふんどし)も地獄の古着店に釣(つる)さるとは。とつと
昔の唐人の寝語(ねごと)。真実(しんじつ)て呵(しか)らるゝより。座なり
に誉(ほめ)らるゝが快(こゝろよき)は人情なれは。虚言(うそ)と追従軽薄
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をいはねば。人当世をしらぬといふ。抑此当世と
いふもの今ばかり有にあらず。祝鮀(しうだ)が佞(ねい)有て
宋朝(そうてう)が義あらずんば難乎(かたいかな)今の世に免れん
ことゝあれば昔より有来(ありきたり)の当世にして。八百蔵
るも片腹いたし。我も此当世をしらざるには
あらねども。万人の盲より一人有眼(ゆうがん)の人を
思ふて。仮にも追従軽薄をいはざれば。時にあはぬ
は持前なり。されとも人と生(うまれ)し冥加の為
国恩を報(ほう)せん事を思ふて心を尽せば。世人(せにん)称
して山師といふ。予戯(たはふれ)て曰。智恵ある者智恵
なき者を譏(そしる)には。其詞(ことば)を用ることあたはず。只
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山師/\と譏(そしる)より外なし。又造化の理(り)をしら
んが為産物に心を尽せば。人我を本草者(ほんざうしや)と
号(なづく)。草澤醫人(やぶいしや)の下細工人(したさいくにん)の様に心得。已(やむ)に賢(まさ)る
のむだ書(がき)に浄瑠璃(じやうるり)や小説(よみほん)か当れば。近松門左衛門
自笑其磧(じせうきせき)が類と心得。火浣布(くはくはんふ)えれきてるの
奇物(きふつ)を工(たく)めば。竹田近江や藤助と十把一トからげ
の思ひをなして変化龍(へんくはりやう)の如き事をしらず。我
は只及ずながら 日本の益をなさん事を思ふ
のみ。或は適大諸侯の為に謀(はか)りし事ども。国家
の大益なきにしもあらざれども。狡兎(こうと)死して
良狗(りやうく)烹(に)られ。高鳥(かうてう)尽て良弓(きう)蔵(かく)る。細工は貧乏
人宝。嗚呼薄ひかな我耳垂珠(みゝたぶ)と悟を開き。
ろ命をつなぐ営(いとなみ)に。当時賎しき内職にて。其
糟(かす)をくうひ其銭をせしめんと思ひ付しを早くも
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卯雲(ばううん)室木(むろき)君に尻尾を見出され。おくり給はる
狂歌に
醉(えふ)て来て小間物見せのおて際(ぎは)は
仕出しの櫛もはやる筈なり
実(げに)や己(をのれ)をしらざるに屈して。己を知るに伸(のびる)
となんいへば。此御答申さんとて。はかまゝ八百を書
ちらす。固(もとより)己を知らざる人に見せるにはあらず。
嵐(あらし)音八が曰。気が違ふたそふな。
かゝる時何と千里のこまものや
伯楽もなし小つかひもなし
風来山人誌